義務的団交事項

使用者必見!団体交渉に応ずる範囲(義務的団交事項)

社長
当社では, 労働条件に関する事項については, もちろん交渉に応じています。しかし,例えば,会社の経営方針,組織変更などについて団体交渉申入れがあった場合,使用者はこれに応ずる義務があるでしょうか。
弁護士吉村雄二郎
会社の経営方針,組織変更等が労働者の労働条件に関する事項に全くかかわりをもたないものであるとすれば,不当労働行為制度をもって団体交渉応諾を強制される意味での団体交渉の対象事項とは考えられません。一方,経営方針,組織変更等が労働者の労働条件に関する事項とかかわりがあり,それに影響を来すものである場合に,労働組合がその労働条件に関する事項について団体交渉の申入れをしてきたときには,会社は,その事項は会社の経営方針,組織変更等の経営権事項の処理によって影響を受けるにすぎないものであるとの理由のみで交渉を拒否することはできません。

 

問題の所在

法律上の明確な定めはない

労働組合法(以下「労組法」)は、団体交渉の対象事項の範囲については明確な規定を設けていません。

このため,使用者が労働組合から団体交渉を要求された場合,どのような事項について団体交渉を応諾すべきであるのかが問題となります。

使用者が任意に応ずる限り団体交渉の議題となる

上記のとおり労組法上は団体交渉の範囲について明確な定めを置いていません。そのため、労働組合であれば、ありとあらゆる事項について使用者に対し団体交渉を申し入れることができます。

そして、どのような内容であっても、使用者がそれに応ずる限り団体交渉の議題となります。

しかし、使用者としては、労働組合からのありとあらゆる事項について団体交渉を求められるなんてたまったものではない、応じないで済むのであれば出来るだけ応じたくない(関わりたくない)と考えるのが普通です。

義務的団交事項の範囲が重要

ただ、使用者が団体交渉を正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止しています(第7条第2号)。

不当労働行為となった場合は、会社にはデメリットがあります。

そこで、使用者が団体交渉に応じなければ不当労働行為(労組法7条2号)が成立し、労働委員会の救済命令によって団体交渉が義務づけられる事
項の範囲が問題となります。この不当労働行為制度をもって団体交渉の応諾を強制される意味の団体交渉の対象事項は「義務的団交事項」と呼ばれています。

義務的団交事項については、これに応じない場合は不当労働行為になります。

これに対して、義務的団交事項に該当しない場合は、これに応じなくとも不当労働行為にはなりません。すなわち、使用者としては、義務的団交事項に該当しないのであれば、それに対する団体交渉を拒否しても問題ないのです。

では、具体的にいかなる事項が義務的団交事項となるのかについて見ていきましょう。

義務的団交事項の範囲

一般的な定義

義務的交渉事項は,「組合員である労働者の労働条件その他の待遇や当該団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なもの」(菅野和夫「労働法[12版]」901頁弘文堂2019年11月)と一般的に定義されています。

ただ、これは一般的な定義に過ぎませんので、具体的に見ていきましょう。

労働者の労働条件その他の待遇

賃金

月給、一時金、基本給、各種手当、残業代、賞与、退職金、昇級・降級、ベースアップ、休業手当、賃金カット、企業年金 等

弁護士吉村雄二郎
最近では労働者が組合に加入して残業代を求めるケースが批評に増えています。また、新型コロナウイルスやインフルエンザ、地震や台風による大規模災害の場合に、休業した際の休業手当の有無や金額についても争われることが増えています。

労働時間

労働時間の設定、休憩、時間外労働の有無や範囲、労働時間の管理方法 等

配置転換

配転の必要性・人選の合理性・配転による不利益の緩和・不当な目的での配転等

懲戒

懲戒事由・懲戒手続の設定、具体的な懲戒処分の効力等

解雇

解雇事由・解雇手続の設定、具体的な解雇処分の効力等

雇止め

雇止め事由・雇止め手続の設定、具体的な雇止めの効力等

人事考課

人事考課基準・人事考課手続の設定、人事考課結果など。特に年俸制、業績賞与、職務等級制、役割等級制など、評価に大きく依存する賃金・人事制度における評価の基準、枠組など(日本アイ・ビー・エム事件一東京地判平14. 2.27労判830号66頁 具体的な賃金請求等の要求を伴わない賃金制度の公開、資料提示の要求も義務的団交事項に該当するとした)

