内部告発と懲戒

内部告発を理由にいかなる懲戒処分・解雇ができるか

  • 2021年5月22日
  • 2022年5月23日
  • 懲戒

内部告発を理由にいかなる懲戒処分ができるかについて、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。

社長
当社のカメラ関連製品の製造メーカーです。品質管理センターで勤務する従業員Xとの間で、待遇や残業代不払い等の労働問題についてトラブルが生じていました。ところが、Xは雑誌記者の取材に応じて「残業代が払われていない」などと発言し、その内容は有名雑誌に公表されていまいました。さらに、当社工場前で当社役員の誹謗中傷ビラを撒きました。誹謗中傷の内容は、当社が重要な機密事項としていた事業譲渡に関する内容が記載されていました。このようなXの行動は,懲戒解雇事由に該当しますので,懲戒解雇を行う予定です。このような場合でも,懲戒解雇は認められるのでしょうか。
弁護士吉村雄二郎
Xの表現活動はいずれも企業機密を漏洩する行為ですので、機密漏洩に関する懲戒事由に該当し懲戒処分の対象となるのが原則です。しかし、Xの表現活動が内部告発として正当な行為と認められる場合は懲戒処分ができない場合があります。取材に応じた行為については、仮に残業代が払われていないことが真実であれば、正当な内部告発となる可能性があります。これに対して、誹謗中傷のビラは、重要な機密事項を漏洩するものであり、かつ、ビラまきの方法も適切とは言い難いので正当な内部通報とはなりません。未公開の機密情報の内容や会社に与える損害の程度によっては懲戒解雇も可能だと考えます。
内部告発は、秘密漏洩又は会社への誹謗中傷として懲戒処分の対象となること
ただし、公益通報者保護法の保護や正当な内部告発として保護される場合は、懲戒処分の対象とはできないこと

保護されない内部告発は、不当な目的で、重要な企業機密を悪質な方法で漏洩した場合は、懲戒解雇も含む思い処分が可能なこと

1 内部告発は懲戒処分の対象となる

1.1 内部告発とは

内部告発とは,企業外の第三者に対して,公益保護を目的に,企業内の不正行為を開示することをいいます。

内部告発は、企業外の第三者に企業内の機密情報を開示し、情報を漏洩することになります。また、内部告発は、会社への批判や誹謗中傷になることもあります。

このように、①情報漏洩や②会社への批判・誹謗中傷は懲戒処分の対象となります。

1.2 情報漏洩は秘密保持義務として懲戒処分の対象となる

秘密保持義務とは,会社の企業秘密を承諾なく使用・開示してはならない労働契約上の義務です。

多くの企業では、企業秘密を保護するために、従業員に対し、秘密保持義務を課しています。

企業秘密とは、技術上の秘密、顧客情報、ノウハウなど、企業の業績に影響を及ぼす可能性のある一切の情報で公表されていないものを意味します。

在職中の従業員はもちろん、退職した従業員であっても、会社の企業秘密を第三者に開示するなどして漏洩した場合、長年かけて作り上げた技術やノウハウの価値が失われ、顧客を奪われ、莫大な損害が発生する可能性が高まります。

そのため企業秘密を守るために秘密保持義務が課され、これに違反した場合は、損害賠償請求や差し止め請求が可能となります。

また、企業秘密の流出は,企業の競争力を低下させ,企業の信用にも関わることから,企業秘密を漏洩し,会社に損害を生じさせた場合には,懲戒処分の対象となります

情報漏洩秘密保持義務違反に関する関連記事は

情報漏洩を理由にいかいかなる懲戒処分ができるか?

