ピュアルネッサンス事件

ピュアルネッサンス事件(東京地方裁判所平成24年5月16日判決)

管理監督者に該当するとされた例

1 事案の概要

被告は,美容サロンの経営,化粧品等の販売を目的とする株式会社であり,ネットワークビジネスの運営,健康食品(サプリメント)の製造販売,美容サロンの経営又はフランチャイズ,化粧品等の美容商品の製造販売を行うB社グループのグループ会社である。
原告は,平成17年11月,被告に管理職(部長)として入社し,被告が企画する化粧品販売イベントの運営などに従事し,平成18年5月31日付けで取締役,平成19年6月5日付けで常務取締役,平成20年12月1日付けで専務取締役に選任されたが,平成21年8月16日付けで取締役を辞任し,同年9月15日付けで退職した。退職時における原告の役職は部長であった。
本件は,原告が,平成19年10月6日から平成21年8月29日までの時間外割増賃金,休日割増賃金及び深夜割増賃金(以下これらの割増賃金を合わせて「時間外手当」という。)(1602万7275円)及び付加金(1501万9488円)の支払を求めるとともに,給与の減額が無効であるとして平成21年5月から同年9月までの減額前の賃金と実際に支払われた賃金との差額(55万円)の支払を求める事案である。

2 判例のポイント

2.1 結論

原告は管理監督者に該当するとされ,深夜労働に対する割増賃金の請求が認められたが,時間外労働に対する割増賃金請求は棄却された。また,賃金減額が無効とされ,被告に差額の支払いが命じられた。

2.2 理由

① 勤務内容・責任・権限

管理職(部長)として入社し,平成18年5月31日付けで取締役,平成19年6月5日付けで常務取締役,平成20年12月1日付けで専務取締役に選任された。原告は,イベントの企画・製作業務において,これを統括する地位にあり,事前にイベントの企画書を作成して企画会議にかけ,徐々に詳細を詰めていったり,使用するパワーポイントや映像,進行予定表を作成するといった業務を行っていた。また,原告は,イベント当日,舞台監督,音響及び照明を担当し,裏方としてイベントの進行業務を担当し,イベントの模様を撮影して編集する作業を行っていた。原告は,平成21年ころ,Qサロンの開設にあたり,責任者とされており,工事の見積もり確認をしたり,現地調査して役員会議で報告したり,備品の購入指示を出すなどしている。
さらに,原告は,被告の取締役会や経営会議,役員会議に出席していた。会社の経営方針は,乙山会長の意向が強く働き,特に実質的な討議や多数決が行われることはなかったものといえるが,このことは被告が小規模な企業であることからするとやむを得ないところがある。むしろ,原告は,取締役としての地位を有しており,こうした重要な会議に出席していたのであるから,意思決定へ参画する機会は与えられていたといえる。

② 勤務態様

原告については,厳密なタイムカードによる労務管理がされていたとはいえない。原告の業務内容は,業務日報では,雑務,通常,労務関連業務,VTR編集,書類作成等と記載されていることが多く,必ずしも明確ではなく,日中の勤務時間中,個人的な用事で出かけたり,昼寝をしていた。
原告は,被告の従業員やスタッフの勤務時間を表にまとめて報告するなど,被告の労務担当として,被告の従業員,スタッフの勤務環境の整備,従業員等の出退勤の管理等を行う労務管理を行う権限を一定程度有していたといえる。

③ 賃金等の待遇

被告の従業員は,月額20万円前後の基本給を支給されるのみで,課税支給額全体でも月額30万円に達しない給与の支給しか受けていないが,原告は基本給として月額30万円から35万円,役職手当として5万円から10万円が支払われており,これ以外に特別手当,調整手当の支払を受けており,合計すると多いときは月額60万円になっていた。

3 判決情報

3.1 裁判官

裁判官:内藤寿彦

3.2 掲載誌

労働判例1057号96頁

4 主文

1 被告は,原告に対し,153万5367円及び
⑴ 別紙1-1の平成19年10月ないし平成21年8月までの各月の「深夜残業割増分」欄記載の金員につき,各「支払日」の翌日から平成21年9月15日まで年6パーセント,同月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
⑵ 別紙1-1の平成21年9月の「深夜残業割増分」欄記載の金員につき,同月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
⑶ 別紙1-2の平成21年5月ないし同年8月までの各「未払賃金」欄記載の金員につき,各「支払日」の翌日から平成21年9月15日まで年6パーセント,同月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
⑷ 別紙1-2の平成21年9月の「未払賃金」欄記載の金員につき,同月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員
を支払え。
2 被告は,原告に対し,92万4298円,及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
5 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

5 理由

第1 請求

1 被告は,原告に対し,1657万7275円,及びうち別紙2〈略-編注。以下,同じ〉-1の「未払合計」欄の各月記載の金員につき,各「支払日」の翌日から平成21年9月15日まで年6パーセント,同月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員,並びに,うち別紙2-2の「未払賃金」欄の各月記載の金員につき,各「支払日」の翌日から平成21年9月15日まで年6パーセント,同月9月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,1501万9488円,及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,被告を退職した原告が,平成19年10月6日から平成21年8月29日までの時間外割増賃金,休日割増賃金及び深夜割増賃金(以下これらの割増賃金を合わせて「時間外手当」という。)(1602万7275円)及び付加金(1501万9488円)の支払を求めるとともに,給与の減額が無効であるとして平成21年5月から同年9月までの減額前の賃金と実際に支払われた賃金との差額(55万円)の支払を求める事案である。

1 争いのない事実等(以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。)

⑴ 当事者
ア 原告は,平成17年11月,被告に管理職(部長)として入社し(〈証拠略〉),被告が企画する化粧品販売イベントの運営などに従事し,平成18年5月31日付けで取締役,平成19年6月5日付けで常務取締役,平成20年12月1日付けで専務取締役に選任されたが(〈証拠略〉),平成21年8月16日付けで取締役を辞任し(〈証拠略〉),同年9月15日付けで退職した。退職時における原告の役職は部長であった。
イ 被告は,美容サロンの経営,化粧品等の販売を目的とする株式会社であり(〈証拠略〉),ネットワークビジネスの運営,健康食品(サプリメント)の製造販売,美容サロンの経営又はフランチャイズ,化粧品等の美容商品の製造販売を行うB社グループのグループ会社である(〈証拠略〉)。
ウ 被告は,第1号店としてMサロンを開設し,その後順次,地方直営サロン(N,O,P,Q)を開設した(〈証拠略〉,原告本人)。
⑵ 雇用契約の締結
原告と被告は,平成17年11月,下記のとおり雇用契約を締結した。

雇用契約期間 なし
支払方法   毎月15日締め,当月25日払い(以下,例えば平成20年11月16日から同年12月15日までの労働の対価で,同年12月25日に支払われる賃金を「平成20年12月分」という。)
勤務時間   午前10時から午後7時(早出の場合)休憩時間1時間30分
所定労働時間 7時間30分
(〈証拠略〉)
⑶ 原告が被告から支払をうけた基本給,役職手当は,別紙1〈略-編注。以下,同じ〉-3の「基本給」,「役職手当」の各欄記載のとおりである(〈証拠略〉)。
⑷ 原告は,内容証明郵便をもって時間外手当を請求し,同内容証明郵便は,平成21年10月6日,被告に到達した(〈証拠略〉)。原告は,同年12月24日,本件訴訟を提起した。また,原告は,平成22年1月25日,請求拡張申立書により付加金の支払を求めた。

2 争点

⑴ 原告が労働者に該当するか
⑵ 原告が管理監督者に該当するか
⑶ 時間外労働の有無
⑷ 賃金減額合意の有効性
⑸ 時間外手当の額

第3 争点に対する当事者の主張

1 争点⑴(原告が労働者に該当するか)

