ハヤシ(くも膜下出血死)事件

ハヤシ(くも膜下出血死)事件(福岡地方裁判所平成19年10月24判決)

労災民事訴訟の逸失利益の内容として時間外割増賃金を含めるか否かに関連して管理監督者性が肯定された例

1 事案の概要

被告は,産業用ロボットの製作等を目的とする資本金2000万円の株式会社であり,本社の事務所及び工場以外に,筑後工場,吉塚工場を有している。甲野太郎は,平成6年10月,被告に入社し,平成11年ころ課長に,平成14年4月製造部部長になり,平成16年2月26日に死亡するまで,被告に勤務した。本件は、太郎の相続人らが原告として,被告に対し,損害賠償を請求した事案である。

2 判例のポイント

2.1 結論

甲野太郎が管理監督者に該当すると認められ,太郎の死亡による逸失利益のうち,基礎収入の算定において,割増賃金を考慮することはできないとされた。

2.2 理由

① 勤務内容・責任・権限

製造部部長であり,代表者,工場長次ぐ3番目の役職にあった。
具体的業務は,主に見積業務及び生産管理業務であり,製造部部長として製造部全体を指揮監督し,製造一課の従業員の労務管理を行うことであった。また,時期によっては品質管理の基準書の作成や品質管理の内部監査という業務を行っていた。

② 勤務態様

出退社時にタイムカードを打刻し,日報に毎日の勤務時間を記録していた。

③ 賃金等の待遇

毎月12万円の管理職手当支給,年収718万余円等。

3 判決情報

3.1 裁判官

裁判長裁判官:木村元昭
裁判官:下山久美子

3.2 掲載誌

判例時報1998号58頁
労働判例956号44頁

4 主文

1 被告は、原告甲野花子に対し2631万4011円、原告甲野一郎、原告甲野二郎及び原告甲野一江に対し各1280万9008円、並びにこれらの各金員に対する平成16年2月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その2を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が4000万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

5 理由

第1 請求

被告は、原告甲野花子に対し7613万9657円、原告甲野一郎、原告甲野二郎及び原告甲野一江に対し各2537万9885円、並びにこれらの各金員に対する平成16年2月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は、甲野太郎(以下「太郎」という。)の遺族である原告らが、平成16年2月26日に太郎がくも膜下出血により死亡したのは、被告の安全配慮義務違反及び不法行為に基づくものであると主張して、被告に対し、債務不履行及び不法行為に基づき、損害賠償を請求した事案である。

1 争いのない事実等(後掲証拠により容易に認められる事実を含む。)〈注・証拠の表示は省略〉

⑴ 当事者等

ア 原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は太郎の妻であり、原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)、原告甲野二郎(以下「原告二郎」という。)及び原告甲野一江(以下「原告一江」という。)はいずれも太郎の子である。
イ 太郎は、平成6年10月、被告に入社し、平成11年ころ課長に、平成14年4月製造部部長になり、平成16年2月26日に死亡するまで、被告に勤務した。
ウ 被告は、産業用ロボットの製作等を目的とする資本金2000万円の株式会社であり、本社の事務所及び工場以外に、筑後工場、吉塚工場を有している。

⑵ 太郎の死亡

太郎は、平成16年2月19日午前10時ころ、出勤した被告本社工場において、くも膜下出血を発症し(以下「本件発症」という。)、直ちに病院に入院したが、同月26日午前9時7分、死亡した。

⑶ 原告らの相続

太郎の死亡により、原告花子は2分の1、原告一郎、原告二郎及び原告一江は各6分の1の割合で、太郎を相続した。

⑷ 福岡中央労働基準監督署長による遺族補償年金等の支給決定及び支給

ア 原告花子は、平成17年2月4日、福岡中央労働基準監督署長に対し、太郎の本件発症が業務に起因するものであるとして、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求した。
イ 同署長は、同年11月2日、太郎の本件発症による死亡を業務災害と認め、遺族補償給付及び葬祭料の支給を決定し、次のとおり支給した。
(ア) 遺族補償年金
平成17年12月   558万9181円
平成18年2月     53万2303円
4月     53万2303円
6月     48万4504円
8月     48万4504円
10月     48万4504円
12月     48万4504円
平成19年2月     48万4504円
4月     48万4504円
6月     48万4504円
合計1004万5315円
(イ) 遺族補償特別年金
平成17年12月   139万7287円
平成18年2月     13万3075円
4月     13万3075円
6月     12万1126円
8月     12万1126円
10月     12万1126円
12月     12万1126円
平成19年2月     12万1126円
4月     12万1126円
6月     12万1126円
合計251万1319円
(ウ) 遺族定額特別支給金
300万3000円
(エ) 葬祭料      97万7700円

2 争点及びこれに対する当事者の主張

⑴ 安全配慮義務違反の有無

【原告らの主張】
ア 太郎の業務の量的過重性
(ア) 太郎の時間外労働時間
a 太郎の労働時間はタイムカードによって管理されていた。そのタイムカードには、出社時間や退勤時間を打刻されていないもの、休日出勤をしていたがその旨の記載のないものが存在し、その場合には、組立作業日報(以下「日報」という。)に当該勤務合計時間が記載されているので、これによりタイムカードの欠如部分を補うことができる。
これらの証拠を基に太郎の労働時間を算出した上、1か月を30日とし、4週分(28日)について法定労働時間である週40時間を超える時間外労働時間を計算し、残る2日分についてはそれ以前の5日間において、勤務に就いていない日が2日あるときは16時間、1日あるときは8時間を差し引き、5日間とも勤務に就いているときは、差引時間なしで計算するという方法により時間外労働時間を計算すると、太郎の発症前1か月から13か月の週40時間の法定労働時間を超える時間外労働時間は、以下のとおりとなる。
なお、上記時間外労働の計算方法は、労働基準監督署における過労死の労災認定実務で用いられている方法である。
発症前 1か月    99時間44分
発症前 2か月    78時間46分
発症前 3か月   110時間27分
発症前 4か月   109時間59分
発症前 5か月   101時間54分
発症前 6か月   143時間19分
発症前 7か月   154時間11分
発症前 8か月    97時間00分
発症前 9か月   186時間51分
発症前10か月   116時間36分
発症前11か月   130時間37分
発症前12か月   124時間54分
発症前13か月   107時間57分
b 日報の勤務合計時間とタイムカードによる実労働時間との比較
日報で報告されている勤務合計時間は、労働時間とされるべき手待時間や移動時間が含まれておらず、実際にも、当該労働日の日報による勤務合計時間は、タイムカードを基に算出した実労働時間よりも少なくなっており、発症前1か月から6か月までの日報の勤務合計時間とタイムカードによる実労働時間の1日当たりの平均時間差は、発症前1か月が62分、同2か月が19分、同3か月が40分、同4か月が55分、同5か月が51分、同6か月が50分となっている。
c 上記比較を踏まえた太郎の実労働時間
上記比較によれば、タイムカード欠如部分を日報の勤務合計時間により補う場合、当該日の太郎の実労働時間は、日報で報告されている勤務合計時間よりも少なくとも50分長かったというべきである。そして、タイムカードの欠如部分を日報で補った日について、それぞれ平均時間差である50分を当該日の時間外労働時間に加算して、上記a記載の時間外労働時間の修正を行うと、太郎の発症前1か月から13か月の週40時間の法定労働時間を超える時間外労働時間は、次のとおりとなる。
発症前 1か月   102時間14分
発症前 2か月    83時間46分
発症前 3か月   112時間57分
発症前 4か月   114時間09分
発症前 5か月   101時間54分
発症前 6か月   146時間39分
発症前 7か月   154時間11分
発症前 8か月    97時間50分
発症前 9か月   188時間31分
発症前10か月   116時間36分
発症前11か月   131時間27分
発症前12か月   125時間44分
発症前13か月   110時間28分
(イ) タイムカードや日報により算出される太郎の実労働時間は、太郎の労働実態を最小限にしか反映していないこと
被告では、太郎のみが突出して長時間在社していたというわけではなく、工場長の丙川竹夫(以下「丙川」という。)、丁原課長、戊田技師等他の社員も長時間労働が常態化しており、この事実は、太郎の労働実態の過酷さを表すものである。
また、被告では、平成15年11月に筑後工場が竣工されたことにより、社員14名をそのまま筑後工場に移動させているが、十分な人員補充が行われたとは到底考え難く、製造部は人員不足で、太郎の業務に支障を来していたといえる。
さらに、本件発症時、被告は、社員45名中40名が固定給であり、残業代の支給がなく、その分、76時間分の残業代を基本給と職務手当に振り分けて上乗せしていたという給与体系をとっていること、三六協定すら存在しなかったこと、このことについて労働基準監督署から指導を受けたことから、被告における労働状況は劣悪だったといえる。
イ 太郎の業務の質的過重性
太郎は、生産管理や見積書の作成、取引先との打合せ、製造部の人員配置など、製造部部長として製造部全体を指揮監督する業務に従事し、また、ISO規格取得のための内部監査委員も務めていた。
そして、同人は、実行予算又は目標工数を事前に算出し、その数値を達成するために、工程、進捗、原価の運用管理を確実に行うことが求められていたものの、納期優先の自転車操業にならざるを得ない状況であったため、なかなかそれを実現できず、そのような中、受注の低さや売上の減少が問題とされ、さらに、作業スピードを損なわない前提でのコストダウンに向けた努力が求められ、精神的負担が大きい状況であった。
また、被告は、少数精鋭が基本であるなどとして、製造部における人員不足に対応しなかったため、太郎は、部下からの増員要求との板挟みに遭い、その精神的負荷は増大した。
さらに、平成15年11月に竣工した筑後工場(本社から高速道路を利用して1時間程度かかる場所に所在する。)に出向いて指揮監督をしなければならず、これによっても、同人の精神的負荷は増大している。
このように、太郎の業務は質的にも過重であったというべきである。
ウ 被告の安全配慮義務違反
(ア) 被告の適正労働時間管理義務
労働者が労働に長時間にわたり従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損ねることは周知のところであるから、使用者は、労働者の労働時間を把握し、適正な労働時間管理をすべき安全配慮義務を負うというべきであり、また、使用者の同義務違反は、同時に、労働者に対する不法行為上の注意義務違反をも構成するというべきである。
したがって、使用者である被告は、労働者である太郎に対し、上記安全配慮義務を負うというべきであり、前記のとおり、被告は、太郎に対し、量的にも質的にも過重な長時間労働を課していたものであるから、明らかに同義務に違反するというべきである。
(イ) 労働基準法違反
いわゆる三六協定は、厳格な要件の下で、労働基準法による労働時間の原則に例外を認めたものであるところ、被告では、本件発症時において、同協定が締結されていなかった。三六協定によって許容される時間外労働の限度は、厚生労働省の告示により1か月45時間、1年間360時間などと定められている。被告においては、そのような時間外労働の許容や限界を定める協定が存しない状況の下で、前記のとおり、太郎をして、平均月100時間を上回る長時間労働に継続的に従事させていた。
(ウ) 厚生労働省の通達
厚生労働省は、平成13年4月6日付け基発第339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」という通達を出し、使用者が労働時間の適正な把握を行うために講ずべき措置として、原則として、⑴使用者が自ら現認することにより確認し、記録すること、又は⑵タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録することを示している。
太郎の労働時間はタイムカードにより管理されているが、被告は、タイムカードは、出・退社の時間を記したもので労働時間ではないと主張している。これは、上記通達によって原則とされている労働時間の把握方法であるタイムカードを軽視するものというべきであり、このような姿勢こそが、被告の労働時間管理を行う意思のなさの表れである。
(エ) 労務管理体制の不備
被告代表者は、社員45名中40名を固定給として、76時間分の残業手当代を基本給と職務手当に振り分けていたことにつき、労働基準監督署から「普通の会社にはなかなかない」などと指摘されたとする一方で、あたかもそれによって適法に残業代を支払っていたかのように述べ、さらに、自社の就業規則において定められている衛生管理者制度についても、「今、分かりません」と述べてその無知を露呈しており、このような被告代表者の無知からしても、適正な労働時間の管理や社員の健康管理が行われていたとは到底考えられない。
エ 以上のとおり、被告には、太郎の適正な労働時間管理や健康管理を怠ったという安全配慮義務違反が認められる。

