ライトスタッフ事件(東京地方裁判所平成24年8月23日判決)

  • 2020年1月15日
  • 2020年6月21日
  • 解雇

解雇後の再就職により賃金請求権が不発生となった事例

1 事案の概要

生命保険の募集に関する業務及び損害保険の代理業等を業とする被告会社に即戦力として中途採用された労働者が,期待した業績を上げず,受動喫煙を理由に欠勤をしたこと等の理由に,使用期間満了前に使用期間中の留保解約権を行使した事案。本件は,被告を試用期間中解雇された原告が,当該解雇は無効であるとして,雇用契約に基づき,被告に対し,地位確認及び賃金(バックペイ)の支払を求めた事案である。

2 ライトスタッフ事件判例のポイント

2.1 結論

解雇は無効であり,原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有するとし,解雇後の賃金支払い請求件を認めながらも,原告が別会社に正社員として再就職した平成23年4月17日以降の賃金請求権を認めなかった。

2.2 理由

1 留保解約権(解雇)の有効性について

留保解約権の行使には解雇権濫用法理(労契法16条)の基本的な枠組が妥当し,解約権留保の趣旨・目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し,社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるものと解するのが相当である。

本件で留保解約権行使に,一定の合理的理由は認められるものの,解雇に至る経緯が拙速に過ぎ,改善機会付与が不十分なので,社会的相当性は認められず,無効である。

2 未払賃金請求権

本件採用拒否後の未払賃金請求に対して民法536条2項が適用される時的範囲について

「民法536条2項によると労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務の履行につき,使用者の責めに帰すべき事由によって上記債務の履行が不能となったときは,労働者は,使用者に対して,賃金の支払を請求することができる。そして,使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときも上記労働者の労務を遂行すべき債務は履行不能となるものと解されるが,ただ,その場合であっても当該労働者は,その履行不能が使用者の責めに帰すべき事由によるものであることを主張立証しなければならず,しかも,この要件事実を主張立証するには,その前提として,自らは客観的に就労する意思と能力を有しており,使用者が上記就労拒絶(労務の受領拒絶)の意思を撤回したならば,直ちに債務の本旨に従った履行の提供を行い得る状態にあることを主張立証する必要があるものと解するのが相当である(菅野和夫「労働法第9版」227頁同旨)。」

原告は,労務の提供をしていないが,それは,「被告(使用者)が違法な本件解約権行使により原告の就労を事前に拒絶し,その就労が不能となったことに基因するものと認められるところ」,「原告は,本件試用期間満了後,本件労組に加入し,被告への復職を前提とする本件各団体交渉を行っているほか,同年6月29日には,本件採用拒否通知は不当・無効な解雇に当たるとして,当庁に対し,被告を債務者とする地位保全等仮処分命令申立事件(いわゆる賃金仮払仮処分命令申立事件)を申し立てているなどしたが,平成23年4月17日に至って,税理士法人Fという法人に正社員として再就職し,給与として月額27万円(額面)の支払を受けていること(なお原告は,給与の1.5か月分の賞与が年2回支給されることも自認している。)が認められる。」

「以上の認定を前提とすると,少なくとも平成22年2月1日から平成23年4月16日までの間については,原告は,一応,客観的に被告における就労の意思と能力を有していたと推認されるものの,同月17日の本件再就職を機に,被告において就労する意思と能力を有しているとは認められない状態に至ったものというべきである。」

「もっとも,この点,原告は同日以降も被告において就労する意思と能力がある旨主張し,その尋問でも,これに沿う供述をしている。しかし上記のとおり原告は,正社員として被告とは全く異なる職種の税理士法人に本件再就職しており,その勤務時間や業務内容は,被告における就労と両立し得るものでないことは明らかである上,被告と比べ月額給与の額(額面額)は遜色なく,賞与として給与の1.5か月分が支払われる約束であること,そして,原告は,本件再就職までの間にCFPのほかに,社会保険労務士の資格を取得しており,敢えて受動喫煙の有害性について理解に乏しいものと思われる使用者の下で保険営業の仕事を続けなければならない理由は見当たらず,むしろ新たな職場(本件再就職先)で心機一転を図ろうとするのが通常と思われること,などの事情を指摘することができる。これらの事情に照らすと,少なくとも客観的にみる限り,本件再就職の時点でもなお被告において就労する意思と能力を有していたとする原告の上記供述は俄に信用し難く,他に,本件再就職後も原告が被告において就労する意思と能力を有していたことを認めるに足る証拠はない
なお原告は,本件再就職後も上記賃金仮払仮処分命令申立事件による仮払金の支給を受け続けているようであるが,これは,そうした賃金仮払の決定が取り消されずに存在していることの結果であり,なお原告に被告において就労する意思と能力があることを推認させるほどのものではなく,むしろ,本件再就職時において上記のような事情が存在していたことに照らすと,賃金の仮払金の支給を受けているにもかかわらず,敢えて正社員として再就職の途を選択したのは,本件再就職先が,原告にとって被告における就労の意思と能力を失わせるに足るだけの魅力を有していたからであるとみるのが自然である。原告が上記賃金の仮払を受け続けている事実は,上記結論に何ら影響を与えるものではない。」

3  ライトスタッフ事件の関連情報

3.1判決情報

裁判官:伊良原 恵吾

掲載誌:労働判例1061号28頁,労働経済判例速報2158号3頁

3.2 関連裁判例

 

3.3 参考記事

 

4 ライトスタッフ事件の判例の具体的内容

 

主文

1 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は,原告に対し,9万2560円及び内2万9334円に対する平成21年12月1日から,内6万3226円に対する同月29日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3 被告は,原告に対し,199万3572円及び内28万3572円に対する平成22年2月27日から,内28万5000円に対する同年4月1日から,内28万5000円に対する同月29日から,内28万5000円に対する同年6月1日から,内28万円5000円に対する同年7月1日から,内28万5000円に対する同月31日から,内28万円5000円に対する同年9月1日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4 被告は,原告に対し,86万1667円及び内28万6667円に対する平成22年10月1日から,内28万7500円に対する同月30日から,内28万7500円に対する同年12月1日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

5 被告は,原告に対し,130万3334円及び内28万7500円に対する平成22年12月29日から,内28万7500円に対する平成23年2月1日から,内28万7500円に対する同年3月1日から,内28万7500円に対する同年4月1日から,内15万3334円に対する同月29日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

6 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

7 訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

8 この判決は,主文2ないし5項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

1 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は,原告に対し,51万4329円及び内7万6155円に対する平成21年11月28日から,内13万2174円に対する平成21年12月29日から,内金30万6000円に対する平成22年1月30日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3 被告は,原告に対し,平成22年2月から同年8月までの間,毎月月末(金融機関営業日でない場合はその前日)限り,金40万8000円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4 被告は,原告に対し,平成22年9月から同年11月までの間,毎月月末(金融機関営業日でない場合はその前日)限り,金41万8200円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

5 被告は,原告に対し,平成22年12月から平成23年8月までの間,毎月月末(金融機関営業日でない場合はその前日)限り,金45万9000円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

6 被告は,原告に対し,平成23年9月以降,毎月月末(金融機関営業日でない場合はその前日)限り,金46万9200円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

7 被告は,その社内を,禁煙又は分煙とせよ。

8 被告は,原告に対し,金150万円及びこれに対する平成22年1月31日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

(骨子)

本件は,被告を試用期間中解雇された原告が,(1)当該解雇は無効であるとして,雇用契約に基づき,被告に対し,①地位確認(請求の趣旨1項),②当該解雇前に発生した未払賃金等(同2項)及び当該解雇の日の翌日以降発生した未払賃金等(同3ないし6項)とこれらの未払賃金等に対する各支払時期の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(同2ないし6項)の各支払のほか,(2)受動喫煙に関する安全配慮義務に基づき,被告社内を禁煙又は分煙にすること(同7項)及び(3)同義務違反及び違法不当な即時解雇(不法行為)を理由とする損害賠償金及びこれに対する上記不法行為の日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金(同8項)の各支払を求めた事案である。

1 前提となる事実(疎明資料の表示があるもの以外は,当事者間に争いがない。以下「前提事実」という。)

(1) 被告は,生命保険の募集に関する業務及び損害保険の代理業等を業とする資本金1160万円の株式会社であって,代表取締役のA(以下「A社長」ないし「被告代表者」という。),取締役兼従業員B(以下「B」という。),従業員C(以下「C」という。)及び代表者の妻であるDにより運営される,いわゆる中小零細企業である。

(2) 原告は,平成21年11月9日,被告との間で,期間の定めのない雇用契約を締結した(以下「本件雇用契約」という。)。
本件雇用契約の内容として労働条件通知書には以下の記載がある(乙4)。
ア 社員区分 正社員
イ 業務内容 営業
ウ 賃金 月20万円(試用期間中 雇入より3か月間の賃金)
給与計算期間 毎月1日から月末
支払日 当月末日(当日が金融機関営業日でない場合はその前日)
なお原告は,本件雇用契約を締結するに当たって,「心身共に健康状態に問題ありません。」との記載がある「入社誓約書」(乙5)等を提出した。

(3) 原告の試用期間は,上記雇用日である平成21年11月9日から平成22年2月8日までの3か月間とされた(就業規則9条1項。甲12の1。以下「本件試用期間」という。)。

(4) 原告は,平成21年12月25日,被告代表者のAと面談し,同日から約1か月間被告を休職することとなった(甲28,39。原告本人,被告代表者)。

(5) 被告は,平成22年1月30日,原告に対し,「当社の定めによる試用期間(平成21年11月9日より3ヶ月間)に於いて現在の状況を総合的に勘案致しました結果,平成22年1月31日をもって本採用に至りませんでした」として,本採用を不可とする旨を通知した(甲8。以下この通知(意思表示)を「本件採用拒否」ないしは「本件解雇」という。)。

2 本件と関連する被告就業規則及び賃金規程

(1) 被告就業規則(甲12の1)

「(試用期間)
第9条 新たに採用された者については,採用の日から3ヵ月間を試用期間とする。
ただし特定の技能又は経験を有する者には試用期間を設けないことがある。
2 試用期間中又は試用期間満了の際に引き続き社員として就業させることが不適当と認められる者については,第9章に定めるところにより解雇する。
3 略 」
「(解雇)
第61条 会社は,次の各号に掲げる場合に社員を解雇することがある。
1 社員が身体又は精神の障害により,職務に耐えられないと認められる場合
2 社員の勤務成績が著しく不良で就業に適さないと認められる場合
3 略
4 当社社員として不適格と認められた場合 」
「(労働時間の原則)
第10条 労働時間は,休憩時間を除き1日7時間15分,1週36時間15分とする。
2 始業・終業時刻及び休憩時間は次の通りとする。
始業時刻 9時30分 休憩 12時00分から1時間 15時00分から15分間 終業時刻 18時00分」
「(休職期間)
第37条 略
2 略
3 休職期間中の賃金の取扱いについては,賃金規程の定めるところによる。 」
「付則(付属規程)
第3条 この規則には次の規程が付属する。
1.賃金規程,2.秘密情報管理規程,3.育児休業規程,4.介護休業規程,5.車両管理規程,6.使用人兼務役員規程

(2) 被告賃金規程(甲22)

