労働時間_証拠

労働時間を立証する証拠及び証拠価値

社長
当社の従業員が残業代を請求してきています。今後労働審判や訴訟に発展する可能性があります。当社ではタイムカード等による労働時間管理を行っておらず,従業員側が証明することは出来ないと踏んでいますが,従業員はどのような対応をしてくるのでしょうか?
弁護士吉村雄二郎
残業代請求等において,労働時間は労働者の側に立証責任があります。証明する方法としては,①タイムカード,②手帳,③PCのログデータ,④グループウエアの記録,⑤警備記録,⑥タコグラフなどがありますが,電磁的に客観的な出退勤時間を記録したものは強い証明力を有します。貴社ではタイムカードがないとしても,③,④,⑤などの方法で従業員が立証しようとする可能性があり,それらが貴社に存する場合,従業員は最終的には法的な証拠収集方法を用いて証拠を確保することが出来ます。実際に残業をしている場合,残業代は払わなければなりません。労働基準監督署や裁判提起によりトラブルが増幅する前に,支払うべきものは速やかに支払った方が結果的には貴社のトータルコストとしては低いことが多い実情を踏まえ,適切に対応する必要があります。
労働時間の証明方法は,①タイムカード,②手帳,③PCのログデータ,④グループウエアの記録,⑤警備記録,⑥タコグラフなどがある。
電磁的に客観的な出退勤時間を基礎したものは証明力が強い。
実際に残業していたならば,実務上さっさと払った方がコストが低い場合が多い。

労働時間(残業時間)は労働者が証明しなければならない

労働時間(残業時間)の主張立証責任

労働者が残業代を請求する場合、どれくらいの労働時間(残業時間)があったのかがよく問題になります。

ここでまず、ご確認頂きたいのは、残業代等を請求する場合、重要 労働時間(残業時間)の主張立証責任は,労働者の側にあるということです。

立証責任を負うということは、裁判で労働時間が争点となった場合に、労働者が自分の主張する実労働時間を証明できなければ、労働者の主張が裁判所に認められない(敗訴する)ことを意味します。

労働契約上の賃金請求権は,労務の提供と対価関係に立ち(民法623条) ,労働契約上の労務の提供が終わった後でなければ請求することができません(民法624条1項)。労働者は,現実に労務の提供をしなければ賃金が発生しないのです(ノーワーク・ノーペイの原則)。

したがって,労務の提供が,賃金請求をするうえで請求原因となり、労務の提供をした実労働時間は労働者が立証しなければなりません。

労働時間は,日ごとに何時間何分かを特定して立証する必要があります。つまり、何月何日に、何時間労働したか(始業時間、終業時間、休憩時間によって特定します)を細かく立証しなければなりません。通常はエクセルシートなどで整理して主張が行われます。

また、労働時間への該当性(使用者の指揮命令下の労働であること)を基礎付ける事実(評価根拠事実)も労働者が主張立証しなければなりません。

労働時間の管理・把握義務

上記のとおり労働時間の立証責任は労働者にありますが、他方で、使用者には労働時間の管理・把握義務があると解されています。

労基法は,賃金全額支払の原則(同法24条1項)をとり,しかも,時間外労働又は休日労働についての厳格な規制を行っていることから、使用者の側に,労働者の労働時間を管理する義務を課しているものと解されているのです。

厚生労働省も、使用者が労働者の労働時間を適正に把握する義務があることを改めて明確にするとともに,労働時間を適正に把握し,適切な労働時間管理を行うため,「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)を策定し,この基準の遵守を求めています。

もっとも、使用者に労働時間の管理・把握義務があるからといって、労働時間の立証責任が使用者に転換されるわけではありません

労働時間の立証責任が労働者にあること自体には変わりはありませんので、ご注意下さい。

「行政法規である労基法108条・l09条の存在を理由として、労働契約上の賃金請求権に関する主張立証責任を労働者から使用者に転換することは困難であり,勤怠管理が適切に行われていない場合であっても,実労働時間を推認できる程度の客観的資料がない場合には時間外労働時間の存在を認定することは困難である(東京地判平28・3 ・18 (平成25年(ワ)第27585号)判例秘書)。」(類型別労働関係訴訟の実務(改訂版)165頁)。

労働時間(残業時間)の証拠及び証拠価値

労働時間は証拠に基づいて認定されますが、いかなる証拠により認定されるのでしょうか。

労働時間を証明する方法には原則として法律上の制限はありませんので、労働時間の認定に役立つものであれば、どのようなものであっても証拠となりえます(民事訴訟上の証拠能力無制限の原則)。

