労働審判_管轄

労働審判手続はどこの裁判所(管轄)で行うのか?

社長
会社を退職した社員が残業代を請求してきました。当社としては支払うつもりはないことを伝えたところ,労働審判手続を起こすとの噂を耳にしました。労働審判手続はどこの裁判所で行われるのでしょうか。遠方の裁判所の場合は許否できるでしょうか。
弁護士吉村雄二郎
労働審判手続は①相手方の住所,居所,営業所若しくは事務所の所在地を管轄する地方裁判所、②個別労働関係民事紛争が生じた労働者と事業主との間の労働関係に基づいて当該労働者が現に就業し若しくは最後に就業した当該事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所、③当事者が合意で定める地方裁判所のいずれかが管轄となります。以下、どこの裁判所(管轄)で行うのかについて分かりやすく説明します。

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1 地方裁判所で行う

1.1 地方裁判所

一般の民事訴訟では,訴額140万円未満の訴訟の管轄は、簡易裁判所とされています。

それゆえ,例えば140万円未満の貸金,残業代等の支払を求める場合には、簡易裁判所に提訴することになります。

しかし,労働審判を管轄するのは、訴額に関係なく全て地方裁判所とされています。

1.2 地方裁判所の本庁

そして,一般の民事訴訟では,地方裁判所の中でも,本庁と支部に事件が配分されていますが,労働審判手続については,一部を除き,地方裁判所の本庁で行われることとなっています。

労働審判手続を行う支部(2018年9月現在)

  • 東京地裁立川支部
  • 静岡地方裁判所浜松支部
  • 長野地方裁判所松本支部
  • 広島地方裁判所福山支部
  • 福岡地方裁判所小倉支部

2 労働審判手続の管轄地方裁判所の決め方

労働審判法2条1項は,労働審判手続を行う裁判所の管轄について

  1. 相手方の住所,居所,営業所若しくは事務所の所在地を管轄する地方裁判所
  2. 個別労働関係民事紛争が生じた労働者と事業主との間の労働関係に基づいて当該労働者が現に就業し若しくは最後に就業した当該事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所
  3. 当事者が合意で定める地方裁判所

と定めています。

社員(労働者・申立人)は,以下の基準に該当する地方裁判所(複数該当もあり得る)のうち,自分にとって最も都合のよう場所にある地方裁判所に労働審判手続を申し立てることができます。

2.1 ①相手方の住所,居所,営業所若しくは事務所の所在地を管轄する地方裁判所

まずは,相手方に関係する以下の場所を管轄する地方裁判所に労働審判手続の管轄が認められます。

(1) 相手方の住所

相手方が,法人ではなく個人(事業者)の場合は,住所の所在地が基準となります。

住所とは,その人の生活の本拠をいい(民法22条),典型的には住民票上の住所であることが殆どです。

ただし,住民票上の住所とは必ずしも一致しないことがあります。例えば,転居したにもかかわらず,住民票上の住所の変更を役所に届け出ていない場合などです。この場合は,住民票上の住所ではなく,実際に生活を行っている場所が基準となります。

(2) 相手方の居所

同様に,相手方が法人ではなく個人(事業者)の場合は,居所の所在地が基準となります。

居所とは,生活の本拠ではないが,多少の時間的継続して居住する場所をいいます(民法23条1項)。例えば,勤め人の場合の勤務地などが居所とされます。

(3) 相手方の営業所又は事務所の所在地

相手方が法人の場合は,営業所又は事務所の所在地が基準となります。

営業所とは営利法人がその業務を行う場所を意味し,事務所とは非営利法人がその業務を行う場所を意味します。

法人の営業所・事務所は,通常は登記されているのが通常であり,典型的には商業登記簿上の本店所在地であることが殆どです。

ただし,登記されていない場合であっても,実際の活動場所である営業所・事務所の所在地が基準となります。

例えば,登記されている本店所在地では営業を行っていないが,他の場所で営業を行っている場合は,その営業を行っている場所が基準となります。

2.2 ②個別労働関係民事紛争が生じた労働者と事業主との間の労働関係に基づいて当該労働者が現に就業し若しくは最後に就業した当該事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所

これは,社員(労働者)が現に就業している事業所(雇用が継続している場合),もしくは最後に就業した事業所(解雇・退職して雇用が終了している場合)の所在地を管轄する地方裁判所に労働審判手続の申立を認める趣旨です。

上記①⑶の「営業所」「事務所」は,ある程度独立して業務又は営業が行われていることが必要であり,他から指揮監督を受けて末端業務を行っているに過ぎない場所(物品の製造所,製材所,鉱物採掘所など)は,これに該当しないものと解されています。

これに対し,上記社員(労働者)が現に就業している又は最後に就業した「事業所」とは,「労働者が就業している(た)」場所であればよく,物品の製造所等や、他の会社の営業所や事務所の一角を間借りして就労していたような場所もこれに該当します。つまり,「営業所」「事務所」より広く解釈が可能なのです。

なお,事業所が既に閉鎖されている場合には,事業所自体が存在しないため,閉鎖された当該事務所の所在地を管轄する地裁に労働審判手続の申立てをすることはできないと解されています。例えば,事業所閉鎖を理由に整理解雇を行った場合,当該事業所の所在地を管轄する地方裁判所に労働審判手続を申し立てることは出来ません。

2.3 ③当事者が合意で定める地方裁判所

上記基準により定められる地方裁判所以外であっても,当事者が労働審判手続の管轄について合意した場合は,合意した地方裁判所に労働審判手続を申し立てることが出来ます。

なお,管轄の合意は書面でしなければならず(労働審判規則3条),管轄合意書を取り交わすことが通常です。

申立人は,管轄合意書を労働審判手続の申し立てに際して裁判所へ提出します。

なお,例えば就業規則に労働関係で生じた紛争の専属管轄を本社のある東京地裁と定めて,誓約書等を通じて入社時に書面で同意をとることがあります。しかし,労働者が合意の有効性を争う場合,裁判所(労働審判委員会)は,使用者と労働者という対等性のない,かつ労働者が地方の事業場に勤務するような事案では,管轄の合意の効力は否定する可能性がある点注意が必要です。

3 労働審判事件の全部又は一部の移送

3.1 管轄違いを理由とする移送(労働審判法3条1項)

裁判所に労働審判手続の申立てがなされ,その裁判所が事件の全部または一部について管轄(事物管轄または土地管轄)を有しないときは,裁判所は管轄裁判所に事件を移送しなければなりません。

この移送は,裁判所が職権で行いますが,当事者にも移送申立権が明文で認められています。

なお,民事調停手続と異なり,労働審判手続では裁判所が自庁処理を行うことは認められていません(民事調停法4条1項参照)。

3.2 裁量による移送(労働審判法3条2項)

裁判所は,上記①~③の基準により認められた管轄に属する事件を受理した場合でも,事件を処理するために適当と認めるときは,労働審判手続を実施する地方裁判所本庁および支部で土地管轄を有する裁判所にのみ移送することができます。

「事件を処理するために適当と認めるとき」とは,事件の関係人の住居所等の関係から事件処理のために多くの時間と費用を要する場合等が考えられます。

また,当事者が専属的な管轄の合意をしている場合でも,裁判所は裁量移送を行うことができると解されています。

移送の裁判は決定の形式で行われ(法29条,非訟事件手続法17条1項),移送決定および移送申立却下決定に対して,当事者は即時抗告をすることができます(法28条)。

4 まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は労働審判手続をどこの裁判所(管轄)で行うのかについて説明をしました。

ご参考になれば幸いです。

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