情報漏洩 懲戒解雇

情報漏洩を理由にいかなる懲戒処分ができるか

  • 2021年8月8日
  • 2024年2月26日
  • 懲戒
社長
当社の従業員が,製品開発の職にあった従業員が、当社が開発を模討していた新製品のに関する開発計画等を議題とする会議に出席し、当該会議資料を持ち出し,データを競合会社へ漏洩していることが発覚しました。この行為を理由に懲戒解雇をしたいと考えていますが、認められるのでしょうか。
弁護士吉村雄二郎
情報漏洩は秘密保持義務違反に該当する場合、懲戒処分の対象となります。懲戒処分の量定は、故意・過失の有無、企業秘密の重要性,開示の目的,漏洩による会社の損害の有無・程度,企業運営への影響等を総合的に考慮して決定します。故意で、企業にとって重要な情報を漏洩し、背信性が高いと認められる場合には,懲戒解雇も可能です。また、退職金の不支給も認められる場合もあります。ご相談の場合は、故意で、新製品の開発計画という社運の左右する重要な機密情報を競合他社に漏洩していますので、悪質かつ会社に与える影響も重大と言えます。懲戒解雇も十分可能な案件であると考えます。
情報漏洩は懲戒処分の対象となること
情報漏洩により懲戒処分を有効に行うための要件
懲戒処分の量定の方法・要素・各種データ
懲戒処分の進め方

1 情報漏洩は懲戒処分の対象となる

1.1 秘密保持義務

秘密保持義務とは,会社の企業秘密を承諾なく使用・開示してはならない労働契約上の義務です。

多くの企業では、企業秘密を保護するために、従業員に対し、秘密保持義務を課しています。

企業秘密とは、技術上の秘密、顧客情報、ノウハウなど、企業の業績に影響を及ぼす可能性のある一切の情報で公表されていないものを意味します。

在職中の従業員はもちろん、退職した従業員であっても、会社の企業秘密を第三者に開示するなどして漏洩した場合、長年かけて作り上げた技術やノウハウの価値が失われ、顧客を奪われ、莫大な損害が発生する可能性が高まります。

そのため企業秘密を守るために秘密保持義務が課され、これに違反した場合は、損害賠償請求や差し止め請求が可能となります。

秘密保持義務違反に基づく損害賠償請求等は

秘密保持義務に違反した退職社員へ損害賠償請求する方法

1.2 秘密保持義務違反の情報漏洩は懲戒処分の対象となる

企業秘密の流出は,企業の競争力を低下させ,企業の信用にも関わることから,企業秘密を漏洩し,会社に損害を生じさせた場合には,懲戒処分の対象となり得ます。

2 懲戒処分の有効要件

懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。

懲戒処分の有効要件については

知っておきたい懲戒処分の有効要件

① 就業規則に懲戒規定明記
懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に明記され、その就業規則が従業員に周知されていることが必要です。
参考記事
懲戒に関する就業規則の規定例
② 懲戒事由該当性
懲戒事由に該当する非違行為の事実について、関係者の事情聴取、客観的証拠等から事実が認定できることが必要です。
③ 懲戒の社会通念上相当性
懲戒処分が重すぎると無効となります。懲戒処分の種類・量刑が相当であることが必要です。
④ 懲戒処分の適正手続履践
就業規則上、賞罰委員会の開催や弁明の機会の付与が必要とされている場合は、これらの手続を履践する必要があります。

 3 情報漏洩の場合の有効要件

情報漏洩に対する懲戒処分の場合は、上記一般的有効要件に加えて、以下の要件を確認することが必要です。

秘密保持義務があること
(1) 秘密保持義務を負っていること
(2) 漏洩した情報が秘密保持義務の対象となっていること

情報漏洩が懲戒処分の対象となるためには,その前提として対象となる情報について秘密保持義務があることが必要となります

秘密保持義務が存在していないのであれば、社員がその情報を漏洩したとしても秘密保持義務違反にならず、懲戒処分の対象にもならないからです。

そして,秘密保持義務の対象となっているといえるためには、(1)労働契約上の秘密保持義務を負っていること,(2)漏洩情報が秘密保持義務の対象となっていることが要件となります。以下(1)、(2)について具体的に説明していきます。

3.1 (1)労働契約上の秘密保持義務を負っていること

就業規則で,会社の業務上知り得た情報を会社の許可なく第三者に開示することを禁じる守秘義務を従業員に課している企業は多く、秘密保持の誓約書を提出させている例も多くあります。

もっとも、秘密保持義務に関する就業規則や誓約書がなくとも,在職中の労働者は,信義則(労契法3条4項)に基づく誠実義務として当然に秘密保持義務を負っています(古河鉱業事件 東京高裁昭55.2.18判決 労民集31巻1号49頁)。