【原告の主張】
⑴ 労働基準法上の労働者について
労働基準法(以下「労基法」という。)9条は,労働者について,「職業の種類を問わず,事業又は事務所に使用される者で,賃金を支払われる者をいう。」と規定しており,「労働者」に該当するか否かは,その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるかどうかによって判断すべきである。
⑵ 登記簿上の取締役にすぎないこと
ア 原告は,登記簿上,平成18年5月31日,被告の取締役に就任したことになっているが,実際に,就任承諾書と思われる書面に署名したのは平成17年末頃のことである。また,原告は,被告代表者である乙山一郎(以下「乙山会長」という。)から指示されるがままに印鑑と印鑑証明書を持参して,取締役になることを承諾したにすぎず,どこの会社の役員になるのかも理解しておらず,いつ取締役就任登記をされたのかさえも知らなかった(〈証拠略〉)。
イ 原告は,被告と同じB社グループのグループ会社であるC株式会社,D株式会社,E株式会社の取締役にも就任しているが,いずれも名目的なもので,これらの会社から報酬・給与その他の対価を一切受領していない。
⑶ 取締役としての具体的な職務権限が与えられていないこと
原告は,取締役になった後も被告の経営に参画するようになったわけではなく,その勤務実態は取締役就任の前後で全く変わっていない。原告は,乙山会長の具体的な指揮命令ないし監督の下で職務を行っており,取締役としての何らかの業務権限を有していたわけではない。
⑷ その他の事情
ア 被告では,従業員数に比して役員の割合が高く,役員の入れ替わりも多かった。具体的には,被告の従業員数は平成19年6名,平成20年5名,平成21年9名であるところ,取締役数は,ほぼ同数であり,会社の規模からして役員の割合が非常に高かった。
イ 乙山会長は,口癖のように,「私は,お前たちをいつでも解雇できる。役員登録さえすれば,いつまで働いても労働基準法は適用されない。」等と述べており,原告を初めとする名目的な役員について経営参加を促す意思はなく,酷使する目的で取締役に就任させた。
ウ 原告は,後記2【原告の主張】(2)イで述べるようにおよそ取締役がするとは思えないような雑用や,乙山会長の私的業務を行わされており,取締役という肩書きは実質を伴わない,名目上のものにすぎない。
エ 原告は,取締役就任後も,雇用保険に加入しており,そのことは被告も認めている。
⑸ まとめ
以上からすると,原告が取締役に就任したことをもって,その労働者性が失われることはない。

【被告の主張】
⑴ 取締役に就任しており,組織図上も明記されていること
ア 原告は,平成18年5月31日付けで被告の取締役に就任している(〈証拠略〉)。また,原告は,被告と同じB社グループのグループ会社にも順次取締役として就任しており,同日付でC株式会社の取締役(〈証拠略〉),同年6月26日付けでD株式会社の取締役(〈証拠略〉),同年7月1日付けでE株式会社の取締役(〈証拠略〉)にそれぞれ就任している。
その後,原告は,平成19年6月5日付けで被告の常務取締役(〈証拠略〉),平成20年12月1日付けで専務取締役(〈証拠略〉)に就任している。
以上のように,原告は,被告やB社グループのグループ会社の取締役に選任されており,選任にあたっては,株主総会決議の手続も取られている(〈証拠略〉)(ママ)
イ 原告は,B社グループの組織図上でも,被告の専務取締役,C株式会社,E株式会社の専務取締役として記載されており(〈証拠略〉),被告における業務フローチャートにおいても,イベント企画・製作,労務の担当者として原告の氏名が記載されている(〈証拠略〉)。
原告は,被告において,単なる登記簿上のものにとどまらない,取締役としての地位と責任を負う者として認識されていた。
⑵ 取締役就任の経緯について
原告は,乙山会長から会社発展のために経営中枢の一員となる取締役に就任して欲しい旨の依頼に応じて,被告の取締役に就任した。
原告が,強制されて取締役に就任したわけではないことは,取締役になった他の者が,乙山会長の提案を受けて,株式を購入して株主になっているところ,原告は,株式を購入する資金がなかったこともあって,株式を購入していないことからも明らかである。
原告は,取締役に選任されるに当たって自ら株主総会議事録に捺印し(〈証拠略〉),選任後の取締役会にも出席している(〈証拠略〉)のであって,どの会社の役員になるかも理解していなかったとの主張は虚偽である。
⑶ 原告が取締役としての職務を行っていたこと
原告は,取締役として,被告の取締役会,役員会議,経営会議に出席していた(〈証拠略〉)。被告の役員会議では,売上計画,決算報告の承認等(〈証拠略〉),経営の根幹に関わる事項が議論されていた(〈証拠略〉)。会議では,役員の間で意見が交わされ,被告やB社グループの経営方針が決定されていた(〈人証略〉)(ママ)
また,原告には,役員限りの資料である業務売上速報(〈証拠略〉)が送られていた。加えて,原告は,被告の全サロンの鍵を保持しており,サロンの鍵は原則として役員しか保有していないものであった。
⑷ 原告には取締役報酬が支払われていたこと
被告における取締役の報酬は,株主総会においてその総額が決定され,株主でもある取締役,監査役全員が参加することとされている役員会議において個々の取締役の報酬の額が決定されている。なお,役員会議に出席する取締役は被告の株主でもあるため,実質的に株主総会における決議ともいえる。そして,原告の報酬は,被告の取締役会で決定されていた(〈証拠略〉)。
また,例えば,原告の報酬は,平成21年3月15日に開かれた役員会議で増額され(〈証拠略〉),同年5月1日の役員会議で増額措置をやめることが決議されている(〈証拠略〉)。
⑸ まとめ
以上からすると,原告が時間外手当を請求している期間のうち,平成19年10月6日から平成21年8月16日まで,原告は被告の取締役の地位にあって,従業員ではなく,労基法の労働時間,賃金に関する規定は適用されず,時間外労働による割増賃金の請求権は発生しない。

