東京メトロ

東京メトロ事件(東京地裁平成27年12月25日判決)

地下鉄の駅係員が通勤中の電車(地下鉄)内で痴漢行為をしたとして条例違反により罰金刑に処せられたことを理由に諭旨解雇をされたが,その処分は重きに失するとして無効と判断した裁判例(労判1133号5頁)

1 判例のポイント

1.1懲戒事由該当性

⑴ 「従業員の私生活上の非行であっても,会社の企業秩序に直接の関連を有するもの及び企業の社会的評価の毀損をもたらすと客観的に認められるものについては,企業秩序維持のための懲戒の対象となり得るものというべきである。」

⑵ 「被告は,他の鉄道会社と同様,本件行為の当時,痴漢行為の撲滅に向けた取組を積極的に行っており,また,原告は,原告が本件行為を行った当時,被告の駅係員として勤務していたというのである。これらの点に照らせば,本件行為は,被告の企業秩序に直接の関連を有するものであり,かつ,被告の社会的評価の毀損をもたらすものというべきである。したがって,本件行為は,被告における懲戒の対象となるべきものというべきである。」

1.2本件処分の相当性

⑴ 「本件行為は」「着衣の上から触るというものであり」「略式命令についても,罰金20万円の支払を命じられるにとどまった」「本件行為は,上記規定による処罰の対象となり得る行為の中でも,悪質性の比較的低い行為であるというべきである。」
⑵ 「本件行為ないし本件行為に係る刑事手続についてマスコミによる報道がされたことはなく」「社外から苦情を受けたといった事実を認めるに足りる証拠も見当たらない」ので「被告の企業秩序に対して与えた具体的な悪影響の程度は,大きなものではなかったというべきである。」
⑶ 「本件処分は,本件行為を懲戒事由とするものとしては重きに失し」「社会通念上相当性を欠くものというべきである。」

1.3 関連裁判例

  • 日本鋼管事件(最判昭49.3.15労判198号23頁)
  • 横浜市・市教委事件(東京高判平 25.4.11 判時2206号131頁)
  • ヤマト運輸事件(東京地判平19.8.27 労判945号92頁)
  • 小田急電鉄事件(東京高判平15.12.11労判867号5頁)

1.4 参考記事

2判例の内容

2.1 事案の概要

①当事者

X:平成19年4月1日,採用(期間の定めなし)。東京メトロの駅係員として従事。
Y:旅客鉄道事業(東京メトロ)

②痴漢事件

Xは、平成25年12月、通勤のために乗車していた東京メトロB線の電車内で痴漢行為(相手方:女子中学生)をしたとして、東京都迷惑防止条例違反の被疑事実で逮捕され、警察において取調べを受けた。なお,Xは触っていないと主張していたが警察にて聞き入れられなかったので,当番弁護士が到着する前に認める供述をした。当番弁護士より既に認めた以上争うのは無理,示談して不起訴狙った方が良いと助言された。勾留前に釈放。マスコミ報道なし。私選弁護人を通じて示談交渉するも被害者の保護者が感情的になり示談出来ず。Xは、同年2月20日、東京都迷惑防止条例違反の被疑事実で起訴され、同月26日、東京簡易裁判所において罰金20万円の略式命令を受けた。私選弁護人は,Yへ解雇などの重い処分をしないよう意見書を提出。

③会社の対応

釈放後は出勤停止(賃金の支払はなされる)。Xは、平成26年1月10日、Y社に対し、顛末書および始末書を提出した。その後は,刑事処分待ちの状態。

④本件諭旨解雇

Y社は、平成26年4月25日,懲戒委員会を開催したうえで諭旨解雇相当との結論(ただし,社内労組は,重すぎるのではという意見を出していた。しかし,最終的には諭旨解雇に応じた。)。同日、Xが痴漢行為を行ったとして東京都迷惑防止条例違反の被疑事実で逮捕・起訴され、略式命令を受けたこと(以下、「本件非違行為」)が、就業規則56条2号「職務の内外を問わず会社の名誉を損ない又は社員としての体面を汚す行為があったとき。」に該当するとして、Xに対して諭旨解雇処分(以下、「本件諭旨解雇」)を通告。解雇予告手当の支払いあり。また,退職金の支払あり。