ただし、企業秘密を確実に保護し,法的リスク管理を万全とするためには,就業規則、誓約書等によって秘密を特定し、義務内容を明確にする必要があります。

秘密保持の規定や書式は、 こちらの記事 をご参照下さい。

3.2 (2)漏洩情報が秘密保持義務の対象となっていること

会社のいかなる情報も秘密保持義務の対象となるわけではありません。

企業の業績に影響を及ぼす可能性のない情報や、既に公表されている情報などは、対象とはなりません

裁判例でも、労働者が会社の決算関係の書類(事業別損益計算書)、予想資金繰表や再建策を他の労働者に配布したことや,その結果としてそれらの情報が外部にも流出したことが機密保持義務違反であり,懲戒事由にあたるとして,懲戒解雇をした事案において、裁判所は,それらの書類は、社内会議で配布されていたほか、株主や民間機関に対して開示されており,第三者もその内容を十分知り得る可能性のある性質のものであることが認められるとし,慾戒事由に該当することを否定しています(西尾家具工芸社事件 大阪地裁平成14年7月5日判決 労判833号36頁 )このように,既に公表しているといえる情報の場合は,その開示・漏洩を守秘義務違反とすることはできません。

4 情報漏洩に対する懲戒処分の量定

では、情報漏洩の場合、いかなる種類・重さの懲戒処分を行うことが社会通念上相当なのでしょうか?懲戒処分の量定が問題となります。

4.1 基本的な考え方

4.1.1 総論

懲戒処分の程度は個別の事案の事情にもよりますが,重要な企業秘密を漏洩し,会社に損害を生じさせた場合,またはそのおそれがある場合には懲戒解雇が可能な場合もあります。

情報漏洩は以下の4つのパターンに分けて検討することが一般です。

① 故意で情報を持ち出し、第三者に開示した場合
② 故意で情報を持ち出しただけで、第三者に開示はしていない場合
③ 過失の場合
④ 内部告発・公益通報の場合

以下、4つのパターンについて説明します。

4.1.2 ① 故意で情報を持ち出し、第三者に開示した場合

この場合は、当該企業秘密の重要性,開示の目的,漏洩による会社の損害の有無・程度,企業運営への影響等を総合的に考慮し,企業にとって重要な情報で,かつ背信性が高いと認められる場合には,懲戒解雇も可能です。また、退職金の不支給も認められる場合もあります。

4.1.3 ② 故意で情報を持ち出しただけで、第三者に開示はしていない場合

情報の外部への持出しただけの場合は,「会社の財産・情報を許可なく持ち出した場合」などといった懲戒事由に該当するか、「会社又は取引先の機密を社外に漏らし又は漏らそうとしたとき」といった秘密保持義務違反となるかが問題となります。

情報の持出しだけが守秘義務違反の懲戒事由に該当するというためには,その持出しの意図が第三者への開示目的であったことが認められる必要があります

第三者への開示目的が認められない単なる持ち出しは、社内ルール違反として軽い懲戒処分(戒告、減給、出勤停止、降格程度)しか認められません

裁判例でも、証券会社の労働者が,訪問場所や顧客名が記載された営業日誌の写しを取って自宅に持ち帰り,顧客への訪問計画を立てるために利用したことが秘密保持義務違反の懲戒事由に該当するかが問題となった事案において,裁判所は,秘密保持義務違反に該当するといえるためには第三者に対して開示する意思で,第三者に対して開示したのと同等の危険にさらすか,または,さらそうとし」たものでなければならず,本件においては自宅で利用する目的で持ち出されたものであって,第三者に開示する意思があったとは認められないとして懲戒解雇を無効と判断しています(日産センチュリー証券事件(東京地裁平19.3.9判決 労判938号14頁)。

これに対し、退職間近の労働者が会社の設計図面など大量かつ多種の情報を自宅に送付しており,これが守秘義務違反になるとして懲戒解雇された事案で,裁判所は退職間近という時期や,整理が必要だと思われないフロッピーなども送っていること,わざわざコピーを取った資料も含まれていること,問題発覚後の情報の引き渡し等に素直に応じず、曖昧な弁解をしていたこと等から、一時的な持出しではなく、会社に知られたくない理由によって資料の持出しをしたものというはかなく,自己または第三者の利益を図り,会社に被害を与えるためであったという背信的意図が推認できるなとして、情報が外部に流出していないとしても、「業務上の機密を社外に漏らしたとき」に準ずる行為をしたときに該当するとして,懲戒解雇を有効とした例があります(中外爐工業事件 大阪地裁13.3.23判決 労経速1768号20頁)。

同様に、 総合商社の従業員が、海運会社への転職を決め、退職の申出をした後、営業秘密を含む社内資料を自己のGoogleドライブにアップロードしたことを理由として退職日前に懲戒解雇をした事案で、裁判所は懲戒解雇を有効と判断しました(伊藤忠商事ほか事件 東京地裁 令和4年12月26日 労経速2513号3頁)。本判例では退職時の情報漏洩の特殊制について一歩踏み込んだ説示がなされており参考になります。 「従業員の非違行為により情報が事業者の管理が及ばない領域に一旦流出した場合には、その後に当該情報が悪用されるなどして事業者に金銭的な損害が生じたとしても、その立証が困難なことや、当該従業員が会社に生じた損害賠償を支払うだけの資力に欠けることもあり得るところであり、情報の社外流出に関わる非違行為に対し、損害賠償による事後的な救済は実効性に欠ける面がある。さらに、このような非違行為は、退職が決まった従業員において、特にこれを行う動機があることが多い一方で、このような従業員による非違行為に対しては、退職金の不支給・減額が予定される懲戒解雇以外の懲戒処分では十分な抑止力とならないから、事業者の利益を守り、社内秩序を維持する上では、退職が決まった従業員による情報の社外流出に関わる非違行為に対し、事業者に金銭的損害が生じていない場合であっても、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことも許容されるというべきである。」