もっとも、証拠となり得ても、労働時間(残業時間)を証明する価値があるかどうかは別の問題です。

例えば、労働時間の証拠として、勤怠管理に用いられていたタイムカードがあります。このタイムカードはまさに労働時間を管理するための機械的に記録された証拠ですので、労働時間を証明する価値が高いといわれています。

これに対して、労働者が労働時間を記載したメモは、機械的に作成されるものではなく、かつ、会社の業務とは無関係に労働者が勝手に作成したものですので、労働時間を証明する価値はほぼありません。

このように、労働時間の証拠として、様々なものを提出できますが、証拠としての価値や信用性の見極めが重要となります。

では、労働時間の証拠としての価値や信用性はどのような基準で判断されるのでしょうか。

証拠としての価値や信用性は、

  1. 機械的正確性…タイムレコーダーなどの機器による客観的記録による正確さがあるか
  2. 業務関連性…使用者の指示・命令により作成されるなど業務に関連して作成されたものか

の有無によって判定されます。

以下、裁判において労働時間の証拠として提出されることの多いものについて具体的に説明します。

タイムカード

証拠価値・信用性

タイムカードは、出社及び退社際にタイムレコーダーに挿入して時刻を打刻した記録用紙です。打刻時間が機械的に記録されますので、機械的正確性が高いと記録ということができます。

また、タイムカードは、使用者が勤怠管理の目的で労働者に打刻させますので、業務関連性も高いといえます。

そのため、使用者がタイムカードを勤務開始(始業)時及び勤務終了(終業)時に打刻させ、その打刻時間をもって労働時間を管理・把握している場合は、タイムカードは労働時間を証明する価値及び信用性があるといえます。すなわち、特段の事情のない限り、タイムカードの記録どおりに、労働者が労働を開始し、労働を終了したと事実上推定されます。

その結果、使用者が、タイムカードに記録された時刻が始業時刻と終業時刻とは異なり、労働者は使用者の指揮命令下に置かれて労働してはいなかったと主碓する場合には、その旨の反証をする必要があり、これができないときには、タイムカードに記録された出勤時刻と退勤時刻をもって、労働者の始業時刻と終業時刻であると認定されます。

弁護士吉村雄二郎
タイムカードは,労働時間立証に関する最も基本的な証拠です。そして、タイムカードで始業・終業時間が管理把握されている企業では、訴訟や労働審判の場にタイムカードが提出された場合,そこに記載された時間から一定の離脱時間等を控除した数の労働時間が一応立証されたものと取り扱われるのが通常です。裁判実務では,タイムカードに原則として高い推認力を認められるのです。そして、逆に、使用者の側で,タイムカード記載の時間の中に,労働時間ではない時間が存在することを主張立証する必要が生じてしまいます。従って、日常の労務管理において、タイムカードの打刻を厳格に指示指導する必要性があるのです。

タイムカードの時間が労働時間と認められない場合

もっとも、タイムカードの時間も絶対ではありません。事案によっては、タイムカードの打刻時間をもって労働時間であるとの推認が否定される場合もあるのです。

具体的には、タイムカードによる労働時間の推認が否定されるのは次のような場合です。

タイムカードは単なる出社・退社時間を記録するだけに過ぎず労働時間の管理には使われていなかった場合

例えば、出社してすぐにタイムカードを打刻した後、始業時間前までは、特に業務を開始するわけでもなく、お茶を飲んだり、用を足したり、スマホをいじっていたとします。

また、業務が終了した後にすぐにタイムカードを打刻せず、同僚をおしゃべりをしたり、用を足したり、会社PCを私用して個人的なサイト閲覧をし、退社する際にタイムカードを打刻したとします。

この場合は、タイムカードの打刻は、必ずしも労働時間の記録とはならず、単に出社時間と退社時間を記録したに過ぎないことになります(この場合のタイムカードの存在意義は、遅刻、欠勤、早退を把握するという程度にとどまります。)。

この場合は、タイムカードの打刻時間をもって労働時間が推定されません

もっとも、労働者は「タイムカード打刻と共に仕事を開始し、仕事の終了と同時にタイムカードを打刻した」と主張することが多いです。また、「タイムカードは労働時間管理のために利用されるものである」という経験則を裁判所はしばしば適用します。

従って、労働時間の推定を妨げるには、使用者側にて「タイムカード打刻 ≠ 労働時間」である実態をある程度証明しなければなりません。タイムカードは出社時・退社時の記録にすぎないことを会社が証明する必要があるのです。

