セントラルスポーツ事件

セントラルスポーツ事件(京都地方裁判所平成24年4月17日判決)

管理監督者性が肯定された例

1 事案の概要

被告は,スポーツクラブの運営等を業とする株式会社である。
原告は,被告に従業員として採用され,昭和56年10月16日から被告での勤務を開始した。原告は,平成7年10月1日から「マネージャー」に,さらに平成15年10月16日から「エリアディレクター」に昇格したが,平成21年10月1日,第Dエリアに属するセントラルフィットネスEの副店長に降格となった後,平成22年3月15日,被告を退職した。
本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,時間外手当等の支払いを求める事案である。

2 判例のポイント

2.1 結論

原告の管理監督者性が肯定されたが,深夜労働に対する割増賃金請求が認容された。また,年俸制の賞与減額を無効とし,差額の支払いが命じられた。

2.2 理由

① 勤務内容・責任・権限

被告では,社長,副社長,取締役である営業本部長の下に営業部長がおり,その下に各エリアのエリアディレクター,各店舗にマネージャー(店長)がいるという構成になっていた。原告は,エリアディレクターとして計6スポーツクラブ(平成21年4月からは計5スポーツクラブ)の約40名(アルバイト142名を加えると約180名)の従業員を統括する地位にあった。
エリアディレクターは,自らが統括するエリアにおいて労務に従事する従業員の勤務状況を把握し,労働時間を管理する責任を負っており,従業員の遅刻,早退,欠勤については,エリアディレクターが承認し,勤務状況,勤務態度に問題があれば改善するように指導することが求められていた。エリアディレクターには,システムに入力された従業員の出退勤時刻を承認・修正する権限が与えられていた。総合職群等の新卒採用については,エリアディレクターには一切の権限はないが,インストラクター,レセプション及びその他の一般職員の第2次考課権限を有し,店長及びチーフインストラクターの第1次考課権限を有している。
エリアディレクターは,営業戦略会議に参加することが義務付けられており,営業戦略会議においては,営業実績をもとに,今後の経営強化策,スポーツクラブへの入会戦略,全社重点項目といった重大な事項に関する確認,意見交換が行われており,エリアディレクターはかかる営業戦略会議での決定事項をもとに,各担当スポーツクラブの長に施策を徹底させていた。エリアを統括する上で重要な会議であるということができ,エリアディレクターは,一定程度の経営事項に関与していたといえる。

② 勤務態様

原告が遅刻,早退,欠勤によって賃金が控除されたことはなかった。
原告は出退勤の時間を拘束されていたものとは認められず,自己の裁量で自由に勤務していたものと認められる。

③ 賃金等の待遇

平成21年度(平成21年6月から平成22年5月)の基本年俸額は,640万0800円(月の基本給は53万3400円)であった。これは,会社全体でみると執行役員(774万4800円),部長(729万6000円),室長(729万6000円又は684万8400円),次長(684万8400円),エリアディレクター1(684万8400円)に次ぐ高い賃金である。これに加え,業績に連動して支払われる年俸業績給等が支給されており,実際の原告の年俸は平成19年6月から平成20年5月までの1年間が886万4256円,平成20年6月から平成21年5月までが795万4000円,平成21年6月から原告が降格される同年9月までは767万4000円であった。

3 判決情報

3.1 裁判官

裁判官:大島眞一

3.2 掲載誌

労働判例1058号69頁

4 主文

1 被告は,原告に対し,30万6442円及びうち29万6823円に対する平成22年3月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを30分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,1項に限り仮に執行することができる。

5 理由

第1 請求

1 被告は,原告に対し,1114万5605円及びうち1024万7534円に対する平成22年3月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,784万0396円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,①平成19年11月分から平成21年9月分までの時間外手当(法定内残業手当,法定外残業手当及び深夜手当)及びこれに対する遅延損害金,②平成21年4月1日から同年9月30日の勤務を対象期間とする平成21年12月10日支給の冬季賞与につき,原告が上記対象期間後の同年10月1日付で降格されたにもかかわらず,降格後の地位を基準とした冬季賞与が支給されたことから,降格前と降格後の賞与の差額及びこれに対する遅延損害金,③①のうち,本訴提起の段階で時効にかからない平成20年3月分以降の法定内残業分を除く未払時間外手当額の付加金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

1 争いのない事実等(争いがないか証拠により容易に認められる事実)

⑴ 被告は,スポーツクラブの運営等を業とする株式会社である。
被告における平成21年4月1日時点の組織は,別紙「セントラルスポーツ株式会社組織図」〈略-編注。以下,同じ〉のとおりであり,各スポーツクラブは25のエリアに分かれ,各エリアに4ないし8のスポーツクラブが所属していた。各エリアの長は「エリアディレクター」と,各スポーツクラブの長は「マネージャー」又は「店長」と呼ばれていた。
⑵ 原告は,被告に従業員として採用され,昭和56年10月16日から被告での勤務を開始した。原告は,平成7年10月1日から「マネージャー」に,さらに平成15年10月16日から「エリアディレクター」に昇格したが,平成21年10月1日,第Dエリアに属するセントラルフィットネスEの副店長に降格となった。
被告は,原告が副店長に降格されるまで,原告の時間外労働につき,原告に対して時間外手当を支払っていない。
また,平成21年12月冬季賞与は,平成21年4月1日から同年9月30日の勤務を対象として査定されるところ,原告の冬季賞与は,降格された副店長の地位に基づいて賞与が支給されたため,従前よりも24万0800円引き下げとなった。
⑶ 被告では,毎年4月1日を起算とする1年単位の変形労働時間制が採用されており,1日の所定労働時間は7時間50分とされている。また,変形労働時間制に基づき年間120日が休日とされ,年度ごとに公休日が設定されている。
被告においては,賃金は毎月25日払いにて支給されており,そのうち時間外手当は,前月1日から起算して前月末日締めで計算して支払われている。
⑷ 被告において,従業員の出退勤時間は,パソコン上に出退勤時刻を入力することによって勤務状況表に記録される。エリアディレクターは,従業員の労務管理のために,自己の労働時間を含め担当エリアにおける全ての従業員の労働時間を承認・修正することができる権限を有する。
⑸ 原告は,平成22年3月15日,被告を退職した。

