思想信条_採用拒否

思想・信条による不採用は認められるか?

社長
当社では,既存の従業員の退職に伴い,新たに従業員の採用を検討しています。そこで,応募者の思想・信条を理由に不採用とすることはできるのでしょうか?
弁護士吉村雄二郎
法的には,契約自由の原則から,思想・信条を理由に採用を拒んだとしても,当然に違法となるものではありません。同様に,採否決定の前提として,思想・信条の調査をすること,質問をすることも可能です。しかし,思想・信条は本来自由であるべき事柄であることは,現在の日本社会の常識となっており,厚生労働省も採用面接等では行わないように指導しています。従って,企業としても十分に慎重に対応することが必要といえるでしょう。

 

企業の調査の自由

採用の自由

労働契約も契約の一種である以上、契約自由の原則が下に置かれます。

すなわち、労働者はどの企業を就職先として選び、就職するかの自由(就職の自由)を有し企業は、誰を労働者として採用するかについての自由(採用の自由)を有します。

判例(三菱樹脂事件 最大判昭和48.12.1)も「企業者は、…契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる」と述べ、採用の自由を承認しています。

調査の自由

そして、企業には採否の判断資料を得るために、応募者の身辺を調査したり、応募者から一定の事項を申告させたりすることも、法令その他による制限の範囲内で保障されています。

前掲判例においても「企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない」と述べ、調査の自由を肯定しています。

思想・信条調査の可否

思想・信条を理由とする採用拒否はできるか?

この点、前記判例(三菱樹脂事件)は「自己の営業のために労働者を雇用するにあたり,いかなる者を雇い入れるか,いかなる条件でこれを雇うかについて,法律その他による特別の制限がない限り,原則として自由にこれを決定することができるのであって,企業者が特定の思想,信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも,それを当然に違法とすることはできないのである。」と判示しています。

従って、思想・信条を理由とする採用拒否は可能と解されます。

思想・信条を調査対象とすることはできるか?

では、応募者に対して,企業が,思想・信条の調査をすることができるのでしょうか?

前述のように,思想・信条を理由とする採用拒否が違法になるわけではありませので、思想・信条についてその労働者に対して質問をし,調査をすることも許されると解されます。

前記判例(三菱樹脂事件)も,「企業者が雇用の自由を有し,思想・信条を理由として雇い入れることを拒んでも,これをもって違法とすることができない以上,企業者が労働者の採否決定に当たり,労働者の思想・信条を調査し,そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも,これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない

企業者において,その雇用する労働者が当該企業の中でその円滑な運営の妨げとなるような行動,態度に出るおそれがある者でないかどうかに大きな関心を抱き,そのために採否決定に先立ってその者の性向,思想等の調査を行うことは,企業における雇用関係が,単なる物理的労働力の提供の関係を超えて,一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく,わが国におけるようにいわゆる終身雇用制が行われている社会では一層そうであることにかんがみるときは,企業活動としての合理性を欠くものということはできない

と判示しています。

したがって,法的には,思想・信条の調査をすること,質問をすることは可能と解されます。

行政通達で思想信条にかかわる質問は禁止されている?

上記のとおり法的には、思想信条の調査をすることは可能ですが、行政通達で禁止されているかのような定めがなされています。

行政通達による禁止事項
本人に責任のない事項の質問 ※1

●本籍・出生地に関すること (注:「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることはこれに該当する)

●家族に関すること(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など)(注:家族の仕事の有無・職種・勤務先などや家族構成はこれに該当する)
●住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近郊の施設など)
●生活環境・家庭環境などに関すること

本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)の質問 ※1

●宗教に関すること
●支持政党に関すること
人生観、生活信条に関するこ
●尊敬する人物に関すること
思想に関すること
●労働組合に関する情報(加入状況や活動歴など)、学生運動など社会運動に関すること
●購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること

一方の性に限定してなされる質問 ※2

●定年まで勤務する意向の有無
●転居を伴う配置転換に応ずることができるかの確認
●結婚や出産の後も勤務を継続する意向の有無

採用選考の方法 ※1

● 身元調査などの実施 (注:「現住所の略図」は生活環境などを把握したり身元調査につながる可能性があります)
●合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施

※1 職安法5条の4及び同条に関する指針(平11.11.17労働省告示141号)並びに指針を説明するものとして厚生労働省「公正な採用選考をめざして」。法令違反については職業安定法に基づく行政指導や改善命令等の対象となることがある。改善命令に違反した場合は罰則(6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金)が科せられる場合もある。
※2 男女雇用機会均等法5条および同法10条に基づく指針(平18.10.11厚生労働省告示614)

しかし,職安法は,募集・紹介・供給に関する規制法であって,採用に関する規制法ではありません

つまり、思想信条を理由に採用を決定すること、その前提として思想信条の調査をするという採用活動については、上記行政通達は適用されません

行政当局(労働基準監督署)も適用がないことは分かってた上で、差別のない採用が望ましいと考えて事実上指導するに過ぎません。そのような指導には法的には従う義務はありません。

従って、行政通達はありますが、それによって思想信条の調査が禁止されている訳ではありませんので、その点は理解した上で対応をしてください。なお、思想信条の調査をして差別をするべきだ、との主張をしている訳ではありません。法的な可否の問題を述べております。

不採用の場合の調査結果の告知

なお、企業には採用の自由が認められていますので、いかなる基準をもって採否を決定するかについても企業には裁量が認められています。

よって、不採用の理由を不採用者に告知したり説明する義務はありません

思想信条を理由に採用を拒否したとしても、それを告げる義務はありませんし、告げた場合に不要なトラブルに発展する場合もありますので告げるべきではないと考えます。

 

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