賃金を外貨で支払う方法

【5分で分かる】賃金を外貨で支払う方法

賃金の一部またはすべてを外貨で支払う方法について、労働問題専門の弁護士が分かりやすく解説します。

社長
当社には外国籍の社員も多く、賃金をドル建てで支払うことを求められるケースが増えてきました。可能な限り対応したいのですが、そもそも賃金を外貨で支払うことは可能でしょうか。また、可能な場合、どのような手順を踏めば労基法24条における賃金の通貨払い原則の違反とならないか、ご教示ください。
弁護士吉村雄二郎
労働協約または合理的な条件下での労働者の同意により賃金を外貨で支払うことは可能です

賃金の通貨払いの原則

通貨払いの原則

労働基準法(以下、労基法)24条1項は「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と規定し、賃金は通貨で支払わなければならないという、いわゆる通貨払いの原則を定めています。

このような原則を設けた趣旨は、貨幣経済の支配する社会において、最も有利な交換手段である通貨による賃金支払いを使用者に義務づけることにより、価格が不明瞭で、換価にも不便であるといった弊害を招くおそれの多い現物給与等を禁止することにあります。

「通貨」とは

では、外貨も通貨である以上、労基法24条1項の「通貨」に含まれるのでしょうか。

ここでいう「通貨」は、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」において定義されています(2条3項)。

同法によれば、「通貨」とは、日本国において強制通用力のある貨幣および日本銀行が発行する銀行券を意味し、外貨は「通貨」に含まれません

したがって、労基法24条1項の通貨払いの原則により、賃金は日本円で支払う必要があります

これは国内で雇った外国籍の社員であっても労基法が適用されます。

そのため、外貨で賃金を支払うことは、賃金の通貨払いの原則に違反することとなります。

ただし、経済のグローバル化により国内企業が外国人労働者を雇用する機会が増加しています。そのような状況下では、賃金の通貨払いの原則を硬直的に解釈し、外貨での支払いを一律に禁止することは妥当でないように思われます。

そこで、例外的に許容される場合はないかが問題となります。

労働協約による方法

通貨払いの例外

労基法24条1項ただし書きは、通貨払いの例外を定めています。

すなわち、①法令もしくは②労働協約に別段の定めがある場合、または③厚生労働省令で定める賃金について確実な支払いの方法で厚生労働省令が定めるものによる場合に、通貨以外のもので支払うことを認めています。

このうち、①の例外を認めた法令はありません。また、③の省令では、労働者の同意等を条件に、賃金の口座振り込みと退職金の自己宛て小切手等による支払い等が適法とされていますが(労基則7条の2)、外貨を例外として認めてはいません。

このため、現時点では、法律的に②の労働協約で定める方法により外貨での支払いが認められることになります。

労働協約の有効要件と範囲

労働協約は、労働組合法の労働協約のみをいい、労働者の過半数を代表する者との協定は含まれません。

また、通貨払いの原則の免除の効力は、当該組合の組合員にのみ及ぶと解されています(昭63.3.14 基発150、婦発47)。なお、多数組合との協定であることは要しません。

この結果、労働組合が存在しない会社は、そもそも労働協約を締結することができず、労働協約に定める方法で外貨で賃金を支払うことはできません。

また、労働組合が存在し、労働協約を締結したとしても、非組合員には適用できません。従って、非組合員に対しては、労働協約に定める方法で外貨で賃金を支払うことはできません。

3.労使合意による方法

労使合意と通貨払いの原則

そこで、労働協約ではなく、労使の合意によって外貨で賃金を支払うことができないかが問題となります。

法律上は、前記のとおり通貨払いの原則の例外は労働組合との労働協約の方法しか認めておらず、労使の合意によって賃金を外貨で支払う方法は認められておりません。しかし、明示的に禁止もされていません。

もう一度、通貨払いの原則の趣旨を検討してみましょう。

通貨払いの原則の趣旨は、価格が不明瞭で換価にも不便である現物給与等を禁止し、生活の基盤である賃金を労働者に確実に受領させることにあります。労基法が定められる前の我が国では、会社が余った在庫品(賃金より価値が低い又は換金することが困難)を従業員に交付し、無理矢理賃金に充当させていたという歴史があり、それを禁止することに狙いがありました。

しかし、国際金融が高度に発達した現代においては、外貨は客観的な交換価値といえ、それを労働者が希望した場合に日本円に代えて支払うことは、通貨払いの原則の趣旨に違反しないと考えられます。

外国籍の社員が外貨で賃金の支払いを受けることには、賃金を本国へ送金する場合に便利であるといった合理的な理由が認められます。

また、国際金融が自由化され外国為替取引が普及している状況下では、外貨であっても、基準となる為替レートの基準時を事前に明確に定めることにより、交換価値を明確化することが可能であり、換価の不都合なども通常はありません。

したがって、使用者が労働者の自由な意思による同意を得て賃金を外貨で支払うことは、当該同意をすることに合理的な理由が客観的に存在する限り、通貨払いの原則に反するものではなく、有効であると解釈することも可能であると考えます。

参考裁判例(リーマン・ブラザーズ証券事件)

従業員と会社の間で株式褒賞を支払う旨の合意がなされていたところ、従業員側が、これは賃金を通貨に代えて株式で現物支給するものであり労基法24条の通貨払いの原則に反して無効であると主張して、株式褒賞相当額の現金支払いを請求した事件です。

裁判所は、労働者が自由な意思に基づいて合意されたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在する場合には通貨払いの原則に反しないとして、従業員の主張を認めませんでした(リーマン・ブラザーズ証券事件 東京地裁 平24.4.10判決 労判1055号8ページ)。

この裁判例からすると、労働協約がない場合でも、外貨による給与支払いについて従業員から自由な意思に基づく合意を個別に得られれば、通貨払いの原則の例外として認められると解することができます。

労使合意により賃金を外貨で支払う方法

労働協約や従業員の自由な意思による合意に基づいて賃金をドル建てで支払うことは可能と解されますが、賃金の通貨払いの原則の趣旨からは、

  1. 外貨払いを希望する労働者の申請に基づくこと
  2. 外貨による支払いは賃金・賞与の一部に限ること
  3. 日本円での賃金額の確定時期、外貨へ換算する場合の為替レート・基準時をあらかじめ確定すること
  4. 労働者の申請により外貨での支払いを中止できること

という点に留意して下さい。

 

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