2 争点⑵(原告が管理監督者に該当するか)について

【被告の主張】
⑴ 労基法の管理監督者について
労基法41条2号の管理監督者とは,部長,工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいうとされる。
また,指揮命令のライン上にはないスタッフ職については,職能資格などの待遇上,管理監督者に該当するライン職と同格以上に位置づけられている者であって,経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当する者は管理監督者に当たる(昭和63.3.14基発150号)。
管理監督者に該当するか否かは,①事業主の経営に関する決定に参画し,労務管理に関する指揮監督権限を認められていること,②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること,③一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金上の処遇を与えられていることである。企業の経営者は管理職(ママ)者に企業組織の部分ごとの管理を分担させつつ,それらを連携統合しているのであって,担当する組織部分について経営者の分身として経営者に代わって管理を行う立場にあることが「経営者と一体の立場」であると考えるべきである。そして,当該組織部分が企業にとって重要な組織単位であれば,その管理を通して経営に参画することが「経営に関する決定に参画し」に当たるとみるべきである。
⑵ 事業主の経営に関する決定に参画し,労務管理に関する指揮監督権限を認められていること
ア 意思決定への参画
(ア) 重要会議への出席
原告は,被告の取締役会,経営会議に出席しており,経営会議では,決算報告や営業に関する方針等が議論の末,決められていた。
(イ) イベントの企画
被告を含めたB社グループにとって,年に1,2回開催される各種のイベントは,企業PRと今後の展開を拡大していく意味でも重要な企画であった。
原告は,かかるイベントにおいて,会場の選定,舞台裏を支える外部業者の選定など,その企画運営を一任されて進めていた。原告は,被告の広報において重要な位置を占めるイベントの企画・製作業務において,これを統括する地位にあった(〈証拠略〉)。
(ウ) サロンの開設準備,備品購入
原告は,被告が新たなサロンを開設する際,責任者として,物件の賃貸借契約,什器の購入等を原告の判断で進め,男性スタッフ数人を指揮して準備した。サロン開設後も原告は自分の判断で必要な什器備品の購入を行っていた。原告は,役員会議で,予算・準備状況について報告を行っている(〈証拠略〉,原告本人)。
イ 労務管理について一定の権限が与えられていたこと
(ア) 原告は,全権が与えられていたわけではないが,被告の従業員の採用にあたり,履歴書を確認したり,パソコンのスキルを見るなどして(原告本人),面接に同席し,採否に関する意見を述べるなどしていた。
(イ) また,被告においてタイムカードは,手書きのものは認められず,やむを得ない場合は,理由を記載して,所属長に報告の上,承認印を得ること,遅刻・早退,外出等については,届け出を事前に提出することとされていた(〈証拠略〉),それらの承認印に,原告の印が押されている(〈証拠略〉)。さらに原告は,被告の従業員が職務により負傷した際,治療費等の交付申請を受け付ける責任者となっていた(〈証拠略〉)。このように原告は,被告の労務担当の取締役として,被告の従業員の勤務環境の整備,出退勤管理,勤務シフト,担当業務の調整等を行う権限を有していた。原告が従業員の勤務シフト等に問題があると考えれば,その旨乙山会長等に相談して対応を取ることになっていた。
(ウ) 以上からすると,原告は,被告において人事管理について一定程度の権限を有していたことが認められる。
⑶ 労働時間について裁量権を認められていたこと
ア 原告は,出退勤時間が自由とされており,タイムカードによる勤務時間の管理はされていなかった。原告は,日中の勤務時間中,自由に個人的な用事で出かけたり,昼寝をしたりしていた。原告のタイムカードは,原告が被告の労務管理を担当していたことを奇貨として,勝手に作成したものにすぎない。原告のタイムカードは,原告が労務管理をしていたこともあり,被告副社長のAが原告に他の社員の模範となるよう,タイムカードに打刻するよう要望したのに応じて打刻されたものである。
イ 原告は,タイムカードで労働時間を管理されていたと主張するが,原告のタイムカードは手書き部分について,本来であれば押されるはずの印章が押されておらず,また,一般の従業員のタイムカードは福島県いわき市のB社グループ本社に送られて管理されているが,原告のタイムカードは,被告の本社事務所のキャビネットの中から原告の退職後に発見された(〈人証略〉)。このように原告のタイムカードは,そもそも,被告が管理しておらず,タイムカードの打刻があったとしても原告が労働時間を管理されていたことにはならないし,被告内部での取り決め(〈証拠略〉)で定められた手続きも取られていない。
⑷ 地位にふさわしい賃金上の処遇を受けていること
被告の従業員は,月額20万円前後の基本給を支給されるのみで,課税支給額全体でも月額30万円に達しない給与の支給しか受けていないが,原告に(ママ)は,基本給だけで月額35万円の支給を受けていた。
また,原告には,役職手当(月5ないし10万円),特別手当,調整手当といった特別な手当が,被告の業績に応じて支給されていた。平成19年10月分ないし平成21年8月分については,毎月合計で月5万円ないし25万円の役職手当,特別手当,調整手当が支払われている。
その結果,原告の収入は月額35万円から60万円にのぼっていた。例えば,平成21年3月分における,被告役員及び従業員に対する報酬・給与の支給額をみると,原告への支給額は,乙山会長及びその妻に次いで高く,同じく取締役であるAと同額の60万円である。従業員の中でもっとも多額の支給を受けている者の支給額は28万1160円であり,これと比べると30万円以上も多く,原告は金銭面での待遇上,管理監督者としてふさわしい待遇を受けていた。
⑸ 原告の主張に対する反論
ア 原告は,日々の業務報告をしていることをもって,管理監督者にふさわしい権限がなかったと主張している。しかしながら,被告において業務報告は,改善すべき点などの情報を共有し,早期に解決策を打ち出すことと,役員それぞれの行動を把握するために行っていたものである。そのため,業務報告は役員及び管理職スタッフ相互間で電子メールを送信することで行われていた。
イ 原告は,業務報告中に「外出許可ありがとうございました」との記載があることをもって,原告が業務中自由に外出することができなかったと主張する。しかしながら,被告においては,自らが休んでいても他のスタッフが業務を行っていることを役員・管理職は常に頭の中に置くべきだという認識が共通されていたため,他の役員も休んだ場合には,「お休みをいただきました。ありがとうございました。」という記載をしており,原告について外出に関して許可が必要であったとか,勤務時間を管理されていたことを示すものではない。