証明する方法ですが、①事前にタイムカードの打刻ルール及び意味合いを就業規則に定める、②ルールに従った運用を徹底する、ということになります。

例えば、就業規則に次のような規定を定め、規定にそって残業や労働時間の管理把握を行う。

  1. 従業員は始業時間に勤務を開始し、終業時間に業務を終えなければならないこと。
  2. 始業時間前・終業時間後に業務を行う場合は、事前に上長の許可を得なければならないこと。
  3. 無断で時間外労働を行うことは禁止し、これに違反しても労働時間とは認めないこと。
  4. 残業時間は自己申告制の残業申請書に基づいて行い、タイムカードは残業申請書の正確性を担保するための用いること。
  5. タイムカードは出社・退社の時間を記録するに過ぎず、労働時間の管理・把握するものではないこと。
タイムカードによる推認を否定した裁判例
東京地判昭和63 . 5 .27労働判例519号59頁 (三好屋商店事件)
大阪地判平成元. 4.20労働判例539号44頁 (北陽電機事件)
阪地判平成24.1.27労働判例1050号92頁(スリー・エイト警備事件)
東京地判平成25.5.22労働判例1095号63頁(ヒロセ電機事件)
大阪地判平成3.2.26労働判例586号80頁 (三栄珈琲事件)
東京地判平成7.12.26労働判例689号26頁 (武谷病院事件)
大阪地判平成9.12.24労働判例730号14頁 (共同輸送〔割増賃金〕事件)
東京地判平成12.5.29労働判例795号85頁(桐和会事件)
東京地判平成20.3.21労働判例967号35頁(藤ビルメンテナンス事件)
東京地裁裁判官の考え方
タイムカードが時間管理のために設定されたのではなく,単に出退勤管理のために設置されていたとして, タイムカードによって実労働時間を推認しなかった裁判例もある(東京地判昭和63 . 5 .27労働判例519号59頁 (三好屋商店事件))。使用者側においてタイムカードによる労働時間の推認することができない特段の事情を反証した場合には, タイムカードの打刻時間による労働時間の推認は妨げられることになる(佐々木宗啓「類型別労働関係訴訟の実務(改訂版)」170頁(青林書院2021年6月)。

所定始業時間前のタイムカード打刻

所定始業時刻前にタイムカードが打刻されている場合については、「タイムカードの打刻時間 = 労働時間」の事実上の推定が働かず、打刻時間をもって始業時間とはなりません。

例えば、所定の始業時間が「午前9時」と定められているところ、それより早く出社して8時45分に打刻をしたとしても、労働時間のカウントとしては、8時45分からカウントせずに、9時からのカウントとなるのです。

仮に8時45分から労働時間を主張したい場合は、労働者側で、8時45分から使用者の指揮命令下に置かれて労働をしたことにつき特別の事情を基礎付ける事実の立証が要求されます(立証できない場合は認められません)。例えば、上司から8時45分から●●の業務を行うように指示されていた、ということを具体的に立証する必要があります。

始業時間前のタイムカード打刻による推認を否定した裁判例
東京地判平成25.2.28労働判例l1074号47頁 (イーライフ事件)
東京地判平成25.5.22労働判例1095号63頁(ヒロセ電機事件)

打刻漏れや手書き等のあるタイムカード

タイムカードの打刻時間は機械的に打刻されているからこそ高い証拠価値が認められています。タイムカードの打刻漏れや手書きで記載がされている部分については、機械的正確性をもって記録されたとはいえず、記載された時間をもって労働時間とは推認されません。

もっとも、打刻漏れや手書きの記載がなされている場合であっても、ケースバイケースで労働時間は認定されています。

タイムカード打刻がない場合の裁判例
大阪高判平成12・6・30労働判例792号103頁日本コンベンションサービス事件)…従業員の主張する時間外労働時間の2分の1を労働時間として推計
大阪地判平成13・10・19労働判例820号15頁 (松山石油事件)…打刻漏れ・手書きは認めず、所定労働時間の勤務と認定
大阪地判平成19・4・6労働判例946号119頁 (アイスベツク・ビジネスプレイン事件)…タイムカードは打刻部分を含めて信用できないとして請求棄却
東京地判平成21・10. 21労働判例1000号65頁(ボス事件)…会社が手書き部分も含めて勤務時間を管理していたので手書き部分も含めて労働時間として認めるが、タイムカードに始業時間又は終業時間のみ記載されている場合は勤務しなかったものと認定する
東京地判平成22.9.7労働判例1020号66頁(デンタルリサーチ社事件)…手書き部分は労働時間として認めない
東京地判平成23・10・25労働判例1041号62頁(スタジオツインク事件)…会社側がタイムカードを開示しない部分については平均値で認定

