引き抜き

退職した従業員の引き抜きへの対抗策

社長
当社の営業部長Yが、当社社長と営業方針について対立し、昨月退職しました。Yは退職後、当社のライバル企業であるZ社へ移籍しました。ところが、Yは退職の直前直後に当社内の目ぼしい人材を飲食に誘い,当社の悪評を吹き込み、Z社へ一緒に移籍するよう勧誘しました。多数の当社従業員が退職し,Z社へ移籍することになってしまいました。そのため,当社では,仕事がまわらなくなり,莫大な損害が生じました。そこで、当社はYやZ社に対し、損害賠償請求を検討しておりますが、可能でしょうか?
弁護士吉村雄二郎
労働者には「職業選択の自由」(憲法22条1項)が保障されていますので,退職した後に,前会社の社員を勧誘することは原則として自由とされています。しかし,①会社との間で引き抜き禁止の合意をしていた場合や,そのような合意がなくとも②会社に内密に移籍の計画を立て,一斉かつ大量に従業員を引き抜く場合など、引き抜きが単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的な方法で行われた場合は,債務不履行又は不法行為に該当します。対抗策としては、損害賠償を請求することが可能です。また,在職中に引き抜き行為をした場合は懲戒解雇処分退職金の不支給・没収処分の余地もあります。ご相談のケースでは,Yは在職中から同業事業設立を企画し,多数の社員を一斉に引き抜いて貴社の事業に支障を生じさせていますので,損害賠償請求が可能であると思われます。
社員は在職中は会社に対して秘密保持義務・競業避止義務を負う。
退職後であっても、会社との間で退職後の秘密保持義務・競業避止義務について合意いる場合は引き抜きは合意違反となる。
合意していない場合であっても,引き抜きの態様は悪質な場合は,不法行為を理由に損害賠償責任が発生する場合もある。
対抗策としては、①損害賠償請求、②転職の差し止め、③退職金の不支給・減額などの方法がある。

退職者による引抜き行為

従業員が,退職後自ら競合会社を設立したり又は同業他社に転職したりするに際し,同僚や部下の引抜きを行うケースが増えています。引き抜きによって経験豊富な従業員を奪われた場合、取引先との関係で悪影響が出る、一人前の社員に育成するために費やしたコストが損失となる、新たな人員を補充し育成しなければならないなど、企業には大きな損失につながります。他方で、従業員には憲法22条で保障される職業活動の自由が保障されており、転職や勧誘も認められています。退職者による引き抜きはどこまで禁止できるのか?違反した退職者に対してとりうる対抗策について説明していきます。

在職中の引抜き行為

在職中は常識を逸脱する引き抜き行為は許されない

労働者には,雇用契約締結により,信義則上使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(誠実義務が生じます。誠実義務の内容として,会社の秘密を漏洩してはならないという秘密保持義務・会社と競合する事業を自ら行うなどしてはならないという競業避止義務を負います。

しかし、労働者には,憲法22条職業選択の自由が保障されるため,自由に転職を決めることができます。退職してライバル企業に転職することも自由ですし、自ら会社を起業することも自由です。そして、転職や企業した後に、元いた会社の部下や同僚を勧誘することも基本的には自由なのです。

従って,引抜き行為が転職の勧誘といった程度にとどまり手段・方法等が相当である限り,義務違反となりません。

弁護士吉村雄二郎
会社を退職していないのに、ライバル企業への転職を検討するだけでなく、同僚や部下に転職の勧誘をすること自体、裏切り行為であると考える社長も多いでしょう。この法律の建前は経営者にとっては非常に違和感があるかと思います。しかし、押さえていただきたいポイントです。

しかし、引抜き行為が転職の勧奨の域を超え、常識(社会的相当性)を逸脱したような場合は,雇用契約上の誠実義務に違反したことになります。

例えば、引き抜きが秘密裏に準備され、一時期に大量に引き抜きがなされるようなケースです。

在職中の引き抜きに関する裁判例

裁判例で具体的に見てみましょう。会社の営業本部長が在職中,多数の部下を一斉に退職させて競業他社に移籍させたという事案で,上記のような一般論を展開した上で,引抜きの社会的相当性の有無については,(1)引き抜かれた労働者の地位・待遇・(2)引き抜かれた人数,(3)転職が会社に及ぼす損害,(4)引抜きの態様・方法(退職時期の予告の有無,秘密性,計画性)等の諸般の事情によって判断すべきものと述べ,引抜きの態様・方法の計画性・背信性を認めて不法行為と判断しています。