【原告の主張】
⑴ 管理監督者について
労基法41条2号所定の管理監督者とは,一般には部長,工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であるが,名称にとらわれず,①その職務と職責,②勤務態様(労働時間の管理状況),③待遇など実態に即して判断すべきである。
管理監督者性を判断するに当たっては,上記①から③を考慮して経営者と一体的立場にあったか否かを総合的に判断することになるが,事業経営や労務管理に関する権限を持たない管理職が役職手当の支払いを受けることで管理監督者として労働時間の規制対象外とされ過重な長時間労働を強いられないよう,特に①と②を重視して判断されるべきであって,③について労働者に支払われていた賃金が高い程度で管理監督者性を肯定することはできない。
⑵ 被告の特殊性
ア 被告の意図
被告の代表取締役である乙山会長は,原告その他の名目上の役員に対し,常々,「私はお前たちをいつでも解雇できる。役員登録さえすれば,いつまで働いても労働基準法は適用されない。」等と発言しており,乙山会長の発想としては,原告らを酷使しやすく,かつ報酬額の増減に柔軟性をもたせやる(ママ)いように役員に就任させたにすぎず,経営に参画させる意図は微塵もなかったことは明らかである。
イ 被告が乙山会長の個人企業であること
乙山会長は,被告のオーナーとして,被告において絶対的な権限を有しており,被告の意思決定権限はすべて乙山会長に帰属していた。乙山会長は,従業員に対して,一歩(ママ)的に特定の人間を批判したり,給料を減らすことや解雇する旨の発言を頻繁に行っており,原告はこれに反論することもできなかった(〈証拠略〉)。
乙山会長は,自分が見たいテレビ番組の録画等の私的な業務を,被告の役員に指示する等していた。
以上のとおり,乙山会長は被告において絶対的な存在であり,乙山会長の指示に対しては,原告を初めとする名目的取締役はほとんど意見や異議を述べることはできず,経営への参画などほど遠いものであった。
⑶ 原告の業務内容
ア サロン業務
(ア) サロン開店前の業務
被告の始業時間は午前10時であったが,原告はMサロンの鍵を開けるため午前9時30分に出勤していた。なお,講習会が開かれる場合は,講師が午前9時15分ころに来るため,午前9時には出勤していた。
原告は,出勤後,業務用のコーヒーメーカーでコーヒーを入れたり,機器点検のためFAXを送ったり,その後,出勤してくるスタッフや従業員とともに掃除をし,朝礼を行っていた。朝礼終了後,各自が通常業務を行うことになる。
(イ) サロン開店後の業務
原告はサロン開店中は,サロンスタッフの補助業務を行いながら,イベント,セミナー関連の業務(台本作り,映像・画像処理)や,乙山会長から指示された仕事などをこなしていた。サロン閉店後は,イベント,セミナー関連の仕事をしていた。Mサロンの従業員は,当初事務員ではなかった(ママ)ため,原告が事務を担当していた。事業規模の拡大により,事務員が雇われるようになったが,離職率が高いため,結局原告が事務を担当していた。
(ウ) 講習会
講師研修などで,宿泊を兼ねた講習が行われるときには,原告が会場設営,接客,食事の手配を行っていた。なお,講師研修の際には,防犯のため宿直を余儀なくされた。被告では,講師研修最終日に,研修者を(ママ)深夜まで接待を行うのが恒例になっていた。全国に支店ができると,宿泊を伴う研修は減ったが,新規の開店準備出張が増えた。
(エ) サロンの開設準備について
原告は,被告の1号店となるMサロンについて,オープン業務を担当し,荷物の搬入,パソコンの設置などの準備作業を行った。その後,順次開設した地方直営サロン(N,O,P,Q)の開設について,開業準備をし,開設後は,各サロンからくる事務機器使用に関する問い合わせや苦情に対する対応,電気機器のリモートメンテナンス等を行っていた。
もっとも,原告は,サロン開設時に,一般従業員以上の権限を与えられていたわけではなく,事務用品や消耗品を注文する際も,すべて会計報告されており,機械の購入については事前に上司の許可を取ったり,乙山会長の指示に基づいて購入することになっていた。
なお,被告は,原告が一般従業員では購入できない備品を原告が自己裁量で購入していたかのように主張するが,誤りである。サロン開設後は,一般従業員も原告も,3万円以下の事務用品,消耗品の購入は可能であり,3万円以上の備品の購入は乙山会長の許可がなければできなかった。
(オ) 被告のMサロンで,各サロンの予備の鍵が保管されていたことはあるが,原告個人で保管していたわけではない。また,各サロンに原告の判断だけで勝手に出張することはできなかった。原告が全サロンの管理責任者であったということはない。
イ 販売業務(イベント業務)
(ア) 被告は,定期的に開かれるイベントで,化粧品やサプリメント等の販売業務を行っており,原告はこうしたイベントの関連業務を行っていた。イベントに関する決定権限は乙山会長にあったが,形式的な運営責任者はG,H,Iであって(〈証拠略〉),原告ではなかった。
(イ) イベントの開催場所や日程は乙山会長が指示し,原告はその指示を受けて,会場を選定し,乙山会長の許可を受けて,会場を確保していた。その後,原告は,イベントの企画書を作成して企画会議にかけ,徐々に詳細を詰めていく。イベントのコンセプトやスローガンは企画の責任者であるGらが提案し,乙山会長の裁定を受けて決めていた。
原告は,イベントの内容を詰めながら,使用するパワーポイントや映像,進行予定表(〈証拠略〉)を作成する。乙山会長から直前になって大幅な変更の指示があり,徹夜で対応せざるを得なかったこともあった。
(ウ) イベント当日,原告は,舞台監督,音響,照明を担当し,裏方としてイベントの進行業務を担当していた。イベントの模様は,DVDとして来客者に送付したり,宣伝用のCMに使うため,イベントの映像を編集する作業を原告は行っていた。
(エ) 原告は,イベントに関して,乙山会長などの指示を受けて業務を行っており,責任者ではない。
ウ 労務管理は行っていないこと
被告には役員以外に約30名の従業員がいたが,指揮命令系統が異なっており,原告に業務遂行に関する部下はいなかった。
サロン運営業務について,原告はシフト表の記入フォームを作成したことはあるが,実際にシフトを決めていたのは原告ではなくゼネラルマネージャーであった。
原告は,従業員の人事考課に関与したことはないし,新規従業員の採用にあたっても,形式的に面接に1,2度出席したことがあるだけで,採用に関する権限は与えられていなかった。
原告が行っていたのは,各サロンから送付された日報とタイムカードの齟齬を確認し,これをエクセルシートに入力するという単純作業にすぎず,被告の従業員の労務管理について何らの裁量権を有していたものではない。
エ 経営に参画してはいないこと
被告では月3回,サロンスタッフが中心となって運営会議が開かれており,原告も出席していたが,実際には乙山会長が自分の方針や意見を一方的に述べ,それに沿った業務を行うように伝達する場に過ぎなかった。
また,被告では役員会議と称する会議が東京と大阪でそれぞれ月1回開催されていたが,原告は乙山会長から大阪の会議には出席しなくてよいと言われていた。東京での会議の参加者は,全役員が出席するものではないし,逆にサロンスタッフが参加することもあった。会議では,経営方針,来月の売上目標の設定,イベントの進捗状況の報告などであったが,運営会議と同様,乙山会長の方針や意見を一方的に述べるだけの場であった。原告がイベントの進捗状況を報告することはあったが,経営方針について発言する機会はなかった。
⑷ 原告の労働時間が管理されていたこと
原告は,入社当初から,タイムカードの打刻,日報の作成を義務づけられ,業務終了時には業務に関する報告メールを送信していた。なお,原告を含めた従業員のタイムカードはいずれも被告の事務所内で保管されていた。ただし,平成20年8月以降,上司のAの許しを得て,日報の作成は免除されたが,タイムカードの打刻と報告メールの作成は続けていた。また,原告が早退したり,休暇をとるときは,乙山会長の許可が必要であり,原告に出退勤の自由はなかった。
⑸ 原告の待遇
原告の映像,音響などの技術に鑑みれば正当な賃金であり,また原告の過酷な労働時間に鑑みれば十分な待遇がなされているとは評価できない。
⑹ 被告の主張に対する反論
ア 被告は,サロンマニュアル(〈証拠略〉)の記載を理由に原告が被告の従業員の労働時間などの管理権限を有していたと主張する。
しかし,被告は,従業員の限られた中小企業であり,乙山会長の支配力が強い個人企業であったから,設立時にサロンマニュアルは整備されていたが,そのとおりに運用されない可能性も十分あり得,現実に原告は労務管理に関する実質的権限は与えられていなかった。
イ 被告は,役員会議等において,役員が懸案事項について討議を行った上で決議をしており,役員報酬の増減についても決議している旨主張する。
しかし,被告が提出する議事録(〈証拠略〉)では実質的な討議,決議は行われていることがうかがわれず,乙山会長が一方的に役員報酬減額の方針を述べ,後は,乙山会長と取締役の話し合いによるとされている。また,被告が提出する取締役会議事録は,出席していない役員が表記されるなど,きわめて杜撰である。例えば,証人Jは平成20年9月12日の役員会議に出席し,取締役会の議題について議論をし,決議をしたと証言するが(〈証拠・人証略〉),同日,Jは大阪におり(〈証拠略〉),Mサロンで開催された役員会議に出席することはできないはずである。
ウ 被告は,原告に役員限りの資料である業務売上速報(〈証拠略〉)が送られていたと主張するが,業務売上速報は被告の役員以外にもメール送信されており(〈証拠略〉),役員限りの機密事項ではない。

3 争点⑶(時間外労働が認められるか)について

【原告の主張】
⑴ 原告の労働時間は,入社当初からタイムカ-ドで管理されており,出退社の自由はなかった。原告は別紙2-3記載のとおり,時間外労働をしていた。
原告の業務内容の詳細は,上記2【原告の主張】(3)記載のとおりである。
⑵ 原告が乙山会長の自宅で飲食をともにしたり,麻雀をしたことがあることは認めるが,いずれもワンマン会長である乙山会長の指示に基づくものであって断ることはできず,業務として強制されたものである。なお,原告は,飲食や麻雀が終われば仕事に戻っていた。
⑶ 被告は,原告がしばしば日中の業務時間内において居眠りをしたり,私用のため出かけていたり,長時間の昼食時間を取っていたと主張するが,かかる事実はない。
また,被告は,原告の業務量は,深夜残業等をしなければならないほどの量ではなかったと主張し,原告が退職した後,イベント関係業務を担当しているJは,残業を要する量ではないと証言する。しかし,原告の業務はイベント関係の業務に留まらないし,J自身,原告の業務の一部を外部に業務委託していることを認めている。

【被告の反論】
⑴ 原告はタイムカード記載の時刻をもとに,労働時間を主張している。しかしながら,上記2【被告の主張】⑶で述べたとおり,原告については,タイムカードによる勤務時間の管理をしておらず,タイムカードの記載を基にして労働時間を算定するのは適当ではない。
また,原告は,自らのスキルアップのためにパソコンを使用したり,自宅が手狭であることなどから,被告のMサロンに遅くまでいたり,寝泊まりすることが多くあった。また,私物をMサロンのトランクルーム等に保管し,休日でも自由に出入りして私物を出し入れしていた。原告がMサロンにいたのは,業務のためではなく,原告自身の個人的事情によるものであるから,タイムカードの記載を(ママ)時刻から労働時間を算定することは適当ではない。
さらに,原告がタイムカードに基づいて請求している深夜の労働時間の中には自分やその妻,他の社員等の誕生パーティーや食事会への出席,さらには麻雀をしていた時間も含まれているが(〈証拠略〉),こうしたパーティー,食事会,麻雀は,参加は任意であって,断ることもできたものであるから,労働時間として算定することはできない。
原告の主張は,タイムカードに時刻が打刻されていることだけをもって労働時間として主張するものであり,労働時間に含まれないものまで労働時間とされていることから,タイムカードの記載は労働時間の算定にあたって信用することはできない。
⑵ 原告は,在職中,勤務時間帯に,散髪に行ったり,業務関連以外のウェブサイトを見たり,昼寝をしたり,昼食を届けに来た妻子と長時間離席して話し込む等の行動を取っており,仕事をしているという状況ではなかった。かかる原告に不満を抱いたことを理由に退職した従業員が複数いる(〈証拠・人証略〉)。原告が行っていた業務は,原告退職後,人員を補充することなく,引き継いで行っており,時間外労働をする必要性は生じていない(〈人証略〉)。
⑶ 時間外労働の割増賃金の発生が認められるためには,被告が原告に時間外労働を命じたことが必要であるが,被告は原告に時間外労働を命じたことはない。
⑷ 原告に仮に時間外労働を認めるとしても,別紙3〈略-編注〉のとおりであり,5時間30分である。

