大型台風の通過により交通機関が麻痺し、転倒や飛来物による怪我など通勤に危険がある場合に会社が出勤させるのはおかしいのでしょうか?安全配慮義務の観点からの問題点と会社が取るべき対応について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。
全体像フローチャート
台風の中の通勤は安全配慮義務の対象となるのか
安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、使用者が、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務をいいます(労働契約法5条) 1。
労働契約は、労働者が労務を提供し、使用者がそれに対して賃金を支払う契約ですが、信義則(民法1条2項)に基づき、契約の付随義務として、労働者の生命・健康を労働災害等の危険から保護するように配慮する義務を負います。
安全配慮義務の具体的内容は,①物的環境を整備する義務,②人的配置を適切に行う義務,③安全教育・適切な業務指示を行う義務,④安全衛生法令を実行する義務,というように類型化できます。もっとも、いずれも使用者が指揮命令権を行使して労働義務の履行を求める場合を想定しています。
つまり、本来の業務遂行のプロセスにおける労働者の生命、身体の安全の確保への配慮を求めるのが安全配慮義務です。
安全配慮義務に違反して、労働者が怪我をするなどの損害が発生した場合は、会社に損害賠償請求が命じられる場合があります。
通勤は安全配慮義務の対象となるか
では、通勤は安全配慮義務の対象となるのでしょうか。
結論としては、通勤は、本来の業務遂行プロセス外の行為ですので、安全配慮義務の対象とは原則としてなりません。
通勤とは、労働者が、就業に関して、住居と会社・工場等の就業場所への移動行為であり、本来の業務ではありません。
そのことは、通勤途上で発生する災害が,「業務災害」とは区別された「通勤災害」として労災保険給付の対象とされていることからも明らかです。
安全配慮義務は、本来の業務遂行プロセスにおける安全確保を内容としていますので、通勤はこれに当てはまりません。
例外的に、通勤が業務に関連する安全配慮義務の対象となるのは、事業主提供の交通機関(例えば、送迎バスなど)を利用している場合や通勤途上で業務を行う場合に限り、業務上の災害となります。
この例外に該当しない場合は、通勤は安全配慮義務の対象外となります。
従って、台風で交通機関が麻痺し風雨による身の危険があったとしても、労働者は、自己の責任と判断で、安全を確保し、通勤の可否、方法などを決定することが原則なのです。
厳しいと思われるかもしれませんが、これが法律の原則です。
Web上では、社会保険労務士や人事労務コンサルタントが、大型台風の際に会社が予め休業や出社禁止をさせないと安全配慮義務違反を問われ損害賠償責任の対象となるかのような記載をしている例が多くあります(しかも、どれも似たような記載。おそらく専門外の外注ライターがコピペを繰り返しているのでしょう。)。しかし、そのような記載は誤りです。法的根拠もありませんし、裁判例もありません。安全配慮義務は本質(指揮命令下の労務提供のプロセスにおける安全配慮)から遡って考えれば、原則として通勤時は安全配慮義務の対象外であることは明らかです。何でもかんでも安全配慮義務の対象にするのは企業の負担を増やすだけでよろしくありません。
これを前提に会社がとるべき対応について説明します。
台風の場合に会社の対応
台風に関する情報収集
まずは、台風に関する情報を収集します。
気象庁が公表するWEBサイトや民間気象情報会社の情報を確認し、台風の規模・降雨量・進行、人の移動に関する勧奨などを把握します。
公共交通機関の運行に関する公表を確認し、運休・本数制限・その他運行制限などを把握します。
その上で、会社の業務継続の可否についても判断します。
また、雇用する従業員の通勤への影響を把握します。
台風の影響で会社の業務継続が不可能な場合
台風の影響で、次のような場合は会社は業務継続ができませんので、休業を命じます。
- 地震や台風に伴う災害によって,会社の事業場の施設・設備が直接的な被害を受け社員を休業させる場合
- 地震や台風に伴う災害によって,事業場の施設・設備は直接的な被害を受けていないが、取引先や鉄道・道路が被害を受け、原材料の仕入、製品の納入等が不可能となった場合
- 地震や台風に伴う災害によって,停電で業務を行うことが出来ない場合
会社が休業を決定した場合は、従業員は出社する必要はありません。
