長澤運輸

長澤運輸事件(最高裁判所 平成30年6月1日判決)

定年後に嘱託社員として再雇用された者について,定年の前後で職務内容等に変化がないのに,正社員に支給されている手当が支給されないことが,同一労働同一賃金を定める労働契約法20条に一部違反するとされた事例

1 長澤運輸事判例のポイント

1.1有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たる

労働契約法20条は,有期契約労働者の労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と無期契約労働者の労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(「職務の内容」)
②当該職務の内容及び配置の変更の範囲
「その他の事情」
を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。
↓ そして
有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であること,例えば

定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていないこと,
定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきたこと,
一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていること

は,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たる。

1.2有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かについての判断の方法

有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。

なお,ある賃金項目の有無及び内容が,他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ,そのような事情も考慮される。

1.3無期契約労働者に対して能率給および職務給を支給する一方で有期契約労働者に対して能率給および職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違が、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらない。

正社員嘱託社員結論内容

基本給

能率給

職務給

基本賃金

歩合給

不合理

ではない

■不合理ではないとする事情

・ 正社員の基本給と嘱託社員の基本賃金は稼働状況にかかわらず固定的に支給される性質という意味で共通するところ,基本賃金の額は定年退職時の基本給の額を上回っている

・ 正社員の能率給と嘱託社員の歩合給は,労務の成果に対する賃金であり,職種に応じた係数を月稼働額に乗ずる方法によって計算するという意味で共通であるところ,嘱託社員の歩合給に係る係数は,正社員の能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されている。

・ 会社は,労働組合との団体交渉を経て,嘱託社員の基本賃金を増額し,歩合給に係る係数の一部を嘱託社員に有利に変更した

・ 会社は,嘱託社員について,正社員と異なる賃金体系を採用するに当たり,職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに,基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに,歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫している

・ 正社員とした場合の基本給・能率給・職務給の総額と嘱託社員の基本賃金・歩合給の総額の差は2%~12%に留まる。

・ 嘱託社員は一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上,会社は,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託社員に対して2万円の調整給を支給することとしている。

精勤手当

支給なし不合理

■不合理であるとする事情

・ 精勤手当は,その支給要件及び内容に照らせば,従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨

・ 嘱託社員と正社員との職務の内容が同一である以上,両者の間で,その皆勤を奨励する必要性に相違はない

住宅手当

家族手当

支給なし

不合理

ではない

■不合理ではないとする事情

・ 住宅手当の趣旨は従業員の住宅費の負担に対する補助として及び家族手当の趣旨は従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助である。

・ 住宅手当及び家族手当は,いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく,従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから,使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては,労働者の生活に関する諸事情を考慮することになる。

・ 正社員には,嘱託社員と異なり,幅広い世代の労働者が存在し得るところ,そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由があるということができる。

・ 他方において,嘱託乗務員は,正社員として勤続した後に定年退職した者であり,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでは会社から調整給を支給されることとなっているものである。

役付手当

支給なし

不合理

ではない

■不合理ではないとする事情

・ 役付手当は,正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものである。

超勤手当

時間外手当

不合理

■不合理であるとする事情

・ 正社員の超勤手当と嘱託社員の時間外手当は,いずれも従業員の時間外労働等に対して労働基準法所定の割増賃金を支払う趣旨で支給される趣旨であり,割増賃金の算定に当たり,割増率その他の計算方法を両者で区別していないので,定めとしては不合理はない。

・ しかし,精勤手当を嘱託社員に支給しないことは不合理であるので,時間外手当の計算において精勤手当を算定基礎賃金に含めないことは不合理である(精勤手当不支給の不合理性の帰結)

賞与(基本給の5ヶ月分)

不支給

不合理

ではない

■不合理ではないとする事情

・ 賞与は,月例賃金とは別に支給される一時金であり,労務の対価の後払い,功労報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものである。

・ 嘱託社員は,定年退職後に再雇用された者であり,定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されている。

・ 嘱託社員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度となることが想定されるものである

・ 嘱託社員の賃金体系は,嘱託社員の収入の安定に配慮しながら,労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている。

 