秘密保持義務に違反した従業員への損害賠償請求

1.3 会社に対する誹謗中傷は懲戒処分の対象となる

また、労働者は,労働契約に付随する義務として使用者に不当に損害を与えないようにするべき誠実義務・忠実義務を負っていますので,勤務時間か勤務時間外かや職場内外を問わず,使用者の名誉や信用を毀損したり,不当に損害を与えるような行為をしてはなりません。

労働者がこの誠実義務に違反し、会社に対する批判的な内容のブログやSNSの投稿を行い、これによって会社の名誉や信用が害される場合には名誉・信用の毀損的行為として懲戒処分の対象となり得ます。

会社に対する誹謗中傷に関しては

ブログやSNSによる会社批判・誹謗中傷を理由にいかなる懲戒処分ができるか

1.4 正当な内部告発は懲戒処分の対象とはならない

このように、内部告発は本来,情報漏洩・誹謗中傷として、守秘義務・誠実義務違反に当たり,企業秩序違反行為として懲戒の対象となります
もっとも、情報漏洩や誹謗中傷が懲戒事由に形式的には該当する場合であっても、正当な内部告発の場合は、懲戒処分の対象とはできません。
具体的には、
① 公益通報者保護法により保護される場合
② ①が認められないとしても、正当な内部告発に該当する場合
には、懲戒処分に該当せず、懲戒処分とすることはできません。
以下の、この例外について見ていきましょう。

2 公益通報者保護法

2.1 公益通報者保護法とは

国民生活の安全・安心を損なう企業不祥事は、事業者内部からの通報をきっかけに明らかになることも少なくありません。

企業不祥事が内部告発から明らかになることで、国民の生命、身体、財産その他の利益への被害拡大を防止につながることもあります。

また、事業者にとっても、通報に適切に対応し、リスクの早期把握及び自浄作用の向上を図ることにより、企業価値及び社会的信用を向上させることができます。

そこで、内部通報する行為を一定の要件のもと正当な行為として保護するために、通報者が、どこへどのような内容の通報を行えば保護されるのかというルールを明確にするのが公益通報者保護法です。

公益通報者保護法により保護される場合は、事業者による解雇等の不利益な取扱いはできません。

この不利益な取扱いには懲戒処分も含まれます。

2.2 公益通報者保護法による保護要件

2.2.1 通報者は労働者であること

この法律によって保護される通報者は、企業などの「労働者」であることが求められます。

「労働者」には、正社員や公務員、派遣労働者、アルバイト、パートタイマーのほか、取引先の社員・アルバイト等も含まれます。

2.2.2 通報対象事実に該当すること

通報する内容は、特定の法律に違反する犯罪行為など(「通報対象事実」)に該当する必要があります。

通報対象事実以外について通報しても、その通報者はこの法律による保護の対象になりません。

対象となる法律の例
刑法、食品衛生法、金融商品取引法、JAS法、大気汚染防止法、廃棄物処理法、個人情報保護法 その他
詳細は 消費者庁HP参照
通報対象事実の例
他人のものを盗んだり、横領したりする
安全基準を超える有害物質が含まれる食品を販売する
リコールに相当する不良車が発生したにも関わらず、虚偽の届出をする
無許可で産業廃棄物の処分をする
リコールの勧告を受けたが改善措置を講じない(勧告違反)
改善の命令を受けたが改善措置を講じない(命令違反)

2.2.3 通報先

通報先には次の3つが定められています。この3つには優先順序があるわけではなく、自分の都合で通報先を選ぶことができます。

なお、それぞれに保護されるための要件(※)が定められています。

① 事業者内部(労務提供先等)