ICカード・IDカード

証拠価値・信用性

ICカード(integrated circuit card) とは、情報(データ)の記録や演算をするため、本体内部に集積回路(integrated circuit) を組み込み、電子的な処理を可能としたカードのことです。身近な例としては、交通系ICカードのSuica、ICチップ付きクレジットカード・キャッシュカードなどがあります。

また、IDカード(identitycard,identificationcard) とは、各種カード(クレジットカード、プリペイドカード、デビットカード)等に、名
前・生年月日・顔写真・その他の身分を証明する情報(identity、identification)機能を搭載した一体型カードのことをいいます。

使用者は、労働者が出勤した際や退勤した際に、ICカードやIDカードをカードリーダー(読み取り機)にかざして、事業場への入場及び退場の時刻をカードに記録させることにより、労働者の労働時間を管理をする場合があります。

記録された時間が機械的に記録されます(通常はデータとして記録されます)ので、機械的正確性が高いと記録ということができます。

また、ICカード・IDカードは、使用者が勤怠管理の目的で労働者に打刻させた場合は、業務関連性も高いといえます。

そのため、使用者がICカード・IDカードを勤務開始(始業)時及び勤務終了(終業)時に記録させ、その記録時間をもって労働時間を管理・把握している場合は、ICカード・IDカードは労働時間を証明する価値及び信用性があるといえます。すなわち、特段の事情のない限り、タイムカードの記録どおりに、労働者が労働を開始し、労働を終了したと事実上推定されます。

その結果、使用者が、ICカード・IDカードにより記録された時刻が始業時刻と終業時刻とは異なり、労働者は使用者の指揮命令下に置かれて労働してはいなかったと主碓する場合には、その旨の反証をする必要があり、これができないときには、ICカード・IDカードにより記録された出勤時刻と退勤時刻をもって、労働者の始業時刻と終業時刻であると認定されます。

弁護士吉村雄二郎
最近ではICカード・IDカードによる記録データが労働時間立証に関する証拠として提出されることが増えています。労働時間管理のためにICカード・IDカードが用いられている場合は、その信用性や証明力はタイムカードと同等のものと評価されるます。従って、日常の労務管理において、ICカード・IDカードもタイムカードの打刻と同様に厳格に指示指導する必要性があります。

ICカード・IDカードの時間が労働時間と認められた例

東京地裁平成17・9・30労経速1916号11頁(コミネコミュニケーションズ事件)
前橋地裁高崎支部平成28.5.19労伽判例1141号5頁 (ヤマダ電機事件)
横浜地判令和2.6.25労働判例1230号36頁 (アートコーポレーション事件)…ただし、始業時間については、基本的な所定始業時間を認定し、それ以前に打刻があっても始業時間とは認めなかった。

ICカード・IDカードの時間が労働時間と認められなかった例

東京高判平成25・11.21労働判例1086号52頁 (オリエンタルモーター〔割増賃金請求〕事件。上告群:最一小決平成26.4.17〔平成26年(オ)第416号、同年(受)第530号。上告棄却・上告不受理決定〕)…ICカードは施設管理のためのものであり、その履歴は会社構内における滞留時間を示すものにすぎず、ICカード使用履歴記載の滞留時間に残業して時間外労働をしていたことを立証するものとはいえないし、他に所定労働時間外に労務の提供をしたとの事実又は労務の提供を義務付けられていたとの事実を認めることはできないとして、未払賃金等の請求を棄却

PCのログデータ

証拠価値・信用性

PCログデータ(ログイン・ログアウト時間)とは,パソコンを起動(ログイン)した時刻とパソコンを終了(ログアウト)した時刻が記載された記録です。

デスクワークで常時パソコンを使用する従業員は,出勤の直後にパソコンを起動し,退勤の直前にパソコンを終了させると考えられることから,ログデータは労働時間の証拠になることがあります。

ログイン・ログアウト時間は機械的に記録されますので、機械的正確性が高いと記録ということができます。

また、ログイン・ログアウト時間は、デスクワークで常時パソコンを使用している労働者に関しては、業務関連性も高いといえます。

そのため、労働者が日常的に使用していたパソコンのログイン・ログアウト時間は、その間は使用者の指揮命令下におかれて労務を提供していたと推認することが可能です。すなわち、特段の事情(使用者側の反証)のない限り、ログイン・ログアウト時間どおりに、労働者が労働を開始し、労働を終了したと事実上推定されます。

もっとも、ログイン・ログアウト時間が労働時間であるとの推定は、①会社にあるPCで、当該労働者専用として貸与されているPCであること、②業務がPCを日常的に使用するものであったこと、③担当業務からして明らかに不自然・不必要な時間帯にログイン・ログアウトしていないこと、といったことが前提になります。

