上司の監督責任_懲戒

監督責任を果たさなかった上司に対していかなる懲戒処分ができるか

  • 2021年3月8日
  • 2022年4月28日
  • 懲戒

監督責任を果たさなかった上司に対する懲戒処分について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。

社長
当社の経理部において、不正経理により着服横領をしていた社員を懲戒解雇しました。その上司についても何らかの懲戒処分を行いたいと思います。どのような処分が適切でしょうか。
弁護士吉村雄二郎
上司が部下に対する監督義務を怠った場合は懲戒処分の対象となります。ただし、監督義務違反がなかった場合に部下の非違行為に対する結果責任を負わせることはできません。懲戒処分の量定については、上司が部下の不正を知っていたにもかかわらずこれを黙認したり、隠ぺい工作に加担したような場合は、上司についても懲戒解雇などの厳しい処分を行うことが可能です。このような関与がない場合は、不正の内容・程度、監督義務違反の有無・程度、会社の損害、他の者に対する処分との比較等に照らして、処分内容を検討することになります。
上司が部下に対する監督義務を怠った場合は懲戒処分の対象となる。ただし、監督義務違反がなかった場合はこの限りではない
懲戒処分の量定は① 部下の非違行為の具体的内容、行為態様、② 部下の非違行為が会社に与えた損害、業務上の支障、③ 部下に対する懲戒処分の結果、④ 監督義務違反の態様、程度などを総合考慮して決める
部下の不正を黙認・隠蔽した場合は加重要素となる

1 上司の監督責任

1.1 監督義務違反も懲戒処分の対象となる

経営者に代わって労務管理指揮監督を行う役割を有する従業員(上司)は、自らの部下に対し,その権限を適切に行使する義務を会社に負います

上司が労務管理ないし指揮監督義務に違反し、その結果部下が会社に損害を与え,あるいは企業秩序違反行為を行った場合、上司の義務違反それ自体も企業秩序を乱したといえますので、懲戒処分の対象となります

1.2 結果責任・連帯責任ではない

上司に対する懲戒処分については,部下が懲戒処分を受けたのであれば、直ちに上司にも懲戒処分を行うという,いわば結果責任・連帯責任のような形になりがちです。

しかし,上記のとおり上司に対する懲戒処分の根拠は上司の監督義務違反にあります。

監督義務違反がない場合は仮に部下が懲戒処分の対象となっても、上司を懲戒処分とすることはできませんので注意してください。

1.3 懲戒処分の対象とできない場合

1.3.1 非違行為がなされた時点

上司の監督責任は,上司自身に義務違反があることが前提となります。

それゆえ,非違行為が判明し,部下が懲戒処分を受けた時点での上司であっても,その非違行為がなされた時点ではまったく別の部署にいた,というような場合には,義務違反があったとはいえず,懲戒処分の対象とはできません。

これに対して、非違行為がなされた時点で上司であった者については,調査の結果,監督義務を怠った事実が判明すれば,部下の懲戒処分時点では上司でなかったとしでも,懲戒処分の対象となりえます。

1.3.2 部下の私生活上の非行

部下が痴漢や飲酒運転といったような業務外の非違行為によって懲戒処分を受けたような場合については,部下のプライベートの部分についてまで上司が管理義務を負っているとはいえません。

この場合は上司を懲戒処分の対象とすることはできません。

これに対し、例えば、共に業務終了後に酒食をともにして、部下がそのまま飲酒運転をして帰宅するのを知りながら制止しなかったような場合は、上司にも私生活上の非行を止める義務違反が認められます。

この場合は、私生活上の非行とはいえ、上司を懲戒処分の対象とすることができます。

2 懲戒処分の有効要件

懲戒処分を行うためには、一般的要件を満たす必要があります。こちらも確認す

懲戒処分の有効要件については

知っておきたい懲戒処分の有効要件

① 就業規則に懲戒規定明記
懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に明記され、その就業規則が従業員に周知されていることが必要です。
参考記事
懲戒に関する就業規則の規定例
② 懲戒事由該当性
懲戒事由に該当する非違行為の事実について、関係者の事情聴取、客観的証拠等から事実が認定できることが必要です。
③ 懲戒の社会通念上相当性
懲戒処分が重すぎると無効となります。懲戒処分の種類・量刑が相当であることが必要です。
④ 懲戒処分の適正手続履践
就業規則上、賞罰委員会の開催や弁明の機会の付与が必要とされている場合は、これらの手続を履践する必要があります。 

3 懲戒処分の量定について

3.1 基本的な考え方

量定の要素
① 部下の非違行為の具体的内容、行為態様
② 部下の非違行為が会社に与えた損害、業務上の支障
③ 部下に対する懲戒処分の結果
④ 監督義務違反の態様、程度

などを考慮して決定します。

① 監督義務を果たさなかった場合(過失)