【被告の主張】
ア 原告が主張するような長時間労働は存しない。
(ア) タイムカードからの労働時間の算定について
a タイムカードが労働時間の記録として不正確であること
原告らは、太郎のタイムカードに記録された時間が労働時間の記録として正確であることを前提に、基本的に、タイムカードにより太郎の労働時間を算定している。
しかしながら、被告においては、タイムカードは、時間外手当を支給していた名残にすぎず、タイムカードは、労働時間の記録として正確性に欠けるものである。
被告は、平成16年当時、従業員45名中40名くらいの従業員について、残業手当のない固定給方式を採用しており、タイムカードによって、給与計算のための労働時間の管理をする必要はなく、また、家族的な中小企業であったことから、従業員が勤務時間中に病院に行くなど、業務時間中に私的な用事を済ませることは比較的自由であり、そのような場合にタイムカードを打刻することも励行していなかった。
太郎以外の従業員も、出社時間については、渋滞を避けるために早く被告に出勤し、早い時間にタイムカードに打刻した上、始業時間である午前8時30分まで朝食を取ったり、車や社屋の中で仮眠を取る従業員もあった。その場合、賃金支払と対価性を有する労働時間や疲労が蓄積せざるを得ない労働時間という意味では、タイムカードが打刻された早い時間から起算すべきではなく、始業時である午前8時30分から起算すべきである。
太郎に限ってみても、タイムカードの打刻がされていない日や、不完全な記載しかない日が、6か月のうちに26日も存在するのであり、このことは、タイムカードによる管理が十分に行われておらず、被告がこれを労働時間の管理に使用していなかったことの証左である(他の従業員にも、太郎と同様に、タイムカードの記載が不十分な者が見られる。)。また、太郎がプライベートな用事で外出した場合にも、退出の記録がタイムカードに打刻されていない。例えば、太郎が平成16年2月17日及び18日に勤務時間中に病院に行ったことは明らかであるが、タイムカードには、途中外出の記載はない。
これに対し、被告は、本件発症前後にわたり、従業員の労働時間の管理をタイムカードではなく、日報で行っており、本件発症当時も日報に基づき行っていた。被告がタイムカードではなく、日報で労働時間の管理を行ったのは、従業員が仕事を終わった後も会社内にとどまっていることが多かったからである。
以上のように、被告は、本件発症前も後も、タイムカードの記録によって従業員の労働時間の管理を行っておらず、タイムカードの記録は労働時間の記録としては正確性を欠くのであるから、太郎の労働時間の算定をタイムカードに基づいて行うことは誤りである。
b 太郎の実労働時間はタイムカードから算出する時間より少ないこと
第一に、太郎は、帰宅時間帯の渋滞を避けるために、退社時間を遅くしていた。第二に、太郎は、家に直ぐに帰ると子供がうるさいからといって、被告に残り、被告のコンピューターを利用して、音楽や映像を大量にダウンロードしたり、編集したり、インターネットを閲覧したり、ダウンロードした音楽、映像を鑑賞したり、私的な文書を会社に残って作成していたため、帰宅時間が遅くなっていた。太郎は、自宅にコンピューターを所有しておらず、その回線を自宅に引いていなかったのであるから、必然的に上記作業は、被告において、仕事が終わった後の退社前や、勤務時間中でも仕事が一段落ついたときに行われていたものである。第三に、太郎は、勤務時間中にアダルトビデオを見たり、インターネットを閲覧したり、仮眠を取ったりして、本来の休憩時間以外の休憩を取っており、上司もこれを許していた。
以上のように、タイムカードに記録された時間については、太郎が、仮眠を取ったり、趣味やプライベートな作業を行っていた時間が、相当含まれており、これを控除すべきであって、業務の過重性を判断する上で基準とすべき労働時間をタイムカードの記録に依拠することは事案の本質を見誤ることになる。
また、そもそも、太郎の業務は、基本的に東京エレクトロン九州株式会社関係の見積業務と工数表を作成して行う生産管理業務であり、製造部部長という役職からは、製造一課などの製造作業の管理監督も太郎の業務の一環であったが、製造作業の管理監督は、一次的には各課の課長が担当していたものである。このため、太郎の日常業務は、榎田工場の資材課におけるコンピューターを利用した作業が中心であり、太郎自身が工場内に立ち入ることは少なかったし、このことは日報を見ても、明確に読み取れることである。仕事ができて、処理も早かった太郎は、見積業務や生産管理業務が終われば、被告社内で、プライベートな文書作成や趣味である音楽や映像の編集作業をするための時間が十分にあった。さらに、このようなプライベートな作業をすることも仮眠を取ることも、社内的に許されていた。製造部の管理責任者であるから、製造課の従業員が残業している場合は、帰宅しないで社内にとどまっていたものであるが、その間の多くの時間を仕事以外のプライベートな時間として過ごしていたことは、太郎が残したコンピューター上の記録や音楽、映像媒体の夥しい数からみても明らかである。
(イ) 日報の労働時間について
a 日報は、労働日あるいはその翌日に、原価計算に用いるために作成されたものであるから、過少に申告したり、手待時間、移動時間が控除されるということはおよそあり得ず、かなり正確なものといえる。過少申告、控除があれば正確な原価の計算ができないばかりか、過少申告で実際の原価より低い原価計算が通用するようなことになれば、会社に損失が発生するからである。原価計算書を製品の価格交渉の材料とすることを考慮すると、むしろ、5分、10分は切り上げるなど、多めの時間が記載される傾向にあるといえるし、現実に、10分間の休憩時間を作業時間としてカウントしていたのである。また、証拠として提出されている6か月分の日報のうち、欠落しているものは平成16年2月3日分と平成15年9月17日分だけであり、26日分もの欠落があるタイムカードより正確であると考えられる。
したがって、日報によって算出される労働時間の方が、タイムカードから算出される労働時間よりも、太郎の実労働時間に近いというべきであるし、タイムカードと日報の勤務時間を比較して、前者の勤務時間数が多いということは、タイムカードの時間には、実労働時間以外の時間が含まれていることの証左となるものである。
b 日報から算出される労働時間について
日報に記載されている作業時間については、午後5時15分から午後5時30分までの15分間の休憩と、午後7時30分からの1時間単位で10分間の休憩があることを考慮していないので、労働時間の算出に当たっては、これらの休憩時間を日報に記載されている作業時間から控除すべきである。また、日報が欠落している平成16年2月3日と平成15年9月17日分については、タイムカードの時間より算出するほかない。
このように日報に記載されている作業時間(日報が欠落している2日分についてはタイムカードから算出した拘束時間)から、上記休憩時間を控除して労働時間を算出すると、発症前6か月の時間外労働時間は、以下のとおりとなる。
発症前 1か月    66時間16分
発症前 2か月    60時間13分
発症前 3か月    80時間22分
発症前 4か月    78時間38分
発症前 5か月    68時間19分
発症前 6か月   108時間50分
以上を前提とすると、発症前1か月においては、時間外労働時間は、100時間を超えず、また、発症前2か月目以降の平均時間外労働時間は、以下のとおりであり、いずれの期間においても80時間を超えない。
発症前 2か月 63時間14分30秒
発症前 3か月 68時間57分
発症前 4か月 71時間22分15秒
発症前 5か月 70時間45分36秒
発症前 6か月  77時間6分20秒
以上によれば、労災認定における脳血管疾患及び虚血性心疾患の認定基準に当てはめても、太郎のくも膜下出血は、業務との関連性が高いという推定は成立しないのであり、太郎に疲れた様子が見られなかったことや、血圧が正常値に収まっていたことも首肯できる。
イ 太郎の業務が過重ではなかったこと
(ア) 仕事が原因で疲労が蓄積したという事実はないこと
太郎が、本件発症前に疲労していた又は疲労が蓄積していたという事実はない。妻や同僚の認識でも、本件発症前に太郎が疲れたという事実はなく、むしろ体調がよいと感じられた。また、本件発症直前である平成16年2月17日及び18日は、病院に通院していた事実があるものの、同病院において、仕事で疲れたという訴えをした事実もない。
太郎は、被告の業務時間内であっても、自由に仮眠を取ることができたのであり、十分に疲労回復を図っていた。
また、本件発症前は、⑴平成16年2月17日及び18日は、風邪のため、午後7時前に退社しており、帰宅時間も就寝時間も早く、⑵平成16年2月15日は日曜日で休み、同月14日は、作業日報によれば5時間勤務であり、⑶平成16年1月24日及び25日は、連休を取っており、⑷年末年始は、平成15年12月30日が半日勤務、平成16年1月2日は半日勤務であり、睡眠時間を確保できたということができ、疲労の蓄積はないといえる。
したがって、仮に、原告が主張するような長時間労働が認められたとしても、太郎は、仮眠などの休憩を取ることで疲労回復が可能だったのであり、疲れた様子もみられなかった。
(イ) 太郎の業務内容及び仕事振りについて
太郎の行っていた業務は、見積業務と工数表を作成することを中心とした生産管理業務である。基本的には、コンピューター作業による頭脳労働であって、業務の性質上、疲労が残るような業務内容ではない。また、基本的に、肉体疲労を感じるような業務ではない。
被告においては、受注活動は、代表取締役と工場長の役割であり、太郎が、取引先との関係で納期などの取引条件で頭を脳ますこともなく、ストレスをためることもあり得ない。
さらに、太郎の仕事振りは、上司から指示を受けて業務をこなすというようなものではなく、仕事が速く、常に先回りをして仕事を仕上げているような状態であり、およそ仕事が原因でストレスをためるようなこともなかった。
タイムカード上、太郎の退社時間に遅いものが認められる理由は、第一に、製造一課などの本社工場で他の従業員などが残業を行っている場合に、本来は帰宅できるにもかかわらず、管理職として会社にとどまっていたためであり、このような場合には他の従業員の作業が終わるのを待っているだけであり、労働密度はほとんどないに等しい。また、管理職である太郎は、このような時間にインターネッドに興じたり、プライベートな作業をすることも許されていたのである。第二に、他の従業員が残業をしていない場合であっても、DVDのアダルトビデオを見たり、CDで音楽を再生するなどの趣味を会社のパソコンを用いて行っていたためである。
(ウ) 血圧が正常値にとどまっていたこと
業務が過重であれば、血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させていたことが認められなければならないが、太郎の血圧は平成15年12月3日で120/70mmHg、平成16年1月13日で130/80mmHgといずれも正常の範囲にとどまっていた。
血圧上昇がなければ動脈瘤はそもそも形成されず、仮に、未破裂動脈瘤が存在しても血圧が正常の範囲にとどまっている限り、動脈瘤は破裂しない。
血圧が、本件発症の約1か月前に正常値の範囲にとどまっていることは、それまでの太郎の業務が過重ではなかったことを示しており、その後の1か月間に過重な業務もなかったことからすると、平成16年2月19日にくも膜下出血が発症したことは、業務以外の異常な出来事が作用したことをうかがわせる証左といわざるを得ない。
ウ 被告には安全配慮義務違反はない。
(ア) 適正労働時間管理義務について
適正な労働時間管理をすべきという安全配慮義務は、判例上認められているわけではない。
また、労働基準法32条の法定労働時間の定めには、多くの例外規定があり、厚生労働省の告示によって1か月45時間、1年間360時間等の限度が定められているが、その違反について罰則は存在しない。原告らが主張するように法定労働時間の定めが労働者の健康と個人の尊厳を確保するために定められているのであれば、罰則をもって望むべき筋合いである。この点で、同法32条は、雇用の機会を独り占めにさせないため、失業対策及びワークシェアを目的とするものと考えるべきであるから、同法32条及び36条から適正労働時間監理業務を導き出すことは解釈論として無理がある。
したがって、長時間労働をさせたこと自体が安全配慮義務違反となるとの原告らの主張は誤っている。アメリカには、ホワイトカラーについては時間外労働の規制を問題にしないホワイトカラーエグゼンプションという制度があり、太郎のような大きな裁量を持つ知的労働者についてタイムカードで図った時間が長ければ安全配慮義務違反であるとの主張は、時代錯誤も甚だしい。
(イ) 長時間労働について
前記のとおり、太郎には長時間労働そのものがない。
(ウ) 従業員の健康管理について
被告は、毎年、従業員に健康診断を受診させ、異常があれば検査や治療を受けさせていた。なお、労働安全衛生法で定められている健康診断では、くも膜下出血の原因となる未破裂脳動脈瘤を発見することはできず、これを発見するためには数万円かかるCTやMRIによる検査を行わなければならないものであるが、従業員全員についてそのような検査を行わせる義務はない。
被告においては、従業員が、勤務中に気分が悪くなった場合には、勤務中であっても、最寄りの病院である青木胃腸科医院に行くことができることとなっており、日常的な従業員の健康に対する配慮にも怠りがなかった。太郎も、平成16年2月17日、熱があって咳が出たため、勤務中に同医院を受診している。
また、被告の作業環境はクリーンなものであり、太郎が従事していた業務は、精神的にも肉体的にも負荷がかかるものではなかった。工数の判断については太郎の判断が尊重されており、太郎の判断により工程を伸ばすことができたのであるから、太郎にストレスがたまるとは考えられない。
さらに、太郎が忙しい場合や欠勤した場合には、部下である甲田課長、丁原課長、乙野課長のいずれかが太郎の業務をサポートできる体制が組まれており、丙川によるサポートも可能な体制にあった。
そして、被告代表者は、太郎に対し、自分の仕事が終われば部下の仕事が終わっていない場合でも早く帰宅してよいと指示していた。
(エ) 被告の予見可能性について
a 太郎に疲労や心理的負荷が過度に蓄積したという事実はなく、被告が、太郎が血管病変等を自然的経過を超えて増悪させる可能性があったことを認識する可能性はなかった。
b 太郎は、自由に仮眠を取ることができたし、被告代表者は、太郎に対し、早く帰宅するよう指示していた。
c 被告は、従業員に毎年の健康診断を確実に受けさせ、異常があれば再検査を受けさせていた。太郎は、平成15年度の健康診断で再検査を指摘されたが、再検査では、血圧が正常値を示し、平成16年1月13日の測定でも正常値であった。
血圧が正常値である限り、脳動脈瘤形成の可能性はなく、脳動脈瘤が形成されない以上、くも膜下出血は生じない。したがって、血圧が正常値の範囲に収まっていれば、くも膜下出血の予見可能性はないといわざるを得ない。血圧が正常値であるにもかかわらず、くも膜下出血による死亡の予見可能性があるとすることは、従業員がくも膜下出血で死亡したら、会社は自動的に民事の損害賠償責任を負担するべきであるという結果責任を認めるに等しいことになり、不当である。

