幻冬舎

幻冬舎コミックス事件(東京地方裁判所平成29年11月30日判決)

精神的な障害を発症して休業をしていた労働者を休職期間満了で退職とした件について、「心理的負荷による精神障害の認定基準」にいう心理的負荷の強度が「強」に該当する事情は存在せず、欠勤は業務外の傷病によるものであるとして、休職期間満了による雇用契約の終了を認め地位確認等の請求を棄却した事例

1 事案の概要

Xは,出版会社における経験者として、平成17年10月10日,書籍・楽譜及び定期刊行物の企画、制作及び出版等を行うYと期間の定めのない雇用契約を締結した。Xは、遅くとも平成21年7月3日までに精神的な障害を発症したが、その後も勤務を続けた。平成25年6月、YはXに対し、産業医との面談を行い,専門医を紹介し、Xは診察を受けた。専門医の診断及び産業医の意見書に基づき,Xは有給休暇の消化後、平成25年11月5日まで休業し、YはXに対し、同年11月6日から平成26年5月5日までを休職期間として休職を命じた。Yは、平成26年4月、Xと面談を行い、本件休職期間を平成26年6月5日まで延長したが、休職期間満了までにXが復職可能な病状となっておらず、Xに対し同日をもって退職となる旨通知し、以降Xを退職扱いとした。XはYの退職処理等を不服として地位確認等を請求して訴訟を提起した。

2 幻冬舎コミックス事件判例のポイント

2.1 結論

(地位確認について)請求棄却

①Xの休業は欠勤にあたりYの休職命令は有効である。②Xの精神的な障害が業務上のものであると認めるに足る証拠がないことから、Xの欠勤が私傷病によるものと認めた。さらに、③休職期間満了時、通常の勤務に耐えうる程度にXの病状が回復していなかったとして、休職期間満了による雇用契約の終了が有効でると認めた。

2.2 理由

① Xの休業が欠勤にあたるか

医師の診断等を踏まえれば、Xは、心身を適切に管理して行動することが困難な状態にあり、営業職としてはもとより、編集職としても、本件労働契約においてXに履行することが求められていた債務の本旨にしたがった労務の提供に重大な支障を来す状態にあって、休職を命ずることが相当である状態にあった。その他本件の経緯によれば、Xは、休職をすること自体についての不満を有していたとしても、その精神的な障害の状況等に鑑み、Yからの説得に応じて、自らの意思により,有給休暇を取得し、続けて本件休業期間中に欠勤をしたものと認めるのが相当である。

② 精神障害悪化の業務起因性の有無

「Xは、この業務外の疾病によるものではないことの具体的な主張として、上記第2の3⑵アのとおり、平成26年3月31日の時においてXが復職することのできるだけの体調を回復していたにもかかわらず、Yが同年4月2日の面談において退職を迫るなど、認定基準にいう「強」に当たる心理的負荷を与え、Xに精神的に圧迫を加えることで、Xの症状を再燃させ、増悪させた旨を主張している。
しかしながら、本件全証拠を精査しても、YがXに対して客観的に見て認定基準にいう心理的負荷の強度が「強」に該当するような退職勧奨等を行ったことを認めるに足りる的確な証拠はないし、かえって、証拠(乙33、37の1及び37の2)によれば、当該面談においては、YがXに対してXが主張するような退職勧奨を行っていないことを認めることができる。
この点に関し、Xは、その陳述書(甲31)及び本人尋問において、同年3月28日の面談においてC局長がXに対して「もう無理でしょ。やっていけないでしょ。」と話した旨を陳述しているが、証拠(甲36の1及び36の2)によれば、C局長が当該面談においてXに対してした発言は、「指示に従う気がないんだったらそれはもう無理ですよ」、「無理じゃないですかそれは」、「会社の決まり事なので決まり事に、あの、従えないということであれば」、「それはもう無理だって話ですよ」というものであったものと認めることができるのであって、C局長の当該発言が認定基準において心理的負荷の強度が「強」に当たる具体例とされる「退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職を求め」たことに該当し、又はこれに匹敵する程度のものであるとは、解することができない。」
として業務起因性を否定し、私傷病であることを前提とした休職命令を有効と判断した。

③ 休職期間満了時における復職の可否

裁判所は、復職面談の前日にYの産業医が紹介したD医師がXを診察し、Xに生活リズム睡眠時間の記録(「本件生活・睡眠表」)を提出させ、その10日後に再度診察を行ったところ、Xは、決められた時間に起きて、決められた時間に出掛け、定時に帰るという行動がまったくできていなかったこと、復職面談後に体調を崩しており、面談で体調を崩すようでは仕事のストレスには耐えられないとD医師が判断したこと、Xが復職可能(または条件付きで可能)との復職診断書を作成したF医師(Xの主治医)に対し、Yの常務らが本件生活・睡眠表を見せたところ、F医師は、本件生活・睡眠表を見ると、XにはYにおける通常の勤務はできないと思われる等と述べたこと、Yの産業医であるC医師も、本件休職期間の延長後にXとの面談を実施し、その結果、復職は不可能と判断したことを認定した。
これら診断・面談の経緯、診断書の内容等の事実からすれば、営業職としてはもとより、編集職としても、本件休職期間の終了時までに本件労働契約の債務の本旨にしたがった労務を提供することができる程度にまで、Xの精神的が障害が回復したものということはできないとして、休職期間満了による退職を有効と判断した。

2.3 吉村コメント

会社側は,休職発令の前後,休職期間満了の前後において,産業医・専門医・主治医の診断等をこまめに織り交ぜながら,慎重な対応を行っている。そのことが証拠(面談時の録音,診療録等)により十分に立証できた。このことが会社を勝訴を導いたといえる。

メンタルヘルス不調者の対応の見本といえる。

3 幻冬舎コミックス事件の関連情報

3.1判決情報

  • 裁判官:江原 健志、川淵 健司、石田 明彦
  • 掲載誌:労働経済判例速報2337号16頁

3.2 関連裁判例

  • 国・八王子労基署長(東和フードサービス)事件(東京地判平26.9.17 労判1105号21頁)
  • 国・厚木労基署長(ソニー)事件(東京地判平28.2.21 労判1158号91頁)
  • 国・岐阜労基署長(アピコ)事件(名古屋地判平27.11.18 労判1133号16頁)
  • エム・シー・アンド・ピー事件(京都地判平26.2.27 労判1092号6頁)

3.3 参考記事

主文

1 被告は、原告に対し、53万6967円及びうち51万0452円に対する平成26年6月6日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを30分し、その29を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

1 主位的請求

⑴ 原告が被告に対して労働契約上の権利を有する地位に在ることを確認する。
⑵ 被告は、原告に対し、843万3610円並びにうち51万0453円に対する平成25年7月25日から、及びうち792万3157円に対する平成27年4月22日から各支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
⑶ 被告は、原告に対し、平成27年4月からこの判決の確定の日まで、毎月24日限り、 39万円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
⑷ 被告は、原告に対し、平成27年4月からこの判決の確定の日まで、毎年6月末日及び12月末日限り、39万円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

2 予備的請求

被告は、原告に対し、53万6969円及びうち51万0453円に対する平成26年6月6日 から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 事案の要旨

原告及び被告が労働契約を締結していたところ、使用者である被告は、労働者である原告が精神的な障害を発症し、一定の期間出勤をせずに休業したことについて、私傷病による欠勤として取り扱い、さらに、就業規則等の定めに基づくものとして、原告に対して一定の期間の休職を命じた上で、当該休職の期間の終了をもって原告が被告を退職したものとして取り扱い、原告が休業した期間以降の期間に係る月額賃金及び賞与を原告に支払わなかった。
本件は、原告が、主位的に、この欠勤としての取扱い、休職命令及び退職の取扱いが当該就業規則の定める要件等を欠く違法なものであり、当該労働契約における労働者たる地位を有する原告には民法(明治29年法律第89号)第536条第2項の規定に基づいていわゆるバックペイを請求する権利が発生している旨等を主張して、原告が当該労働契約上の権利を有する地位に在ることの確認並びに原告が上記の休業及び休職をした期間並びにその後の期間に係る月額賃金及び賞与並びにこれらに対する各支払期日の後の日である訴状の送達の日の翌日から支払済みまでに生ずる商事法定利率による遅延損害金の支払を被告に求めるとともに、時間外の割増賃金が生じている旨を主張して、当該割増賃金及びこれに対する各支払期日の翌日又はその後の日から支払済みまでに生ずる商事法定利率による遅延損害金の支払を被告に求め、予備的に、当該休職命令及び退職の取扱いが違法でなかったとした場合の当該割増賃金並びにこれに対する各支払期日の翌日又はその後の日から原告の退職日までに生ずる商事法定利率による遅延損害金及び当該退職日の翌日から支払済みまでに生ずる賃金の支払の確保等に関する法律(昭和51年法律第34号)第6条第1項及び賃金の支払の確保等に関する法律施行令(昭和51年政令第169号)第1条の規定(以下これらの規定を「賃確法令の規定」という。)による年14.6%の割合による遅延損害金の各支払を被告に求めた事案である。

