身元保証契約の有効期間や期間の更新について
保証される賠償金額は裁判所が決定すること
民法改正によって極度額を定める必要があること
具体的な身元保証書の書式例
身元保証契約とは?
身元保証契約とは、採用に際して、労働者が使用者に損害を与えた場合の賠償義務を確保する目的で締結される保証契約です。
保証人には、両親をはじめとする親族のほか、親族以外の者も求められることがあります。複数人の保証人をたてることを求めることもあります。
身元保証には,従業員が会社に対し損害を発生させた場合には, その損害を補填するという金銭賠償の機能があります。今日では, 近時増加しているメンタルヘルス不調者対応も念頭に,身元保証人の協力を得て解決を図ることも念頭におくことがあります。
身元保証法による制限
身元保証書には「本人の故意または過失により会社に生じた一切の損害を保証します」などと記載され,身元保証人が広範な責任を負う結果となることがあります。このように身元保証契約は、期間や責任範囲が広すぎる傾向があり、身元保証人の責任が重すぎる結果となりがちです。そこで、昭和8年に「身元保証二関スル法律」(以下,身元保証法といいます)が制定されて,身元保証人の責任に妥当な制限が加えられています。
身元保証法でどのような制限がなされているか、見ていきましょう。
期間
身元保証契約の有効期間を定める場合は5年を超えることができず、これより長い期間を定めても5年に短縮されます(法2条1項)。
期間を定めなかったときは、原則として契約のときから3年となります。
更新
身元保証契約の更新は可能ですが、更新時より5年を超えることができません(同法2条2項)。また、自動更新の定めは無効と解されます。
通知義務
使用者は、社員に業務上不適任または不誠実な行為がある場合、あるいは任務、任地の変更等、身元保証人の責任に影響を及ぼす場合はこれを身元保証人に通知しなければなりません(同法3条)。
身元保証人の解除権
身元保証人は、上記の通知を受けたとき、または自ら上記のような事情の変化を知ったときは、将来に向かって身元保証契約を解除することができます(同法4条)。事情が変わっているのに、なお責任を負わせるのは酷だからです。
身元保証人の賠償額の限定
賠償額は限定される
使用者に生じた損害について保証人が負う責任の金額についても,身元保証法は、その全額とはせずに、合理的な額を裁判所が決定すべきものとしています。
すなわち「裁判所は身元保証人の損害賠償の責任及其の金額を定むるに付き被用者の監督に関する使用者の過失の有無,身元保証人が身元保証を為すに至りたる事由及びこれを為すにあたり用いたる注意の程度,被用者の任務又は身上の変化其の他一切の事情を掛酌す」と定めています(身元保証法5条)。
通常は全額の賠償が命ぜられることはありません。特に、前記通知を怠っていたようなケースでは、賠償責任が軽減される方向で考慮されます。
使用者としては、せいぜい2~3割程度の賠償を求め得るにすぎないと考えておいて大きく間違いはありません。
身元保証人の賠償額に関する裁判例
① 約342万円の損害額について身元保証人の責任額を20万円とした事例(中央企画事件 東京地裁昭44.10.7判決)
② 約900万円の損害額について身元保証人の責任額を180万円とした事例(嶋屋水産運輸事件 神戸地裁 昭61.9.29判決)
③ 約1億336万円の損害額について身元保証人の責任を約4134万円とした事例(ワールド証券事件 東京地裁 平4.3.23判決)
④ 信用金庫の行員がATM機から現金110万円を抜き取った事案において、信用金庫の現金の管理体制にも落ち度があるとして父である身元保証人の責任を50万円(5割)とした事例(文京信用金庫事件 東京地裁 平5.11.19判決)
⑤ 水産会社の社員が、与信枠2億円を超えて担保なしに他社と取引きをし、他社が倒産したため5億655万円の損害を被らせた事案において、身元保証人に5000万円の賠償責任を認めた事例(仙台高裁秋田支部 平2.4.16判決)
⑥ 証券会社の歩合外務員が業務命令に反して株を買い付け、会社に1億円超の損害を与えた事案において、身元保証人に4割の約4000万円の賠償責任を認めた事例(ワールド証券事件 東京地裁 H4.3.23判決)
⑦ 農協がの元部長が、その部下が仕入代金を取引業者に水増し請求させて農協に監督を怠ったことにより3億円の損害を与えた事案において、身元保証人に対して1割の約1000万円の賠償責任を認めた事例(旭川地裁 H18.6.6判決)
強行規定
このように身元保証法による身元保証人の責任の限定の各定めは強行規定とされており、これらの定めより身元保証人にとって不利な特約をしても、その特約は無効とされることに注意が必要です(同法6条)。
身元保証人を宛てにしない制度構築が重要
以上のとおり身元保証契約によっては必ずしも全損害について責任追及できる訳ではありませんので、従業員が損害を発生させる場合、会社の監督責任が同時に生じている場合も少なくありません。
そこで、身元保証契約の運用については、それに依存することなく、損害発生を防止する監督システムを事前に構築し、運営していくことが会社のとるべき方針と考えます。
