降格_減給

5分で分かる!降格を理由に賃金減額(カット)する方法

社長
当社の第一営業部の部長Xは、5年前より現職にあるのですが、同営業部の営業成績は2期連続下降が続いています。部下の指導にも問題があり、ハラスメント申告も度々なされています。執行役員より何度か指導しているのですが改善されず、直近2期の人事評価もD評価(6段階中下から2番目)となっています。そこで、降格により賃金額を引き下げたいと思いますが、可能でしょうか?
弁護士吉村雄二郎
降格を理由に賃金を減額するためには、①労働者の同意または②就業規則上の明確な根拠規定が必要となります。①労働者の同意による場合は、単に同意書にサインをもらうだけではなく、降格及び減給せざるを得なかった事情が存在することも必要となります。②就業規則や給与規程に根拠がある場合は,人事権に基づいて降格が可能となりますが,人事権の濫用にならないことが要件となります。濫用になるか否かは、降格事由の存否,公正な評価の有無,不利益の程度,労働者への説明の有無などが考慮されます。

降格とは?

降格の説明

降格とは,一般に職能資格制度における資格や職務等級制度における等級を引き下げることや,職位や役職を引き下げることを意味します。

降格は,大きくは(1)懲戒処分としての降格(2)人事権行使としての降格(3)合意・同意に基づく降格の3つに分けることが出来ます。

(1)懲戒処分としての降格は,企業秩序を乱した労働者に対する制裁として行う不利益措置(制裁罰)であり,懲戒事由に該当する場面に限られます。また,懲戒処分については、懲戒権濫用法理という厳格な法規制を受けます(労働契約法15条)。

これに対し,(2)人事権行使としての降格は,企業の人事権に基づき,業務上の必要性がある場合に,企業に認められた広い裁量の下に行うことができます。懲戒処分の様な厳格な法規制を受けることもありません。

そして,(2)人事権行使としての降格は,①職位や役職の引き下げとしての降格(降職)、②職能資格の引き下げとしての降格、③職務等級・役割等級の引き下げとしての降格(降級)に分けることができます。

以上は、会社の一方的な権限行使としての降格ですが、(3)労働者の合意や同意を得て降格を行うことも可能です。ただし、合意や同意を得れば有効という訳ではなく、特に賃金の減額を伴う降格の場合は労働者が自由な意思に基づいて合意や同意をする合理的理由が客観的に存在したかが問われます。

本記事では、(2)人事権行使としての降格、(3)労働者の合意や同意を得て行う降格について、解説します。

参考記事

>>「(1)懲戒権行使としての降格」の解説はこちら

職位や役職の引き下げとしての降格

意味(定義)

職位や役職の引き下げとしての降格とは,

例えば,
「部長から課長への職位(役職)の引き下げ」(降職)
「主任の職位を解き平社員とする」(解職)
などを意味します。

本ページでは、以下、職位や役職の引き下げとしての降格を、「降職」と呼んでいきます。

降職に就業規則上の根拠は不要

降職は,就業規則にとくに規定していなくても、人事権(労務指揮権)を行使として、使用者にて一方的に決定することができます。

その権限の行使は,経営の中枢を担う人材(管理職)の配置という高度な経営判断を要する事項であるため,企業の広範な裁量が認められているからです。

たとえば,①従業員の職務遂行能力の不足,②リーダーシップやコミュニケーション能力など役職者としての適格性の欠如, あるいは③役職ポストの廃止などを理由としても降格することができます。

裁判例
「役職者の任免は,使用者の人事権に属する事項であって使用者の自由裁量に委ねられており裁量の範囲を逸脱することがない限りその効力が否定されることはないと解するのが相当である」(エクイタブル生命保険事件 東京地決平2.4.27労判565‐79)と説示しており,役職を引き下げる降格についてとくに規定の必要性は問題とせず,使用者に広範な裁量権が認められています。なお,非管理職の昇進・降格についての使用者の裁量の範囲は,管理職の昇進・降格のそれと比較して狭く解釈すべきとする裁判例(近鉄百貨店事件 大阪地判平11. 920労判778-73)がありますので,非管理職の役職や職位の引下げにあたってはこの点に留意する必要があります。

もっとも、上記のように就業規則上の根拠や労働者の同意なくして、職位や役職の引き下げとしての降格は可能ではありますが、トラブル防止の観点からは、以下のような就業規則上の根拠規定を置くことをお勧めします。