2 争点

本件における争点は,次のとおりである。
⑴ エリアディレクターである原告は,労働基準法41条2号の「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という。)にあたるか。(ママ)(争点1)
⑵ 原告の勤務時間(争点2)
⑶ 冬季賞与の減額の可否(争点3)
⑷ 時間外手当に係る付加金の要否及びその額(争点4)

第3 争点に対する当事者の主張

1 エリアディレクターである原告は管理監督者にあたるか。(ママ)

(被告の主張)
原告は,その職務内容,責任と権限,勤務態様及び待遇から,原告の役職は経営者と一体的な立場にあり,以下のとおり管理監督者に該当する。
⑴ 被告における原告の地位
原告がエリアディレクターの役職に従事していた当時,被告は全25エリア(平成21年4月1日時点)でスポーツクラブを運営し,原告はそのエリアの一つを統括する責任者として,営業本部長及び営業部長に次ぐ地位を有していた。
さらに,原告は,第4営業部が管轄する大阪のAエリア(後に第○エリアと名称変更。以下「第○エリア」という。)の統括者として計6スポーツクラブ(平成21年4月からは計5スポーツクラブ)の約40名の正社員(アルバイト142名を加えると約180名の従業員)を指揮監督する立場にあり,現場のスポーツクラブを実質的に監督するトップの地位にあった。
⑵ 原告の職務内容及び役割
原告は,第○エリアに属する各スポーツクラブを統括する立場にあり,具体的な職務として,①スポーツクラブの運営状況の把握,②エリア内の従業員の労務管理や人事考課,昇格,異動の起案,③自己の統括するスポーツクラブにおけるサービスの改善,スタッフの接客の監督,指示,イベント等の企画,④その他予算管理などがあり,原告の職務内容は一般従業員とは全く異なり,専ら自己の統括するスポーツクラブを巡回し,会社の方針に従って従業員を指揮監督するという役割を担うものであり,極めて重大な責任を有していた。
⑶ 経営事項の決定等について
エリアディレクターは,営業戦略会議に出席し,今後の経営強化策,スポーツクラブへの入会戦略,全社重点項目といった被告の営業戦略に関する重大な事項に関する確認,意見交換等を行っていた。
また,エリアディレクターは,毎月,営業部長が招集する営業部会議に参加し担当エリアの営業報告を行い,今後の営業に関する対策について意見交換をした上で,そこで決定された事項についても各スポーツクラブに対し,指揮監督を行っており,営業に関する事項の決定に関与していた。
さらに,エリアディレクターは,営業戦略会議で決定された会社としての運営方針を徹底するだけでなく,統括するエリア,スポーツクラブにおいて自身の裁量で,独自のイベント,キャンペーン,サービス等を企画,実行し,事業計画予算の作成を行っていた。
そして,エリアディレクターは上記の他にもスポーツクラブ運営に必要な事項の処理を行い,例えば,担当エリアにおけるスポーツクラブの数値目標管理とスポーツクラブ運営の指導を行う権限,所轄営業部の業務計画に参画し上司を補佐する権限,担当エリアにおける予算案の作成権限等を有していた。
このように,エリアディレクターである原告は,自身が出席する営業戦略会議や営業部会議で決定された営業方針及び営業戦略に基づきエリアを統括するだけでなく,自らの判断で,エリア・スポーツクラブ独自の店舗運営方針を策定する権限を有しており,その他にもエリア・スポーツクラブを統括するために必要な経営に関する様々な事項についての決裁権限等を有しており,経営者と一体的な立場でエリア・スポーツクラブの経営事項を決定していた。
⑷ 労働時間の管理に関する権限
エリアディレクターは,自らが統括するエリアにおいて労務に従事する従業員の労働時間を管理する責任を負っていた。そのため,原告も自らが統括する第○エリアの従業員の労働時間を管理する責任を負っており,従業員の遅刻,早退,欠勤については原告が承認し,勤務状況,勤務態度に問題があれば,対応して改善・指導を行っていた。
このように,原告は,エリアディレクターとして労務管理に関する指揮監督権限を有していた。
⑸ 人事権,人事考課に関する権限
ア 人事採用について
エリアディレクターは,一般職群コースに分類される,インストラクター職,レセプション職の社員を選考,採用する権限を有していた。そのため,エリアディレクターが面接を行い,採用の可否を判断した上,これを人事部に伝え,人事部マネージャーが採用の起案を行い,人事部長によって最終決定が下されるという流れになっていた。最終的に人事部長が判断するとしても,インストラクター職及びレセプション職の社員はエリアディレクターの統括するスポーツクラブにて業務に従事する直属の部下になる者であるから,エリアディレクターの判断が尊重されていた。
さらに,エリアディレ(ママ)ターは統括するスポーツクラブのアルバイト等のスタッフに関しては,エリアディレクターに採用権限が全面的に与えられ,労働条件等についてもエリアディレクターが決定していた。
その他,エリアディレクターは社員の昇格や異動に関して推薦する権限をも有していた。
イ 人事考課権限について
被告における人事考課については,人事考課規程が定められ,これらに沿って実施されており,考課の流れとしては,それぞれの考課対象者について第1次考課,第2次考課が行われ,担当部長による最終的な調整を経て,人事担当役員又は社長による最終決裁がされる。もっとも,いずれも第2次考課までの段階で,実際に管理する直属の上司による考課が行われるため,その判断が最終決定の際に重視,尊重されることになり,調整及び最終決定の段階で大きな修正がなされることはほとんどなかった。
エリアディレクターは,一般職と区分されている社員のうち,インストラクター,レセプション及びその他の一般職職員の第2次考課を行う権限を有していた。また,管理監督職にある店長及びチーフインストラクターの第1次考課を行う権限を有していた。
エリアディレクターは,エリアに属する各スポーツクラブを実際に監督するトップの地位にあるため,実際の人事考課においては,第1次考課及び第2次考課とともに,エリアディレクターの評価,判断は,人事考課制度の運用において極めて重視,尊重されていた。
アルバイトスタッフについては,チーフインストラクターが行った考課を踏まえ,エリアディレクターが最終決定を行う権限を有していた。
このように,原告は,エリアディレクターとして,全ての部下の人事考課に関し,昇給,賞与の査定,昇級,昇役のための評価を行い,経営者と一体的な立場で労働条件の決定に関与していた。
その他,人事異動等についても,主任への昇格及び主任クラスの者に対する異動に関しても起案権限を有していた。
以上のとおり,エリアディレクターは,採用,人事考課,人事異動等の人事に関する最終決定に関わっており,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあったことは明らかである。
⑹ 待遇
平成19年から平成20年にかけての原告の実際の年棒(ママ)は,886万4256円であり,月に換算すると73万8688円である。原告が副店長に降格された後の賃金で月間100時間の時間外労働を行ったと仮定した場合の支給月額は原告が主張するとおり,50万6148円である。
そうすると,原告は,副店長の待遇との比較において,高額な賃金を受領しており,時間外手当,深夜手当,休日労働等を考慮しても十分な待遇を受けていたことは明らかである。
⑺ 自己の労働時間の裁量
原告の出退勤時間は特に拘束されておらず,被告の年棒(ママ)賃金規程第5条3項においても「原則として,遅刻,早退,欠勤などによる控除は行わない」と規定されており,実際に原告が遅刻,早退,欠勤によって賃金が控除されたことはないし,懲戒処分や人事考課での考慮においても不利益な取り扱いは全くなされなかった。また,休日出勤や代休等について,誰からの承認も受ける必要はなかった。
また,原告は,平成19年11月1日から平成21年10月31日までの間,昼休み等の休憩時間でないにもかかわらず,接骨院において,多数回にわたりマッサージを受けていたにもかかわらず,これによって賃金が控除される等不利益な取り扱いを受けることはなかった。
したがって,原告は自己の裁量で勤務時間を決定していることは明らかである。
⑻ 結論
以上のとおり,原告が務めていたエリアディレクターは,その職務内容,責任と権限,勤務態様及び待遇から,経営者と一体的な立場にあり,管理監督者に該当する。