⑵ 被告の安全配慮義務違反と本件発症との間の相当因果関係の有無

【原告らの主張】
ア くも膜下出血は過労死の典型例であること
くも膜下出血は、多くが脳動脈瘤の破裂によって発症する疾患であるが、厚生労働省(旧労働省)は、昭和36年2月13日、基発第116号「中枢神経及び循環器系疾患(脳卒中、急性心臓死等)の業務上外認定基準について」を発して以降、過労死の対象疾病としている。
そして、労災認定に関する疾患別統計を見ても、くも膜下出血は、過労死の中でも典型的な疾患であり、その発症と業務の過重性による過重負荷との因果関係は明白に認められている。すなわち、くも膜下出血の原因である脳動脈瘤破裂の誘因として最も直接的に作用するのは、脳動脈瘤に加わる血行力学的圧力であり、その重要な要素として、全身血圧を上昇せしめる労作や感情の興奮、また、疲労蓄積や心身消耗状態などの存在が、脳動脈瘤破裂の強力な誘因になり得ると考えられる。
イ 厚生労働省の過労死についての新認定基準
厚生労働省は、新認定基準において、⑴発症直前から前日までの間において、発症状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと、⑵発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと、⑶発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したことなどの業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務上の疾病として取り扱うとしている。
そして、上記⑶の長時間の過重負荷については、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目し、(Ⅰ)発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性は弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に高まる、(Ⅱ)発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性は強いと評価できるとしている。
ウ 脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書
平成12年11月以降、医学専門家を参集者とする「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会」において、疲労の蓄積等について医学面からの検討が重ねられ、その結果を記した報告書において、業務による過重負荷が加わることによって血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症することが確認され、その疲労の蓄積の最も重要な要因として労働時間が着目された。その後、同報告書の内容に従って、上記新認定基準が定められた。
同報告書では、長時間労働が認められる場合であっても、監視・断続労働のような原則として一定の部署にあって監視するのを本来の業務とし、常態として身体又は精神的緊張の少ない場合や、作業自体が本来間歇的に行われるもので、休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低いと認められる場合は、労働時間のみをもって業務の過重性を評価するのは妥当ではないとされ、そのような例外的な場合は、他の諸要因も十分考察し、総合的に判断する必要があることに留意すべきであるとしている。
既に述べた太郎の業務内容からして、それが上記例外に該当しないことは明らかであり、太郎の長時間労働が新認定基準の要件に該当する以上、明らかに業務以外の原因により発症したと認められるなど特段の事情がない限り、業務起因性が肯定される。
エ 被告は、太郎のバイアグラの使用や性風俗店の利用を指摘するが、それらは太郎の私的時間に関することであり、事実の存否自体が憶測の域を出ないものであるばかりか、それらとくも膜下出血発症との関係について、何らの医学的主張もされていない。また、被告の主張は、場当たり的な医師の発言や素人感覚に基づいて、長時間労働とくも膜下出血の発症との相当因果関係を否定するにとどまっている。

【被告の主張】
ア 原告らは、長時間労働が認められれば、直ちにくも膜下出血の発症と業務との因果関係が認められるかのように主張する。
しかしながら、厚生労働省が作成した脳血管疾患等の認定基準は、あくまで労災認定基準にすぎず、本件は、民事の損害賠償請求であって、同基準をそのまま採用することは誤りであり、民事損害賠償請求事件においては、労災認定基準のような因果関係の推定は採用できないといわなければならない。したがって、民事損害賠償請求事件では、原則どおり、長時間労働→疲労の蓄積→血圧上昇→血管病変が自然的経過を超えて著しく増悪したこと→くも膜下出血の発症という因果関係が主張立証されなければならない。
本件では、前記のように、太郎には、長時間労働、疲労の蓄積、血圧上昇の事実がいずれも認められないのであるから、太郎の血管病変が自然的経過を超えて著しく増悪した原因は他に存したといわざるを得ない。
イ 太郎に生じた異常な出来事について
太郎は、以下の原因により強度のストレスを感じ、これにより、その血管病変が自然的経過を超えて著しく増悪したというべきである。
第一に、太郎が平成15年7月から取引先からリベートを受領していた事実は、背任行為かつ懲戒解雇事由である。しかも、太郎は、本件発症の平成16年2月に、2回にわたって、リベートが入金されていた口座から各12万円を引き出している。
第二に、太郎が協力業者に、飲食店やソープランドの支払を強要していた事実も、背任行為かつ懲戒解雇事由に当たる。
第三に、太郎が、上記背任行為を行い、ソープランドなどの風俗店に頻繁に出入りしていた事実である。
第四に、太郎は、上記風俗店に出入りするために勃起不全治療剤であるバイアグラを常用していたことであり、太郎はバイアグラを飲めば、心臓がどくどくするという話をしていた。
第五に、太郎は、妻にリベートを受け取っていたことを秘匿し、金回りがよくなった理由について、会社から借入れを認めてもらっているなどと虚偽の話をしていた。
これらの事実は、犯罪行為も含まれ、被告や家族には絶対知られたくない事実である。太郎は、このような行為に手を染めてから、これらの事実がいつ発覚するかもしれないという恐怖と、平静を装わなければならないという事情の中で、ストレスをためていたことは疑いを入れない。通常の神経の持ち主であれば、自殺もあり得る心理状態のはずである。
特に、太郎は、家族から自宅を建築するよう迫られ、父親から資金を借りることにはなったものの、その返済に悩んでいたのであり、それが原因で協力業者からリベートをもらう行為に走ったのではないかと考えられる。家族には、会社からの資金の援助を受けたと虚偽の説明をしていたものの、まじめな性格の太郎は、家族の顔を思い浮かべて悩んでいたと思われる。
以上のような事情を太郎の死亡という損害に対する寄与度という観点からみれば、被告における業務の寄与度は存せず、上記のような要因により、本件発症に至ったものである。

⑶ 寄与度減額

【被告の主張】
前記⑵イで述べた要因に加え、たばこは、くも膜下出血の原因となると言われているが、太郎は、1日に1箱半ないし2箱のたばこを喫煙する習慣があり、これらの危険因子が未破裂脳動脈瘤を発生させ、本件発症に寄与した。

【原告らの主張】
医療法人石田医院(以下「石田医院」という。)の診療経過によれば、平成16年1月13日の太郎の血圧は、最高血圧130mmHg、最低血圧80mmHgであり、平成14年12月25日以降の血圧数値も安定していたことが分かる、また、高脂血症についても、太郎は、同医院から投薬を受けたリピトールを毎日服用していた。
また、太郎は、ほとんど飲酒することなく、たばこについても、自宅では平日に1本程度、休日でも5本も吸っていなかった。被告作成にかかる報告書には、太郎の1日当たりの喫煙の本数について、10本と記載されている。なお、同報告書は、被告の丙山総務参事によって平成17年3月3日に作成され、労働基準監督署に提出されている。
このように、太郎は、日頃から健康管理を自ら行っていたものであり、太郎の基礎疾患等の素因による寄与度減額は認められない。

⑷  損害額

【原告らの主張】
ア 死亡による逸失利益
1億1077万9314円
(ア) 基礎収入
a 月額賃金
太郎の月額賃金は、本給33万2500円、管理職手当12万円、住宅手当1万円、通勤費3万0204円の合計49万2704円であった。
b 割増賃金額
労働基準法の労働時間の規定は、管理監督者については適用されないとされ(労働基準法四一条)、ここに管理監督署とは、⑴出社・退社について制限を受けず、自らの裁量で出退社できること、⑵労務管理に関し経営者と一体的な立場にあること、⑶その地位にふさわしい待遇がされていることの各要件を具備する者である。
太郎は、製造部部長の職にあったが、労働時間の裁量性はなく、タイムレコーダーによる出退勤時刻を管理され、作業時間についても日報により管理されていた。賃金額も同世代の年齢の労働者の額と大差のない額にとどまっており、使用者との一体性も認められない。
したがって、労働基準法上の管理監督者とはいえず、時間外・休日労働についての割増賃金の支給請求権を有する。
そして、太郎の本件発症前の3か月間の時間外及び休日労働時間は、普通時間外労働時間258時間14分、休日時間外労働時間17時間1分、深夜時間外労働時間15時間45分、法定休日時間外労働時間27時間10分であり、また、割増賃金の算定基礎となる1時間当たりの賃金額は2646円(前記月額賃金のうちの本給と管理職手当の合計額を、1か月平均所定労働時間171時間で割った額)であるから、3か月間の未払割増賃金額は106万9941円(2646円×前記時間外労働時間×各々の割増率)であり、平均月額割増賃金額は35万6647円である。
c 以上により、太郎の年収額は、次のとおり1146万8669円である。
{49万2704円(月額賃金)+35万6647円(月額割増賃金)×12か月+51万5735円(平成15年7月賞与)+76万0722円(平成15年12月賞与)=1146万8669円
(イ) 生活費控除率は、30%である。
(ウ) ライプニッツ係数は、太郎が死亡時43歳であり、67歳まで24年間就労可能であったから、13.799である。
(エ) したがって、太郎の逸失利益は、1億1077万9314円である。
1146万8669円×(1-0.3)×13.799=1億1077万9314円
イ 葬儀費用       150万円
ウ 慰謝料       3000万円
エ 損害総額
1億4227万9314円
オ 相続によって原告らが取得した損害額
(ア) 原告花子 7113万9657円
(イ) 原告一郎、原告二郎及び原告一江
各2371万3219円
カ 弁護士費用
(ア) 原告花子    500万円
(イ) 原告一郎、原告二郎及び原告一江
各166万6666円