ラクソン等事件(東京地判平成3・2・25労判588号74貢)
英会話教室を経営するとともに英語教材の販売も行う会社がありました。その会社の取締役営業本部長にあった者が、競業会社に配下の部長職、課長、係長をはじめ20数名を引き連れて転職したというケースがありました。このケースで裁判所は「およそ会社の従業員は、使用者に対して、雇用契約に附随する信義則上の義務として、就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(雇用契約上の誠実義務という)を負い、従業員が右義務に違反した結果、使用者に損害を与えた場合には、賠償すべき責任がある」との一般論を述べた上で、個人の転職の自由は最大限に保障しなければならず、従業員の引き抜き行為のうち単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえないが、「会社に内秘に移籍の計画を立て、一斉かつ、大量に従業員を引き抜く等、その引き抜きが単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的な方法で行われた場合」には右義務違反にあたるとして、本件行為に対し損害賠償を認めました。また、同時に引き抜いた競業会社に対しても、「ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には、その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして不法行為として右引き抜き行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任がある」と判示し、870万円(1ヶ月分の利益から営業本部長の個人的責任部分50%を控除した残額)の損害賠償を認めています。
その他の参考裁判例
フレックスジャパン・アドバンテック事件(大阪地判平成14・9・11労判840号62頁)・・・派遣スタッフの大量引き抜き(損害賠償肯定)
ソフトウエア興業事件(東京地判平成23・5・12労判1032号5頁)・・・部下の大量引抜き(損害賠償肯定)
A社事件(東京高裁平成1.10.26判決)・・・会社の取締役による引き抜きが取締役の忠実義務に違反する(損害賠償肯定)
フリーラン事件(
東京地判平成6・11・25判タ877号242頁)・・・転職従業員が自発的に退職したケース(不法行為否定)
ピアス事件(大阪地判平成21・3・30労判987号60貢)・・・積極的な勧誘行為は認められない(債務不履行・不法行為否定)
ジャパンフィルムセンター・ウィズワークス事件(
東京地判平成15・10・28労経速1856号19貢)・・・組織的な引き抜き行為とは認められない(不法行為否定)
アイビーエス石井スポーツ事件(大阪地判平成17・11・4労経速1935号3頁)・・・集団退職(集団退職は誠実義務違反であり退職金不支給が有効)

退職後の引抜き行為

退職後は誠実義務を負わない

労働契約終了すれば,労働契約に付随する義務としての誠実義務も同時に終了すると考えられます。従って,退職した後は、の場合,従業員の引抜きを行っても,原則として誠実義務違反は生じません。

例外1 引き抜き禁止の合意をしている場合

退職後も引き抜き禁止の合意(一般的には秘密保持・競業避止義務の合意)を結んでいる場合は,退職後も引き抜き行為をすることは合意違反の債務不履行となり,損害賠償責任が発生します。

例外2 悪質な場合

また,合意が無い場合であっても,退職後に,引抜き行為が大量又は一斉になされるなど会社の業務に重大な支障を生じさせたり,又は,引き抜かれる労働者に営業情報や秘密情報を持ち出させたりした場合は,不法行為に当たる場合があります。その場合も損害賠償責任が発生します。

引き抜き行為に対する対抗策

では、引き抜き行為が誠実義務違反や不法行為に該当する場合、いかなる対抗策を講ずることができるのでしょうか?

① 損害賠償請求

損害賠償の要件(条件)

引き抜き行為により損害が発生した場合は、損害賠償を請求することができます。ただし、損害賠償を請求できるのは、引き抜き行為と相当因果関係がある損害に限られ、かつ、会社側が証明に成功したものに限ります。

弁護士吉村雄二郎
実際にはこの証明のハードルは非常に高いです。会社側としては、引き抜き行為により生じた営業損失全て向こう数年分にわたって請求したいと考えることが多いです。しかし、現実に認められる損害は想像以上に少ないことが多いです。