4.1.4 ③ 過失の場合

企業秘密の漏洩には,故意行為だけではなく,過失による漏洩も含まれます

たとえば,企業秘密に関わる情報を保存したノートPCやUSBメモリを電車やタクシー内に置き忘れた場合や自宅に資料を持ち帰って仕事をしようとしたところ紛失してしまった場合などです。

このような場合,故意の情報漏洩と同様の懲戒処分(懲戒解雇・諭旨解雇等)を行うのは難しく、企業機密の内容、過失の程度、漏洩の有無、事後対応等によって戒告、減給、出勤停止、降格程度が相当な場合も多いと考えます。

なお,社外持ち出しが禁止されている情報を過失により社外で紛失した場合には,紛失自体は過失による行為ですが,社外への持ち出しの点は故意による行為ですので,その点をとらえて懲戒処分(ただし、戒告、減給、出勤停止、降格程度)の可否を検討することは可能です。

4.1.5 ④ 内部告発・公益通報の場合

この場合、まず、⑴ 労働者の告発等が,公益通報者保護法の対象としている「公益通報」に該当する場合には,同法の関係規定により,そうした通報を行ったことを理由とする懲戒処分は許されません。

⑵次に、同法の「公益通報」に該当しない告発等であっても,①告発内容の真実性(もしくは真実であると信じるに足りる相当な理由があったか),②目的の正当性,③手段・方法の相当性の要素を総合判断し、正当な告発である場合は懲戒処分をすることはできない場合があります(大阪いずみ市民生協事件 大阪地裁堺支部平15.6.18判決 労判855号22頁)。

⑶さらに、自らの権利救済のために必要な書類を担当弁護士に手渡した場合などは、自己の救済を求める目的であり、かつ、弁護士は弁護士法上の守秘義務を負っており外部に流出する可能性は低いとして、秘密保持義務に違反しない場合があります(メリルリンチ・インベストメントマネージャーズ事件 東京地裁平15.9.17判決 労判858号57頁 日産センチュリー証券事件 東京地判平19.3.9労判938号14頁)。これに対して、合同労組の組合員が、労使交渉を有利に進める目的で、他の従業員の昇給データや取引先のデータ(単なるリスト以上の情報を含む)をプリントアウトして持ち出したケースで、情報を持ち出した従業員の解雇が有効とされた例があります(宮坂産業事件 大阪地裁平24.11.2判決 労経速2170号3頁)。

内部告発の場合の懲戒処分については

内部告発を理由にいかなる懲戒処分ができるか

4.2 裁判例データ

下記 6 参考裁判例 を参照してください。

4.3 民間データ

※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」

社外持ち出し禁止のデータを無断で自宅に持ち帰った場合

1位 戒告・譴責(59.1%)
2位 減給(32.7%)
3位 出勤停止(26.3%)

社外秘の重要機密事項を意図的に漏洩させた

1位 懲戒解雇(63.6%)
2位 諭旨解雇(38.2%)
3位 降格・公職(24.3%)

4.4 公務員データ

※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正

秘密漏えい

ア 職務上知ることのできた秘密を故意に漏らし、公務の運営に重大な支障を生じさせた職員は、免職又は停職とする。この場合において、自己の不正な利益を図る目的で秘密を漏らした職員は、免職とする。

イ 具体的に命令され、又は注意喚起された情報セキュリティ対策を怠ったことにより、職務上の秘密が漏えいし、公務の運営に重大な支障を生じさせた職員は、停職、減給又は戒告とする。

公金官物取扱い関係 紛失

公金又は官物を紛失した職員は、戒告とする。

4.5 報道データ

2018.7.4 全社員の賃金データ漏洩…日経が元社員を懲戒解雇及び告訴
2018.8.9 接待で情報漏えい、警官2人免職=加重収賄罪で起訴-大阪府警
2018.12.13個人情報誤掲載 男性職員2人を戒告懲戒処分 市長らは減給に
2022.2.10 県警警視を守秘義務違反容疑で書類送検,戒告の懲戒処分
2022.3.3 住民団体名簿を漏洩 高知市職員を戒告の懲戒処分
2022.3.4 家宅捜索の情報、暴力団幹部に漏らす 千葉県警の警部補らを戒告の懲戒処分
2022.3.8 楢葉町職員の男、町調査に入札妨害の容疑認め、懲戒免職
2022.3.15 神戸市職員、採用試験結果を本人らに漏らす 停職の懲戒処分
2022.3.24 狭山清陵高で入札情報漏洩の疑い 県教委が事務職員を懲戒免職、告発
2022.3.30 見積もり漏らし、2職員を減給の懲戒処分
2022.3.31 面接の質問漏洩 丹波篠山市が4職員を懲戒処分

