痴漢逮捕懲戒

痴漢で逮捕された社員に対しいかなる懲戒処分・解雇ができるか?

  • 2021年8月24日
  • 2022年6月13日
  • 懲戒

社員が痴漢で逮捕された場合、いかなる懲戒処分・解雇ができるのでしょうか?懲戒・解雇のポイントを労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。

社長
当社の営業社員Xが通勤途中の電車で痴漢をして逮捕され、その後裁判所から有罪判決を受けました。この場合、会社は懲戒解雇又は諭旨解雇とすることはできますか?
弁護士吉村雄二郎
電車内で痴漢を行い逮捕された場合は私生活上の非行ではりますが懲戒処分の対象となります。もっとも、必ずしも懲戒解雇や諭旨解雇を行えるわけではありません。処分の量定は、①使用者の事業の種類・態様・規模、②当該行為の態様・程度、③刑事処分の帰趨、④マスコミ報道の内容及び程度、⑤被害者との示談の成否、⑥業務に与えた影響(身柄拘束・不就労期間)などを考慮して決定します。事案によりますが、一般的には痴漢で逮捕されても不起訴や罰金刑にとどまり、報道もされなかったケースでは懲戒解雇や諭旨解雇は難しいと思われます。
痴漢は懲戒処分の対象となるか
痴漢の懲戒処分の量定
痴漢の場合の懲戒処分の進め方

1 痴漢は懲戒処分の対象となる

1.1 私生活上の非行と懲戒処分

多くの会社の就業規則には「会社の名誉・信用を毀損したとき」,「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」などといった懲戒解雇事由が定められています。

通勤途中や休日中の痴漢行為は、当然これに該当するとも思えます。

しかし、労働者の通勤途中や休日中の非行は、職場外すなわち労働者の私的領域における行為であることから,職場内における非違行為とは異なる考慮が必要となります。労働者が私生活上の非行を行ったからといって,一概に懲戒処分ができるとは限らないのです。懲戒処分は,企業秩序違反に対する制裁ですから,私生活上の非行は職場の企業秩序とは関係なく,懲戒処分の対象とできないのが原則です。

もっとも、私生活であれば何をしてもよいという訳ではありません。労働者には,雇用契約締結とともに,雇用契約上の付随義務として誠実義務が生じ,その中には使用者の名誉・信用を毀損しない義務があります

従って,労働者の就業時間外の私生活上の行為であっても,それが企業秩序と関係があるものについては懲戒処分の対象となります

1.2 痴漢と懲戒処分

では、痴漢は、企業秩序と関係があるとして懲戒処分の対象となるのでしょうか。

痴漢は性犯罪の一つであり、被害者に大きな精神神的苦痛を与えるものですから、確定した刑事罰の大小と問わず、軽微な犯罪ということはできません

したがって、基本的には企業秩序を乱したといえ、懲戒処分をすることが可能であると考えられます。

ただし、懲戒処分をすることが可能であるとしても、直ちに懲戒解雇や諭旨解雇という重い処分をするのは相当性を欠く可能性があり、慎重な検討が必要です。懲戒処分の量定については、以下で説明します。

2 痴漢により逮捕・勾留された場合の対応

社員が痴漢により逮捕・勾留された場合、会社の初動対応、調査の方法、逮捕勾留中の賃金や出勤関係などについては、下記の参考記事をご参照ください。

参考記事

社員が逮捕された!10分で分かる会社が知るべき7つの対応

3 懲戒処分の有効要件

懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。こちらも確認す

懲戒処分の有効要件については

知っておきたい懲戒処分の有効要件

① 就業規則に懲戒規定明記
懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に明記され、その就業規則が従業員に周知されていることが必要です。
参考記事
懲戒に関する就業規則の規定例
② 懲戒事由該当性
懲戒事由に該当する非違行為の事実について、関係者の事情聴取、客観的証拠等から事実が認定できることが必要です。
③ 懲戒の社会通念上相当性
懲戒処分が重すぎると無効となります。懲戒処分の種類・量刑が相当であることが必要です。
④ 懲戒処分の適正手続履践
就業規則上、賞罰委員会の開催や弁明の機会の付与が必要とされている場合は、これらの手続を履践する必要があります。 

4 痴漢の懲戒処分の量定

4.1基本的な考え方

それでは、痴漢に対しては、いかなる懲戒処分が妥当なのでしょうか?