「(給与制度)
第2条 賃金の決定に際し,各自の職務内容を考慮し,月給制とする。
2ないし4は,略
5 毎月の支払額に1円未満の端数が生じた場合は,切り上げて計算する。 」
「(通勤手当)
第3条 通勤手当は,公共交通機関を利用して通勤する者に対して,月額50,000円までの範囲内で通勤に必要な定期代に相当する額を支給する。ただし,通勤の経路及び方法は会社が認めたものに限ることとする。
2ないし4は,略
「(休暇等の賃金)
第4条
1ないし4 略
5 休職期間中は,無給とする。 」
「(賃金の計算期間及び支払日)
第6条 賃金は前月21日から当月20日までを計算期間とし,当月末日に支払う。ただし,支払日が休日に当たるときは,その前日に繰り上げて支払う。 」
2 この計算途中で発生した端数処理については,1円未満を切り上げとする。
「(給与の構成)
第8条 給与は一般社員と歩合正社員によって異なる。
2 一般社員の給与は下記から構成される。
1.基本給:下記の合計とし,この中には,所定労働時間超法定労働時間までを含む。
ベース金額(125000円)+(年齢×2500円)
ただし,年齢は45歳を上限とする。
2.資格手当:下記に該当する資格保持者に対して支給する。
3万円:AFP
4万円:CFP・司法書士・税理士・社会保険労務士
5万円:弁護士,公認会計士
3.営業手当又は職務手当:営業職は営業手当,事務職は職務手当として下記を支給する。
営業手当:4万円
職務手当:1.5万円
4及び5は,略
6.前払い退職金手当
前払い退職金として下記を支給する。
金額:年収の2%を基礎として年額を算出
支給方法:14分割にし月額及び賞与時に支給
3ないし6は,略。 」

3 本件訴訟の争点及びこれに対する当事者の主張

(1) 地位確認請求(以下「本件地位確認請求」という。)について

原告と被告との間において本件雇用契約が締結されたこと(以下「請求原因1」という。)は当事者間に争いがない。以下これを前提に当事者の主張(抗弁とこれに対する認否及び再抗弁)を整理する。

ア 争点(1)・ア-留保解約権の濫用的行使

(ア) 被告の主張(抗弁〈評価根拠事実〉)

本件採用拒否は,いわゆる留保解約権の行使に当たるところ,そもそも試用期間は,労働者の資質,性格,能力等の適格性の有無について調査・観察を行い,それに基づいて採否の最終決定を留保する趣旨で設けられているのであるから,試用期間中の本採用拒否については,その趣旨に照らし,労働者の資質,性格,能力などについて会社が行った適格性の有無の判断が客観的に合理的な理由を有するか,社会通念上相当として是認されるかという観点から,その有効性を判断すべきである。そして,このように試用期間を設けた趣旨からいうと,試用期間中の本採用拒否は,通常の解雇と全く同一に論ずることはできず,これよりも緩やかな基準でその効力を判断すべきである。
原告は,①10年近い保険営業の経験があり,とりわけ,ここ5年間は二十数社の乗り合い保険代理店で,税理士・会計士事務所を顧客とする(株)Eにおいて保険業務に携わっていたにもかかかわらず,潜在的な顧客の数が極端に少なかったばかりか,通常であれは(ママ)1週間程度で済む研修を3週間も必要とした上,原告は,保険会社の商品設計ソフトを数社程度しか使いこなすことができないなど中途採用の保険営業マンとして基本的な知識・営業能力を有しておらず,並外れて保険営業の適性を欠いていた(以下「本件解約理由①」という。)。また②原告は,勝手に複雑な通勤経路を設定し,高額な通勤定期券代を請求したり,社員全員が行っている社内清掃について非協力的な姿勢を示したり,あるいは勤務時間中に会社のパソコンで被告を告発する文書を作成し,職務に専念しないなど協調性に欠け,独断的な勤務態度に終始した(以下「本件解約理由②」という。)。さらに③原告は,心身共に健康状態に問題がない旨の入社誓約書を提出しているにもかかわらず,入社後半月程度しか経たないうちに「心臓がバクバクして夜眠れない」などと体調不良を訴え始め,被告代表者との合意の上とはいえ,1か月以上もの間,診断結果等の報告を一切しないまま休職を続けた挙げ句,被告に対し,本件試用期間を過ぎても診断書が出るまで休職し続けるかのような電話連絡を行い,復職の意向がないと思われる態度を示した(以下「本件解約理由③」という。)。
以上の本件解約理由①ないし③(以下「本件各解約理由」という。)によれば,原告が営業マンとしての勤務に耐えうる適性を有しないことは明らかであって,本件採用拒否は,客観的に合理的な理由があり,かつ社会通念上も相当として是認されて然るべきものである。
よって,本件採用拒否すなわち本件における留保解約権の行使は有効であり,原告の上記地位確認請求は理由がない。

(イ) 原告の主張(抗弁に対する認否・反論)

本件採用拒否は試用期間中ではあるが解雇に相当するところ,本件各解約理由は,解雇理由として,いずれも否認ないし争う。
原告は,被告の社員として協調性のある優秀な保険営業マンである。にもかかわらず本件採用拒否されるに至った実質的理由は,原告が被告の職場での喫煙について意見したことに対する報復的措置にある。すなわち原告は,被告に入社後,A社長の煙草の煙に対し動悸,咳,不眠,頭痛,めまい,吐き気等の症状が出るようになった。そして平成21年11月下旬ないし同年12月上旬ころから,その症状が悪化したことから,A社長に対し,ベランダで煙草を吸ってもらうよう願い出た。しかし,A社長は,これを拒絶したばかりか,原告が医師の診断を受け,社内の煙草の環境について改善した方が良いという意見をもらった後もその喫煙状況を改めなかった。そして,その挙げ句に,A社長は,同月25日,原告に対し,「病気退職勧奨承諾書」という書面を交付して,退職勧奨を行い,原告がこれを拒否すると,1か月間の休職を命じ,職場への出入りを禁じるなどして,その就労を禁止した上,その1か月間が経過し原告が退職勧奨に応じないとみるや直ちに原告から受動喫煙に関する診断書が提出されないことを奇貨として,本件採用拒否を駆け込み的に強行したものである。
よって,本件採用拒否は,解雇権の濫用に当たり無効である。

イ 争点(1)・イ-労基法20条違反(解雇予告違反)

(ア) 原告の主張(再抗弁2)

原告は,本件試用期間中の者であるが,本件雇用契約締結日(平成22年11月9日)から14日を超えて引き続き使用されるに至っており,したがって,本件解雇(=本件採用拒否)に当たって被告は,労基法20条1項本文所定の解雇予告又は30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。ところが被告は,本件解雇の予告をしていないばかりか,「不採用通知に基づく手当金」の名目で22万円を支払ったものの,30日分に相当する平均賃金は支払っていない。したがって,本件解雇は,労基法20条1項本文に違反する解雇であるところ,かかる同条項違反の解雇については労働者は選択的に解雇無効の主張をすることができるものと解するのが相当である。
よって,本件解雇は,同条項に違反し,無効である。

(イ) 被告の主張(再抗弁2に対する認否・反論)

被告が原告に対して22万円を支払ったことは認め,その余は否認ないし争う。

ウ 争点(2)・ウ-労基法19条1項の解雇制限

(ア) 原告の主張(再抗弁3)

原告は,もともと煙草の煙に対しさほど神経質な方ではなかったが,被告に入社して程なく前記の多様な症状が出るようになり,日増しにその症状は悪化した。このような体調不良は典型的な受動喫煙による症状であり,労基法19条1項所定の「業務上」の「疾病」に当たり,したがって,その療養のため,被告は,「休業する期間及びその後三十日間」,原告を解雇することはできない。にもかかわらず被告は,上記期間中,原告に対し,本件解雇を断行しており,したがって,本件解雇は,19条1項に違反し,無効である。

(イ) 被告の主張(再抗弁3に対する認否・反論)

上記原告の主張中,第1文は不知。第2文中,原告の体調不良が典型的な受動喫煙にする症状であるとする点は否認し,その余は争う。第3文は争う。

(2) 未払賃金及びこれに対する遅延損害金請求(以下この未払賃金と遅延損害金を併せて「未払賃金等」,これに関する請求を一括して「本件未払賃金請求等」,本件採用拒否前のそれを「本件採用拒否前の未払賃金請求等」,本件採用拒否後のそれを「本件採用拒否後の未払賃金請求等」という。)について

ア 争点(2)・ア-本件採用拒否前の未払賃金等の有無及び金額について

(ア) 原告の主張(以下「請求原因2・ア」という。)

a 原告と被告は,本件雇用契約を締結するに当たって,原告の賃金(基本給)を月額22万円とする旨合意した(以下「本件基本給合意1」という。)。したがって,被告は,原告に対し,本件雇用契約(本件基本給合意1及び同賃金規程。労契法7条)に基づき,毎月末日限り,基本給月額22万円に加え,諸手当(CFP資格手当4万円,営業手当4万円),前払い退職金,通勤定期代金のほか,法定内残業代を支払う義務がある。にもかかわらず被告は,各支払期日を経過しても,平成21年11月分,同年12月分及び同22年1月分の各賃金(給与)のうち以下の諸手当等を支払わない。

(a) 平成21年11月分の未払賃金(支払期日・同月27日)
① 資格手当4万円
② 通勤手当差額9730円(=2万9680円-1万9950円)
③ 前払い退職金5200円(基本給22万円+資格手当4万円の2パーセント相当)
④ 法定内残業代2万1225円(原告は,同月,所定労働時間である7時間15分を超え法定内残業を45分間行った。同月の一日当たりの給与は26万円で,所定労働日数は19日であった。したがって,1時間当たりの単価は1887円であるから,1日当たりの未払法定内残業代は1415円である。そして同月の原告の実働は15日であった。よって,同月の法定内残業代は2万1225円である。)
⑤ 合計7万6155円

(b) 平成21年12月分の未払賃金(支払期日・同月28日)
① 未払基本給(同月8日及び22日の欠勤控除分)1万2600円
② 資格手当4万円
③ 営業手当4万円
④ 通勤手当差額4180円(=2万4130円-1万9950円)
⑤ 法定内残業代2万9394円(原告は,同月,所定労働時間である7時間15分を超え法定内残業を45分間行った。同月の一日当たりの給与は30万円で,所定労働日数は19日であった。したがって,1時間当たりの単価は2177円であるから,1日当たりの未払法定内残業代は1633円である。そして同月の原告の実働は18日であった。よって,同月の法定内残業代は2万9394円である。)
⑥ 前払い退職金6000円(基本給22万円+資格手当4万円+営業手当4万円の2パーセント相当)
⑦ 合計13万2174円

(c) 平成22年1月分の未払賃金(支払期日・同月29日)
① 未払基本給22万円
② 資格手当4万円
③ 営業手当4万円
④ 前払い退職金6000円(基本給22万円+資格手当4万円+営業手当4万円の2パーセント相当)
⑤ 合計30万6000円

b よって,原告は,被告に対し,本件雇用契約に基づき,前記請求2に記載の未払賃金及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(イ) 被告の主張(上記請求原因2・アに対する認否・反論)

a 基本給の額:否認する。本件基本給合意1における金額は20万円である。なお原告は平成21年12月8日と22日は体調不良により受診のため半休をとり,労務を提供していない。よって,原告が同月の未払基本給として請求している1万2600円は,正当な欠勤控除によるものであって,この点に関する原告の主張は失当である。

b 諸手当:否認する。賃金規程に基づく各種手当等については,試用期間が終了し,本採用となったときに改めて労使の合意により決定してから支給しており,本件試用期間中,上記諸手当は具体的な権利として発生していない。なお通勤手当について被告が認めた金額は1万9950円であって,それを超える部分について被告は通勤手当を支払う義務はない。

c 法定内残業代:否認する。原告が,所定労働時間を超え,法定内残業を行ったことの立証はない。

イ 争点(2)・イ-本件採用拒否後の未払賃金等の有無及び金額について

(ア) 原告の主張

a 請求原因(以下「請求原因2・イ」という。)

原告は,平成22年2月以降,被告の違法な本件採用拒否により就労不能の状態にあるが,被告において就労する意思も能力も失っていない。そうだとすると,原告は,同月以降,被告の責めに帰すべき事由により就労不能(履行不能)の状態に陥っているものと認められ,したがって,原告は,同月以降も,被告に対する賃金請求権を失わない(民法536条2項)。