その他詳細は

情報漏洩,データ持ち出し・改ざん等の懲戒事例【報道】

5 業務命令違反と懲戒の対応方法

5.1 調査(事実及び証拠の確認)

まずは,以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。

調査するべき事実関係

□ 秘密保持義務の根拠はあるか
□ 情報の開示・漏洩が既になされているか
□ 情報は第三者へ開示されたか
□ 開示・漏洩された企業秘密の内容・重要性
□ 開示・漏洩の経緯・動機
□ 開示・漏洩の回数
□ 内部告発などの正当な理由の有無
□ 開示・漏洩による業務上の支障・損害
□ 発覚後の社員の態度・弁明内容
□ 通常の勤務状況・成績

調査の際に収集する資料

□ 開示・漏洩された情報の写し
□ 社内データベースへのアクセスログ・ダウンロード履歴
□ 開示・漏洩に関する電子メール
□ 注意指導を行った文書,メール
□ 懲戒処分通知書,始末書

量刑・情状酌量事情

□ 開示・漏洩が故意か過失か
□ 会社の業務に与えた影響
□ 調査や事後対応への協力姿勢
□ 損害の大きさ
□ 反省の態度の有無
□ 開示・漏洩の経緯・理由
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較

5.2 懲戒処分の進め方

1 不祥事の発覚
内外からの通報、上司・同僚による発見、本人申告等などにより不祥事が発覚します。
2 事実調査
懲戒処分に該当する可能性のある事案が発生した場合は,懲戒処分の前提として事実の調査を行います。
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
3 処分の決定
調査により認定された事実に基づいて懲戒処分を行うか否か,行う場合の懲戒処分の種類・程度を決定します。
参考記事
・もう迷わない!分かりやすい懲戒処分の判断基準
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
4 懲戒手続
懲戒委貞会の開催、弁明の機会付与等を行います。
参考記事
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
5 懲戒処分の実施・公表
決定した懲戒処分を当該社員へ文書により通告します。
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
6 再発防止措置
懲戒処分を行っただけでは再度同じ不祥事が生ずる可能性があります。
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。

懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を

弁護士に事前に相談することの重要性

懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。

懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。

このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。

しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。

リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには労務専門の弁護士事前に相談することとお勧めします

労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート

当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。

労務専門法律相談

懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。

懲戒処分のコンサルティング

懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。

労務専門顧問契約

懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。

6 情報漏洩による懲戒の裁判例

6.1 故意で情報を持ち出し、第三者に開示した場合

三朝電機事件(東京地判昭和43.7.16判例タイムズ226号127頁)

事案:Xは,昭和36年9月30日,電機計測器の組立配線調整修理業を営むYに雇用され,主として測定機器の製作等に従事していた。しかし,Yは,昭和39年6月20日,Xに対し,秘密漏洩等を理由として,労働基準法20条所定の予告手当を提供して解雇の意思表示をした。

判断:裁判所は,「債権者(筆者注:X)が債務者(筆者注:Y)から営業上の秘密として指定されたEMO61なる機種の製作に要する工数を漏らしたことは,信義則上労働者に要請される秘密保持の義務に違反し,しかも債務者はこのため安値受注を余儀なくされたのであるから,その情状はきわめて重大である。・・・債務者は解雇の意思表示当時右非行をまだ覚知していなかつたことが疏明されるけれども,労働者の非行が解雇の意思表示以前に行なわれた以上,仮令右意思表示当時使用者がいまだこれを覚知していなくても後日これを解雇事由として主張することは妨げない。ただ右意思表示の動機として労働者の組合活動とその非行とが並存する場合いずれが決定的であったかを判定するに当り,あるいはまた解雇の意思表示が権利の濫用に該当するか否かに関し,その意思表示の動機如何を判定するに当り,右意思表示当時使用者に判明していなかつた非行を除外すべきであるとの制約を蒙るにすぎない。しかるに本件において右意思表示の動機として不当労働行為意思が認められないことは前示のとおりであり,またその動機に関し秘密を洩らした非行を除外して考えても格別権利の濫用にわたると認められる点はないから,右非行を解雇事由の一として考慮するにつき右の制約は存しない。」と判示して,解雇を有効と判断した。

古河鉱業事件(東京高判昭55.2.18労民集31-1-49)

事案:従業員Xが,Y会社が工場再建のために策定し,極秘扱いしていた計画を持ち出し,謄写印刷した上で,政治活動に利用する目的で外部に漏洩したこと等を理由に懲戒解雇された