第○条(解職)
会社は従業員に対し業務上の必要性がある場合、その職位を解任(解職)することがある。

賃金を減額するには就業規則上の根拠が必要

降職に伴い、役職や職位に紐付いて定められている役職手当や職位手当の減額、さらには基本給の減額となる場合があります。

このように降職に伴い賃金を一方的に減額する場合は、賃金減額に関する就業規則上の根拠規定が必要です。

役職手当・職位手当の減額

役職手当について、各企業の賃金規程(周知された就業規則) において、役職ごとの役職手当額が具体的な金額をもって明示されているのであれば、役職・職位の降職により管理職手当額・役職手当額を減額する就業規則上の根拠があると認められます。

例えば、以下のような規定が賃金規程に定められていれば、降職により当該役職や職位が変わった場合は、役職手当の金額も変更または不支給とすることができます。

第○条(役職手当)
1 役職手当は、各役職につき月額次のとおりとし、当該役職に就く従業員に支給する。
(1) 本部長  100,000円
(2) 部長   80,000円
(3) 課長   60,000円
(4) 係長  40,000円
(5) 主任  20,000円
2 部長以上の役職にある者に支給する役職手当には、その金額のうち30,000円を深夜割増賃金として支給する。

基本給の減額

降職に伴い、役職手当のみならず、基本給も減額する場合があります。

その場合、基本給を一方的に減額する場合は、賃金減額に関する就業規則上の根拠規定が必要です。

最低でも、役職・職位と職能資格の対応関係が就業規則において明確化されていることが必要となります。

第○条(解職)
1 会社は従業員に対し業務上の必要性がある場合、その職位を解任(解職)することがある。
2 前項の解職に伴い、職能資格制度規程の「等級表」に基づき、職能資格等級を引き下げる(降格・降級) ことがある。
3 前2項の場合、賃金規程に基づき職位(役職)手当及び基本給が変動する。

役職・職位が限定されている場合

個別の労働契約において役職・職位を限定して雇用された労働者は、その限定の範囲を超えた降職を使用者が一方的に命じることはできません。

もっとも、日本型長期雇用システムの下で役職・職位の限定が認められるのは、極めて限定的なケースとなります。

特定の役職・職位に就くことを前提に中途採用された場合であっても、公募による募集・採用であって、当該役職・職位がいわゆる中間管理職としての役職・職位にとどまっており、あくまで当該企業の正社員に関する人事処遇制度・賃金制度の枠組みが適用されることを前提に採用されているといったケースでは、役職・職位限定が限定された採用とは認定され難いと思われます。

役職・職位の限定を否定した裁判例
精電舎電子工業事件(東京地裁平18.7.14判決労判922-34)、ELCジャパン事件(東京地裁令2.12.18判決)、学校法人聖望学園ほか事件(東京地裁平21.4.27判決労判986-28)。
役職・職位の限定を認めた裁判例
フォード自動車(日本)事件(東京高裁昭59.3.30判決労判437-41)

濫用した場合は無効となる

職位の引き下げとしての降格は企業に広い裁量が認められますが,人事権を濫用することは認められません(労契法3条5項)。

人事権濫用の判断は,以下の要素を総合して行われます(バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件・東京地判平成7・12・4労判685号17頁。東京都自動車整備振興会事件・東京高判平成21・11・4労判996号13頁,秋本製作所事件・千葉地松戸支判平成25・3・29労判1078号48頁等)。

①業務上・組織上の必要性の有無・程度
②労働者の能力・適性等の欠如等(労働者側の帰責性の有無・程度)
③労働者が被る不利益(経済的不利益(賃金減額の額及び割合)が重要)、降格先のポストとの適合性
④当該企業における昇進・降職の運用状況

①業務上・組織上の必要性は,能力・適性不足や非違行為を理由に使用者が当該ポストに不適格と判断したことの相当性(具体的には,使用者が設定した降格基準の合理性とその適用の相当性)が問題となります。

一般的に,管理職としての能力や適格性が欠如していることにより業務に支障が生じたり企業秩序が混乱していれば,業務上の必要性も含めて, 当該降格が使用者の裁量の範囲内のものであると認められやすくなります。

能力・適性の有無の評価については、使用者に広い裁量が認められていますので、評価項目が著しく不合理であるという事情がない限り,使用者は自ら定めた評価項目によって役職者の適格性を判断し、それに基づいて降格を決定して問題ありません(エクイタブル生命保険事件 東京地決平2.4.27労判565-79)。

弁護士吉村雄二郎
管理職の職位に求められる職務内容や基準を定義し、定期的な人事評価を記録しておくことが重要です。人事評価制度が整備されていることが重要となってきます。