民法による制限
根保証契約の極度額の定め
2020年4月1日施行の改正民法により個人を保証人とする根保証契約全般について、極度額の定めが必要となりました(民法465条の2 2項)。極度額の定めのない個人根保証契約は無効となります。
根保証契約とは、継続的な取引から生じる不特定の債務を保証する保証契約を意味します。例えば、銀行から100万円の借り入れをする場合に、それを保証する場合は普通の保証契約です。これに対して、銀行と継続的に借り入れをする場合に、借り入れの都度保証するのは煩雑なので、将来における銀行からの借り入れ(不特定)についてはまとめて保証しますよ、というのが根保証です。ただ、不特定の債務を保証しますので、保証人としては想定外の借金を保証することになるリスクがあります。そこで、予め根保証契約で保証する限度額を設定し、その枠内に限り保証しますよ、というのが限度額です。例えば、予め500万円という限度額を定めておけば、借り入れが繰り返されて総額500万円を超える場合になっても保証人の責任は500万円に限定されます。想定外に多額の保証責任を負わないで済むのです。
身元保証契約は、従業員が将来会社に負担する不特定の債務を保証するものですので根保証契約の一種ですので、極度額の定めが必要となります。
身元保証契約における極度額の定め方
身元保証契約における極度額の定め方には大きく次の二つの方法が考えられます。
- 「極度額は、500万円とする。」などの確定金額とする方法
- 「極度額は、当該社員の入社当初の雇用契約所定の基本給24ヶ月分相当額とする。」などの計算根拠を定める方法
著しく高額な極度額を定めるものは不適当
たとえば当該従業員の職責に見合わないような高額な極度額の定めをした場合には、公序良俗違反(民法90条)を理由に保証契約が無効となる可能性があります。
身元保証契約における極度額は、当該従業員の職務の内容や賃金等の水準とも均衡がとれた範囲内で定めることが望ましいでしょう。
一義的に明確でない極度額は不適当
例えば、「極度額は年収の1年分とする。」という定め方はどうでしょうか。
一見すると、上記で②の定め方と変わらないようにも思えますが、こちらの定め方は不十分といえます。この「年収」という定め方では、まずいつの時点の年収をいうのか分かりません。身元保証契約締結時点の年収だと300万円だったかもしれませんが、賠償事由が発生した時点では500万円円ということも考えられます。また、「年収」の範囲に、月給の1年分か、賞与も含まれるのか。賞与を含むとして業績変動の場合はどのように算定するのかが不明確です。したがって、こうした定め方では保証すべき上限の金額が一義的に明確ではなく、具体的な金額の定めがなされていないとして無効となる可能性があります。
情報提供義務
2020年4月1日施行の改正民法により主債務(身元保証契約における従業員本人)の履行状況に関する情報提供義務が新設されました(民法458条の2、458条の3)。
保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、保証人から請求があったときは、債権者は、遅滞なく、主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのものについての不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければなりません(民法458条の2)。
主債務者が期限の利益を喪失した場合、債権者は保証人に対して、期限の利益喪失を知ってから2ヶ月以内に通知をしなければならなくなりました(458条の3)。
よくある問題点
どのような人物を身元保証人とするか
身元保証には,①従業員が会社に対し損害を発生させた場合には, その損害を補填するという金銭賠償の機能があります。今日では,②近時増加しているメンタルヘルス不調者対応も念頭に,身元保証人の協力を得て解決を図ることも念頭におくことがあります。
①観点からは、賠償義務を履行できる「経済的に独立した者」であることが適当です。また、②の観点から、親族のほか、これに代わる近親者であることが適当な場合も多くあります。最終的には企業において適当と認める者を身元保証人とすることができるようにするとよいでしょう。
なお、実際には、外国人採用の場合や家庭の事情等から,規定どおり身元保証人を立てられない場合もあります。そのような場合は,会社の判断で、身元保証人が不在または1名とするを認めることは出来ます。
就業規則で以下のような定めをすることがあります。
1 身元保証人は,経済的に独立した成年者で,会社が適当と認めた者2名とする。この場合, 1名は親族(父母兄弟姉妹)又はこれに代わる近親者とする。
2 身元保証の期間は,5年間とする。なお,会社が必要と判断する場合は身元保証契約を5年の範囲内で更新する。
3 保証期間中に身元保証人が死亡、破産、または後見開始の審判を受けたときは、速やかに代わりの身元保証人を立てなければならない。
身元保証書を提出しない場合、採用の取り消し・解雇がきるか?