認められる損害の範囲の例

「引き抜き行為がなければ得られたであろう粗利益 - 実際に得た粗利益 」の2~3ヶ月分、が相場です。

裁判例
粗利益の差額の1ヶ月分を損害とした例(前掲ラクソン事件)
・・・過去の実績として毎年3月は月4000万円以上の売上高を計上し、その粗利益(売上高から、売上原価(仕入れ原価及び売上諸掛)及び営業直接経費(給料、コミッション、雑給、リース料、通信費及び募集費)を控除したもの)も月2000万円以上であった。ところが、引抜行為の直後の3月の売上高は約1200万円と落ち込み、粗利益も約260万円にすぎなかった。そうすると、会社は、引き抜きがなされた3月にも少なくとも4000万円の売上、2000万円の粗利益を挙げることができたものと推認されるが、実際には約260万円にとどまった。そこで、粗利2000万円と260万円の差額1740万円から、引き抜きをした社員の寄与度を50%として、870万円をもって相当因果関係が認められる損害と認定する。
3ヶ月分の収入の30%をもって損害とした例(東京学習協力会事件 東京地裁平2.4.17判決)・・・退職した学習塾講師がJR駅の反対側に塾を設立し、元同僚の講師12人中6名を引き抜き、名簿を利用して生徒全員に勧誘をかけ、生徒220人中125人を3ヶ月以内に転塾させた事件について「年度途中で事前に十分な余裕がないまま講師陣の大半が辞任すれば、進学塾の経営者がこれに代わるべき講師の確保に苦慮することになり、生徒に大きな動揺を与え、相当数の生徒が当該進学塾をやめるという事態を招来しかねない」という事情を挙げて就業規則上の競業避止義務を根拠に損害賠償責任を認めた。しかし、損害額は「夏期講習及び3ヶ月分の収入の30%」(376万円)を限度とした。
2ヶ月分の利益相当額を損害とした例(東京コンピューターサービス事件 東京地裁平8.12.27)・・・コンピュータ技術者の派遣業務を行う会社の幹部社員が,在籍中に,新会社の設立を計画し,競業会社から資金援助を受けて約200名のグループ会社社員と面接し,会社の将来性や経営方針を否定・批判して引抜きを行ったケースで「雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして,本件引抜行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務がある」とした。しかし、損害額は引き抜いた社員(42名)が1年間稼働することにより得られたはずの利益(6154万)のうち2ヶ月分の利益(1525万円)にとどまった。
3ヶ月分の粗利益額を損害とした例(前掲フレックスジャパン・アドバンテック事件)・・・損害賠償額については、違法な方法で派遣スタッフだけではなく派遣先企業を喪失し,あるいは派遣先企業での派遣スタッフ数の減少が生じた場合には,当該業者が新たな派遣先企業を獲得し,あるいは派遣先企業における派遣スタッフ数を回復するまでの期間に生じた損害(失った派遣先企業から得られたであろう派遣料)は違法な引抜き行為と相当因果関係がある損害であると認めた。具体的には、3か月分に当たる粗利額(X社が派遣先企業から受領した売上高(派遣料)から,当該派遣スタッフに対して支給されていた,税金等の法定控除前の賃金総支給額に当該派遣スタッフにかかる各種保険料(労災保険,雇用保険,健康保険,厚生年金等の保険料)のうち原告負担分を加えた額を控除したもの)を認めた。
弁護士吉村雄二郎
このように法的措置を講じたとしても、会社側には厳しい証明のハードルが課され、かつ、損害賠償額も低額にとどまります。そのため、法的措置を講ずる費用対効果が釣り合わない場合もありえます。場合によっては、内容証明郵便にて警告や損害賠償を通告することや、社内処分や退職金の不支給・減額に留める場合もあります。しかし、会社が法的措置を含めた毅然とした対応をとろうとしない場合に、残留している社員の目には、自分の会社に理はないのではないか、退職者が設立した競業会社のほうが、将来性があるのではないかと映る可能性があります。そのため、費用対効果が釣り合わない場合であっても、人事労務管理上、早期の段階で退職者あるいは新会社を相手として提訴するという選択や、新会社側が元の会社の悪評を流布しているようなケースでは、名誉段損罪ないし業務妨害罪などで刑事告訴・告発をする余地がないかを検討することもあります。

② 転職の差し止め

競業避止義務に関して就業規則や個別特約がある場合であっても、これに基づいて転職を当然に差し止めできるものではありません。職業選択の自由との関係で一般的には差し止めという強力な効力が認められることは少ないと考えられます。
もっとも、転職の差し止めが認められた事例もあります。
ピーエム・コンセプツ事件(東京地決平18.5.24判タ1229号256頁)
企業、団体、個人に対してプロジェクトマネジメント(PM)に関する講座を提供することを主な業務とする債権者が、同社を退社した債務者に対し、雇用契約における競業禁止条項に基づき、退社から2年間、自己又は第三者のためにPMの教育業務及びコンサルティング業務をしてはならないなどの仮の差止めを求めた事案で、債務者が債権者から支給された報酬の一部には退職後の競業禁止に対する代償も含まれていることなどを総合的に考慮すると、本件競業禁止条項は、労働者の職業選択の自由を不当に制約する結果となっているまではいうことはできず有効であるとして、申立てを一部認容した事例。