2 前提事実(当事者間に争いのない事実又は括弧内において掲記する証拠若しくは弁論の全趣旨によって容易に認めることができる事実等)

⑴ 被告は、書籍・楽譜及び定期刊行物の企画、制作及び出版等を行うことを目的とする株式会社であり、かつ、株式会社幻冬舎(以下「㈱幻冬舎」という。)の子会社である。

⑵ 原告及び被告は、平成17年10月10日付けで、原告を労働者とし、被告を使用者として、次の内容により、期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。原告は、その後、本件労働契約に基づき、編集職の従業員として、被告の業務に従事していた。
ア 所定労働時間 1日当たり7時間、1週間当たり35時間
イ 勤務時間等 専門業務型裁量労働制(以下「本件裁量労働制」という。)適用
ウ 月額賃金 基本給34万円
エ 月額賃金の支払方法 毎月末日締め、同月24日払
オ 賞与 毎年6月及び12月支給

⑶ 本件裁量労働制は、編集職の従業員に適用され、営業職の従業員には適用されない。 本件裁量労働制においては、被告が本件裁量労働制の適用される従業員に対してその業務遂行の手段及び時間配分の決定等について具体的な指示をしないこと、当該従業員が被告の所定労働日に労働した場合に1日当たり9時間の労働をしたものとみなされることとされている。(甲4及び弁論の全趣旨)

⑷ 上記⑵ウの本件労働契約に基づく原告の月額賃金(基本給)額は、平成21年4月から、39万円に増額された。(弁論の全趣旨)

⑸ 原告は、遅くとも平成21年7月3日までに、混合性不安抑鬱状態を発症した。(甲15の1)

⑹ 被告は、原告に対し、平成25年5月28日、原告を営業職の従業員に異動させる旨の 内示(以下「本件内示」という。)をした。

⑺ 原告と被告の常務取締役であるB(以下「B常務」という。)並びに㈱幻冬舎の総務局長であるC(以下「C局長」という。)及び同局副部長であるD(以下「D副部長」という。)は、同年7月16日、面談(以下「本件面談」という。)をした。(乙36及び証人D)

⑻ 原告は、同月22日から同年9月19日までの間、有給休暇を取得し、また、同月20日からは、被告に出勤せず、休業した。 なお、被告の従業員が遅刻、早退又は欠勤によって所定の労働時間の全部又は一部を休業した場合には、当該休業の日数に係る賃金を支給しない旨が被告の給与規程(同年4月1日以降において効力を有している被告の作成に係る就業規則(乙第7号証は、その写しである。以下「本件就業規則」という。)第42条の定めに基づいて定められた給与規程(甲第3号証は、その写しである。)をいう。以下同じ。)において定められている。(甲3、乙7及び36並びに弁論の全趣旨)

⑼ 本件就業規則には、次のとおりの内容の定めがあるところ、被告は、原告に対し、次のア(ア)及びイの定めに基づくものとして、同年11月1日、同月6日から平成26年5月5日までを休職期間として、休職を命じた(以下この休職命令を「本件休職命令」と、本件休職命令に基づく休職期間を「本件休職期間」と、上記⑻の原告が休業をした平成25年9月20日から本件休職期間の始期の前日である同年11月5日までの期間を「本件休業期間」とそれぞれいう。)。 (乙7及び弁論の全趣旨)
ア 従業員が次の事由の一に該当する場合には、休職を命ずる。
(ア) 業務外の傷病により欠勤が継続又は通算30日(休日を含む。)に及んだとき(本件就業規則第34条第1項⑵。以下「本件休職事由1」という。)。
(イ) 精神又は身体上の疾患により完全な労務提供ができず、相当期間の療養を要すると 会社が認めるとき(本件就業規則第34条第1項⑶。以下「本件休職事由2」という。)。
イ 勤続年数が10年未満の従業員に係る本件休職事由1及び本件休職事由2に基づく休職の期間は、6か月とする(本件就業規則第35条第1項⑵)。
ウ 特別の事由があるときは、上記イの休職期間を延長することがある(本件就業規則第35条第2項)。
エ 上記イの休職期間が終了し、当該従業員が復職することができない場合には、当該休職期間が終了した日をもって退職とする(本件就業規則第35条4項。以下「本件退職規定」という。)。
オ 上記イの休職期間中は、賃金を支給しない(本件就業規則第35条第7項本文)。
カ 本件休職事由1及び本件休職事由2によって休職中の従業員が復職を申し出た場合には、被告は、休職事由が消滅し、当該従業員が休職前に行っていた通常の業務を遂行することができる程度に回復したと判断したときに、復職を命ずる(本件就業規則第36条第 1項本文)。
キ 被告は、休職者に復職を命ずる場合は、原則として、休職前の職務に復帰させる。ただし、その時における業務の状況により、職種を変更することがある。(本件就業規則第36条第6項)

⑽ 原告とB常務、C局長及びD副部長は、平成26年4月2日、面談を行った。当該面談に際して、原告は、被告に対し、原告の主治医であるE医師(以下単に「E医師」という。)の作成に係る同年3月31日付けの復職診断書(乙15)を提出した。(乙15、33、37の1及び37の2)

⑾ 被告は、平成26年4月28日頃、上記⑼ウの本件就業規則の定めに基づくものとして、本件休職期間を同年6月5日までに延長した。(甲9及び弁論の全趣旨)

⑿ 被告は、原告に対し、同月4日付けの「休職期間満了通知書」と題する書面(甲11)により、同日頃、本件退職規定に基づいて原告が同月5日をもって被告を退職となる旨を通知し、同日以降、原告が被告を退職したものとして取り扱っている(以下この取扱いを「本件退職取扱い」という。)。(甲11及び弁論の全趣旨)

⒀ 本件訴えに係る訴状は、平成27年4月21日に被告に送達されている。(当裁判所に顕著な事実)

3 争点及び争点に関する当事者の主張

本件における主な争点は、①本件休業期間中に係る賃金支払請求権を原告が有するかどうか及び本件休職命令が本件就業規則の定める要件を欠く違法なものであるかどうかに関し、Ⓐ原告の本件休業期間中における休業が欠勤(本件休職事由1及び給与規程)に当たるかどうか等及びⒷ欠勤に当たるとしても、それが業務外の傷病によるもの(本件休職事由1)であるかどうか、②本件退職取扱いが本件就業規則の定める要件を欠く違法なものであるかどうかに関し、本件休職期間の終了の時において、原告が復職することができない場合(本件退職規定)にあったかどうか並びに③時間外割増賃金が支払済みかどうかであり、これらの争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