従って、この前提が欠ける場合は、推定を妨げることが可能となります。

例えば、①普段持ち運んでいるモバイルPCの場合(会社で業務に関連して起動したとはいえない)、会社にあるPCであるが当該労働者専用ではなく他の従業員も使用している場合(起動・シャットダウンが当該労働者の労働時間とはいえない)、②担当業務がPCを使用するものではなかったこと(PCのログイン・ログアウト時間が業務に関連するとはいえない)、③PCのログ履歴から仕事とは全く関係ないWEBサイトの閲覧に費やされていた記録があること(業務関連性がない)、といった場合は、ログイン・ログアウト時間=労働時間の推定を妨げることが可能です。

ログイン・ログアウト時間と労働時間に関する裁判例

東京地判平成18.11.10労働判例931号65頁 (PE&HR事件)
東京地判平成23.9.9労働判例1038号53頁(十象舎事件)
京地判平成24.8.28労働判例1058号5頁(アクテイリンク事件)
京地判平成24.12.27労働判例1069号21頁 (プロツズ事件)
京地判平成25.1.4労働判例1085号50頁(カール・ハンセン&サンジャパン事件)

メール・チャットの送信履歴

証拠価値・信用性

メール・チャット(以下単に「メール」といいます。)の送信履歴には、送信時刻、宛先、内容が記録されています。

事業場にあるパソコンから業務に関連するメールが送信されている場合、少なくとも送信時点において事業場に居たことが証明されます。よって、少なくともその時刻には労働者が指揮命令下に労務を提供していたことが推定される場合があります。

メールの送信時間は機械的に記録されますので、機械的正確性が高いと記録ということができます。

また、メールの送信時間は、仕事でメールを日常的に使用している労働者に関しては、業務関連性も高いといえます。

もっとも、メールの送信時間が労働時間であるとの推定は、①会社にあるPCで、当該労働者専用として貸与されているPCからの送信であること、②業務がPCでメールを日常的に使用するものであったこと、③担当業務からして明らかに不自然・不必要な時間帯にメールを送信していないこと、といったことが前提になります。

従って、この前提が欠ける場合は、推定を妨げることが可能となります。

例えば、①普段持ち運んでいるモバイルPCの場合(会社で業務に関連して起動したとはいえない)、②担当業務がPCのメールを使用するものではなかったこと(PCのメール送信が業務に関連するとはいえない)、③仕事とは全く関係ないメールである場合(業務関連性がない)、といった場合は、メールの送信時間=労働時間の推定を妨げることが可能です。

なお、メールの受信時間は、業務を行っていない時間帯であっても記録されるものですので、常に業務関連性があるとはいえず、それだけで労働時間の推定は及びません。

メール送信時間と労働時間に関する裁判例

東京地判平成20.9.30労働判例977号74頁 (ゲートウェイ21事件)…メールの送信時刻における就労を認定
東京地判平成23.3.23労働判例1029号18頁 (ココロプロジェクト事件)…メールの送信時間をもって始業・終業時間とは認定しないが、送信時間を利用して一定の労働時間を推認

グループウエアの記録

グループウェアとは,社内のコンピュータネットワークを利用して情報の交換・共有をするためのシステムであり,スケジューラーやワークフローとして用いられるのが一般的です。例えば、労働時間管理に「サイボウズ」(サイボウズ社製の業務支援ツールの1つで、Webブラウザからアクセスして、平易な操作により利用できるグループウエア)が利用されているケースがよくあります。サイボウズには,ログイン状況に応じて自動打刻される「タイムカード」という機能があり,同機能により出退勤時間が記録されています。
このようにグループウェアの記録が労働時間の資料になることがあります。
しかし,労働者が自宅のパソコンや外出先のノートパソコンからグループウェアにアクセスしている実態がある場合には,グループウエアの記録がイコール労働時間に直接つながるとは言えません。従って、運用実態によっては、グループウェア記録の証拠価値は限定的なものとなります。

タコグラフ

証拠価値・信用性

タコグラフとは,自動車に取り付けられ,自動車の速度,走行距離,走行・停止時間などを自動的に記録する機器であり,運行記録計ともいいます。

タコグラフは、円形の記録紙(チャート紙)の上に時間の経過につれて連続的な線図で自動的にグラフ化して描いて記録し、自動車の運行状況を把握できるようにした計器です(従来型のアナログタコグラフ)。また、最近では、記録紙に代えてメモリーカードなどの媒体に数値化して電気的に記録するデジタルタコグラフも多用されるようになっています。