判断:裁判所は,「(Ⅰ)守秘義務の法的根拠と人的範囲労働者は労働契約にもとづく附随的義務として,信義則上,使用者の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負うが,その一つとして使用者の業務上の秘密を洩らさないとの義務を負うものと解せられる。信義則の支配,従ってこの義務は労働者すべてに共通である。もとより使用者の業務上の秘密といっても,その秘密にかかわり合う程度は労働者各人の職務内容により異るが,管理職でないからといってこの義務を免れることはなく,又自己の担当する職務外の事項であっても,これを秘密と知りながら洩らすことも許されない。」「Xらは組合に加入し,かつ会社と労働契約を結び,その結果労協57条3号,就規73条6号の適用を受け,会社に対する関係で,会社の業務上重要な秘密を洩らさないという制限を受けるに至ったものである。かような制限は,Xらが会社と右のような労働契約関係にあるかぎり,政治活動が憲法21条により国家に対する関係で保障されていることを考慮しても,その効力に疑をさしはさむ余地はない。従ってXらの本件計画漏洩行為が政治活動にもあたるとしても,これが労協・就規の前記条項に該当する以上,Xらは懲戒責任を免れることはない。」と判示して,懲戒解雇を有効と判断した。

協業組合ユニカラー事件(鹿児島地裁平3.5.31判決 労判592号 69頁)

事案:理事長に対する強要的行為、企業秘密の漏洩、虚偽事実の流布等を理由とする懲戒解雇がなされた事案。秘密漏洩に関しては、被告事務所にて「日活(被告の仕入先)支払全部した。そうしないと帳面がおかしい(イラッタ)「操作した」意)ことはすぐわかる)。」などと記されたメモを発見し、それをコピーして税務署へ渡し、会社は修正申告を余儀なくされた。

判断:裁判所は「懲戒解雇事由としての秘密洩泄行為は、企業の存立にかかわる重要な社内機密や開発技術等の企業秘密を、その対象にしていると解せられるところ、原告らが外部へ持ち出したのは前記メモ一枚のみであり、これが「職務上知り得た会社の重要な秘密」として懲戒解雇の対象になるほどの法的保護を受けるとは考え難い」「右メモの記載内容は、脱税等を目的とした不正な経理操作の存在を一応推測させるものであり、結局被告は当該年度の所得につき修正申告を余儀なくされていることを考慮すれば、原告らの前記行為は、捜索方法の相当性はさておき、懲戒解雇事由としての秘密洩泄に該当するようなものとは認められない」として、懲戒解雇を無効と判断した

日本リーバ事件(東京地判 平14.12.20 労判845号44頁)

事案:コンシューマーリサーチマネージャーの職にあった従業員が、会社が開発を模討していた透明石鹸のサンプル開発を競合会社に依頼したこと、会社の主力製品に関する開発計画等を議題とする会議に出席し、当該会議資料を持ち出し,データを漏洩した等の行為を理由に懲戒解雇された

判断:裁判所は,上記の行為は,就業規則に規定された懲戒事由である「事業の重大なる秘密を漏洩し又は漏洩しようとしたことが明らかなるとき」に該当し,さらに,透明石鹸の開発は競合会社に就職した後も継続されており背信性が高く、主力製品に関する機密情報を競合他社に漏洩したこともヘアケア商品業界ではブランドカ、商品開発力が商品の売れ行きを左右すること等から背信性が高いとして相当性を認め,懲戒解雇を有効と判断した

日産センチュリー証券事件(東京地判 平19.3.9 労判938号14頁)