(原告の主張)
⑴ 原告の被告における地位
管理監督者に該当するか否かは,単に上位の役職の肩書きが付いていたり企業内での序列が高いなどという事情で決せられるというものではなく,実質的にも当該管理職が経営上の重要な点につき最終的な決定権限を有していたり,大きな裁量権限を有していたりすることを要する。
原告は,平成21年3月31日以前においては「セントラルウェルネスクラブA」の,同年4月1日より同年9月30日までにおいては「セントラルウェルネスクラブB」のマネージャー業務を行っていた。すなわち,原告の肩書きはマネージャーよりも上位のエリアディレクターの地位にあるものとされていたとしても,その就労実態においては,原告はマネージャーと異ならない。
また,エリアディレクターにおいては,次長職,営業部長職,営業本部長職の上司が存在し,実質的に課長補佐,課長,次長レベルである。課長レベルの者に管理監督者性を認めることはできない。
⑵ 原告の職務内容及び役割
被告は,原告は自己の統括するスポーツクラブを巡回し,会社の方針に従って,従業員を指揮監督する役割を有していると主張する。
しかし,被告は原告に対して,交通費削減を理由に遠方のスポーツクラブを巡回するのは2週間に1回でよい,また,特段必要のないスポーツクラブには1か月に1回でよいと指示しており,エリアディレクターの実際の業務においては,担当エリアを統括していたといえるほど,各スポーツクラブの業務を管理していたとはいえない。
加えて,巡回業務も「クラブチェックテーブル」と呼ばれている書式に基づいてチェックを行い,その報告を営業本部にあげ,会社の方針・指示・命令が理解され実施されているかを確認するという程度のものである。
原(ママ)告が主張する営業部会議なるものは形式的なものにすぎず,実際の会議は,営業部長出席の下,複数のエリアが合同で会議を行い,そこで営業部長からの具体的な業務指示が行われたにすぎない。
スポーツクラブ運営については,営業(ママ)会議の決定事項をそのままほぼ全スポーツクラブが実施しているにすぎないし,予算管理についても,エリアディレクターの支出に関する決裁権限は仮払金で2万円以下,ツアー・イベント,合宿等の実施で10万円以下,交際費及び会議費の支出につき5万円以下,その他一般管理費の支出につき30万円以下,契約の締結・変更・解除につき10万円以下の権限を有するにすぎない。
⑶ 経営事項の決定等
ア 営業戦略会議への参加
営業戦略会議よりも上位の意思決定機関として経営会議,室部長会議が存在する。経営会議は役員しか参加できず,室部長会議は役員及び副部長,室長クラス以上しか参加できない会議であり,原告は経営会議にも室部長会議にも参画(ママ)できない。他方,営業戦略会議は,営業本部長職よりも上の地位にある役員は参加しない会議である。
原告は,上位の役員が参加しない営業戦略会議にしか参加できない立場にあり,到底,経営者と一体的な立場にあったとはいえない。
イ エリア及びスポーツクラブ独自のイベントの企画
スポーツクラブのイベントに関しては,各スポーツクラブの状況にかかわらず,営業本部又は営業企画部,本社事業部が時期,回数の指示を行い,各スポーツクラブはそれに基づいてイベントを行うに過ぎない。また,集客キャンペーンに関しては,営業本部又は営業企画部の指示により,全社で行っていた。
ウ 予算の作成権限
被告はエリアディレクターに予算を作成する権限があると主張する。しかし,エリアディレクターが予算を作成したとしても,被告が用意した数値を下回っていれば営業部長に予算は却下され,営業部長より本社からの数値目標に上乗せした数値で予算を作成するように指示されていた。このことは,結局,エリアディレクターに予算作成権限がないことを意味する。
また,被告は,原告は自身の裁量で独自のイベント,キャンペーン,サービスを企画することができると主張するが,その額はいずれも10万円前後と低い。
さらに,原告に(ママ)は,経営計画,経営戦略,関連会社の統括,業務計画,経営会議,広報活動等につき,一切決裁権限を有しておらず,管轄スポーツクラブの運営に関してもエリア内研修の開催等の極めて限定された権限しか有していない。
このように,原告は,被告の経営事項の決定等に関与する度合いは極めて低く,その権限が経営者と一体的な立場にあるとは到底いえない。
⑷ 労働時間の管理に関する権限
被告は,エリアディレクター自らが統括するエリアにおいて労務に従事する従業員の労働時間を管理する責任を負っていたと主張する。
しかし,原告が店舗管理の業務を行っている以上,被告によって決められた所定労働時間及び可能な残業時間の範囲で労働時間の管理を行うことはいわば当然のことで,それ自体が管理監督者性の根拠となるものではない。
また,エリアディレクターの労務管理は単に従業員による勤務時間の入力ミスを修正するにすぎない。
⑸ 人事権,人事考課に関する権限
ア 採用権限について
新卒採用権限については,エリアディレクターは一切の権限はなく,採用過程に関与することすらできない。
また,中途採用の場合も,エリアディレクターが決裁権限を有していないことは明白であり,原告の判断により採用が決まるというものではない。
イ 人事考課権限について
最終的な人事考課の決定権限は人事部長にあり,一次的な人事考課を行う者に決裁権限はない。また,被告は1次,2次の人事考課は尊重されていると述べるが,エリアディレクターは,そもそも人事考課の結果を知ることができないのであるから,尊重されているか知る由もなく,知ることすらできない立場の者の意見が尊重されているとは到底いえない。
ウ 人事異動について
人事異動に関しても,マネージャー及びチーフ以上の地位への昇格についてはエリアディレクターに起案権限すら存在しない。また,主任クラスへの昇格や異動についての権限はあくまでも起案権限であり,最終的な決裁権限は有しない。
エ 小括
したがって,原告は,実質的に人事に関し経営者と一体的な立場にあるといえるほどの権限がなかったことは明らかである。
⑹ 待遇
原告が副店長に降格された後の賃金で,月間100時間の法定外残業を行ったと仮定して割増賃金を支給すれば,その支給金額は次のとおり,50万6148円である。
① 1か月の所定労働時間
(365日-120日)×(7(ママ)時間+50分(ママ)÷60分)÷12月≒159.931時間
② 1時間あたりの単価
(年齢給12万3200円+資格職能給15万5900円+役職手当5000円)÷159.931時間≒(ママ)1776.391円
③ 100時間の時間外労働の賃金
1776.391円×1.25×100時間≒22万2048円
④ 100時間の月額支給額
年齢給12万3200円+資格職能給15万5900円+役職手当5000円+時間外労働22万2048円≒(ママ)50万6148円
他方,原告がエリアディレクターの地位にあった時期の基本年棒(ママ)額は640万0800円であるから,月額に換算すれば53万3400円であり,副店長が100時間の法定外残業を行った場合と大差がない。
また,平成21年5月以前の原告の基本給は27万9000円であったところ,副店長降格後の原告の基本給は,27万9100円であり,副店長の基本給はエリアディレクターよりも高額となっている。
したがって,原告は管理監督者としてふさわしい待遇を受けているとは到底いえない。
⑺ 自己の労働時間の裁量
原告は,営業部長より,前日の業務について翌日の10時頃に定時報告連絡をすることを指示されており,当然,それよりも早い時間に出勤し,報告内容をまとめる必要があった。また,営業部長より,マネージャー及びエリアディレクターはお客様を出迎えるために,各スポーツクラブの開館時間頃には出勤しなければならないとの指示がなされ,そのため,原告は,通常スポーツクラブの開館時間である午前9時前後に出勤するようにしていた。
このように,原告は,被告の業務命令により各スポーツクラブの開館時間前後に出勤していたことが認められ,労働時間に裁量があったとは認められない。
また,被告は,原告が勤務時間中に接骨院においてマッサージを受けており,労働時間の決定に裁量があったと主張するが,このマッサージは,実際には頸椎症の治療であり,原告の労働に対する拘束状況に比してみれば極めて些細な事実であり,このことをもって,原告の労働時間に対して裁量があることの根拠にはならない。
⑻ 結論
以上のとおり,原告が就いていたエリアディレクターは,その職務内容,責任と権限,勤務態様及び待遇から,経営者と一体的な立場にあるとは到底いえず,管理監督者に該当しない。

