八重椿本舗事件

八重椿本舗事件(東京地方裁判所平成25年12月25日判決)

始業時間より早く出社しタイムカード打刻した労働者が,黙示的に早出出勤を命じられていたとして,タイムカードの打刻時間に基づいて残業代請求をしたが,始業時刻より前に出社する必要性が認められないとして,始業時刻から実労働時間を算出するべきとした例

1 事案の概要

原告は,平成21年3月11日,平成21年3月11日から平成23年11月5日までの有期雇用契約を被告と結び,被告に入社した。被告は化粧品等を製造販売する株式会社である。なお,被告は60歳定年制を採用しており,原告は平成23年11月5日をもって,満60歳になった。被告は原告との雇用契約を更新せず,期間満了により終了した。
本件は,原告が,被告に対し,未払の早出出勤手当などの支払を求め,また,主位的に正社員を定年退職した後に嘱託社員としての地位を有することの確認,予備的に期間雇用の契約社員としての地位を有することの確認を求めるとともに賃金等の支払を求めた事案である。

2 八重椿本舗事件判例のポイント

2.1 結論

被告と原告との雇用契約が有期労働契約であったことは明確であり,雇止めについても,客観的に合理的な理由があり社会通念上相当であるとし,地位確認を斥けた。
早出残業については,被告が黙示的に早出出勤を命じた事実は認定できず,労働時間に該当すると認めるに足る証拠がないとして,原告の請求を斥けたが,休日出勤については一部認めた。

2.2 理由

1 原告の労働契約上の権利を有する地位の有無

本件労働契約は一度も更新されることなく雇止めがなされていることからすれば,本件労働契約が期間の定めのない労働契約に転化していたと評価することはできない。
確かに,本件労働契約締結時に作成された雇用契約書には,特約事項として60歳以降は6か月単位の嘱託契約が予定されているかのような記載があり,契約継続に対する原告の合理的な期待が存在したと認めるのが相当であるが,重要な取引先に対し,取引先や被告の利益を害する発言を勝手に行い,被告の信用を著しく傷つけた,自己に属さない特許権について,自己に属する旨頑強に主張し続けたという原告の言動により,被告の業務に支障が生じていたと認められ,本件雇止めは,客観的に合理的な理由があり社会通念上も相当であるといえる。

2 未払賃金の有無(早出残業)について

「原告は,早出出勤について,タイムカードの打刻時間どおり全額認められるべきであるとして,平成22年9月から平成23年11月までの150.9時間分の残業代(45万5265円)から既払の6万0340円を差し引いた39万4925円を請求している。
そもそも,労働基準法上の労働時間に該当するか否かは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであり,使用者の指揮命令下にあるか否かについては,労働者が使用者の明示又は黙示の指示によりその業務に従事しているといえるかどうかによって判断されるべきである。
そして,終業時刻後のいわゆる居残残業と異なり,始業時刻前の出社(早出出勤)については,通勤時の交通事情等から遅刻しないように早めに出社する場合や,生活パターン等から早く起床し,自宅ではやることがないために早く出社する場合などの労働者側の事情により,特に業務上の必要性がないにもかかわらず早出出勤することも一般的にまま見られるところであることから,早出出勤については,業務上の必要性があったのかについて具体的に検討されるべきである。
本件では,上記第2の1(2)のとおり被告の始業時刻は8時30分であるところ,原告は常にそれよりも1時間も早い,7時30分前後に出社していたとのことであるが,そもそも1時間も早く職場に来る必要性があったことを認めるに足りる証拠はない。また,原告自身,タイムカード打刻後,食堂でいろいろ話をすることがあったとか,常時やらなければならない仕事があったわけでもないと述べている(原告本人)。さらに,被告は,平塚労基署から原告の上長が早出出勤しているときは,早出出勤の必要性があったとして,早出出勤分の残業代を支払うよう指導を受け,これに従い,6万0340円の時間外手当を支払っている。
そうすると,原告が残業代を請求している早出出勤については,労働時間に該当すると認めるに足りる証拠はないものといわざるを得ず,原告の請求は認められない。」

3  八重椿本舗事件の関連情報

3.1判決情報

裁判官:内藤 寿彦

掲載誌:労働判例1088号11頁,労働経済判例速報2196号21頁

3.2 関連裁判例

3.3 参考記事

4 八重椿本舗事件の判例の具体的内容

主文

1 被告は,原告に対し,12万9722円を支払え。
2 被告は,原告に対し,12万9722円を支払え。
3 その余の原告の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求の趣旨

1 割増賃金及び賞与の請求

(1) 被告は,原告に対して,早出出勤手当39万4925円を支払え。
(2) 被告は,原告に対して,休日出勤手当38万6176円を支払え。
(3) 被告は,原告に対して,賞与の未払金125万1000円を支払え。
(4) 被告は,原告に対して,労働基準法114条に基づく付加金として78万1101円を支払え。

2 不法行為に基づく損害賠償請求

(1) 被告は,原告に対して,早出出勤手当81万6522円を支払え。
(2) 被告は,原告に対して,残業手当76万3146円を支払え。
(3) 被告は,原告に対して,休日出勤手当105万6404円を支払え。
(4) 被告は,原告に対して,賞与83万4000円を支払え。

3 地位確認請求

(1) 主位的請求
原告が,被告に対し,労働契約上の嘱託社員たる地位を有することを確認する。

(2) 予備的請求
原告が,被告に対し,労働契約上の契約社員たる地位を有することを確認する。

4 賃金の請求

被告は,原告に対し,平成23年11月6日から本判決確定の日まで毎月25日限り月額41万7000円の割合による金員及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

5 不当利得返還請求

被告は,原告に対し,民法703条に基づく不当利得の返還として165万円を支払え。

第2 事案の概要

本件は,原告が,被告に対して,①未払の早出出勤(始業時刻前の出勤)手当(39万4925円),休日出勤手当(38万6176円),賞与(125万1000円)の支払を求めると共に,労働基準法114条に基づく付加金の支払を求める事案,②不法行為に基づいて,未払の早出出勤手当(81万6522円),残業手当(76万3146円),休日出勤手当(105万6404円),賞与(83万4000円)相当額の損害賠償を求める事案,③主位的には正社員を定年退職した後に嘱託社員としての地位を有することの確認を求め,予備的には期間雇用の契約社員としての地位を有することの確認を求めるとともに賃金(月額41万7000円)と遅延損害金の支払を求める事案,④原告が発明考案したにもかかわらず,被告が原告の了解を得ずに公開技報(自分の発明の権利化を希望しないが,他人に権利化されることを防止したい者が,自分の発明内容を公表するための刊行物)に公開したため,原告が特許申請をすることができなくなった一方,被告が原告の発明を導入し不当に利得を得ているとして,不当利得(165万円)の返還を求める事案である。

1 争いのない事実等(以下の事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨又は掲記の証拠〈略-編注〉により容易に認められる。)

(1) 当事者

ア 原告は,昭和26年11月5日生まれの男性であり,平成23年11月5日をもって,満60歳になった。

イ 被告は,化粧品等を販売する株式会社である。

(2) 本件労働契約

原告は,平成21年3月11日,被告との間で,労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した(甲2の1)。
本件労働契約の内容は,次のとおりである。
就業場所 A工場
業務内容 技術部
休日   土,日,祝日,年末年始,夏休み
就業時間 午前8時30分から午後5時30分
休憩時間 午後0時から午後1時まで(1時間)
賃金   基本給(月給)
(平成21年3月11日から同年9月10日まで)
37万5000円
(平成21年9月11日から平成23年11月5日まで)
41万7000円
支払方法 毎月10日締切,当月25日支払

(3) 時間単価

原告の平成21年9月11日から平成23年11月5日までの時間外労働に関する時間単価は,1時間当たり2413円であり,時間外割増賃金の時間単価は2413円×1.25=(ママ)3017円,法定休日割増賃金の時間単価は2413円×1.35=(ママ)3258円である。

(4) 本件雇止め

被告は,平成23年9月29日,本件労働契約について,契約の更新は行わず,雇用期間(同年11月5日)が満了したことにより終了することを口頭で伝えた(以下「本件雇止め」という。)。なお,被告が本件雇止めの意思表示をしたか否かについては当事者間に争いがあり,原告は被告から本件労働契約は同年11月5日までで,その後は労働契約を締結しませんと告げられたと主張している。

(5) 被告における社員の種類

被告においては,社員就業規則(甲3の1)が適用される正社員と,準社員就業規則(甲3の2)が適用される準社員(契約社員,パートタイマー,アルバイト社員,嘱託社員)とが存在する。

(6) 社員就業規則(甲3の1)

ア 就業規則
第52条(定年退職)
1項 社員の定年は満60歳とし,定年年齢に達した日の直後の賃金締切日を退職日とする。ただし,本人が希望し,高年齢者雇用安定法第9条第2項に基づく労使協定により定められた基準に該当した者については,満65歳まで継続雇用する。
2項 第1項但書に該当する者の労働条件については,準社員就業規則によるものとする。

イ 賃金規程
第2条(賃金形態)
賃金形態は,社員を職務の性質により次の各号に区分して定めるものとする。
① 月給制   略
② 日給月給制 略
③ 日給制   略
④ 年俸制   基本年俸および諸手当から構成する。
第19条(賞与)
1項 賞与は,社員の勤続年数,職務内容,業績,執務態度および会社の業績等を総合勘案して,支給日現在,在籍6ヶ月以上の社員に,毎年7月と12月に給することがある。

(7) 準社員就業規則(甲3の2)