(a) 原告と被告は,本件雇用契約の締結に当たって,本件試用期間経過後の「諸手当を除く基本給」を「年齢×1万円」とする旨合意した(以下「本件基本給合意2」という。)。したがって,被告は,原告に対し,本件雇用契約(本件基本給合意2及び同賃金規程。労契法7条)に基づき,下記基本給及び諸手当を支払う義務があるにもかかわらず,その支払をしない。

Ⅰ 平成22年2月分から同年8月分までの未払賃金(各支払期日・当月末日。ただし当日が金融機関営業日でない場合はその前日)
① 基本給32万円
② 資格手当及び営業手当各4万円
③ 前払い退職金8000円(基本給32万円+資格及び営業手当の合計8万円の合計40万円の2パーセント相当)
④ 合計40万8000円

Ⅱ 平成22年9月分から同年11月分までの未払賃金(各支払期日・当月末日。ただし当日が金融機関営業日でない場合はその前日)
① 基本給33万円
② 資格手当及び営業手当各4万円
③ 前払い退職金8200円(基本給33万円+資格及び営業手当の合計金8万円の合計41万円の2パーセント相当)
④ 合計41万8200円

Ⅲ 平成22年12月分から同23年8月分までの未払賃金(各支払期日・当月末日。ただし当日が金融機関営業日でない場合はその前日)
① 基本給33万円
② 資格手当8万円
③ 営業手当4万円
④ 前払い退職金9000円(基本給33万円+資格及び営業手当の合計金12万円の合計45万円の2パーセント相当)
⑤ 合計45万9000円

Ⅳ 平成23年9月分以降の未払賃金(各支払期日・当月末日。ただし当日が金融機関営業日でない場合はその前日)
① 基本給34万円
② 資格手当8万円
③ 営業手当4万円
④ 前払い退職金9200円(基本給34万円+資格及び営業手当の合計金12万円の合計46万円の2パーセント相当)
⑤ 合計46万9200円

(b) よって,原告は,被告に対し,本件雇用契約に基づき,前記請求3ないし6に記載の各未払賃金及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

b 下記抗弁に対する認否・反論

争う。

(イ) 被告の主張

a 請求原因2・イに対する認否・反論

(a) 原告は,平成23年4月17日から,税理士法人Fという法人に正社員として雇用され,月額27万円の給与を支給されているほか,年に2回,給与の1.5か月分の賞与の支給を約束されている。そうだとすると,上記平成23年4月以降,原告は,被告に対する就労義務を履行する意思と能力を失ったものと解され,民法536条2項は適用されない。

(b) 基本給の額:否認する。本件基本給合意2における金額も20万円である。

(c) 諸手当:否認する。賃金規程に基づく各種手当等については,試用期間が終了し,本採用となったときに改めて労使の合意により決定してから支給しており,本件試用期間中,上記諸手当は具体的な権利として発生していない。

b 請求原因2・イに対する抗弁

仮に,万一,本件解雇が無効と評価されたとしても,原告は,平成23年4月17日から,税理士法人Fという法人に正社員として雇用され,月額27万円の給与を支給されているほか,年に2回,給与の1.5か月分の賞与の支給を受けているところ,このような場合,労基法12条1項所定の平均賃金の6割を超える部分について,他社で得た給与収入を中間利息として控除することを認めるのが最高裁判例である。したがって,上記平成23年4月以降,原告に支給される賃金のうち平均賃金の6割を超える部分については中間利息として控除すべきである。

(3) 分煙又は禁煙請求及び損害賠償請求(以下前者を「本件分煙等請求」,後者を「本件損害賠償請求」といい,これらを一括して「本件損害賠償請求等」という。)について

ア 争点(3)・ア-分煙又は禁煙義務の有無及び義務違反の効果

(ア) 原告の主張(以下「請求原因3」という。)

a 被告は,使用者として,労契法5条(安全配慮義務),健康増進法25条,労働安全衛生法1条,同法71条の2,厚生労働省ガイドライン等により,職場の禁煙又は分煙の措置をとるべき義務を負っているところ,この義務に違反し受動喫煙を放置し続けた場合には,労働者に重篤な健康被害が生じ得る。したがって,このような受動喫煙の有害性からすれば,上記禁煙等義務の違反の効果として,原告は,被告に対し,安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求権のほか,原告の生命・身体に対する妨害排除請求権として,職場社内を禁煙又は分煙にするよう求める権利を有しているものと解するのが相当である。

b ところが被告は,上記aの喫煙又は分煙義務に違反し,受動喫煙を放置し続けた。その結果,原告は,受動喫煙による急性症状(動悸,咳,不眠,頭痛,めまい,吐き気)に苦しむようになり,「タバコ不耐症」との診断を受け,多額の治療費の出費を余儀なくされたばかりか,多大な肉体的・精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛を慰謝するに必要な賠償金は100万円を下らない。
よって,原告は,被告に対し,前記請求7の措置を求めるとともに,上記安全配慮義務違反に基づき,前記請求8に記載の賠償金の一部として100万円及びこれに対する本件採用拒否通知が送達された日の翌日(平成22年1月31日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(イ) 被告の主張(請求原因3に対する認否・反論)

原告が主張する労契法5条(安全配慮義務),健康増進法25条,労働安全衛生法1条,同法71条の2及び厚労省ガイドラインは,使用者の労働者に対する生命,身体等の安全確保についての一般的な安全配慮義務や快適な職場環境を維持するための努力義務を規定しているにすぎない。
原告は,勤務を始めて2週間程度で体調不良になったと述べているにとどまる上,在職当時,年末の挨拶回りで,殆どA社長と顔を合わせていなかったのであるから,およそ,喫煙が原因の体調不良と考えられるような客観的な状況にはなく,アレルギー反応等の他覚的所見,客観的な診断の類も一切ない。また後に「タバコ不耐症」という病名で診断書が提出されているが,いかなる病気をいうのか不明であり,また,その確たる診断根拠も一切提出されていない。
一方,A社長は,原告の申出を受け,原告がいるときは被告事務所内で喫煙をしないよう一定の配慮をしていた。原告の上記主張は,趣味・嗜好に対する好みを述べているに過ぎず,使用者を法的に拘束するものではない。
よって,原告の被告に対する本件分煙等請求は失当であり,また,損害賠償を請求し得る筋合いのものではない。

イ 争点(3)・イ-即時解雇の不法行為性等について

(ア) 原告の主張(以下「請求原因4」という。)

原告にとって,被告は,それまで3か月間の求職活動を経て漸く入社することができた会社であり,原告は,被告の社員であり続けたいと強く希望していた。ところが被告は,職場の受動喫煙状況に苦しむ原告に対して,突然,退職勧奨,無給の休業命令,更には本件解雇を断行し,原告の生活の手段を奪った。そうすると本件解雇は,客観的に合理的なものではあり得ず,社会通念上相当とも言えないことは明らかであるから,不法行為を構成する。
よって,原告は,被告に対し,上記不法行為に基づき,原告の上記精神的損害及び出費を余儀なくされた弁護士費用について,前記請求8に記載の賠償金の一部として50万円及びこれに対する上記不法行為の日(平成22年1月31日)から支払済みまで商事法定利率年6分の遅延損害金の支払を求める。

(イ) 被告の主張(請求原因4に対する認否・反論)

否認ないし争う。本件解雇は有効であって,不法行為を構成する余地はない。

第3 当裁判所の判断

1 基礎的事実の一括認定

前記前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によると以下の基礎的事実が認められる(以下この事実を「基礎事実」という。)。

(1) 被告は,生命保険の乗合代理店を経営しており,税理士の出資によるFP相談をベースにした法人保険の販売を社の特徴としていた。平成21年7月8日から,ハローワークを介して,保険の営業経験を有する人員の募集を開始したが,その求人票(乙3)によると「試用期間」は3か月で,その間の給与は「20万円」,加入している保険は「雇用,労災」保険だけであるとされた(乙3)。
平成21年11月9日,被告と原告は,本件雇用契約を締結し,同日,本件試用期間が開始された。
原告は,保険外交員(生命保険募集人)として勤務すべく採用された正社員であり,その採用に当たっては,「心身共に健康状態に問題ありません」とする「入社誓約書」(乙5)と「守秘義務等誓約書」(乙33)を提出している。なお,生命保険募集人は,資格が必要であり,試験に合格して金融庁に登録することにより保険募集が可能となる(保険業法276条)。
被告は,同月16日,原告に対し,前記前提事実(2)に記載のとおりの内容の「労働条件通知書」を提示したところ,原告は,これに署名・押印した(乙4)。
[以上につき乙3ないし5,被告代表者・1頁以下]

(2) 原告は,昭和52年○月○○日生まれで(甲14),大学卒業後の平成12年3月,株式会社Gに入社し,法人代理店での保険の営業に従事し,平成14年4月,H株式会社に転じた後,リテール・法人営業を担当した。そして,平成15年10月,20数社の乗り合い保険代理店であり,税理士・公認会計士事務所を顧客とする(株)Eに入社し,同社を退職する平成21年4月までの5年間,保険の営業に携わった。
以上の経歴は,原告から提出された「職務経歴書」(乙15の2)中に記載されており,その記載からは,保険業界において十分即戦力となり得る,中途採用の求職者であった。そこで被告は,原告を即戦力となる人材であると判断して,採用を決定した(乙11)。
そして,入社後,被告は,原告に対し,社内研修を行った。この研修期間中,原告は,被告の指示により社内で専門誌2誌を読み,そのレポートを作成したほか,後の営業活動のため,23の会計事務所が記載された「税理士名簿」を作成,提出するとともに(甲55),保険会社や保険商品の研修を受講し,「各保険会社の研修を受けて」と題する書面を作成し,被告に提出した(甲49)。研修期間自体は,予め求人募集で特記した期間(「営業優席者でも1ヶ月は研修となります。」。甲2)よりも短い「3週間」程度で終了した。しかし原告は,被告が期待していたほど,各保険会社の商品設計ソフトや保険商品についての知識を有しておらず,また保有する潜在的な顧客の数も100人程度と少なかった。
[以上につき甲14,49,55,99,乙10ないし14,15の1・2,被告代表者・3頁以下,5頁以下,原告本人・18頁以下,20頁以下]

(3) 平成21年12月1日までに原告の研修は終了した。原告は,同月2日,保険営業に着手し,被告の指示に従って,会計事務所の訪問を開始した。そして,同月18日までの間(営業日数13日),ほぼ毎日午前午後,上記「税理士名簿」(甲55)に記載のある会計事務所を訪問し,その数は20会計事務所に達した(乙10)。しかし原告は,同月21日に生命保険募集人の試験を受けることを予定しており,生命保険の募集人として正式な成約を取り付けることが可能になるのは,平成22年1月12日以降であった。被告は,当然そのことを承知していたが,それまでの間,原告に対しては,自らの人脈をリストアップし,旧顧客に挨拶に行くなどの営業マンとして当然の活動を積極的に行うとともに,募集資格が生じたら直ぐにでも成約にこぎ着けることができるよう実質的な合意を取り付けておくことを期待していた。しかし原告の上記事務所訪問は,そうした被告の期待に適うものではなく,単なる挨拶回り程度のものに終始した。
[以上につき甲49,55,99,乙11ないし13,被告代表者・7頁以下,原告本人・20頁以下]

(4) 原告は,いわゆる中小零細企業としての被告の社風等に照らすと,以下のような容易に是認し難い行動に出ることがあった。

ア 原告は,被告に相談もなく,複雑に通勤経路を設定し,通常よりも1万円も高額な通勤定期代を請求した(乙11,16の1・2,21,24)。

イ 被告においては,社内の清掃を業者に委託していないため,被告代表者も含めた社員全員で,掃除機がけ,ゴミ捨て,トイレ掃除,机上拭き等を担当していたが,これについて,原告は,非協力的な態度をとることがあった(乙11,14,22ないし24)。