2 原告の勤務時間

(被告の主張)
被告において,出退勤はパソコン上に出退勤時刻を入力することによって勤務状況表に記録させるところ,原告の勤務状況表画面を見れば明らかなとおり,原告の入力時間は毎月相当程度の頻度で変更されている。また,原告の勤務状況表は部下であるC1(旧姓C)○○(以下「C」という。)が承認を行っていたところ,Cは上司である原告の労働時間を管理する立場にはないので,Cの承認をもって入力時刻が正確であるとはいえない。
したがって,原告の勤務状況表記載の出退勤時刻は正確ではない。

(原告の主張)
原告の勤務状況表はCが承認をしている以上,その出退勤入力時間は正確である。また,原告は,そもそも自己が時間外手当を請求できる立場にあったことを自覚していないのであるから,虚偽の出退勤時刻の入力を行う理由がない。
したがって,原告の勤務状況表記載の時刻は正確であり,それに基づいて,時間外手当の計算がされるべきである。

3 冬季賞与の減額の可否

(被告の主張)
原告の平成21年度の年棒(ママ)は,原告の不正行為が発覚する前に決定されたもので,原告の賞与を含めた年俸は,不相当に高額になってしまっていた。そこで,同年の冬季賞与は,原告の不正行為が発覚したことを前提とした業績に基づいて,原告の降格後の地位に基づき賞与を支払った。したがって,降格後の地位に基づいて賞与を支払うことには,合理的な理由が存在しており,なんら未払債務は存在しない。
また,そもそも,年俸制の下では,従業員が不正行為により部門の業績や個人の貢献度を過大に見せた場合,会社は業績について錯誤が生じているといえるので,被告には,賞与額につき,錯誤又は動機の錯誤が生じているといえる。
よって,年棒(ママ)額の定めは無効であり,被告は原告の降格された地位に基づき賞与を支給したのであるから,被告になんら未払債務は存在しない。

(原告の主張)
賞与は,労働の対償として「賃金」(労働基準法11条)であるところ,就業規則や労働協約,労働契約上に減額支給を可とする根拠を欠いたまま,支給基準満額の冬季賞与を支給しないのは,明白に労働基準法24条に反するものである。
また,被告は原告の年俸額の定めが錯誤無効であると主張するが,錯誤無効は法律行為の要素に錯誤がなければならないところ,被告の述べる内容はいかなる点で要素の錯誤があったのかが明らかでない。
したがって,被告は冬季賞与差額分24万0800円及びその遅延損害金を支払うべきである。

4 時間外手当に係る付加金の要否及びその額

(原告の主張)
原告がエリアディレクターの肩書きを有していたとしても,上記で述べたとおり,原告に管理監督者性を認めることはできないことは明らかである。
すなわち,明らかに法的に支払義務があるにもかかわらず時間外手当を支払っておらず,被告は,支払義務を免れるために,このような職制を用いたものである。したがって,被告には付加金の全額支払を命ずるべき悪質性が存在し,付加金の支払を要するというべきである。