ア 就業規則
第3条(定義)
この規則でいう準社員とは,契約社員,パートタイマー,アルバイト社員および嘱託社員をいい,各社員の定義は次の表のとおりとする。
・契約社員 工場内事務および製造業務に従事する者(有期)
・パートタイマー 略
・アルバイト社員 略
・嘱託社員 1.毎日出勤して,一般従業員と同様に会社の業務の一部を担当する者
2.必要の都度出勤する者
3.会社から特定の業務を委託された者
4.定年後,再雇用された者
第4条(採用)
1項 会社は,当社に就業を希望する者から応募書類の提出を受け,面接の上適当と認めた者を採用する。
2項 採用が決定したときは,労働条件等を記した雇用通知書を本人に交付する。
第9条(雇用契約期間)
1項 準社員の雇用契約期間は次の表のとおりとし,雇入通知書によって決定する。
契約社員 1年間以内
パートタイマー 略
アルバイト社員 略
嘱託社員 1年毎の雇用契約とし,最長5年までとする。
但し60歳以上の場合は6ヶ月毎の雇用契約とし,最長5年までとする。
2項 準社員の雇用契約期間満了時において,会社が準社員の能力,健康状態,勤務成績,勤務態度,および会社の経営状態,業務の量,経営方針等を考慮し,更新の必要を認め,準社員がこれに同意した場合は,雇用契約を更新することがある。
3項 会社は,雇用契約を更新しない時は,少なくとも30日前にその旨を予告するものとする。
第20条(勤務日,勤務時間及び休憩時間)
1項 勤務日,勤務時間及び休憩時間等は個別に定め雇用契約書に明示する。
2項 所定勤務日以外又は所定勤務時間外労働は原則として行わない。
ただし,事情やむを得ない場合は,事前に本人と充分な話し合いをして行うことがある。

イ 賃金規程
第13条(契約社員,パートタイマーおよびアルバイト社員の賃金形態)
契約社員,パート社員およびアルバイト社員の基本給は時間給とし,職種,技能および経験等を考慮して,各準社員毎に定めるものとする。

(8) 本件訴訟の提起

原告は,平成24年9月10日,本件訴訟を提起し,訴状は同年10月2日被告に送達された。

2 争点

(1) 本件労働契約は,期間の定めのない労働契約(原告が正社員)であったか,有期労働契約(原告が契約社員)であったか。

(2) 原告の労働契約上の権利を有する地位の有無

ア 本件労働契約が期間の定めのない労働契約であった場合
原告が定年後の嘱託社員としての権利を有する地位にあるか否か
イ 本件労働契約が有期労働契約であった場合本件雇止めが有効か否か

(3) 未払賃金の有無について

ア 早出出勤手当
イ 休日出勤手当
ウ 賞与

(4) 不法行為に基づく損害賠償請求について

(5) 不当利得の有無

第3 当事者の主張

1 争点(1)

【原告の主張】

(1) 被告は,正社員での人材募集をしており,技術部のB統括マネージャー(以下「B統括」という。)に代わる,機械保守メンテナンスの経験者で管理候補者となる正社員を募集していた(〈証拠略〉)。

(2) 原告は,本件労働契約締結時,被告のC部長(以下「C部長」という。)から,被告の定年が60歳であるため,契約期間は60歳の誕生日まで(約2年8か月)とするが,特約事項として60歳以降は6か月単位の嘱託社員として契約するとして,雇用契約書(甲2の1)を交わした。
また,被告の準社員就業規則(甲3の2)では,契約社員の契約期間は1年間以内と規定されているところ,本件労働契約の契約期間は,約2年8か月である。
また,本件労働契約において原告の賃金は年俸制とされているが,年俸制は,正社員に適用される社員賃金規程2条にしか定めがない。準社員に適用される準社員就業規則や準社員賃金規程には年俸制の定めはなく,準社員の基本給は時間給とされている。
なお,被告は,平成23年7月1日(ママ)施行された準社員賃金規程において,契約社員の賃金形態を年俸制に改定している(〈証拠略〉)。
さらに,被告は,労働基準監督署(以下「労基署」という。)から,残業代の未払を指摘された際,正社員に適用される社員賃金規程で清算している。

(3) 以上からすると,雇用契約書上,契約期間は約2年8か月とされているのは,被告の定年が60歳であるためにすぎず,本件労働契約は期間の定めのない労働契約であり,原告は正社員として雇用されたものである。

【被告の主張】

(1) 本件労働契約は,雇用契約書上(甲2の1),平成21年3月11日から平成23年11月5日までと明確に期間が定められている。
また,一般的な用法として,正社員とは「雇用者のうち正規雇用の者で,雇用期間の定めのない者」とされるのに対して,非正規雇用とは「期間を限定し,比較的短期間での契約を結ぶ雇用形態」とされ,「臨時社員,派遣社員,契約社員,パートタイマー,アルバイトなどが含まれる」とされている。そして,本件労働契約の契約期間は,約2年8か月と比較的短期のものである。
したがって,本件労働契約は,有期労働契約であり,原告は契約社員として雇用されたことは明らかである。

(2) 原告の主張に対する反論
ア 正社員募集ではないこと
原告は,被告が正社員を募集しており,B統括に代わる,機械保守メンテナンスの経験者を募集していたと主張している。
しかしながら,被告は,正社員の募集はしていない。原告と当初から有期労働契約を締結していることから明らかなように,契約社員の募集をしていた。
この点,原告は,人材募集広告(〈証拠略〉)をもって,正社員の募集である旨主張している。しかし,人材募集広告(〈証拠略〉)は,「紹介予定派遣」と記載されているものの,実際には紹介予定派遣ではなく,その内容は不正確である。なお,人材募集広告(〈証拠略〉)には,「時給1900円~♪」と記載されているが,本件労働契約は時給制でもない。
加えて,原告が,正社員募集と認識していたのであれば,有期労働契約であることが明記された雇用契約書締結時点において,正社員ではないのかと被告総務部担当者等に対して質問するはずであるが,そうした質問は一切なかった。
イ 年俸制について
原告は,本件労働契約締結当時,正社員に適用される社員就業規則にしか年俸制の規定がなかったことを指摘し,年俸制の従業員は,正社員のみであり,準社員に年俸制の従業員はいないと主張している。
しかし,準社員就業規則に当時,年俸制の規定がなかったことについては,被告が見落としていたにすぎず,それ以上の意味はない。被告は,原告を契約社員として採用した。

2 争点(2)ア(本件労働契約が期間の定めのない労働契約であった場合)

【原告の主張】

(1) 本件労働契約を締結した際に交わされた雇用契約書(甲2の1)には,特約事項として,「60歳以降は6ヶ月単位の嘱託契約です。」と記載されており,本件労働契約は特約事項を含む労働条件で締結された労働契約である。
また,議事録(〈証拠略〉)からも明らかなように,C部長は,B統括に代わる人材募集で原告を採用したことを認めている。

(2) そして,上記1【原告の主張】のとおり,原告は,本件労働契約で期間の定めのない労働契約(正社員)で雇われており,60歳を迎えて定年退職した後,嘱託社員として再雇用されている。

(3) 被告は,雇用契約書(甲2の1)の特約事項は,60歳以降に労働契約を締結する場合には6か月単位の嘱託社員として契約する趣旨であると主張しているが,本件労働契約締結当時,そのような説明は受けていないし,雇用契約書の特約事項にもそのような記載はない。

【被告の主張】

(1) 雇用契約書(甲2の1)には,「60歳以降は6ヶ月単位の嘱託契約です。」との特約事項が記載されているが,その趣旨は,60歳以降に契約をする場合には,6か月単位の嘱託社員として契約するというものであって,当初から原告を嘱託社員として雇用することを約束したものではない。

(2) 仮に,原告が主張するように,本件労働契約によって,原告が期間の定めのない労働契約(正社員)として雇用されていたとするならば,原告は60歳をもって定年退職し,その後,原告が嘱託社員として雇われるか否かは,被告の「高年齢者(満60歳より満65歳迄)継続雇用に関する労使協定」(〈証拠略〉)の定めによることになる。同協定では,60歳になった従業員の再雇用については,その要件として,3年以上の在籍者と規定している。しかしながら,原告は,この要件を満たしておらず,原告が嘱託社員として雇用されることはない。

(3) なお,原告は,労使協定は事業所毎に締結されるので,被告のD工場で締結された上記(2)の労使協定が全工場の社員に適用されることはないと主張しているが,そうすると原告の勤務していたA工場には労使協定がない以上,社員就業規則52条に基づいて原告が被告に定年後再雇用されることはおよそないことになる。

3 争点(2)イ(本件労働契約が有期労働契約であった場合)

【原告の主張】

(1) 本件労働契約が有期労働契約であったとしても,以下の事情がある以上,期間の定めのない労働契約に転化していた,仮に期間の定めのない労働契約に転化していなかったとしても,契約継続について合理的な期待があったといえる。

ア 雇用契約書(甲2の1)の特約事項には「60歳以降は6ヶ月単位の嘱託契約です。」と記載されており,継続雇用であることが合意されていた。
この点,被告は,雇用契約書の特約事項は,契約をする場合には,6か月単位の嘱託社員として契約する趣旨であると主張しているが,本件労働契約締結当時,そのような説明は受けていないし,雇用契約書の特約事項にもそのような記載はない。

イ 雇用契約書(甲2の1)には,更新の有無や契約を更新するかしないかの判断基準が記載されていないことからもわかるように,本件労働契約は当然更新されるものとして合意されていた。

ウ 原告は契約期間の上限について説明を受けておらず,雇用契約書(甲2の1)にもその記載はない。

エ 原告の業務内容は,正社員の業務内容と変わらず,基幹業務であった(〈証拠略〉)。また,被告の総務部が担当すべき労基署との交渉も担当していた。

オ そして,被告は,原告に対し,平成23年9月14日,業務依頼(〈証拠略〉)を行っており,継続雇用を期待させる業務命令を行っている。
なお,被告は,従業員が個人的に原告に業務依頼したかのように主張しているが,個人が勝手にできるものではなく,各部門長の承認を得て,技術部の上司から原告に業務依頼されたものである。