【被告の主張】
争う。
太郎の月額報酬は、手取りで41万4392円の固定給であり、時間外勤務手当は支給されない雇用契約であった。平成15年の太郎の手取年収は、624万9161円であるので、これを基に逸失利益を算定すべきである。
太郎は、製造部部長として部下の労務管理の権限、外注先に対する発注権限を有しており、管理職手当の支給を受けていた者であるから、労働基準法41条2項の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当し、割増賃金を受けない。
なお、太郎は、被告の株主であったが、持ち株を有する同族以外の者は、工場長と太郎のみであった。

⑸ 損益相殺

【被告の主張】
ア 労災保険等から支給を受けたもの
原告らは、労災保険及び労働福祉事業から、以下のとおり支払を受けており、その合計金1647万4586円は、損害額から控除すべきである。
平成17年11月2日ころ 遺族特別支給金
300万円
同日ころ 葬祭料
97万7700円
12月15日 698万6468円
平成18年2月15日  66万5378円
4月15日  60万5630円
6月15日  60万5630円
8月15日  60万5630円
10月13日  60万5630円
12月   60万5630円
平成19年2月   60万5630円
4月   60万5630円
6月   60万5630円
イ 原告らが被告及び保険会社から支払を受けたもの
原告らは、被告や被告が保険金を支払った保険会社から、以下のとおり支払を受けているので、その合計金317万7522円も損益相殺の対象となる。
(ア) 退職金
下記合計170万7522円
a オリックス生命保険から直接支払           100万円
b 年金積立金(平成16年3月23日支払)        50万円
c 年金積立金(平成16年7月12日支払)    20万7522円
(イ) お侮やみ金(平成16年3月23日支払)     100万円
(ウ) オリックスがん保険解約金(平成16年4月6日支払)47万円

【原告らの主張】
ア 労災等から支給されたもの
原告は、平成19年4月までに、遺族補償年金656万0807円、遺族補償特別年金239万0193円、遺族定額特別支給金300万円及び葬祭料97万7700円の支給を受けたことは認めるが、このうち、損益相殺の対象となるのは、遺族補償年金のみであり、遺族補償特別年金及び遺族定額特別支給金は労働福祉事業として支給されるものであり、損益相殺の対象とならない。また、葬祭料は見舞金的性格の支給額であり、これも損益相殺の対象とはならない。
イ 被告から支払を受けたもの
(ア) 退職金は、労災上積補償規程等に基づく補償年金等と異なり、本件業務上の死亡に対して支払われる金員ではなく、退職という事実に対して支給された金員であり、損益相殺の対象とはならない。
(イ) お悔やみ金は、香典等と同様、儀礼的に遺族を慰藉するための贈与であり、かつ長年勤務していた部長職に対する100万円というお悔やみ金の額は、社会通念上儀礼の額にとどまるものであり、損益相殺の対象とはならない。
(ウ) オリックスがん保険解約金は、被告が保険契約者として加入していたがん保険の解約金であるが、上記お悔やみ金と同様に、遺族を慰藉するための贈与として支払われたものであり、損益相殺の対象とはならない。

第3 当裁判所の判断

1 認定事実

前記争いのない事実並びに《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

⑴ 被告の組織体制

被告は、本社、本社工場、吉塚工場及び筑後工場を有し、平成15年11月当時の本社の社員は37名、筑後工場の社員は13名であった。その組織体制は以下のとおりである。太郎は、被告で唯一の部長職に就いており、被告代表者、取締役兼工場長の丙川に次ぐ地位にあった。
ア 代表取締役 被告代表者
イ 取締役兼工場長 丙川
ウ 製造部
部長 太郎
加工課(本社工場)
課長1名、技師2名、その他の社員6名
製造一課(本社工場)
課長1名、技師2名、主任3名、その他の社員3名
製造二課(筑後工場)
課長1名、主任2名、工師1名、その他の社員5名
エ 総務部
参事1名
総務課
課長1名、主任1名、社員2名(筑後工場)
オ 資材課
課長兼工場長 丙川
主任2名(本社1名、筑後工場1名)
社員5名(本社4名、筑後工場1名)
なお、同課を統括する部はなく、課長兼工場長が直接統括している。
カ 開発課
課長1名、主任3名、工師1名、社員1名
なお、同課を統括する部はなく、代表取締役が直接統括している。
キ 品質保証課
課長1名、社員1名
なお、同課を統括する部はなく、代表取締役が直接統括している。

⑵ 被告従業員の勤務時間

ア 被告従業員の労働時間及び休憩時間並びに休日は、就業規則により、以下のとおり定められており、休憩時間になるとチャイムが鳴った。もっとも、丙川及び太郎は管理職であったので、その業務時間については、各自の判断に任されていた。
労働時間 8時30分から17時15分まで
休憩時間 10時00分から10時10分まで(10分間)
12時15分から13時00分まで(45分間)
15時00分から15時10分まで(10分間)
休日 日曜日、国民の祝日及び休日、その他会社が指定する日
イ また、勤務時間後の17時15分から17時30分までの15分間と、19時30分以降、1時間ごとに各時間の30分から40分までの10分間は、休憩時間とされており(ただし、就業規則上は休憩時間とは定められてはいない。)、20時30分までは、休憩時間の都度チャイムが鳴っていた。
ウ 被告は、週に一日はノー残業デーとして、従業員に残業をさせずに、帰宅させており、太郎も、ノー残業デーには、残業をせずに早く帰宅していた。

⑶ 太郎の業務内容等

ア 太郎の業務内容
太郎は、平成14年4月以降、製造部部長という役職にあり、その具体的業務は、主に見積業務及び生産管理業務であり、製造部部長として製造部全体を指揮監督し、製造一課の従業員の労務管理を行うことであった。
見積業務とは、見積データの収集や見積書の作成を行うものであり、生産管理業務とは、製造日程や人員配置を決め、製造課の課長から製造の進捗状況の報告を受けて進捗状況を把握して受注品ごとに工数表を作成し、その状況によっては外部に製造の一部を発注するなどして製造工程期日の管理をするものである。太郎は、製造部部長として、製造部での組立外注への請負を発注する権限をも有し、太郎の裁量で発注していた。
また、被告は、自社の製品の品質及び環境がマネージメントシステムの基準に合っているか否かを監査する内部監査を行っており、工場長等5、6名の従業員に内部監査委員をさせていたが、太郎も、その一員として、時期によっては品質管理の基準書の作成や品質管理の内部監査という業務を行っていた。
イ 太郎の一日の業務状況等
(ア) 太郎は、毎日、6時20分ころ起床して朝食をとり、7時ころ家を出発して1時間余りかけて車で通勤し、午前8時前後に出社し、午前8時15分から部課長以上のミーティングに参加し、午前8時30分から製造部のミーティングを行い、その後、工場内の進捗状況の把握、来客者の応対、打合せ、製造部の人員の配置などの業務を主に行っていた。また、時期によっては品質管理の基準書の作成や品質管理の内部監査という業務を行っていた。
太郎は、本社1階の資材課と呼ばれる部屋で、丙川と机を並べて仕事をし、被告代表者は、本社2階の役員室で仕事をしていた。
太郎は、筑後工場竣工後、月に1、2回ほど筑後工場に出向いて進捗管理業務を行い、また、吉塚工場に出向いて進捗管理業務を行うこともあった。
(イ) 太郎の仕事は、現場の報告を待つなどの待機時間が多く、また、本社工場の製造一課の従業員が残業を行っている場合、管理職として、丙川と共に、他の従業員全員が作業を終えて帰るまで会社に残っていることが多かった。
太郎は、自分の仕事を終えて他の従業員が帰るのを待っている間や、現場の報告を待っている時間に、会社のパソコンで、映画などのDVDを見る、ゲームをする、映像等のダウンロードをする、他の従業員のためにDVDやCDをコピーする、太郎の自宅の建築費用について、預金と融資の計画表や住宅ローン返済計画表を作成する、目をつぶって休憩するなど、自由な時間を過ごしていることもあったが、被告代表者は、太郎が製造部部長としての仕事をきちんとしているのであれば良いとの考えから、これを黙認していた。
(ウ) 太郎は、被告社内でも夕食として軽食をとっていたが、帰宅後も原告花子が用意した夕食を食べていた。
また、太郎は、忙しい時期は、月に1、2回ほど、会社の携帯パソコンを自宅に持ち帰り、帰宅後も残業を行うことがあった。
(エ) 太郎は、被告代表者や丙川から、段取りが非常によく、手際がよい仕事ぶりで、製造部部長としての能力があると評価されており、また、平成14年4月に製造部部長に抜擢されて以来本件発症に至るまで、製造部部長の仕事にやりがいを感じて、張り切って仕事をしており、仕事のことで特に悩んでいる様子は見受けられなかった。
ウ 太郎の労働時間
(ア) 太郎は、出退社時にタイムカードを打刻し、日報に毎日の勤務時間を記録していた。
ところで、上記認定によれば、太郎は、出退社時にタイムカードを打刻しているのであるから、同タイムカードの記録は、太郎が出退社する時間を表すものということができ、他方、太郎は、日報に勤務合計時間を記録しているところ、日報における勤務合計時間の記載は、原価計算の必要から、製作に関与した従業員の労働時間をおおまかに把握するために記録しているものである。
しかるに、タイムカードには、打刻漏れと認められる箇所が多数みられる(6か月分のうち25日分に上る。)上、勤務時間中の一時的な出退社について打刻されていないなどの不備が認められるのに対し、日報は、原価計算に用いるために、自らがその勤務時間を記録するものであり、記載漏れが僅少(6か月分のうち、平成15年9月17日と平成16年2月3日の2日分にとどまる。)であることからすると、太郎の労働時間は、日報に基づいて算出するのが最も実態に即した算出方法というべきである。
そして、同算出方法によれば、太郎の労働時間は、別表記載の「作業日報の勤務合計時間」のとおりである(ただし、日報の記載漏れ部分である平成16年2月3日、平成15年9月17日、同年7月18日、同年6月11日、同月10日、同年4月30日、同年3月27日の労働時間については、タイムカードの出退勤時間から算出した拘束時間から就業規則上の休憩時間1時間5分を控除して算出した。)。
この表を基に太郎の労働時間を算出した上、1か月を30日とし、4週分(28日)について法定労働時間である週40時間を超える時間外労働時間を計算し、残る2日についてはそれ以前の5日間において、勤務に就いていない日が2日あるときは16時間、1日あるときは8時間を差し引き、5日間とも勤務に就いているときは、差引時間なしで計算するという方法により時間外労働時間を計算すると、太郎の発症前1か月から12か月の週40時間の法定労働時間を超える時間外労働時間は、以下のとおりとなる。
発症前 1か月    79時間02分
発症前 2か月    74時間15分
発症前 3か月    95時間40分
発症前 4か月    92時間30分
発症前 5か月    82時間30分
発症前 6か月   126時間38分
発症前 7か月   127時間40分
発症前 8か月    79時間05分
発症前 9か月   168時間26分
発症前10か月   101時間10分
発症前11か月   108時間16分
発症前12か月   104時間35分
ところで、被告は、日報に記載されている作業時間から休憩時間を控除して労働時間を算出すべきである旨主張するが、日報は、原価計算を行うために勤務時間を記載するものであるから、日報には、休憩時間が含まれていないと考えられるのであり、したがって、同勤務時間から休憩時間を控除するという被告の算出方法は採用できない。