③ 退職金の減額・不支給・返還請求

在職中に企業の機密情報や重要な顧客に関する情報にアクセスできる社員が同業他社に転職することは,会社の重要な情報が他社に流出するリスクを生じさせます。そこで,企業は,就業規則や誓約書等において,退職後に競合他社に転職したり,あるいは競合事業を自ら経営する会社を設立するなどして,前使用者のもとで在職中に獲得した知識,技術,技能,人間関係を利用して競争的性格を持つ職業活動に従事することを禁止する旨の規定(競業避止義務規定)を明記することがあります。その規定の実効性を確保するため,当該規定に違反すれば退職金の不支給・減額,返還を求める旨の規定を置く例が少なくありません。

ただ,退職後の競業避止義務は,すでに労働契約が解消されており,労働者が職業選択の自由の一環として自由に再就職先を選択できる退職後の行為を問題にする点で,懲戒解雇等の場合以上に慎重に対応する必要があります。

すなわち,裁判例では,競業避止義務違反を理由とする退職金不支給ないし減額の規定が有効であったとしても,全額不支給については,全額不支給とするのが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限られるとしています。その背信性の判断は,①不支給規定の適用の必要性,②退職に至る経緯,③退職の目的,④退職した社員の違反行為により会社が受けた損害等の諸事情を総合的に考慮してなされます。

具体的には,裁判例の傾向として,①単に経験を生かして同業他社に就職した程度では足りず,多額の投資をして特殊なノウハウを身に付けさせており,その者がいなければ会社の当該部門の営業が成り立たないこと,②当該部門の多数の社員を勧誘して離脱させたため,当該部門を閉鎖せざるをえなかったこと,③職務上知りえた秘密をみだりに使用して会社の利益を害したことを要するという傾向にあると説明されています。

④ 懲戒処分

在職者の中に、引き抜き首謀者である退職した従業員に協力している者がいないかどうかを調査します。競業避止義務違反や秘密保持義務違反行為をしている社員に対しては、懲戒処分を含めた対応を検討します。

⑤ 社内に向けての対応

他の社員に向けて会社方針を発表することの要否や発表内容を検討します。

社員の引き抜きへの対応方法

1 事実関係及び証拠の確認

まずは,以下の事実及び証拠を確認する必要があります。

引き抜き行為や計画の事実

【証拠】
□ 社員の証言(録音,メールや報告書)
□ 取引先からの情報(録音,メールや報告書)

就業規則や雇用契約書の定め

【証拠】
□ 退職後の秘密保持義務・競業避止義務の定め
□ 引き抜き禁止についての定め

退職後の秘密保持・競業避止に関する合意の有無

【証拠】
□ 秘密保持義務・競業避止の誓約書(入社時)
□ 秘密保持義務・競業避止の誓約書(退職時)

会社に発生した損害(逸失した利益)

【証拠】
□ 損益計算書(引き抜き前後)
□ 貸借対照表

2 引き抜き禁止の合意書の取り交わし

まずは,退職後の引き抜き行為や競業行為を予防するためには,合意書の締結が有効です。なお,社員の職業選択の自由との関係から無制約に退職後の行為を禁止することはできません。よって,禁止する期間,地域,対象社員などを合理的に制限した上で合意書を取り交わした方がよいでしょう。

3 引き抜き行為を計画している社員への警告

引き抜き行為を計画している在職中の社員又は引き抜き禁止の合意をしている退職した社員に対して文書で警告しましょう。具体的には,引き抜き行為が発覚していること,引き抜き行為が債務不履行又は不法行為に該当すること,引き抜きを止めない場合は損害賠償請求を行うこと等を記載します。内容証明郵便で送付することが通常です。

4 引き抜き行為を行った者への制裁(損害賠償請求・懲戒解雇)

① 損害賠償請求

引き抜き行為を実行し,会社に損害を発生させた社員に対し,損害賠償請求を行います。まずは,文書で請求書を送付し,これに応じない場合は法的措置(訴訟,労働審判、仮処分など)を行います。