2.2 判断

2.2.1 本件行為の懲戒事由該当性について

(1) 上記1において認定したとおり,原告は本件行為を行ったというのである。そして,従業員の私生活上の非行であっても,会社の企業秩序に直接の関連を有するもの及び企業の社会的評価の毀損をもたらすと客観的に認められるものについては,企業秩序維持のための懲戒の対象となり得るものというべきである。上記1において認定したとおり,被告は,他の鉄道会社と同様,本件行為の当時,痴漢行為の撲滅に向けた取組を積極的に行っており,また,原告は,原告が本件行為を行った当時,被告の駅係員として勤務していたというのである。これらの点に照らせば,本件行為は,被告の企業秩序に直接の関連を有するものであり,かつ,被告の社会的評価の毀損をもたらすものというべきである。したがって,本件行為は,被告における懲戒の対象となるべきものというべきである。

(2) 以上に関し,原告は,本件略式命令は罰金20万円の支払を命じるものである点,本件行為が報道等により世間に知られ,被告の社会的評価を低下させることはなかった点を指摘する。
上記1において認定した各事実に照らせば,原告の指摘する上記各点が認められる。しかるに,他方,上記1において認定したとおり,本件行為は,他の鉄道会社とともに痴漢行為の撲滅に積極的に取り組む被告が運行する電車の中で行われたものであるというのである。かかる点にかんがみれば,原告の上記指摘の各点を勘案しても,なお,本件行為は,被告における懲戒の対象となり得るものというべきである。

2.2.2 本件処分の相当性について

(1)ア 上記1において認定したとおり,本件行為は男性が電車の中で5ないし6分にわたって当時14歳の被害女性の臀部及び大腿部の付近を着衣の上から触るというものであり,また,原告は,本件行為につき,略式命令を請求されるにとどまり,かつ,本件略式命令についても,罰金20万円の支払を命じられるにとどまったというのである。
以上のような本件行為の内容,態様等に加え,本件行為に対する処罰の根拠規定である本件条例8条1項2号,5条1項1号が定める法定刑が6月以下の懲役または50万円以下の罰金であること(甲16)をも併せ考えれば,本件行為のような痴漢行為が許されないものであることは当然であるものの,本件行為は,上記規定による処罰の対象となり得る行為の中でも,悪質性の比較的低い行為であるというべきである。

イ 上記争いのない事実等に記載した各事実及び上記1において認定した各事実のとおり,鉄道会社である被告は他の鉄道会社とともに本件行為の当時に痴漢行為の撲滅に向けた取組を積極的に行っていたというのである。この点にかんがみれば,一般的には,本件行為が被告の企業秩序に与える悪影響の程度は,鉄道会社以外の会社の社員が痴漢行為を行った場合に当該行為が当該会社に与える悪影響の程度に比べれば,一般的には大きくなり得るものと考えられる。
しかるに,他方,上記1において認定したとおり,本件行為ないし本件行為に係る刑事手続についてマスコミによる報道がされたことはなく,その他本件行為が社会的に周知されることはなかったというのである。また,一件記録に照らしても,本件行為に関し,被告が被告の社外から苦情を受けたといった事実を認めるに足りる証拠も見当たらない。以上にかんがみれば,本件行為が被告の企業秩序に対して与えた具体的な悪影響の程度は,大きなものではなかったというべきである。

ウ さらには,上記1において認定したとおり,原告の被告における勤務態度に問題はなく,また,原告は被告から本件処分の以前に懲戒処分を受けたことはなかったというのである。また,上記1において認定したとおり,原告は本件行為を行った後にC弁護士に依頼して被害女性との間で示談を成立させようと試みたが,被害女性の母親が上記示談に反対したこともあり上記示談は成立に至らなかったというのである。