⑷ 平成15年8月以降の被告の業務状況

ア 被告は、平成15年8月、特需の仕事で非常に忙しく、太郎は、盆休みを取ることができなかった。
イ 被告は、平成15年11月、本社から高速道路を使って約1時間程度かかる場所に筑後工場を竣工し、本社社員から14名を筑後工場に異動させた。
太郎は、製造部部長として、同工場の竣工後、同工場にある製造二課についても指揮監督することになり、月に1、2回ほど筑後工場に出向いた。
ウ 太郎は、手帳に、「2003年の反省」として、「⑴実行予算又は目標工数の事前算出を行い、この数値を守る為に、工程、進捗、原価、この三の運用管理を確実に行うことを目標に上げていましたが、実行予算の事前算出は出来ていましたが、予算内に納める手段、末端への周知が不十分でありました。原因としては、加工、組立共に自転車操業的な日々の仕事に追われ、納期優先ということもあり、計画倒れに終わってしまう事もありました。⑵間接工数の見直しについても、前者と同じ様な理由で改善が見られていません。これらをふまえて、2004年度の目標は、各部署毎の工程管理を確実に行い、後工程にしわ寄せが来ない様、各部門長の進捗管理の徹底、そして、もっと内容の濃い進捗会議を実施していきたい」と記載していた。
エ 被告は、平成16年1月当時、家電メーカーの新設ラインの入れ替えのため、正月の間に製品を作り替えるという特需の仕事が入ったため、太郎は、元旦しか休めず、同月2日には出勤して出荷搬入作業に従事し、同月3日(土曜日)、同月4日(日曜日)も出勤して、修理・整理作業に従事した。
オ 被告代表者は、平成16年1月20日、被告の進捗会議において、加工課、製造二課、品質保証の各部門から人員不足の話が出たため、社員として又はアルバイトとして、具体的にどのような人が必要かをまとめて要望するよう述べ、さらに、基本的には少数精鋭であることを希望するとの意見を述べた。
カ 太郎は、平成16年2月19日、8時15分から毎日行われる部課長ミーティングを行い、9時から社内食堂で監査ミーティングを行い、その後、管理倉庫に出向いて、ISOの監査委員として内部監査に立ち会い、その後1時間も経たないうちに、本件発症に至った。

⑸ 被告の健康診断

被告は、従業員の健康管理のため、千鳥橋病院と契約を締結して、1年に1回、従業員に健康診断を受けさせていた。

⑹ 太郎の健康状態及び喫煙状況について

ア 太郎は、平成12年8月にめまいがして歩けなくなったことがあり、同年10月、薬師川脳神経外科で頭部と頸部のMRIを撮ったが、脳動脈瘤は発見されなかった。
太郎は、平成13年1月19日、めまい、肩こり、頭痛を訴えて、誠十字病院に来院し、メニエール病発作との診断を受け、以後平成13年12月26日に治癒するまで治療を受けた。
イ 太郎は、千鳥橋病院で会社の健康診断を受け、血圧について以下のとおりの診断を受けた。
平成12年9月7日      153/91mmHg 要再検査
平成13年11月2日    147/104mmHg 要精密検査
平成14年11月16日   144/102mmHg 要精密検査
平成15年10月22日   179/109mmHg 要精密検査
ウ 太郎は、上記健康診断で高脂血症、軽度肝機能障害も指摘されたため、平成14年12月25日、石田医院を受診し、高脂血症、脂肪肝との診断を受け、以後本件発症まで投薬による高脂血症の治療を受けた。同日の血圧は、130/80mmHgであった。
エ 太郎は、平成15年5月9日、尿を出す時に痛みがあると訴えて、福岡青洲会病院の泌尿器科で検査を受け、淋菌が発見され、尿道炎との診断を受けた。太郎は、その際、問診票貼附台紙に、たばこの1日当たりの喫煙量を「20本くらい」と記載した。
オ 太郎は、平成15年12月3日、高脂血症の治療のため石田医院を受診し、その際の血圧は、120/70mmHgであった。
カ 太郎は、平成16年1月11日、扁桃炎により37.38度の熱を出し、同月13日、石田医院で治療を受けた。同日の血圧は、130/80mmHgであった。
キ 太郎は、本件発症当時、原告花子が仕事で疲れたであろうと聞いても、そうでもないなどと答えており、本件発症直前の平成16年1月や2月ころも、原告花子に対し、風邪以外のことで、健康状態が悪い、疲れたなどと言ったことはなかった。また、会社においても、平成15年の年末や平成16年1月ないし2月当時、体調が悪そうな様子を見せていなかった。
ク 太郎は、平成16年2月17日、青木胃腸科医院で感冒性上気道炎の診断を受け、治療を受けた。
ケ 太郎は、本件発症当時、勤務中に、毎日、約20ないし30本ほどたばこを吸っていた。
なお、原告らは、太郎の喫煙量について、自宅では平日に1本程度、休日でも5本も吸っておらず、被告作成にかかる報告書には、太郎の1日当たりの喫煙の本数が10本と記載されている旨主張し、原告花子もこれに沿う供述をし、同報告書並びに原告花子の労災保険の申立書及び聴取書には、太郎の喫煙について、1日10本くらい吸っていた旨記載されている。
しかしながら、原告花子は、上記申立書及び聴取書の記載については、会社ではこのくらい吸っているのではないだろうかという想像で書いた旨供述しており、この記載をもとに喫煙量を認定することはできない。また、上記報告書は、被告の総務部の丙山参事によって平成17年3月3日に作成され、労基署に提出されたものであるが、丙山参事は総務部に所属しており、製造部部長の太郎の業務中の喫煙状況まで把握しているとは考え難く、さしたる根拠もなく「10本」と記載したものと推測されるのであり、同報告書の記載も直ちに信用できない。
これに対し、丙川は、前記認定のとおり、太郎と同じ部屋で机を並べて一緒に仕事をしており、毎日太郎の業務態度を見ているから、太郎の喫煙量について、最も把握している者である。そして、丙川は、労働基準監督署の平成17年5月11日付けの聴取書において、「甲野さんの喫煙の量は毎日20本から30本くらいでした。」と陳述し、当審においても、1日に1箱から2箱くらい、本数にして30本強吸っていた旨供述し、その根拠として、太郎と席が隣で、数量もほぼ自分と同数だった旨答えるなど、その供述は、ほぼ一貫し、内容も合理的であり、さらに、太郎自身が、平成15年5月9日に、病院の問診票貼附台紙に、たばこの1日当たりの喫煙量を「20本くらい」と記載していることとも合致するから、「毎日20本から30本くらいでした」との丙川の陳述は信用できるというべきである。
したがって、太郎は、毎日約20本から30本ほどたばこを吸っていたと認めることができる。

⑺ くも膜下出血及び脳動脈瘤に関する医学的知見について

ア 脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書には、くも膜下出血について、以下の内容の記載がある。
(ア) 概要
くも膜下出血とは、頭蓋内血管の破綻により、くも膜下腔中に出血をきたす病態をいう。
くも膜下出血の原因としては、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、脳出血、頭部外傷、脳腫瘍などの頭蓋内疾患、血小板減少症や凝固異常などの出血性素因が挙げられる。このうち、くも膜下出血の原因の75%は脳動脈瘤の破裂である。脳ドックのMR検査で未破裂脳動脈瘤が発見されることが少なくないが、未破裂脳動脈瘤の出血率は年1%と推定されている。脳動静脈奇形の発症年齢は20~40歳代である。治療には、脳動脈瘤のネッククリッピング術、血管内手術、血行再建術などがある。
(イ) 病態生理
脳動脈瘤には、嚢状脳動脈瘤(血管分岐部に発生することが多い)と紡錘状脳動脈瘤(動脈硬化性脳動脈瘤と解離性脳動脈瘤)がある。中膜や内弾性板が欠損した動脈壁が嚢状に拡張したのが嚢状脳動脈瘤であり、脳表面を走る脳主幹動脈の分岐部に生じやすい。具体的には前交通動脈、内頸動脈と後交通動脈分岐部、中大脳動脈分岐部、脳底動脈先端部などウィリス輪周辺の分岐部に生じやすい。紡錘状脳動脈瘤(解離性脳動脈瘤)は椎骨動脈に生じやすい。胎生3~4週に発生する先天的な血管奇形である脳動静脈奇形では、動脈血が毛細血管を通らないで直接静脈に入っていく異常な直接吻合が動静脈間にみられる。
(ウ) 症状
脳動脈瘤破裂は、突然のきわめて激しい頭痛(突然、頭をバットで殴られたような痛み)と吐き気、嘔吐で発病し、意識障害を伴う。
イ 日本循環器管理研究協議会雑誌第33巻1号に掲載された「脳動脈瘤の成因とくも膜下出血発症の諸要因」と題する上畑鉄之丞の論文には、概略以下のような記載がある。
(ア) くも膜下出血は、多くが脳動脈瘤の破裂によって発症する疾患で、特にCT検査で確認されるくも膜下出血は、ほとんどが脳動脈瘤破裂によるものである。
(イ) 脳動脈瘤の成因
脳動脈瘤の成因に関して、木下和夫らは、従来から先天性発生説が多かったが、現在では先天性素因の上に後天性因子が加わって発生すると考える人が多いと、以下のように述べている。
最近の研究からみると、脳動脈瘤の成因には、後天的要素が強いことが明らかであり、先天的に中膜筋層の欠損が存在することや、hemodynamic stress(血行力学的ストレス)が加わるような血管の分岐様相など先天的要素の上に、後天的な諸要素が加わって発生すると考えるのが最も妥当としている。
(ウ) くも膜下出血発症の誘因
脳動脈瘤破裂の誘因として最も直接的に作用するのは、脳動脈瘤に加わる血行力学的圧力であり、その重要な要素として、全身血圧を上昇せしめる労作や感情の興奮、また、疲労蓄積や心身消耗状態などの存在が、脳動脈瘤破裂の強力な誘因になり得ると考えるのが妥当である。
(エ) くも膜下出血のリスクファクター
藤田清は、くも膜下出血発症のリスクファクター(危険要因)として、高血圧、経口避妊薬、喫煙を挙げており、高血圧、喫煙と低BMI(やせ)が重なると、そのリスクは男6.7倍、女18.3倍になると記載している。なお、喫煙習慣がくも膜下出血のリスクファクターになることは、平山雄の大規模疫学調査でも指摘され、Saccoらも高血圧と喫煙をリスクファクターとする疫学調査結果を示している。また、飲酒では、血圧上昇と脳血流の増加など血行動態の変化を伴うことから発生頻度を増加させるとされ、Hillbomは、一回に80g以上のアルコール摂取をする過剰飲酒者などのくも膜下出血のリスクについて、一般人口での発症と比較して男2倍、女7倍になると報告している。
(オ) くも膜下出血は、突然の発症で、かつ症状が重篤なため、他の循環器疾患に比べて労災申請される機会が多い。また、発症直前の仕事での過重負荷を理由に、業務上疾患として認定される場合もあるものの、先天性疾患として扱われ、認定されない場合も多い。発症前の作業実態に合わせた取り扱いが望まれるところである。
ウ 「くも膜下出血」と題する若井晋の論文には、脳動脈瘤について概略以下のように記載されている。
(ア) 脳動脈瘤の病因
血行力学的な病因が最も多く、全体のおよそ90%を占める。
(イ) 脳動脈瘤破裂の誘因
歴史的に様々な議論がされてきたが、基本的には、血圧の上昇と動脈瘤周囲の脳脊髄圧の低下という二つの大きな要因が挙げられる。この二つの要因によって、動脈瘤壁にかかる圧が上昇することになる。たとえば運動や精神的なストレスは血圧を上昇させる。また、頸静脈圧を上昇させるような動作や体位の変換によって、動脈瘤周辺の髄液圧が変動する。

