心疾患と安全配慮義務違反

心臓に持病がある社員が長期宿泊研修後に心臓発作で死亡した場合、会社は責任を問われるか

社長
心臓に持病を抱えた社員が、2カ月間の宿泊研修が終了した翌日、急性心不全により死亡しました。通常の勤務では、過度の時間外労働はさせず、勤務形態も本人の体調を考慮したものを適用していました。この研修は長期間ではありましたが、さほど厳しい内容ではなく、各日の研修時間もおおむね所定労働時間で終了するものでした。遺族は、「長期の宿泊研修が過重な負荷となり、持病の心疾患を悪化させ、今回の発作の引き金になった」と主張しています。会社として、安全配慮義務違反等に問われることになるのでしょうか。
弁護士吉村雄二郎
会社が当該社員を長期宿泊研修に参加させるか否かを検討するに際して、当該社員の主治医に病状を確認するなど慎重な検討をしなかったのであれば,労働者の健康に配慮する注意義務を怠った過失があるとして、損害賠償責任を問われる可能性があります。もっとも、損害賠償責任をに問われる場合であっても、裁判所が損害賠償額の算定を行うに際して、過失相殺の規定(民法722条2項)が類推適用され、労働者の基礎疾患を斟酌(しんしゃく)することができます。心臓の持病の内容によっては、最終的な負担割合が相当程度減額される可能性があります。

1.ここが問題

心筋梗塞などの心疾患はわが国の死因の大きな割合を占めており(厚生労働省の「令和2年人口動態統計」によれば、全死因の15%を心疾患(高血圧を除く)が占めています)、会社で雇用する従業員が心疾患で亡くなるということも少なくありません。

労働者が過重な業務に従事したことによって心筋梗塞などの心疾患や脳梗塞などの脳血管疾患が発症し、またはその疾患により死亡した場合、労務災害の保険給付の請求のほかに、使用者に対して、安全配慮義務違反(債務不履行)ないし注意義務違反(不法行為)を理由に損害賠償請求がなされることが多くあります。

そのような事案では、①業務への従事と疾病(死亡)との間の相当因果関係の有無、②使用者の安全配慮義務ないし注意義務違反の有無が、主な問題となります。

2.①相当因果関係の有無について

使用者は、労働者に発症した心疾患すべてについて結果責任を問われるのではなく、あくまでも労働者の業務従事によって生じたとすることが社会通念上相当であるという関係(相当因果関係)がある疾病(死亡)に限り責任を負うことになります。

もっとも、心疾患は、気候条件や食生活、喫煙・飲酒などの日常生活における諸要因、遺伝等の個人に内在する要因(基礎的疾患)が相互に影響し合い、徐々に病変等が形成され進行していくことが通常ですので、業務との相当因果関係の判定が争点となることが多くあります。

裁判例では、相当因果関係の有無の判断を、当該業務の精神的、肉体的負荷の状況、日常の勤務態様や発症前の諸処の状況等を総合判断し、基礎疾患が、当該業務により自然的経過を超えて増悪されたものと評価できる場合に相当因果関係を認める傾向にあります(横浜南労基署長事件 最高裁一小 平12.7.17判決 労判785-6)。

この点、ご質問の事例とほぼ同じ事案について判断した裁判例(東日本電信電話事件 札幌地裁 平17.3.9判決)においても、「一般に、心筋梗塞、動脈硬化などの基礎疾患が存在している場合に、業務に起因する過重な精神的、身体的負担によって労働者の基礎疾患が自然的経過を超えて増悪し、急性心筋虚血等の急性心疾患を発症するに至ったといえる場合には、業務と急性心筋虚血等との間の因果関係を肯定できると解するのが相当である」と判示し、労働者の基礎疾患の状況、当該研修参加が労働者に与える精神的・肉体的負担等をの総合考慮した上で、「本件研修に参加したことで、その精神的、身体的ストレスが同人の冠状動脈硬化を自然的経過を超えて進行させ、その結果、突発的な不整脈等が発生し、急性心筋虚血により」労働者が死亡するに至ったと判断しました。

3.②安全配慮義務等の有無について

使用者は、労働契約に伴い、労働者の職種、職務内容、労務提供の場所等具体的な状況に応じて、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負っており(労働契約法第5条)、これを「安全配慮義務」といいます。

このように、使用者は個別具体的な事情に応じて労働者の安全に配慮する義務を負いますので、例えば労働者が要治療状態にあるような場合は、従事させる業務を定めるに際し、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負います(電通事件 最高裁二小 平12.3.24判決)。

この点、前記東日本電信電話事件判例でも同様の注意義務を負うとした上で、当該労働者には陳旧性心筋梗塞の既往症等があることを前提に、「原則として、時間外労働や休日勤務を禁止し、過激な運動を伴う業務や宿泊を伴う出張をさせないこととしていたのであるから、その例外事由としてのやむを得ぬ理由があるかどうかの組織の長と健康管理医との協議に際しては」「その後の治療経過や症状の推移、現状等を十分検討した上で時間外労働や宿泊出張の可否が決定されるべきであったというべき」と判断し、使用者側の不法行為上の注意義務違反を認めました。

4.ご質問の場合

貴社は、当該社員について、通常の勤務では、過度の時間外労働はさせず、勤務形態も本人の体調を考慮したものを適用しておられ、かつ、今回の研修は2カ月と長期間ではありましたが、さほど厳しい内容ではなく、各日の研修時間もおおむね所定労働時間で終了するものにするなど、一般的には配慮がはなされていたように思われます。

しかし、重要なのは、当該社員が抱えている心臓の病気の状況について、客観的な病状を踏まえて、十分な配慮がなされたかという点です。

前記東日本電信電話事件では、使用者は、嘱託医による面談や健康についての一般的な助言だけでは足りず、当該社員の主治医からカルテ等に基づいた具体的な診療、病状の経過および意見を聴取するべきであったと判断しています。

貴社の場合も、上記判例と同様に、労働者の病状を具体的かつ正確に把握し、医師と協議した上で、研修参加の可否を決めたというのでなければ、労働者の安全に配慮すべき注意義務を怠った過失があるとして、損害賠償責任をに問われる可能性があります。

なお、仮に損害賠償責任をに問われる場合であっても、裁判所が損害賠償額の算定を行うに際して、過失相殺の規定(民法722条2項)が類推適用され、労働者の基礎疾患を斟酌(しんしゃく)することができます(前記東日本電信電話事件 最高裁一小 平20.3.27判決)。

前記東日本電信電話事件においても、当該労働者の死亡原因の大半を基礎疾患が占めるとされ、会社の責任割合は30%に限定されました(差し戻し審 札幌高裁 平21.1.30判決)。

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