姪浜タクシー事件

姪浜タクシー事件(福岡地方裁判所平成19年4月26判決)

管理監督者性が肯定された例

1 事案の概要

被告らは,タクシーによる旅客運送等を業とする株式会社であり,被告株式会社Y1は,被告株式会社Y2の親会社である。
原告は,平成9年2月1日にタクシー乗務員として被告Y1に雇用され,平成13年10月から営業職に配置転換となり,平成14年10月以降は営業部次長及びバス事業部の責任者となり,平成16年4月1日付で被告Y2の所長として出向し,平成17年3月5日に退職した。
本件は,原告が被告らに対し,時間外割増賃金と労基法上の付加金及び退職金の残金の請求をした事案である。

2 判例のポイント

2.1 結論

原告は管理監督者に該当し,請求できる時間外手当は深夜割増賃金に限られるとした上,被告Y1と被告Y2に就業中の同割増賃金額を各別に算定し,被告Y1・被告Y2に対する請求の一部を各別に認め,被告Y2に対する退職金残金請求の一部も認めた。

2.2 理由

① 勤務内容・責任・権限

原告は,平成14年10月1日から平成16年3月31日まで,被告Y1の営業部次長の役職にあり,被告Y1における3人の営業部次長のうち筆頭次長で,営業部にはそのもとに200名余りのタクシー乗務員が管理される体制であった。
営業部次長として勤務シフト作成して終業点呼や出庫点呼等を通じて多数の乗務員を直接に指導・監督する立場にあった(乗務員の労務ないし乗務の管理は営業部次長が判断)。乗務員の募集も面接に携わって採否に重要な役割を果たし,出退勤も唯一の上司B専務から何らの指示も受けていない。経営協議会のメンバーで,被告の代表として会議等へ出席していた。
また,原告は,平成16年4月1日から退職するまで,被告Y2の所長として,役員を除けば最高責任者の地位にあり,乗務に関する事項の一切及び営業,労働管理の一切を任されて,全従業員を直接・間接に統括管理し指導する立場にあり,乗務員の採用決定も行っていた。これらを総合考慮して管理監督者に該当すると認めるのが相当である。

② 勤務態様

出退勤時間について特段の制限を受けていない。会社への連絡のみで退社ができる状況にあったもので出退勤時間の自由があった。

③ 賃金等の待遇

相応の責任ある地位に就いていた。
月額39万4000円(基本給36万4000円役職手当3万円),年収700万円余りで従業員の中で最高額であった。

3 判決情報

3.1 裁判官

裁判官:鈴木博

3.2 掲載誌

労働判例948号41頁

4 主文

1 被告株式会社Y1は,原告に対し,2990円及びこれに対する平成17年3月8日から支払ずみまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告株式会社Y2は、原告に対し,48万4298円並びに内金5538円に対する平成17年3月8日から支払ずみまで年14.6パーセントの割合による金員及び内金47万8760円に対する平成17年3月6日から支払ずみまで年6パーセントの割合による金員を各支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告に生じた費用の2分の1と被告株式会社Y1に生じた費用を原告の負担とし,原告に生じた費用の2分の1と被告株式会社Y2に生じた費用を25分し,その24を原告の負担とし,その余を被告Y2の負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告株式会社Y1が2000円の担保を,被告株式会社Y2が33万円の担保をそれぞれ供するときは,その各仮執行を免れることができる。

5 理由

事実

第1 当事者の求めた裁判

1 請求の趣旨

⑴ 被告らは,原告に対し,連帯して,1111万2670円並びに内金500万6875円に対する平成17年3月8日から支払ずみまで年14.6パーセントの割合による金員,内金500万6875円に対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまで年5パーセントの割合による金員及び内金109万8920円に対する平成17年3月6日から支払ずみまで年6パーセントの割合による金員を各支払え。
⑵ 訴訟費用は被告らの負担とする。
⑶ 仮執行宣言。

2 請求の趣旨に対する答弁

⑴ 原告の請求をいずれも棄却する。
⑵ 訴訟費用は原告の負担とする。
⑶ 仮執行免脱宣言。

第2 当事者の主張

1 請求原因

⑴ 被告らは,タクシーによる旅客運送等を業とする株式会社であり,被告株式会社Y1(以下「被告Y1」という。)は,被告株式会社Y2(以下「Y2」という。)の親会社である。
原告は,平成9年2月1日にタクシー乗務員として被告Y1に雇用され,平成13年10月から営業職に配置転換となり,平成14年10月以降は営業部次長及びバス事業部の責任者となり,平成16年4月1日付で被告Y2の所長として出向し,平成17年3月5日に退職したものである。