⑴ 争点①-Ⓐ(原告の本件休業期間中における休業が欠勤(本件休職事由1及び給与規程)に当たるかどうか等)に関する当事者の主張

ア 被告の主張

(ア) 原告は、平成25年9月20日から同年11月5日までの間、被告を欠勤した。これを踏まえ、被告は、本件休業期間に係る賃金を支給しなかったのであるし、また、本件休職事由1に当たるものとして、同月1日、原告に対し、本件休職命令によって、本件休職期間における休職を命じたものである。
原告は、本件休業期間に原告が出勤をしなかったのは、被告の原告に対する事実上の業務命令としての休業命令がされたからであり、本件休職事由1及び給与規程に定める欠勤をしたものではない旨を主張する。しかし、被告は、同年7月11日、原告が通常の勤務をすることができる状態ではないと判断し、本件休職事由2に当たるものとして、原告に休職をするように命ずることを考えたものの、欠勤を経た後に本件休職事由1に基づいて休職を命ずることとするのが、直ちに休職を命ずることよりも、休職することのできる期間がより長くなり、原告にとって有利であることから、原告に有給休暇の取得及び欠勤の意向があるかどうかを本件面談において尋ねたところ、原告が自らの意思で有給休暇を取得した上で、本件休業期間を私傷病により欠勤したのであり、被告が原告に対して本件面談 において休業を命じたことはない。また、本件裁量労働制は、労働者が定時の勤務や所定労働時間の勤務をすることができる健康状態において労務を提供するということを前提と して、当該労働者に業務遂行や時間配分についての裁量を認めるものであるから、定時の勤務も所定労働時間の勤務もすることができない状態における労務の提供が債務の本旨に従ったものとはいうことができないし、使用者の安全配慮義務の観点からも、使用者がこれを受け取ることはできない。さらに、原告は、配置転換、職種変更等の異動に応ずるべき義務を負っているところ、本件内示を受けたのであるから、営業職に従事する可能性もあったのであり、この点からしても、定時に出社をすることができない状態であった原告は、債務の本旨に従った労務を提供することができない状態にあった。しかも、原告は、 同日の当時、被告の編集職としての通常の業務も行っておらず、その労働時間が被告の所定労働時間よりはるかに短かった上、有給休暇の取得中ないし欠勤中に被告に対して復職を申し出ていないのであるし、本件休業期間の終了まで休養しても、被告に就労することができる状態とはならなかった。
したがって、本件休業期間中における休業は、欠勤に当たるものであるから、原告が被告に対して本件休業期間中に係る賃金支払請求権を有するものではないし、また、本件休職命令は、本件就業規則の定める要件を満たすものであり、違法なものではない。

(イ) また、原告は、本件休職事由1の定めについて、従業員がその時において就労することができないことを要件とするものであるところ、原告が本件休職命令の時において就労することができない状態にはなかった旨を主張する。しかし、本件休職事由1の定めは、従業員がその債務の本旨に従った労務を提供することができないことを要件としていないし、また、原告は、平成25年11月1日の時において、昼夜が完全に逆転し、ネットサーフィンもおっくうな状態であったのであり、上記(ア)のとおり、本件休業期間の終了まで休養しても被告に就労することができる状態とはならなかったのであって、労務の提供が可能な状態にはなかった。
したがって、本件休職命令は、本件就業規則の定める要件を満たすものであり、違法なものではない。

イ 原告の主張

(ア) 被告は、平成25年7月11日の時において、原告が本件休職事由2の要件を満たす状態にはなかったにもかかわらず、本件休職事由2に基づく休職命令が可能であると判断した上で、本件面談において、直ちに休職をするか、有給休暇を取得した後で欠勤期間を経て休職をするかの選択をさせた。これは、被告の都合によって原告の労務提供を拒否するものであり、法的には、被告の原告に対する事実上の業務命令として、休業命令に当たる本件休職事由1及び給与規程にいう欠勤は、労働者が任意に行うべきものであるところ、同年9月20日から同年11月5日までの間の休業は、当該休業命令に基づくものであり、原告が任意に行ったものではないから、欠勤には当たらず、本件休職命令は、その要件を欠く。
すなわち、休職が解雇の猶予の性質を有すること、休職の対象となった労働者が賃金を受給することができないなどの重大な不利益を受けることから、休職事由の有無の判断は、厳格に行われる必要がある。したがって、本件休職事由2にいう完全な労務提供ができないかどうかは、労働者が労働契約の債務の本旨に従った労務の提供をせず、これにより具体的な業務に支障が生じているかどうかで判断すべきである。そして、上記の休職事由の該当性の判断は、原則として、休職前の職務を対象とすべきであるところ、原告は、同年7月11日の時点では、編集第二本部に配属されており、営業部には配属されていないのであるから、仮定的な配置転換後の業務を対象として労務の提供の可否を判断すべきではない(なお、被告は、本件内示をするに際し、必要な説明や原告の体調に対する配慮を尽くさなかったものであり、仮に被告が本件内示を前提として上記の配置転換を行ったとしても、当該配置転換は、権利の濫用として、無効となる。)。原告は、編集職として、本件裁量労働制の適用を受け、定時出勤という概念が存在しなかったのであるから、その業務に具体的な支障を及ぼす可能性はなく、同日の時点において、編集職として、本件裁量労働制で定められた就労をすることが可能であった。また、原告は、同年4月ないし同年7月の時点においても、編集職として、4冊の書籍を出版させているし、同年6月上旬頃までは、同年7月5日に刊行された本の出版企画を担当し、同年6月中旬以降は、担当していた企画に投稿した作家に謝罪し、原稿を返却するなどし、さらに、新しい企画の検討、打合せや被告以外の他の出版社の動向の調査などを行っていた。上記の休業命令は、このような原告に対し、本件休職事由1に係る休職の要件を作出して休職に追い込み、当該要件を潜脱して本件休職事由1に基づく休職命令を発することを可能にしようとするものであり、また、原告の就労意思を不当に侵害し、原告を退職させる目的で休職制度を悪用するものであるから、被告の裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用する違法な人事権の行使に当たる。原告は、被告による当該休業命令を受け、被告に対し、休職には納得することができない旨を述べ、休職に応じない姿勢を示したが、被告は、原告に対し、直ちに休職をするか、欠勤後に休職をするかを選択するように繰り返し迫った。また、上記のとおり、被告が原告に対してした本件内示は、営業職としての職務の内容や組織の体制、更に原告の就労可能な職種が営業職しかない旨の説明を伴うものではなく、営業職への配置転換後の出勤時間に対する配慮も検討されていない点で、違法性を帯びるものであった。原告がこのように違法性を帯びた本件内示を承諾しなかったところ、被告は、原告に対し、休職を断ったら退職させるような圧力を黙示的にかけるとともに、復職した後は編集職として勤務させることを示唆したため、原告は、上記の休業命令に違反すれば被告から解雇されると考えた結果、休職することを余儀なくされた。
したがって、本件休業期間中における休業が欠勤に当たるものではないから、原告は、被告に対し、本件休業期間中に係る賃金支払請求権を有するものであるし、また、本件休職命令は、本件就業規則の定める要件を欠く違法なものである。

(イ) また、本件休職事由1は、その休職命令が発令される時点において、休職命令を受ける者がその私傷病によって債務の本旨に従った労務を提供することができないことを要件としているものである。そして、本件休職命令が平成25年11月1日に発令されているところ、原告は、上記(ア)のとおり、同年7月11日の時点で、被告に債務の本旨に従った労務を提供することができたが、同年11月1日の段階においても、当該労務を提供することが可能であった。したがって、本件休職命令は、本件就業規則の定める要件を欠く違法なものである。

⑵ 争点①-Ⓑ(原告の本件休業期間中における休業が欠勤に当たるとした場合に、それが業務外の傷病によるもの(本件休職事由1)であるかどうか)に関する当事者の主張

ア 原告の主張

本件休業期間中における原告の休業は、原告に発症していた精神的な障害が被告の行為によって悪化したことによるものであり、本件休職事由1に定める業務外の疾病によるものには当たらない
業務以外の心理的負荷によって発病し、治療を必要とする精神的な障害を有する労働者が、長期間にわたって通院を継続しているものの、他方で、当該精神的な障害に係る症状がなく、又は当該精神的な障害の状態が安定しており、当該労働者が通常の勤務を行っていた場合には、当該労働者の精神的な障害が悪化したことについての業務起因性は、治療を必要とする精神的な障害の悪化の場合ではなく、治癒後の新たな発病の場合として判断すべきである。原告の精神的な障害は、平成25年5月28日の時点において、その症状が固定し、寛解していた。しかるに、被告は、原告に対して本件内示を突然行い、原告が出社時間への配慮や被告の編集職内での指導可能性、話合いによる解決の可能性を提示したにもかかわらず、何らの配慮を行わなかった。また、上記⑴イのとおり、被告は、本件休職事由2の要件を満たさず、原告自身も休職には応じない姿勢を示していたにもかかわらず、直ちに休職をするか、欠勤後に休職をするかの選択をするように繰り返し迫り、被告を休業することを余儀なくさせた。これらの結果、原告の抑鬱症状は、増悪した。被告のこれらの行為は、事実上の退職勧奨であり、厚生労働省が策定した「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号。以下「認定基準」 という。)において心理的負荷の強度が「強」であると判断される具体例として掲げられている「退職の意思がないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職を求められた」 に当たる。さらに、原告が平成26年3月31日の時点において復職することができるだけの体調を回復し、復職を願い出ていたにもかかわらず、被告は、同年4月2日の面談において、退職を迫るなど精神的に圧迫を加えることで、原告の症状を再燃、増悪させた
したがって、原告の本件休業期間中における休業は、本件休職事由1に定める業務外の傷病によるものではないから、本件休職命令は、本件就業規則の定める要件を欠く違法なものである。