事案:従業員Xが,不当労働行為事件の担当弁護士へ顧客情報が記載された営業日誌を書証として提出するため,ファックス送信した行為を理由にY社より懲戒解雇された

判断:裁判所は,「(営業日誌の)個々の顧客を特定しうる可能性のある記載は,訪問場所と顧客名の記載であるが,これだけで特定しうるとはいえないものの,特定を容易ならしめる記載であることは間違いなく,少なくともこれを社外に持ち出すことは全く予定されていない情報ということができるから,被告(筆者注:Y)が就業規則で「洩らし」又は「洩らそうと」することを禁止している「取引先の機密」(87条3号,36条),従業員服務規程で「洩らし」又は「漏洩」することを禁止している「職務上知り得た秘密」(6条,23条1項16号)には当たると認めるのが相当である。」としながら,「被告は,物理的に被告の管理する施設外に持ち出しており,それだけで「洩らし」又は「洩らそうとし」たといえると主張するが,「洩らし」又は「洩らそうとし」たといえるためには,第三者に対して開示する意思で,第三者に対して開示したのと同等の危険にさらすか又はさらそうとしなければならないと解されるところ,原告(筆者注:X)本人尋問の結果によれば,原告は,本店営業部第3課に異動したことにより担当する顧客数が大幅に増えたため,帰宅後,自宅で訪問計画を立てるために利用する目的で,営業日誌の写しを取ったことが認められ,原告には,第三者に対して開示する意思があったものとは認め難いばかりか,写しを取って自宅に持ち帰ることにより,外部に流出する危険が増したとはいえ,第三者に開示したと同等の危険にさらしたとまでは認められないから,未だ「洩らし」たとまでは認めることはできないといわざるを得ない。」,「弁護士にファックス送信した行為であるが,これは,証拠,原告本人尋問の結果によれば,B証言を弾劾するため,内示当日の営業日誌を弁護士に示すためにファックス送信したものであることが認められ,都労委において本件配転の効力を争っている原告にとってその目的が一応正当性を有していること,弁護士は弁護士法上守秘義務を負っており(23条),弁護士を介して外部に流出する可能性は極めて低いことを考慮すると,これをもって漏えいに当たるとすることはできないというべきである。」,「次に,これを都労委の審問期日に提出した行為であるが,本件写しの証拠提出が撤回されたことは上記のとおり争いがなく,証拠によれば,その行為態様は,原告の代理人弁護士が本件写しを甲34号証として提出しようとして,これを都労委の担当者に手渡し,収受印が押されたが,その副本を受領した被告の代理人弁護士から指摘されて結局これを撤回したため,証拠としては提出されない扱いとなり,甲34号証は欠番とされ,原告代理人が回収した同号証は被告代理人に交付されたことが認められる。このように,都労委に対しては最終的に証拠提出されなかったのであるから,漏えい行為自体が存在しないというほかない。なお,被告は,本件写しが提出された審問期日には多くの傍聴人が存在し,本件写しの内容は,特定の第三者ではなく,不特定多数の者に対して知れ渡る可能性があったから,都労委の審問期日において顕出されていると主張する。確かに,手続としては提出されない扱いだったとしても,本件写しが都労委の担当者に手渡されてから回収されるまでの間に,事実上都労委委員,被告の担当者及び傍聴人の目に触れた可能性は否定できない。しかし,まず,都労委委員は労働組合法上守秘義務を負っており(23条),同委員が事実上本件写しの内容を見たとしても,それが外部に流出する危険はないといえるし,傍聴席あるいは当事者席にいた被告の担当者は,本件写しの記載内容の本来の保管者である被告の担当者であるから,そのいずれに対しても漏えいということは考えられない。そして,それ以外の者,すなわち原告を支援する目的で傍聴に来ていた者については,守秘義務は存在せず,これらの者に本件写しの内容が知れたとすれば,それは漏えいに当たると評価せざるを得ない。そして,上記認定事実を総合すれば,少なくとも紙としての本件写しが,原告ないし原告代理人から都労委委員及び被告代理人に手渡され,都労委委員に渡された分が最終的に被告によって回収されたことは傍聴人にも見えていた可能性が高いといわざるを得ない。しかし,その記載内容までが傍聴人の目に触れるような形でやり取りが行われたとまではこれを認めるに足りる証拠はないから,そのような傍聴人に対する漏えい行為があったということもできない。」と判示して,懲戒解雇を無効と判断した。

メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件(東京地判平15.9.17労判858号57頁)

事案:従業員が自己への嫌がらせについて弁護士に相談するために,会社の顧客情報や人事情報等を開示・交付した行為を理由に懲戒解雇された

判断:裁判所は,Xが,Yにおいて,Xに対するいじめ・差別的な処遇があるとして,その担当弁護士に,人事情報や顧客情報などを手渡したこと等を認定した上,「本件各書類は,原告(筆者注:X)が自己の救済のために必要な書類であると考えた書類であって,その交付先が秘密保持義務を有する弁護士であること,原告は,F弁護士から原告の同意なしに第三者に開示しないとの確約書を得ていること,自己に対する職場差別について,被告(筆者注:Y)社内の救済手続を利用したのに,それに対して何らの救済措置が執られるような状況にはないばかりか,被告代表者から秘密保持義務違反を問われ,また退職を勧奨されていたという当時の原告が置かれていた立場からすれば,自己の身を守るため,防御に必要な資料を手元に保管しておきたいと考えるのも無理からぬことであることからすれば,本件就業規則が原告に対し効力を有するとして,原告が本件各書類を被告に返還しなかったことは,本件就業規則の守秘義務規定に違反するとしても,その違反の程度は軽微というべきである。」,「被告が本件各書類をF弁護士に開示,交付した目的,態様,本件各書類の返還に応じなかった当時の事情からすれば,本件懲戒解雇は,懲戒解雇事由を欠くか,または軽微な懲戒解雇事由に基づいてされたものであるから,懲戒解雇権の濫用として無効であり,これを普通解雇とみても,同様に解雇権の濫用として無効であるというべきである。」と判示した。

弁護士吉村雄二郎
本判決では,顧客リスト,社内の人事情報に関するやり取りの記載された書類などが,外部に開示されることが予定されていない企業機密であると認定されています。そのうえで,さらに,就業規則に守秘義務規定のある本件において,労働契約上の義務として,業務上知り得た企業の機密をみだりに開示しない義務を負担していると解するのが相当であるとしています。特に,本件では,入社時においてYの企業秘密を漏洩しない旨の誓約書を差し入れ,また,秘密保持をうたった「職務遂行ガイドライン」を遵守することを約しているのであるから,Xが秘密保持義務を負うことは明らかであるとし,Xが投資顧問部の公的資金顧客,企業年金の既存顧客担当の責任者として,その企業秘密に関する情報管理を厳格にすべき職責にあった者であると認定しました。
しかし,判決は,自らの受けた嫌がらせに対する救済のためYの社内手続を利用することとし,Xの主張をまとめた面談書類および,その裏づけ資料である本件書類を担当弁護士に交付したものと認定しています。つまり,Xの権利救済のために必要な書類を担当弁護士に交付したということです。また,判決は,弁護士は弁護士法上守秘義務を負っていることから(弁護士法23条),自己の相談について必要と考える情報については,企業の許可がなくてもこれを弁護士に開示することは許される,と解されるとしました。
これらの理由から,Xの解雇が懲戒解雇権の濫用として無効であり,普通解雇としても解雇権の濫用として無効であると判断したのです。