エ 以上を合わせ考えれば,上述の,被告が他の鉄道会社とともに本件行為の当時に痴漢行為の撲滅に向けた取組を積極的に行っていた,原告が本件事故の当時駅係員として勤務していた,といった各点を考慮しても,なお,本件行為に係る懲戒処分として,諭旨解雇という原告の被告における身分を失わせる処分をもって臨むことは,重きに失するといわざるを得ない。

オ この点,被告は,本件処分は被告における同種事例との関係で公平性に反するところもない旨を指摘する。
しかるに,証拠(乙33,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件行為のような痴漢行為をした被告の従業員に対する懲戒処分を決定するに際しては,当該従業員が当該痴漢行為について起訴(略式命令が請求される場合を含む。)されたかどうかだけを基準とし,この際,当該痴漢行為の具体的な態様や悪質性,当該従業員の地位,当該従業員が当該痴漢行為について隠ぺい工作をしようとしたかどうか,当該従業員の日ごろの勤務態度については考慮の対象とはしておらず,本件処分を始め,被告における痴漢行為に係る懲戒処分は,いずれも,上記基準に基づいて決定されていたとの事実が認められる。
上述のような決定の方法は,従業員に対する懲戒処分という従業員の権利,利益に重大な影響を及ぼす処分の内容を決定する方法としては不合理にすぎるといわざるを得ない。したがって,本件処分につき,被告において上述のような方法で行われてきた過去の懲戒処分の例との関係での公平性を検討することには,有意の意味があるとはいい難い。
以上の検討に照らせば,本件処分の相当性を判断するに際し,被告の上記指摘の点を被告に有利にしんしゃくすることは相当ではないというべきである。
かえって,本件処分が上述のような決定方法に従って行われたことは,本件処分の相当性に疑義を生じさせる事情であるというべきである。

(2)ア 以上に加え,上記1において認定した各事実に加え当事者間に争いのない事実及び証拠(甲17,乙32,33,証人A,証人D,原告本人)によれば,以下の各事実が認められる。

(ア) 被告の営業部長は,被告の人事部長に対し,平成26年3月17日,本件行為に係る処置を懲戒委員会に付託する旨が記載された懲戒委員会への付託についてと題する文書を提出し,被告の人事部は,同委員会に,同年4月23日,本件行為を付託し,同委員会は,同月25日に開催され,同委員会は,原告の本件行為に関し,原告を諭旨解雇処分にする旨を決定した。

(イ) 原告は,被告から,上記(ア)の各事実が行われること,ないしはこれらが行われていることを知らされていなかった。また,原告は,被告から,上記(ア)の期間中,本件行為に係る弁明の機会を与えられなかった。

イ 上記アにおいて認定した各事実に照らせば,原告に対する本件行為に係る懲戒手続は,上記平成26年3月17日ころから具体的に進行するようになったものというべきであり,かつ,原告は,本件行為に係る具体的な手続が進行している最中には,当該手続が進行していることを知らされず,かつ,本件行為に係る処分について弁明をする機会を与えられていなかったものというべきである。
このように,原告が本件において原告に対する処分が決定する具体的な手続が進行していることを知らされず,このような中で原告が同手続において弁明の機会を与えられなかったことについては,本件処分に至る手続に不適切ないし不十分な点があったものといわざるを得ない。
この点に,上記(1)アないしエに記載したとおり,本件行為は原告を諭旨解雇処分とするに十分な事実とはいい難いことを合わせ考えれば,本件処分の手続の相当性には看過し難い疑義があるものというべきである。

ウ(ア) 以上に関し,被告は,原告は被告から説明を受けなくても被告における手続上処罰を受けることはわかっていたのであり,少なくとも原告が所属する被告の営業部からの事情聴取を受け,手続が進むにつれ,原告が懲戒処分を受けることを十分認識していた旨を指摘する。
また,被告は,原告が懲戒されるとの認識を有しつつ原告は原告が所属していた営業部から本件行為に係る事情聴取を受けるなど,原告自らの意見を述べる機会を複数回有していたこと,原告は被告に対して本件顛末書や本件始末書を提出したこと,を指摘する。さらには,被告は,原告はC弁護士が作成した本件書面を提出した点を指摘する。