1.4 労働契約法20条違反の効果

有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が労働契約法20条に違反する場合であっても,同条の効力により,当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではない

ただし,会社が嘱託社員に精勤手当を支給しないという労働契約法20条に反する違法な取扱いをした場合は,正社員であれば支給を受けることの出来た精勤手当相当額の損害を被ったとして不法行為の損害賠償を請求することが出来る。

2 長澤運輸事の関連情報

2.1判決情報

裁判官:山本庸幸,鬼丸かおる,菅野博之,三浦 守

掲載誌:未定

2.2 関連裁判例

長澤運輸事件【第1審】(東京地裁平成28年5月13日判決 労働判例1135号11頁)

長澤運輸事件【第2審】(東京高裁平成28年11月2日判決 労働判例1144号16頁)

ハマキョウレックス事件(最高裁平成30年6月1日判決)

2.3 参考記事

3 長澤運輸事の判例の具体的内容

3.1 結論

一部認容判決(Y会社は,嘱託社員Xらに対してそれぞれ精勤手当相当額(5万円〜9万円)を支払う義務があることと認めた)

3.2 理 由

1 請求概要

本件は,Y会社を定年退職した後に,期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という。)をY会社と締結して就労しているXらが,期間の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」という。)をY会社と締結している従業員との間に,労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張して,Y会社に対し,主位的に,上記従業員に関する就業規則等が適用される労働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに,労働契約に基づき,上記就業規則等により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額及びこれに対する遅延損害金の支払を求め,予備的に,不法行為に基づき,上記差額に相当する額の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)ア Y会社は,セメント,液化ガス,食品等の輸送事業を営む株式Y会社であり,平成27年9月1日現在の従業員数は66人である。

イ Xらは,いずれもY会社と無期労働契約を締結し,バラセメントタンク車(以下「バラ車」という。)の乗務員として勤務していたが,Y会社を定年退職した後,Y会社と有期労働契約を締結し,それ以降もバラ車の乗務員として勤務している。

(2)ア Y会社は,就業規則(甲1号証,乙1号証。以下「従業員規則」という。)に基づく賃金規定等において,Y会社と無期労働契約を締結しているバラ車等の乗務員(以下「正社員」という。)の賃金について,以下のとおり定めている。

(ア) 基本給は,原則として月給とし,在籍給及び年齢給で構成する。
在籍給 在籍1年目を8万9100円とし,在籍1年につき800円を加算(ただし,在籍41年目の12万1100円を上限とする。)
年齢給 20歳を0円とし,1歳につき200円を加算(ただし,50歳の6000円を上限とする。)

(イ) 乗務員に対し,その職種(乗務するバラ車の種類をいう。以下同じ。)に応じた以下の係数を当該乗務員の月稼働額に乗じた額を,能率給として支給する。
10tバラ車 4.60%
12tバラ車 3.70%
15tバラ車 3.10%
バラ車トレーラー 3.15%

(ウ) 職種により,職務給を支払う。その月額は,以下のとおりとする。
10tバラ車 7万6952円
12tバラ車 8万0552円
15tバラ車 8万2952円
バラ車トレーラー 8万2900円

(エ) 従業員規則所定の休日を除いて全ての日に出勤した者に精勤手当を支払う。その額は月額5000円とする。

(オ) 1か月間無事故であった乗務員に対して無事故手当を支払う。その額は月額5000円とする。

(カ) 従業員に対して住宅手当を支払う。その額は月額1万円とする。

(キ) 従業員に対して家族手当を支払う。その月額は,配偶者について5000円,子1人について5000円(2人まで)とする。

(ク) 役付者(班長又は組長をいう。以下同じ。)に対して役付手当を支払う。その月額は,班長が3000円,組長が1500円とする。

(ケ) 従業員に対し,時間外労働等を命じた場合,超勤手当を支給する。

(コ) 従業員に対して通勤手当を支給する。その月額は,公共交通機関の1か月定期代相当額とし,4万円を限度とする。

(サ) 従業員の賞与については,別に定めるところによる。

(シ) 3年以上勤務して退職した乗務員には,退職金を支給する。

イ 従業員規則は,従業員の定年を満60歳とする旨を定めている。また,従業員規則は,「嘱託者」には,従業員規則の一部を適用しないことがある旨を定めている。

ウ Y会社は,全日本建設運輸連帯労働組合関東支部(以下「本件組合」という。)との間において,平成16年9月17日,年間賞与を基本給の5か月分とする内容の労使協定を締結した。なお,本件組合には,Y会社の従業員で構成された長澤運輸分会がある。