(被告の主張)
付加金の趣旨は,労働基準法により支払義務の生じる金員について,これをあえて支払わない悪質な使用者に対し,未払金額の2倍の支払を命じることによって悪質な使用者に制裁を加え,ひいては労働者を保護するものである。
本件においては,原告は,管理監督者として広範な裁量を有し,重大な職責を担っており,それに見合った高額な年棒(ママ)を受領し,管理監督者としての役割を担うことを期待されていたのであって,仮に原告が管理監督者に該当しないとしても,被告に時間外手当の支払を故意に免れようとする悪質性がないことは明らかである。したがって,付加金の支払は要しない。

第4 当裁判所の判断

1 争点1(エリアディレクターである原告は管理監督者にあたるか)

⑴ 管理監督者とは,労働条件の決定その他労務管理につき経営者と一体的な立場にあるものをいい,名称にとらわれず,実体(ママ)に即して判断すべきである。
具体的には,①職務内容が少なくとも,ある部門全体の統括的な立場にあること,②部下に対する労務管理等の決定権等につき,一定の裁量権を有しており,部下に対する人事考課,機密事項に接していること,③管理職手当等特別手当が支給され,待遇において時間外手当が支給されないことを十分に補っていること,④自己の出退勤について自ら決定し得る権限があること,以上の要件を満たすことを要すると解すべきである(ママ)
以下では,原告につき,これらの要件を満たすかを検討する。