公益通報者保護制度では、事業者が内部に公益通報に関する相談窓口や担当者を置くことを求めています。

そうした事業者内の窓口や担当者、事業者が契約する法律事務所などが通報先の例です。また、管理職や上司も通報先になります。

② 行政機関

通報された事実について、勧告、命令できる行政機関が通報先になります。一般には、通報対象事実に関連する行政機関と考えてもよいでしょう。

もし通報しようとした行政機関が適切でなかった場合、その行政機関は適切な通報先を通報者に紹介することになっています。

③ その他

一般的には報道機関や消費者団体、労働組合などで、そこへの通報が被害の発生や拡大を予防するために必要であると認められるものです。

【通報先ごとの保護要件】
通報先保護されるための要件
① 事業者内部(労務提供先等)(1) 不正の目的でないこと
(2) 通報対象事実が生じ,または生じようとしていると思料すること(3条1号)
② 行政機関(1) 不正の目的でないこと
(2) 通報対象事実が生じ又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合(3条2号)
③ その他(1) 不正の目的でないこと
(2) 通報対象事実が生じ又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合
(3) 下記いずれかの要件を満たすこと(3条3号)
① 公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
② 労務提供先等に公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され、偽造され、または変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
③ 労務提供先から公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合
④ 書面等により公益通報をした日から20日を経過しても、当該通報対象事実について、労務提供先等から調査を行う旨の通知がない場合、または労務提供先等が正当な理由がなくて調査を行わない場合
⑤ 個人の生命または身体に危害が発生し、または発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合。

2.2.4 不正の目的に該当しないこと

上記のとおり「不正の目的でないこと」が共通する保護要件の一つとなっています。

労働者の通報の目的が,①不正の利益を得る目的,②他人に損害を加える目的,③その他の不正の目的のいずれかに該当しないことが必要であり,これらに該当する場合には,公益通報者保護法による保護は受けられません(同法2条)。

たとえば、通報者が通報をきっかけに会社に対して金銭を要求するなどの不正の目的を有している場合は、そもそも法の定める公益通報には該当せず、保護の対象にはなりません。

弁護士吉村雄二郎
「③その他」は、社内でも行政機関でもない外部(マスコミ、労働組合等)への通報であり、会社へのダメージが最も大きいと思われます。会社に事前に情報をコントロールするチャンスがないからです。このような外部通報への対策としては、内部通報制度・規程を社内に設け,公益通報者保護法が定める要件を社内制度・規程に盛り込み、事実上外部通報を防ぎ,内部通報を前置きすることが必要な制度を構築することが重要です。

2.3 公益通報者保護法による保護の効果

公益通報者の保護としては,

直接雇用労働者の解雇の禁止(解雇は無効とされる。3条柱書)
派遁労働者の労働者派遣契約の解除の禁止(4条)
直接雇用労働者に対する降格,減給その他の不利益取扱いの禁止(5条1項)
派遣労働者の交代を求めることの禁止(5条2項)

が定められています。

不利益取扱いについては,降格・減給のはか,懲戒全般や人事異動(配転・出向)など,不利益取扱い全般の禁止を含むと解されています。

解雇以外の措置の不利益取扱い禁止違反の効果としては,公益通報者保護法上は直ちに無効となるわけではなく,不法行為に基づく損害賠償責任(民709条)を発生させるにとどまります。

もっとも、労契法上の各権利濫用禁止規定(解雇権濫用規制(労契16条),出向命令権濫用規制(同14条),懲戒権濫用規制(同15条)など)によって無効と判断されることがあります。

ちょっとややこしくなりましたが、公益通報者保護法で保護されるのであれば、懲戒処分は無効となると考えて頂いて結構です。

3 正当な内部告発

3.1 正当な内部告発とは

既に述べました公益通報者保護法の「公益通報」に該当しない内部告発であっても,一定の条件を満たす告発であれば,正当な告発として保護され、これに対する懲戒処分は無効となります。

正当な内部告発となるためには、

①告発内容が真実であること又は真実と信ずるについて相当の理由があること
②公益をはかる目的であること
③手段・態様が相当であること

を総合考慮して正当と認められることが必要です。

裁判例も概ねこの要件から正当と認められる内部告発に対してなされた懲戒処分を無効と判断しています(大阪いずみ市民生協事件・大阪地裁堺支部平成15年6月18日判決労判855号22頁、学校法人田中千代学園事件・東京地判平23.1.28労判1029号59頁、甲社事件・東京地判平27.1.14労経速2242号3頁、甲社事件東京地判平27.11.11労経速2275号3頁等)。

以下、各要件を見ていきましょう。

3.2 正当な内部告発となるための要件

① 内容の真実性・真実相当性

虚偽の内容から成る告発は保護されず、告発内容が真実であること又は真実と信ずるについて相当の理由があることが必要となります。

とはいえ,告発内容に多少の誇張があるとしても,摘示した内容の根幹部分が真実である場合や,告発文書が全体として重要な事実を含み,おおむね真実と信じるべき根拠があると認められる場合は,内容の真実相当性は肯定されます(大阪いずみ市民生協事件・大阪地裁堺支部平成15年6月18日判決労判855号22頁、三和銀行事件・大阪地判平成12.4.17労判790号44頁,甲社事件東京地判平27.11.11労経速2275号3頁)。