イ 被告の主張

本件休業期間中における原告の欠勤は、原告に発症していた精神的な障害によるものであり、本件休職事由1に定める業務外の疾病によるものである。
原告は、被告の行為によって寛解していた当該精神的な障害が増悪した旨を主張するが、上記⑴アのとおり、被告が原告に休業することを余儀なくさせたということはない。また、原告は、D副部長から平成26年4月2日の面接において退職を迫るような話をされたため一時的に体調不良となった旨を主張しているにもかかわらず、その本人尋問において、初めて、同年3月28日におけるC局長とのやり取りがあった旨を陳述しており、原告が強い心理的圧迫を受けたのであれば、その相手を間違えることは考え難いし、このC局長とのやり取りについても、同年6月3日であると主張していたのであって、原告の主張や陳述は、信用性に乏しい。
したがって、本件休職命令は、本件就業規則の定める要件を満たすものであり、違法なものではない。

⑶ 争点②(本件休職期間の終了の時において、原告が復職することができない場合(本件退職規定)にあったかどうか)に関する当事者の主張

ア 原告の主張

休職命令を受けた者の復職が認められるためには休職の原因となった傷病が治癒したことが必要であり、治癒があったというためには原則として従前の職務を通常の程度に行うことができる健康状態に回復することが必要であるが、当初は軽易な職務に就かせれば程なく従前の職務を通常どおりに行うことができると予測することができる場合には、復職を認めるのが相当である。そして、上記⑴イにおいて主張したところと同様に、この従前の職務は、原告に関しては、編集職を対象として判断されるべきである。
原告は、平成26年4月2日、E医師の作成に係る同年3月31日付けの復職診断書を被告に提出し、復職を申し出ているところ、同日の時点か、遅くとも本件休職期間が終了した同年6月5日の時点において、休職前に行っていた通常の業務を遂行することができる程度にまで、回復していた。原告は、同年3月31日の時点において、被告に復職するに足りる通勤可能性、継続就労及び作業達成可能性、適切な睡眠覚醒リズム、業務遂行に必要な注意力、集中力を回復しており、被告の編集職としての業務遂行能力を有していた。原告は、本件休職命令が発せられた後、一貫して、編集職に復帰することを強く希望しており、編集職は、定時の出社及び退社が必須ではなく、労働時間をある程度柔軟に調整することができるものであるから、仮に原告が復職の当初に被告の所定労働時間どおりに労働することが困難であったとしても、被告が原告の就業に配慮する措置を講じていれば、通常の勤務に程なく復帰することができた。
したがって、本件退職取扱いは、本件就業規則の定める要件(本件退職規定)を欠くものとして、違法なものである。

イ 被告の主張

本件休職期間の終了する時点において原告が復職することができたかどうかの判断は、上記⑴アにおいて主張したところと同様に、原告が定時の勤務や所定労働時間の勤務をすることができるかどうかによって判断すべきであるところ、原告は、本件休職期間の終了の時においても、これらができない状態であった。
被告は、本件休職期間中、原告の病状をより客観的に判断するため、原告に対し、被告の指定するF医師(以下単に「F医師」という。)の受診を命じたが、この際、本件休職期間の終了の頃に一度だけ受診するのではなく、2か月に一度受診することを命じた。被告は、その上で、本件退職取扱いに際し、F医師、被告が委託している産業医であるG医師(以下単に「G医師」という。)及びE医師の各意見を踏まえ、本件休職期間を延長したり、原告に被告の都合による合意退職の意向があるかどうかを確認するといった配慮をするなど、 適正な手続を踏んでいる。
したがって、本件退職取扱いは、本件就業規則の定める要件(本件退職規定)を満たすものであり、違法なものではない。

⑷ 争点③(時間外割増賃金が支払済みかどうか)に関する当事者の主張 (※筆者注 省略)