途中から身元保証人がいなくなったことを理由に解雇できるか?
身元保証人が死亡した場合は相続されるか?新しい身元保証人を立てることを要求できるか?
身元保証人が死亡した場合、身元保証人の地位は相続されません(大審院昭和2年7月4日判決)。
ただし、亡くなった時点で既に発生していた具体的な身元保証債務は相続されます(民法465条の4第1項2号 保証人の死亡が元本確定事由)。
例えば、従業員が会社に損害を発生させた後に、身元保証人である従業員の父が死亡した場合、その相続人である従業員の母は、既に発生した損害に関する具体的な保証債務は相続しますが、身元保証人としての地位は引き継ぎません。
身元保証人の死亡したことにより身元保証人がいなくなります。
それに対し、会社は身元保証人を立てることを就業規則などで雇用契約上の義務としている場合は、新たな身元保証人を立てることを要求できます(就業規則の記載例は、前記就業規則記載例第3項参照してください)。
その場合従業員が新たな身元保証人を立てなかったことを理由に解雇ができるかが問題となりますが、上記のとおり新たな身元保証人を立てられないことをもって職務への不適性などの解雇理由とすることは難しいので、基本的には解雇はできないと考えられます。
身元保証契約書のひな形・関連書式
身元保証書
代表取締役 ○野△太郎 殿
身元保証書
貴社(以下「甲」という。)において雇用される下記対象従業員について、以下のとおり本人の身元を保証します。
1 対象従業員
住所 千葉県船橋市●●●
氏名 甲野 太郎(以下「乙」という)
生年月日 平成●年●月●日
2 保証条項
第1条 乙が甲に在職中または甲を退職後に、甲乙間の雇用契約に違反し、または故意もしくは過失によって甲に損害を負わせたときは、金●●●万円を限度として、乙と連帯して甲に対し、賠償の責任を負います。
第2条 乙が甲へ入社後精神的・身体的・社会的な問題を生じた場合,甲に対し問題解決に向けて全面的に協力します。
第3条 この契約の存続期間は契約成立のときから5年間とします。
第4条 乙の在職中に本契約の存続期間が終了したときは、再度身元保証契約書を甲に提出します。
令和 年 月 日
身元保証人
住所 千葉県船橋市●●●
電話番号 ●●●-●●●-●●●●
社員との関係 父
保証人氏名 甲野 善治郎 印
生年月日 昭和45年●月●日
※ 実印を押印するほか、本書提出に際し、印鑑登録証明(原本)を添付してください。
※ 身元保証人の欄には、住所のみならず、連絡先電話番号の記載も要求してください。
従業員本人の勤務状況に問題が発生した場合(病気欠勤を続けている、欠勤が続いているのに連絡が取れない、不正行為により会社に損害を与えているなど)に身元保証人に連絡を取り、対応について協力してもらう場合があるからです。
※ 印鑑証明書の提出を求めるか否かは自由ですが、従業員本人が署名捺印を偽造して提出する場合もあり、いざ保証人に責任を求めた場合に署名捺印を否認する場合もあります。従って、出来るだけ提出を求めるようにした方がよいでしょう。
身元保証人に対する損害賠償請求書のひな形・書式
○年○月○日
千葉県船橋市○○
甲野太郎氏身元保証人
甲野善治郎 様
東京都千代田区神田○○○
通知人 ○△商事株式会社
代表取締役 ○野△太郎
保証債務履行請求通知書
前略
当社は、当社従業員である甲野太郎氏(以下「甲野氏」といいます)に関し、同人の身元保証人である貴殿に対し、以下のとおりご通知申し上げます。
甲野氏は,貴殿の身元保証の下、令和〇〇年4月1日付けをもって当社に入社したしました。入社後は経理部において銀行の預金の管理、出納等経理事務に従事してまいりました。
しかしながら,甲野氏は,令和〇〇年○月○日から同年○月○日までの間、前後30回にわたり、東京都千代田区○○の株式会社○○銀行神田支店において、同人の管理にかかる当社普通預金口座から現金合計8500万円を払い戻し、これを当社のために業務上預かり保管中、持ち出したまま出勤しなくなりました。現時点でも甲野氏の行方は分からず、前記金員は回収不能となっています。