(3) Y会社は,Y会社を定年退職した後に有期労働契約を締結してY会社に勤務する従業員(以下「嘱託社員」という。)に適用される就業規則として,嘱託社員就業規則(以下「嘱託社員規則」という。)を定めている。嘱託社員規則は,嘱託社員の給与は原則として嘱託社員労働契約の定めるところによること,嘱託社員には賞与その他の臨時的給与及び退職金を支給しないこと等を定めている。

(4) Y会社は,平成22年4月から,嘱託社員のうち,定年退職前から引き続きバラ車等の乗務員として勤務する者(以下「嘱託乗務員」という。)の採用基準,賃金等について,定年後再雇用者採用条件を策定しており,同26年4月1日付けで改定された後の定年後再雇用者採用条件(以下「本件再雇用者採用条件」という。)の内容は,以下のアからエまでのとおりである。これによれば,Xらを含む嘱託乗務員の賃金(年収)は,定年退職前の79%程度となることが想定されるものであった(なお,Xらが定年退職前1年間に嘱託乗務員であったと仮定して賃金を計算した場合,その金額は,実際に支払を受けた賃金の約76%から約80%となる。)。

ア 採用対象者
60歳定年に達した正社員で,再雇用を希望する者
イ 契約期間
1年以内の期間を定めて再雇用する。
ウ 賃金
① 基本賃金 月額12万5000円
② 歩合給 12tバラ車 月稼働額×12%
15tバラ車 月稼働額×10%
バラ車トレーラー 月稼働額×7%
③ 無事故手当 月額5000円
④ 調整給 老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間において月額2万円を支給する。
⑤ 通勤手当 公共交通機関の1か月分の定期代(ただし,4万円を上限とする。)
⑥ 時間外手当 時間外勤務等について,労働基準法所定の割増賃金を支給する。
⑦ 賞与,退職金 支給しない。

エ 契約の更新
更新の最終期限は,満65歳に達した後の9月末日又は3月末日のいずれか早い日とする。

(5) 嘱託乗務員の労働条件に関する団体交渉の経緯等は,以下のとおりである。

ア Y会社は,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用安定法」という。)により65歳までの高年齢者雇用確保措置が義務付けられることを受け,本件組合との間で協議を行い,平成17年1月,定年退職者を再雇用する継続雇用制度を導入する旨の労使協定を締結した。

イ Y会社が策定した当初の定年後再雇用者採用条件においては,嘱託乗務員の基本賃金は月額10万円,歩合給は「バラ車(13t,15t)稼働額×10%」,無事故手当は月額1万円とされ,調整給を支給する旨の定めはなかった。Y会社は,平成24年3月以降,本件組合との間で団体交渉を行い,定年後再雇用者採用条件について,順次,①基本賃金を月額12万円とすること,②無事故手当を月額5000円とし,基本賃金を月額12万5000円とすること,③厚生年金保険法附則8条の規定による老齢厚生年金の支給開始年齢が引き上げられたことに伴い,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,月額1万円の調整給を支給すること,④上記③の調整給を月額2万円に増額することを内容とする改定を行い,その結果,本件再雇用者採用条件が定年後再雇用者採用条件の内容となった。
本件組合は,上記団体交渉において,Y会社に対し,定年退職者を定年退職前と同額の賃金で再雇用すること等を要求したが,Y会社は,これに応じなかった。

(6)ア XX1は,昭和55年6月にY会社と無期労働契約を締結し,平成26年3月31日に定年退職した。また,XX2は昭和61年10月に,XX3は平成5年1月に,それぞれY会社と無期労働契約を締結し,いずれも同26年9月30日に定年退職した。定年退職時におけるXらの基本給の額は,XX1が12万1500円,XX2が11万7500円,XX3が11万2700円であった。なお,Xらは,定年退職する際,いずれも退職金の支給を受けた。