第3 争点に対する判断

1 争点①-Ⓐ(原告の本件休業期間中における休業が欠勤(本件休職事由1及び給与規程)に当たるかどうか等)について

⑴ 事実認定

括弧内において掲記する証拠又は弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。

ア 原告は、他の出版社における勤務経験を有することを前提として、本件労働契約を締結して被告に入社し、被告の編集二部長を任されるなどした。その後、原告は、平成21年7月3日までに精神的な障害を発症した(上記第2の2⑸の前提事実)が、その後も被告において勤務しており、平成24年9月1日に編集第二本部付に異動となった後も、本件裁量労働制の適用の下で、編集職として、書籍の出版、企画等の業務に従事していた。
イ 被告は、平成25年4月頃から、原告を編集職から配置転換することの検討を始めた。被告は、この検討に当たり、原告の担当書籍の赤字が続いており、何らかの手を打たなければならないこと、被告が少人数の会社であり、その部署数も限られているところ、雑誌の編集部や出版部に異動させることも考えられるものの、雑誌の編集部は誌面の内容を同僚と分担して協力しながら制作する部署であり、出版部は1か月当たり約20本の刊行スケジュールを同時並行によって管理することが求められ、かつ、原価管理等の専門的知識を必要とする部署であり、いずれも相当程度の負荷を原告に与える可能性が高いこと、被告の営業職(営業事務)が編集職や出版部とは異なり、ノルマを課されることもなく、原告の業務上の心理的負荷を軽減することができることを考慮し、配置転換先として営業職とすることを考えた。
ウ 原告とB常務が同年5月23日に面談を行ったが、当該面談において、原告は、B常務に対し、自らが編集者としての実績を残せず、赤字を続けていることを認識していることなどを述べ、また、書籍の企画の際に適正部数を営業と詰められればよい、企画書の段階で部数を想定することができれば内容や仕様の変更も可能ではないかなどといった営業に関連する発言をした。そこで、B常務は、原告に対し、そのような営業に関する仕事をやってみたらどうか、営業の経験があるかと尋ねたところ、原告は、B常務に対し、かつて被告以外の他の会社において原告が企画した本について営業に関連する仕事をしたことはあるが、正式に営業部に所属したことはない旨を述べた。B常務は、この面談におけるやり取りを受け、営業職への異動に関する原告の感触が悪くないとの印象を持った。
エ 原告とB常務が同月28日にも面談を行ったが、当該面談において、B常務は、原告に対し、原告が同日時点において担当していた進行中の企画を中止する旨を伝えるとともに、本件内示を行った。これを受け、原告は、B常務に対し、本件内示が突然のものであり、当惑すること、診断書の件が放置されていること、成績不振が配置換えの理由であれば、改善の機会を付与するプロセスや指導が欲しかったこと、原告を営業職にすることが適材適所と言われてもぴんとこないが、被告の業務命令であれば従うしかないこと、本件内示が編集職の間での異動ではなく、大きな配置転換であるため、得心するには至らないこと、被告の代表取締役であるH(その後の平成27年6月23日付けで代表取締役及び取締役を退任している。以下「H社長」という。)と話ができないことがずっとわだかまりとして深く残ってしまっていることを述べた。また、他方において、原告は、B常務に対し、広い意味において営業というものに興味があること、広告宣伝的な営業活動はやってみたいと思うこと、営業局や広告局で勉強させてもらいたいとも思うことも述べたが、あわせて、周囲の社員から信頼されていないと感じており、話も聞いてもらえない状態で配置転換されても、頑張ると言い切るのは難しいと思う旨も述べた。さらに、原告は、原告の精神的な障害の発症が被告ないしH社長に関連するとの認識を前提にして、原告の体調不良の原因となったわだかまりを除去するためにH社長と直接話をしたいが、H社長と直接話をした場合には激高してしまわないとも限らず、お互いが切れてしまうような話合いであればしない方がいいかもしれないこと等も述べた。
オ 原告は、同月30日、B常務に対し、本件内示が業務命令であることは理解するが、今のままの病状で営業職に異動すると体調不良によって出社が困難になること、H社長がこれまでのことを全て聞いて決断したことに対してこれまで責任を取ってきたのかを聞きたいことを告げた。
なお、被告の営業職には本件裁量労働制は適用されず、始業時刻である午前10時に出社しなければならない
カ 原告とB常務が同年6月5日に面談を行ったが、当該面談において、B常務は、原告に対し、原告とH社長の面談を行わないこと、原告が午前10時までに出社することができないことには配慮したいが、原告に編集職を続けさせることはできないこと、どの部署に配属となっても原告には頑張ってもらいたいと考えていること、被告の経営状況が今期も来期の見通しも厳しいので、赤字が想定されるものは刊行することができないこと等を伝えた。これを受け、原告は、B常務に対し、原告が精神的な障害を発症した原因を知ってほしいこと、当該原因が以前の異動にあること、どのような出版社でもあることであろうが、編集が営業に行くことには身構えてしまうこと、原告が営業部では信用されていないこと、H社長と話し合うことで解決したかったこと、午前中に出社することが困難であるという状況が改善されておらず、これが解決されてから異動するのが正しい順序だと思うことを述べた。
キ 原告は、同月8日、B常務に対し、電子メールによって、B常務から同年5月末頃に話を聞いて以来、精神的にもかなりまいっており、体調も悪くなっている旨を連絡した。
ク B常務及びD副部長とG医師が同年6月11日に面談を行ったが、当該面談において、G医師は、B常務らに対し、上記カの面談を含む原告に係る過去の面談の記録から原告が病気であると判断することができること、病気により通常の勤務が困難である以上は、当該病気を治すことが先決であり、治療に専念すべきであること、原告が病気によって判断能力を欠く状態にあり、会話が成立しないこと、実績を求められ、かつ、時間的に不規則な編集職とは異なり、決められた時間の中で業務を遂行し、かつ、プレッシャーのかからない営業職への異動が最善の配置転換であること、原告が病気によって通常の勤務をすることが困難であるというのであれば、専門医の診察を受けさせた方が良く、当該専門医の判断も原告が病気であるということであれば、原告に休職させて病気を治させてから復職させるという対応を採るべきであり、原告が病気でないということであれば、営業職への配置転換を速やかに行ってよいことを述べた上で、専門医としてF医師を紹介した。
ケ 原告とB常務及びC局長が同月12日に面談を行ったが、当該面談において、原告は、B常務らに対し、体調が悪く、不眠が続いており、睡眠時間が3時間であること、昼食を取ることができない状態であること、被告の企画会議に前の晩から寝ないで出席していることを述べた。これを受け、B常務らは、原告に対し、F医師の診察を受けることを求めた。
コ 原告は、同月13日にE医師の診察を受け、当該診察において、E医師に対し、体調がよくないこと、精神、行動が重い状態であること、胸部の不安感があることを述べた。
サ 原告は、同月14日にF医師の診察を受け、当該診察において、F医師に対し、異動の話が出て以来、動悸が悪化し、仕事が手に付かない状況にあること、午前中に出社するように言われても無理であること、締切りが迫った原稿に手が付けられないままであること、平日に出社しているときは動悸が激しいことを述べた。F医師は、同日付けで作成した診断書において、原告が抑鬱状態であること、原告に体調不良、動悸、意欲低下、不眠等の症状が認められること、原告の就業時間を固定し、その業務を営業職に変更することにより、原告の上記の症状が悪化することが予想されるため、好ましくないと思われること等の見解を示した。原告は、B常務に対し、同月17日頃、当該診断書を提出した。
シ 原告は、同月20日にE医師の診察を受け、当該診察において、E医師に対し、被告に出社をしているが、身体が重くてぎりぎりの状態である旨を述べた。
ス G医師は、同年7月1日にF医師から原告の病状に関する見解を聴取した上で、同月3日に原告と面談をした。当該面談において、原告は、G医師に対し、原告の体調が以前はそれほど悪くなかったものの、ここ1か月は悪いこと、編集の仕事を行うことができること、現在、ほとんど眠れておらず、朝まで眠れないこともあり、上司との会話がかみ合わないこと、自分のことはどうでもよく、自殺して見せしめとしたいと考えたことを述べた。これを受け、G医師は、原告に対し、この1か月の生活状況からすると、営業職としての通常の勤務をするのであれば、治療をしなければならないこと、原告について、いらいらしているが、元気がないという印象を受けること、睡眠不足では判断能力がなくなるので、治療を受けるべきであり、自分を大切にして睡眠を取る努力をすべきであることを伝えた。また、G医師から、通常の勤務をすることができないと言っているが、もっと早い時間であれば就業可能であるのかを尋ねたところ、原告は、寝ないで被告に出社すれば大丈夫であることを述べ、さらに、G医師が毎日出社することができるのかを尋ねたところ、原告は、これには答えなかった。
同日、上記の面談の後、G医師は、B常務、C局長及びD副部長と面談をした。当該面談において、G医師は、B常務らに対し、原告との上記の面談におけるやり取りの内容について説明した上で、睡眠も取ることができていないなどの原告のここ1か月の生活状況からすると、原告が通常の定時での勤務には耐えられないと考えられること、原告に対して実施した睡眠、食事、生活、仕事意欲及びコミュニケーションの各項目別に分類されたアンケートの結果において、原告が復職することができる者の点数ラインに達していないこと等を説明した。
セ 原告は、同月8日、B常務に対し、電子メールにより、本件内示に係る営業職への異動につき、原告がこれを断ったらどうなるのかを尋ね、あわせて、原告から提案したいことがあるが、これを聴く意思があるかどうかを尋ねた。これに対し、B常務は、同月9日、電子メールにより、当該異動を断った場合の対応については協議中である旨を回答するとともに、当該提案の内容を尋ねた。しかし、原告は、B常務に対し、当該提案をすることはやめておく旨を回答した。
ソ G医師は、同月10日、被告に対し、上記スの面談時の診察に基づいて作成した同月4日付けの意見書を交付した。当該意見書においては、原告が睡眠をほとんど取ることができておらず、その判断能力が低下した状態であること、原告が勤務することのできる状態ではないため、休職に値することの見解が示されている。
タ H社長、B常務、C局長及びD副部長は、同月11日、打合せを行い、原告が通常の勤務をすることができる状態にはないので、原告を休職させ、直ちに休職をするか、又は有給休暇を取得し、引き続いて欠勤をした後に休職するかのいずれかを原告に選択させることを決めた。
チ 同日頃における原告の被告における勤務の状況に関し、その頃の原告は、不眠症を患っており、午前4時ないし午前5時になっても眠くならないことがあり、同月1日には、予定されていた編集プロダクションとの面談を体調不良を理由にキャンセルしたことがあった。
ツ 原告とB常務、C局長及びD副部長は、同月16日に本件面談を行ったが、本件面談において、B常務は、原告に対し、上記サのF医師の作成に係る診断書及び上記ソのG医師の作成に係る意見書を基にして検討し、原告が被告において勤務することができない状態にあるとの判断に至ったため、休職して精神的な障害が完全に治るまで治療に専念してもらいたい旨を告げた上で、通常であれば直ちに翌日から当該休職となる取扱いになるものの、原告については有給休暇が39日残っているので、原告が希望するのであれば、まずは当該有給休暇を消化し、その後、被告を30日間欠勤して、本件休職事由1に当たるものとして6か月間休職するという方法もあるがどうするかと尋ねた。また、C局長は、原告に対し、B常務が尋ねた上記の方策が原告の治療期間を長くするという被告としての配慮である旨を伝えた。これを受け、原告がB常務らに対してすぐには回答することができない旨を述べたため、B常務が翌日の15時までに回答を聞かせてもらいたい旨を伝えたが、原告は、面談に来ることはよいが、答えが出ているかどうかは分からない旨を述べた。
テ 原告とB常務及びC局長が同月17日に面談を行ったが、当該面談において、原告は、B常務らに対し、上記ツの回答に係る結論を出すことができない旨を述べた上で、本件内示を断った場合にどうなるのかを尋ねた。これに対し、C局長は、原告が復職をするときに辞令を出すが、今回は本件内示をしていないのと同じ結果となる旨を回答した。そこで、原告が仮に復職時にされる内示を断った場合にはどうなるのかを尋ねたところ、C局長は、仮定の質問に対しては答えることができない旨を回答した。そして、B常務らは、原告に対し、上記の回答に係る結論を同月19日まで待つ旨を述べた。
ト 原告とB常務、C局長及びD副部長が同月19日に面談を行ったが、当該面談において、原告は、B常務らに対し、休職には納得がいかないために拒否したいが、被告としての命令であれば従わざるを得ないことを述べるとともに、有給休暇を使用する場合の復職時の手続について尋ねた。そこで、C局長は、原告に対し、有給休暇を取得し、引き続いて30日間欠勤し、休職という流れになるが、原告から主治医であるE医師の診断書を提出してもらい、F医師に診察してもらってから、判断することになる旨を伝えた。当該面談の後、原告は、被告に対し、有給休暇の取得に係る届出書を提出し、同月22日から有給休暇を取得したが、本件休職命令を受けるまでの間に、原告が被告に対して復職を申し入れることはなかった。
ナ 被告の編集職においても、サイン会、出張、打合せ、会議等の都合により、午前中から対応しなければならない場合があったが、原告は、同年6月11日以降の出勤日は、ほぼ全日、午後から出社していた。この間、原告は、同月上旬頃までは、同年7月5日に刊行される予定の原告が担当する書籍の入稿等の関係の業務をしており、同年6月中旬以降は、主として、原告が担当していた企画が中止とされたことを受けて当該企画に関係していた作家や編集プロダクションに謝罪に行ったり、営業職への異動がなくなった場合を想定して新たな企画を考えるなどの業務をしていて、編集職の重要な業務である作家等への正式な執筆依頼等は行っていなかった。