甲野氏の上記行為により当社には上記金員相当額の損害が発生しているのみならず、同行為は業務上横領罪(刑法253条 10年以下の懲役刑)に該当することは明白です。当社は所轄の神田警察署へ相談の上、近日中の刑事告訴をすることを予定しています。
つきましては,甚だ不本意ではございますが,令和〇〇年4月1日付け身元保証契約第〇条に基づき,甲野氏の身元保証人である貴殿に対し,前記損害額のうち保証極度額金1000万円を〇〇年○月○日までに末尾記載の当社指定口座へ振り込む方法でお支払いくださるよう請求いたします。
なお、上記期限が経過してもお支払のない場合,当社は貴殿に対し法的措置を執る所存ですので,ご了承ください。
今後本請求書に関するお問い合わせは当社人事部○○まで(電話 03-○○○○-○○○○)までお願い致します。
草々
※ 前記のとおり民法改正により極度額の制限があります。損害額によっては極度額の範囲内での請求となります。
※ 通知書では最大限の金額を記載していますが、身元保証人が争う場合は、前記のとおり身元保証人へ損害額全額が請求出来る訳ではありません。
※ 内容証明郵便(配達証明付き)で送付してください。
おわりに
以上おわかりいただけましたでしょうか。
上記のとおり身元保証契約によっては必ずしも全損害について責任追及できる訳ではありませんので、従業員が損害を発生させる場合、会社の監督責任が同時に生じている場合も少なくありません。
そこで、身元保証契約の運用については、それに依存することなく、損害発生を防止する監督システムを事前に構築し、運営していくことが重要であると考えます。
ご参考になれば幸いです。
身元保証ニ関スル法律(昭和八年法律第四十二号)
第1条 引受、保証其ノ他名称ノ如何ヲ問ハズ期間ヲ定メズシテ被用者ノ行為ニ因リ使用者ノ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ約スル身元保証契約ハ其ノ成立ノ日ヨリ三年間其ノ効力ヲ有ス但シ商工業見習者ノ身元保証契約ニ付テハ之ヲ五年トス
第2条 身元保証契約ノ期間ハ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ若シ之ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ期間ハ之ヲ五年ニ短縮ス
2 身元保証契約ハ之ヲ更新スルコトヲ得但シ其ノ期間ハ更新ノ時ヨリ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ
第3条 使用者ハ左ノ場合ニ於テハ遅滞ナク身元保証人ニ通知スベシ
① 被用者ニ業務上不適任又ハ不誠実ナル事跡アリテ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ惹起スル虞アルコトヲ知リタルトキ
② 被用者ノ任務又ハ任地ヲ変更シ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ加重シ又ハ其ノ監督ヲ困難ナラシムルトキ
第4条 身元保証人前条ノ通知ヲ受ケタルトキハ将来ニ向テ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得身元保証人自ラ前条第一号及第二号ノ事実アリタルコトヲ知リタルトキ亦同ジ
第5条 裁判所ハ身元保証人ノ損害賠償ノ責任及其ノ金額ヲ定ムルニ付被用者ノ監督ニ関スル使用者ノ過失ノ有無、身元保証人ガ身元保証ヲ為スニ至リタル事由及之ヲ為スニ当リ用ヰタル注意ノ程度、被用者ノ任務又ハ身上ノ変化其ノ他一切ノ事情ヲ斟酌ス
第6条 本法ノ規定ニ反スル特約ニシテ身元保証人ニ不利益ナルモノハ総テ之ヲ無効トス