カ 原告と同一の労働条件で労働契約を締結した従業員は,満60歳以上も継続雇用されている。

(2) 本件雇止めについて合理的な理由がないこと

被告が主張する本件雇止めの理由(後記【被告の主張】(3)アの①ないし⑤)は,いずれも後付けの理由であり,雇止めをするについて正当な理由とはいえない。

ア ①について
原告が被告の信用を著しく傷つける行為をしたことはない。
被告は,原告が自分で特許を申請すると発言したと主張するが,原告は株式会社E化粧品(以下「E社」という。)の担当者に,「これ以上待てませんので,こちらで申請しても宜しいですかと連絡」しただけであり,原告が自分で特許申請するとの発言はしていない。

イ ②について
原告は,特許申請をしたことはなく,正当な雇止めの理由とはならないし,懲戒理由の対象にもならない。
なお,被告は,特許申請議事録(〈証拠略〉)について,原告が勝手に作成したものであると主張するが,特許申請議事録については,原告が作成し,上司であるF部長(以下「F部長」という。)に社内メールで送信して,内容を確認してもらっており,特に訂正箇所や変更依頼もなかったものである(〈証拠略〉)。

ウ ③について
原告が挑戦的な言動を行ったことや不適切な行動を行ったことはない。
原告が,自分の不徳の致すところと述べた趣旨は,原告が社内メール(〈証拠略〉)に添削したのは飽くまで善意でしたことであるにもかかわらず,C部長に不快な思いをさせたことは私の不徳の致すところであると述べたにすぎない。

エ ④について
被告には,労働組合がなく,過去においても上司に口答えすると説教部屋に呼びつけたり,従業員代表に何も詳細を説明しなかったため,従業員から質問されたことをインターネットで調べて,従業員に教えただけであり,インターネットの私的利用にはあたらない。

オ ⑤について
アルバイトの方から手伝ってくれたことであり,私用に従事させたことはない。被告は,原告がアルバイトにファイルを持って行くのを手伝うよう指示したと主張するが,憶測によるものであり,原告が指示をしたことはない。

【被告の主張】

(1) 期間の定めのない労働契約に転化していたとはいえないこと

雇用契約書(甲2の1)には,明確に契約期間が記載されており,一度も更新されていない以上,期間の定めのない労働契約に転化する余地はない。

(2) 契約継続について合理的な期待があったとはいえないこと

ア はじめに
本件労働契約については,契約期間の終了日が原告が満60歳になったときと定められており,正社員であれば定年退職となる時期であり,常識的にみて契約が更新されるとは限らない状況といえる。
また,原告が従事していた業務は,技術的なもので,工場の施設・設備の補修,メンテナンスを含み,被告と同様の契約社員が多い職場である。労働条件も正社員の者ではいない年俸制が採られ,ボーナスが出ない等,正社員と異なる取扱いがされていた。
被告から,原告に対し,契約の更新を期待させる言動をしたことはなく,原告と同様に契約期間の満了により,労働契約が終了した者も存在する。
以上からすると,本件労働契約については,契約更新について合理的な期待があったとはいえない。

イ 原告の主張に対する反論
(ア) 労働条件明示義務について
原告は,雇用契約書に有期労働契約締結時の明示事項である更新の有無や契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準が記載されておらず,被告は労働条件の明示義務(労働基準法15条)に違反していると主張している。
しかしながら,本件労働契約について,更新があり得ることは特約事項に記載されている。また,更新の有無の判断基準については,確かに記載がないが,そのことと契約継続に対する合理的な期待の問題とは別問題である。

(イ) 特約事項について
原告は,雇用契約書の「特約事項」の記載に関して,本件労働契約を締結した当時,60歳以降も契約をする場合には嘱託社員になると説明されたことはないし,その旨の記載もされておらず,特約として,実質上契約継続の特約が存在していると主張している。
しかしながら,本件労働契約は有期労働契約であり,被告は一度たりとも60歳以降も継続雇用すると原告に述べたことはないし,継続雇用する場合には嘱託社員という別の契約形態になる旨の規定であることは明らかである。常識的にみても,労働契約締結時点では,原告がどの程度の技量を有しているか分からないため,最初の6か月間は試用期間で月給も5(ママ)万円減額されていたのであり,最初から継続雇用するという特約を結ぶはずもない。

(ウ) 担当職務について
原告は,技術部業務内容明細書(〈証拠略〉)に定められた原告の職務以外にも,総務部が担当する労基署の是正勧告対応等も行っており,正社員以上の職務を行っており,臨時的業務ではないと主張している。
しかしながら,被告は,原告の業務について,技術系の正社員を雇用する選択肢もあったが,あえて技術者を契約社員で雇用することを選択したものであり,基幹業務とは考えていない。
また,被告が,労基署の是正勧告対応等を,原告の職務としたことはない。原告は,自己の利益のために,未払手当がある等と労基署に告発し,労基署と対応したようであるが,被告の職務として行われたものではない。労基署も原告の告発に基づいて被告と対応するに当たり,被告の担当者が原告では処理できるはずはなく,また被告も途中から告発者が原告と認識するに至っており,総務部の管掌する業務をわざわざ原告にやらせるはずもない。
実際に,原告の告発による労基署の対応は,被告の総務部で行ったのであり,原告が被告の業務として行ったことはない。

(エ) 業務依頼書について
原告は,雇用期間満了直前にも業務依頼があった旨を主張している。しかし,被告の中枢では,原告からの異議や法的措置の可能性が高いことを認識した上で慎重に原告に対して本件雇止めを行ったものであり,原告に雇用期間満了後も勤務してもらう認識は一切なく,そのような期待を抱かせるつもりも微塵もなかった。
つまり,業務依頼は,原告が本件雇止めになったことを知らない者もしくは本件雇止めの事実を知っていながら原告に味方しようとした原告と親しい間柄の者が,原告に対して行ったものに他ならない(業務依頼は,原告個人に対してではなく,技術部に対して行ったものが多いはずである。)。なお,原告の当時の直属の上司であった者(課長)が原告と親しくしていたことを被告は把握しており,その課長と結託すれば,業務依頼を原告が引き受けることは,いくらでも可能である。
また,本件雇止めに対しては,原告はその通告時から異議を述べており,雇用期間満了直前の段階で,原告は期間満了後も出社する旨を述べて,被告を困らせていたのであって,期間満了後も出社することを狙った原告がその理由付けに,自分に業務依頼があるということを主張しようとして,積極的に業務依頼を受けた可能性も高いものと思料される。

(3) 本件雇止めに合理的な理由があること

ア 仮に,本件労働契約について契約更新の合理的な期待があったとしても,本件雇止めについては,以下のとおり,客観的に合理的な理由があり,社会通念上も相当である。
すなわち,原告は,①重要な取引先に対し,取引先や被告の利益を害する発言を勝手に行い,被告の信用を著しく傷つけ,②自己に属さない特許権について,自己に属する旨頑強に主張し続け,③他の従業員に対し,挑戦的,不適切な言動を行い,④被告のFAXやインターネットを私的に利用し,⑤被告の勤務中のアルバイトを私用に使ったり,問題のある言動を続ける等,数々の問題行動を行ってきた者であり,本件雇止めについて,客観的に合理的な理由があり,社会通念上も相当である。

イ 原告の主張に対する反論
(ア) ①について
原告が認めている限りにおいても,議事録(〈証拠略〉)において,原告が「E1(ママ)社の上司(担当者)に,これ以上待てませんので,こちらで申請しても宜しいですかと連絡しました」と述べたとされており,原告は自己に特許権があるという認識のもとで自己が特許を申請すると述べたことを半ば認めている。
また,信用毀損については,被告にとって最も重要な顧客と言っても過言ではないE社と特許の共同申請を検討していたところ,原告が勝手に同社に対して,自分が特許を申請する旨発言したのであるから,E社に対する被告の信用が著しく毀損されたことは明らかであり,現に同社から被告に対して厳重注意がなされ,被告はその対応に苦慮させられた。

(イ) ②について
原告は,特許申請議事録(〈証拠略〉)をもとに,被告から特許申請してもよいと認められたと主張しているが,特許申請議事録(〈証拠略〉)は原告が勝手に作成した書類であり,また,誰の供述かも記載されておらず,議事録の体をなしていない。加えて,原告が主張の根拠としていると思われる「6.雇用契約書の是正,賃金不払い,賞与の不払い等が解決しない場合は,上記特許申請は私(甲野)が個人的に特許申請しても良い」という記載は,特許の問題と関係のない労働契約関係の問題が解決しない場合に特許を申請してもよいという不合理な供述を被告がするはずがないし,現にしていない。

(ウ) ③について
原告も「原告の不徳の致す所であり」と自分の非を認めているし,実際にも原告は他の社員に対し,挑戦的な態度をとったり,無用のトラブルを引き起こしていた。

(エ) ④について
原告は,インターネットを使用して,被告が全く説明していないことを他の従業員に親切丁寧に教えたことは私的利用ではないと主張している。
しかしながら,原告は,半ば認めているが,業務と全く関係ない労働法や労働組合について,盛んにインターネットで検索していたのであり,明らかな私的利用である。
また,原告は,被告に対して賞与を執拗に請求したり,労基署へ告発をしたりしていたものであり,自己のためであったことは明白である。

(オ) ⑤について
原告は,アルバイトの社員が自ら進言して手伝ってくれたものであり,私用に従事させたことにはならないと主張している。
しかしながら,原告が自己の雇用問題について被告と交渉を行ったのは業務ではなく私用であるところ,就業中で制服を着たままのアルバイト従業員が原告の私用だと知っていれば原告を手伝うはずがなく,原告が私用であることを黙ってファイルを持っていくのを手伝うよう指示したとしか考えられない。