⑵ 法的評価

上記第2の2の前提事実及び上記⑴において認定した各事実に基づき、原告の本件休業期間中における休業が本件休職事由1及び給与規程に定める欠勤に当たるかどうかについて、検討する。

上記⑴キ、ケからスまで、ソ、チ及びナにおいて認定した事実のとおり、原告は、平成25年7月11日頃には、精神的な障害によって睡眠を取ることができないためにその判断能力が低下した状態にあり、午前中に出社をすることが困難であって、実際にも午後から出社をするという常況にあったものであり、自らの体調不良を理由として相手先との面談をキャンセルしたり、B常務や医師らに対して不眠や体調不良を繰り返し訴えていて、G医師からは、同月4日の時において、休職相当の状態にあるとの診断を受けていたものである。このような状況に照らせば、原告は、同月11日の時において、自らの心身を適切に管理して行動することが困難な状態にあり、営業職としてはもとより、編集職としても、本件労働契約において原告に履行することが求められていた債務の本旨に従った労務の提供(上記第2の2⑵及び⑷の前提事実並びに上記⑴アの認定事実のとおり、原告は、前職の経験を前提として期間の定めのない労働契約である本件労働契約を締結し、一時は被告の部長職を任され、更には月額39万円の賃金を得ていたことに鑑みると、いわゆる管理職に比肩すべき相応の能力の発揮を期待されていたものと解すべきである。)に重大な支障を来す状態にあって、休職を命ずることが相当である状態にあったものというべきである。そして、上記⑴ツからトまでにおいて認定した事実によれば、被告は、本件面談及びその後の面談において、直ちに休職するかどうかの判断を原告に委ね、原告にそのための時間を与えたものということができるし、上記第2の2⑻の前提事実及び上記⑴トの認定事実のとおり、原告は、同月22日から同年9月19日までの間、有給休暇を取得した上で、同月20日からは出社せず、本件休職命令を受けるまでの間も、復職の申入れをすることがなかったのである(原告は、その本人尋問において、被告から有給休暇の取得、欠勤、休職までが一連の流れであると聞いており、休職した後でないと復職願も出せないものと思っていた旨を陳述しているが、証拠(甲18及び乙8)によれば、同年9月4日にE医師の診察を受けた際には、原告がE医師に対して有給休暇が切れる前には被告に復職したい旨を述べていたことが認められることに照らすと、原告の当該陳述を採用することはできない。)。このような経緯によれば、原告は、休職をすること自体についての不満を有していたとしても、その精神的な障害の状況等に鑑み、被告からの説得に応じて、自らの意思により、有給休暇を取得し、続けて本件休業期間中に欠勤をしたものと認めるのが相当である。
なお、この認定に関し、㋐D副部長は、その証人尋問において、原告の同年7月11日の当時の執務に関して苦情の申入れなどがされていなかった旨を陳述しており、㋑F医師は、 上記⑴サにおいて認定した診断書において、原告が本件裁量労働制の下で編集職を継続することが可能であると判断される旨の見解を示しており、㋒E医師も、原告が同年6月13日から同年7月24日までの間に編集職として与えられた職務を平均能力程度にこなしていく体調を有していたといえるかどうか、所定労働時間である1日当たり7時間を就労することができる体調を有していたといえるかどうか、出社時間に配慮をすればどうかとの平成28年8月26日付けの原告訴訟代理人からの質問に対し、原告には体調不良があったものの、編集職をこなすことができたと思われるし、出社時刻や職務の内容等に配慮をすれば、1日当たり7時間の労働が可能であったと思われる旨を同年9月6日付けで回答しており(甲35の1及び35の2)、㋓原告の知人であるI(以下「I氏」という。)は、その陳述書において、平成25年6月以降において、原告から鬱病に罹患して就労することができないような雰囲気を全く感じなかった旨を陳述している(甲28)。もっとも、上記⑴ナにおいて認定した原告の遂行していた業務の内容等(本件においては、原告が現に出勤した日におけるその実労働時間について正確に認定するに足りる的確な証拠に乏しいものの、原告の主張を前提としても、別紙「実労働時間計算表」の各「1勤務の総労働時間」欄記載のとおり、同月11日以降の労働時間が本件裁量労働制において労働したものとみなされる 時間である9時間よりも短い日が大半を占め、かつ、被告における所定労働時間である7時間よりも短い日が散見される。)に照らすと、上記㋐のD副部長の陳述する内容をもって、上記の認定が左右されるものではない。また、当該業務の内容等に加え、F医師において原告を診察したのが同月14日が初めてであったこと(乙5)からすれば、上記㋑のF医師の見解によって、直ちに上記の認定を覆すには足りない。さらに、E医師の上記㋒の回答においても、断言はできない旨の留保が付されている(甲35の2)のであるし、E医師が同年10月9日付けで原告の傷病手当金請求書中に原告の労務不能と認めた期間として同年7月16日から同年9月30日までと記載していること(乙30の1)をも併せて考えると、当該回答が上記の認定に影響を及ぼすものではない。加えて、上記㋓のI氏の陳述は、その内容自体が抽象的で、I氏の主観を述べるにすぎないものといわざるを得ないから、直ちに採用することができるものではない。

⑶ 原告は、上記第2の3⑴イ(ア)のとおり、ⓐ本件面談において被告がした直ちに休職をするか、又は欠勤をするかのいずれかを選択するようにとの求めについて、これを断ったら退職させるような圧力を被告が黙示的にかけるとともに、復職をした後は原告を編集職として勤務させることを示唆したため、この求めに違反すると業務命令違反を理由に解雇されると考えたことから、不本意ながら従わざるを得なかったのであり、事実上の休業命令であって、その裁量の範囲を逸脱し、濫用する違法な人事権の行使に当たること、ⓑ本件内示について、営業職としての職務の内容、組織の体制についての説明や就労可能なものが営業職しかない旨の説明を伴うものではなく、営業職への配置転換後の出勤時間に対する配慮も検討されていないものであるから、違法性を帯びるものであることを主張している。
しかしながら、上記⑵において説示したとおり、原告は、当該求めの時において、休職を命ずることが相当であるということができる状態にあって、被告からの説得に応じて、自らの意思により、有給休暇を取得し、続けて本件休業期間中に欠勤をしたものと認めることができるのであり、また、本件全証拠を精査しても、当該求めに関して、被告の裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものと評すべき事情を見いだすことはできない。また、D副部長は、その証人尋問において、原告が復職した後の業務、仕事の内容、勤務時間の配慮等も、医師からのアドバイス等があれば、考えるつもりではあった旨を陳述しているのであり、その信用性について疑いを抱かせる事情をうかがうことはできないから、原告の上記のとおり主張する事情をもって、本件内示が直ちに違法性を帯びるというものでもない。
したがって、原告の上記ⓐ及びⓑの主張は、いずれも採用することができない。