4 争点⑷(賃金減額合意の有効性)について

【原告の主張】
原告の基本給は,平成21年4月分まで月45万円であったが,同年5月分が月40万円,同年6,7月分が月35万円,同年8,9月分が月30万円にそれぞれ減額されており,原告は減額に同意していないから,かかる減給は無効である。原告は,被告に対して55万円の未払賃金債権を有している。

【被告の反論】
原告に支給されている金員は取締役の報酬であり,被告の業績により変動することが予定されているから,減給にはあたらない。
また,平成21年3月15日の被告の役員会議において,被告の赤字に伴い,取締役の報酬を減額することになったが,原告については母親を呼び寄せるとのことから,減額をしないこととしたが,同年5月1日の役員会議で,原告から母親を呼び寄せることはしなかったとのことであったため,原告については報酬を減額することとした。

5 争点⑸(時間外手当の額)

【原告の主張】
⑴ 原告の時間外手当の計算にあたって基礎となる賃金は,基本給及び役職手当の合計額である。平成19年10月分から平成20年2月分までは月額40万円,平成20年3月分から平成21年9月分までは月額45万円である。なお,平成21年5月分以降,月額40万円に減給されているが,原告の同意なく一方的に減額されたものであるから無効である。
⑵ 被告における年間所定労働日数は,365日から土日の合計104日(52週×2日)を控除した261日であり,原告の1日の所定労働時間を8時間とすると,年間所定労働時間は261日×8時間=2088時間であり,月平均所定労働時間は2088時間÷12月=174時間である。
⑶ したがって,原告の時給は,平成19年10月分から平成20年2月分までは,40万円÷174時間=(ママ)2298円/時,平成20年3月分から平成21年9月分までは,45万円÷174時間=(ママ)2586円/時となる。
⑷ 原告の時間外労働時間は,別紙2-3のとおりであり,その時間外手当は別紙2-1のとおり,時間外割増賃金,休日割増賃金,深夜割増賃金で合計1602万7275円となる。

【被告の主張】
⑴ 原告に支払われていた金員は取締役の報酬であり,平成21年5月分以降の減額も有効である。
⑵ 被告においては,年間87から88日の休日が付与されることになっていた。
また,被告における従業員の所定労働時間は1日7時間30分である。
⑶ 時間外手当の額については争う。

第4 争点に対する判断

1 争点⑴について

前提事実,掲記証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
⑴ 原告は,平成17年11月,被告に管理職(部長)として入社し(〈証拠略〉),被告が企画する化粧品販売イベントの運営などに従事していた。
その後,原告は,平成18年5月31日に開催された被告の定時株主総会において取締役に選任され(〈証拠略〉),被告の取締役に就任した(〈証拠略〉)。
また,原告は,同日付でC株式会社の取締役に就任し(〈証拠略〉),同年6月26日付けでD株式会社の取締役に就任し(〈証拠略〉),同年7月1日付けでE株式会社の取締役に就任した(〈証拠略〉)。上記3社はいずれも,被告を含め,B社グループのグループ会社である(〈証拠略〉)。
原告は,平成19年6月5日付けで被告の常務取締役に任命され(〈証拠略〉),平成20年12月1日付けで被告の専務取締役に任命された(〈証拠略〉)。
B社グループの組織図によれば,原告は,被告の専務取締役,C株式会社,E株式会社の専務取締役として記載されており(〈証拠略〉),被告における業務フローチャートにおいても,イベント企画・製作労務の担当者として原告の氏名が記載されている(〈証拠略〉)。
もっとも,原告は,金銭の支払を被告からしか受けておらず,その他のB社グループのグループ会社からは取締役報酬を受け取っていない。
⑵ 原告は,被告の取締役に選任された後,被告の取締役会に出席し,同取締役会において,代表取締役の選任がされたり役員報酬が決められることがあった(〈証拠略〉)。また,原告は,被告やB社グループの経営会議,役員会議に出席し,同会議では被告やB社グループの具体的な経営方針の確認,出席者の各担当業務についての報告等がなされていた(〈証拠略〉)。同会議で,原告は担当業務であるイベントやサロンの開設について報告をしたり(〈証拠略〉),原告に対して具体的なイベントや従業員の募集の担当が割り振られたり(〈証拠略〉),サロンの売上目標や計画について乙山会長と原告が検討して設定する等と決められることがあった(〈証拠略〉)。
もっとも,原告は,経営会議や役員会議は,乙山会長から自らの方針や意見を一方的に述べ,それに沿った業務を行うように伝達する場にすぎなかったと述べており(〈証拠略〉,原告本人),議事録も,特に多数決などの決議が行われた様子もなく,討議がなされた形跡もないこと等から,原告の供述は裏付けられている。
⑶ 被告の従業員数は,平成19年ないし平成21年までの間に10名を超えることはなかったが,被告の取締役は,従業員とほぼ同数である(〈証拠略〉)。そして,乙山会長は,しばしば「私は,お前たちをいつでも解雇できる。役員登録さえすれば,いつまで働いても労働基準法は適用されない。」等と述べていた(原告本人)。また,原告は,取締役就任後も継続して雇用保険に加入している。
⑷ 以上,認定した事実によれば,確かに,原告は,B社グループのグループ会社の取締役に選任され,組織図上もそのように記載されているが,取締役として何らの報酬も受け取っていないような状況であり,取締役としてB社グループの経営会議に出席したこと以上に具体的な職務に従事していた事実も証拠上認められない。したがって,原告は,被告以外のB社グループの会社については名目的な取締役にすぎなかったといえる。
次に,原告は,被告の取締役として正式に選任,登記され,組織図上もそのような記載があり,被告から対価が支払われ,取締役会で原告の報酬額が決議されていることも認められる。しかしながら,もともと被告は,その規模に比して取締役の数が不自然に多く,原告には終始一貫して基本給と役職手当という名目で対価が支払われており(〈証拠略〉),雇用保険にも継続して加入していることに加え,提出された証拠だけからは原告の報酬額が変更される都度,取締役会の決議がなされたことは認められない。また,被告の取締役会,役員会議,経営会議においては,具体的な討議がなされたような形跡がなく,実質的なオーナーとみられる乙山会長の指示を伝達する場にすぎなかったことが認められるし,原告が取締役に選任された前後においてその担当する業務について具体的な変更があったことは証拠上見あたらない。そうすると,原告は,基本的に乙山会長の指示や許可を受けて業務に従事することが多かったものといえる。また,原告が一度被告を退社した上で取締役に選任されたような事実も認められない。
したがって,原告は,被告との関係において,取締役としての地位を有していたが,労働者であったと認めるのが相当である。