⑵ 時間外手当
ア 原告の被告らにおける平成14年から退職までの基準内賃金は月額38万円(基本給32万円,役務給3万円,車輌手当3万円)であり,毎月1日から月末までの分を翌月7日に支払うこととされていた。
イ 時間外手当算定の基礎となる原告の1時間あたりの賃金額は,法定労働時間(週40時間)を前提に計算すると,2186円である。
計算式:(38万円×12か月)÷(365日÷7日×40時間)=2186円
ウ 被告Y1における時間外手当は,次のとおりである。
(ア) 被告Y1における事実上の勤務時間は,午前8時から午後5時まで(休憩1時間を含む。)であるところ,原告は,平成14年10月から平成16年3月31日まで,出勤日には,毎朝午前6時までに出勤して午前8時までの2時間は終業点呼や出庫点呼等に従事しており,午後7時以前に退勤した日はなかった。
(イ) また,原告は,上記期間において,毎月1回の割合で深夜午後10時以降の街頭指導業務を少なくとも各1時間30分は行っていた。
(ウ) 原告は,被告Y1における4週6休制の下において,出勤日には少なくとも12時間の労働を行っているから,4週当たりにおける原告の残業時間は,少なくとも104時間である。
計算式:12時間×(28-6)日-40時間×4週間=104時間
したがって,原告が支払を受けるべき平成15年9月1日から平成16年3月末までの時間外手当は,下記合計219万6226円を下らない。
a 法外残業 216万1797円
2186円/時間×104時間/4週×213日/7日×125%=2161797円
b 深夜残業 3万4429円
2186円×1.5時間×1日×7か月×150%=34429円
エ 被告Y2における時間外手当は,次のとおりである。
(ア) 被告Y2における事実上の勤務時間は,午前8時から午後5時まで(休憩1時間を含む。)であるところ,原告は,平成16年4月から平成17年2月22日まで,出勤日には,毎朝午前6時までに出勤して午前8時までの2時間は終業点呼や出庫点呼等に従事しており,日勤日には午後7時まで,当直日には深夜4時間の仮眠時間を挟んで翌日午前9時まで配車の手配等の業務に従事した。
その勤務時間は,日勤日が昼休みの1時間を除いた12時間であり,当直日が昼休み1時間及び仮眠時間4時間を除いた22時間であり,その勤務回数は,当直について別紙勤務時間表の①回数欄記載のとおりであり,日勤について同表の②回数欄記載のとおりである。
(イ) また,原告は,上記期間において,毎月一,二回の割合で,中洲や天神において深夜午後10時以降の街頭指導業務を行っており,その勤務時間及び勤務回数は,同表の④ないし⑦記載のとおりである。
(ウ) 被告Y2における4週6休制の下において,原告の毎月の所定労働時間は同表の⑩記載のとおりであり,実際に勤務した時間(同表の⑧)から法定労働時間(同表の⑩)を控除した時間が時間外労働時間となる。そして,原告の平成16年4月から平成17年2月までの時間外労働が958時間,深夜労働が353時間となる。
したがって,原告が支払を受けるべき時間外手当は,下記合計281万0649円を下らない。
a 法外残業 261万7735円
2186円×958時間×125%=2617735円
b 深夜残業 19万2914円
2186円×353時間×25%=192914円

⑶ 付加金
労働基準法114条に基づき,上記時間外手当合計額と同額の281万0649円の付加金の支払を求める。

⑷ 退職金
ア 原告は,平成9年2月1日に被告Y1に入社し,平成17年3月5日に被告らを退職した。
イ 被告らの昭和58年12月1日改正の退職金規程(以下「改正規程」という。)によれば,退職金は,138万6240円となる。すなわち,
基礎金額は,基準内給与38万円の60パーセントである22万8000円となり,原告は,勤続年数8年1月であるから,支給率は6.08倍であり,これを上記基礎金額に乗ずると,138万6240円となる。
なお,改正規程によれば,自己都合退職の場合には,さらに支給金額を減ずる旨の条項が存するが,原告は,被告Y2から,乗務員の起こした死亡事故の責任をとる形で辞めて欲しいと求められたことに応じて退職したものであり,会社都合による退職と同視し得るものであるから,減額の対象とはならない。
被告らは,原告に対し,退職金として28万7320円を支払ったから,その残金は109万8920円となる。