ウ 原告は,研修の成果を検証する絶好の機会であり,かつ代休が保障されているにもかかわらず,先輩社員からの土曜日出勤の誘いをむげに断り逃避し続けた(乙11,17)。

エ 原告は,就業時間中,被告から貸与されたパソコンで,業務とは全く関係のない,会社を告発する長文の文書を作成するという職務専念義務に違反する行動に出た(乙1,3,21)。
[以上につき乙1,3,11,16の1・2,21ないし24,被告代表者・9頁以下]

(5)ア A社長は,1日30本程度の煙草を吸う,いわゆるヘビースモーカーで,就労時間中,被告の事務室内においても平気で喫煙をしていた。また被告従業員のCとA社長の妻も喫煙者であった。
被告事務室は,面積が64.91平方メートル(19.67坪),天井高が260cmと比較的広く(乙8),天井の2か所に換気扇が付設され,室内の3ヵ所に空気清浄機が設置されていた(乙9)。原告の座席は,平成21年12月18日までは同社長の机から向かって右側の二つ目の場所にあり,距離にして2メートル程度しか離れていなかったが(甲9,乙34),ただ実際のところは,同社長は,平成21年11月中旬から同年12月にかけ,出張や外回り(営業)で外出することが多く,他方,原告も上記研修中から外回り等で外出することが多かった。

イ 原告は,同年12月7日ころ,A社長に対し,突然,「心臓がバクバクして夜眠れない。」などと体調の異変を訴えた。A社長は,心臓に何かあったら大変であると思い,いくつか大学病院をインターネットで調べさせた。原告は,同月8日,同社長から半休をもらい,順天堂大学医学部附属順天堂病院(以下「順天堂大学病院」という。)を受診し,安定剤を処方されたが(甲13),受動喫煙の影響に関しては診断書をもらうことはできなかった(甲99,乙35)。
同月14日ころから,原告は,再び,「夜に喘息のような症状がでる。頭がボーッとする」などと体調の異変を訴え,その原因がA社長からの受動喫煙のせいであると主張し,A社長に対し,喫煙は被告事務室のベランダでするよう分煙措置の徹底を求めた。これに対し同社長は,原告に対し,順天堂大学病院において,パッチテストを受けることを要望するとともに,マスクを支給し,原告の座席を同社長席から一つ離れた隣席へ移動させたほか,一応,原告が被告事務室にいるときは被告事務室内で喫煙をしないことを約したが,自らの座席で書類を作成しているときなどには,その約束を守らないことが多かった。
同月21日,原告は,生命保険募集人一般過程試験を受験した(乙10)。
そして,その翌日の22日,原告は,A社長の了解の下,半休を取りパッチテストを受けに順天堂大学病院に赴き,皮膚科と呼吸器科を受診した。しかし,いずれの診療科でも煙草用のパッチテストを受けることができず,また,上記体調不良と受動喫煙との関係についても診断書を作成してもらえなかった(甲13)。

ウ 同月25日,A社長と原告は,被告事務室の近くの喫茶店において面会の機会をもった。
その際,同社長は,原告に対し,被告としては業績が悪化し赤字に転落しそうなので,社会保険に加入する予定はないこと,それほど煙草が嫌いであれば,煙草を吸わない知人の会社を紹介するので,その会社に移ってはどうかなどと暗に自主退職を促したが,原告からは色よい返事は得られず,かえって,社会保険への加入問題等をめぐって原告との面会は険悪な雰囲気に変わった。
そうした中,A社長は,原告に対し,①健康状態が悪いというのであれば,入社時に提出した入社誓約書(甲10)に反するのであるから,同月31日付けで退職するか,②労基署や社会保険事務所に駆け込み,即時解雇されるか,あるいは③1か月間無給で休職して体調が回復するかどうか様子をみるとともに,その原因が同社長の喫煙(受動喫煙)にあるか否かについて専門医の診察を受け因果関係をはっきりさせるか,という3つの選択肢を示した上(甲28。以下「本件各選択肢」という。),「病気退職勧奨承諾書(退職勧奨承諾書)」と題する書面を手渡した。上記書面には,「健康上の理由に伴う退職勧奨によって,平成21年12月31日(ただし,最終出勤日は12月28日)をもって株式会社Y1を退職することを承諾いたします。」との記載があり,原告の署名押印欄が設けられていた。また,別紙として,退職勧奨に合意したので,1か月分(20万円)の慰労金を支払う旨の被告の確認書,それを了解した旨の原告の確認証が添付されていた(甲6の1・2)。
原告は,この時点では,被告を退職するつもりはなかった。それ故,上記①の自主退職の途を選択する余地はなく,上記「病気退職勧奨承諾書(退職勧奨承諾書)」への署名・押印を拒否したが,その一方で,本件各選択肢とは異なる提案をしたとしても,同社長が,それに応じる様子は全くうかがわれなかった。結局,原告は,上記3つの選択肢のいずれかを選ばざるを得なくなり,上記③の1か月間の休職という選択肢を選択し,ここに被告代表者との間で,概ね1か月間の休職合意が成立した(以下「本件休職合意」という。)。
その結果,原告は,同日の午後から休職となり,私物をまとめ帰宅したが(乙10),その際,原告は,被告から,貸与中のパソコンの使用を禁じられたばかりか,被告事務室の鍵や名刺の返上を求められ,やむなく,これに応じた(甲40,99)。
[以上につき甲6の1・2,10,13,28,99,乙8ないし10,34,35,被告代表者・10以下,15頁以下,23頁,24頁,26頁以下,28頁以下,33頁以下,原告本人・3頁以下,7頁以下,11頁以下,17頁以下,26頁以下,28頁以下,43頁以下]

(6)ア 平成21年12月28日,原告は,順天堂大学病院の呼吸器科を受診したが,上記受動喫煙に関する診断書は作成されなかった(甲13,99)。ただ同日,原告は,漸く,北里研究所病院との間で,受動喫煙の専門医の診察予約(平成22年1月29日)を取り付けることができ,被告に電話をかけたが,A社長の剣幕に押され,そのことを報告することはできず,それ以降,1か月近くにわたって,被告に対して連絡を入れることはなかった(甲14,99,乙36)。
平成22年1月4日,原告は,順天堂大学病院の呼吸器科を受診したが,上記受動喫煙に関する診断書は作成されなかった(甲13,99)。
また原告は,同月6日及び22日,公共職業安定所等へ,また同月18日には立川市の法テラスへ,それぞれ相談に赴いた(甲99)。
なお原告は,生命保険募集人一般過程試験に合格し,同月12日以降,生命保険募集人として登録され,募集活動を行うことが可能になった。

イ 原告が休職してから1か月間が経過した。この間,平成21年12月28日に一度連絡があっただけで,原告からの連絡は全く途絶えたままであった。
A社長は,従業員のCを介して,原告の携帯電話に電話をかけ,留守電に,その後の経過等について報告を求めたが,原告からは何も連絡が入らなかった。そこで同社長は,再度,自主退職を促すべく,原告に対し,前回と同様の,「病気退職勧奨承諾書(退職勧奨承諾書)」を郵送した(甲7の1・2)。そうしたところ原告は,同月29日の午前中,被告に電話をかけ,電話に出たCに対し,「電話と書類ありがとうございました。予約が満杯で,専門病院での診察はまだ受けていません。12月末でお約束しました診断結果が出たら連絡するということになっておりましたから,それが出るまでは今後は連絡は致しません。どういう診断結果が出るのかわかりませんし,いずれにしても,送って頂きました書類(「病気退職勧奨承諾書(退職勧奨承諾書)」のこと)は返送できません。その書類以外での内容のものは,1月末に御振込頂くものはないでしょうか。」(乙6。なお括弧書の付記は当裁判所)との伝言を残した(以下「本件伝言」という。)。
この伝言を聞いた同社長は,丸々1か月以上もの期間があったにもかかわらず,未だに専門医の診断書をもらっていないばかりか,その診察すら受けていない上,診断書が出るまで今後は連絡しないなどといった伝言を残して憚らないのは,被告に復職する意思がないからに違いないものと即断し,同日,原告に対し,簡易書留により,本採用を拒否する旨の「本採用不可の通知」と題する書面(乙7。以下「本件解雇通知」ともいう。)を郵送した。

ウ 一方,原告は,同日,順天堂大学病院の呼吸器科を受診し,次いで,予約していた北里研究所病院を受診したところ,同病院の専門医により,「病名 タバコ不耐症」「附記 タバコの煙臭により容易に咳などの症状が誘発される。関係者の配慮が望まれる」との記載がある診断書が作成され,同日の夕刻,原告に交付されたが(甲14,15),被告には,その旨を連絡しなかった。
そうしたところ翌日の同月30日,原告のもとに本件解雇通知が郵送された。しかし原告は,被告に対し,北里研究所病院から上記診断書が出たことを報告せず,そのまま本件試用期間の終了日である同年2月8日が経過した。
同月19日,原告は,「全労協全国一般東京労働組合」(以下「本件労組」という。)に加入した(乙25)。
同月22日,本件労組は,被告に対し,団体交渉を申し入れた上,本件解雇は無効であるとして,その撤回を求めるとともに,従業員の健康・安全衛生に配慮し,事務所内の分煙対策を徹底することを要求した。そして,同年3月9日,同月18日及び同年4月13日の3回にわたり,被告と本件労組との間で団体交渉が行われた(本件各団体交渉)。いずれも被告職場内における分煙等の対策不備と原告の受動喫煙による健康被害が主な議題とされ,原告の勤務状況,勤務態度等については正面から議題とされることはなかった(乙26,27)。
[以上につき甲6の1・2,7の1・2,13ないし15,99,乙6,7,25ないし27,36,被告代表者・17頁以下,19頁以下,21頁以下,原告本人・13頁以下,31頁以下,33頁以下,35頁以下,46頁以下]

(7)ア 原告は,平成22年6月29日,本件採用拒否通知は不当・無効な解雇に当たるとして,当庁に対し,被告を債務者とする地位保全等仮処分命令申立事件(いわゆる賃金仮払仮処分命令申立事件)を申し立てた。
同年12月16日,当庁は,「債務者(被告)は,債権者に対し,平成22年12月から平成23年11月まで(ただし,本案の第一審判決が同日末日より前に言い渡されたときは,その言渡しの日まで)毎月末日限り月額20万円を仮に支払え。」(主文1項。なお括弧書の付記は当裁判所)との決定を行った。そして,同年4月12日,その異議審は,同決定の判断を維持し,上記主文1項を認可した(弁論の全趣旨,甲96,97)。

イ 原告は,平成23年4月17日,税理士法人Fという法人との間で,雇用契約を締結し,同法人に正社員として雇用された(以下「本件再就職」という。)。給与は月額27万円支給されており,年に2回,給与の1.5か月分の賞与が支給される約束である。
[以上につき甲96,97,原告本人・37頁以下]

2 本件地位確認請求について(請求1)