(カ) 被告代理人の発言をねじ曲げていること
原告は,被告代理人が,不当な雇止めであること,半年の契約で週1回働いてもらう(〈証拠略〉)と発言していると主張している。
そもそも,議事録(〈証拠略〉)の正確性については疑問が多く,また録音データも証拠提出されておらず,原告が勝手に発言を誇張,ねじ曲げているところが多数存在しているものと考えている。しかも,原告が取り上げている被告代理人の発言が,仮に議事録(〈証拠略〉)のとおりであったとしても,「半年の契約で,周1回(原文ママ)働いてもらう,日当10,000円,半年の21日分で210,000円合わせて1,250,000円です。その4割で500,000円です。」等と記載されているとおり,原告被告間の紛争を金銭で解決する場合の被告の提案の内訳の根拠を述べているだけであって,合計金額の4割を提示していることからも,原告に半年の契約で週1回働いてもらうと述べたわけでないことは明らかである。
さらに,被告代理人が,原告に対して,本件雇止めが不当であることを一度たりとも認めたことはない。

4 争点(3)ア

【原告の主張】

(1) 被告は,原告に対して,黙示的に早出出勤を命じていた(〈証拠略〉)。
そして,原告は,平成22年9月から平成23年11月まで,早出出勤した時間が150.9時間あり,時間当たりの単価3017円を掛けると45万5265円となる。このうち,6万0340円は被告から支払われている。

(2) したがって,被告は,原告に対して,未払の早出出勤手当39万4925円を支払う義務がある。

(3) なお,被告は,残業計算書(〈証拠略〉)において,平成22年9月から平成23年11月まで,早出出勤した時間が150.9時間であることを認めている。

【被告の主張】

(1) 被告においては,出退社の際,タイムカードに打刻することになっており,その記載をもとに残業代計算書(〈証拠略〉)が作成されていることを争うものではない。
しかしながら,タイムカードの打刻時間と労働時間が同一になるものではない。
被告において従業員は,タイムカードに打刻し,制服に着替えた後,始業前においては更衣室近くの食堂でコーヒーやお茶を飲みながら談笑したり,新聞を読んだりする社員が相当程度おり,原告も始業前に食堂にいたという情報がある。
また,被告においては,時間外労働を行う場合,上長の許可が必要とされており,原告の早出出勤については上長の許可がなされていない。

(2) 被告は,労基署の立ち入りの際,かかる事情を説明し,その理解を得,上長が早出出勤した時間に限って,事実上,上長の許可があったと取り扱うことが可能であるということで,その分に該当する時間外手当6万0340円を原告に支払った。

 

5 争点(3)イ

【原告の主張】

(1) 原告が休日出勤した日は,別紙1〈休日出勤手当の未払い計算表。略-編注。以下,同じ〉記載のとおりであり(〈証拠略〉),合計17日分の休日出勤手当38万6176円が未払である。

(2) 被告の主張に対する反論は別紙1のとおりである。

【被告の主張】

(1) 原告は,毎週1回の法定休日であるか否かを問わず,休日出勤手当として35パーセント割増の手当(賃金)を請求している。
しかしながら,被告の賃金規程(甲3の1,3の2)において,法定休日の場合に35パーセントの割増賃金を支給する旨が規定されており,法定外休日の場合には35パーセントの割増賃金を支給することにはならない。
したがって,飽くまで休日出勤手当として35パーセントの割増賃金が支払われるのは法定休日の場合のみである。
原告が主張している休日出勤のうち,法定休日に該当し得るのは,平成22年12月19日だけであるが(〈証拠略〉),休日出勤手当として3万2454円を支払済みである。

(2) 原告の主張に対する反論は,別紙1のとおりである。
原告は,従業員に対し,労使協定(〈証拠略〉)の説明は全くなされず,労働基準法106条の周知も行われていないと主張している。
しかしながら,労使協定は,従業員の出勤日・休日の予定であり,従業員に説明せずに運用できるはずもなく,当然全従業員に説明が行われた。
また,労使協定は,総務部で保管されており,いつでも申し出があれば閲覧できるような状態で備え付けられていた。また,労使協定(〈証拠略〉)の内容は,従業員の出勤日,休日であるから,スケジュールソフトを用いて全従業員に予め告知をしており,労働基準法106条の周知義務は果たされていた。また,原告は,平成23年度当初のカレンダーのとおり勤務するよう上司から指示命令されていた旨主張しているが,全社的に出勤日・休日を決めているなかで,そのような指示命令がなされることは考えられない。

6 争点(3)ウ

【原告の主張】

(1) 原告は,正社員である。平成22年12月10日,平成23年7月8日,同年12月9日に1か月分の賞与が支給されるべきところ,支給されていないので,未払分の賞与を請求する。

(2) 被告は,原告の年俸額に賞与を含むとの説明をしている(〈証拠略〉)が,原告の賃金は基本給(月給)であり,その一部が賞与と区別されていたという事情はうかがえないし,判別することもできない。

【被告の主張】

(1) 原告は,契約社員であり,正社員ではない。原告の主張は,正社員であることを前提にしたものであり,失当である。そして,本件労働契約において,賞与の支払は契約内容になっていない。

(2) 原告は,被告が原告の給与額には定額残業代と賞与を含むものと回答されていた(〈証拠略〉)として,被告には定額残業代と賞与を支払う意思は十分あったと主張している。
しかし,被告は,回答書(〈証拠略〉)において,賞与に関し,「時間外手当と同様に考えています。」と記載し,時間外手当に関しては,「貴殿との年俸契約の給与額は一般の従業員よりも高額であり,定額残業代を含むものであります。残業代の記載がないのは双方が承知していたからと解釈していました。」と記載しているだけである。このように,被告は,飽くまで年俸制で決まった金額の給与を支払う意思しかなかったことは明らかであり,賞与を別途支払う意思があったわけではない。

7 争点(4)

【原告の主張】

(1) 原告は,本件労働契約締結時において,C部長から時間外勤務はないが,休日は来てもらうので,その場合は代休を取るように説明を受けた。しかし,実際には,原告は時間外勤務に従事させられてきた。この点を,原告がG工場長(以下「G工場長」という。)に問いただしたところ,年俸制には20時間分の時間外勤務手当が含まれていると説明していた(〈証拠略〉)。そして,原告の給与額には定額残業代や賞与を含むと説明していた(〈証拠略〉)。
このように被告は,原告に黙示的に時間外勤務を命じながら,法定の時間外勤務手当を払わなかったものであり,不法行為責任を負う。

(2) 原告は被告に対し,平成21年4月11日から平成22年8月分までの早出出勤手当81万6522円,平成21年4月から平成22年3月分までの残業手当(月20時間分相当額)76万3146円,平成22年8月29日までの休日出勤手当105万6404円,平成21年冬季及び平成22年夏季の賞与(83万4000円)が未払である。被告は本件労働契約どおりに賃金を支払う意思なく,無給で原告を勤務させ,しかもその違反を是正しようとしなかった。

(3) 賃金の請求権の消滅時効は2年とされている(労働基準法115条)ところ,原告としては,不法行為に基づく損害賠償請求として上記(2)の未払割増賃金及び賞与相当額(347万0072円)について損害賠償を求める。

(4) 被告は,平成24年4月27日,回答書(〈証拠略〉)で,既に2年の時効が到来している分を除外して精(ママ)算しているが,同日の時点で消滅時効が到来している賃金債務を承認したものといえる。
以上から被告の消滅時効の主張は失当である。

【被告の主張】

(1) 原告は,不法行為の根拠として,本件労働契約締結時に,時間外勤務はない旨説明を受けたこと,実際には時間外勤務に従事させられたこと,G工場長から年俸制には20時間分の時間外勤務手当が含まれると説明を受けたこと,被告は賃金を支払う意思なく勤務させ,その違反を是正しようとしなかったことを主張している。
しかしながら,被告としては,実際上,時間外勤務があり得ることを認識しており,時間外勤務はない旨説明するはずがなく,実際にもそのような説明はしていない。
また,G工場長の説明については,当時の被告での運用・認識に沿ったものであり,準社員賃金規程には規定が漏れていたものの,社員賃金規程16条2項において,「基本年俸には,毎月20時間の時間外労働相当額を組み入れるものとする。」旨規定されており,被告では,準社員についても同規定に従って運用されていたものであって,厳密には契約社員である原告への適用は誤りではあったものの,被告がその誤りに気づかず運用したことについて,不法行為が成立するようなものではない。
また,原告退職後,原告の告発により労基署が原告の時間外手当等に関して調査を行い,労基署の調査の結果,被告が原告に対して未払の状態にあると判断されたものは,全て支払われている。
したがって,原告が不法行為による損害として主張しているものについては,労基署からも未払との判断がなされなかったものであり,その支払をしていないことが不法行為に該当するとは考えられない。

(2) 原告が請求している早出出勤手当,残業手当,休日出勤手当のうち,平成25年4月4日受付の原告準備書面(3)が提出された段階で,3年を経過しているものについては消滅時効を援用する(平成25年5月15日の第5回弁論準備手続期日)。
なお,原告は,平成24年4月27日,被告代理人が,債務の承認をした(〈証拠略〉)と主張している。しかし,回答書(〈証拠略〉)は,仮に原告の主張を前提にしても原告の主張する時間外手当の額は異なるが,和解として5割の金額を払うことを表明したにすぎず,時効中断事由としての債務の承認にはあたらない。

8 争点(5)

【原告の主張】

(1) 被告は,原告が「しごき部材嵌入工法」を発明考案したにもかかわらず,平成23年12月28日,原告の了解を得ず,公開技報に公開した。このため原告は「しごき部材嵌入工法」を特許申請できなくなった。
また,被告は,原告が発明した「しごき部材嵌入工法」を導入して,平成22年11月から,不当な利得を得ている。
被告が,特許発明の実施により得た利益の額は,原告の受けた逸失利益と推定できるから(特許法102条),被告は,原告に対して,1個当たりの効果金額5円×月間生産数1万5000個×22か月(平成22年11月から平成24年8月まで)=165万円を支払う義務を負う。