(イ)a しかし,一件記録に照らしても,原告が,本件行為の後被告から本件処分を受けるまでの間に,被告が本件行為に関して原告に懲戒処分を行うかどうかを検討し,ひいては,被告がこのための手続を行っていたことを具体的に認識していたといった事実を認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。
この点,原告は,上記期間中,C弁護士から,原告が被告に対してC弁護士と被告との面談について連絡をするよう依頼され,平成26年2月6日以降,被告にこの旨を数次にわたって連絡し,また,本件書面を送付することについてC弁護士から説明を受け,同月24日には,被告に上記送付について連絡をしている(乙32,証人A,原告本人)。しかし,これらの事実から,原告が本件行為に関し何らかの処分を受けるかもしれないといった抽象的な認識を有するに至ることはうかがえるとしても,これらの事実のみをもって,原告が上記期間中に上述のような具体的な認識を有していたと認めることは困難である。かえって,原告は,その尋問において,原告は,本件行為に関して何らかの処分は受けるのではないかと考えていたが,それが解雇ひいては懲戒処分であるとは認識していなかった旨を供述している(原告本人)。

b また,上記1において認定したとおり,原告は原告が所属していた営業部から本件行為に係る事情聴取を受ける中で原告が本件行為を行っていない旨を複数回にわたって述べ,原告は被告に対して本件顛末書や本件始末書を提出し,また,C弁護士が作成した本件書面が被告に提出された,というのである。
他方,上記1において認定した各事実に照らせば,上記各事実はいずれも上記平成26年3月17日よりも前に生じたものであることが認められる。加えて,自らに対する懲戒手続が進行している最中であることを具体的に認識して行う弁明と,これを具体的に認識しないで行う弁明とでは,弁明を行う者の対応等にもおのずと差違が生じ得るものというべきであるところ,原告が上記各事実が生じた当時にも上述のような認識を有していたとは認められないことは,上記aにおいて検討したとおりである。以上にかんがみれば,原告の指摘する上記事実をもって,原告に対する本件行為に係る弁明の機会が十分に与えられていたとはいい難い。

c さらには,当事者間に争いのない事実及び上記1において認定した各事実に照らせば,本件書面は,上記懲戒手続における資料とはされていなかったとの事実が認められる。

(ウ) 以上に照らせば,被告の指摘する上記(ア)の各点によって,上記イにおける判断が左右されることはないものというべきである。

(3) 上記(1),(2)における認定ないし検討に照らせば,本件処分は,本件行為を懲戒事由とするものとしては重きに失し,また,本件処分に関する手続の相当性にも看過し難い疑義が残るものというべきである。この点に,上記(1)オの本件処分の決定方法の不合理性をも合わせ考えれば,本件処分は,社会通念上相当性を欠くものというべきである。
したがって,本件処分は社会通念上相当であると認められない場合(労働契約法15条)に当たり,本件処分は被告において懲戒権を濫用したものとして無効であるというべきである。

5 上述のとおり,本件処分は無効であるから,原告は,被告に対し,被告が原告に対して本件処分をした平成26年4月25日以降も,本件契約上の権利を有する地位にある。また,上述の認定ないし検討に照らせば,原告が同日以降被告で就労していなかったとしても,これは被告の責めに帰すべき事由によるものというべきであるしたがって,原告は,被告に対し,本件契約に基づき,同日以降の賃金の支払を請求することができる。
上記争いのない事実等に記載したとおり,原告は被告から平成25年に給与及び賞与として合計552万0854円を受給していたというのである。そして,弁論の全趣旨によれば,原告は被告から同年に110万円の賞与を得ていたことが認められる。そうすると,原告は,被告から,本件契約に基づき,上記552万0854円から上記110万円を差し引いた442万0854円を12で除した36万8404円を,毎月の給与として受領することができたものというべきである。

 

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