⑻ 長時間労働による疲労の蓄積について医学的知見

ア 専門検討会報告書
専門検討会報告書には、業務の過重負荷と脳・心臓疾患について、次のような知見が記載されている。
(ア) 過重負荷の考え方
脳・心臓疾患は、血管病変等の形成、進行及び増悪によって発症する。この血管病変等の形成、進行及び増悪には、主に加齢、食生活、生活環境等の日常生活による諸要因や遺伝等の個人に内在する要因(以下「基礎的要因」という。)が密接に関連する。
すなわち、脳・心臓疾患は、このような基礎的要因による生体が受ける通常の負荷により、長年の生活の営みの中で、徐々に血管病変等が形成、進行及び増悪するといった自然経過をたどり発症するものであり、労働者に限らず、一般の人々にも数多く発症する疾患である。
しかしながら、加齢や日常生活などにおける通常の負荷による血管病変等の形成、進行及び増悪という自然経過の過程において、業務が血管病変等の形成に当たって直接の要因とはならないものの、業務による過重な負荷が加わることにより、発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合があることは医学的に広く認知されている。
現行認定基準においては、業務の過重性の評価に当たって、脳・心臓疾患の発症に近接した時期における業務量、業務内容等を中心に行っているが、最近では、脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす負荷として、脳・心臓疾患の発症に近接した時期のみでなく、発症前の長期間にわたる業務の過重負荷に由来する疲労の蓄積についても考慮すべきである。ただし、業務による疲労の蓄積の評価については、主観的な訴えが中心となること、しかも業務以外の要因が疲労の蓄積に関与することも少なくないこと等から、定量的かつ客観的に判断することが難しいが、より客観的に評価するためには、労働時間の長さや、就労態様を具体的かつ客観的に把握し、総合的に判断する必要がある。
なお、事務、営業、販売、工場労働、屋外労働(建設作業)等において、日常業務に従事する上で受ける負荷は、通常の範囲内にとどまり、血管病変等の自然経過を超えて著しく増悪させるものではないので、業務の過重性の評価に当たって考慮する必要はないであろう。
(イ) 過重負荷と脳・心臓疾患の発症
(ア)の考察から、「過重負荷」とは、医学経験則に照らして、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷と定義できる。
そして、業務による過重負荷と脳・心臓疾患の発症のパターンは、現在の医学的知見からみて、次のように考えられる。
⑴ 長時間労働等、業務による負荷が長期間にわたって生体に加わることによって疲労の蓄積が生じ、それが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ発症する。
⑵ ⑴の血管病変等の著しい増悪に加え、発症に近接した時期の業務による急性の負荷を引き金として発症する。
⑶ 現行認定基準における急性の過重負荷を原因として発症する。
このパターンのうち、専門検討会で最も重視したものは、⑵に示したパターンである。
このような業務による脳・心臓疾患発症のパターンを念頭に置きつつ、業務の過重性を総合的に考察した上で、業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められ、このことが原因で脳・心臓疾患を発症した場合は、業務起因性が認められると判断できる。
なお、疲労の蓄積の解消や適切な治療によって、血管病変等が改善するとする報告があることに留意する必要がある。
(ウ) 就労態様による疲労への影響
a 労働時間
長時間労働は、脳血管疾患をはじめ虚血性心疾患、高血圧、血圧上昇などの心血管系への影響が指摘されている。それは、長時間労働により睡眠が十分取れず、疲労の回復が困難となることにより生ずる疲労の蓄積が原因と考えられる。
長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす理由は、⑴睡眠時間が不足し、疲労が蓄積すること、⑵生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること、⑶長時間に及ぶ労働では、疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して、職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ、これが直接的なストレス負荷要因となること、⑷就労態様による負荷要因(物理・化学的有害因子を含む。)に対するばく露時間が長くなることなどが考えられる。
このうちでも、疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が深く関わっていると考えられる。一般に睡眠不足の健康への影響は、循環器や交感神経系の反応性を高め、脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めると考えられており、1日3~4時間の睡眠は翌日の血圧と心拍数の有意の上昇を、また、これよりやや長い1日4~5時間の睡眠はカテコラミンの分泌低下による最大運動能力の低下をもたらす。
一方、脳・心臓疾患の罹患率などとの関係では、睡眠時間が6時間未満では狭心症や心筋梗塞の有病率が高く、睡眠時間が5時間以下では脳・心臓疾患の発症率が高い、睡眠時間が4時間以下の人の冠(状)動脈性心疾患による死亡率は7~7.9時間睡眠の人と比較すると2.08倍であるなど、長期間にわたる1日4~6時間以下の睡眠不足状態は、睡眠不足が脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めるとする報告がある。
以上のことから、長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇などを生じさせ、その結果、血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させる可能性のあることが分かる。もちろん、疲労の蓄積には、長時間労働以外の種々の就労態様による負荷要因が関与することから、業務の過重性の評価は、これら諸要因を総合的に評価することによって行われるべきであるが、長時間労働に着目してみた場合、現在までの研究によって示されている1日4~6時間程度の睡眠が確保できない状態が、継続していたかどうかという視点で検討することが妥当と考えられる。
1日6時間程度の睡眠が確保できない状態は、日本人の1日の平均的な生活時間を調査した総務庁の社会生活基本調査とNHK放送文化研究所の国民生活時間調査によると、労働者の場合、1日の労働時間8時間を超え、4時間程度の時間外労働を行った場合に相当し、これが1か月継続した状態は、おおむね80時間を超える時間外労働が想定される。
また、1日5時間以下の睡眠は、脳・心臓疾患の発症との関連について、すべての報告において有意性があるとしている。そこで、1日5時間程度の睡眠が確保できない状態は、同調査によると、労働者の場合、1日の労働時間8時間を超え、5時間程度の時間外労働を行った場合に相当し、これが1か月継続した状態は、おおむね100時間を超える時間外労働が想定される。このことは、労働時間、残業時間と脳・心臓疾患の発症に関する諸家の報告とは矛盾しない。
イ 精神的緊張(心理的緊張)を伴う業務
業務による「ストレス」と脳・心臓疾患に関する現時点での各種報告は、次のように集約できる。
脳・心臓疾患の発症と職業・職種の関係についての諸家の報告では、脳・心臓疾患の発症は、バス運転者、タクシー運転者、その他の自動車運転者、管理職、医師、警備員などに多いとされている。また、仕事の要求度が高く、裁量性が低く、周囲からの支援が少ない場合には精神的緊張を生じやすく、脳・心臓疾患の危険性が高くなるとする報告がある。
さらに、Belkicらは、災害や重大な過失を招く職務、精神的要求度が高い職務、裁量権が乏しい職務、孤立感が強い職務などの場合に、心血管の障害を来しやすいとしている。

2 争点⑴(被告の安全配慮義務違反の有無)について

⑴ 太郎の業務の過重性

ア 業務の質的な過重性
前記認定のとおり、太郎は、被告代表者、工場長の丙川に次ぐ三番目の役職にあり、産業用ロボットの製作等を目的とする被告の製造部部長として製品の見積及び製造工程の管理を行っていたものであり、その職責は重大であった。具体的には、太郎は、受注を受けた製品の見積及び製造工程を決定し、工場等からの報告を受けて製造工程の進捗状況を把握し、間に合いそうになければ外注を利用するなどして、納期までに予算内に製造できるよう常に気を配らなければならないため、精神的に負担のかかる業務であった。
そして、実際、前記認定のとおり、太郎は、製造部部長として、製造部で働く従業員から進捗状況についての報告を愛けたり、製造部の従業員の労務管理を行わなければならないという立場から、日常的に、製造部の従業員が仕事を終えるまで遅くまで残り、また、手帳に、「2003年の反省」として、⑴実行予算又は目標工数の数値を守るため、工程、進捗及び原価の運用管理を確実に行うことを目標に挙げていたが、予算内に納める手段、末端への周知が不十分であった、加工、組立共に自転車操業的な日々の仕事に追われ、納期優先ということもあり、計画倒れに終わることがあった、⑵間接工数の見直しについても、改善がみられない、これらを踏まえて、平成16年度の目標は各部署ごとに工程管理を確実に行い、後工程にしわ寄せがこないよう、各部門長の進捗管理の徹底、もっと内容の濃い進捗会議を実施していきたいなどと記載しており、製造にかかる予算、工程及び進捗の管理について、神経を使っていたことが認められる。
さらに、前記認定のとおり、被告は、平成15年11月、新たに筑後工場を竣工して本社社員から14名を異動させており、太郎は、これに伴い、製造部部長として、製造一課のみならず、同工場にある製造二課についても指揮監督しなければならなくなったこと、被告代表者は、平成16年1月20日、被告の進捗会議において、加工課、製造二課、品質保証の各部門から人員不足の話が出ている旨述べており、被告は、筑後工場の竣工に伴い、人員不足に陥っていたと推認されること、太郎は、特需の仕事のため、平成16年の正月休みは、1月1日しか取らず、2日から勤務していることに照らせば、被告は、筑後工場の竣工前後から人員不足などに陥り、太郎は、自分が管理する課が増えた上、不足する人員をどのように使って納期までに製造を終わらせるか神経を使わねばならず、また、特需の仕事が入れば正月でも出勤して勤務しなければならず、太郎の仕事は、精神的に負担のかかる内容であったと認められる。
イ 業務の量的な過重性
前記認定のとおり、太郎の時間外労働時間は、発症前1か月は79時間2分、発症前2か月は74時間15分、発症前3か月は95時間40分、発症前4か月は92時間30分、発症前5か月は82時間30分、発症前6か月は126時間38分、発症前7か月は127時間40分、発症前8か月は79時間5分、発症前9か月は168時間26分、発症前10か月は101時間10分、発症前11か月は108時間16分、発症前12か月は104時間35分であり、前記新認定基準が業務と発症との関連性が強いと評価できるとしている1か月当たり80時間の時間外労働時間と比較しても、相当長期間にわたって、長時間労働を続けていたことが認められる。
また、前記認定のとおり、太郎は、特需の仕事のため、平成15年8月は、盆休みを取らずに勤務し、平成16年1月も、1日しか正月休みを取らずに勤務しており、蓄積した疲労を回復できない状況にあったと認められる。
ウ 以上のように、太郎は、責任が重く、納期や予算等を気にしながら生産工程を管理していくという精神的に負担のかかる業務に長時間従事し、盆休みや正月休みといった休養期間もほとんど取れなかったと認められるのであり、太郎の業務は、精神的肉体的に疲労を蓄積させる過重なものであったと認められる。