(1) 争点(1)・ア-留保解約権の濫用的行使

ア 前記前提事実(2)及び被告就業規則9条2,3項によると,被告の就業規則上,本件雇用契約には試用期間が付されており,その期間は勤続年数に通算されるほか,試用期間中又は試用期間満了の際に引き続き社員として就業させることが不適当と認められる者については,第9章に定めるところにより解雇することができるものと規定されていることに加え,前記基礎事実(1)ないし(3)によると原告は,本件雇用契約の締結後1週間内に「労働条件通知書」の交付を受け,かつ約3週間の研修後,他の従業員と同様,営業社員として保険営業を開始している。これらの事情によると本件雇用契約は,いわゆる「留保解約権付労働契約」として締結されたものであると認められ,したがって,本件試用期間中にされた本件採用拒否は留保解約権の行使に該当する(以下,本件採用拒否ないし本件解雇は,その法的性格に着目し,原則として「本件解約権」ないしは「本件解約権行使」という。)。
問題は,本件雇用契約に付された留保解約権の行使は,いかなる場合に許されるかである。
解約権の留保は,採用決定の当初において当該労働者の資質・性格・能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされているものと解されるが,ただ,その一方で,当該試用労働者は既に労働契約関係に組み込まれている以上,留保解約権の行使には解雇権濫用法理(労契法16条)の基本的な枠組が妥当するものというべきである。
そうだとすると留保解約権の行使は,解約権留保の趣旨・目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し,社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるものと解するのが相当であるところ,上記のとおり被告就業規則9条2項は試用期間中又は試用期間満了の際に引き続き社員として就業させることが不適当と認められる者については第9章に定めるところにより解雇することができるものと規定し,使用者の解雇権と留保解約権の行使を一本化しており,このことにかんがみると本件における留保解約権の行使(本件採用拒否)は,その趣旨・目的に照らして,①被告就業規則61条の各号に定める解雇事由(解約事由)に該当する事実が存在し(以下「適法要件A」という。),かつ,②その行使が社会通念上相当として是認される場合(以下「適法要件B」という。)に限り許されるものというべきである。
なお,ここで若干この法理の適用について付言するに,上記解約権の留保の趣旨・目的は,上記のとおり本来,試用期間が試用労働者に対する実験・観察のための期間であることにかんがみ,当該試用労働者の資質・性格・能力などの適格性について「後日における調査や観察に基づく本採用の最終的決定を留保」することにある。したがって,留保解約権の行使は,通常の解雇の場合と比較し,広い範囲で容認されるものと一応は解されるが,ただ,そうはいっても,上記のような試用労働者の適格性判断は,考慮要素それ自体が余りに抽象的なものであって,常に使用者の趣味・嗜好等に基づく恣意が働くおそれがあるのも事実である。そうだとすると留保解約権の行使は,実験・観察期間としての試用期間の趣旨・目的に照らして通常の解雇に比べ広く認められる余地があるにしても,その範囲はそれほど広いものではなく,解雇権濫用法理の基本的な枠組を大きく逸脱するような解約権の行使は許されないものと解される。

イ そこで先ず,適法要件Aについて検討する。

(ア) 本件解約理由①について

a ここでは,被告主張に係る本件解約理由①が,被告就業規則61条2号(「社員の勤務成績が著しく不良で就業に適さないと認められる場合」)に該当するか否かが問題となる。

b そこで検討するに,確かに,前記基礎事実(2)(3)によると原告は,保険業界における即戦力として期待され入社したものの,被告が期待していたほど,各保険会社の商品設計ソフトや保険商品についての知識を有していなかった上,保有する潜在的な顧客の数も100人程度と少なかった。また,その保険営業マンとして活動も積極さに欠け,単なる挨拶回り程度のものに終始し,生命保険募集人の資格取得後に備え,実質的な成約を取り付けるなどといった発想はみられなかった。
しかし,原告は,上記のとおり保険営業の「経験者」として被告に中途採用されたものであるとはいえ,試用期間を不要とするほどの「特定の技能又は経験を有する者」(被告就業規則9条1項ただし書)として入社したわけではなく,現に,その給与(基本給)も高額ではない。被告の原告に対する即戦力としての期待にも一定の限度があるといわざるを得ない。
そもそも前記基礎事実(2)(3)によると原告は,入社後直ちに研修を開始し,被告の指示に従って,社内で専門誌2誌を読み,そのレポートを作成したほか,後の保険営業活動に備え「税理士名簿」を作成,提出するとともに(甲55),被告会社のBから保険会社や保険商品の研修を受講し,「各保険会社の研修を受けて」と題する書面を作成,提出した上,予め求人募集において特記された期間(1か月)よりも短い「3週間」程度で研修を終えているばかりか,上記研修の終了後その翌日(平成21年12月2日)から速やかに保険営業に着手し,同月18日までの間(営業日数13日)に,上記「税理士名簿」に記載のある会計事務所の殆どを訪問しているほか,その間に生命保険募集人の登録を得るための試験を受験,合格し,登録・募集活動を行い得る資格を取得している。そうだとすると僅か2週間にも満たない営業日数(13日)を前提に,その勤務状況等から保険営業マンとして資質・能力が著しく劣っているものと評価することは困難であるといわざるを得ず,現に,前記基礎事実(6)ウによると被告は,本件各団体交渉においても,その議題として,原告の保険営業マンとしての能力の低さを問題とする姿勢を示していない。

c 以上の認定によると被告が問題視する原告の保険商品等に対する知識の乏しさや潜在的顧客数の少なさ等は,本件試用期間が実験・観察期間としての性格を有することを考慮に入れたとしても,原告の「勤務成績が著しく不良で就業に適さない」ものであることを基礎付けるに足るものではない。
よって,本件解約理由①は,被告就業規則61条2号には該当せず,本件解約権行使の合理性を根拠付けるものではない。

(イ) 本件解約理由②について

a ここでは,被告主張に係る本件解約理由②が被告就業規則61条4号(「当社社員として不適格と認められた場合」)に該当するか否かが問題となる。

b そこで検討するに,確かに前記基礎事実(4)によると原告が被告の上記主張事実に沿う行動に出ていたことは事実のようである。確かに,被告の中小零細企業としての社風等を考慮すると前記基礎事実(4)で認定した原告の言動を到底容認し難いものとする被告の主張は理解できないではない。
しかし,本来,通勤経路やその方法の選択であるとか,社内清掃や休日出勤にどの程度協力するかといった問題は,基本的に労働者の自主的な判断に委ねられている事項である。また就業時間中,被告から貸与されたパソコンを使用して内部告発文書を作成したことについても,その動機・目的,内容,態様等いかんによっては被告に対する職務専念義務に違反しない場合もあり得るのであって,これを一概に非難し,社員としての不適格性判断に結び付けるのは適当ではない。そうだとすると本件試用期間が実験・観察期間であることを考慮に入れたとしても,当裁判所が認定した前記基礎事実(4)(被告の上記主張事実)だけでは,原告が「当社社員として不適格」であると判断するに足りないことは明らかである。

c よって,本件解約理由②は,被告就業規則61条4号には該当せず,本件解約権行使の合理性を根拠付けるものではない。

(ウ) 本件解約理由③について

a ここでは,被告主張に係る本件解約理由③が被告就業規則61条4号(「当社社員として不適格と認められた場合」)に該当するか否かが問題となるところ,本件解約理由③は,本件各解約理由のうち最も結論(判断)の分かれ得る解約理由である。

b 前記基礎事実(5)(6)によれば,本件休職中における原告の対応や本件伝言の内容は,本件休職合意を無視するものであって,被告との信頼関係を害し,被告社員としての協調性等を疑わせるものであったといわざるを得ない。
すなわち被告代表者による本件各選択肢の提示は,一種の退職勧奨を伴うものであるところ,上記基礎事実(5)ウ,(6)ア及びイからみて,その提示方法等にはやや強引なところが認められる。しかし原告は,渋々ながら被告代表者からの本件休職合意に関する提案を受け容れ,その日の午後から休職に入っているのも紛れもない事実であって,原告と被告との間において本件休職合意が成立したことは,もはや否定し難い事実である。そうだとすると原告は,本件休職合意の提案に応じた以上,その内容からみて,これに伴う誠実義務の一環として,使用者である被告に対し,適宜,本件休職の原因となった自らの体調(病状)とその回復具合いのほか,受働(ママ)喫煙との関係ないしはその診断結果等について報告する義務を負っていたものといわざるを得ない。ところが原告は,受動喫煙に関する専門医の診察予約が取れているにもかかわらず,1か月間近くにもわたって,被告に対し,上記の診察予約の点や体調の回復状況について全く連絡を入れなかったばかりか,その休職期間の終了間際になって漸く電話連絡を入れ,被告代表者に対し,あたかも自己に有利な専門医の診断結果が出るまで休職を続け,しかも,その間の給与支払も請求するかのような内容の伝言(本件伝言)を行い,それ以外には被告に対して連絡を取ろうとはせず,そのまま本件試用期間の終期を向かえたことが認められる。
以上のような原告の対応は,本件休職合意を一方的に破棄する行為に近いものであって,被告使用者との信頼関係を失わせるものであるばかりか,被告社員としての協調性や基本的なコミュニケーション能力にも疑念を生じさせるものであって,本件試用期間が実験・観察期間としての性格を有するものであることを併せ考慮するならば,原告の上記対応は,解約権留保の趣旨・目的に照らして,原告が「当社社員として不適格」であることを根拠付けるに足るものであると評価するのが相当である。
よって,上記基礎事実に沿う内容の本件解約理由③は,被告就業規則61条4号に該当する。

(エ) 以上によれば,本件解約権行使は,解約権留保の趣旨・目的に照らし客観的に合理的な理由があるものと認められ,よって,適法要件Aを満たす。

ウ では,適法要件Bについてはどうか。

(ア) 上記のとおり本件解約権行使は,解約権留保の趣旨・目的に照らし客観的に合理的な理由があるものと認められる。
そこで問題は,本件解約権の行使は「解約権留保の趣旨・目的に照らして,社会通念上相当として是認される」かであるが,この適法要件Bの有無は,解約権の留保の趣旨・目的に照らしつつ,①解約理由が重大なレベルに達しているか,②他に解約を回避する手段があるか,そして③労働者の側の宥恕すべき事情の有無・程度を総合考慮することにより決すべきものと解される。

(イ) 上記イ(ウ)で検討したとおり本件解約理由③における原告の対応(以下「原告の本件対応」という。)は,単に雇用契約上の誠実義務に反するだけでなく,被告社員としての協調性や基本的なコミュニケーション能力にも疑念を生じさせるものであることは否定し難い。
しかし前記基礎事実(2)ないし(5)に基づき,より事件の経過や実態等に即して考察すると,原告の本件対応には以下の背景的事情を指摘することができる。すなわちA社長は,原告が保険営業マンとして期待していたほどの能力等を有していなかった上,被告の社風からみて協調性に欠けるものとしか思えない言動が散見されたことから,それにもかかわらず,受働(ママ)喫煙の影響をうかがわせる他覚的所見を提出しないまま分煙措置の徹底を求めて譲らない原告を疎ましく思うようになり,原告に対し,本件各選択肢を提示するなどして,かなり強引な退職勧奨を行い自主退職を迫ったが,本件休職合意に応じてもらうのがやっとであったため,休職に入ろうとしている原告から貸与中の被告事務室の鍵やパソコンを取り上げ,事実上,被告事務室への立入を禁じるに等しい措置をとっていたことが認められる。
そうだとすると原告の本件対応の背景には,被告営業マンとしての能力や受動喫煙等をめぐる被告代表者と原告との確執,被告代表者の原告に対する強引な退職勧奨と被告事務室からの事実上の締め出し行為等が伏在しており,これらの事情が原告から被告代表者に対する病状報告等適切なコミュニケーションをとる機会を奪い,原告の本件対応を惹起させる原因の一つとなっていたともみることができ,してみると原告の本件対応それ自体は,原告が保険営業マンとしての資質,能力等に大きな問題を有していることを必ずしも十分に推認させるものではない。