(2) 被告は,被告の従業員であるB統括が,「しごき部材嵌入工法」を発明考案したと主張するが,そのような事実はない。被告も完成間近であって完成していなかったことは認めている(〈証拠略〉)。B統括は,H室長(以下「H室長」という。)と激しい口論となり,一時出社しなくなった。原告は,B統括から何ら業務の引継ぎもなく,自らの創作により「しごき部材嵌入工法」を完成させた。
B統括は,「しごき部材嵌入工法」について,株式会社Iと,打ち合わせていたが,完成しておらず,原告が,構想を練り直して,機構変更を株式会社Iに依頼した。また,チャック先端爪形状は一般市場にない形状(〈証拠略〉)に再設計し,「しごき部材嵌入工法」を完成させた。被告も,「しごき部材嵌入工法」を原告が完成させたことは認めている(〈証拠略〉)。

(3)ア B統括が着想したのは,エアーシリンダーを使用した機構(〈証拠略〉)であるが,容器を壊してしまうため,使えないものであった(〈証拠略〉)。
イ その後,株式会社Iによって,サーボモーターとタイミングベルトを使用した機構が着想されたが(〈証拠略〉),やはり容器を壊してしまうため使えなかった。なお,被告は,サーボモーターとはモーターの動きを可変にして滑らかな動きを実現するものと主張しているが,サーボモーターは,位置と速度を制御する用途に使用するものであって,被告の主張は誤りである。
ウ そこで,原告が「しごき部材嵌入工法」を着想し,完成させた(〈証拠略〉)。原告は,設計変更を行うと共に,市場には存在しない極力中栓変形を抑えたチャック先端爪形状を考案し(〈証拠略〉),これらの複合的要素を多分に取り入れて完成された新工法である。
エ 「しごき部材嵌入工法」は,上記アないしウを結合して初めて,課題を解決することができるものであり,上記ア,イは,「しごき部材嵌入工法」を構成する要素であるが,上記ウの原告の着想と結合することを着想したものではなく,B統括は発明者ではない。
オ 被告は,機械を稼動させるにあたって,爪形状を変更する必要があるところ,原告が行ったのは,爪形状を微調整したにすぎないと主張するが,原告が考案した先端爪形状は,中栓(ゴム製)の一番肉厚の部分の変形を回避する形状とし,先行して容器に挿入される部分を容器形状に合わせて丸い形状になるよう考案されている。一方,B統括の先端爪形状は,一対の平行な形状となっており,中栓(ゴム製)の一番肉厚の部分の変形を回避する形状となっておらず,容器に挿入されると元の形状に戻らないため,中栓が破損したり,容器を破壊してしまっていた。微調整とは,より完全にするためのわずかな調整であり,本件であれば,爪の太さや長さを少し変えたり,面取りをすることである。原告は,特異性のある形状を考案したものであり,微調整に留まるものではない。

(4) なお,被告は,「しごき部材嵌入工法」は,業務発明であり,原告が特許申請しても良い(〈証拠略〉)と認め,団体交渉の場でも特許を含めて金銭解決したいと述べていた。B統括が着想した「しごき部材嵌入工法」は,一般的なエンジニアが容易に構成製作できる程度のものであり,B統括は「しごき部材嵌入工法」の発明者ではなく単なる補助者である。

(5) 「しごき部材嵌入工法」は,原告の考案により完成されたものであり,すべての権利は原告にある。

【被告の主張】

(1) 原告は,「しごき部材嵌入工法」について,自己が発明者であると主張するが,同工法は,ほとんど一人で全面的に開発を担当していたB統括が発明者であり,被告は同人に報奨金を支払った上で,同人から発明に関する権利の譲渡を受けた。原告は,B統括が退職した後,同工法を工場で稼動させるに際して,多少の調整を,同工法を製作した株式会社Iと共に行った事実はあるが,それ以前に,同工法の発明考案はB統括によって行われたものである。
「しごき部材嵌入工法」は,全てB統括が発明し,原告が行ったのはB統括が発明した工法を現実化する機械を実際に下請会社で作成させるに当たっての調整である。実際に,B統括が中心となって見積りをとったり,選定を行ったりし,株式会社Iヘの発注がなされている。なお,B統括は株式会社Iでの機械製作中に,退職に伴って業務から離れた。B統括によって,機械製作が発注されたということは,機械の具体的内容は既にB統括によって決められていたからである。どのような機械を製作してもらうか決まらないのに,機械製作を発注できるはずがない。そして,あとは実際の機械製作という発明の現実化をするだけという段階で,原告がB統括に代わって主たる関与を始めたのである。
原告は,B統括から何の引継ぎもないし,上司から何の業務指示もなかったと主張しているが,そもそも「しごき部材嵌入工法」の導入にあたっては,多額の費用もかかり,技術部の者数名がB統括の在籍中から関与していたのであり,原告もB統括在籍中から関与しているメンバーの1名であったのであり,B統括から何ら引き継がないということは考えられないし,その前からある程度の知識を得ていたといえる。また,上司からの指示云々については,上司は原告が自然な流れでB統括から引き継いだことから,原告が引き継ぐよう明言しなかったにすぎず,原告が引き継いだ後は,大規模なプロジェクトであるから,原告が全てを勝手に進めることができるわけもなく,上司も含め関与者が連携し,その調整を主として原告が行ったにすぎないものである。

(2) 原告が主張している設計変更とは,サーボモーターにしたことと思われるが,サーボモーターは,モーターの動きを可変にして滑らかにするだけで発明といえる代物ではない。多少の技術的知識があれば思いつく程度である。

(3) また,チャック先端爪形状は,機械を稼動させる際の微調整にすぎない。
機械を稼動するにあたって,具体的に使用するマスカラ容器のしごき部材の形状によって,爪形状を変更する必要があり,原告は実際に使用する機械を製作するにあたって,爪形状を微調整したにすぎない。使用するしごき部材に合わせて爪の形状を製作する必要があるのであり,特注なのであるから,一般市場に存在しないのは当たり前である。

第4 判断

1 争点(1)

(1) 認定事実

ア 原告と被告の間において,本件労働契約締結時に作成された雇用契約書によれば,原告の雇用期間は,平成21年3月11日から平成22年11月5日までと明確に規定されている(甲2の1)。

イ なお,原告は,平成23年9月30日,本件労働契約について,「雇用が継続される事を期待する事に合理性があり,会社に雇止めの即時撤回を要求致します。」として,本件雇止めの撤回を求める文書を郵送している(〈証拠略〉)。

(2) 評価

そもそも,期間の定めのない労働契約(正社員)と有期労働契約(契約社員)との差異は,労働契約締結時において,雇用期間が定められているか否かという点にある。そして,本件労働契約については,上記(1)アのとおり,明確に雇用期間が定められている以上,有期労働契約であると解さざるを得ない。なお,上記(1)イのとおり,原告自身も本件労働契約が有期労働契約であることを前提にした行動をとっているところでもある。
以上からすれば,本件労働契約は,有期労働契約であったと認めるのが相当である。

(3) 原告の主張について

ア この点,原告は,被告がB統括に代わる管理候補者として正社員を募集していたと主張する。
しかしながら,原告がその主張の根拠とする人材募集広告(〈証拠略〉)は,人材派遣会社である株式会社Jが作成したものであり,被告はその作成に関与しておらず,募集内容について事前に話を聞かされたこともなかったとのことである(証人C)。しかも,その募集内容は,紹介予定派遣(派遣期間終了後に職業紹介を受けることを想定した派遣,つまり派遣期間終了後に派遣先に直接雇用されることを予定した派遣)とされ時給1900円などと記載されているところであるが,実際に原告が株式会社Jに雇用されて被告に派遣されたことはなく,単に株式会社Jから被告を紹介され,契約内容の細かいところは被告と直接決めるよう言われて,被告との間で本件労働契約を締結したことが認められる(原告本人)。そうすると,結局のところ,人材募集広告(〈証拠略〉)は,本件労働契約の内容を決める手がかりにならない。
そして,原告の採用を担当したC部長によれば,原告を正社員として雇用するという認識はなく,また,技術部の責任者として採用するという話もしていないと述べている(〈証拠略〉,証人C)。
そうすると,被告がB統括に代わる管理候補者として正社員を募集していたとの原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

イ また,原告は,C部長から,被告の定年が60歳なので,雇用期間を60歳までの約2年8か月とすると説明されたと主張する。
しかしながら,仮にC部長が原告の主張どおりの説明をしたとしても,本件労働契約に雇用期間が定められていることに変わりはなく,原告の主張をもって,本件労働契約が期間の定めのない労働契約であったと認めることはできない。

ウ また,原告は,被告の準社員就業規則には,契約社員の契約期間は1年間以内とされているところ,原告の契約期間は2年8か月であると主張する。
確かに,被告の準社員就業規則によれば,契約社員の契約期間は1年間以内とされているところ,本件労働契約の契約期間は2年8か月とされており,準社員就業規則の規定に抵触する契約期間が定められている。
しかしながら,労働契約の内容は,就業規則によるものとされる一方,労働者と使用者が就業規則よりも有利な労働条件で労働契約を締結することも認められている(労働契約法7条,12条)。そして,本件労働契約の契約期間は,準社員就業規則の定めよりも長期で原告にとって有利な定めといえる。そうすると,本件労働契約で定めた契約期間が準社員就業規則に定める契約期間よりも長期であったとしても,そのことから,本件労働契約が期間の定めのない労働契約であったとみることはできない。

エ また,原告は,原告の給与は基本給年俸制であるが,被告の就業規則では,正社員にしか年俸制の定めがないと主張する。
そもそも,原告の給与は基本給(月給)が定められているだけであり,年俸制なのかどうかは雇用契約書上定かではないが(甲2の1),原告,被告双方とも,本件労働契約が年俸制であったこと自体は争っていないようであるので,本件労働契約が年俸制であったことを前提に検討する。
確かに,年俸制については,準社員就業規則には規定はなく,準社員賃金規程によれば,契約社員は時間給とするとされている(準社員賃金規程13条)。
しかしながら,労働契約の内容は,当事者間の合意によるものとされており,就業規則で定める基準に達しない場合のみ,就業規則で定める労働条件によるものとされている(労働契約法7条,12条)。そうすると,原告については,有期労働契約を前提としながらも,個別の合意により年俸制を設定したと解するのが相当であり,原告が主張するように本件労働契約が年俸制であることから直ちに本件労働契約が期間の定めのない労働契約であったということはできない。