⑵ 安全配慮義務違反

ところで、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、心身の健康を損なう危険があることは周知のところである。したがって、被告は、被用者との雇用契約上の信義則に基づいて、業務の遂行に伴って被用者にかかる負荷が著しく過重なものとなって、被用者の心身の健康を損なうことがないよう、労働時間、休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保する義務を負っていると解される。
そして、前記判示のとおり、太郎は、精神的肉体的に疲労を蓄積させる過重な勤務状況にあったことが認められる。
確かに、被告は、年に一度従業員に健康診断を受けさせる、週に一度はノー残業デーを設けて太郎を含む従業員全員に残業をさせないようにする、被告代表者が太郎に対して早く帰るように声を掛けるなど、一定の配慮は行っていたと認められる。
しかしながら、被告は、就業規則にある衛生管理者、衛生委員会を設けておらず、特に従業員の健康診断の結果を把握しようともしておらず、太郎の労働時間についても原価計算のために日報につけさせてはいるものの、労務管理という視点から把握しようとはしていない。そして、何よりも、被告は、前記のような太郎の過重な業務状況について把握していたにもかかわらず、その改善策をとろうとしたことは証拠上うかがわれず(なお、前記のとおり被告代表者が太郎に早く帰るように声を掛けたことがあることは認められるが、日常的に声を掛けていたとは証拠上認められないし、製造部部長である太郎は、上司である工場長の丙川と机を並べ、丙川と共に、管理職の立場として、従業員が仕事を終えるまで待ってから帰るようにしていたのであるから、被告代表者がたまに声を掛けたくらいで、太郎が、他の従業員や丙川を置いて先に帰るとは通常考えられず、実際にも太郎は声を掛けられても様々な理由をつけて残っていたのであるから、被告代表者の声掛けは、改善策といえるようなものではないと評価すべきである。)、太郎が製造部部長の仕事にやりがいを感じて張り切って、弱音を吐かずに仕事を続けることを放置していたと認められるのであるから、太郎がこのような過重な業務状況に陥ったのは、被告が、杜撰な労務管理を行い、太郎の長時間労働等の労働状況を改善する努力をせず、これを放置していたことに起因すると認められる。
したがって、被告は、前記適正な労働条件を確保すべき注意義務を怠ったと認められる。

⑶ ア これに対し、被告は、原告花子や同僚は、太郎が仕事で疲れていたと認識していないこと、被告において仮眠をとることができたこと、本件発症前の平成16年2月17日及び18日は、風邪のために午後7時前に退社、同月15日は日曜で休み、同月14日は5時間勤務、同年1月24日及び25日は、連休を取っており、年末年始は、同年1月2日は半日勤務であり、年末の平成15年12月30日は半日勤務であることを理由に、太郎は、睡眠時間を確保でき、疲労の蓄積はなかった旨主張する。
しかしながら、仮眠といっても工場の報告等を待ちながらいすに座って軽く寝るという程度であり、疲労を解消できるような睡眠をとっていたとは認められず、前記認定の太郎の労働時間は、被告が列挙した上記休日を前提とした上で算出したものであるから、長時間労働であることには変わりがない。
また、確かに、前記認定のとおり、太郎は、平成16年1月や2月ころ、原告花子に対して、疲れた、健康状態が悪いなどと言ったことはなく、丙川から見ても、体調が悪そうな様子ではなかったと認められるものの、妻である原告花子や上司である丙川に対して疲労を訴えなかったからといって、直ちに太郎が疲労していなかったとまでは認められないし、仮に、仕事に張り切る余り、疲労が蓄積しているとの自覚症状がなかったとしても、このことから直ちに疲労の蓄積がなかったと認めることはできないのであり、前記認定の太郎の勤務時間、客観的事実に基づいて同人の疲労の程度を判断すべきである。そして、太郎は、本件発症直前の平成16年2月17日、感冒性上気道炎に罹患していたこと、専門検討委員会の報告書によれば、長時間労働により睡眠が十分とれず、疲労の回復が困難となることにより疲労が蓄積されると認められることからすれば、本件発症までの長時間労働により疲労が蓄積して、風邪に罹患するほど体が弱っていたと認められる。
したがって、疲労の蓄積があったと認められるのであるから、被告の主張は採用できない。
イ さらに、被告は、太郎の業務内容について、生産工程の管理が中心であり、疲労が残るようなものではない旨主張するが、前記判示のとおり、納期や予算を決め、これに沿うように生産工程を管理するという業務内容からして、精神的に負担がないということは通常考えられず、被告の主張は採用できない。
ウ 加えて、被告は、太郎の血圧が正常値にとどまっていたことを理由に、太郎の業務が過重でなかった旨主張するが、太郎は、平成15年10月の健康診断では、血圧179/109九mmHgと高血圧に陥っており、一時的に平成15年12月3日に120/70mmHg、平成16年1月13日に130/80mmHgと正常値に戻ってはいるものの、平成16年2月19日には、本件発症に至っているのであるから、むしろ、再度、血圧上昇があったとみるべきであって、被告の主張は採用できない。

⑷ ところで、被告は、太郎の長時間労働について、タイムカード上、退社時間に遅いものが認められるが、同人は、本来は帰宅できるにもかかわらず、他の従業員の作業を待っているだけであり、このような時間にはインターネットに興じたり、自分の趣味にパソコンを利用しており、被告代表者もこれを許容していた旨主張する。
しかしながら、太郎は、製造部部長という管理職にあり、太郎と机を並べている上司である工場長の丙川も、管理職としての責任感から、他の従業員の仕事を待って、遅くまで残っているという状況からすれば、事実上、製造部の従業員が仕事を終えるまでは帰宅できない状況にあったとみるべきであり、本来帰宅できるのに勝手に待っていたにすぎないと評価するのは適切ではない。また、従業員を待っている間、自由な時間を過ごしていたことを考慮しても、帰りたくても帰れない状況というのは精神的肉体的な疲労を蓄積するものと考えられる。さらに、太郎が、他の従業員が残業をしていない場合に趣味のために会社に残っていたことがあったとしても、証人丙川は、基本的に遅くまで残っているのは仕事があるからかとの問いに対して、我々は管理職なので現場の作業があるときは残らざるを得ないという気持ちで残っているなどと答えていることからすれば、太郎が遅くまで会社に残っていたのは、基本的には他の従業員の仕事が終わるのを待っている場合であって、完全に趣味のために残っていることがあったとしても極めて少ないとみるべきである。
したがって、太郎は長時間労働により精神的肉体的に疲労が蓄積していたとみるべきであって、被告の主張は採用できない。

⑸ 被告は、被告には予見可能性がなかった旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、太郎の直属の上司である丙川も、太郎と共に、他の従業員が帰るまで残っており、被告は、太郎が管理職の立場として遅くまで残っていることを把握していたこと、平成15年10月の会社の健康診断において、179/109mmHgと高血圧が診断されており、その後一時的に太郎の血圧が正常値に戻ったとしても、その健康状態に留意すべき状態であったことからすれば、太郎が、そのような業務状況を続けることにより、精神的肉体的に疲労が蓄積して、血圧が上がるなど健康状態が悪化することは容易に想像がつくものといえるのであり、予見可能性がなかったとの被告の主張は採用できない。

3 争点⑵(相当因果関係)について

⑴ 相当因果関係の存否の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的な証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、業務と死亡の直接の原因となったくも膜下出血との関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は 通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要し、かつ、それで足りるものと解すべきである。

⑵ 前記認定のとおり、医学的知見によれば、くも膜下出血の原因の多くは、脳動脈瘤の破裂であること、脳動脈瘤破裂の誘因として最も直接的に作用するのは、脳動脈瘤に加わる血行力学的圧力であること、疲労蓄積や心身消耗状態などの存在が脳動脈瘤破裂の強力な誘因になり得ること、喫煙習慣がくも膜下出血のリスクファクターになること、長時間労働は、脳血管疾患をはじめ、虚血性心疾患、高血圧、血圧上昇などの心血管系への影響があると指摘されていること、長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす理由は、⑴睡眠時間が不足し疲労の蓄積が生ずること、⑵生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること、⑶長時間に及ぶ労働では、疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ、これが直接的なストレス負荷要因となること、⑷就労態様による負荷要因(物理・化学的有害因子を含む。)に対するばく露時間が長くなることなどが考えられており、このうちでも、疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が深く関わっていると考えられること、長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇などを生じさせ、その結果、血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させる可能性があること、1日6時間程度の睡眠が確保できない状態は、労働者の場合、1日の労働時間8時間を超え4時間程度の時間外労働を行った場合に相当し、これは1か月間で、おおむね80時間を超える時間外労働を行った場合を想定されていることが認められる。
これを本件についてみると、太郎は、前記判示のとおり、その地位や業務内容からして、精神的にも負担のかかる業務を行っており、時間外労働時間も、発症前1か月79時間2分、発症前2か月74時間15分、発症前3か月95時間40分、発症前4か月92時間30分、発症前5か月82時間30分、発症前6か月126時間38分、発症前7か月127時間40分、発症前8か月79時間5分、発症前9か月168時間26分、発症前10か月101時間10分、発症前11か月108時間16分、発症前12か月104時間35分という、80時間を超えるか、若しくはこれに近い長時間労働であり、しかも、平成15年8月には盆休みを取れず、平成16年1月も正月休みを1日しか取れていないこと、本件発症時のわずか4か月前である平成15年10月の時点では、血圧179/109mmHgと血圧が上昇したことがあり、一時的に正常値に戻ったものの、なお高血圧症に戻る可能性がある状態であったこと、太郎は、本件発症当時、勤務中に、1日当たり約20本ないし30本のたばこを吸っていたことが認められるのであるから、このような事実関係を前記医学的知見に照らせば、太郎は、精神的にも負担がある長時間労働を長期間にわたって行い、これにより精神的肉体的疲労が蓄積し、その結果、1日当たり約20ないし30本という喫煙習慣と相まって、血圧が上昇し、脳動脈瘤の破裂を引き起こし、本件発症に至ったものと推認することができる。
以上によれば、太郎の業務による本件発症という関係は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る程度に認められるのであり、相当因果関係が認められるといわなければならない。

⑶ これに対し、被告は、原告が長時間労働→疲労の蓄積→血圧上昇→血管病変が自然的経過を超えて著しく増加したこと→くも膜下出血の発症という因果関係が主張立証されなければならないこと、本件では、太郎には、長時間労働、疲労の蓄積、血圧上昇の事実がいずれも認められないのであるから、太郎の血管病変が自然的経過を超えて著しく増悪した原因は他にあったといわざるを得ない旨主張するので、これについて検討する。
まず、長時間労働及びこれによる疲労の蓄積が認められることは前記判示のとおりである。
次に、血圧上昇についてであるが、確かに、前記認定のとおり、太郎の血圧は、平成15年12月3日は120/70mmHg、平成16年1月13日は130/80mmHgであり、いずれも正常の範囲内であり、特に高血圧という状態ではなかったと認められる。しかしながら、太郎は、平成15年10月22日の健康診断では、血圧179/109mmHgと非常に高い血圧となっており、この後、同年12月3日に、上記のとおり、正常値に下がるも、平成16年1月13日には、平成15年12月3日時の血圧よりも、10mmHgずつ血圧が上昇しており、この経過からすれば、本件発症時の同年2月19日には、再び、疲労蓄積により再び高血圧状態が生じた可能性が高い。