6.2 故意で情報を持ち出しただけで、第三者に開示はしていない場合

中外爐工業事件(大阪地判平13.3.23労経速1768号20頁)

事案:従業員が,退職の直近に情報等の持ち出しをしないことを誓約していたにもかかわらず,会社に対する背信的意図に基づき会社の技術資料等を自宅に配送して持ち出したことを理由に懲戒解雇された(退職金も不支給とされた)

判断:裁判所は,会社担当者が資料の返却を求めて従業員の自宅を訪問した際の従業員の言動等からは、会社に知られたくない理由により資料等の持出しをしたものというはかなく、自己または第三者の利益を図り、あるいは会社に損害を加える背信的意図があったと推認できる。資料等の持出しは、いまだ外部に流出するには至っていなかったとしても、当該資料等には外部への流出によって被告が重大な損害を被りかねない重要なものも多数含まれていたうえ,持ち出し資料が外部に流出していないかという点には大いなる疑惑があり,信頼関係を根底から破壊するものとして,就業規則上の懲戒解雇事由である「社品を無断で持ち出し」た場合に該当するとともに,機密が流出しているかは明らかでないものの,「業務上の機密を社外に漏らしたとき」に準ずる行為をした時に該当すると判断し,本件懲戒解雇及び退職金不支給有効であると判断した

宮坂産業事件(大阪地判 平24.11.2 労経速2170号3頁)

事案:従業員が,第三者である組合の分会長の依頼に基づき,取引先リストや従業員の昇給に関するデータを持ち出した行為及び当該行為につき窃盗罪で有罪判決を受けたことを理由に懲戒解雇された

判断:裁判所は,原告が「取引先リストや従業員の昇給に関するデータをプリントアウトして社外に持ち出した行為は,被告就業規則74条8項『会社の機密情報を社外に漏洩しようとしたとき,あるいは現に漏洩させたとき又は事業上の不利益を計ったとき』に該当する」とし,また,原告が当該行為によって窃盗罪の有罪判決を受けていることからすれば,原告の行為は,「被告就業規則74条11項『会社内で横領,傷害などの刑法犯に該当する行為があったとき。』に該当することは明らかである」として懲戒解雇事由該当性を認め,原告の行為は,「第三者である組合の用に供するため,被告会社の重要な情報を社外に持ち出しており,これについて有罪判決を受けていることからすれば,懲戒処分の中でも懲戒解雇に相当するというべきである。」として懲戒解雇の相当性も肯定し,懲戒解雇を有効と判断した

伊藤忠商事ほか事件 東京地裁 令和4年12月26日 労経速2513号3頁

事案:総合商社の従業員が、海運会社への転職を決め、退職の申出をした後、営業秘密を含む社内資料を自己のGoogleドライブにアップロードしたことを理由として退職日前に懲戒解雇をした事案

判断:「従業員の非違行為により情報が事業者の管理が及ばない領域に一旦流出した場合には、その後に当該情報が悪用されるなどして事業者に金銭的な損害が生じたとしても、その立証が困難なことや、当該従業員が会社に生じた損害賠償を支払うだけの資力に欠けることもあり得るところであり、情報の社外流出に関わる非違行為に対し、損害賠償による事後的な救済は実効性に欠ける面がある。さらに、このような非違行為は、退職が決まった従業員において、特にこれを行う動機があることが多い一方で、このような従業員による非違行為に対しては、退職金の不支給・減額が予定される懲戒解雇以外の懲戒処分では十分な抑止力とならないから、事業者の利益を守り、社内秩序を維持する上では、退職が決まった従業員による情報の社外流出に関わる非違行為に対し、事業者に金銭的損害が生じていない場合であっても、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことも許容されるというべきである。」として、裁判所は懲戒解雇を有効と判断した。

6.3 企業秘密の持ち出し行為はないが,企業秘密が漏洩した場合

西尾家具工芸社事件(大阪地判平14.7.5労判833号36頁)

事案:会社の経理課長の職にあった従業員が,社長から会社再建策を立案するよう指示を受けたため,検討会議において,被告の3期連続事業別損益通算書,予想資金繰表及び再建策を会議出席者に配布したところ,上司の許可なく経理機密資料を作成し会議にて会社に無断で配布したこと等を理由に懲戒解雇された事案