タコグラフは、走行速度、走行距離、走行時間などが機械的正確に記録されます。また、運送業務上必要な記録であり、自動車の走行中は運送業務に従事しているとの推定が働きますので、業務関連性も高いといえます。

従って、タコグラフ上の自動車の走行中の時間については、基本的に、労働時間であるとの推定が働くので、使用者側からの特段の反証がない限り、その記録に基づいて、労働時間が認定されます。

もっとも,タコグラフから自動車を運転していた時間が分かっても,運転時間に従業員が労働を行っていたとは限りません。実は業務と関係のない場所に移動している可能性が存在します。従って、運用実態によっては、タコグラフの証拠価値は限定的なものとなります。

タコグラフによる労働時間認定の例

大阪地判平成18.6.15 労働判例924号72頁 (大虎運輸事件)

事業場の警備記録・入退館記録

証拠価値・信用性

事業場の警備記録や入退館記録は,事業所に設置された警備システムの解除時刻および開始時刻が記録されたものです。

システムによっては、従業員毎に入館時間・退館時間が記録されているものもあり、その時間は事業場に居たことは証明されるので、労働時間の資料として用いられる場合があります。

記録された入退館時間は機械的に記録されますので、機械的正確性が高いと記録ということができます。

もっとも、入退館時間は、オフィスビル等の事業場への入退館時間を記録するものであり、使用者が勤怠管理等に使用する記録ではありませんので、業務関連性は高くはありません。

入退館時間をもって、使用者の指揮命令下に労務を提供したとはダイレクトには言えないからです。

それゆえ、労働時間の認定にダイレクトに用いることが出来る証拠価値・信用性はありません。入退館記録を労働時間の証拠として利用するのであれば、他の証拠により業務関連性を補充する必要があります。

また、警備記録や入退館記録は、労働者ごとに記録されず、最も早く出社した時刻及び最も遅く退社した時刻だけが記録される場合もあります。

その場合に、最も早く出社した時刻及び最も遅く退社した時刻を記録したのが当該労働者であることを証明できない場合は、入退館記録は労働時間の証拠とはなりません。誰の入退館記録かわからないからです。

入退館記録と裁判例

東京地判平成8.3.28労働判例692号13頁 (電通事件)…過労自殺の業務起因性の一要素としての労働時間認定に退館記録を認める
鹿児島地判平成22.2.16労働判例1004号77頁 (康正産業事件)…過重労働による心疾患の業務起因性の一要素としての労働時間認定に警備記録を認める
東京地判平成25.5.22労働判例1095号63頁 (ヒロセ電機事件)…残業許可制を前提に入退館記録は証拠として採用せず

労働者の主張の弾劾証拠として活用

労働者が手帳の記載などにより残業時間を主張している場合に、それを弾劾する証拠として入退館記録を証拠として利用することがあります。

例えば、深夜23時まで残業をしていたと労働者が手帳の記載に基づいて主張をしていたケースがあったとします。その場合に、その日の最終退館時間が20時であったとすると、20時以降は誰もオフィスにいなかったこと、ひいては労働者が23時まで残業していたことが事実ではないことを証明することができます。

これにより、労働者の手帳の記載の証拠価値・信用性が無いことを反証することができます。いわば弾劾証拠として活用できます。

日報

証拠価値・信用性

日報は、労働者が日ごとに行った業務内容を使用者に報告するために作成する文書です。

使用者より作成を義務付けられている場合は業務関連性が認められますが、内容(特に時間について)に機械的正確性はありません。

また、勤務時間を記録することを主目的としたものではありませんので、その記録からダイレクトに労働時間を証明できません。

それゆえ、作成目的、作成経緯、内容の具体性、使用者側の確認の有無、他の客観的証拠の裏付けなどを踏まえて証拠価値・信用性が判定されます。

日報による労働時間認定の例

運転報告書

タクシー運転手が作成した運転報告書の信用性を認めて労働時間を推計計算により認定(大阪高判昭63.9.29労働判例546号61頁(郡山交通事件)

ダイアリー(勤務表)

電気工事作業員が、労働時間を明確にする目的で作成していた出勤時刻、作業内容、終業時間を記録したダイアリー(勤務表)を信用できるとして認定(大阪地判平成16・10・22労経速1896号3頁 (かんでんエンジニアリング事件)

整理簿

土木設計等を行った労働者が、労働時間を明確にする目的で作成していた整理簿(勤務開始時間、終了時間、超過時間を記載し、3ヶ月に1回上司に提出して上司の確認を受けていた。出向先と被告との間の契約に関する資料でもあった。)を労働時間の認定資料として認めた(大阪地判平成17・10・6労働判例907号5頁 (ピーエムコンサルタント事件))。