② 目的の公益性

内部告発は,目的の公益性を有することを要します。

目的の公益性が認められる典型は,犯罪・法令違反行為に関する告発や,人の生命・健康・安全に関する告発ですが、企業の不正行為の告発や,労働条件の改善を目的とする告発も公益性を肯定されます(三和銀行事件・大阪地判平成12.4.17労判790号44頁、日本ボクシングコミッション事件・東京地判平成27・1・23労判1117号50貢、首都高速道路公団事件・東京地判平成9・5・22労判718号17頁等)。

これに対して,自己の保身を目的としたり,社長の失脚を目的とするなどもっぱら私益目的による告発や(千代田生命保険事件・東京地判平成11・2・15労判755号15頁, 学校法人田中千代学園事件・東京地判平成23・1・28労判1029号59頁、プラダジャパン事件・東京地判平成24・10・26判時2223号112頁,大王製紙事件・東京地判平成28・1・14ジャーナル49号22頁,甲社事件東京地判平27.11.11労経速2275号3頁),恐喝的な告発等の加害目的による告発は,目的の公益性を否定されます(ジャパンシステム事件・東京地判平成12・10・25労判798号85頁。人事異動への報復目的による内部告発の正当性を否定した例として,アンダーソンテクノロジー事件・東京地判平成18・8・30労判925号80頁)。

③ 手段・態様が相当であること

企業内部において違法行為是正の手続や仕組みが樹立されているなど、他により穏当で効果的な手段がある場合には、それを経ることが求められます。

このような是正の内部手続がなく、むしろ内部的是正が期待できない状況において、顧客や株主・会員に不正を訴えるようなケースでは、手段・態様が相当であると認められます。

弁護士吉村雄二郎
先程申し上げましたような内部通報制度・規程を社内に設け,公益通報者保護法が定める要件を社内制度・規程に盛り込むことで、事実上外部通報を防ぐことが期待できます。つまり、正当な内部通報と認められるためには、会社が構築した内部通報制度を前置きすることを要求できます。

また、告発の前提として、情報の入手方法・態様の相当性も求められます。社会通念上著しく相当性を欠く方法で重要な企業秘密を取得した場合は,内部告発自体が正当性を否定されることがあります。

違法・不正行為に関する情報を企業の機密文書管理規定に違反して入手することは,他に情報入手の手段がなく,違法・不正行為の是正というより大きな価値に資する状況において,緊急避難的に許容されることもありますが、例外と考えるべきです(大阪いずみ市民生協事件・大阪地裁堺支部平成15年6月18日判決労判855号22頁及び宮崎信用金庫事件・福岡高宮崎支判平成14・7・2判時1804号131頁、福井信用金庫事件・福井地判平成28・3・30ジャーナル52号37頁(不正アクセス禁止法違反の事例で懲戒解雇を有効と判断した)。