⑵ 証拠(〈証拠・人証略〉,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告における原告の地位
(ア) 被告は,原告がエリアディレクターに従事していた平成21年4月1日当時,東京近郊を中心として,全国を全25エリアに分けて合計約160店舗のスポーツクラブを運営していた。被告のその当時の組織は,別紙「セントラルスポーツ株式会社組織図」のとおりであり,社長,副社長,取締役である営業本部長の下に営業部長がおり,その下に各エリアのエリアディレクター,各店舗にマネージャー(店長)がいるという構成になっていた。
また,被告において,管理監督者として扱われているのはマネージャー,チーフインストラクター以上の資格者である。マネージャーは前記のとおり各店舗の長であり,チーフインストラクターは各スポーツクラブのインストラクターの中で最上位の地位にあるインストラクターを指す。管理監督者ではない従業員の最上位の職は各スポーツクラブの副店長である。
被告における従業員数は平成19年4月1日当時が1267名,平成20年4月1日当時が1269名,平成21年4月1日当時が1290名であった。
アルバイトを含めた場合,全従業員数は平成19年4月1日当時が5243名,平成20年4月1日当時が5510名,平成21年4月1日当時が5869名であった。
平成21年4月1日当時においては,管理本部,事業本部を含めた部長,室長の数は21名(うち営業部長は5名),次長が5名,エリアディレクターが23名であり,エリアディレクターと同等の地位として扱われているゼネラルマネージャーが3名であった。マネージャーは163名であった。
エリアディレクターの地位にある従業員は,アルバイトを除く従業員の中では上位約4.1パーセントに位置付けられ,アルバイトを含めた全体では上位約0.9パーセントの地位にある。
(イ) 原告は第○エリアのエリアディレクターとして計6スポーツクラブ(平成21年4月からは計5スポーツクラブ)の約40名(アルバイト142名を加えると約180名)の従業員を統括する地位にあった。
イ 原告の職務内容及び役割
(ア) エリアディレクターの職務としては,営業管理マニュアル(〈証拠略〉)において,①スポーツクラブの運営状況の把握,②エリア内の従業員の労務管理や人事考課,昇格,異動の起案,③自己の統括するスポーツクラブにおけるサービスの改善,スタッフの接客の監督,指示,イベント等の企画,④その他予算管理を行うことが定められている。
営業管理マニュアルでは週1回以上各スポーツクラブを巡回することが定められているが,被告は,原告に対し,交通費削減を理由として,遠方のスポーツクラブを巡回するのは2週間に1回でよい,特段の必要のないスポーツクラブは1か月に1回でよいなどの指示を行っていた。
エリアディレクターは,クラブチェックテーブルと呼ばれている表に基づいて,各スポーツクラブの各項目の状況をチェックし,その報告を営業本部にあげ,会社の方針,指示,命令等が実践されているかの確認を行っていた。
(イ) エリアディレクターは,上記の他にもスポーツクラブ運営に必要な事項の処理を行い,例えば,担当エリアにおけるスポーツクラブの数値目標管理とスポーツクラブ運営の指導を行う権限,所轄営業部の業務計画に参画し上司を補佐する権限,担当エリアにおける予算案の作成権限等を有していた。
原告は,担当エリア内の各スポーツクラブについてイベント等の企画を各スポーツクラブと相談して実施する権限を有しており,その予算規模は,10万円前後,最も多くて28万5000円である。なお,イベント等の回数等に制限はなく,エリアディレクターの決裁で自由にイベント等を実施することができる。
集客キャンペーンについては,営業本部,営業企画部の指示により全社で行っていた。
(ウ) なお,原告は,エリアディレクターだけでなく,平成21年3月31日以前においては「セントラルウェルネスクラブA」の,同年4月1日から同年9月30日までにおいては,「セントラルウェルネスクラブB」のマネージャーを兼務していた。エリアディレクターがマネージャーを兼務するスポーツクラブでは,アシスタントマネージャーやチーフインストラクターと呼ばれている職種が置かれ,エリアディレクターを補佐していた。
ウ 経営事項の決定等
被告の営業部長以上が主催する会議としては,経営会議,室部長会議,営業戦略会議,営業部会議があった。経営会議は役員のみで開かれ,室部長会議は役員及び副部長,室長クラス以上が参加し,営業戦略会議は,営業部長,次長,エリアディレクターが参加する会議であり,営業(ママ)会議は各営業部長が担当エリアディレクターを招集して開く会議であった。
エリアディレクターは営業戦略会議に参加することが義務付けられており,営業戦略会議においては,営業実績をもとに,今後の経営強化策,スポーツクラブへの入会戦略,全社重点項目といった重大な事項に関する確認,意見交換が行われていた。エリアディレクターはかかる営業戦略会議での決定事項をもとに,各スポーツクラブの長に施策を徹底させていた。営業戦略会議においては,被告は,交通費の削減を理由に,関西のエリアディレクターについては6人の交代での参加でよいと指示しており,その結果,原告は営業戦略会議には年間2回参加していた。
営業部長が招集する営業部会議は,毎月開催され,エリアディレクターが参加し,担当エリアの3ヶ月予想実績表,メンバーの動向報告書,営業報告書を基に営業報告を実施し,対策を練っていた。原告については,第四営業部長が招集する第四営業部会議にエリアディレクターの一人として出席し,各エリアディレクターが各エリアの状況を報告し,その後,集客策や販売強化策,イベントの実施について話し合い,各エリアで協議した事項を基にエリアの運営を行っていた。
他方,エリアディレクターは,原則として毎月1回,所属する各スポーツクラブの長を招集し,エリア会議を開催し,各スポーツクラブの運営状況の報告を受け,問題点についての傾向と対策を討議し,会社の方針,指示を伝え,改善を図っていた。原告については,第○エリアのエリアディレクターとして,原則として毎月1回,第○エリアに属する各スポーツクラブの長を集めてエリア会議を開催していた。
エ 労働時間の管理に関する権限
エリアディレクターは,自らが統括するエリアにおいて労務に従事する従業員の勤務状況を把握し,労働時間を管理する責任を負っており,従業員の遅刻,早退,欠勤については,エリアディレクターが承認し,勤務状況,勤務態度に問題があれば改善するように指導することが求められていた。エリアディレクターには,システムに入力された従業員の出退勤時刻を承認・修正する権限が与えられていた。
もっとも,エリアディレクターは就業規則で定められた労働時間を変更する起案権限を有するものではない。
なお,エリアディレクターは,チーフインストラクターにシステムに入力された時刻を承認・修正する権限を委任することができるところ,原告は,エリアディレクターとしての業務が多忙であったため,その権限をチーフインストラクターであるCに委任していた。
オ 人事権,人事考課に関する権限
(ア) 人事採用について
総合職群等の新卒採用については,エリアディレクターには一切の権限はない。
一般職群コースに分類されるインストラクター職,レセプション職の社員の採用は,エリアディレクターが,その選考,面接を行い,採用の可否を判断した上,人事部が採用の起案を行い,人事部長によって最終決定が下される。
また,中途採用に関しては,スポーツクラブからの推薦が必要であり,エリアディレクターが人事部に推薦して営業部長と人事部が面接を行う。さらに,エリアディレクターの統括するスポーツクラブに所属するアルバイト等のスタッフに関しては,エリアディレクターに採用権限が全面的に与えられており,労働条件等についてもエリアディレクターが決定できる。
また,エリアディレクターは,マネージャーやチーフインストラクター以上の地位への昇格や異動については権限を有しないが,それ以下の地位にある主任への昇格や異動に関しては,起案責任者となっていた。
(イ) 人事考課権限について
被告における人事考課については,人事考課規程(〈証拠略〉)が定められ,これに沿って実施されている。考課の流れとしては,それぞれの考課対象者について第1次考課,第2次考課が行われ,営業部長,人事部長による調整が行われ,人事担当役員又は社長による最終決裁がされる。
エリアディレクターは,インストラクター,レセプション及びその他の一般職員の第2次考課権限を有し,店長及びチーフインストラクターの第1次考課権限を有している。
カ 待遇
被告においては,マネージャーやチーフインストラクター以上の者(管理監督者と扱われている者)については年俸制が採用されている。年棒(ママ)額は,資格,役職別に定額である基本年俸と被告の業績に応じて毎年決められる業績年俸を合わせたものである。エリアディレクターについては,1から3の3段階(1が上位)に区分され,原告はエリアディレクター2の地位にあった。
その平成21年度(平成21年6月から平成22年5月)の基本年俸額は,640万0800円(月の基本給は53万3400円)であった。これは,被告全体でみると執行役員(774万4800円),部長(729万6000円),室長(729万6000円又は684万8400円),次長(684万8400円),エリアディレクター1(684万8400円)に次ぐ高い賃金である。
これに加え,業績に連動して支払われる年棒(ママ)業績給等が支給されており,実際の原告の年棒(ママ)は平成19年6月から平成20年5月までの1年間が886万4256円,平成20年6月から平成21年5月までが795万4000円,平成21年6月から原告が降格される同年9月までは767万4000円であった。
店長の一つ下位の役職である副店長(原告の降格後の役職)は,被告においては,管理監督者として扱われておらず,月額基本給は年齢によって異なるものの,原告の場合には,28万4100円(年齢給12万3200円,資格職能給15万5900円,役職手当5000円の合計)であった。
キ 自己の労働時間の裁量
被告の年棒(ママ)賃金規程(〈証拠略〉)5条3項において,年棒(ママ)対象者については,「原則として,遅刻,早退,欠勤などによる控除は,おこなわない」と規定されており,実際に原告が遅刻,早退,欠勤によって賃金が控除されたことはなかった。
原告は,業務時間内に,原告が統括するセントラルスポーツA店内で運営されているセントラルA接骨院において,計72回,30分から1時間程度のマッサージを,また,B店で運営されているセントラル接骨院・B店において,計14回,20分から40分程度,頸椎症治療のマッサージを受けていた。
原告は,営業部長より,平成21年3月までは毎朝10時頃に,平成21年4月からは毎朝10時20分に,コミュニケーションを兼ねて前日の業務についての定時報告を行うよう指示されていた。
さらに,営業部長は,マネージャー及びエリアディレクターの心構えとして,お客様を出迎えるために,各スポーツクラブの開館時間には出勤すべきであると述べていた。
その他休日のイベントについては,営業部長からスポーツクラブに顔を出すことを指示されていた。