② 懲戒解雇などの懲戒処分

在職中に引き抜き行為を行った社員については,懲戒解雇事由に該当するとして懲戒解雇などの懲戒処分が可能です。また,退職金規程によって懲戒解雇事由に該当する場合は退職金を一部又は全部不支給(没収)とすることも可能です。ただし,いずれも就業規則及び退職金規程に定めがあることが前提となります。

5 労働者との交渉

労働者が会社の対応に争う姿勢を見せた場合は,まずは,法的措置に進む前に,トラブルになっている労働者と交渉して解決を図ります。具体的には,就業規則等の明確な根拠をもって交渉し,示談書を取り交わします。事後的に裁判に発展する可能性が高いので弁護士に依頼した上で交渉をするのが通常です。

6 法的措置の裁判対応

労働者との間で交渉による解決が図れない場合は,労働者は自己の権利の実現を求めて労働組合へ加入したり,裁判を起こす場合があります。また,引き抜き行為などのケースでは貴社から労働者を相手に裁判を起こすことも大いにありえます。裁判対応は労働問題専門の弁護士に依頼することをお勧めします。

参考裁判例

在職中の引抜き行為につき損害賠償責任が認められた事例

ラクソン等事件

東京地判平成3.2.25労働判例588-74

(事案の概要)
Xは,外国語学院レキシントン(以下,「レキシントン」という。)という名称の英会話教室を経営している会社であり,Y1は昭和61年2月28日までXの取締役営業本部長の地位にあり,Y2は英語教材の販売を業としている会社である。
Xは,Xの営業本部長の地位にあったY1が,部下の従業員多数を引きつれて競業他社(Y2)に移ったことにつき,Yらに対し,損害賠償を請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは,転職する従業員のその会社に占める地位,会社内部における待遇及び人数,従業員の転職が会社に及ぼす影響,転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無,秘密性,計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。」,「・・被告若竹(筆者注:Y1)は,原告(筆者注:X)の営業において中心的な役割を果していた幹部従業員で,しかも本件引抜行為の直前まで原告の取締役でもあったうえ,配下の若竹組織とともに原告が社運をかけたレキシントンの企画を一切任されていたのであるから,被告若竹とともに若竹組織が一斉に退職すれば,原告の営業の基盤であるレキシントンの運営に重大な支障を生ずることは明らかで,しかも被告若竹はこれを熟知する立場にあったにもかかわらず,・・本件引抜行為に及んだうえ,その方法も,まず個別的にマネージャーらに移籍を説得したうえ,このマネージャーらとともに,原告に知られないように内密に本件セールスマンらの移籍を計画・準備し,しかもセールスマンらが移籍を決意する以前から移籍した後の営業場所を確保したばかりか,あらかじめ右営業場所に備品を運搬するなどして,移籍後直ちに営業を行うことができるように準備した後,慰安旅行を装って,事情を知らないセールスマンらをまとめて連れ出し,本件ホテル内の一室で移籍の説得を行い,その翌日には打合せどおり本件ホテルに来ていた被告会社(筆者注:Y2)の役員に会社の説明をしてもらい,その翌日から早速被告会社の営業所で営業を始め,その後に原告への退職届けを郵送させたというものであり,その態様は計画的かつ極めて背信的であったといわねばならない。右のような事実関係を総合考慮すると,被告若竹の本件セールスマンらに対する右移籍の説得は,もはや適法な転職の勧誘に留まらず,社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為であり,不法行為に該当すると評価せざるを得ない。したが鎧で,被告若竹は,原告との雇用契約の誠実義務に違反したものとして,本件引抜行為によって原告が被った損害を賠償する義務を負うというべきである。」とした。