⑸ よって,原告は,被告らに対し,雇用契約に基づき,時間外手当合計500万6875円及びこれに対する最終賃金支払日の翌日である平成17年3月8日から支払ずみまで賃金の支払の確保等に関する法律6条所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払,労働基準法114条に基づき,付加金500万6875円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払,並びに,雇用契約に基づき,退職金残金109万8920円及びこれに対する退職の日の翌日である平成17年3月6日から支払ずみまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を各求める。

2 請求原因に対する認否

⑴ 請求原因⑴は認める。
ただし,原告は被告Y2に出向したものではなく,転籍したものであり,原告が営業職に配置転換になったのは,平成13年4月1日である。
⑵ 請求原因⑵アのうち,車輌手当が基準内賃金額に含まれることは否認し,その余は認める。
⑶ 請求原因⑵イないしエは否認する。
原告は監督もしくは管理の地位にあるものであるから,原告が支払を受けるべき時間外手当は存在しない。
被告らにおける職員の一般的な勤務時間は午前8時から午後5時であるが,原告は出退勤時間が自由であった。
また,街頭指導業務は,午後9時からまたは午後10時30分からのいずれかであり,拘束時間は約1時間程度であり,雨天の場合は行われなかった。原告が街頭指導業務を担当するのは3か月に2回よりも少なかったし,担当した翌日は遅めに出勤していた。
⑷ 請求原因⑶は否認ないし争う。
⑸ 請求原因⑷アのうち,原告が被告Y1に入社した日は否認し、その余は認める。
原告が本採用となって入社したのは平成9年6月1日である。
⑹ 請求原因⑷イのうち,改正規程が存すること,被告Y2が退職金として28万7320円を支払ったことは認め,その余は否認する。
退職金の算定は,平成16年4月末に変更した退職金規程(以下「新規程」という。)に依拠すべきであり,これによれば,原告の退職金28万7320円であって,既に支払ずみである。

3 抗弁

⑴ 管理監督者(請求原因⑵に対して)
ア 原告は,いわゆる管理監督者に該当するから,被告らが原告に支払うべき時間外手当は存在しない。すなわち,
イ 原告は,平成14年10月1日から平成16年3月31日まで,被告Y1の営業次長として,役員を除けば最高責任者の地位にあり,乗務に関する事項の一切及び営業,労働管理の一切を任されて,全従業員を直接・間接に統括管理し指導する立場にあった。労使間の取決めに関して使用者側を代表して組合との交渉に当たっており,被告Y1の機密事項を取り扱う経営協議会の内容を文書により報告を受けており,乗務員の採用決定を行っていた。
また,原告は,平成16年4月1日から退職するまで,被告Y2の所長として,役員を除けば最高責任者の地位にあり,乗務に関する事項の一切及び営業,労働管理の一切を任されて,全従業員を直接・間接に統括管理し指導する立場にあり,乗務員の採用決定も行っていた。対外的には,タクシー協会の指導委員会へ被告Y2を代表して出席し,街頭指導業務等について他の管理職への割り振りを行うなどしていたのである。
ウ 原告は,被告Y1では最高クラスの給与が,被告Y2では最高額の給与が支給されており,年3回の賞与についても格別の配慮を受けていた。
原告の給与・賞与の合計額は,平成15年が600万8000円,平成16年が647万6000円であり,職員である配車係の給与が420万ないし470万円,他の一般的な男性職員の給与が430万ないし460万円,一般的な女性職員の給与が230万ないし240万円であることと比較すれば,管理監督者に見合う待遇を受けていたということができる。
エ 原告の出退勤時間は,その自由に任されていたものであり,午前8時直前に出勤したこともあれば,午後には退社することもあり,外出する用事がほとんどないにもかかわらず,日中ずっと外出していることも多かった。