イ Xらは,定年退職した日において,それぞれ,Y会社と有期労働契約を締結した。Xらは,当初の雇用期間(XX1につき1年間,XX2及び同X3につき6か月間)の満了後,雇用期間を1年間として当該有期労働契約を更新している(以下,更新の前後を問わず,XらとY会社との間の有期労働契約を「本件各有期労働契約」という。)。本件各有期労働契約は,いずれも本件再雇用者採用条件と同じ内容であり,Xらは,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,いずれも調整給の支給を受けた。

(7)ア 嘱託乗務員であるXらの業務の内容は,バラ車に乗務して指定された配達先にバラセメントを配送するというものであり,正社員との間において,業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはない。また,本件各有期労働契約においては,正社員と同様に,Y会社の業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨が定められている。

イ Xらは,本件各有期労働契約の締結後,平成27年10月までの間に,第1審判決別紙5記載のとおり,Y会社から賃金の支払を受けた(以下,同別紙記載の賃金を「本件賃金」という。)。なお,Y会社においては,毎月1日から月末までの期間に対する賃金を翌月10日に支払うこととされている。本件賃金の支給対象期間において,XX1及び同X3は欠勤しておらず,XX2は平成26年12月及び同27年1月を除き欠勤していない。

(8)  Xらは,本件訴訟において,①嘱託乗務員に対し,能率給及び職務給が支給されず,歩合給が支給されること,②嘱託乗務員に対し,精勤手当,住宅手当,家族手当及び役付手当が支給されないこと,③嘱託乗務員の時間外手当が正社員の超勤手当よりも低く計算されること,④嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことが,嘱託乗務員と正社員との不合理な労働条件の相違である旨主張している(以下,上記①から④までにおいて比較の対象とされている各賃金項目を併せて「本件各賃金項目」という。)。そして,Xらは,本件賃金の支給対象期間において,嘱託社員の賃金に関する労働条件が正社員と同じであるとした場合,第1審判決別紙6記載のとおりの賃金(以下「本件試算賃金」という。)が支払われるべきであるとしている。

3 原審

原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,Xらの請求をいずれも棄却した。
事業主は,高年齢者雇用安定法により,60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置を義務付けられており,定年退職した高年齢者の継続雇用に伴う賃金コストの無制限な増大を回避する必要があること等を考慮すると,定年退職後の継続雇用における賃金を定年退職時より引き下げること自体が不合理であるとはいえない。また,定年退職後の継続雇用において職務内容やその変更の範囲等が変わらないまま相当程度賃金を引き下げることは広く行われており,Y会社が嘱託乗務員について正社員との賃金の差額を縮める努力をしたこと等からすれば,Xらの賃金が定年退職前より2割前後減額されたことをもって直ちに不合理であるとはいえず,嘱託乗務員と正社員との賃金に関する労働条件の相違が労働契約法20条に違反するということはできない。

4 最高裁の判断

しかしながら,原審の上記判断のうち,精勤手当及び超勤手当(時間外手当)を除く本件各賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条に違反しないとした部分は結論において是認することができるが,上記各手当に係る労働条件の相違が同条に違反しないとした部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 労働契約法20条は,有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)の労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)の労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される(最高裁平成28年(受)第2099号,第2100号同30年6月1日第二小法廷判決参照)。

(2) 労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参照)。Y会社の嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違は,嘱託乗務員の賃金に関する労働条件が,正社員に適用される賃金規定等ではなく,嘱託社員規則に基づく嘱託社員労働契約によって定められることにより生じているものであるから,当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。したがって,嘱託乗務員と正社員の本件各賃金項目に係る労働条件は,同条にいう期間の定めがあることにより相違している場合に当たる。

(3)ア 労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参照)。

イ Y会社における嘱託乗務員及び正社員は,その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく,業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはないから,両者は,職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(以下,併せて「職務内容及び変更範囲」という。)において相違はないということができる。

しかしながら,労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく,使用者は,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして,労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。
したがって,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。

ウ Y会社における嘱託乗務員は,Y会社を定年退職した後に,有期労働契約により再雇用された者である。定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。
そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。