⑶ 以上の認定事実に基づき,原告が管理監督者に当るかを検討する。
ア 部門全体の統括的な立場にあるか否か
(ア) 上記認定事実によれば,原告は,被告がスポーツクラブを運営している25エリアのうちの一つである第○エリアを統括するエリアディレクターであり,現業部門においては,営業部長,次長に次ぐ地位を有していた。その地位は,アルバイトを除く従業員の中では上位約4.1%に位置付けられ,アルバイトを含めた全体では上位約0.9%の地位にある。
したがって,エリアディレクターはエリア全体の統括的な立場にあるということができる。
(イ) 次に実際にエリアディレクターの職務をみると,次のとおりである。
①各スポーツクラブに対する指導については,各スポーツクラブを巡回して各スポーツクラブの運営状況を把握し,チェックテーブルに基づいて問題点の抽出,把握,改善を行っていた。また,担当エリアにおけるスポーツクラブの数値目標管理とスポーツクラブ運営の指導を行う権限,所轄営業部の業務計画に参画し,上司を補佐する権限,担当エリアにおける予算案の作成権限等を有していた。
②労務管理については,原告は,チーフインストラクターであるCに一部を委任していたものの,エリア内の全従業員の出退勤を管理して,問題があればそれに対応し,改善していた(なお,委任しているからといって,原告が労務管理を行っていないこと(ママ)はならず,原告はCを通してエリアの従業員の労務管理を行っていたものと評価できる。)。
③人事については,新卒採用については関与できないものの,その他の従業員に関しては,起案や推薦を行うことによって,人事に関与しており,エリアの統括に必要な人材の登用について一定の裁量を有していた。
④人事考課については,インストラクター,レセプション及びその他の一般職員の第2次考課権限,管理監督者とされている店長及びチーフインストラクターの第1次考課権限を有しており,相当数の従業員の人事考課に関与していた。
⑤昇格,異動に関しては,主任への昇格及び主任クラスの者に対する異動について起案権限を有しており,従業員の昇格,異動についても相当程度の関与が認められる。
(ウ) 経営に関する事項についてみると,次のとおりである。
エリアディレクターは,営業戦略会議に参加することが義務付けられており,営業戦略会議においては,営業実績をもとに,今後の経営強化策,スポーツクラブへの入会戦略,全社重点項目といった重大な事項に関する確認,意見交換が行われており,エリアディレクターはかかる営業戦略会議での決定事項をもとに,各担当スポーツクラブの長に施策を徹底させていた。
さらに,エリアディレクターは毎月,営業部長が招集する営業部会議に参加し,担当エリアの3ヶ月予想実績表,メンバーの動向報告書を基に営業報告を実施し,さらに,集客策や販売強化策,イベントの実施について話し合いを行い,各エリアで協議した事項を基に,エリアの運営を行っており,エリアディレクターが裁量をもって,エリアを統括していた。
被告においては,営業戦略会議よりも上位の意思決定機関として経営会議,室部長会議が存在するものの,営業戦略会議及び営業部会議は,今後の経営強化策やエリアの予想実績などを話し合っており,エリアを統括する上で重要な会議であるということができ,エリアディレクターは,一定程度の経営事項に関与していたといえる。
なお,原告は,営業戦略会議において,被告は交通費の削減を理由に関西のエリアディレクターについては6人の交代での参加でよいと指示し,実際に,原告は年2回しか営業戦略会議に参加していないことから,エリアディレクターはエリアを統括する地位にはないと主張するが,むしろ,どのような形でエリアディレクターの意見を経営に反映していくかが重要であり,回数それ自体によって,エリアディレクターのエリアを統括する地位は否定されるものではない。
また,原告は,営業部会議は形式的なものにすぎないと主張するが,前述のとおり,営業部会議においては,担当エリアの3ヶ月予想実績表,メンバーの動向報告書を基に営業報告を実施し,さらに,集客策や販売強化策などが話し合われていることからすると,形式的な会議ではなく,実質的な討議がされていたといえる。
(エ) 以上より,原告の権限をみれば,その職制上の地位,及び,エリアを統括する上での人事権,人事考課,労務管理,予算管理など必要な権限を実際に有していることが認められ,原告は,エリアを統括する地位にあったことが認められる。
なお,原告は,人事,人事考課,昇格,異動等について,最終決裁権限がないことを理由に管理監督者でないと主張するが,原告の主張のように解すると,通常の会社組織においては,人事部長や役員以外の者は,到底,管理監督者にはなり得ないこととなる。労働基準法が管理監督者を設けた趣旨は,管理監督者は,その職務の性質上,雇用主と一体となり,あるいはその意を体して,その権限の一部を行使するため,自らの労働時間を含めた労働条件の決定等について相当程度の裁量権が与えられ,労働時間規制になじまないからであることからすると,必ずしも最終決定権限は必要ではないと解するのが相当である。
イ 部下に関する労務管理等の決定権等につき,一定の裁量権を有しており,部下に対する人事考課,機密事項に接しているといえるか。
(ア) 部下に関する労務管理の有無
エリアディレクターは,自らが統括するエリアにおいて労務に従事する従業員の労働時間を管理する責任を負っており,エリアディレクターにはシステムに入力された従業員の出退勤時刻を承認・修正する権限が与えられていた。このようにエリアディレクターは,従業員の出退勤を管理して,サービス残業の有無や従業員の健康等を管理し,指導する地位にあったものであり,部下に対する労務管理を担当していたことが認められる。
エリアディレクターに就業規則を変更する起案権限はないが,就業規則は,全社員に適用されるものであり,個々の従業員の労務管理に適しているものではなく,このことから,エリアディレクターの労務管理の権限が否定されるものではない。
(イ) 人事権,人事考課,昇格,異動について
エリアディレクターの人事権,人事考課権限についてみると,前記認定事実からすると,総合職群コース等の新卒採用においては関与することはできないものの,人事採用,人事考課,昇格について,相当程度の関与が認められている。
(ウ) その他
エリアディレクターは,担当エリアにおける予算案の作成権限等を有している(原告は,エリアディレクターが予算を作成したとしても,被告が用意した数値を下回っていれば営業部長に予算は却下され,営業部長より本社からの数値目標に上乗せした数値で予算を作成され(ママ)るように指示され,このことは結局,エリアディレクターに予算作成権限がないと主張するが,一定程度の予算決定権があったことは前記認定事実から認めることができる。)。
さらに,エリアディレクターは,自身の裁量で独自のイベント,キャンペーン,サービスを企画することができる。その予算規模は,10万円前後,多くて28万円程度で,多額とはいえないが,回数に制限はなく,また集客力の向上は,必ずしも予算規模に比例するものではないことからすると,原告には,自己のエリアを統括する上で,イベント等を実施する裁量を有していたと認められる。
(オ)(ママ) 小括
以上によれば,原告において,労務管理,人事,人事考課等の機密事項に一定程度接しており,また,予算を含めこれらの事項について一定の裁量を有していることが認められる。
ウ エリアディレクターの待遇について
被告において管理監督者ではない従業員の最上位の職である副店長の基本給は年齢によって異なるものの,原告の場合,月額28万4100円であったのに対し,エリアディレクターは,業績給を除いて,基本年俸額は640万800円,月額53万3400円であり,その額は,副店長に比べて大幅に高額である。
仮に副店長が月100時間の法定外残業を行ったとして,その割増賃金を考慮すると,副店長の賃金は,原告・被告が主張するとおり,月額50万6148円となり,エリアディレクターの月の基本額と大差がないといえるが,月100時間の法定外残業が継続するとは考えにくく,エリアディレクターは,副店長に比べると,高額な賃金を受け取っているといえる。
そして,エリアディレクターの場合,基本年棒(ママ)額に,業績給が上乗せされるのであるから,その賃金の差額はさらに拡大する。
以上のことからすると,エリアディレクターは管理監督者に対する待遇として十分な待遇を受けているといえる。
エ 自己の出退勤について自ら決定し得る権限があること
被告の管理監督者については,年棒(ママ)賃金規程5条3項において「原則として,遅刻,早退,欠勤などによる控除は,おこなわない」と規定されており,実際に原告が遅刻,早退,欠勤によって賃金が控除されたことはない。
また,前記認定事実のとおり,原告は業務時間内に合計86回,20分から1時間程度マッサージを受けており,その頻度,時間からすると,自由に接骨院に通院していたものと認められ,業務時間に拘束されていたとは認められない。
これに対して,原告は,営業部長より,前日の業務について,翌日の午前10時頃に定時連絡をすることを指示されていること,また,マネージャー及びエリアディレクターはお客様を出迎えるために各スポーツクラブの開館時間頃には出勤しなければならないと指示していたことから事実上,出退勤時間が拘束されていたと主張する。
しかしながら,原告は,自己の勤務時間については,人事部に勤務状況表を提出するためにCの承認を受ける以外,誰からも管理を受けておらず,実際に原告が遅刻,早退,欠勤によって賃金が控除されたことがないことからすると,営業部長の発言の趣旨は,エリアディレクターとしてエリアを統括する以上,エリアの状況を当然に日々営業部長に報告すること(ママ)指示したにすぎず,出勤時間を拘束する趣旨ではなく,また,開館時間についても原告は必ずしも開館時間に出勤していたとは認めがたいことからすると,これをもって事実上出勤時間が拘束されたとはいえない。
したがって,原告は出退勤の時間を拘束されていたものとは認められず,原告は自己の裁量で自由に勤務していたものと認められる。
オ 総括
以上検討したところによれば,原告の職務内容は,エリアの統括的な立場にあり,部下に対する労務管理上の決定権を有している上,時間外手当が支給されないことを十分に補うだけの待遇を受けているものであり,勤務時間に拘束されていたということもできない。
したがって,原告は管理監督者に当たるというべきである。