東京コンピュータサービス株式会社事件

東京地判平成8.12.27判例時報1619-85

(事案の概要)
コンピュータ技術者の派遣業務を行う会社(原告)の幹部社員(被告)が,在籍中に,新会社の設立を計画し,競業会社から資金援助を受けて約200名のグループ会社社員と面接し,会社の将来性や経営方針を否定・批判して引抜きを行ったもの。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・従業員は,職業選択の自由があり,転職先の条件等を比較考慮して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することができ,右判断は最大限尊重されなければならない。したがって,従業員の引抜行為が単なる転職の勧誘にとどまるなど,その手段・方法・態様等が社会的に相当であると認められる限りは,自由で公平な活動の範囲内として違法性を欠き,それがたとえ引き抜かれる会社の幹部従業員によって行われたとしても,直ちに雇傭契約上の誠実義務に違反した行為ということはできない。しかしながら,その勧誘の態様が会社の存立を危うくするような一斉かつ大量の従業員を対象とするものであり,あるいは,幹部従業員がその地位・影響力等を利用し,会社の業務行為に藉口して又はこれに直接に関連して勧誘し,あるいは,会社の将来性といった本来不確実な事項についてこれを否定する断定的判断を示したり,会社の経営方針といった抽象的事項についてこれに否定的な評価をしたり,批判したりする等の言葉を弄するなど,その引抜行為が単なる転職の勧誘の域を超え,社会的相当性を逸脱した不公正な方法で行われた場合には,引抜行為を行った幹部従業員は雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行責任又は不法行為責任を負うものというべきである。」,「被告Aは,原告の準役員的立場にあり,営業部次長として原告の営業の中心的な立場にあった上,原告の代表者であるDの個人的な信頼も厚かったにもかかわらず,いわば,これらの地位・立場・影響力を利用して,昭和62年11月ころから新会社設立計画を立て,競業他社の経営者であるCからの資金援助の下に,少なくとも昭和62年12月の13日及び20日の2回にわたり,腹心のBをはじめとする原告グループの従業員約10名を集め,新会社設立計画を協議し,昭和62年11月ころから昭和63年1月ころにかけて自ら又はBを使い,約200人もの原告グループ従業員と面談し,原告の経営体制を厳しく批判した上で,新会社への勧誘行為を行うなどしたものであり,また,その勧誘行為も,個別に居酒屋等に誘うなど会社に内密に行う一方で,会社の公式行事を利用するなどして行ったものもある。そして,原告のようなコンピュータ技術者の派遣業にあっては,人材が唯一の資産であって,派遣されている事業所全部の従業員を一斉に引き抜けば,原告に対し従業員とともにその取引先を失うなど原告の会社の存立に深刻な打撃を与えるものであるにもかかわらず,被告Aはこのことを十分知悉した上で,原告の大量の技術者派遣先である立石ソフト,日本信号与野工場,日立京葉エンジニアリングなどの派遣従業員全員に対し,一斉に勧誘行為を行っているのである。以上の諸点を考慮すれば,被告Aの本件引抜行為は,もはや適法な転職の勧誘の域にとどまるものとはいえず,社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為と評価せざるを得ない。したがって,被告Aは,雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして,本件引抜行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務がある。」とした。

厚生会共立クリニック事件

大阪地判平成10.3.25労働判例739-126

(事案の概要)
Xは,医師であり,平成6年4月28日,Yと雇用契約を締結し,同年5月から,Yの経営する医療法人厚生会共立クリニック(以下,「共立クリニック」という。)の院長として稼働していた。
Xは,Yから従業員の移籍や患者の転院を勧誘したこと,診療録,看護記録のデータを盗用したことなどを理由に懲戒解雇の通告を受けたため,当該解雇無効の確認を求めたのに対し,Yも,Xが自営開業に当たって,Yの職員に対して移籍の勧誘を行い,また患者に対しても転院の勧誘を行い,さらに診療録,看護記録のデータを盗用したことなどの行為によりYの営業権を侵害したとして損害賠償を求めた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・共立クリニックを退職した看護婦13名のうち12名,事務職員1名及びAほか2名の透析技師がNクリニックに採用されたのであり,このような事態の発生により,共立クリニックは,診療体制に壊滅的ともいえる打撃を受け,診療業務の継続に重大な影響を生じたことは容易に推測できる。そして,原告(筆者注:X)は,・・これらの職員に共立クリニックからの退職やNクリニックへの就職を勧誘したのであるから,当然に,共立クリニックが右のような状況に陥ることを予期していたというべきである。」,「被告(筆者注:Y)の就業規則には,このような行為を直接禁じた規定は見当たらない。そして,原告には,経済活動の自由があるから,被告を退職したり,自ら血液人工透析を行う診療施設を開設すること自体は,原則として自由である。また,原告が診療施設開設にあたり,有能かつ信頼関係のある看護婦等の職員の確保を図るため,共立クリニックの職員を採用することも,必ずしも不当であるとはいえない。しかし,だからといって,原告がどのような行動をとっても許されるというわけではなく,あくまでも社会的に見て相当といえる程度にとどまることが要求されるというべきである。そのような場合に,原告に要求される注意義務の内容については,これを一般的に明示することは困難な面があるが,少なくとも,共立クリニックの経営を左右するほどの重大な損害を発生させるおそれのあるような行為は禁止されると解するのが相当であり,原告は,被告との雇用契約上の信義則に基づき,このような行為を行ってはならないという義務を負担しているというべきである。しかしながら,原告が行った共立クリニックの職員に対する移籍勧誘の行為は,その態様,被告に与えた重大な影響等前記判示の事情に照らして,右相当性を逸脱したものといわざるを得ない。ことに,原告は,共立クリニックの院長の地位にあり,かつ,被告の理事にも就任していたことに鑑みれば,その責任は重大といわなければならない。・・原告が共立クリニックの職員に退職を働きかけ,Nクリニックに就職するよう勧誘したことは,原告と被告との間の労働契約における信義則上の義務に反し,債務不履行を構成するというべきである。」,「・・原告は,被告との雇用契約上の信義則に基づき,少なくとも,共立クリニックの経営を左右するほどの重大な損害を発生させるおそれのあるような行為を行ってはならないという義務を負担しているというべきであり,右義務違反の有無は,結局,その行為が社会的にみて,相当なものかどうかによって判断されることになるが,原告の共立クリニックの患者に対する転院勧誘にかかる行為は,その意図,態様,被告に与えた重大な影響等前記判示の事情に照らして,右相当性を逸脱したといわざるを得ない。ことに,原告は,共立クリニックの院長の地位にあり,かつ,被告の理事にも就任していたことに鑑みれば,その責任は重大といわなければならない。・・原告が共立クリニックの患者に転院を勧誘したことは,原告と被告との間の労働契約における信義則上の義務に反し,債務不履行を構成するというべきである。」とした。