2 争点⑵について

⑴ 労基法41条1項2号の管理監督者とは,部長,工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいうとされる。
管理監督者に該当するか否かは,①事業主の経営に関する決定に参画し,労務管理に関する指揮監督権限を認められているか否か,②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有しているといえるか否か,③一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金上の処遇を与えられているか否かを実態に即して判断することになる。
⑵ 前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
被告の代表取締役である乙山会長は,原告その他の名目上の役員に対し,常々,「私はお前たちをいつでも解雇できる。役員登録さえすれば,いつまで働いても労働基準法は適用されない。」等と発言していた(〈証拠略〉,原告本人)。
被告は,乙山会長又はその妻が代表取締役を務めており,両人が被告の大株主でもあった(〈証拠略〉)。
また,上記1⑵で述べたように,原告は,被告の取締役会,経営会議,役員会議に取締役として出席しているが,その中で実質的な討議が行われた形跡はなく,乙山会長の一方的な意思を伝達する場にすぎなかった。
以上からすると,被告は乙山会長の個人企業の性質を有しており,乙山会長の意向が強く反映する会社であったといえる。
⑶ 原告の業務内容(前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。)
ア 意思決定への参画について
(ア) 重要会議への出席
a 原告は,被告の取締役会や経営会議,役員会議に出席しており,こうした会議では決算報告や担当業務の報告,経営方針の確認などがなされていた。もっとも,被告の取締役会,経営会議,役員会議において実質的な討議がなされたり,多数決が行われることはなく,乙山会長の意向で方針が決められ,これに異議を唱えるものはいなかった(〈証拠略〉,原告本人)。
b 以上からすると,確かに,被告の取締役会や経営会議,役員会議は,乙山会長の意向が強く働き,特に実質的な討議や多数決が行われることはなかったものといえるが,このことは被告が小規模な企業であることからするとやむを得ないところがある。むしろ,原告は,取締役としての地位を有しており,こうした重要な会議に出席していたのであるから,意思決定へ参画する機会は与えられていたといえる。
(イ) イベントの企画
a B社グループでは,年に1,2回開催される(ママ)各種のイベントが開催され,開催にあたっては数百万円の予算をつぎ込むなど,被告においてイベントは大きな意味を持っていた(〈証拠略・人省略〉)。原告は,イベントの企画・製作業務において,これを統括する地位にあり(〈証拠略〉),事前にイベントの企画書を作成して企画会議にかけ,徐々に詳細を詰めていったり,使用するパワーポイントや映像,進行予定表(〈証拠略〉)を作成するといった業務を行っていた。また,原告は,イベント当日,舞台監督,音響及び照明を担当し,裏方としてイベントの進行業務を担当し,イベントの模様を撮影して編集する作業を行っていた(〈証拠略〉,原告本人)。
もっとも,原告は,最終的な決定権は有しておらず,乙山会長の許可や指示のもとでイベントを進めており,他の取締役であるHがイベントの総責任者になることもあった(〈証拠略〉,原告本人)。
b 確かに,イベントの実質的な決定権は,乙山会長が有しており,原告が常にイベントの総責任者とされていたわけではない。しかしながら,被告が小規模の個人企業であるため,オーナーである乙山会長の意向が常に強く働いていたことからすれば,原告に最終決定権がないとしてもやむを得ないところがあり,かかる事実をもって,原告に何の権限も無かったとまではいえない。また,名目的には原告が総責任者ではないとされている場合もあるが,原告は,音響や照明について特別な技能を有しており,また,被告の業務フローチャート(〈証拠略〉)上もイベントの企画・製作業務において重要な役割を果たしていたことが認められる。
(ウ) サロンの開設準備,備品購入
a 原告は,平成21年ころ,Qサロンの開設にあたり,責任者とされており,工事の見積もり確認をしたり,現地調査して役員会議で報告したり,備品の購入指示を出すなどしている(〈証拠略〉)。
b この点,原告は,サロン開設時には荷物の搬入やパソコン設置などの準備作業を行う程度で,一般従業員以上の権限を与えられていた訳ではないと主張している。
確かに,Qサロン以外の地方直営サロンの開設については,原告に責任者としての権限まで与えられていたことを認めるに足りる証拠はない。
しかしながらこの点は,被告の業務が拡大するにつれ,乙山会長だけではすべての業務に対応できなくなり,徐々に原告に対してサロンの開設などの重要な業務について権限や責任が与えられるようになっていったものとみることができる。
そして,少なくともQサロンの開設にあたっては,原告が責任者といえることは上記aの認定事実からすると明らかである。
(エ) まとめ
以上からすると,被告が小規模な会社で,乙山会長の個人企業としての性格を有しているため,乙山会長の意向が強く反映されることが多かったものの,原告は,被告において経営の方針を決める取締役会や役員会議,経営会議といった重要な会議に取締役として出席しており,意思決定に参画する機会を与えられていたといえる。また,原告は,被告の広報活動として重要な位置づけを有するイベントにおいて重要な役割を果たしており,サロンの開設といった重要な業務についても徐々に権限や責任を与えられるようになっていたこと等からすれば,原告は,被告の意思決定に一定程度参画していたということができる。
イ 労務管理について
(ア) 被告には,役員以外にも従業員や業務委託をしているスタッフ等が30人ほどいたが,業務遂行に関して原告に部下はいなかった(〈証拠略〉,原告本人)。原告は,被告の労務担当とされており(〈証拠略〉),原告の業務日報(〈証拠略〉)や業務報告のメール(〈証拠略〉)等には,具体的な仕事内容は不明であるが,仕事内容として「労務関連業務」と記載されていることが認められる。また,被告においてタイムカードは,基本的に手書きのものは認められず,やむを得ない場合は理由を記載の上,所属長に報告の上,承認印を得ることとされているところ(〈証拠略〉),Mサロンの従業員やスタッフのタイムカードについて手書きの訂正がなされた場合,原告が確認をして印を押している(〈証拠略〉,原告本人)。また,スタッフのシフト表について,原告が各サロン分の(ママ)まとめることとされ(〈証拠略〉),原告は,被告の従業員やスタッフの勤務時間を表にまとめて報告していた(〈証拠略〉)。また,平成20年11月22日に開催された役員会議において,原告がMサロンのスタッフの採用を担当することが決められている(〈証拠略〉)。さらに,原告は,労務担当として被告の従業員との間で,事故について治療費等について話し合うこともあった(〈証拠略〉)。
(イ) 確かに,原告に対して,従業員の人事考課の権限が与えられている事実は認められない。しかし,このことは,被告が,小規模な個人企業であるため,そもそも人事考課制度が明確に定められていたのか疑問であることや,小規模な会社であるため乙山会長が人事についても広い権限を有しており,原告には労務管理について一部の権限しか与えられていなかったし(ママ)てもやむを得ないところがある。また,原告には,一般的に従業員の採用権限が与えられているわけではないが,個別に新規スタッフの採用について担当を委ねられたり(〈証拠略〉),面接に同席してパソコンのスキルなどをみることがあったことも認められる(原告本人)。
また,原告には,Mサロンの従業員やスタッフのタイムカードの修正について内容を確認した上で承認する印を押す権限を有し(〈証拠略〉,原告本人),従業員が職務に関して負傷した際,治療費等の交付申請を受け付ける責任者となっており(〈証拠略〉),被告の労務担当として,被告の従業員,スタッフの勤務環境の整備,従業員等の出退勤の管理等を行う労務管理を行う権限を一定程度有していたといえる。
ウ 日常業務について
(ア) 被告においては,備品の購入の際に購入申請書を作成することになっており,その提出先は原告とされている(〈証拠略〉)。
なお,サロンマニュアル(〈証拠略〉)の作成日は不明であるが,少なくとも平成20年2月12日ころまでには作成されており,原告も設立時においてサロンマニュアルが整備されていること自体は認めていることからすると,当初から被告の業務内容を内部的に定めていたものといえる。この点,原告は,被告が中小企業であるから,サロンマニュアルどおりに運用されていない可能性も十分あり得ると主張しているが,一般的な指摘に留まる。被告の内部業務は,基本的にはサロンマニュアルに従って,運営されていたものと認めることができる。
(イ) 原告は,日常的にMサロンにおり,朝は一番早く来て,鍵を開け,サロンが開店するまで開店準備をしたり,サロン開店中は,物品の販売,レジ管理,顧客対応,事務作業,機器のメンテナンスなどをしていたと述べている(〈証拠略〉,原告本人)。もっとも,これに対しては,業務日報では日によっては日中に携わった業務として「雑務」「通常」と記載されているものもあるが,逆に「書類作成」「労務関連業務」「事業打ち合わせ」と記載されている日も相当程度認められること(〈証拠略〉)や,管理者である原告のいる部屋とサロンスタッフのいるオフィスは別になっており,日中,原告はアダルトサイトを見るなどしてあまり仕事をしておらず,かかる原告の姿勢を見て辞めた社員がいたとの証言もあることからすると(〈証拠・人証略〉),原告が業務時間中にどの程度,どのような業務に従事していたのか定かではないところがある。