⑷ また、原告は、上記第2の3⑴イ(イ)のとおり、本件休職事由1について、従業員がその時において就労することができないことを要件とするものであるところ、原告が本件休職命令の時において就労することができない状態にはなかった旨を主張している。
確かに、証拠(甲14、18、19、21及び乙8)によれば、E医師は、平成25年9月4日に原告を診察した際、原告が明るくなり、顔の硬さが取れたとの印象を持ち、さらに、原告から、同月30日に診察をした際には睡眠がおおむね良好である旨を、同年10月28日に診察をした際には食欲や熟睡感がある旨を聴取したため、同日から原告に対する投薬量を減らしていて、同年11月13日にE医師の診察を受けた際には、原告が動悸は特にない旨を述べたことを認めることができるし、F医師が同年10月4日に原告に対して行った鬱病等の検査であるCES-D検査においては、原告の点数が13点であったこと(16点以上が 抑鬱ありと判定される。)も認めることができる。さらに、証拠(甲18、20及び25)及び 弁論の全趣旨によれば、原告が同年9月6日から同月12日までの間、タイ王国(バンコク) に旅行に行ったことも認めることができる。
しかしながら、他方において、証拠(甲14及び18)によれば、原告は、E医師に対し、同月30日に診察を受けた際には、不安感がなお有ることを、同年10月28日に診察を受けた際には、昼夜が逆転しており、午前6時に寝て午後6時に起きていることや臆病感があることを、同年11月13日に診察を受けた際には、午前7時に寝て午後7時に覚醒していることやネットサーフィンもおっくうであることを述べたことが認められる。これらの事実を勘案すれば、本件休職命令がされた同月1日の時においては、上記⑵において認定した同年7月11日の時における状況が安定的に改善していたものと解することはできず、原告は、睡眠を始めとして、自らの心身を適切に管理して行動することがなお困難な状態にあったものといわざるを得ない。結局のところ、上記⑴において認定した同日における原告の精神的な障害の状況が本件休職命令の時において有意に改善したことを認めるに足りる証拠はないというべきである。
なお、原告は、本件休職命令のされた時における原告の就労可能性に関しても、本件内示の違法性の影響を指摘しているが、本件内示が違法性を帯びたものであると解し難いことは、上記⑶において説示したとおりである。
したがって、原告の上記の主張も、採用することができない。

⑸ 以上によれば、原告の本件休業期間中における休業は、本件休職事由1及び給与規程に定める欠勤に当たるから、本件休業期間中に係る賃金支払請求権を原告が有するものではない(上記第2の2⑻のなお書きの前提事実)し(したがって、原告の請求のうち、本件休業期間の賃金に係る請求は、理由がないということになる。)、また、本件休職命令がこの点等において本件就業規則の定める要件を欠く違法なものでもないというべきである。

2 争点①-Ⓑ(原告の本件休業期間中における休業が欠勤に当たるとした場合に、それが業務外の傷病によるもの(本件休職事由1)であるかどうか)について

上記1の争点①-Ⓐに対する判断において説示したとおり、原告が本件休業期間中に欠勤したものというべきところ、本件休職命令の根拠である本件休職事由1の適用があるためには、当該欠勤が業務外の疾病によるものであることが必要とされている(上記第2の2⑼ア(ア)の前提事実)。原告は、この業務外の疾病によるものではないことの具体的な主張として、上記第2の3⑵アのとおり、平成26年3月31日の時において原告が復職することのできるだけの体調を回復していたにもかかわらず、被告が同年4月2日の面談において退職を迫るなど、認定基準にいう「強」に当たる心理的負荷を与え、原告に精神的に圧迫を加えることで、原告の症状を再燃させ、増悪させた旨を主張している。
しかしながら、本件全証拠を精査しても、被告が原告に対して客観的に見て認定基準にいう心理的負荷の強度が「強」に該当するような退職勧奨等を行ったことを認めるに足りる的確な証拠はないし、かえって、証拠(乙33、37の1及び37の2)によれば、当該面談においては、被告が原告に対して原告が主張するような退職勧奨を行っていないことを認めることができる。この点に関し、原告は、その陳述書(甲31)及び本人尋問において、同年3月28日の面談においてC局長が原告に対して「もう無理でしょ。やっていけないでしょ。」と話した旨を陳述しているが、証拠(甲36の1及び36の2)によれば、C局長が当該面談において原告に対してした発言は、「指示に従う気がないんだったらそれはもう無理ですよ」、「無理じゃないですかそれは」、「会社の決まり事なので決まり事に、あの、従えないということであれば」、「それはもう無理だって話ですよ」というものであったものと認めることができるのであって、C局長の当該発言が認定基準において心理的負荷の強度が「強」に当たる具体例とされる退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職を求め」たことに該当し、又はこれに匹敵する程度のものであるとは、解することができない。加えて、証拠(甲36の1、36の2、乙10及び11)及び弁論の全趣旨によれば、C局長の当該発言は、原告が自己の携帯電話を壊れたままにして修理をしなかったため、被告において原告に連絡を取ることができなかったことについて述べられたものであること、当該面談に先立ち、被告が原告に対して同年2月5日付けの厳重注意通知書によって被告からの連絡に応答しなかったことについて注意をし、これを受けて、原告が被告からの連絡には速やかに応答する旨を記載した同月12日付けの誓約書を作成し、被告に提出していたことを認めることができるから、C局長の当該発言には、業務上の必要性があったことも是認することができる。
以上のとおり、原告の本件休業期間中における欠勤が業務外の傷病によるものであるとの点に係る原告の上記の具体的な主張を採用することはできず、原告が遅くとも平成21年7月3日までに精神的な障害を発症しており(上記第2の2⑸の前提事実)、他に当該欠勤が業務外の疾病によるものではないことを認めるに足りる証拠もないから、むしろ、当該欠勤は、業務外の疾病によるものと認めるのが相当である。
そうすると、本件休職命令は、本件就業規則の定める要件を欠く違法なものではないというべきである。したがって、原告の請求のうち、本件休職期間の賃金に係る請求は、理由がないということになる。

3 争点②(本件休職期間の終了の時において、原告が復職することができない場合(本件退職規定)にあったかどうか)について

⑴ 上記第2の2⑼エ及びカの前提事実として認定したとおり、本件就業規則においては、本件休職事由1によって休職中の従業員が復職を申し出た場合には、休職事由が消滅し、当該従業員が休職前に行っていた通常の業務を遂行することができる程度に回復したと判断したときに、復職を命ずることとされる(本件就業規則第36条第1項本文)とともに、本件休職事由1に基づく休職期間が終了し、当該従業員が復職することができない場合には、当該休職期間が終了した日をもって退職とするとされている(本件退職規定)。

⑵ そこで、本件休職期間の終了の時において、原告が上記の本件退職規定に定める復職することができない場合にあったかどうかについて、検討する。

ア 確かに、証拠(甲35の1、35の2及び乙15)によれば、E医師は、その作成に係る平成26年3月31日付けの復職診断書において、原告の生活リズムの状況がおおむね整っていること、原告の働く意識、意欲の度合いにつき持ち得ていること、対人折衝力及び協調性につき持ち得ていること、被告における通常の勤務(午前10時から午後6時まで)につき可能であること、復職の可否につき可能ないし条件付きで可能である(元の部である編集部が望ましい。)こととの見解を示していて、上記1⑵なお書きの㋒の原告訴訟代理人に対する平成28年9月6日付けの回答においても、本件休職期間において職場復帰が可能と判断することのできる時期はあったかどうか及び当該時期があったとした場合にそれがいつ頃であったかとの質問に対し、当該時期が上記の復職診断書を作成した平成26年3月31日であった旨を回答していることを認めることができる。