また、休業期間中は、賃金や休業手当の支払いは不要です。
ただし、不可抗力な状況ではないものの、会社の判断で休業を命じた場合は,賃金・休業手当の支払いが必要となります。
例えば、不可抗力といえるほど致命的な問題は発生していないものの、
- 台風の影響で営業をすることが困難である場合などに、会社の判断で休業を命ずる場合
- 接客業などの場合に,地震や台風により客足が遠のき大幅に売上が減少することが見込まれる為,会社の判断で休業とする場合
などです。
台風の場合の賃金・休業手当について詳しい解説
以下は、会社の業務継続が可能な場合になります。
出社の禁止・自宅待機を命ずる義務はない
(会社が休業を命じない場合)通勤は、本来労働者の自己判断で行う業務外の移動行為ですので、仮に大規模な台風が予測されたとしても、会社の安全配慮義務の対象外となるのが原則です。
従って、安全配慮義務を尽くすために、会社が出社を禁止したり、自宅待機を命ずる義務はありません。
ただし、従業員の福利待遇の一環として、会社の判断で、出社の禁止・自宅待機を命ずることは可能です。ただし、この場合は、賃金又は休業手当の支払いが必要となります。
社員が安全に配慮し、状況に応じた判断を求める
(会社が休業を命じない場合)通勤は、本来労働者の自己判断で行う業務外の移動行為ですので、仮に大規模な台風が予測されたとしても、会社の安全配慮義務の対象外となるのが原則です。
また、台風の状況は時々刻々変わります。大型台風で暴風雨が予測され、交通機関の麻痺が予報された場合であっても、実際には台風が進行方向を変更したり勢力を弱め、風雨も通常程度で交通機関の遅れも殆どない場合もありますし、その逆もあります。会社にて予め確定的な対応をできない場合もあり、従業員にて判断してもらうしかない場合も多いです。
従って、会社としては、台風で交通機関が麻痺し風雨による身の危険があったとしても、社員に対し、自己の責任と判断で、安全を確保し、通勤の可否、方法などを決定するようにしてもらうことが原則です。
遅刻・早退・欠勤する場合の処理を定めて周知する
(会社が休業を命じない場合)社員側が自己の責任と判断で対応するとしても、台風で出勤が困難なため遅刻・早退・欠勤した場合に人事上のペナルティがあるのか否かは気になるでしょう。ペナルティがあるのであれば、出社を強制されたとの非難もありえます。
そこで、次のとおり台風で出勤が困難であることを理由とした遅刻・早退・欠勤の処遇を定め、従業員に予め周知するとよいでしょう。
懲戒等の処分の有無
台風で通勤が困難なため遅刻・早退・欠勤することはやむを得ない事情があるといえますので、懲戒処分やマイナスの人事評価などの科すことは基本的にはできません。
そこで、台風で通勤が困難である場合に遅刻・早退・欠勤したとしても、懲戒処分等の人事上のペナルティはないことを周知するべきです。
ただし、台風等の緊急事態の場合に出社して対応することが業務内容になっている社員の場合は、懲戒処分の対象とできますが、前提として物理的に移動手段がある場合に限られるでしょう。
賃金の支払い
台風で通勤が困難なため遅刻・早退・欠勤した場合、ノーワークノーペイの原則により、勤務しなかった分の賃金の支払いは不要です。
具体的には、完全月給制(実際の勤務時間数に関係なく固定給が支払われる場合)以外は、欠勤控除がなされるのが原則です。
ただし、従業員が有給休暇を取得する場合はもちろん賃金は支払われます。
また、会社の判断で、台風で通勤が困難なため遅刻・早退・欠勤した場合は、特別の有給休暇を付与することも可能です。大企業を中心にこのような特別有給休暇を付与する場合も多いです。もっとも、企業の判断で対応を決定することになります。
休業手当の支払い
会社都合で休業を命じない限り、台風で通勤が困難なため社員の判断で遅刻・早退・欠勤した場合、休業手当の支払いは不要です。
ただし、会社の判断で、台風で通勤が困難なため遅刻・早退・欠勤した場合は、休業手当を支払うことは可能です。大企業を中心にこのような休業手当を付与する場合も多いです。もっとも、企業の判断で対応を決定することになります。
台風の場合の賃金・休業手当について詳しい解説
まとめ
以上お分かり頂けましたでしょうか。
- 通勤は原則として安全配慮義務の対象ではないこと
- 台風の場合であっても、出社禁止・自宅待機を命ずる義務はないこと
- 社員の自己判断に委ねること
- 社員の判断で、遅刻・早退・欠勤した場合、賃金・休業手当の支払いは不要であるが、人事上のペナルティはないこと
- 社員が判断しやすいようなルールを事前に策定すること
がポイントとなりました。
ご参考になれば幸いです。