⑷ さらに、被告は、太郎は、⑴平成15年7月から取引先からリベートを受領し、本件発症の平成16年2月にも、2回にわたって、リベートが入金されていた口座から各12万円を引き出していること、⑵太郎が、協力業者に、飲食店やソープランドの支払を強要していたこと、⑶ソープランドといった風俗店に頻繁に出入りしていたこと、⑷太郎は、上記風俗店に出入りするために勃起不全治療剤であるバイアグラを常用しており、太郎は、会社で、バイアグラを飲めば、心臓がどくどくするという話をしていたこと、⑸原告花子にリベートを受け取っていたことを秘匿し、金回りがよくなった理由について、会社から借入れを認めてもらっているなどと虚偽の話をしていたことにより、強度のストレスを感じ、太郎の血管病変が自然的経過を超えて著しく増悪し、本件発症に至ったのであり、太郎の業務ではなく、この⑴ないし⑸の要因が、本件発症に100パーセント寄与した旨主張する。
確かに、被告代表者は、太郎死亡後に、取引先から⑴⑵の事実を聞いた旨供述し、その取引先の具体的名称まで供述していること、被告代表者が、その取引先の代表者から、大郎に振り込むために預かっていたという太郎名義の通帳を入手し、これを証拠として提出しており、同通帳には定期的に一二万円ずつ振り込まれては同額を降ろしたという記載があること、原告花子は、リベート等について太郎から特に聞かされていないことからすれば、⑴⑵⑸の事実があった可能性は否定できない。しかしながら、そもそも⑴⑵⑸によって体に害を与えるほどの強度のストレスを感じるとは通常考えられず、本当にそうであればそのような行為を中止すればよいわけであるから、例え⑴⑵⑸の事実があったとしても、これらの事実が太郎の血圧を上昇させるほどのストレスになっていたとまでは考えられない。
また、⑶⑷の事実についても、被告代表者及び証人丙川はこれに沿う供述をしているが、仮に、⑶⑷の事実があったとしても、このような事実が直ちに太郎の血圧を上昇させる要因になったと認めるに足りる医学的知見等の証拠はない。
したがって、⑴ないし⑸の事実があったとしても、これらの事実が直ちに本件発症に寄与したと認めることはできない。

4 争点⑶(寄与度減額)について

前記認定のとおり、太郎は、業務中、1日当たり約20ないし30本のたばこを吸っており、専門検討会報告書には、高血圧と喫煙がくも膜下出血のリスクファクターとなることを示す複数の調査結果や研究が記載されていることに照らして考えると、太郎の喫煙が、本件発症に少なからず寄与したものと推認できる。
そして、前記認定のとおり、太郎の1日当たりの喫煙本数は、約20ないし30本と相当程度多かったこと、喫煙が健康に悪影響を及ぼすことは周知の事実であり、太郎もそのことは十分承知していたものと考えられること、しかも、太郎は、会社の健康診断で、平成12年9月7日に、153/91mmHg、要再検査、平成13年11月2日に、147/104mmHg、要精密検査、平成14年11月16日に、144/102mmHg、要精密検査、平成15年10月22日に、179/109mmHg、要精密検査の診断を受けており、本件発症の4年前からずっと、高血圧と診断されているのであるから、喫煙をやめて血圧を下げるように留意すべきであったのに、1日当たり約20ないし30本もの多量の喫煙を続けていたこと、太郎は、前記認定のとおり疲労が相当蓄積した状態にありながら、なお喫煙を続けていたこと等の事情を考慮すると、本件において、太郎の被った損害の全部を被告に賠償させることは公平の観点から相当でないと認められる。そこで、民法418条を類推適用して、太郎の損害額の20パーセントを減ずるのが相当である。
なお、被告は、当審の口頭弁論期日において、過失相殺を主張しない旨述べるが、他方で、くも膜下出血は高血圧の者に発症しやすいこと、喫煙はくも膜下出血の原因になり得ること、太郎が1日に1箱半から2箱のたばこを喫煙していたこと、喫煙が高血圧にとって最悪であって医師からやめるように指導を受けていたことは容易に想像できるが、本件発症に至るまで本数を減らしていないこと、被告は、本件発症は太郎の喫煙等の要因が寄与していることをくり返し主張しており、民法418条の類推適用の基礎となる具体的事実について明確に主張しているところである。そして、過失相殺は、当事者の主張がなくても、裁判所が職権ですることができるのであるから、公平の観点から民法418条を類推適用することとし、上記のとおり、原告らの損害額の20パーセントを減ずることは、弁論主義に違背しない。

5 争点⑷(損害額)について

⑴ 死亡による逸失利益

ア 基礎収入
(ア) 原告らは、太郎が管理監督者たる立場になかったことを前提に基礎収入額を算出すべきである旨主張する。
しかし、前記争いのない事実等及び認定事実のとおり、太郎は、被告において、被告代表者、工場長の丙川に次ぐ役職である製造部部長の地位にあったものであり、しかも、製造部部長として、その部下の労務管理に当たっていたこと、太郎が管理職手当として毎月12万円の支給を受けており、給与及び賞与を合計すると、後記のとおり、年718万8905円の賃金を得ていたことなどの事実関係に照らせば、太郎は、労働基準法41条2項の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当すると認めるのが相当である。
したがって、基礎収入の算定において、割増賃金を考慮することはできないというべきである。
(イ) 太郎の死亡当時の賃金は、月額46万2500円(原告主張の49万2704円から通勤費3万0204円を除いた額)であるから、太郎の年収は、46万2500円×12か月+原告主張の夏季賞与51万5735円+原告主張の冬季賞与76万0722円=682万6457円であったと認められる。
イ 生活費控除率
太郎は一家の支柱で、配偶者及び子供が3人いることから、生活控除率は30パーセントとする。
ウ ライプニッツ係数
太郎は死亡時43歳であり、67歳まで24年間就労可能であったから、ライプニッツ係数は、13.7986である。
エ 逸失利益  6593万6884円
682万6457円×0.7×13.7986=6593万6884円(小数点以下切り捨て)

⑵ 葬儀費用

葬儀費用としては、150万円が相当である。

⑶ 慰謝料

太郎が死亡するに至った経緯、太郎の原告らの扶養状況等、諸般の事情を総合的に考慮すると、太郎の死亡慰謝料としては、2800万円が相当である。

⑷ 寄与度減額後の金額

原告らの損害額については、前記のとおり、民法418条を類推適用して、2割減額するのが相当であるから、被告の賠償すべき金額は、次のとおりとなる。
ア 逸失利益  5274万9507円
(小数点以下切り捨て)
イ 葬儀費用       120万円
ウ 慰謝料       2240万円
エ 合計額   7634万9507円

⑸ 相続

ア 原告花子  3817万4753円
(小数点以下切り捨て)
イ その余の原告ら
各1272万4917円
(小数点以下切り捨て)

6 争点⑸(損益相殺)について

⑴ 労災保険による支給

ア 遺族補償年金
前記争いのない事実等記載のとおり、原告らは、遺族補償年金として1004万5315円の給付を受けているところ、これにより、この給付の対象となる損害と同一の事由に当たる死亡逸失利益について、損害のてん補がされたと認められ、よって、その価額の限度で被告は賠償責任を免れる。
イ 遺族特別支給金及び遺族特別年金
前記争いのない事実等記載のとおり、原告らは遺族特別支給金及び遺族特別年金の給付も受けているところ、遺族特別支給金及び遺族特別年金は、労働福祉事業として被災労働者の遺族に特別に支給されるものであり、被災労働者の損害をてん補する性質を有するものとは認められないから、遺族特別支給金及び遺族特別年金を控除することはできないというべきである。
ウ 葬祭料
前記争いのない事実等記載のとおり、原告らは、葬祭料として97万7700円の給付を受けているところ、これにより、この給付の対象となる損害と同一の事由に当たる葬儀費用について、損害のてん補がされたと認められ、よって、その価格の限度で被告は賠償責任を免れる。
これに対し、原告らは、葬祭料は見舞金的性格の支給額であるから損益相殺の対象とならない旨主張するが、葬祭料が葬儀費用と同一の事由の損害に当たることは明らかであって、労災給付は、その支給額いかんによりその性格が変化するものではないから、原告らの主張は採用できない。

⑵ 退職金

《証拠略》によれば、原告らは、被告から、太郎の退職金として、年金積立金70万7522円、生命保険金100万円の合計170万7522円の支払を受けたことが認められるが、退職金は、賃金の後払いあるいは功労報償として支給されるものであって、損害のてん補としての性質を有するとは認められないので、損益相殺の対象とは認められない。

⑶ お悔やみ金及びがん保険解約金

《証拠略》によれば、原告らは、被告から、お悔やみ金として100万円、がん保険解約金として47万円の支払を受けたことが認められる。
これらの支払の趣旨については証拠上明確でないものの、その支払額が社会儀礼上というにはやや高額であると思われること、被告自身で、従業員のためにがん保険に加入しており、これらの支払は、社会儀礼上の見舞金という性格というよりは、損害賠償金のてん補としての性格を有すると考えるのが相当といえ、その価格の限度で被告は賠償責任を免れるというべきである。

⑷ 以上によれば、損益相殺の対象として認められるのは、遺族補償年金1004万5315円、葬祭料97万7700円、お悔やみ金100万円、がん保険解約金47万円の合計1249万3015円であるから、これらの価格の限度で、被告は賠償責任を免れる(なお、遺族補償年金及び葬祭料については、支給を受けたのは原告花子であるから、原告花子の相続額からのみ損益相殺する。)。損益相殺後の損害額は、以下のとおりである。
ア 原告花子  2641万6738円
3817万4753円-1004万5315円-97万7700円-147万×1/2=2641万6738円
イ その余の原告ら    各1247万9917円
1272万4917円-147万×1/6=1247万9917円

7 履行猶予の抗弁

被告は履行猶予の抗弁を主張し、原告らはこれを争わないから、被告は、労災保険法64条1項1号に規定される「その損害の発生時から当該年金給付に係る前払一時金給付を受けるべき時までの法定利率により計算される額を合算した場合における当該合算した額が当該前払一時金給付の最高限度額に相当する額となるべき額の限度で」その損害賠償の履行をしないことができる。
そして、前払一時金の最高限度額は、給付基礎日額の1000日分に相当する額であるから(同法60条2項)、本件における遺族補償年金の前払一時金の最高限度額は、太郎の平均賃金給付基礎日額である1万6295円の1000日分である1629万5000円である。
また、同法64条1項1号の「損害発生時」は、太郎の死亡時である平成16年2月19日、「前払一時金を受けるべき時」は、遺族補償給付の支給決定のあった平成17年10月25日と認められる。
したがって、履行猶予額は、以下のとおり、1629万5000円から、損害の発生時から当該年金給付に係る前払一時金給付を受けるべき時までの法定利率により計算される額{履行猶予額×0.05×(1年+249/365日)}を控除した額となる。
履行猶予額=1629万5000円-{履行猶予額×0.05×(1年+249/365日)}
履行猶予額=1629万5000円÷{1+0.05×(1年+249/365日)}
よって、履行猶予額は、以下のとおり、1503万0768円である。
1629万5000円÷{1+0.05×(1+249/365)}=1503万0768円(小数点以下切り捨て)
そして、履行猶予額1503万0768円のうち、前記のとおり、既に遺族補償年金1004万5315円は支払済みであり、損益相殺の対象とされているから、同金額を控除した498万5453円について履行を猶予されることとなるが、原告らが今後遺族補償年金を受給することにより免除されるので、これを控除すべきである。そうであれば、同控除後の損害額は、以下のとおりである。
ア 原告花子  2392万4011円
2641万6738円-(498万5453円×1/2)=2392万4011円(小数点以下切り捨て)
イ その余の原告ら    各1164万9008円
1247万9917円-(498万5453円×1/6)=1164万9008円(小数点以下切り捨て)

8 本件と相当因果関係が認められる弁護士費用は、原告花子については239万円、原告一郎らは各116万円と認めるのが相当である。

9 結論

以上によれば、原告の請求は、原告花子については、2392万4011円と弁護士費用239万円の合計2631万4011円の限度で、原告一郎、原告二郎及び原告一江については、それぞれ1164万9008円と弁護士費用116万円の合計1280万9008円の限度で理由があるから、これらを認容し、その余をいずれも棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。

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