イ しかしながら、他方において、括弧内において掲記する証拠又は弁論の全趣旨によれ ば、次の各事実を認めることができる。

(ア) 原告は、平成26年4月1日にF医師の診察を受けたが、当該診察に際し、体調には何の問題もなく、気持ちとしては被告に復帰することができそうであること、この半年間は、鬱のような気分がないこと等を述べた。F医師は、原告に対し、「生活・睡眠表」と題する書面を交付した上で、被告において勤務しているときと同じリズムで生活をするようにすること、何時から何時まで寝ているか、何時から何時まで外出しているかといった事柄を当該書面に日々記録するようにすることを指示し、当該書面の記録をもって原告が復職することができるかどうかの判断の材料にする旨を説明した。
原告は、同月4日から同月9日までの生活に関し、睡眠の時間帯や合計時間、外出の時間帯や合計時間等を当該書面に記載した(以下この記載がされた後の当該書面(乙第 19号証は、その写しである。)を「本件生活・睡眠表」という。)。本件生活・睡眠表には、同月4日午前11時頃から翌5日午後10時頃まで続けて外出し、その後帰宅して同月6日午前2時頃に就寝し、同日午前11時頃に起床したこと、同月7日午前1時頃に就寝し、同日午前9時頃に起床したこと、同月8日午前2時頃に就寝し、同日午前11時頃に起床した後、同日午後3時頃から翌9日午後5時頃まで続けて外出していたこと、同月4日から同月9日までの6日間のうち同月5日及び同月9日については睡眠を全く取っていないことが記載されている。
原告は、同月10日にF医師の診察を受けたが、当該診察に際してF医師に本件生活・睡眠表を提出し、また、F医師に対して同月2日の被告との面談の後に体調を崩した旨を述べた。これを踏まえ、F医師は、原告が決められた時間に起きて、決められた時間に出掛け、定時に帰るという行動が全くできておらず、当該面談によって体調を崩すようでは仕事のストレスには耐えられないとの判断をした上で、同月10日付けの復職診断書を作成し、当該復職診断書において、原告の病状経過につき、同月1日までは抑鬱は軽減し、復職に向けての意欲も認められたが、同月2日の被告との面談の後に、体調不良、動悸、意欲低下が出現し、生活リズムが不規則であり、働く意識、意欲がささいなことで低下しやすく、対人交流によりストレスが増えていて、被告において通常の勤務(午前10時から午後6時まで)をすることや復職が不可能であるとの見解を示した。この診察において、F医師は、原告に対し、面談で体調を崩すぐらいでは仕事は無理ではないかとの説明をした上で、原告の面前において当該復職診断書を作成した。原告は、渋々ながらも、F医師の当該説明及び上記診断書の作成について納得していた

(イ) B常務及びD副部長とE医師が同月30日に面談を行ったが、当該面談において、E医師がB常務らに対して原告に生活状況の記録をさせることはしていない旨を述べたことから、B常務らがE医師に本件生活・睡眠表を見せたところ、E医師は、本件生活・睡眠表を見た上で、B常務らに対し、原告から生活リズムがおおむね整っていると聞いていたが、本件生活・睡眠表を見ると、原告には被告における通常の勤務はできないと思われること、 被告が出版社であるとはいえ、被告の従業員が被告に午前10時くらいに出社すべきことは常識であると思われることを述べた。

(ウ) E医師は、上記1⑵なお書きの㋒の原告訴訟代理人に対する平成28年9月6日付けの回答において、本件生活・睡眠表の内容も考慮に入れた場合に原告が平成26年4月頃に被告の編集職又は営業職の従業員として与えられた職務を平均能力程度にこなしていく体調を有していたということができるかどうか、被告の所定労働時間である7時間の就労をすることができる体調を有していたということができるかどうか、出社時間の配慮を行った場合はどうかとの質問に対して、与えられた職務をこなす体調は有していなかったと思われること、出社時間や復職先の配置等に配慮があれば7時間の就労が可能であったかもしれないことを回答し、さらに、同年5月14日から同年6月11日頃までの間についての上記と同旨の質問に対して、編集職を前提にしても、被告の従業員として与えられた職務を平均的にこなす体調や7時間の就労に耐え得る体調を有していなかったと思われること、この時期には被告との間の信頼関係が損なわれており、何かしらの配慮があったとしても出社に至らなかったものと推察されることを回答した。
(エ) 被告は、本件休職期間を同年6月5日までに延長した(上記第2の2⑾の前提事実)後、原告に対してG医師と同年5月14日に面談するように指示したが、原告が同日の当該面談をしなかったため、原告に対して面談を再度指示し、原告とG医師が同月28日に面談を行った。しかし、その面談において原告がG医師からの質問に答えることを拒否したことから、G医師は、同日付けの職場復職に関する意見書を作成し、当該意見書において、原告が通常の勤務をすることができるかどうかの診断のための質問について回答を拒否したこと、そのために当該診断をすることができないこと、現状から判断すると、通常の勤務が可能であることが復職の条件であることから、被告に復職することは難しいと思われることとの見解を示した上で、復職の可否が不可能であるとの判断を示した。(甲 10、31、乙22及び23)
ウ 上記イにおいて認定した事実をも併せて考えると、上記アにおいて認定したE医師の作成に係る復職診断書や原告訴訟代理人に対する回答によっても、営業職としてはもとよりとして、編集職としても、本件休職期間の終了時までに本件労働契約の債務の本旨に従った労務を提供することができる程度にまで原告の精神的な障害が回復したものということはできない

⑶ なお、上記第2の3⑶アのとおり、原告は、仮に原告が復職の当初に被告の所定労働時間どおりに労働することが困難であったとしても、被告が原告の復職後の就業に配慮する措置を講じていれば、通常の勤務に程なく復帰することができた旨を主張しているが、本件全証拠を精査しても、その裏付けとなるべき的確な証拠はない。かえって、証拠(甲18及び19)によれば、原告は、E医師に対し、平成26年4月5日の診察においては、動悸があること、企図振戦があること、睡眠障害があること、同月以降は、午前6時頃に寝て午後0時頃に起きるという生活リズムであること、焦燥感、動悸が増えていることを、同月16日の診察においては、動悸がなお有ることを、同年5月14日の診察においては、動きにくいこと、動悸が減っているが、日々の暮らしが不規則であることを、同年6月11日の診察においては、夕方に寝てしまい、午前8時から午前9時に起きるという生活リズムであることを、同年7月2日の診察においては、前週は部屋にこもりきりであったこと、動悸は減少の方向であるが、朝寝て夕方に起きるという生活であることをそれぞれ述べ、さらに、F医師に対しても、同年4月1日の診察においては、体調に何の問題もなく、気持ちとしては復帰することができそうであり、この半年間は鬱のような気分はないものの、生活リズムは少し昼夜逆転しているところがあったことを、同月10日の診察においては、生活のリズムが悪いこと、同月2日に被告において面接があったが、その際に動悸が現れたこと、E医師には復職が可能である旨の診断書を書いてもらったが、その後に調子を崩したことをそれぞれ述べていたことを認めることができる。これらの認定事実に上記⑵イにおいて認定した事実をも併せて考えれば、原告は、本件休職期間中、ときに体調の良いときが有りつつも、全体としては、平成25年7月11日の当時の状態から回復をしていなかったものであり、むしろ、原告の精神的な障害は、本件休職期間中に悪化したことすらうかがわれるものといわざるを得ない。
したがって、原告の上記の主張は、採用することができない。

⑷ 以上によれば、本件休職期間の終了の時において、原告が本件退職規定に定める復職することができない場合にあったものと認めることができる。
そうすると、本件退職取扱いが本件就業規則の定める要件を欠く違法なものとなるものではないから、本件休職期間の終了した日である平成26年6月5日(上記第2の2⑾の前提事実)をもって原告が被告を退職したことになり、本件雇用契約は、同日をもって終了したものというべきである。したがって、原告の請求のうち、原告が本件労働契約上の権利を有する地位に在ることの確認及び同日より後の期間の賃金に係る請求は、いずれも理由がないということになる。

4 最後に、争点③(時間外割増賃金が支払済みかどうか)について、判断する(省略)。

第4 結論

以上によれば、原告の請求は、上記第3の4において説示した限度(割増賃金額51万0452円及び確定遅延損害金額2万6515円の合計53万6967円並びに当該割増賃金額に対する予備的請求に係る退職の日の翌日以降に生ずる遅延損害金(平成26年6月6日から支払済みまでに生ずる年14.6%の割合による金員)を求める限度)において理由があり、その余の部分は理由がない。よって、原告の請求を当該限度において認容するとともに、その余の部分を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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