部下職員が懲戒処分を受ける等した場合で,管理監督者としての指導監督に適正を欠いていた職員は,戒告・けん責・減給とするのが相当です。

② 非行の隠べい,黙認

部下職員の非違行為を知り得たにもかかわらず,その事実を隠ぺいし,または黙認した場合は、減給または出勤停止とするのが相当です。部下が懲戒解雇や諭旨解雇に相当する非違行為を行っていた場合は、同等の処分も可能な場合もあります。

3.2 裁判データ

関西フェルトファブリック(本訴)事件(大阪地判平10.3.23労判736号39頁)

事案:上司(営業所長ないし所長代行として経理業務の管理を職責とする)が,経理関係書類を確認していれば,容易に部下による多額の横領行為を発見できたであろうにもかかわらず,これを怠って損害(9,000万円以上)を拡大させたことが就業規則上の「重大な過失により会社に損害を与えたとき」に該当することを理由として懲戒解雇された

判断:当該部下の横領行為は,経理関係書類をチェックしていれば容易に知り得るものであったにもかかわらず,上司が,同人に経理業務を一任し,同人から渡された伝票類の数字や内容の確認や,帳票類と実際の預金残高の照合などのチェックを著しく怠っていたため,発見が遅れ,被害が増大した。また,当該部下は,常識上考えられないような多額の金員を当該上司や他の社員の飲食代として支払うなど,不自然な支出があったにもかかわらず,漫然と放置し,そのような代金を出すことに何ら疑問を呈することがなかったことを加味すれば、監督義務違反の内容は重大な過失といえる。これらの点から懲戒解雇を有効と判断した。

弁護士吉村雄二郎
この事案は,部下の横領行為に薄々気づきながら,その横領した金銭で部下と一緒に飲み食いをしたというもので,重大な過失というよりは故意に近い監督義務違反でした。また、会社の不良債権の入金を偽装する工作も行っていたとの評価も加わり懲戒解雇が有効になりました。その意味で、過失で監督義務に違反した場合とは異なりますので、監督義務違反の一般的な事例とはいえないと思われます。

大阪相互タクシー〔乗車拒否〕事件(大阪地決平7.11.17労判692号45頁)

事案:担当課のタクシー運転手が乗車拒否(それにより会社は5日間の車両使用停止の行政処分を受けた)。また,同課の別の運転手も,いったん乗車を断ったものの,客からの追及により結局乗車に応じたという出来事があった。これら乗車拒否事件に関して、上司である課長に指導監督義務違反があったことを理由として諭旨解雇された

判断:裁判所は,課長には部下である運転手に個別指導をする義務があり、乗車拒否をしないように指導する義務があった。しかし、個別指導をする時間的な限界や乗車拒否が許されないことは注意するまでもなく運転手も認識していたこと、乗車拒否を完全に防止することは困難であること、個別指導を全く怠っていたわけではないこと等を考慮すれば,仮に同従業員に義務違反があったとしてもその違反の程度は大きいものであるということはできない。その他前例処分との比較等から処分は重きに失するとして諭旨解雇を無効と判断した。

尾崎町農協事件(大阪地判平7.4.26労判680号59頁)

事案:上司が部下の行った不正な出金手続を認識し,部下が同種の行為をくり返す危険のあることも容易に予測できたことを理由として諭旨解雇された

判断:裁判所は,監督を強化するなどして農協の損害拡大を防止せず,かえって上記行為の発覚を防ぐため手形貸付を仮装し,経理操作をしており,金融機関として適正に業務を遂行して使命を果たし,社会的な信用を維持しなければならないところ,参事として全職員を指導監督すべき地位にある者がした上記行為は,職場秩序を著しく害し,金融機関としての社会的信用を著しく損なうものとして,諭旨解雇は有効であると判断した。

弁護士吉村雄二郎
単純に過失によって部下の行為を見逃したというだけではなく,自己の重過失行為に対する事後的な隠蔽工作を行ったことも合わせて諭旨解雇が有効とされました。

りそな銀行事件(東京地判平18.1.31労判912号5頁)

事案:上司が約11カ月間に15回のゴルフ等の接待を受けたこと(うち5回は社内通達による接待禁止期間に行われた),接待を受けていた部下を制止することなく,ともに接待を受け,部下に対する指導監督責任を怠ったことを理由として懲戒解雇された

判断:裁判所は,本件慾戒処分について,いずれも重きに失しており,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないとして懲戒解雇を無効であると判断した。