判断:裁判所は,「原告を含む被告従業員の有志は,被告の経営状況を懸念し,自主的に再建策を検討する会合を予定していたところ,被告から再建案を策定するように指示され,同指示に基づき再建案を作成し,二度にわたってこれを検討する会議を開催し,その際,出席者である課長職以上の従業貞に対して,原告が作成した上記再建案のほか,被告の決算関係の書類,資金繰表を配布したこと,上記決算関係の書類は3期連続事業別損益計算書で,株主や民間機関に対して開示されており,したがって,被告以外の第三者もその内容を十分知りうる可能性のある性質のものであることが認められるのであり,原告は,被告の指示に従って再建案を作成し,これにより検討を行っていたに過ぎないものであって,こうした原告の行為が懲戒解雇事由に該当するということはできない」として,懲戒解雇を無効と判断した

武富士事件(東京地判平6.11.29労判673号108頁)

事案:従業員が,家族ぐるみで交流のあったライバル会社の代表取締役に対する顧客情報の漏洩等を理由に懲戒解雇された事案

判断:裁判所は,被告会社が顧客に対する調査を実施したことや被告の組織変更等の情報を漏洩した原告の行為について,懲戒事由である「会社の機密を他に漏らしたり,または漏らそうとしたとき」に該当することは認めたものの,当該情報が漏洩の相手にとって既知の事実であること等の理由から懲成解雇に値する程の重大悪質な非行には当たらないとして相当性を否定し,懲成解雇を無効と判断した

ブランドダイアログ事件(東京地判 平24.8.28 労判1060号63頁)

事案:被告の部長として雇用された従業員が,事前に上司に相談することなく使用者が販売パートナー契約を締結している会社に顧客リストをデータ送信したことを理由に懲戒解雇された

判断:裁判所は,原告は,本件顧客データ送信に当たり,事前にも事後にも上司の許可を得ていないこと,本件顧客データを取得する際に,被告の取締役に対し実際とは異なる利用目的を告げていることから,原告による顧客データ送信行為は,懲戒事由に該当するというべきであるとしたものの,顧客リストの送信には被告商品の販売代理店の営業を促進させ,被告の売上を伸ばすという面があったこと,顧客リストの送信により,被告に実害が生じた形跡は認められないこと,被告は当時把握していた資料についてすら十分に検討せず,当時行い得た調査を十分に行わずに本件懲成解雇に踏み切っているなどを考慮すると原告を懲戒解雇に処することは酷に失するとして,懲戒解雇は社会通念上相当であるということはできないとし,懲戒解雇を無効と判断した

6.4 内部告発・公益通報の場合

宮崎信用金庫事件(福岡高裁宮崎支判平成14.7.2労判833号48頁)

事案:Yは信用金庫であり,Xらは,それぞれYの支店貸付係担当係長,本店営業部得意先係として勤務していた。しかし,Xらは,Yの管理している顧客の信用情報等が記載された文書を不法に入手し,これら文書やYの人事等を批判する文書を外部の者に交付して機密を漏洩し,かつ,Yの信用を失墜させたとして,平成10年4月10日,Yより懲戒解雇された。

判断:裁判所は,Xらが,Yにおける不正融資疑惑を解明するため,Yのホストコンピュータに不正アクセスし,顧客の信用情報をプリントアウトし,また,信用情報を記載した稟議書の原本からコピーをとり,これらの文書等を外部の議員秘書に交付して機密を漏えいし,Yの信用を失墜させたとして懲戒解雇されたことを認定した。その上で,「控訴人(筆者注:Xら)が取得した文書等は,その財産的価値はさしたるものではなく,その記載内容を外部に漏らさない限りは被控訴人(筆者注:Y)に実害を与えるものではないから,これら文書を取得する行為そのものは直ちに窃盗罪として処罰される程度に悪質なものとは解されず,控訴人らの上記各行為は,就業規則には該当しないというべきである。」,「控訴人らはもっぱら被控訴人内部の不正疑惑を解明する目的で行動していたもので,実際に疑惑解明につながったケースもあり,内部の不正を糺すという観点からはむしろ被控訴人の利益に合致するところもあったというべきところ,上記の懲戒解雇事由への該当が問題となる控訴人らの各行為もその一環としてされたものと認められるから,このことによって直ちに控訴人らの行為が懲戒解雇事由に該当しなくなるとまでいえるかどうかはともかく,各行為の違法性が大きく減殺されることは明らかである。」,「控訴人らの行為が被控訴人主張の各懲戒解雇事由に当たると仮定してみても,控訴人らを懲戒解雇することは相当性を欠くもので権利の濫用に当たる」等と判示して,懲戒解雇を無効と判断した。

弁護士吉村雄二郎
なお,同事件の一審判決(宮崎地判平成12.9.25労判833-55)は,Xらの入手した文書は,Yの所有物であるから,これを業務外の目的に使用するために,Yの許可なく業務外で取得する行為は就業規則の懲戒解雇事由「窃盗」に当たり,XらがY内部の不正を糾したいとの正当な動機を有していたとしても,その実現には社会通念上許容される限度内での適切な手段方法によるべきであるから,Xらの行為を正当行為として評価することはできないなどとして,本件懲戒解雇の相当性を肯定しています。

 

 

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