(ウ) 以上によると本件解約権行使を基礎付ける事情(本件解約理由③)は,解約事由として重大なレベルに達していたと認めるには十分ではなく,また労働者である原告には宥恕すべき一定の理由も存在していたといわざるを得ない(上記要素①③)。そうすると,本件解約権の行使が正当化されるためには,通常の解雇ほどではないにしても,それ相応の解約回避のための措置が採られていることが必要と解されるところ(要素②),前記基礎事実(6)イで認定したとおり被告代表者は,本件休職合意によりその期間が終了する直前に,本件伝言を受け取り,その内容から見て原告には復職の意思が全くないものと決め付け,その日のうちに,原告に対し,本件解雇通知を郵送している。しかし本件伝言には原告の復職意思の喪失をうかがわせる記載はなく,また上記のとおり原告は,被告代表者からのかなり強引な退職勧奨を受け,これを明確に拒絶した経緯が認められるのであるから,本件伝言や原告の本件対応の内容等からみて直ちに原告には全く復職の意思がないものと即断したのは,やはり早まった判断であったといわざるを得ない。
確かに原告は,本件伝言をした時点で,被告に対して,受動喫煙の影響について他覚的知見といい得るものは何も提出していないばかりか,この点に関する見通しすらも十分に報告していない。しかし,その一方で,原告が被告代表者等からの受動喫煙に曝される場所で被告の保険業務を行っていたことは紛れもない事実であるから,被告代表者は,使用者の責務として(労契法5条),他覚的知見の提出の有無にかかわらず,原告に対し,より積極的に分煙措置の徹底を図る姿勢を示した上,あくまで保険営業マンとしての就労を促し,その勤務を続けさせ,その中で,改めて体調の回復具合や保険営業マンとしての能力,資質等を観察し,被告社員としての適格性を見極める選択肢もあることに思いを致す必要があったものというべきである。ところが被告代表者は,上記(イ)で指摘したとおり原告を疎まし思う余り,上記のような選択肢の存在に全く思いを致すことなく,原告が本件休職合意を選択したのを機に,事実上とはいえ原告を被告事務所から締め出すに等しい措置を講じるとともに,原告に本件伝言等の対応(原告の本件対応のこと)の拙さが認められるや直ちに,間髪を入れず,原告に対し,本件解雇通知を発し,本件解約権を行使したものである。してみると以上のような被告の判断は,如何にも拙速というよりほかないものであって,そうである以上,本件解約権行使は,これを正当化するに足る解約回避のための措置が十分に講じられていなかったものといわざるを得ない。

(エ) 以上によれば,本件解約権の行使は,解約権留保の趣旨・目的に照らして,社会通念上相当として是認される場合には当たらず,よって,適法要件Bを満たさない。

エ 小括

以上の次第であるから,本件解約権の行使は,解約権の留保の趣旨・目的に照らし,客観的に合理的な理由が認められるものの,社会通念上相当として是認され得る場合には当たらず,したがって,その権利を濫用したものとして,無効であることに帰着する。

(2) 結論

以上のとおり本件解約権行使は,その権利を濫用するものとして無効である。
ところで前記(1)アで検討したとおり本件雇用契約は解約権留保付き労働契約であるから,この構成の下では,特段の事情が認められない限り,適法な解約権の行使がされず試用期間が経過すると当該試用労働者の地位は本件採用の地位に移行するものと解されるところ,本件試用期間の終期である平成22年2月8日は既に経過しており,しかも前記基礎事実から認められる本件解約権行使に至る経緯・時期等に加え,原告が主張する本件各解約理由に照らすと被告は,本件解約権行使が違法であるか否かにかかわらず,既に原告に対する業務適性等の判定権を放棄しているものと認められ,したがって,本件において上記特段の事情は認められないものというべきである。
よって,その余の争点(抗弁)を検討するまでもなく,原告の本件地位確認請求は理由がある。
なお後記3(2)アで詳述するが,原告は,平成23年4月17日に本件再就職をしたことにより,民法536条2項の適用の前提となる被告における就労の意思と能力が認められない状態に至っていると認められるが,ただ,その効果は,あくまで賃金請求権の不発生にとどまり,本件雇用契約それ自体は,賃金請求権が発生しない状態のまま,なお存続しているものと解される。したがって,本件再就職に伴って,原告に上記就労の意思と能力が認められない状態が生じていることは,結論の落ち着き具合はともかく,少なくとも理論上,本件地位確認請求の消長に影響を与えるものではない。

3 本件未払賃金請求等について(請求2ないし6)

(1) 本件採用拒否前の未払賃金請求等に関する請求原因(請求原因2・ア)

ア 平成21年11月分の未払賃金等

(ア) 資格手当4万円について

a 被告は,「被告賃金規程に基づく各種手当等については試用期間が終了し,本採用となったときに改めて労働条件を労使の合意により決定してから支給しており,本件試用期間中,上記諸手当は具体的な権利として発生していない。」と主張する
確かに,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲4(労働条件通知書=雇用契約書)によると本件試用期間中における原告の賃金合計額は「¥200,000-円」であると記載されており,原告も,その尋問で,上記「¥200,000-円」という記載は,本件試用期間中の賃金額を示していることを自認している。そうだとすると原告と被告は,本件雇用契約を締結するに当たって,本件試用期間中に原告に対して支払う賃金の総額を20万円とする合意をしたものと認められ,この合意によると原告は,上記賃金以外に「資格手当」等の諸手当の支払を請求することはできず,被告の上記主張を裏付けているといえなくもない。
しかし甲22によると被告賃金規程は,同就業規則2条1項1号に規定する「正社員」(=契約社員とアルバイト等以外の者で,期間の定めのない雇用契約により雇用される者)の給与について定めたものであるとされるところ,同賃金規程8条は,「資格手当」も被告の一般社員の「給与」の一部を構成するものと規定している。してみると被告の「正社員」は,原則として,同条の所定の各「手当」についても,その発生要件を満たす限り,これを「給与」の一部として請求する権利(資格)を有しているものと解される。そうだとすると試用期間中の正社員について,同賃金規程8条所定の各「手当」の支払請求権を放棄させるに等しい原告と被告との間の上記合意は,「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める」ものとして就業規則の最低基準効に抵触し(労契法12条),その限度で無効であると解され,諸手当に関する被告賃金規程(就業規則)8条の規準が上記合意に代わって適用されるものというべきである。
以上によると原告は,本件雇用契約に基づき,被告賃金規程8条2項2号所定の「資格手当」の支払を請求する権利(資格)を有するものと解されるところ,甲23によると本件雇用契約の締結時,原告は,既にCFPの資格を保有していたことが認められ,したがって,原告は,被告に対し,上記被告賃金規程に基づき,「給与」の一部として「資格手当」の支払を請求することができる。

b もっとも前記基礎事実(1)によると原告の雇用日(出社日)は平成21年11月9日であるから,原告が同月分の「給与」の一部として被告に対して支払を請求し得る「資格手当」は,下記計算式のとおり2万9334円である。
(計算式)*1円未満は,被告賃金規程2条5項により切り上げ処理した。
4万円×22日/30≒2万9334円

c よって,原告の上記「資格手当」に関する請求は,上記2万9334円の支払を求める限度で理由がある。

(イ) 通勤手当差額9730円(=2万9680円-1万9950円)

甲22によると被告賃金規程3条1項は,本文で,「通勤手当は,公共交通機関を利用して通勤する者に対して,月額50,000円までの範囲内で通勤に必要な定期代に相当する額を支給する。」と定めている。しかし,そのただし書によると,通勤手当算出の前提となる「通勤の経路及び方法は会社が認めたものに限ることとする」と規定されているところ,乙16の1によると被告が定めた原告の「通勤の経路及び方法」を前提とする原告の通勤手当の額(定期代)は「1万9950円」であったものと認められ,上記の「2万9680円」という金額はあくまで原告の申出額にすぎず,上記通勤手当の差額は発生していないものというべきである。
よって,上記通勤手当に関する原告の主張は理由がない。

(ウ) 前払い退職金5200円(基本給22万円+資格手当4万円の2パーセント相当)

甲22によると被告賃金規程8条2項6号は,給与の一部として「前払い退職金手当」を支給する旨定めている。しかし,この規定は,事柄の性質上,就業規則に「付属」するものとして退職金規程が定められていることが前提であると解されるところ(そうでないと前払いの対象となる退職金それ自体が権利として発生していないのに退職金を前払いするという論理矛盾が生じることになる。),被告就業規則の付則3条(甲12の1)及び弁論の全趣旨によると被告においては未だ退職金規程は定められていないものと認められ,したがって,上記の被告賃金規程8条2項6号は,その適用の前提を欠くものと解される。
よって,上記前払い退職金に関する原告の主張は理由がない。

(エ) 法定内残業代2万1225円

原告は,「平成21年11月については,所定労働時間である7時間15分を超え法定内残業を45分間行った。同月の一日当たりの給与は26万円で,所定労働日数は19日であった。したがって,1時間当たりの単価は1887円であるから,1日当たりの未払法定内残業代は1415円である。そして同月の原告の実働は15日であった。よって,同月の法定内残業代は2万1225円である」と主張する。
しかし本件全証拠を検討しても,原告が平成21年11月に所定労働時間の7時間15分を超え法定内残業を45分間行ったことを認めるに足る証拠はない。
よって,その余の点を検討するまでもなく,上記法定内残業代に関する原告の主張は理由がない。

(オ) 小括

以上によれば,本件採用拒否前の未払賃金請求等のうち平成21年11月分に関する原告の請求は,「資格手当」として2万9334円及びこれに対する支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。
なお上記支払期日は,平成21年11月30日であると認められる(被告賃金規程6条1項)。

イ 平成21年12月分の未払賃金等

(ア) 未払基本給(同月8日及び22日の欠勤控除分)1万2600円について前記基礎事実(5)イによれば,平成21年12月8日と22日の両日,原告は,半休を取り,労務を提供していない。被告代表者は,上記原告の半休取得を了解しているが,これは勤退管理上のものにすぎず,各半休を有給とする趣旨を含むものではない(なお上記両日の時点では未だ原告には有給休暇は発生してない。被告就業規則26条1項)。また上記半休取得による労務の不提供は,あくまで体調不良という原告自身の都合によるものであって,使用者である被告の責めに帰すべき事由によるものではなく,民法536条2項は適用されない。
そうすると上記平成21年12月8日と同月22日の欠勤控除は,ノーワーク・ノーペイ原則からみて当然のことであり,原告の上記未払基本給に関する請求は理由がない。

(イ) 資格手当4万円について

a 上記ア(ア)で検討したとおり,原告は,被告に対し,上記被告賃金規程に基づき,「給与」の一部として「資格手当」の支払を請求することができる。

b もっとも前記基礎事実(5)(6)によると原告は,本件休職合意により平成21年12月25日の午後から無給による休職に入っており,同日午後から労務の提供をしていない。
この点,原告は,本件休職合意のうち本件休職中の賃金を無給とする部分の合意について,原告はこれを否認するものと思われるが,原告が自らの名刺(裏面)に書き留めた本件各選択肢の内容をみると被告代表者が原告に対して本件各選択肢の一つとして「1ヶ月の無給の休職」(甲28)を提案していたことは紛れもない事実であって,本件休職合意の中には「休職中無給」の定めも含まれていたものというべきである(また仮に,この無給合意の成立までは認められないとしても,被告就業規則37条3項,同賃金規程4条5項によると休職中の賃金は「無給」と定められており,結局いずれにしても本件休職は無給を前提としているものといわざるを得ない。)。したがって,原告は,被告に対し,平成21年12月分の「給与」の一部として「資格手当」の支払を請求することができるが,その金額は,下記計算式のとおり3万1613円にとどまる。
(計算式)*1円未満は,被告賃金規程2条5項により切り上げ処理した。
4万円×24.5日/31≒3万1613円

c よって,原告の上記「資格手当」に関する請求は,上記3万1613円の支払を求める限度で理由がある。

(ウ) 営業手当4万円

上記ア(ア)の検討によれば,原告は,本件雇用契約に基づき,被告賃金規程8条2項3号所定の「営業手当」の支払を請求する権利(資格)を有しているものと解されるところ,前記基礎事実(1)ないし(3)によると原告は,「営業職」として被告に入社し,平成21年12月初めから保険営業の業務を開始していることが認められる。したがって,原告は,被告に対し,上記被告賃金規程に基づき,「営業手当」の支払を請求することができるが,前記基礎事実(5)(6)で認定したとおり,原告は,本件休職合意により平成21年12月25日の午後から無給による休職に入っており,同日午後から労務の提供をしていない。したがって,上記イ(イ)(b)で検討したとおり,原告が平成21年12月分の「給与」の一部として支払を請求し得る「営業手当」の金額は,「資格手当」と同様,上記(イ)の計算式のとおり3万1613円にとどまる。