3.3 民間データ

同僚の売上金流用を知りながら報告しなかった

1位(48.5%) 戒告・譴責・注意処分
2位(34.5%) 減給
3位(18.1%) 出勤停止

3.4 公務員データ

監督責任関係

(1) 指導監督不適正

部下職員が懲戒処分を受ける等した場合で、管理監督者としての指導監督に適正を欠いていた職員は、減給又は戒告とする。

(2) 非行の隠ぺい、黙認

部下職員の非違行為を知得したにもかかわらず、その事実を隠ぺいし、又は黙認した職員は、停職又は減給とする。

※「懲戒処分の指針について」(人事院)2020年4月1日改正

3.5 報道データ

2018.11.30 日航、飲酒問題の副操縦士を懲戒解雇 副操縦士の上司3人も懲戒処分とした
2018.6.12 男性管理職が飲み会で女性職員の胸を触る等 停職9ヶ月と降任 当時の上司も管理監督責任を問われ、厳重文書注意
2019.1.6 同僚にセクハラ発言 千葉市消防署 戒告の懲戒処分 管理監督者として課長ら上司2人も口頭注意などの処分
2019.1.29 飲酒後に物損事故疑い書類送検 市職員 懲戒免職 同じ忘年会に出席していた上司3人も管理責任を問い2人を訓告1人を厳重注意
2019.1.25 同僚に暴力 福島市職員を減給の懲戒処分 男性職員の上司2人も厳重注意処分
2022.2.8 部下に正座、冊子で頭数十回 陸自3曹と上司の曹長を減給の懲戒処分
2022.3.13 3等陸曹、後輩の顔を踏みつけ・平手打ち4回 停職の懲戒処分 知りながら上司への報告を怠った上司を減給1か月、幹部を戒告の懲戒処分とした。
2022.3.22 「超勤もらいこの仕事か」パワハラで課長級職員を減給の懲戒処分 上司を管理監督責任者としてけん責処分
2022.4.19 難病職員に「どうせ死ぬ」と暴言 神戸市水道局、5人に停職の懲戒処分

その他の報道事例はこちら

懲戒事例【報道】

4 懲戒処分の対応方法

1 調査(事実及び証拠の確認)

まずは,以下の事実及び証拠を調査・確認する必要があります。

調査するべき事実関係

□ 部下の非違行為の具体的内容、行為態様
□ 部下の非違行為が会社に与えた損害、業務上の支障
□ 部下に対する懲戒処分の結果
□ 監督義務違反の態様、程度
□ 職務分掌
□ これまでの注意・指導履歴

調査の際に収集する資料

□ 部下の非違行為に関して、上司が決裁した書類
□ 部下の行為に関連するメールの送受信履歴
□ 労働者の自認書

量刑・情状酌量事情

□ 会社の業務に与えた影響
□ 謝罪・反省の態度の有無
□ 同種前科の有無
□ 入社後の勤務態度
□ 他の社員に与える影響の大小
□ 会社における過去の同種事案での処分例との比較
□ 他社及び裁判例における同種事案との処分例との比較

2 懲戒処分の進め方

1 不祥事の発覚
内外からの通報、上司・同僚による発見、本人申告等などにより不祥事が発覚します。
2 事実調査
懲戒処分に該当する可能性のある事案が発生した場合は,懲戒処分の前提として事実の調査を行います。
調査に支障がある場合は本人を自宅待機させます。
参考記事
すぐ分かる! 懲戒処分の調査のやり方
・懲戒に関する事情聴取のポイント
懲戒処分前の自宅待機命令の方法(雛形・書式あり)
社員のメールをモニタリングする場合の注意点【規程例あり】
3 処分の決定
調査により認定された事実に基づいて懲戒処分を行うか否か,行う場合の懲戒処分の種類・程度を決定します。
参考記事
・もう迷わない!分かりやすい懲戒処分の判断基準
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
4 懲戒手続
懲戒委貞会の開催、弁明の機会付与等を行います。
参考記事
・知っておきたい懲戒処分の有効要件
5 懲戒処分の実施・公表
決定した懲戒処分を当該社員へ文書により通告します。
実施した懲戒処分について,必要に応じて社内外に公表します。
参考記事
受取拒否にも対応、懲戒処分を通知する方法【書式・ひな形あり】
名誉毀損にならない懲戒処分の公表方法【書式・ひな形あり】
6 再発防止措置
懲戒処分を行っただけでは再度同じ不祥事が生ずる可能性があります。
そこで、会社は再発防止の為に各種施策を講じます。 

懲戒処分は労務専門の弁護士へご相談を

弁護士に事前に相談することの重要性

懲戒処分は秩序違反に対する一種の制裁「罰」という性質上、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。

懲戒処分の選択を誤った場合(処分が重すぎる場合)や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より懲戒処分無効の訴訟を起こされるリスクがあります。懲戒処分が無効となった場合、会社は、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。

このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。

しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。

リスクを回避して適切な懲戒処分を行うためには労務専門の弁護士事前に相談することとお勧めします

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サポート内容及び弁護士費用 の「3 労務専相談」をご参照ください。

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これにより懲戒処分にかかる企業の負担及びリスクを圧倒的に低減させる効果を得ることができます。

詳しくは

サポート内容及び弁護士費用 の「4 コンサルティング」をご参照ください。

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詳しくは

労務専門弁護士の顧問契約 をご参照ください。

 

 

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