③労働者が被る不利益や降格先のポストとの適合性は、賃金・労働条件の不利益変更の程度や,労働者のキャリア・適性・名誉感情への配慮がポイントとなります。

賃金減額については,職位の引下げによって、役職手当が減額されることについては、人事権の濫用に直結しないと解されています。

原則として,労働者が役職を外れれば,仕事内容のほか業務における責任の程度も軽くなることから, それにともなって役職手当を含む賃金が下がるという限りでは,労働者の受ける不利益はそれほど大きくはないと考えられるからです。

ただし,業務上の必要性や労働者の帰責性との比較で,労働者の受ける不利益として,役職や職位の引下げの程度, その場合における賃金の減額度合などが問題となってきます。

また、恣意的な降格や嫌がらせ目的の降格,退職勧奨目的の降格は,業務上の必要性が否定され人事権濫用(無効)と評価されます。

弁護士吉村雄二郎
退職勧奨を行った直後に、賃金の大幅カットを伴う降職をするような場合は、退職勧奨目的であったとの推定が働くことが多いので注意してください。退職勧奨を行うのであれば、降職をした後に行った方がよい場合が多いです。
裁判例
○予定表の紛失を理由として婦長から平看護婦に降格した事案について、予定表の紛失が一過性のもので, 原告の管理職としての能力・適性を全く否定するものとは断じ難いこと,勤務表紛失によって被告に具体的な損害は全く発生していないなどの事情を総合考慮して.婦長から平看護婦に2段階降格しなければならないほどの業務上の必要性があるとはいえないとして. 当該降格を使用者の裁量判断を逸脱するものとして無効と判断した(医療法人財団東京厚生会〔大森記念病院〕事件東京地判平9 .11.18労判728-36)。
○赤字基調にあった銀行が,部門の強化と合理化,行員の能力開発などの新経営方針を打ち出したところ, 当該方針に消極的な管理職に対する降格を有効とした(バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件 東京地判平7 .12.4労判685-17)。

資格の引き下げとしての降格

意味(定義)

職能資格制度における資格の引下げとしての降格は,職能資格と結びついた基本給(職能給)を引き下げる人事を意味します。

労働者の同意又は就業規則上の根拠が必要

職能資格制度における資格の引き下げは,契約内容の変更を意味するので,使用者の一方的降格命令は許されず,労働者の同意または就業規則上の明確な根拠規定が必要となります。

根拠を欠く降格は無効となります(アーク証券事件・東京地決平成8・12・11労判711号57頁)。

職能資格制度における降格について定める就業規則条項に関しては、大前提として、職能資格の定義と対応する賃金額の定めが就業規則化されていることが必要です。

さらには、例えば、人事考課(査定)による職能資格の降格であれば、人事考課(査定) 制度の大枠(評価期間、大まかな評価項目・評価基準、評価権者・評価手続き、最終的な評価標語(SABCDEなど)の決定ルール等)、評価標語と降格の対応関係(例えば、「2年連続D評価以下であれば降格対象となる」等) 、最終的な降格の決定プロセス(例えば、「降格審査委員会において現職能資格に求められる職務遂行能力を欠くと判定された場合に降格となる」等)について就業規則化するとともに、降格による賃金減額が多額に及ぶ場合には、激変緩和に関する条項についても就業規則化を検討することが望ましいといえます。

就業規則に以下のような規定を定めてください。

就業規則 降格の根拠規定

第○条(降格)
1 会社は,従業員に対し,業務上の必要性がある場合,別に定める人事評価規程により、職能資格制度上の資格・等級を引き下げる(降格・降級) ことがある。
2 前項により資格・等級を引き下げた場合は、賃金規程に基づき基本給(職能給)が変動するものとする。

賃金規程

第○条(基本給)
基本給は、従業員の業務遂行能力に応じて別表「職能給表」の等級に基づいて定める額とする。

人事評価規程

人事考課(査定) 制度の大枠(評価期間、大まかな評価項目・評価基準、評価権者・評価手続き、最終的な評価標語(SABCDEなど)の決定ルール等)、評価標語と降格の対応関係(例えば、「2年連続D評価以下であれば降格対象となる」等) 、最終的な降格の決定プロセス(例えば、「降格審査委員会において現職能資格に求められる職務遂行能力を欠くと判定された場合に降格となる」等)などについて規定します。

濫用した場合は無効となる

就業規則や給与規程に根拠がある場合,人事権に基づく降格が可能となります。ただし,人事権を濫用と認められる場合は無効となります。

特に,資格の引き下げとしての降格の場合は,基本給の引下げという労働条件不利益変更の性格を有する為,降格事由該当性が厳格に判断されます。

具体的には、以下のような要素を総合考慮して濫用か否かが判断されます。

  1. 使用者側における業務上・組織上の必要性の有無・程度
  2. 能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無およびその程度
  3. 労働者の受ける不利益の性質およびその程度(
  4. 適正手続(弁明機会の付与)