オ さらに,原告は,労基署から未払残業代の指摘を受けた際,正社員に適用される社員賃金規程で清算されている等と主張している。
しかしながら,労働契約の内容は,当事者間の合意によるものとされており,就業規則(賃金規程も含まれる)で定める基準に達しない場合のみ,就業規則で定める労働条件によるものとされている(労働契約法7条,12条)。そうすると,原告については,有期労働契約を前提としながらも,未払残業代の清算については社員賃金規程によって行ったと解するのが相当であるし,そもそも,残業代については,法令で定められた割増率以上の割増賃金を支払えばよいとされているところでもある(労働基準法37条1項)。以上から,被告が原告の未払残業代を社員賃金規程で清算した事実があったとしても,そのことだけから原告が正社員であったと認めることはできない。

2 争点(2)イ

(1) 本件労働契約が,期間の定めのない労働契約に転化していたといえるか,又は,契約継続について合理的な期待があるといえるか

ア 認定事実

(ア) 本件労働契約の際締結された雇用契約書によれば,雇用期間は,平成21年3月11日から平成23年11月5日までとされており,特約事項として,「60歳以降は6ヶ月単位の嘱託契約です。」と記載されている(甲2の1)。

(イ) C部長は,原告と本件労働契約を締結する際,必ず60歳以降も契約を結ぶという話はしておらず,また,これまで被告において有期労働契約で契約終了後,契約更新をせずに終了した者は2,3人いる(証人C)。
この点,原告は,C部長から,60歳以降も必ず契約を結ぶという話をされたと主張するが,かかる主張を認めるに足りる証拠はない。

(ウ) 原告は,技術部(途中から技術管理部に名称変更)に所属しており(甲2の1,証人F),被告のA工場で働いていた(証人F)。原告の業務内容は,技術的なものであり,工場の施設,機械の調整,整備,修理及び設計などであった(〈証拠略〉,原告本人)。

(エ) 原告は,本件雇止めの通告を受けた平成23年9月29日以降も,業務依頼書による業務の依頼を受けていた(〈証拠略〉)。

(オ) 被告は,平成23年9月29日,原告に対し,本件労働契約について,同年11月5日をもって満了したことにより終了したことを通知することで,本件雇止めを行った(〈証拠略〉)。

(カ) 有期労働契約については,その期間や更新,雇止めについてトラブルが多く見られることから,厚生労働省が「有期労働契約の締結,更新及び雇止めに関する基準」(平成15年10月22日厚生労働省告示第357号,平成20年1月23日厚生労働省告示第12号以下「有期労働契約基準」という。)を定めており,有期労働契約締結時において,①期間満了後における契約更新の有無,②更新する場合,更新しない場合の判断の基準を明示するよう定めている。もっとも,有期労働契約基準に違反しても,直ちに罰則の適用があるわけでもなく,行政指導の対象になりうるものとされている。

イ 評価

(ア) 期間の定めのない労働契約に転化しているといえるかについて

そもそも,有期労働契約が期間の定めのない労働契約に転化しているような場合とは,有期労働契約が反復更新されて期間の定めのない労働契約と実質的に異ならない状態となった場合であるところ,上記ア(ア)のとおり,本件労働契約は,雇用期間が明確に規定されていることに加え,上記ア(オ)のとおり,1度も更新されることなく本件雇止めがなされていることからすれば,本件労働契約が期間の定めのない労働契約に転化していたと評価することはできない。

(イ) 契約継続について合理的な期待があるといえるかについて

確かに,上記第2の1(6),(7)のとおり,被告では,正社員と契約社員を含む準社員とでは,明確に就業規則を分けて規定しており,その待遇について,賞与の有無などで差異を設けている。
また,本件労働契約は,原告が満60歳に達する日をもって終了することになっているところ,満60歳が被告の正社員の定年になっていることや,本件労働契約上,原告は契約社員として雇用されているが,上記ア(ア)のとおり,期間満了後は嘱託社員としての雇用が予定されており,準社員としての地位も切り替わることが予定されているなど,本件労働契約については必ずしも契約継続するとは限らない状態にあるといえる。
なお,本件労働契約については,有期労働契約基準で定めるような期間満了後における契約更新の有無や,更新する場合,更新しない場合の判断の基準については記載されていない。もっとも,有期労働契約基準の性質は,上記ア(カ)のとおりであり,本件労働契約に有期労働契約基準に定める基準が規定されていないことと,契約継続に対する合理的な期待が生じるか否かは別問題といわざるを得ない。
また,原告は,本件雇止めの通告を受けた平成23年9月29日以降も,上司から業務依頼書による業務依頼を受けているが(〈証拠略〉),希望納期が本件雇止めの日である平成23年11月5日以前のものであったり,希望納期が不明なものも依頼内容からしてさほど長期にわたる業務とも思えない(〈証拠略〉)ことに加え,原告は,被告から本件雇止めの通告を受けていた以上,その後,上司から業務依頼がなされたとしても,重大な業務依頼を受けているわけでもないのであれば,契約継続に対する合理的な期待が生じるとは認めがたい。
また,原告は,労基署との対応もしたと主張しているが,どのような対応をしたのか不明であるし,原告の所属は技術部(技術管理部)であるところ,原告の未払賃金に関して労基署と対応したということであれば,被告の業務として原告が労基署との対応を行ったとは評価しがたいところである。
しかしながら,上記ア(ウ)のとおり原告の担当業務は広く,技術部(技術管理部)全体に及ぶものであり,臨時的な業務であったとは認めがたい。また,上記ア(ア)のとおり,本件労働契約締結時に作成された雇用契約書には,特約事項として60歳以降は6か月単位の嘱託契約が予定されているかのような記載があり,実際,被告において,60歳以降の労働者を嘱託社員として雇い入れることが準社員就業規則に定められている(甲3の2)。また,C部長は,これまで被告において有期労働契約で契約終了後,契約更新をせずに終了した者は2,3人いると述べているが,人数として多いとはいえないし,これらの者の業務内容などの有期労働契約の内容は不明であり,原告と単純に比較することはできない。
以上からすると,本件労働契約については,契約継続に対する原告の合理的な期待が存在したと認めるのが相当である。

(2) 本件雇止めの有効性

ア 認定事実

(ア) 被告は,原告に対し,平成23年10月5日付けの書面をもって,本件雇止めの理由として,「周囲との関係等を含む貴殿の勤務態度等によるものです。」と説明していた(〈証拠略〉)。被告は,平成23年12月20日付け回答書(〈証拠略〉)において,本件雇止めの理由として,被告の極めて重要な顧客に対してその顧客及び被告の利益を害する発言(原告が被告の業務に関する事項について自己の特許を申請する旨)をし,被告の信用を著しく傷つけたこと,他の従業員に対して挑戦的又は不適切な言動が存すること,FAX及びインターネットの私的利用が存すること,勤務中のアルバイトを私用に従事させたこと,被告に対し,契約上も法律上も支払義務のない賞与等を支払うよう不当な要求を執拗に行っていることと説明した。

(イ) 被告は,E社やL社の下請会社であり,E社などが製造する化粧品などを容器に詰める作業をしていた。被告は,平成17年ごろ,E社からの要請もあり,しごき部材嵌入工法を用いた装置(以下「しごき部材嵌入装置」という。)の試作機を製作することになった(〈証拠略〉,証人F)。

(ウ) 原告は,平成23年7月25日,被告のH室長とF部長としごき部材嵌入装置の特許について話し合った。その際,H室長とF部長は,被告の方針として公開技報に申請したいと述べ,また,E社と被告の共同出願にしたい旨述べた(〈証拠略〉)。原告は納得しなかったため,H室長とF部長は,原告が特許申請するならどうぞと言ったが,結局,原告は特許申請しなかった(〈証拠略〉,原告本人)。
この点,原告は,特許申請議事録(〈証拠略〉)の記載をもって,被告が,しごき部材嵌入装置について原告が発明者であることを認めたと主張している。しかし,そもそも同議事録は原告が作成したもので,逐語訳でもなく前後のやりとりが不明であるし,同装置の発明者について平成24年4月3日にも原告と被告代理人との間で話合いをしている(〈証拠略〉)ことからすれば,同議事録の記載から,被告が原告を発明者であることを認めていたとはいいがたい。

(エ) 原告は,平成23年11月29日,同年12月27日,平成24年1月20日,被告と団体交渉を行った。原告は,平成23年12月27日の団体交渉の際,E社の担当者にこれ以上待てないのでしごき部材嵌入装置について原告において申請してもよいかと連絡した旨発言した(〈証拠略〉)。この点,原告は,自分で特許申請するとの発言はしていないと述べるが,いずれにしても,原告がしごき部材嵌入装置について,自分が発明したものであることをE社の担当者にも連絡していたことが認められる。

(オ) 原告は,C部長が被告の社長に言われて社員の代休を清算したときにC部長が勝手にやったと非難したり,C部長からエアコンの掃除を手伝って欲しいと頼んだのを断ったり,C部長が清掃の日当を勝手に決めているとか,C部長が作成した書類に日付が書かれていないことなどを批判した(〈証拠略〉,証人C)。

(カ) 原告は,被告の業務で使用するFAXやインターネットを自らの労働条件の交渉のために私的に使用していた(〈証拠略〉,証人C)。また,原告は,被告との団体交渉の際に,被告のアルバイト従業員にファイルを持ってこさせるなどした(〈証拠略〉,証人C)。

イ 評価

(ア) 被告は,本件雇止めの理由として,①重要な取引先に対し,取引先や被告の利益を害する発言を勝手に行い,被告の信用を著しく傷つけた,②自己に属さない特許権について,自己に属する旨頑強に主張し続けた,③他の従業員に対し,挑戦的,不適切な言動を行った,④被告のFAXやインターネットを私的に利用した,⑤被告の勤務中のアルバイトを私用に使い,問題のある言動を続ける等,数々の問題行動を行ってきたと主張している(以下それぞれ「本件雇止め理由①」ないし「本件雇止め理由⑤」という。)。