(ウ) 仮に原告が主張するように,原告は,管理監督者とされながら,日常的には様々な雑務を行っていたとしても,被告が小規模の個人企業であることから,原告が管理監督者としての仕事をしながら,多少なりとも雑用的な日常業務をこなしていたからといって,管理監督者ではなくなるとはいえるものではない。
⑷ 労働時間についての裁量権(前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。)
ア サロンマニュアルによれば,鍵の管理に関して,Mサロン,Nサロン,Oサロンの鍵の管理者として,原告が他数名の取締役とともに指定されており,Mサロンの開錠,施錠確認は原告が行うこととされている(〈証拠略〉)。
また,原告はおおむね午前9時から9時30分頃にMサロンに一番早く出勤していたことが認められる。退勤時間については,明確に定まっておらず,深夜遅くまでMサロンにいることもしばしば認められる。タイムカードで原告の勤務時間とされている時間の中には,乙山会長の自宅で行われた原告やその妻の誕生パーティーや懇親会に出席していた時間,麻雀をしていた時間などが含まれている(〈証拠略〉)。
さらに,原告のタイムカード等に基づいて算出された原告の時間外労働時間は,毎月100時間を超えており,多いときには230時間を超える月もある(〈証拠略〉)。他方で,原告の業務内容は,業務日報では,雑務,通常,労務関連業務,VTR編集,書類作成等と記載されていることが多く,必ずしも明確ではない(〈証拠略〉)。なお,原告は,日中,サロン業務に関する雑務を行い,サロン閉店後に書類作成やVTRの編集をしていたと述べる(原告本人)が,徹夜までして作成した成果が被告に出されたようなこともなく(〈人証略〉),その作業内容,作業実態は不明な点が多い。
他方,原告は,日中の勤務時間中,個人的な用事で出かけたり,昼寝をしており,かかる原告の姿が他の従業員からの不信感を買い,退職する者がいたことが認められる(〈証拠・人証略〉)。また,Mサロンは,居住用マンションを利用しているが,原告がMサロンに私物を持ち込み,Mサロンが休日の日にも私用で出入りしていたことが認められる(〈証拠・人証略〉)。
イ 原告は,タイムカードで労働時間を管理されていたと主張するが,原告のタイムカードは手書き部分について,本来であれば押されるはずの訂正の印が押されておらず,原告が手書きで訂正している(〈証拠略〉,原告本人)。また,一般の従業員のタイムカードは福島県いわき市にあるB社グループの本社に送られて管理されているが,原告のタイムカードは,被告の本社事務所のキャビネットの中から原告の退職後に発見されている(〈人証略〉)ことからすると,原告が他の従業員と同様にタイムカードで労働時間を管理されていたとはいえない。
ウ 以上からすると,原告は,Mサロンの鍵を保管しており勤務時間以外の時間に自由に出入りすることができる立場にあり,タイムカード上はかなりの長時間労働したことになっているにもかかわらず,その成果が不明であることからすると,原告の業務時間について厳格な時間管理がされていたのか疑問である。また,後記3(2)イのとおり,原告のタイムカードでは,業務に従事していたとされる時間において,麻雀への参加やパーティー懇親会への(ママ)参加している等,原告が業務時間中に業務以外のことをしていた時間が認められる。
また,被告は,原告のタイムカードを他の従業員と同様に保管しておらず,被告内部での取り決め(〈証拠略〉)で定められた手続きが取られてもいないことからすると,原告に対して,厳密なタイムカードによる労務管理がされていたとはいえない。
以上からすると,原告は自分の裁量で勤務時間を決めることができ,労働時間について広い裁量を有していたということができる。
⑸ 賃金上の待遇
原告の賃金は,別紙1-3のとおりであり,基本給として月額30万円から35万円,役職手当として5万円から10万円が支払われており,これ以外に特別手当,調整手当の支払を受けており,合計すると多いときは月額60万円になっていた(〈証拠略〉)。そして,後記4のとおり,平成21年5月分以降の原告の賃金の減額は無効であるから,原告は,平成19年10月分から平成21年9月分まで,基本給が35万円,役職手当が5万円から10万円をもらっており,合計すると,月額40万円から45万円の給与を得ていたことが認められる。
被告の従業員は,月額20万円前後の基本給を支給され,また役職手当や特別手当として2万円を支給されている者がいる程度であり,原告の給与はこれに比べると格段に多いといえる(〈証拠略〉)。
なお,役職手当以外の諸手当も含めた原告の賃金は,平成21年3月期でみると,月額60万円であり,乙山会長(月額150万円)とその妻(月額100万円)に次いで高額で,取締役副社長のAと同額であり,5名いた従業員の中で最も高い給与をもらっていたK(26万2500円)の倍以上になる(〈証拠略〉)。
⑹ まとめ
原告は,経営会議等の重要な会議に参加しており,実情は,乙山会長が決めた方針の伝達が行われることが多かったとはいえ,取締役という地位で参加しており,Qサロンの開設や従業員の採用など個別的に重要な業務の担当を任されるようになっている。
原告は労務担当の取締役とされていたが,従業員の採用や人事考課の権限等,労務管理についての一般的に広範な権限が与えられていたわけではない。しかしながら,被告は規模の小さい個人企業であるため,人事考課自体が行われていたのか疑問であり,また採用にあたっても乙山会長に決定権があったとしても必ずしも不自然とはいえず,その後,被告の業務が拡大するとともに,従業員の採用について,原告の(ママ)権限が与えられるようになっている。また,原告は,従業員やスタッフの勤務時間についての集計や,訂正の確認などを行っており,他の従業員などの勤務時間に関する労務管理の権限がある程度与えられていたものといえる。
原告は,タイムカードによって厳格な勤怠管理が義務づけられていたとはいえず,タイムカードも本来許されていない手書きでの修正が許されたり,他の従業員とは異なる扱いがなされるなどしているし,パーティーや懇親会,麻雀などへの参加時間も労働時間としてタイムカードが打刻されている。また,原告の主張する業務量に比して,労働時間が不自然に長時間となっており,勤務時間中に業務以外のことをしていた事情もうかがえることからすると,原告については,厳密な労働時間の管理がされていたとはいえず,労働時間について広い裁量があったといえる。
そして,原告は,基本給として月額35万円,役職手当として月額5万から10万円の給与をもらっており,一般従業員の基本給と比べて厚遇されていたことは明らかである。
以上からすると,原告は,労基法41条2号の管理監督者に該当するとみるのが相当である。
⑺ 原告の主張について
ア 原告が,乙山会長の見たいテレビ番組の録画等の私的業務を行わされたり,細々とした雑用を頼まれていた(〈証拠略〉)ことは認められるが,被告の業務として命じられたものか,私的な用事を個人的に頼まれたものか判別できないし,被告が小規模な個人企業であることからすると,細々とした雑用について指示を受けたことがあるからといって,直ちに管理監督者でなくなるといえるものではない。
イ 原告は,役員会議について,大阪で開かれるものには参加しなくて良いといわれたので参加していないし,サロンのスタッフが参加することもあったので,役員会議は重要なものではなかったと主張している。しかしながら,大阪で役員会議が開かれていたのか証拠上定かではないし,大阪での役員会議がMサロンで開かれる役員会議と同様の重要性があったのかも定かではない。また,役員会議にサロンのスタッフが参加したことがあったとしても,そのことから直ちに役員会議の重要性がないとはいえない。むしろ,役員会議の議事録からすれば,イベントや労務,サロンの新設,営業報告,決算報告,売上目標など被告にとって重要な事項が議題とされており,一定の方針が決められていることが認められる(〈証拠略〉)。
ウ 原告は,業務報告(〈証拠略〉)やタイムカードを打刻していたことをもって,原告が管理監督者に該当しないと主張している。しかしながら,業務報告についてはそれぞれの業務内容の(ママ)把握し,情報を共有するためになされるものでもあるから,業務報告をしていたことのみをもって管理監督者に該当しないといえるものではない。また,原告のタイムカードが,被告の他の従業員と異なる取扱い,管理がされていたことは上記(4)でみたとおりであるから,原告が管理監督者に該当しないといえるものではない。
エ 原告は,乙山会長の許可がなければ,休暇をとることもできなかった(〈証拠略〉)と主張している。確かに,業務報告のメール(〈証拠略〉)の中には「本日はお休みを頂きました。ありがとうございました。」「外出許可ありがとうございました」などという記載はある。しかし,原告が別途,被告に対して許可届けをしていたようなことはなく(原告本人),かかる業務報告のメールは,休みをとるために報告していたものにすぎず,外出や休暇についていちいち乙山会長の許可が必要であったとまでは認められない。
オ なお,原告は,役員会議の議事録(〈証拠略〉)について,平成20年9月12日には,大阪のサロンにいて出席することが不可能なJの名前が記載されていることをもって,信用性に欠けると主張している。しかしながら,証拠(〈証拠略〉)によれば,Jは,同日大阪から東京へ出張していたことが認められ,原告が指摘する事実をもって,役員会議の議事録(〈証拠略〉)が信用できないとはいえず,その他,役員会議の議事録について信用性を疑うに足りる証拠はない。