降格が労働契約違反または人事権濫用として無効となる場合は,降格前の資格にあることの確認請求や差額賃金請求が認められます。事案に応じて不法行為(民709条)も成立しえます。

同意・合意による降職・降格

上記で説明した役職・職位のダウンや資格・等級のダウンは、使用者の一方的な人事権行使によって行われる場合についてのものでした。

もっとも、人事権行使による一方的な降職・降格のほか、労働者の同意により行う降職・降格も可能です。

一方的な降職・降格よりは、同意による降職・降格の方が一般的には有効となる可能性が高いといえ、トラブルに発展するケースも少ない傾向にあります。

ただし、同意さえ得れば常に有効という訳ではありません

降職・降格は、労働者にとって不利益な労働条件変更になりますので、裁判所では、同意の認定について慎重に行われます。

特に賃金に関する不利益な変更を伴う場合は、山梨県民信用組合事件最高裁判決(最高裁二小平28.2.19判決労判1136号6ページ)の影響を受け、「当該同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要」との判断を示す裁判例(Chubb損害保険事件 東京地裁平29.5.31判決労判1166-42)がありますので注意が必要です。

具体的なポイントは次のとおりです。

  1. 降格の理由を明確に示すこと(本人と面談し、口頭でも説明すること ※要録音)
  2. 降格により生ずる等級や賃金の変更について明確に示すこと
  3. 降格により賃金の減額幅が大きい場合(特に基本給・職能給について)、減額幅が10~20%を超える部分について、一定期間(1年以上)、激変緩和の意味で調整手当等の名目で支給すること(必須ではないが、付けた方がベター)

具体的には、以下のような人事異動辞令(同意書一体型)を交付して、同意を取得します。

人事異動辞令

○年○月○日

○○ ○○ 殿

株式会社○○○○
代表取締役 ○○○○

 貴殿に対し,当社人事権に基づき,下記理由により,○年○月○日付で,営業部部長職を解き,営業課長を命じます。また,職能資格制度上の資格・等級を変更します。これに伴い,同日付で,下記のとおり賃金が変更となります。

【人事異動の理由】
1 直近2期の定期人事評価がD評価であること
2 現在格付されている等級の職能基準に比べ能力が低下したため
3 ○年○月○日、職務規律(就業規則○条○項)違反があった
4 貴殿より降格の申出があったため
【職能資格制度上の等級の変更】
○等級 → ○等級
【賃金の変更】

旧賃金新賃金
基本給○○円○○円
職能手当○○円○○円
役職手当○○円○○円
○手当○○円○○円
調整手当○○円○○円
合計○○円○○円

※調整手当は,賃金減額の不利益性を緩和する措置として,○年○月から○年○月までの期間に限り支給します。
※本辞令に不服のある者は,本日から2週間以内に,不服の理由を示して,当社人事部に対して再審査を申し立てることができます。申立後,再審査の上,判断を行いますが,同判断に対しては不服申立をすることはできません。


同意書

○年○月○日

上記人事異動辞令につき具体的に説明を受け,理解をした上で,異議はないものとして同意します。

氏名                    ㊞

降格の進め方

1 事実関係及び証拠の確認

まずは,以下の事実及び証拠を確認する必要があります。

降格の労働契約上の根拠

【証拠】
□ 就業規則
□ 給与規程
□ 降格規程

労働者の同意

【証拠】
□ 降格の同意書

降格事由該当に関する事実

【証拠】
□ 人事評価記録(低評価)
□ 懲戒処分通知書
□ 始末書
□ 注意指導書
□ ミスに関する顛末書

降格の弁明機会

【証拠】
□ 弁明書
□ 人事面談記録(音声録音)
□ 始末書
□ 注意指導書
□ ミスに関する顛末書

2 降格の実行

降格辞令を作成の上,降格を実行します。

降格辞令には,降格の理由,降格後の職位・資格等級,賃金等を明記します。フォーマットは上記同意による降格のフォーマット「人事異動辞令」をご参照ください。

できるだけ,降格辞令への同意書に署名捺印をしてもらいます。

同意書にサインが貰えない場合は、無理に同意を貰わずに、人事異動辞令を交付してください。

おわりに

以上、お分かり頂けましたでしょうか。

降格により賃金が大幅に減額となるような場合、退職勧奨をした後に降格を行うような場合、労働者より降格の無効を争われるリスクがあります。

必ず降格の法的リスク及び回避方法をアドバイスできる専門家(弁護士・社労士)に事前に相談頂きながら実行してください。

当事務所では、この種の相談に迅速に対応する弁護士顧問・社労士顧問の提供しています。ご興味のある企業様は当サイトよりお問合せください。

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