3.3 内部通報の場合

以上は、企業外の第三者に企業内の不正行為等を開示する内部告発の場合が正当と認められる要件でした。

これに対して、労働者が企業内部の機関(内部通報窓口等)に企業の不正行為等を通報することを内部通報といいます。

内部通報は,内部告発と異なり外部への情報開示を伴いませんので、より緩やかな要件により、正当な行為として保護されます。

具体的には、

① もっぱら私益を図るなど著しく不当な目的でないこと
② 被通報者や関係者の名誉・プライバシーを侵害するなど著しく不当な手段・態様で行われないこと

が正当な内部通報として保護される要件となります。なお、内部告発と異なり内部通報内容の真実性・真実相当性については要件とはなりません

裁判例としては、財団の総務部長が常務理事兼事務局長の不適切な行動に関する報告書を理事長に提出したことを理由とする懲戒解雇につき,当該行為自体は総務部長の職責を果たすもので問題はないとして懲戒事由該当性を否定する例(骨髄移植推進財団事件・東京地判平成21・6・12労判991号64頁)や,法人経理業務担当の職員が理事の損金処理に関する不当性を指摘する旨の内部通報を代表理事宛に行った後に懲戒解雇された事案につき,同人が被通報者である理事について不透明な立替金処理が行われていたと思料したとしても不合理とはいえないとして懲戒事由該当性を否定する例(日本ボクシングコミッション事件・東京地判平成27・1・23労判1117号50貢)があります。また,懲戒事例ではありませんが、オリンパス事件(東京高判平成23・8・31労判1035号42貢)は,内部通報を理由とする不利益配転につき,労働者の正当行為に対する制裁的人事として権利濫用(労契3条5項)と判断しています。

4 懲戒処分の有効要件

懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。

懲戒処分の有効要件については

知っておきたい懲戒処分の有効要件

① 就業規則に懲戒規定明記
懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に明記され、その就業規則が従業員に周知されていることが必要です。
参考記事
懲戒に関する就業規則の規定例
② 懲戒事由該当性
懲戒事由に該当する非違行為の事実について、関係者の事情聴取、客観的証拠等から事実が認定できることが必要です。
③ 懲戒の社会通念上相当性
懲戒処分が重すぎると無効となります。懲戒処分の種類・量刑が相当であることが必要です。
④ 懲戒処分の適正手続履践
就業規則上、賞罰委員会の開催や弁明の機会の付与が必要とされている場合は、これらの手続を履践する必要があります。

5 内部告発による懲戒処分の有効要件

上記一般的有効要件のほか、内部告発に対する懲戒処分が有効となる要件を整理しますと次のとおりとなります。

懲戒処分が有効となるためには,一般的有効要件のほか、以下の要件を充足していることが必要です。

内部告発が懲戒処分の対象となること
(1) 内部告発が秘密保持義務違反の情報漏洩であること(上記1.2参照)
(2) または、内部告発が誠実義務違反の誹謗中傷・会社批判であること(上記1.3参照)
(3) 公益通報者保護法の保護を受けないこと(上記2参照)、または、正当な内部通報として保護を受けないこと(上記3参照)

6 内部告発に対する懲戒処分の量定

では、情報漏洩の場合、いかなる種類・重さの懲戒処分を行うことが社会通念上相当なのでしょうか?懲戒処分の量定が問題となります。

6.1 基本的な考え方

まず、公益通報者保護法又は正当な内部告発として保護される場合は、上記のとおり懲戒処分は基本的にはできません。処分は無効となります。

保護されない内部告発については、告発対象となった、企業秘密の重要性,告発の目的,漏洩による会社の損害の有無・程度,企業運営への影響等を総合的に考慮し,企業にとって重要な情報で,背信性が高いと認められる場合には,懲戒解雇も可能です。また、退職金の不支給も認められる場合もあります。

基本的には、情報漏洩の場合の懲戒処分の量定、会社への誹謗中傷に対する懲戒処分の量定に準拠しますので、そちらをご参照ください。

情報漏洩秘密保持義務違反に関する関連記事は

情報漏洩を理由にいかいかなる懲戒処分ができるか?

6.2 裁判例データ

ユニカ(東京事業場日野)事件(東京高判平14.5.9労判834号72頁)

事例:従業員が雑誌記者の取材に応じて自らの労働問題(残業代不払い等)について発言したこと、職場で未公開の経営情報を記載したビラを配布したこと、その他業務妨害、株主総会混乱等を理由に懲戒解雇された
判断:雑誌の取材に応じて自らの労働問題について発言したことは懲戒解雇事由にあたらないが、ビラの配布行為は、未公開の営業情報を外部に公表したものであり懲戒解雇事由に該当し、その他問題も含めて懲戒解雇は有効であると判断した。

アンダーソンテクノロジー事件(東京地判平18.8.30労判925号80頁)