安全性

安全衛生の管理体制、具体的事象への対応等

補償

労災補償等

教育訓練・福利厚生・職場環境

教育訓練費用の負担、福利厚生施設の利用、冷房施設等の職場環境の改善

弁護士吉村雄二郎

最近では、ハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)を契機としてユニオンを通じで団体交渉を求める事例が増えています。ハラスメントはユニオン加入の大きなきっかけになるのです。

業務内容等

労働の内容・密度・方法・場所・環境も原則として労働条件となるが、日常的な軽微なことがらで、その性質上使用者の労務指揮権に委ねられているものは、労働条件でなく、義務的団交事項でないといえる場合があります(モービル石油事件[業務変更等]東京地判平成22.11.29)。

弁護士吉村雄二郎
以上の労働条件その他の待遇は、組合員共通の労働条件等の問題のみならず、特定の従業員の個人的な問題であっても、原則として、義務的団交事項となります。例外として考えられるのは、社内組合との間の労働協約で組合員の個人的な問題に関しては、団体交渉とは別の苦情処理手続において解決するものと定められており、かつ、それが十分に機能している場合などには、苦情処理手続によって解決することを理由に使用者が団体交渉の申入れを拒絶することは「正当な理由」(労組法7条2号)があると考えられます。

当該団体的労使関係の運営に関する事項

ユニオン・ショップ、チェック・オフその他組合活動に関する便宜供与やそのルール、団体交渉の手続やルール、労使協議手続、労働協約の締結手続、争議行為に関する手続やルール、組合員の範囲など

経営事項・生産に関する事項

新機械の導入、設備の更新、生産の方法、工場事務所の移転、経営者・上級管理者の人事、事業譲渡、会社組織の変更、業務の下請化などの経営事項や生産に関する事項は、基本的には義務的団交事項には該当しません。

「労働者の労働条件その他の待遇や当該団体的労使関係の運営に関する事項」に該当しないからです。

ところで,経営権事項が労働条件に関する事項と表裏の関係,密接不可分の関係にあって,その処理が労働条件に関する事項に影響を与えずにおかない場合があります。

この点については,経営権事項であっても,それが労働条件に関連をもつ事項である限り,経営権事項そのものも団体交渉の対象となるとする見解もみられます

しかし、このような場合においても,経営権事項そのものは団体交渉の対象とはならず,経営権事項の処理によって影響を受けることとなる労働条件に関する事項のみが団体交渉の対象となると解すべきかと思われます。

したがって,例えば,業務の一部を下請化し,それに伴い労伽者の労働条件に変更を来す場合においては,その下請化自体は経営事項であり団体交渉の対象となりません。

ただし、これに伴って生ずる労伽者の労働条件の変更の問題は団体交渉の対象となり,また,列車のダイヤ編成に伴い労働者の勤務時間等の変更を生ずる場合は,ダイヤ編成自体は団体交渉の対象とはなりませんが,これに伴う乗務員の勤務時間等の変更の問題は団体交渉の対象になると考えられます。

裁判例・命令例
大浜炭鉱事件(昭24.4.23最高裁第二小法廷判決)
労働組合が会社の鉱業所長の追放を主帳して行う争議行為も,それ自体を直接の目的とするものではなく「労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図るための必要的手段としてこれを主張する場合」には,かかる行為は必ずしも労働組合運動として正当な範囲を逸脱するものということを得ないとし義務的団交事項に該当するとした
高知新聞社事件(昭35.4.26最高裁第三小法廷判決)
新聞社の編集局次長の解雇の撤回を要求して行う争議行為も,もっぱらそれのみを目的とするものではなく,公正な人事機構を確立することにより「従業員の労働条件の改善乃至その経済的地位の向上を図るための手段として」行ったものであるとし、当該事項が団体交渉の対象となるとした
西日本新聞社事件(昭43.5.11 福岡地労委命令)
「新聞印刷に関する(下請受注)決定そのものはいわゆる経営権に属する事柄であって,組合がとやかく介入する筋合いのものではない。しかしながらそのことに附随する作業は,事の大小にかかわらず労働条件に関するものであって,特に従来になかった作業が新たに加重されることとなる本件の場合,組合が労働条件の変更であるとして団体交渉を求める限り,会社が単に経営権に属する事柄であるとし,これに応じないことは失当というべきである」