① 使用者の事業の種類・態様・規模
② 当該行為の態様・程度
③ 刑事処分の帰趨
④ マスコミ報道の内容及び程度
⑤ 被害者との示談の成否
⑥ 業務に与えた影響(身柄拘束・不就労期間)
⑦ 非違行為者の年齢・役職
⑧ 反省の姿勢
⑨ これまでの勤務態度・勤務成績,将来的期待度

などの諸要素を総合的に考慮して懲戒処分を決定します。

例えば、痴漢の態様が悪質であり刑事処分としては強制わいせつ罪で有罪となり、長期の身柄拘束で業務への著しい支障が生じ、会社名も含め報道された事情がある場合は、企業秩序への悪影響が重大であり、懲戒解雇・諭旨解雇などの重い処分をもって臨むことも可能な場合もあります。また、懲戒解雇等に代えて普通解雇を選択する場合もあります。

これに対し、痴漢ではあるものの迷惑防止条例違反の初犯として不起訴又は略式命令による罰金刑を受けたにとどまり、被害者との示談が成立し、勾留されずに釈放され身柄拘束期間は短期間(数日程度)にとどまり、真摯に反省しており、報道もされなかったという事案では、懲戒解雇・諭旨解雇を選択することは難しく、情状により出勤停止あたりの処分となることが多いと思われます。

4.2 判例データ

東京メトロ事件(東京地裁 平27.12.25判決)
地下鉄駅員の地下鉄内痴漢行為(条例違反)による罰金刑を理由とする諭旨解雇を無効とした
小田急電鉄事件(東京高裁 平15.12.11判決)
鉄道会社従業員の条例違反の痴漢行為を理由とする懲戒解雇を有効とした(ただし、懲戒解雇の半年前に別件の痴漢行為により罰金刑に処せられ懲戒処分を受けていた)
事件名なし(東京地裁 平15.12.8 判決)
物流事業を業とする一部上場企業の社員(男)が通勤途中の電車内で女性(26歳)の着衣の上から陰部を触った痴漢行為(条例違反)により執行猶予付有罪判決を受けたことを理由に行った懲戒解雇を有効とした(初犯)
事件名なし(東京高裁 平30.9.20 判決)
公立中学の20代男性教諭が,勤務前の塾講師時代の女子生徒と交際し、キスをしたことなどを理由に行われた懲戒免職を有効とした(刑事事件にはなっていない。塾講師時代に知り合った女子高生と交際,女子からの積極的アプローチにより交際開始,勤務先の中学校の生徒ではない,行為はキスのほかお泊まり1回(性行為なし),交際後は両親に報告しようとしたが女子が報告を望まなかった,発覚後は両親に謝罪,その後一切連絡とらず,勤務は真面目であったとのこと。一審は解雇無効としたが,二審で逆転敗訴となった。)

4.3 民間データ

満員電車で痴漢行為をし、鉄道警察に捕まった。本人も認めている場合

1位 懲戒解雇(49.4%)
2位 諭旨解雇(44.7%)
3位 降格・降職(20.0%)

※「労政時報」第3949号(2018年4月13日発行)P38~「懲戒制度の最新実態

4.4 公務員データ

淫行(18歳未満の者と買春)
18歳未満の者に対して、金品その他財産上の利益を対償として供与し、又は供与することを約束して淫行をした職員は免職又は停職とする。
痴漢
公共の場所又は乗物において痴漢行為をした職員は、停職又は減給とする。
盗撮
公共の場所若しくは乗物において他人の通常衣服で隠されている下着若しくは身体の盗撮行為をし、又は通常衣服の全部若しくは一部を着けていない状態となる場所における他人の姿態の盗撮行為をした職員は、停職又は減給とする。