3 争点⑶時間外労働の事実が認められるか

⑴ 証拠(〈証拠略〉)によれば,原告のタイムカードは,平成20年1月16日から平成21年8月29日まで存在することが認められる。
また,証拠(〈証拠略〉)によれば,原告の業務日報は,平成19年10月6日から平成20年7月23日まで存在し,作業時間が記載されていることが認められる。
⑵ア まず,タイムカードは,就業場所において機械的に打刻されるものであるから,タイムカードで打刻された時刻に,原告が就業場所にいたこと,タイムカードに打刻されている出勤時間と退勤時間の間,原告が被告の指揮命令下にあり,労務を提供していたことが一応推認できる。なお,被告は原告に対して明示的に時間外労働を命じたことはないと主張しているが,原告が長時間Mサロンにいたこと自体は認識していたのであって,時間外労働を禁じるような具体的な措置をとっていたことも認められないから,黙示的に時間外労働を許可していたということができる。
イ 原告のタイムカードでは,就業していることになっているにもかかわらず,実際には原告が乙山会長の自宅で麻雀をした日や酒食の提供を受けていた時間については,社会通念上,労務を提供していたということはできない。なお,原告は,乙山会長の命令は絶対であり,これらの誘いは断ることはできなかったので,業務である等と主張しているが,他方,原告自身,麻雀の誘いを断ることもあったと述べており(原告本人),強い強制力があったといえるものではないし,仮に断りにくい状況があったとしても,業務と評価することはできない。
原告が,乙山会長で(ママ)麻雀をしていた日や酒食の提供を受けていたことが客観的な証拠により認められる日は下記のとおりである。

平成20年3月13日(〈証拠略〉)
同年11月22日(〈証拠略〉)
同年12月22,24日(〈証拠略〉)
平成21年1月3,18,30日(〈証拠略〉)
同年2月2,7,9,12,15,17,18,23,24,28日(〈証拠略〉)
同年3月3,10,16,17,21日(〈証拠略〉)
同年4月1,11,12,29日(〈証拠略〉)
同年5月3日(〈証拠略〉)
以上の日については,タイムカード上原告が労務の提供をしていたとされる時間において,労務の提供が行われていなかったことが明らかであるから,原告の時間外労働は認めることはできない。なお,原告は,麻雀等に参加した後も業務をしていたと主張するが,かかる事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,上記の各日については,早出の場合の所定終業時間である午後7時に勤務が終わったものと推定することとする。
ウ タイムカードは存在するが,打刻されておらず,後から原告が手書きで記載したと思われる部分(例えば平成20年1月19日)については,業務日報(〈証拠略〉)を参考に手書き記入したものと考えられるから,手書きの記載どおり,原告が時間外労働に従事していたものと認定する。
エ なお,被告は,業務日報に記載された原告の業務内容からすれば,原告の労働時間は明らかに長すぎるものであり,実際のところはまじめに業務に従事しておらず,時間外労働は認められないと主張している。確かに,原告がその業務内容として具体的に述べている内容に比して,原告の時間外労働時間はあまりに長く,原告が勤務時間中に業務に従事していたのか疑問の余地がないわけではないが,原告が業務時間中に業務以外のことに従事していたことを日時を特定して具体的に反証できているのは上記イで述べた部分に留まるため,それ以外の日時は,原告は業務に従事していたと解さざるを得ない。
⑶ タイムカードが存在しない平成19年10月6日から平成20年1月15日の期間における原告の時間外労働は,原告が作成し,被告において保管されていた業務日報(〈証拠略〉)記載のとおり,原告が時間外労働に従事していたと認めることができる。
⑷ 以上からすると,原告の時間外労働は,別紙1-4のとおりとなる。

4 争点⑷賃金減額合意の有効性

上記1のとおり,原告は,実質的には労働者というべきであり,原告に支払われていた金銭は,取締役に対する報酬とみることはできず,労働者に対する賃金と解さざるを得ない。
そして,賃金については,労働者の個別的な同意によるのでなければ,一方的に減額することはできず,本件において原告と被告の間で賃金の減額について合意があったと認めるに足りる証拠はない。
以上からすると,本件において,平成21年5月分以降の賃金の減額は無効であり,別紙1-3の平成21年5月分以降の各月の「合計」欄記載の金額と45万円との差額(合計55万円)について,原告は被告に対して賃金を請求することができる。

5 時間外手当の額について

⑴ 上記1,2でみたとおり,原告は労働者ではあるが,管理監督者に該当するため,その請求できる時間外手当は深夜割増賃金に限られる。
上記3でみたとおり,原告の深夜における時間外労働時間は別紙1-4の「深夜」欄記載のとおりである。
そして,上記4でみたとおり,原告の平成21年5月分以降の賃金の減額は無効であるから,時間外手当の算定にあたっては,原告の賃金は,平成19年10月分から平成20年2月分までは月額40万円,平成20年3月分から平成21年9月分までは月額45万円として算定することとする。
⑵ 被告では,年により異なるが休日が87から88日あったことが認められる(〈証拠略〉)。
なお,被告において,具体的に年ごとの所定労働日数を主張しない以上,時間外手当の算定上,労働者である原告に有利に解釈することとし,被告における年間所定労働日数は,277日であったと認めることとする。
上記第2の1⑵で述べたとおり,原告の所定労働時間は1日7時間30分である。
⑶ 以上を前提にして,原告の時間外手当の算定基礎となる1時間当たりの賃金額を算定すると以下のとおりである。
年間所定労働時間 277日×7.5時間=2077.5時間
月平均所定労働時間 2077.5時間÷12月=173.125時間
⑷ 原告の時間外手当算定の基礎となる原告の1時間当たりの賃金額は以下のとおりである。
平成19年10月分から平成20年2月分まで
40万円÷173.125時間=(ママ)2310円
平成20年3月分から平成21年9月分まで
45万円÷173.125時間=(ママ)2599円
⑸ 原告の深夜の時間外労働時間は,別紙1-4の「深夜」欄記載のとおりであり,各月の深夜割増賃金の合計は,「深夜割増賃金」欄記載のとおりである。

6 まとめ

⑴ 原告の未払の賃金(55万円),深夜割増賃金(98万5367円)については支払日である各月25日の翌26日から,原告が被告を退職した平成21年9月15日までは年6パーセント,その翌日である平成21年9月16日から年14.6パーセント(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項)の遅延損害金が発生することになるが,平成21年9月分については,その支払日が平成21年9月25日であるから,同月26日から14.6パーセントの遅延損害金が発生することとなる。
⑵ 原告は,労働者として労基法の適用を受ける地位にあるから,原告が,管理監督者に該当するとしても,被告において深夜割増賃金に相当する時間外手当の支払を免れることはない。それにも関(ママ)わらず,被告は,原告に対し,時間外手当の支払を一切していない。こうした事情に加えて,被告が労基法の適用を免れようとして労働者を取締役に選任するといった意図が認められる等の本件の実情を照らし合わせると,本件については,付加金として,労基法114条ただし書きの除斥期間が到来していない平成20年1月分ないし平成21年9月分の時間外手当(92万4298円)と同額の付加金の支払を命じることが相当である。

7 結論

以上のとおりであるから,原告の請求は,主文の限度で理由があるからこれを一部認容し,その余は理由がないからこれを棄却する。訴訟費用の負担について,民事訴訟法61条,64(ママ)本文を適用して主文のとおり原告,被告それぞれに負担させることとする。仮執行の宣言について,付加金についてはその性質上仮執行宣言を付することが相当ではないからこれを付さないこととし,その余の請求については同法259条1項を適用して仮執行宣言を付することとする。
よって,主文のとおり判決する。

労働問題に関する相談受付中

営業時間:平日(月曜日~金曜日)10:00~18:00 /土日祝日は休業