退職金の不支給・減額が許されると判断した事例

日本コンベンションサービス事件

大阪地判平成8.12.25労働判例711-30

(事案の概要)
Yは国際会議,学会,イベントの企画・運営を主たる業務とする会社であるところ,Xらは,昭和49年6月21日から同60年9月16日までにYに雇用された。
しかし,Xらは,Yと競合する会社の設立に参画して,会社の業務を著しく阻害し,かつ会社の信用を毀損して就業規則に違反したことを理由に,平成2年7月13日,Yより懲戒解雇された。

(裁判所の判断)
裁判所は,XらのうちYの支社次長の職にあった者が,在職中に同種の事業を営む新会社の設立を計画し,それを朝礼で発表し新会社への参加を呼びかけ,さらに他の支店の従業員に対しても新会社への参加を呼びかけ,支社の書類・物品を持ち出したことを認定した上で,「・・本件不支給条項が右解雇の意思表示を発する以前に有効に新設されたということができない以上,右解雇を理由に,退職金を不支給とすることは,その根拠を欠き,許されない。」,「・・退職金全額の不支給は,労働者の権利に重大な影響を与えるものであるから,単に懲戒解雇事由があるというだけで,退職金全額の不支給が認められるわけではなく,更に,そのことが,労働者のこれまでの功績を失わしめるほどの重大な背信行為と評価されることを要するというべきである。」としながら,「その行為は,これまでの功績を失わしめるほどの重大な背信行為というべきであるので,退職金を支給しないこととなっても,やむを得ないというべきである」と判示して,当該支社次長の職にあった者に対する懲戒解雇を有効と判断した。

(コメント)
同控訴審判決(大阪高判平成10.5.29労働判例745-42)は,「Yには,従業員の引き抜き行為,隠し口座の開設,業務引継の懈怠,取引先に対する欺罔行為などX主張の事実は,後示のとおりこれを認めることができない。就業規則及び誓約保証書に基づく競業避止義務については,後示のとおり,雇用契約終了後もなお効力を有するとは認められない。もっとも,YがY会社の設立に関与した事実が認められる。しかし,それは,Yが退職の意思を表示した後のわずかな期間のことであり,これをもって懲戒解雇によりYの永年の功績を失わせるほどの重大な背信行為ということはできない。」として,元支社次長からの退職金請求を認めました。
また,同上告審事件(最判平成12.6.16労働判例784-16)も,控訴審判決を支持しています。