※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日

4.5 報道データ

2018.5.9 埼玉県教育委員会 スーパーで盗撮した校長を懲戒免職処分
2018.6.22 女性教諭→元教え子の男子高校生にわいせつ行為 群馬県教委が懲戒免職
2018.6.27 福島県 盗撮目的で女性職員の公舎に侵入の男性職員を懲戒免職
2018.7.4 鳥貴族店長がバイト盗撮、懲戒解雇へ
2018.7.5 桐生市が盗撮と露出の職員 懲戒免職
2018.7.9 電車で痴漢、横浜市職員を停職10ヶ月
2018.7.12 盗撮教諭を懲戒免職 学校トイレにスマホ設置
2018.7.12 栃木県教委、講師2人を懲戒免職 18歳未満にわいせつ行為
2018.7.26 未成年にわいせつな行為をしたとして、中学校講師を懲戒免職処分
2018.7.26 41歳男性教諭が盗撮で懲戒免職 図書館女子トイレでスマホ使い女性の動画撮影
2018.7.29 少女にわいせつ 小学校講師懲戒免職
2018.8.9名古屋市、女子児童の下着姿の画像2点をHDDに保存していた職員を懲戒免職
2018.8.15 「JKリフレ」女子高生買春で職員逮捕 懲戒免職
2018.8.27 高校で7年にわたり女子生徒盗撮 男性教諭を懲戒免職
2022.3.25 女子高生に裸の写真送らせた小学教諭を懲戒免職
2022.3.25 わいせつ容疑の教諭を懲戒免職
2022.3.25 勾留わいせつ、奥州署員を懲戒免職
2022.3.25 女性盗撮の小学教諭を懲戒免職
2022.3.26 わいせつ行為で3教員を懲戒免職
2022.3.26 18歳未満女性にわいせつ 中学教諭を懲戒免職
2022.3.26 公然わいせつ罪の県職員を懲戒免職
2022.3.28 部活指導の女子生徒にキス 神奈川県立高の実習助手を懲戒免職
2022.3.29 トイレ盗撮の陸士長を停職の懲戒処分
2022.3.29 女子トイレで盗撮、隊員を停職の懲戒処分
2022.3.29 部活指導で女子生徒の胸触る、小学校で積立金盗む 教員2人を懲戒免職
2022.3.29 15歳少女に現金渡してみだらな行為 岐阜県が23歳男性主事を懲戒免職
2022.3.30 女性のスカート内を盗撮か 海自、30代海士長を停職の懲戒処分
2022.3.30 児童にわいせつ行為 実刑の教諭を懲戒免職
2022.3.30 女性を押し倒し無理やりキス わいせつ行為の中学校教諭を懲戒免職
2022.3.30 女児20人の体触り担任を懲戒免職
2022.3.31 女児の裸撮影した教諭を懲戒免職 大阪市教委
2022.4.1 女性警官宅に盗撮カメラ 埼玉県警、同僚巡査を懲戒免職
2022.4.1 合宿の女児部屋に教諭侵入して就寝 減給の懲戒処分
2022.4.1 巡査、わいせつ疑いで書類送検 減給の懲戒処分
2022.4.1 痴漢容疑で逮捕 消防職員を停職の懲戒処分
2022.4.1 女性にわいせつで有罪 主事を懲戒免職
2022.4.2 消防士の少年、40代女性に抱きつく 停職の懲戒処分
2022.4.5 盗撮目的で女性隊舎侵入 館山航空基地海自海士長を停職の懲戒処分
2022.4.6 少女にわいせつ 県立高教諭を懲戒免職処分

その他報道データの最新情報は

痴漢・盗撮・わいせつによる懲戒事例【報道】

社員が痴漢をした場合の進め方

1 社員が痴漢をした場合のポイント

調査するべき事実関係

□ 使用者の事業の種類・態様・規模
□ 当該行為の態様・程度
□ 刑事処分の帰趨
□ マスコミ報道の内容及び程度
□ 被害者との示談の成否
□ 業務に与えた影響(身柄拘束・不就労期間)
□ 非違行為者の年齢・役職
□ 反省の姿勢
□ これまでの勤務態度・勤務成績,将来的期待度,

調査の際に収集する資料

□ 新聞記事、ネットニュース、SNS
□ 刑事事件の記録

2 懲戒処分の進め方

1 不祥事の発覚
内外からの通報、上司・同僚による発見、本人申告等などにより不祥事が発覚します。
2 事実調査
懲戒処分に該当する可能性のある事案が発生した場合は,懲戒処分の前提として事実の調査を行います。
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
3 処分の決定
調査により認定された事実に基づいて懲戒処分を行うか否か,行う場合の懲戒処分の種類・程度を決定します。
参考記事
・もう迷わない!分かりやすい懲戒処分の判断基準
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
4 懲戒手続
懲戒委貞会の開催、弁明の機会付与等を行います。
参考記事
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
5 懲戒処分の実施・公表
決定した懲戒処分を当該社員へ文書により通告します。
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
6 再発防止措置
懲戒処分を行っただけでは再度同じ不祥事が生ずる可能性があります。
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。

懲戒処分は労務専門の弁護士への相談するべき

弁護士に事前に相談することの重要性

懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。

懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。

このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。

しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。

リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには労務専門の弁護士事前に相談することとお勧めします

労務専門の吉村労働再生法律事務所が提供するサポート

当事務所は、労務専門の事務所として懲戒処分に関しお困りの企業様へ以下のようなサポートを提供してます。お気軽にお問い合わせください。

労務専門法律相談

懲戒処分に関して専門弁護士に相談することが出来ます。法的なリスクへの基本的な対処法などを解決することができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。

懲戒処分のコンサルティング

懲戒処分は限られた時間の中で適正に行う必要があります。進めていくなかで生じた問題に対して適時適切な対応が要求されますので単発の法律相談では十分な解決ができないこともあります。
懲戒処分のコンサルティングにより、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。

労務専門顧問契約

懲戒処分のみならず人事労務は企業法務のリスクの大半を占めます。
継続的に労務専門の弁護士の就業規則のチェックや問題社員に対する対応についてのアドバイスを受けながら社内の人事労務体制を強固なものとすることが出来ます。
発生した懲戒処分についても、懲戒処分の準備から実行に至るまで、労務専門弁護士に継続的かつタイムリーに相談しアドバイスを受けながら適正な対応ができます。
また、弁明聴取書、懲戒処分通知書・理由書などの文書作成のサポートを受けることができます。
これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。

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