(イ) 本件雇止め理由①,②については,下記7のとおり,原告は,しごき部材嵌入装置の発明者であるとは認めがたいところ,上記ア(ウ)のとおり,被告がE社との共同で特許申請をしようとしていたにもかかわらず,これに納得せず,自分が発明者であることを頑強に主張し,被告の重要な顧客であるE社に対し,自分が発明者であるかのような申入れを行うに至っている。原告が,被告の重要な顧客であるE社に対し,かような申入れをしたことによって,被告の信用が毀損され,厳重な注意がなされたであろうことは想像に難くないところであり,原告の言動により,被告の業務に支障が生じたことが認められる(〈証拠略〉,弁論の全趣旨)。

(ウ) 本件雇止め理由③について,具体的に認められる事実としては,上記ア(オ)のとおりであり,確かに,原告とC部長との折り合いが悪かったことは認められるものの,日常的な些細なことを巡って対立していたものにすぎず,原告が周囲の全ての従業員との折り合いが悪かったような事実も認めがたい。

(エ) 本件雇止め理由④については,上記ア(カ)のとおり,原告が私的に被告のFAXやインターネットを利用した事実が認められるものの,その回数は不明であり,被告の業務に何らかの支障が出ていたような事実は認めがたい。また,被告が原告に対し,私的利用をしないよう指導注意をした事実も認められない。さらに,原告が労働条件に関する交渉で使用したということであれば,純粋な私的利用といいがたい面もある。

(オ) 本件雇止め理由⑤については,上記ア(カ)のとおり,原告が被告との団体交渉の際に被告のアルバイトにファイルの束を持たせた事実が認められ,原告が私用で被告の従業員を利用することは許されないところである。しかしながら,どの程度の時間,アルバイトを利用したのかなど,詳細も不明であり,それによって被告の業務にいかなる支障が生じたのかも不明である。

(カ) 以上のとおり,本件では,少なくとも本件雇止め理由①,②については客観的に合理的な雇止め理由になるといえる。そして,そもそも,本件労働契約は,有期労働契約であり,その契約期間も2年8か月で一度も更新されたことがないこと等からすれば,契約継続について期待があるといっても,さほど高度の期待があるとまではいいがたいこともあわせて考えてみれば,本件雇止めについては,客観的に合理的な理由があり社会通念上も相当であるといえる。

3 争点(3)ア

(1) 認定事実

ア 平塚労基署の指導

(ア) 被告のA工場は,平成22年6月ころ,平塚労基署の立入調査を受け,原告の残業代の未払について指導を受けた(〈証拠略〉)。

(イ) 被告では,出退社の際に,タイムカードに打刻することになっており,タイムカードの打刻時間を元にして,残業計算書(〈証拠略〉)を作成した。

(ウ) 平塚労基署は,平成24年5月30日,被告に対し,原告の未払残業代の指導を行った。具体的には,①平成22年7月の割増賃金清算時に基本給を41万7000円とすべきところ36万7000円としたために生じた不足分の清算として9万2935円,②平成22年4月から平成23年11月までの時間外労働217時間40分についての未払残業代65万6701円,③早出出勤の必要性が20日間あり,1日当たり1時間として,未払残業代6万0340円,④休日出勤した日が25日間あるとして,その時間外手当60万3400円の合計141万3376円を支払うよう指導した(〈証拠略〉)。

(エ) 被告は,平成24年5月31日,平塚労基署の指導に従い,原告に対し,141万3376円を支払った(〈証拠略〉)。

イ 早出出勤

(ア) 原告は,朝,大体7時30分前後に出社し,出社するとタイムカードに打刻し,作業服に着替えた後,そのまま事務所に行くこともあれば,食堂で話を聞くということもしていた。始業前にどうしても早く行ってやらなければならないという仕事が常時あるわけではなかったが,働く前にいろいろやることはあった(原告本人)。

(イ) 被告は,平塚労基署の立入りの際,従業員はタイムカード打刻後,始業時刻前まで食堂で談笑したりしていること,時間外労働をする場合上長の許可が必要とされているが,原告の早出出勤については上長の許可がないことを説明した。平塚労基署は,かかる被告の説明を受けて,上長が早出した時間に限って,事実上,上長の許可があったと取り扱うことが可能であるということで,その分に該当する時間外手当6万0340円を原告に支払うよう指導した。(弁論の全趣旨)

(2) 評価

原告は,早出出勤について,タイムカードの打刻時間どおり全額認められるべきであるとして,平成22年9月から平成23年11月までの150.9時間分の残業代(45万5265円)から既払の6万0340円を差し引いた39万4925円を請求している。
そもそも,労働基準法上の労働時間に該当するか否かは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであり,使用者の指揮命令下にあるか否かについては,労働者が使用者の明示又は黙示の指示によりその業務に従事しているといえるかどうかによって判断されるべきである。
そして,終業時刻後のいわゆる居残残業と異なり,始業時刻前の出社(早出出勤)については,通勤時の交通事情等から遅刻しないように早めに出社する場合や,生活パターン等から早く起床し,自宅ではやることがないために早く出社する場合などの労働者側の事情により,特に業務上の必要性がないにもかかわらず早出出勤することも一般的にまま見られるところであることから,早出出勤については,業務上の必要性があったのかについて具体的に検討されるべきである。
本件では,上記第2の1(2)のとおり被告の始業時刻は8時30分であるところ,原告は常にそれよりも1時間も早い,7時30分前後に出社していたとのことであるが,そもそも1時間も早く職場に来る必要性があったことを認めるに足りる証拠はない。また,原告自身,タイムカード打刻後,食堂でいろいろ話をすることがあったとか,常時やらなければならない仕事があったわけでもないと述べている(原告本人)。さらに,被告は,平塚労基署から原告の上長が早出出勤しているときは,早出出勤の必要性があったとして,早出出勤分の残業代を支払うよう指導を受け,これに従い,6万0340円の時間外手当を支払っている。
そうすると,原告が残業代を請求している早出出勤については,労働時間に該当すると認めるに足りる証拠はないものといわざるを得ず,原告の請求は認められない。

(3) 原告の主張

原告は,被告が黙示的に早出出勤を命じていたと主張する。
確かに,議事録(〈証拠略〉)には,G工場長が「技術の人は,対外注業者との関係もあり,始業前,終業後の30分程度の時間外勤務は当然発生するだろう。」と述べたことが認められる。しかしながら,同議事録は,原告が作成したもので,逐語訳でもなく,その前後のやりとりも不明であるから,直ちにその記載内容を信用することはできない。また,仮にG工場長がかかる発言をしたとしても,始業時刻前のみならず終業時刻後も含めて30分程度の時間外勤務という曖昧な表現をしていることに加え,いずれにしても,始業時刻前に1時間もの早出出勤をする必要性があるとは述べておらず,かかるG工場長の発言だけから,被告が原告に対し,始業時刻前に黙示的に残業を命じていたとまでは認められない。

4 争点(3)イ

(1) はじめに

ア 時間外割増賃金及び休日割増賃金について

使用者は,労働者に1週間について40時間を超えて労働させてはならず(労働基準法32条1項),使用者が1週間について40時間を超えて労働者を労働させた場合,1.25倍の時間外割増賃金を払う必要がある(労働基準法37条1項)。また,使用者は,労働者に対して,週1回休日を与えなければならず(労働基準法35条),使用者がかかる法定休日に労働者を働かせた場合,1.35倍の休日割増賃金を払う必要がある(労働基準法37条1項)。

イ 休日の振替について

休日の振替とは,就業規則等において休日として定められ労働義務のないとされている日をあらかじめ他の労働義務のある日と交換してその休日を労働義務のある日として,他の労働義務のある日を休日として労働義務のない日とすることをいう。休日の振替が認められるためには,いかなる事由が認められる場合にいかなる方法によりできるのかを就業規則に定める必要があり,仮に就業規則がない場合,労働者の同意によることも可能と考えられる。もっとも,休日振替を行った場合でも,週休制の原則が排除されるわけではないので,振り替えられる日を含む週から4週間以内の日で,振り替えるべき日を特定して行わなければならない。そして,休日の振替がなされると当該休日は労働日となり,その日に労働者を労働させても休日労働とはならない。ただし,振り替えたことにより当該週の労働時間が1週間の法定労働時間を超えるときは,その超えた時間については,時間外労働となり,1.25倍の時間外割増賃金を支払う必要がある。

ウ 代休について

代休とは,休日の振替の手続をあらかじめとることなく休日に労働させた上で,後に休日労働の代償として他の労働日を休日とすることである。代休の場合は,休日に労働したこと自体に変わりはないので,働いた日について休日労働の性格が否定されるわけではない。

(2) 判断

ア 本件で,原告が実際に働いた日及びタイムカードの打刻時刻は,残業計算書(〈証拠略〉)のとおりである(弁論の全趣旨)。
原告は,別紙1のとおり,休日出勤手当を請求しているが,そのうち平成23年4月9日,同月30日,同年7月23日,同年10月1日,同月10日は,そもそも稼働実態が認められないから(〈証拠略〉),休日割増賃金も時間外割増賃金も発生しない。
また,原告は,別紙1のとおり,休日出勤手当を請求しているが,そのうち平成22年12月19日,平成23年5月28日,同年6月11日,同年8月20日,同月21日,同年9月17日,同月19日にかかる請求金額を明らかにしていない。このうち,平成22年12月19日,平成23年5月28日,同年6月11日,同年8月20日,同月21日は,被告は,休日出勤にかかる賃金を支払済みであることが認められ(〈証拠略〉,弁論の全趣旨),残りの平成23年9月17日,同月19日については,被告は休日の振替を主張しており,原告もこれを認めているところである。そうすると,これらの日についての原告の休日出勤手当の請求は認められない。