退職後の引抜き行為につき損害賠償責任が認められた事例

東京学習協力会事件

東京地判平成2.4.17労働判例581-70

(事案の概要)
Xは,中野進学教室という名称で学習塾の経営をする会社であるが,Xの従業員であったYらが,退職後,その近くに新たに学習塾を開校するとともに,X従業員及び講師を引き抜き,また,Xの生徒名簿を利用して生徒勧誘をし,多数を入校させたことに対し,就業規則の競業避止義務違反を理由に,損害賠償の支払いを求めた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・年度の途中で事前に十分な余裕がないまま講師陣の大半が辞任すれば,進学塾の経営者がこれに代わるべき講師の確保に苦慮することとなり,生徒に大きな動揺を与え,相当数の生徒が該当進学熟をやめるという事態を招来しかねないというべきところ,被告(筆者注:Y)らの右行為は,一方で中野会場で会員(生徒)の教育・指導に当たっていた従業員及び講師の大半の者が,原告(筆者注:X)においてその代替要員を十分確保する時間的余裕を与えないまま一斉に退職するに至ったという事態を招来させたものであり,他方では原告の従業員として職務を行っていた際に職務上入手した情報に基づき,中野会場の会員(生徒)中約220名に対し,その住所に書面を送付してアーク進学研究会への入会を勧誘して,125名を入会させるに至ったものであって,原告の前記就業規則上の競業避止義務に違反したものであり,連帯しての損害賠償債務を負うものといわなければならない。」として,Xの請求を認めた。

リアルゲート(エクスプラネット)事件

東京地判平成19.4.27労働判例940-25

(事案の概要)
Xは,コンピュータプログラマー及びシステム操作要員の派遣等を目的とする株式会社である。
Xは,Xの代表取締役であったYA,同取締役であったYBらが設立したY会社に移籍したXの元従業員ら4名(C~F)が共謀してXを退職したうえ,Y会社に移り,また,Xの従業員らに働きかけてY会社に移籍させ,その結果,Xに損害を与えたとして,Yらに対し,不法行為に基づく損害賠償を請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・被告(筆者注:Y)Aは,原告(筆者注:X)の代表取締役であるにもかかわらず,親会社であるG社及びその代表取締役であるGの方針に異を唱え,原告と同一事業を営む新会社を設立して独立しようとし,その従業員とするために原告の従業員を勧誘して新たに設立した被告会社に入社させたのであるから,これは,原告の代表取締役として負っていた忠実義務に反するものであり,また,退職後の勧誘行為についても,これは在職時の勧誘と不可分一体の行為と解されるから,退職直後においてした原告の従業員に対する勧誘行為を含めて,原告の権利を侵害する不法行為を構成するものといわざるを得ない。そして,被告Bについては,原告の取締役であり,被告E及び被告Cは,いずれもマネージャーとして原告の幹部の地位にあったものであり,被告Eについては平成16年9月に退職しているものの,その後も原告事務所に出社していたのであって,同被告らは,同月下旬ころに被告Aとともに新会社設立の検討を開始しており,従業員に対する移籍の働きかけや,顧客に対する新会社との契約の打診を行っていることからすると,上記被告らは,被告Aの前記行為につき意思を通じていたものと認められるから,共同不法行為を構成するものというべきである。」とした。

退職金の不支給は、顕著な背信行為があった場合に限られるとした事例

旭商会事件

東京地判平成7.12.12労働判例688-33

(事案の概要)
Yは,乾物,漬物,佃煮,惣菜の製造・加工及び販売等を目的とする会社であるところ,Xは,昭和54年1月,Yに雇用され,以後,Yに勤務していたが,平成6年1月7日,自己都合により退職した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・原告(筆者注:X)には,被告会社(筆者注:Y)在職中,問題となる行為があったことは否定できない。すなわち,原告が退職前の1か月ほどの間に10回程度運送業者から謝礼をもらって配送を代行したことは,就業規則14条4に該当する(勤務時間内の行為と認めるに足りる証拠はないから,同条6に該当するとはいえない。)。しかし,それが原告の15年間にわたる勤続の功労を全く無に帰させるほどのものとはいえないし,・・原告のその他の行為,勤務態度についても,就業規則13条4の「きわめて不適当と思われる営業態度であると会社が認めたとき」とは,客観的にみて,極めて不適当な営業態度であると認められるときの意味と解すべきであるから,これに該当するということは困難であり,かつ,前同様,それが原告の長年の勤続の功労を全く無に帰させるほどのものであるとはいえない。したがって,退職金不支給の規定に該当するということは無理というべきである。」として,Xからの退職金請求を認めた。

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