(4) 本件においては,Y会社における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が問題となるところ,労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合,個々の賃金項目に係る賃金は,通常,賃金項目ごとに,その趣旨を異にするものであるということができる。そして,有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。
そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。
なお,ある賃金項目の有無及び内容が,他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ,そのような事情も,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。

(5) 上記(1)から(4)までで述べたところを踏まえて,Y会社における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。

ア 嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等について

Y会社は,正社員に対し,基本給,能率給及び職務給を支給しているが,嘱託乗務員に対しては,基本賃金及び歩合給を支給し,能率給及び職務給を支給していない。基本給及び基本賃金は,労務の成果である乗務員の稼働額にかかわらず,従業員に対して固定的に支給される賃金であるところ,Xらの基本賃金の額は,いずれも定年退職時における基本給の額を上回っている。また,能率給及び歩合給は,労務の成果に対する賃金であるところ,その額は,いずれも職種に応じた係数を乗務員の月稼働額に乗ずる方法によって計算するものとされ,嘱託乗務員の歩合給に係る係数は,正社員の能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されている。そして,Y会社は,本件組合との団体交渉を経て,嘱託乗務員の基本賃金を増額し,歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している。このような賃金体系の定め方に鑑みれば,Y会社は,嘱託乗務員について,正社員と異なる賃金体系を採用するに当たり,職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに,基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに,歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫しているということができる。そうである以上,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等による労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては,嘱託乗務員の基本賃金及び歩合給が,正社員の基本給,能率給及び職務給に対応するものであることを考慮する必要があるというべきである。そして,第1審判決別紙5及び6に基づいて,本件賃金につき基本賃金及び歩合給を合計した金額並びに本件試算賃金につき基本給,能率給及び職務給を合計した金額をXごとに計算すると,前者の金額は後者の金額より少ないが,その差はXX1につき約10%,XX2につき約12%,XX3につき約2%にとどまっている。
さらに,嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上,Y会社は,本件組合との団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている。
これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

イ 嘱託乗務員に対して精勤手当が支給されないことについて

Y会社における精勤手当は,その支給要件及び内容に照らせば,従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであるということができる。そして,Y会社の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が同一である以上,両者の間で,その皆勤を奨励する必要性に相違はないというべきである。なお,嘱託乗務員の歩合給に係る係数が正社員の能率給に係る係数よりも有利に設定されていることには,Y会社が嘱託乗務員に対して労務の成果である稼働額を増やすことを奨励する趣旨が含まれているとみることもできるが,精勤手当は,従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであるから,歩合給及び能率給に係る係数が異なることをもって,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことが不合理でないということはできない。
したがって,正社員に対して精勤手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

ウ 嘱託乗務員に対して住宅手当及び家族手当が支給されないことについて

Y会社における住宅手当及び家族手当は,その支給要件及び内容に照らせば,前者は従業員の住宅費の負担に対する補助として,後者は従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助として,それぞれ支給されるものであるということができる。上記各手当は,いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく,従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから,使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては,上記の趣旨に照らして,労働者の生活に関する諸事情を考慮することになるものと解される。Y会社における正社員には,嘱託乗務員と異なり,幅広い世代の労働者が存在し得るところ,そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由があるということができる。他方において,嘱託乗務員は,正社員として勤続した後に定年退職した者であり,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまではY会社から調整給を支給されることとなっているものである。
これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して住宅手当及び家族手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれらを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

エ 嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことについて

Xらは,嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことが不合理である理由として,役付手当が年功給,勤続給的性格のものである旨主張しているところ,Y会社における役付手当は,その支給要件及び内容に照らせば,正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるということができ,Xらの主張するような性格のものということはできない。したがって,正社員に対して役付手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。

オ 嘱託乗務員の時間外手当と正社員の超勤手当の相違について

正社員の超勤手当及び嘱託乗務員の時間外手当は,いずれも従業員の時間外労働等に対して労働基準法所定の割増賃金を支払う趣旨で支給されるものであるといえる。Y会社は,正社員と嘱託乗務員の賃金体系を区別して定めているところ,割増賃金の算定に当たり,割増率その他の計算方法を両者で区別していることはうかがわれない。しかしながら,前記イで述べたとおり,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは,不合理であると評価することができるものに当たり,正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず,嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