2 争点2(原告の勤務時間)

原告が管理監督者であっても,被告は深夜手当の支払は免れない。そこで,以下,原告の深夜手当について検討する。
⑴ 前記争いのない事実等,証拠(〈証拠・人証略〉,原告本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
ア 被告における労働時間は,パソコン上に出退勤時刻を入力することによって勤務状況表に記録され,管理されていた。
イ エリアディレクターは自己の労働時間を含め,担当エリアにおける全ての従業員の労働時間を承認・修正することができる権限を有する。
エリアディレクターが入力時刻を修正した場合には,人事部のみが見ることができる出退勤打刻修正画面(〈証拠略〉)において修正部分が黄色になって表示される仕組となっている。
原告の出退勤打刻修正画面をみれば,原告の出退勤の入力時刻は毎月相当の頻度で変更されている。
ウ 原告の出退勤の承認については,チーフインストラクターであるCが行っていたが,Cにおいて,原告の勤務状況表を承認する際に出退勤の入力時刻が修正されていることを知ることはできなかった。
エ 原告は,エリアディレクターとして,スポーツクラブの巡回など外回りの業務が多かった。
⑵ 以上の事実を基に原告の勤務時間について検討する。
確かに,原告は,出退勤時刻を相当程度修正しており,承認を行うCは出退勤時刻が修正されていることをそもそも知ることはできないし,また,勤務状況表に記載された時間が正確かをCが確認しているとは認められず,出退勤時刻の正確性について担保されていたかは疑問が残るところである。
しかしながら,原告は,スポーツクラブの巡回などの外回りをする機会が多く,後で時刻を修正することもやむを得ない側面があるといえるし,むしろ,より正確な時刻を入力するために出退勤時刻を修正していたこともありうる。
また,前述のように,原告は管理監督者であるから,そもそも,勤務時刻を不当に水増しするなどの動機はなかったものと認められる。
そうであれば,勤務状況表に入力された勤務時間は正確なものと認めることができる。
これに基づいて,原告の深夜手当の額を計算すると,別表1及び2〈いずれも略-編注〉のとおり,深夜手当5万6023円,これに対する各弁済期の翌日から退職日である平成22年3月15日まで年6パーセントの割合による遅延損害金合計5899円,及び深夜手当に対する同月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払請求は理由がある。

3 争点3(冬季賞与の減額の可否)

平成21年12月10日支給の冬季賞与は,同年4月1日から同年(ママ)30日までの勤務を対象期間とするものであり,原告はこの期間はエリアディレクターの地位にあったのであるから,それに基づいた賞与が支給されなければならない。
被告は,原告の不正行為を前提とした業績に基づいて賞与を支払うと不相当に高額になってしまうとして,賞与を減額している。
しかしながら,賞与も労働の対象(ママ)として「賃金」(労働基準法11条,年棒(ママ)賃金規程[〈証拠略〉])に該当するところ,賃金を減額するには,労働者の同意を要する。
被告においては,就業規則や労働協約,労働契約上に減額支給を可能とする根拠を欠いており,原告の同意を得ることなく,一方的に賞与を減額することは許されない。被告の錯誤を理由とする年俸額の定めの無効の主張は採用できない。
よって,別表3及び4〈いずれも略-編注〉のとおり,被告は,原告に対し,冬季賞与差額分24万0800円,これに対する弁済期の翌日から退職日である平成22年3月15日まで年6パーセントの割合による遅延損害金3720円,及び冬季賞与差額分に対する同月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員の支払を免れない。

4 争点4(時間外手当に係る付加金の要否及びその額)

以上のとおり,原告は管理監督者に該当するのであるから,被告には故意に時間外手当の支払を免れようとした悪質性はなかったものと認められる。
したがって,付加金の支払を命じることは相当でない。

5 結論

以上のとおり,原告の請求は,主文1項の限度で理由があり,その余は理由がない。よって,主文のとおり判決する。

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