非組合員の労働条件に関する事項

労働組合は組合員の労働条件その他の待遇についての団体交渉権を有し、非組合員のそれらについては団体交渉権を有しません。

したがって、当該組合の組合員ではない管理職や非正規労働者などの労働条件は、それ自体としては義務的団交事項の範囲外となり、会社がこれを拒否したとしても不当労働行為にはなりません。

しかしながら、それら非組合員の労働条件問題が、組合員の労働条件問題と共通のないしは密接に関連する場合、または組合員の労働条件に重要な影響を与えるものである場合には、非組合員の労働条件についても義務的団交事項となる場合があります。

国・中労委(根岸病院•初任給引下げ団交拒否)事件(東京高判平19.7.31労判946号58頁)
今後新規に採用する職員の初任給引き下げを決定したことについて既存従業員により構成される労働組合より団体交渉を求められ、会社がこれを拒否したケースで、現在組合員ではない職員に関する労働条件であっても、労働者の間で入社時期の先後によって賃金ベースが異なり大幅な賃金格差があることは有形無形の影響を及ぼすおそれがあり、労働者相互間に不満や軋轢が生じて将来的に労働組合の団結力を減殺しかねないとして、義務的団
交事項に該当すると判断した例

法律の改正、政治的問題など

法制度の改正(労基法改正の反対、最低賃金の上昇など)を求めるような団交事項は、組合員の労働条件その他の待遇に関連するとはいえるものの、「使用者に処分可能なもの」ではありません。よって、義務的団交事項には該当せず、団体交渉を拒絶することができます。

会社側の対応方法

団体交渉事項の確認

まずは、労働組合がいかなる事項を団体交渉事項とするのかを確認しましょう。

通常は、労働組合が要求書において団体交渉の議題となる事項を記載していることが通常です。その記載から義務的団交事項に該当するのか否かを検討します。

もし、要求書の記載が不明確で、具体的な団体交渉の議題が分からない場合は、団体交渉や回答に応ずる前提として、具体的な団体交渉の議題を釈明させましょう(文書で釈明を求めます。)。

具体的な議題が分からないまま団体交渉に応ずる必要はありませんし、応ずるべきではありません。団体交渉当日にいきなり具体的な要求を突きつけられ、想定外の事態に会社側が動揺したり、不用意な回答をすることを避けるためです。

団体交渉に応ずる範囲を決定

具体的な団体交渉の議題が明らかになりましたら、どの範囲で団体交渉に応ずるのかを決めます。

まず、義務的団交事項に該当する事項については、団体交渉に応ずる必要がありますので、会社側の回答を準備します。

これに対して、義務的団交事項に該当しない場合は、まずは義務的団交事項に該当しないことを理由に回答を拒否します。

通常は、労働組合の要求全てが義務的団交事項に該当しないことはなく、あっても、一部の議題が義務的団交事項に該当しない場合が多いです。

そのため、義務的団交事項に該当しない一部の要求については、例えば「経営事項に該当するので回答を拒否する」旨の回答をして組合側の反応を見ます。組合側にて、義務的団交事項に該当する旨の釈明がなされた場合は、再度回答の必要性を検討します。釈明により義務的団交事項に該当する可能性がある場合は、回答する範囲や程度を検討します。

弁護士吉村雄二郎
実際問題として、義務的団交事項に該当するか否かは、最終的には裁判所の判断がなければ分からない場合も多いです。判断が微妙な場合は、一切回答を拒否するのではなく、また、全て回答するのではなく、限定的に回答しておいて、不当労働行為との評価される可能性を下げておくというのも一案です。

 

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