事例:建設業を営む会社の取締役が,取締役解任後にフリールポライターに対して会社の情報を提供したことを理由に懲戒解雇された
判断:原告が,異動の打診後に初めて行動を取り始めているなど,その行動は不満な人事異動の打診を契機とした会社及びその代表者への不満と糾弾のための報復措置と考えられ,内部告発の手段としても,フリールポライターに内部的な事項を公表すれば会社の信用を損ねることは容易に推測できたはずであり,刑事事件として立件されてもいないのに実名を出して週刊誌に同ライターを通じて内部告発をするのは不正の是正手段としての相当性を逸脱しているとして懲戒解雇を有効と判断した。

宮崎信用金庫事件(福岡高裁宮崎支判平成14.7.2労判833号48頁)

事案:Yは信用金庫であり,Xらは,それぞれYの支店貸付係担当係長,本店営業部得意先係として勤務していた。しかし,Xらは,Yの管理している顧客の信用情報等が記載された文書を不法に入手し,これら文書やYの人事等を批判する文書を外部の者に交付して機密を漏洩し,かつ,Yの信用を失墜させたとして,平成10年4月10日,Yより懲戒解雇された。

判断:裁判所は,Xらが,Yにおける不正融資疑惑を解明するため,Yのホストコンピュータに不正アクセスし,顧客の信用情報をプリントアウトし,また,信用情報を記載した稟議書の原本からコピーをとり,これらの文書等を外部の議員秘書に交付して機密を漏えいし,Yの信用を失墜させたとして懲戒解雇されたことを認定した。その上で,「控訴人(筆者注:Xら)が取得した文書等は,その財産的価値はさしたるものではなく,その記載内容を外部に漏らさない限りは被控訴人(筆者注:Y)に実害を与えるものではないから,これら文書を取得する行為そのものは直ちに窃盗罪として処罰される程度に悪質なものとは解されず,控訴人らの上記各行為は,就業規則には該当しないというべきである。」,「控訴人らはもっぱら被控訴人内部の不正疑惑を解明する目的で行動していたもので,実際に疑惑解明につながったケースもあり,内部の不正を糺すという観点からはむしろ被控訴人の利益に合致するところもあったというべきところ,上記の懲戒解雇事由への該当が問題となる控訴人らの各行為もその一環としてされたものと認められるから,このことによって直ちに控訴人らの行為が懲戒解雇事由に該当しなくなるとまでいえるかどうかはともかく,各行為の違法性が大きく減殺されることは明らかである。」,「控訴人らの行為が被控訴人主張の各懲戒解雇事由に当たると仮定してみても,控訴人らを懲戒解雇することは相当性を欠くもので権利の濫用に当たる」等と判示して,懲戒解雇を無効と判断した。

弁護士吉村雄二郎
なお,同事件の一審判決(宮崎地判平成12.9.25労判833-55)は,Xらの入手した文書は,Yの所有物であるから,これを業務外の目的に使用するために,Yの許可なく業務外で取得する行為は就業規則の懲戒解雇事由「窃盗」に当たり,XらがY内部の不正を糾したいとの正当な動機を有していたとしても,その実現には社会通念上許容される限度内での適切な手段方法によるべきであるから,Xらの行為を正当行為として評価することはできないなどとして,本件懲戒解雇の相当性を肯定しています。学者もこの事案では「本件のように,社会通念上著しく相当性を欠く方法で重要な企業秘密を取得した場合は,内部告発自体が正当性を否定されると解すべきである」(土田道夫「労働契約法」第2版499頁)と上記控訴審の判断を批判しています。

6.3 民間データ

※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態」

社外持ち出し禁止のデータを無断で自宅に持ち帰った場合

1位 戒告・譴責(59.1%)
2位 減給(32.7%)
3位 出勤停止(26.3%)

社外秘の重要機密事項を意図的に漏洩させた

1位 懲戒解雇(63.6%)
2位 諭旨解雇(38.2%)
3位 降格・公職(24.3%)

インターネット上で会社や上司・同僚を中傷していた場合

1位 戒告・譴責(56.8%)
2位 減給(30.2%)
3位 出勤停止(23.1%)