カ 嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことについて

賞与は,月例賃金とは別に支給される一時金であり,労務の対価の後払い,功労報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものである。嘱託乗務員は,定年退職後に再雇用された者であり,定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間はY会社から調整給の支給を受けることも予定されている。また,本件再雇用者採用条件によれば,嘱託乗務員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度となることが想定されるものであり,嘱託乗務員の賃金体系は,前記アで述べたとおり,嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら,労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている。
これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり,正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても,正社員に対して賞与を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

(6)ア 以上のとおり,嘱託乗務員と正社員との精勤手当及び超勤手当(時間外手当)を除く本件各賃金項目に係る労働条件の相違については,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできないから,上記各手当を除く本件各賃金項目に係るXらの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がない。

イ これに対し,嘱託乗務員と正社員との精勤手当及び超勤手当(時間外手当)に係る労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。しかしながら,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても,同条の効力により,当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参照)。また,Y会社は,嘱託乗務員について,従業員規則とは別に嘱託社員規則を定め,嘱託乗務員の賃金に関する労働条件を,従業員規則に基づく賃金規定等ではなく,嘱託社員規則に基づく嘱託社員労働契約によって定めることとしている。そして,嘱託社員労働契約の内容となる本件再雇用者採用条件は,精勤手当について何ら定めておらず,嘱託乗務員に対する精勤手当の支給を予定していない。このような就業規則等の定めにも鑑みれば,嘱託乗務員であるXらが精勤手当の支給を受けることのできる労働契約上の地位にあるものと解することは,就業規則の合理的な解釈としても困難である。さらに,嘱託乗務員の時間外手当の算定に当たり,嘱託乗務員への支給が予定されていない精勤手当を割増賃金の計算の基礎となる賃金に含めるべきであると解することもできない。
したがって,精勤手当及び超勤手当(時間外手当)に係るXらの主位的請求は理由がない。

ウ(ア) そこで,精勤手当に係るXらの予備的請求について検討すると,前記(5)イで述べたとおり,Xらに精勤手当を支給しないことは労働契約法20条に違反するものである。また,Y会社が,本件組合との団体交渉において,嘱託乗務員の労働条件の改善を求められていたという経緯に鑑みても,Y会社が,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないという違法な取扱いをしたことについては,過失があったというべきである。そして,Xらは,第1審判決別紙2から4までの各「精勤手当」欄記載のとおり,正社員であれば支給を受けることができた精勤手当の額(XX1につき合計9万円,XX2につき合計5万円,XX3につき合計6万円)に相当する損害を被ったということができる。そうすると,精勤手当に係るXらの予備的請求は理由があり,Y会社は,Xらに対し,不法行為に基づく損害賠償として,上記金額の損害賠償金及びこれに対する精勤手当の各支払期日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う

(イ) また,時間外手当に係るXらの予備的請求について検討すると,前記(5)オで述べたとおり,Xらに対し,精勤手当を計算の基礎に含めて計算した時間外手当を支給しないことは,労働契約法20条に違反するものであり,Y会社がそのような違法な取扱いをしたことについては,過失があったというべきである。したがって,Y会社は,上記取扱いによりXらが被った損害について,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

5 以上によれば,Xらの主位的請求並びに精勤手当及び超勤手当(時間外手当)を除く本件各賃金項目に係る予備的請求をいずれも棄却した原審の判断は,結論において是認することができ,この点に関する論旨は採用することができない。他方,Xらの予備的請求を棄却した原審の判断のうち,上記各手当に関する部分は,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,破棄を免れず,この点に関する論旨は理由がある。そこで,原判決中,Xらの上記各手当に係る予備的請求に関する部分を破棄し,精勤手当に係るXらの予備的請求については,これを認容することとし,超勤手当(時間外手当)に係るXらの予備的請求については,Xらの時間外手当の計算の基礎に精勤手当が含まれなかったことによる損害の有無及び額につき更に審理を尽くさせるため,これを原審に差し戻すこととし,その余の上告は理由がないから,これを棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

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