(エ) 通勤手当差額4180円(=2万4130円-1万9950円),法定内残業代2万9394円及び前払い退職金6000円

上記ア(イ)ないし(エ)の検討によれば,上記各手当等に関する原告の請求は,いずれも理由がない。

(オ) 小括

以上によれば,本件採用拒否前の未払賃金請求等のうち平成21年12月分に関する原告の請求は,「資格手当」及び「営業手当」の合計6万3226円及びこれに対する支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
なお甲12の3によると平成21年12月29日から同22年1月3日までが年末年始休暇であるから,上記支払期日は平成21年12月29日の前日の「同月28日」であると解される(被告賃金規程6条1項。同項の「休日」とは被告就業規則17条所定の「休日」をいうものと解され,以下においてもこの解釈を前提とする。)。

ウ 平成22年1月分の未払賃金

(ア) 未払基本給22万円,資格手当4万円,営業手当4万円及び前払い退職金6000円について

原告は,本件雇用契約の締結時に,被告との間において,本件試用期間中の原告の基本給を月額22万円とする旨の合意(本件基本給合意1)が成立していた旨主張し,その尋問でも,これに沿う供述をしている。
しかし上記ア(ア)で検討したとおり,本件雇用契約に基づく労働条件が記載され,その内容について原告と被告代表者の確認のある「労働条件通知書」(甲4)によると本件試用期間中における原告の賃金合計額は「¥200,000-円」であるとされており,この記載によると原告の上記供述は俄に信用し難く,他に原告の上記主張事実を認めるに足る証拠はない。そうすると原告の上記主張は採用の限りではなく,本件試用期間中の原告の基本給(賃金)は,上記「労働条件通知書」(甲4)の記載のとおり20万円であったものと認められるが,前記イ(イ)bで検討したとおり原告は,本件休職合意により平成21年12月25日の午後以降,無給による休職に入っており,したがって,原告の平成22年1月分の給与の支払請求権は発生していない。
よって,原告は,被告に対して,同月分の給与として基本給はもとより,被告賃金規程8条所定の諸手当についても請求することはできない。

(イ) 以上によれば,本件採用拒否前の未払賃金請求等のうち平成22年1月分に関する原告の請求は理由がない。

エ 結論

以上の次第であるから本件採用拒否前の未払賃金請求等は,9万2560円及び内2万9334円に対する支払期日の翌日である平成21年12月1日から,内6万3226円に対する支払期日の翌日である同月29日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(2) 本件採用拒否後の未払賃金請求等に関する請求原因(請求原因2・イ)

ア 本件採用拒否後の未払賃金請求に対して民法536条2項が適用される時的範囲について

(ア) 民法536条2項によると労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務の履行につき,使用者の責めに帰すべき事由によって上記債務の履行が不能となったときは,労働者は,使用者に対して,賃金の支払を請求することができる。そして,使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときも上記労働者の労務を遂行すべき債務は履行不能となるものと解されるが,ただ,その場合であっても当該労働者は,その履行不能が使用者の責めに帰すべき事由によるものであることを主張立証しなければならず,しかも,この要件事実を主張立証するには,その前提として,自らは客観的に就労する意思と能力を有しており,使用者が上記就労拒絶(労務の受領拒絶)の意思を撤回したならば,直ちに債務の本旨に従った履行の提供を行い得る状態にあることを主張立証する必要があるものと解するのが相当である(菅野和夫「労働法第9版」227頁同旨)。

(イ) 前記基礎事実(5)(6)の認定によると本件休職合意は,遅くとも平成22年1月末日までに終了したものと認められるが,それ以降(同年2月1日以降)も原告は,被告に対し,労務の提供をしていない。しかし,それは,前記2で詳述したとおり,被告(使用者)が違法な本件解約権行使により原告の就労を事前に拒絶し,その就労が不能となったことに基因するものと認められるところ,前記基礎事実(6)ウ及び(7)の認定によると原告は,本件試用期間満了後,本件労組に加入し,被告への復職を前提とする本件各団体交渉を行っているほか,同年6月29日には,本件採用拒否通知は不当・無効な解雇に当たるとして,当庁に対し,被告を債務者とする地位保全等仮処分命令申立事件(いわゆる賃金仮払仮処分命令申立事件)を申し立てているなどしたが,平成23年4月17日に至って,税理士法人Fという法人に正社員として再就職し,給与として月額27万円(額面)の支払を受けていること(なお原告は,給与の1.5か月分の賞与が年2回支給されることも自認している。)が認められる。
以上の認定を前提とすると,少なくとも平成22年2月1日から平成23年4月16日までの間については,原告は,一応,客観的に被告における就労の意思と能力を有していたと推認されるものの,同月17日の本件再就職を機に,被告において就労する意思と能力を有しているとは認められない状態に至ったものというべきである。
もっとも,この点,原告は同日以降も被告において就労する意思と能力がある旨主張し,その尋問でも,これに沿う供述をしている。しかし上記のとおり原告は,正社員として被告とは全く異なる職種の税理士法人に本件再就職しており,その勤務時間や業務内容は,被告における就労と両立し得るものでないことは明らかである上,被告と比べ月額給与の額(額面額)は遜色なく,賞与として給与の1.5か月分が支払われる約束であること,そして,原告は,本件再就職までの間にCFPのほかに,社会保険労務士の資格を取得しており,敢えて受動喫煙の有害性について理解に乏しいものと思われる使用者の下で保険営業の仕事を続けなければならない理由は見当たらず,むしろ新たな職場(本件再就職先)で心機一転を図ろうとするのが通常と思われること,などの事情を指摘することができる。これらの事情に照らすと,少なくとも客観的にみる限り,本件再就職の時点でもなお被告において就労する意思と能力を有していたとする原告の上記供述は俄に信用し難く,他に,本件再就職後も原告が被告において就労する意思と能力を有していたことを認めるに足る証拠はない。
なお原告は,本件再就職後も上記賃金仮払仮処分命令申立事件による仮払金の支給を受け続けているようであるが,これは,そうした賃金仮払の決定が取り消されずに存在していることの結果であり,なお原告に被告において就労する意思と能力があることを推認させるほどのものではなく,むしろ,本件再就職時において上記のような事情が存在していたことに照らすと,賃金の仮払金の支給を受けているにもかかわらず,敢えて正社員として再就職の途を選択したのは,本件再就職先が,原告にとって被告における就労の意思と能力を失わせるに足るだけの魅力を有していたからであるとみるのが自然である。原告が上記賃金の仮払を受け続けている事実は,上記結論に何ら影響を与えるものではない。

(ウ) 以上によれば,原告が民法536条2項により被告に対して賃金(給与)の支払を請求することができる期間は,「平成21年2月1日から平成23年4月16日」までであると認められ,同月17日以降の賃金についての原告の請求は,請求原因2・イに対する抗弁を検討するまでもなく理由がない。
そこで以下,この結論を前提に上記期間内(平成21年2月1日から平成23年4月16日)において原告が被告に対して請求し得る賃金(給与)の内容について検討する。

イ 平成22年2月分から同年8月分までの未払賃金等

(ア) 基本給32万円について

a 原告は,本件雇用契約の締結に当たって,被告との間において,本件試用期間経過後の「諸手当を除く基本給」を「年齢×1万円」とする旨合意(本件基本給合意2)が成立したと主張し,その尋問でも,これに沿う供述をしているが,これを客観的に裏付ける証拠は何もなく,原告の上記供述は俄に採用し難く,他に原告の上記主張事実を認めるに足る証拠はない。そうだとすると本件試用期間終了後における原告の基本給の額は,被告賃金規程8条2項1号により「ベース金額(125000円)+(年齢×2500円)」により算出された金額であると解されるところ,前記基礎事実(2)によると原告の生年月日は「昭和52年(1977年)9月11日」であるから,上記平成22年2月分から同年8月分までの基本給の額は,下記計算式①のとおり「20万5000円」であると認められる。
なお上記平成22年2月分の基本給は,同月8日までの分は,上記(1)ウで検討した,本件試用期間内における賃金額20万円が妥当し,したがって,下記計算式②のとおり20万3572円である。
(計算式)*1円未満は,被告賃金規程2条5項により切り上げ処理した。
① 12万5000円+32歳×2500円=20万5000円
② 20万円×8/28+20万5000円×20/28≒20万3572円

b よって,原告の上記基本給に関する請求は,平成22年2月分の基本給につき20万3572円,同年3月から8月分までは20万5000円の限度で理由がある。
なお上記(2)冒頭で指摘したとおり本件休職合意は,遅くとも同年1月末日までに終了しており,したがって,その無給合意は,本件採用拒否後の未払賃金請求等に何ら影響を及ぼさない。

(イ) 資格手当及び営業手当各4万円

a 上記(1)ア(ア)及びイ(イ)で検討したとおり,被告賃金規程8条2項2号及び3号によると原告は,本件試用期間終了後も,「給与」の一部として同号以下所定の手当の支払を受ける権利を有するところ,甲23及び前記基礎事実(5)(6)によると原告は,被告において「営業職」の社員であり,CFPの資格を保有していることが認められる。したがって,原告は,上記平成22年2月分から同年8月分までの各給与の一部として「資格手当」4万円及び「営業手当」4万円の各支払を請求することができる。

b よって,原告の上記資格手当及び営業手当に関する請求は理由がある。

(ウ) 前払い退職金8000円について

前記(1)ア(ウ)で検討したとおり,原告の上記前払い退職金に関する請求は理由がない。

(エ) 結論

以上によれば,本件採用拒否後の未払賃金請求等のうち平成22年2月分から同年8月分までの未払賃金等に関する原告の請求は,同年2月分につき28万3572円(基本給20万3572円,資格及び営業手当の合計8万円),同年3月から8月までの分につき毎月28万5000円及びこれらの未払賃金に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
なお被告賃金規程6条,同就業規則17条及び甲12の3によると上記平成22年2月分の賃金の支払時期は「同月26日」であると認められる(被告就業規則17条2号によると最終土曜日は休日から除かれているが,これを前提にすると上記最終土曜日を含む週の所定労働時間の合計は40時間を超えることになり労基法32条1項に違反する。したがって,被告就業規則17条2号のうち最終土曜日は休日から除くものとする部分は,上記労基法の規定に違反し無効であるから,結局,上記最終土曜日(同月27日)も「休日」に当たる。)。ちなみに甲12の3によると同年3月分の賃金の支払期日は同月31日,同年4月分のそれは同月28日,同年5月分のそれは同月31日,同月6月分のそれは同月30日,同年7月分のそれは同月30日,そして同年8月分のそれは同月31日であると認められる。

ウ 平成22年9月分から同年11月分までの未払賃金等

(ア) 基本給33万円について

前記基礎事実(2)によると原告は,平成22年9月11日に33歳になる。したがって,上記イ(ア)における検討によると原告の上記基本給に関する請求は,下記計算式①のとおり平成22年9月分につき20万6667円,同②のとおり同年10月から11月分につき20万7500円の限度で理由がある。
(計算式)*1円未満は,被告賃金規程2条5項により切り上げ処理した。
① (12万5000円+32歳×2500円)×(10日/30日)+(12万5000円+33歳×2500円)×(20日/30日)≒20万6667円
② 12万5000円+33歳×2500円=20万7500円