6.4 公務員データ

※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正

秘密漏えい

ア 職務上知ることのできた秘密を故意に漏らし、公務の運営に重大な支障を生じさせた職員は、免職又は停職とする。この場合において、自己の不正な利益を図る目的で秘密を漏らした職員は、免職とする。

イ 具体的に命令され、又は注意喚起された情報セキュリティ対策を怠ったことにより、職務上の秘密が漏えいし、公務の運営に重大な支障を生じさせた職員は、停職、減給又は戒告とする。

6.5 報道データ

2018.7.4 全社員の賃金データ漏洩…日経が元社員を懲戒解雇及び告訴
2018.8.9 接待で情報漏えい、警官2人免職=加重収賄罪で起訴-大阪府警
2018.12.13個人情報誤掲載 男性職員2人を戒告懲戒処分 市長らは減給に
2022.2.10 県警警視を守秘義務違反容疑で書類送検,戒告の懲戒処分
2022.3.3 住民団体名簿を漏洩 高知市職員を戒告の懲戒処分
2022.3.4 家宅捜索の情報、暴力団幹部に漏らす 千葉県警の警部補らを戒告の懲戒処分
2022.3.8 楢葉町職員の男、町調査に入札妨害の容疑認め、懲戒免職
2022.3.15 神戸市職員、採用試験結果を本人らに漏らす 停職の懲戒処分
2022.3.24 狭山清陵高で入札情報漏洩の疑い 県教委が事務職員を懲戒免職、告発
2022.3.30 見積もり漏らし、2職員を減給の懲戒処分
2022.3.31 面接の質問漏洩 丹波篠山市が4職員を懲戒処分

その他懲戒の報道データは

情報漏洩,データ持ち出し・改ざん等の懲戒事例【報道】

7 内部告発と懲戒の対応方法

7.1 調査(事実及び証拠の確認)

内部告発については、以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。

調査するべき事実関係

□ 秘密保持義務の根拠はあるか
□ 情報の開示・漏洩が既になされているか
□ 情報は第三者へ開示されたか
□ 開示・漏洩された企業秘密の内容・重要性
□ 開示・漏洩の経緯・動機
□ 開示・漏洩の回数
□ 内部告発などの正当な理由の有無
□ 開示・漏洩による業務上の支障・損害
□ 発覚後の社員の態度・弁明内容
□ 通常の勤務状況・成績

調査の際に収集する資料

□ 開示・漏洩された情報の写し
□ 社内データベースへのアクセスログ・ダウンロード履歴
□ 開示・漏洩に関する電子メール
□ 注意指導を行った文書,メール
□ 懲戒処分通知書,始末書

量刑・情状酌量事情

□ 開示・漏洩が故意か過失か
□ 会社の業務に与えた影響
□ 調査や事後対応への協力姿勢
□ 損害の大きさ
□ 反省の態度の有無
□ 開示・漏洩の経緯・理由
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較

2 懲戒処分の進め方

1 不祥事の発覚
内外からの通報、上司・同僚による発見、本人申告等などにより不祥事が発覚します。
2 事実調査
懲戒処分に該当する可能性のある事案が発生した場合は,懲戒処分の前提として事実の調査を行います。
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
3 処分の決定
調査により認定された事実に基づいて懲戒処分を行うか否か,行う場合の懲戒処分の種類・程度を決定します。
参考記事
・もう迷わない!分かりやすい懲戒処分の判断基準
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
4 懲戒手続
懲戒委貞会の開催、弁明の機会付与等を行います。
参考記事
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
5 懲戒処分の実施・公表
決定した懲戒処分を当該社員へ文書により通告します。
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
6 再発防止措置
懲戒処分を行っただけでは再度同じ不祥事が生ずる可能性があります。
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。 

懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を

弁護士に事前に相談することの重要性

懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。

懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。

このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。

しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。

リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには労務専門の弁護士事前に相談することとお勧めします

労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート

当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。

労務専門法律相談

懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。

懲戒処分のコンサルティング

懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。

労務専門顧問契約

懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。

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