イ そうすると,別紙1のうち上記アの年月日を除いた,平成22年11月28日,平成23年4月17日,同月23日,同月29日,同年5月7日,同年7月18日,同月21日,同月30日,同年9月3日,同月23日,同年10月8日,同月22日について休日出勤手当の請求が認められるか否かを検討する。

ウ ところで,上記(1)アのとおり,1.35倍の休日割増賃金が発生するのは週1回の休日すなわち法定休日に労働させた場合であるが,上記イの日が属する週(月曜日から日曜日)において他に休日が1日以上存在することが認められる(〈証拠略〉)から,上記イの日は,労働基準法35条にいう法定休日に該当せず,休日割増賃金は発生しない。
もっとも,原告は,法定外休日については,1.25倍の割増賃金を払うべきとも主張しており,週40時間を超過した時間外労働時間について1.25倍の時間外割増賃金を支払うように求めている。
そこで検討するに,平成23年4月17日,同月29日,同年5月7日,同年7月18日,同月21日,同年9月23日については,これらの日が属する週(月曜日から日曜日)において休日が2日以上存在するため,これらの日の労働について,週40時間を超える時間外労働に該当するとみることはできない。
他方,平成22年11月28日,平成23年7月30日,同年9月3日,同年10月8日については,これらの日の労働について,週40時間を超える時間外労働に該当する(ママ)いえる。また,平成23年4月23日,同年10月22日については,被告も休日出勤手当が不払であることを認めている。そこでこれらの日の労働について,休日割増賃金ではなく時間外割増賃金として計算し直すと(原告請求額×3017円÷3258円)別紙2〈略-編注。以下,同じ〉のとおり,原告に対する未払の時間外割増賃金は12万9772円となる。

エ 以上からすると,原告が休日出勤手当として主張している43万9874円(請求の趣旨で請求しているのは38万6176円)については,そもそも,法定休日に該当するのは,平成22年12月19日だけであるところ(〈証拠略〉),その分の休日割増賃金は支払済みであり,その余の休日出勤手当については,原告の請求は時間外割増賃金の限度で認められるところ,別紙2のとおり,認められる時間外割増賃金の額は12万9772円である。
なお,被告は,代休や休日の振替を主張しているところであるが,仮に代休や休日の振替が認められたとしても,上記(1)イ,ウのとおり,週40時間を超過した時間外労働時間に対して,1.25倍の時間外割増賃金を支払わなければならないことに変わりはなく,上記認容額を左右するものではない。

5 争点(3)ウ

そもそも本件労働契約には,基本給(月給)の定めがあるだけで,賞与の定めはない(甲2の1)。そして,上記1のとおり,本件労働契約は,有期労働契約であり,準社員就業規則によれば,準社員には,賞与は原則として支給しないものとされている(準社員賃金規程16条1項甲3の2)。
以上からすると,原告が,正社員であることを前提に賞与の支払を求める点については,原告は正社員ではなく契約社員であったものであり,準社員たる契約社員については準社員賃金規程上も賞与の定めがなく,本件労働契約でも賞与を払うことにはなっていないことから,原告の請求には理由がない。

6 争点(4)

原告は,2年の短期消滅時効によって消滅している早出出勤手当,残業手当,休日出勤手当,賞与相当額を不法行為に基づいて請求している。
2年の短期消滅時効(労働基準法115条)にかかる早出出勤手当,残業手当,休日出勤手当,賞与相当額を不法行為に基づいて請求するについては,原告において,被告の不法行為の内容,それによって原告のいかなる権利が侵害され,原告がいかなる損害を被ったのか,不法行為と損害との因果関係の存在,被告の故意又は過失を主張立証する必要がある。
ところで本件において原告は,①被告が黙示的に時間外勤務を命じながら,時間外割増賃金を支払わなかったとか,②被告が本件労働契約どおりに賃金を支払う意思がなく無給で原告を勤務させた等と主張しているが,①については単なる時間外割増賃金の債務不履行を述べているだけであって,不法行為責任の発生根拠について具体的な主張立証がなされているとは認めがたい。また,②については,被告は本件労働契約どおりに基本給(月額)を支払っており,無給で原告を勤務させたとは認めがたい。
なお,本件で,原告が主張している損害は,結局のところ2年の短期消滅時効によって消滅した早出出勤手当,残業手当,休日出勤手当,賞与相当額であって,これらは労働基準法115条で定める短期消滅時効の規定によって消滅しうるものである以上(ただし,本件において被告は2年の短期消滅時効を援用する旨の意思表示は明確にしていない。),損害の発生を認めることは困難でもある。
なお,原告は,被告代理人が,2年以上前の早出出勤手当,残業手当,休日出勤手当,賞与について債務の承認をした(〈証拠略〉)とも主張しているが,原告が引用する回答書(〈証拠略〉)では,明確に2年の時効で消滅している分を除外している旨記載されており,原告の主張するような事実を認めることはできない。
以上からすると,原告の不法行為に基づく損害賠償請求は認められない。

7 争点(5)

(1) 認定事実

ア 被告は,しごき部材嵌入装置を公開技報に申請し,平成23年12月28日,しごき部材嵌入装置は公開された(〈証拠略〉,証人F)。

イ しごき部材嵌入装置は,従来は,化粧品のマスカラの容器(プラスチック製)にゴム製の中栓をはめ込む作業を手作業で行っていたところ,これを機械化したものであり,ゴム製の中栓をつかんで,持ってきて,押さえ込む,外れないようにガイドが出てくるといった一連の動きが予定された装置であり,かかる一連の動きは,B統括が完成させていた(〈証拠略〉,証人F)。

ウ しごき部材嵌入装置は,平成17年頃からE社の要請を受け,被告において技術開発が始まり,B統括が開発を担当し,数百万円をかけて試作機を株式会社Iに発注するなどして技術開発を進めていた。その後,平成21年8月ころ,しごき部材嵌入装置の開発も含めてマスカラの作業(マスカラの容器に液体を充填し,中栓を嵌入し,マスカラの容器にふたを閉める)を機械化するプロジェクトが立ち上がり,原告も参加することになった。当初,中栓の嵌入についてはB統括が一人で担当し,原告はマスカラの液体の充填機のメーカーの選定などをしていた。その後の平成22年2月ころ,B統括がH室長と口論となり,欠勤するようになったため,B統括に代わって原告が外注先との交渉を行うことになった。(〈証拠略〉,証人F)

エ 原告は,B統括が開発したしごき部材嵌入装置を実際工場で稼動させる機械として完成させるに当たって調整を行った。具体的にはチャック先端爪形状を再設計したり,サーボモーターを導入した。(〈証拠略〉,証人F)

オ 被告は,原告がしごき部材嵌入装置を発明したと考えていたわけではなかったが,原告が同装置を自ら発明したと主張していたため,平成23年7月25日,H室長及びF部長が原告と面談し,同装置について公開技報に申請しようとしているという話をした(〈証拠略〉,証人F,原告本人)。その際,原告は,同装置は自分が発明した旨主張した。これに対し,F部長やH室長は,原告に対し,特許申請するならどうぞと言ったが,実際に原告が特許申請をすることはなかった(原告本人)。被告は,同装置を公開技報に申請し,平成23年12月28日,公開技報で公開された(証人F)。

(2) 評価

そもそも,発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう(特許法2条1項)ところ,原告は,自らがしごき部材嵌入装置を発明考案したと主張しているが,本件において原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
上記(1)イ,ウのとおり,しごき部材嵌入装置は,平成17年頃からB統括が中心となって開発が行われており,原告は,平成22年2月,B統括からしごき部材嵌入装置の開発を引き継いでいるが,その頃には,ゴム製の中栓をつかんで,持ってきて,押さえ込む,外れないようにガイドが出てくるといったしごき部材嵌入装置の一連の動きは完成していたことが認められる。
そして,上記(1)エのとおり,原告が行ったのは,しごき部材嵌入装置を実際に稼動させる際に,問題なく動くようにチャック先端爪形状を再設計したものであるが,これは,実際にしごき部材嵌入装置を稼動させるにあたっての微調整にすぎないといわざるを得ず,原告がしごき部材嵌入装置を発明したとまでいえるものではない。また,原告は,しごき部材嵌入装置にサーボモーターを利用する改良を加えているが,サーボモーターの利用自体は,多少の技術的知識があれば思いつくようなものであり(証人F),やはり原告がしごき部材嵌入装置を発明したとまでいえるものではない。

(3) なお,以上の点を措くとしても,原告は,被告に対して不当利得に基づいて165万円の金銭の支払を請求しているが,そもそも,しごき部材嵌入装置について,原告が主張するような1個当たりの効果金額(5円)を生み出しているとか,月間生産数(1万5000個)といった点については,これを認めるに足りる証拠もなく,かかる点からも原告の請求は失当である。

8 まとめ

上記1のとおり,本件労働契約は有期労働契約であると認められるから,争点(2)アについて判断する必要を認めない。
そして,上記2のとおり,本件労働契約は,有期労働契約であるところ,期間の定めのない労働契約に転化していたとまではいえないが,契約継続について合理的な期待があるため,本件雇止めには,解雇権濫用法理が類推適用されるものの,客観的に合理的な理由があり,社会通念上も相当であるといえ,本件雇止めは,有効である。
上記3ないし5のとおり,休日出勤手当(時間外割増賃金)の一部について未払が認められるところであり,被告に対して,時間外割増賃金(12万9772円)の支払と,労働基準法114条によりこれと同額の付加金を命じるのが相当である。
そして,上記6,7のとおり,原告の不法行為に基づく損害賠償請求と不当利得の返還請求はいずれも理由がない。
以上のとおりであるから,原告の休日出勤手当(時間外割増賃金)の支払を求める部分の一部及びこれと同額の付加金を求める限度において原告の請求は理由があるが,その余の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

労働問題に関する相談受付中

営業時間:平日(月曜日~金曜日)10:00~18:00 /土日祝日は休業