(イ) 資格手当及び営業手当各4万円について

上記イ(イ)で検討したとおり原告は,被告賃金規程8条2項2号及び3号により,「給与」の一部として平成22年9月分から同年11月分までの各給与の一部として「資格手当」4万円及び「営業手当」4万円の各支払を請求することができる。よって,原告の上記資格手当及び営業手当に関する請求は理由がある。

(ウ) 前払い退職金8200円について

前記(1)ア(ウ)で検討したとおり,原告の上記前払い退職金に関する請求は理由がない。

(エ) 結論

以上によれば,本件採用拒否後の未払賃金請求等のうち平成22年9月分から同年11月分までの未払賃金等に関する原告の請求は,同年9月分につき28万6667円,同年10月及び同年11月までの分につき毎月28万7500円及びこれらの未払賃金に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
なお被告賃金規程6条,同就業規則17条及び甲12の3によると上記平成22年9月分の賃金の支払期日は「同月30日」,同年10月分のそれは「同月29日」(被告就業規則17条2号によると最終土曜日は休日から除かれているが,これを前提にすると上記最終土曜日を含む週の所定労働時間の合計は40時間を超えることになり労基法32条1項に違反する。したがって,被告就業規則17条2号のうち最終土曜日は休日から除くものとする部分は,上記労基法の規定に違反し無効であるから,結局,上記最終土曜日(同月30日)も「休日」に当たる。),同年11月分のそれは「同月30日」であると認められる。

エ 平成22年12月分から平成23年4月分(ただし同月16日までの分)までの未払賃金等

(ア) 基本給34万円について

上記イ(ア)における検討によると原告の上記基本給に関する請求は,下記計算式のとおり20万7500円の限度で理由がある。
(計算式)*1円未満は,被告賃金規程2条5項により切り上げ処理した。
12万5000円+33歳×2500円=20万7500円

(イ) 資格手当8万円及び営業手当各4万円について

上記イ(イ)で検討したとおり原告は,被告賃金規程8条2項2号及び3号により,「給与」の一部として平成22年12月分から平成23年8月分までの各給与の一部として「資格手当」4万円及び「営業手当」4万円の各支払を請求することができる。
もっとも,この点,原告は,CFP資格に加え,平成22年11月5日に社会保険労務士の資格を取得したことを理由に「資格手当」の額が倍増する旨主張しているが,しかし被告賃金規程8条2項2号は,CFP,司法書士,税理士,社会保険労務士のうちいずれかの資格を有する者に「資格手当」として4万円を支給する旨を定めているものと解するのが合理的であって,資格を一つ保有ないし取得するごとに4万円を増額支給する趣旨までは含まれていないものというべきであり,したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
よって,原告の上記資格手当及び営業手当に関する請求は,「資格手当」「営業手当」として各4万円の支払を求める限度で理由がある。

(ウ) 前払退職金9000円

前記(1)ア(ウ)で検討したとおり,原告の上記前払い退職金に関する請求は理由がない。

(エ) 結論

以上によれば,本件採用拒否後の未払賃金請求等のうち平成22年12月分から平成23年4月分までの未払賃金等に関する原告の請求は,平成22年12月分から平成23年3月分までにつき毎月28万7500円,同年4月分につき15万3334円(≒28万7500円×16日)/30日。なお1円未満は,被告賃金規程2条5項により切り上げ処理した。)及びこれらの未払賃金に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
なお被告賃金規程6条,同就業規則17条及び甲12の3によると上記平成22年12月分の賃金の支払期日は「同月28日」,平成23年1月分のそれは「同月31日」,同年2月分のそれは「同月28日」,同年3月分のそれは「同月31日」,同年4月分のそれは「同月28日」(甲12の3(被告社内カレンダー)によると被告は,平成22年10月までの最終土曜日について,これを「休日」に指定していることが認められ,してみると上記平成23年4月30日の最終土曜日も,平成22年10月までの取扱いと同様,「休日」に指定しているものと推認するのが合理的である。被告就業規則17条6号)であると認められる。

4 本件損害賠償請求等について(請求7,8)

(1) 本件損害賠償請求について

ア 分煙義務違反を理由とする損害賠償請求

(ア) 労契法5条は,「使用者は,労働契約において,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。」と規定しているところ,これに健康増進法25条,労働安全衛生法71条の2の趣旨・目的等を併せ考慮すると,使用者である被告は,原告が本件雇用契約を締結し,被告に入社した当時において,原告に対し,その業務の遂行場所である被告事務室の管理に当たり,当該事務室の状況等に応じて,一定の範囲内で,受働(ママ)喫煙の危険性から原告の生命及び健康を保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解される。

(イ) そして,この安全配慮義務違反の有無は,①受働(ママ)喫煙の危険性の態様,程度,分煙措置の内容等の具体的状況,②労働者が訴える健康被害の内容等及び③上記①と②の関連性の程度等を総合考慮することにより,これを決すべきものであるところ,確かに前記基礎事実(5)によるとA社長は,1日30本程度の煙草を吸う,いわゆるヘビースモーカーで,就労時間中,被告の事務室内においても平気で喫煙をしており,原告が体調不良を訴えた後も書類の作成中などに被告事務室内で喫煙をするなど分煙の約束を余り守らなかったこと,そして原告の座席は,同社長の座席から距離にして数メートル程度しか離れていなかったこと,原告が訴える体調不良の症状は「心臓がバクバクして夜眠れない。」,「夜に喘息のような症状がでる。頭がボーッとする」などといったもので,受動喫煙の影響を一応うかがわせるものであり,また,「『病名 タバコ不耐症』『附記 タバコの煙臭により容易に咳などの症状が誘発される。関係者の配慮が望まれる。』」との内容の専門医作成に係る平成22年1月29日付け診断書(甲14)が提出されていることなどの事情を指摘することができる。
しかし,その一方で前記基礎事実(5)によると被告事務室は,面積が64.91平方メートル,天井高が260cmとそれなりの広さがある上,天井の2か所に換気扇が付設され,室内の3ヵ所に空気清浄機が設置されていたこと,原告が体調不良を訴え始めた時期は平成22年12月7日のことであり,本件雇用契約の締結後1か月も経過していない上,その間も原告と被告代表者は就業時間中常に一緒に被告事務室にいたわけではなく,むしろ出張,営業活動(外回り)等により同室している時間はそれほど多くはなかったと推認されること,また被告においても原告の体調不良を受け,できるだけ喫煙は被告事務室のベランダに出て行うようにするなど一定の範囲で分煙の意識が生じていたこと,そして,そもそも原告は保険営業マン(外勤・外回りの仕事)であって,勤務場所(本件では被告事務室内)以外においても無意識のうちに受動喫煙の危険性に曝されている可能性があるものと考えられるところ,上記専門医作成に係る平成22年1月29日付け診断書(甲14)は,原告が平成21年12月25日に事実上,被告事務所への立入を禁じられ,被告代表者と接する機会が皆無となってから1か月余り後に作成されたものであって,同診断書記載の「タバコ不耐症」と被告事務室内における受動喫煙との関連性についてはこれを疑う余地があること(上記診断書にも「関係者の配慮が望まれる。」との記載があるだけで被告事務室内における受動喫煙との関連性については言及されていない。なお,この点は,甲16の平成22年4月19日付け診断書についても同様である。),原告が最も被告事務室において受動喫煙に曝されていたと思われる時期に数回にわたって受診した順天堂大学病院においては遂に受動喫煙の影響を肯定する診断書が作成されなかったことなどの事情を指摘することができる。
以上の各事情を併せ考慮すると原告の体調不良と被告事務室内における受動喫煙との間には一定の関連性があることは否定し難いものの,その関連の程度,態様等のほか,原告が訴える体調不良の内容等を併せ考慮すると,本件雇用契約の締結時はもとより,原告が体調不良を訴えた後においても原告に対して分煙措置の徹底を図らなかったことをもって,被告は,原告の生命及び健康を受動喫煙の危険性から保護するよう配慮すべき法的義務に違反したとまではいい難い。

(ウ) よって,本件損害賠償請求等のうち分煙義務違反を理由とする原告の損害賠償請求は,その余の点を検討するまでもなく理由がない。

イ 不当な本件解約権の行使を理由とする損害賠償請求について

(ア) いわゆる解雇権濫用法理を成文化した労契法16条により労働者は,正当な理由のない解雇により雇用の機会を奪われない法的地位を保障されているものと解され,この理は,留保解約権の行使にも妥当するが,ただ,同法理は,あくまで使用者に原則として「解約の自由」(民法627条1項)が保障されていることを前提とする規定である。そうすると,かかる原則の下に行われた当該留保解約権の行使は,前記各適法要件(適法要件A及び同B)に欠ける場合であっても,そのことから直ちに民法709条上も違法な行為であると評価することはできず,当該解雇が民法709条にいう「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」する行為に該当するためには,当該解約権の行使が上記各適法要件を満たさないだけでなく,その趣旨・目的,手段・態様等に照らし,著しく社会的相当性に欠けるものであることが必要と解するのが相当である。

(イ) 前記2(1)アで検討したとおり本件解約権行使は,解約権の留保の趣旨・目的に照らし,客観的に合理的な理由が認められるものの,その行使態様等は拙速というよりほかないもので,この点において社会通念上相当として是認され得る場合には当たらないとの結論に至ったが,ただ前記2(1)イ(ウ)で詳述したとおり,かかる拙速な解約権の行使を招来した原因の一つとして原告の本件対応の拙さを挙げることができ,その意味で,本件解約権行使の違法性を判断するに当たっては,被告の落ち度ばかりを強調するのは適当ではなく,原告の本件対応の拙さについてもこれを十分にしんしゃくする必要がある。
そうだとすると本件解約権行使は,その目的,手段・態様等に照らし拙速であるとの非難は免れないものの,その程度等は著しく社会的相当性に欠ける行為であったとまではいい難く,したがって,民法709条にいう「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」する行為には該当しない。

(ウ) よって,本件損害賠償請求等のうち不当な本件解約権の行使を理由とする原告の損害賠償請求も理由がない。

(2) 本件分煙等請求について

確かに労契法5条,健康増進法25条,労働安全衛生法71条の2の趣旨・目的等を併せ考慮すると,使用者は,自らが使用する労働者に対して,その業務の遂行場所である被告事務室の管理等に当たり,当該事務室の状況等に応じて,一定の範囲内で,受働(ママ)喫煙の危険性から原告の生命及び健康を保護するよう配慮すべき義務を負っているものというべきではあるが,ただ,かかる配慮義務に違反した場合,その効果として,直ちに,「使用者に対する分煙又は禁煙の実施を請求し得る権利」が発生するものとは解されず,仮に,そのような権利の発生が認められる余地があるとしても,それは,当該受動喫煙が労働者の生命ないし健康に対して重大な被害を及ぼす具体的かつ高度な危険性を有していると認められる場合に限られるものと解されるところ,上記(1)アで検討したところによれば,本件においては,当該受動喫煙の危険性が上記のような段階に達していないことは明らかであるから,結局いずれにしても,原告の本件分煙等請求が認められる余地はないものというべきである。
よって,本件損害賠償請求等のうち原告の本件分煙等請求に理由がないことは明らかである。

(3) 結論

以上によれば,本件損害賠償請求等は,いずれも理由がない(なお本件分煙等請求は,将来の給付の訴えに該当するが,上記(2)で検討したとおり,その請求に理由がないことは明らかであるから,「あらかじめその請求をする必要がある場合」(民訴法135条)に当たるか否かを検討するまでもなく,本件分煙等請求は棄却するのが相当と解される。権利保護の必要という要件について,このような例外的な取扱いが認められることにつき大審院昭和10年12月17日判決・民集14巻2053頁。「条解民事訴訟法(第2版)」・726頁以下参照)。

第4 結論

以上の次第であるから,原告の本件各請求は,主文1ないし5項の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないので棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,主文2ないし5項に対する仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。