勤務リストや営業日報

飲食店店長が、勤務リストや営業日報に基づいて労働時間を主張したケース。勤務リスト(シフト表のようなもの)に従って勤務をしていたので勤務リストから始業時間を認定し、閉店後に作成及びFAX送信していた営業日報に記載された終業時刻をもって終業時間と認定した(大阪地判平成19・10・25労働判例953号27頁 (トップ〔カレーハウスココ壱番屋店長〕事件))。

作業日報等

飲食店の従業員が、作成していた就業日報等は、タイムカードの記録、終業月報の記録と矛盾せず、弁論の全趣旨から、労働時間を認定した(京都地判平成21.9.17労働判例994号89頁(ディバイスリレーシヨンズ事件))。

システム会社の課長について、作業日報は具体的であり、それに記載された時間は信用できるとして労働時間を認定した(京都地判平成23・10・31労働判例1041号49頁 (エーデイーデイー事件))。

勤務実績表

警備会社の労働者の自己申告に基づいて使用者が作成した勤務実績表の記載を基本に労働時間を認定した(東京地判平成22.2.2労働判例1005号60頁 (東京シーエスピー事件))。

ソフトウエア開発会社の従業員が、自ら作成した月間実績報告書に記載された時間をもって労働時間と認定した。月間実績報告書に記載された労働時間は、被告が客先に請求する前提としており、賃金計算の際も月間実績報告書の時間を労働時間の算定資料として用いていたこと等から、信用性があると判断した(東京地判平成23.3.9労働判例1030号号27頁 (エス・エー・デイー情報システムズ事件))。

勤務状況報告書

ホテルの料理人が作成していた勤務状況報告書は、毎月10日締めで、出勤及び休日数、総労働時間、時間外労働時間、深夜勤務時間を記録し、責任者による点検を受けていたことから信用性があるとして労働時間を認定した(札幌高判平成24・10・19労働判例1064号37頁 (ザ・ウィンザー・ホテルズ・インターナショナル事件)

添乗日報

添乗業務を行っていた従業員が作成・提出していた添乗日報は、出発地、運送機関の発着地、観光地や観光施設、到着地についての出発時刻、到着時刻等を正確かつ詳細に記載されており、信用性が高いとして労働時間を認定した(東京高判平成24.3.7労働判例1048号6頁 (阪急トラベルサポート〔第2〕事件。最二小判平成26・1 ・24労働判例1088号5頁で維持された)。

工事日報

工事の現場監督が作成した工事日報について、工事の内容を記録して報告する性質のものであり、労働時間を記録する目的ではなく、個別の労働時間とは認定できないとした(大阪地判平成13・7 ・19労働判例812号13頁 (光安建設事件))。

手帳・メモ

証拠価値・信用性

労働者が、手帳、メモ及び日記等(以下「手帳等」)に始業時刻、終業時刻及び労働時間等を記載し、それをもって労働時間を証明する証拠として提出する場合があります。

手帳等は、作成された目的が不明であり、業務上作成したものではなく、その作成に使用者が関与しませんので、業務関連性はありません。

労働者が自主的に記載する始業時間・終業時間に機械的正確性は皆無です。

手帳等の始業時間・終業時間の記載は、後付けで作成される可能性も否定できません。

それゆえ、一般的に、労働時間の算定資料としての信用性は低いものになります。

仮に手帳等に記載された終業時刻及び労働時間等を労働時間の算定資料として使用するためには、その客観性や正確性を補強する裏付けとなる根拠が必要です。

そのような補強の根拠としては、他の客観的証拠による裏付けがあること、記載内容自体の具体性(単に始業時間・終業時間が記載されるだけではなく、その日の予定が具体的に記載されている等)が挙げられます。

手帳等による労働時間認定の例

手帳等の証拠価値を認めた例

タイムカードで労働時間管理がなされていた企業において、基本的にタイムカードで労働時間を認定しつつも、タイムカードに記載がない部分の労働時間について手帳の記載をもって労働時間を認定した(東京地判平成14.11.11労判843号27頁ジャパンネットワークサービス事件)

労働時間の裏付けとして日記が提出されたケースで、その記載内容は1日の行動が仕事を含めて書き綴られたものであり、各日の冒頭に時間外労働時間が記載されており、この記載は日記本文の記載内容と概ね整合している等の理由で「一応信用できる」として、残業時間を認定した(東京地判平成19・8 ・24労働判例944号87頁 (三英冷熱工業事件))。

労働者が記憶に基づいて作成した出退勤表が、正確性の裏付けはないとしつつも、業務実態を反映した資料であることに鑑み、出退勤表に記載された出退勤時間に基づいて集計された残業代の8割を認定した(大阪地判平成19 ・11 ・29労働判例956号16頁 (オフイステン事件)

タイムカード等による労働時間管理がされていなかったため、出退勤の時間を記録した手帳及び仕事上作成していた仕事リスト表に基づいて残業代請求がなされたケースで、裁判所は、民訴法248条の精神に鑑み、労働者が請求した時間外手当の額の6割を認容した(東京地判平成20.5.27労働判例962号86頁 (フォーシーズンズフプレス事件)

出勤時刻、退勤時刻、休憩開始時刻及び休憩終了時刻やその日の出来事等が記載されたノートについて、タイムカードの出退勤時間は整合していることを認めつつも、出退勤時間はタイムカードで時間を認定し、休憩時間については、タイムカードの打刻はなく、休憩時間が十分に取れていなかった事実を認定した上で、ノートの記載に基づいて休憩時間を認定した(金沢地判平成26.9.3)労働判例1107号79頁 (スロー・ライフ事件))

ユニオンの指導を受けて、労働の成果である作成数量、実際の始業時間と終業時間を記録したメモは、業務上作成した日報に記載された作成数量と一致しており、ユニオンの指導を受けて時間外手当等請求のための現実に即した内容の根拠資料とする用途で作成されたもので、その故に原告らが殊更虚偽の記載をしたというような、信用性に疑いを差し挟むべき特段の事情は窺われないとして、始業時間・終業時間を認定した(和歌山地田辺支判平成21 ・7 ・17労働判例991号29頁 (オオシマニットほか事件))

始業時間・終業時間を記載した手帳は、Suica利用明細に記録された出入場記録の裏付けがある範囲内で信用性は肯定できるとして、時間外労働を認定した(東京地判平成23.12.27労働判例1044号5頁 (HSBCサービシーズ・ジャパン・リミテッド〔貸金等請求〕事件)

手帳等の証拠価値を否定した例

手帳の残業時間メモは、矛盾点が存在し、不自然かつ不合理な部分があり、信川性は全体として低いとして、基本的に、手帳の記載に基づいて時間外労働時間を認定することはできないと認定した(東京地判平成7.9.25労働判例683号30頁 (国民金融公庫事件)

残業時間を記載したカレンダーは、一部期間のものしか存在せず、客観的証拠による裏付けがないので、証拠価値がないとされた(大阪地判平成9 ・1 ・31労働判例730号90頁(ボヘミアン事件))

従業員の妻が従業員の帰宅時間を記載したノートは、従業員が寄り道をした場合は退社時間の把握が出来ず、帰宅時に妻が就寝していた場合は翌日に帰宅時間を告げていたというが正確性に疑いがあるため、証拠価値はないとした(大阪高判平成17.12.1労働判例933号69頁(ゴムノイナキ事件))

出勤時間と退勤時間を記載した手帳について、他の自己が作成した文書との整合性や手帳の記載の信用性に関する原告の曖昧な供述等に鑑み、信用することはできないとした例(岡山地判平成19・3・27労働判例941号23頁 (セントラル・パーク事件)

3 証拠収集手続き

①タイムカード、②手帳、③PCのログデータ、④グループウエアの記録、⑤警備記録、⑥タコグラフのうち、②以外は、労働者が事前にコピー等により取得している以外は、会社にあるのが通常です。
労働者が残業代等を請求する場合は、まずは上記客観的証拠の収集にとりかかるのが通常で、残業代の請求と共に証拠の提出を求められることが度々あります。
そのような場合、会社としては、証拠価値の高いタイムカード等の証拠は出したくないというのが正直なところでしょう。
しかし、提出を拒んだ場合、労働者は、労働基準監督署へ通告することにより、労基署が貴社にタイムカード等の提出を求めてくる場合があります。また、労働者が裁判所を通じて、証拠保全手続や起訴前の文書送付嘱託申立等の手続きを取ってくることもあります。さらには、裁判提起後は文書提出命令申立を行ってくることもあります。従って、最終的には、会社は所持しているタイムカード等の提出を迫られることになり、それらに基づいて計算された残業代の支払いを求められることになります。
このような手続きに鑑みれば、最初から素直にタイムカードを開示し、残業代を計算し、早期支払と引き替えに一定額を減額して和解した方が、会社のトータルコストとしては安い場合が多いのが実情です(裁判になったときの弁護士費用もバカに出来ません)。

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