⑵ 退職金規程の変更(請求原因⑷に対して)
ア 平成16年4月末,被告Y1は,退職金規程を新規程に変更した。
これは,乗務員であった者を積極的に職員に登用し,柔軟な人事を実現し会社の利益を図るという方針から,乗務員・職員のそれぞれの期間について,それぞれの退職金規程により退職金を算定し,これを合算したものをもって退職金とすることとしたのであり,合理性を有する。
また,新規程において,入社日は管理職に採用された日ないし本採用の日を意味する。
イ 新規程によれば,原告の退職金は以下のとおり28万7320円となる。
(ア) 乗務員期間(平成9年6月1日~平成13年3月31日)
経年基礎として,乗務員期間である3年10か月に職員経年控除2年を加え,合計5年10か月を当該経年とし,11年に満たない場合の支給率は80パーセントである。
そして,勤続5年の金額は5万円であり,10か月分の金額は8333円であるから,その合計額の80パーセントである4万6660円が退職金額となる(10円未満切り捨て)。
(5万円+8333円)×80パーセント=4万6660円
(イ) 職員期間(平成13年4月1日~平成17年3月5日)
乗務員期間に加算した職員2年控除期間分があるため,経年基礎としては1年11か月となる。
そして,基礎金額掛け率は60パーセント,料率60パーセントであるので,退職金は24万0660円となる(なお,35万円×60パーセント×60パーセント×23/12=24万1500円となり,上記金額には誤りがある。)。
(ウ) 上記合計28万7320円である。

⑶ 請求放棄の合意(請求原因⑵及び⑷に対して)
ア 原告には,①偽造ハイウエーカードを社内で転売していた,②被告Y2の小口現金を私的に流用していた,③平成16年12月に行われた社内餅つき大会の際,出席者等から徴収した資金の残金を着服した,④社内乗務員の家族の葬儀に出席した際,被告Y1所有のジャンボタクシーを出車させ,社内同行者から徴収する必要のない運賃を徴収した,⑤他の社員と飲食した際,各負担金を徴収したが,飲食店に支払をせず着服した,⑥被告Y2の部下であるA主任の車輌手当を本人に渡さず,着服したなどの懲戒解雇に相当する事実があり,被告Y2は,原告を懲戒解雇とする予定であったが,同人から懲戒解雇をしないようにと懇願されたため,死亡事故の責任をとるという形で退職させることにしたのである。
イ 原告と被告Y2は,話合いの中で,原告が被告らに対して有する未払の賃金や退職金の各請求権を放棄する旨合意した。

⑷ 権利濫用(請求原因⑵及び⑷に対して)
原告には,上記⑶アのような懲戒解雇に相当する事実が存するのであり,被告らの厚意によって退職金を受領し,期末手当が支給される時期まで退職を猶予されたにもかかわらず,懲戒解雇されなかったことを奇貨として,未払の賃金や退職金を請求することは権利濫用として許されない。

4 抗弁に対する認否

⑴ ア 抗弁⑴アは否認する。
管理監督者は,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあるものをいい,労働時間や休日,休憩に関する労働基準法の規制の枠を越えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し,その地位に相応しい待遇を現に受けており,勤務態様も労働時間等の法規制に馴染まないような立場にある者を意味するのである。そして,これに該当するというためには,職務内容や職務遂行上,使用者と一体的な地位にあるといえる程度の権限を有し,これに伴う責任を負担しており,出退勤について裁量があって時間的拘束が弱く,その地位に相応しい給与等の処遇がされていることを要するのである。
イ 抗弁⑴イのうち,平成14年10月1日から平成16年3月31日まで,原告が被告Y1の営業次長であったこと,平成16年4月1日から退職するまで,被告Y2の所長であったことは認め,その余は否認する。
原告は,被告らにおいて,被告らの役員であるB(以下「B専務」という。)の指示により,管理指導業務を行っていたにすぎず,組合との交渉に当たったことはない。
また,タクシー協会の指導委員会への出席は,B専務の随行であったにすぎないし,街頭指導業務等への割り振りも他の担当者と相談のうえで決めていたものである。
ウ 抗弁⑴ウのうち,原告が被告Y1では最高クラスの給与が,被告Y2では最高額の給与が支給されていたこと,原告の給与・賞与の合計額が,平成15年で600万8000円,平成16年で647万6000円であったことは認め,他の職員の給与額や原告の賞与については知らず,その余は否認する。
エ 抗弁⑴エは否認する。
オ 原告は,管理監督者に該当するものではないが,仮に,管理監督者に該当するとしても,被告らは,原告に対し,深夜業に伴う割増賃金の支払を免れない。

⑵ ア 抗弁⑵アのうち,改正規程を新規程に変更したことは認め,その余は否認する。
イ 抗弁⑵イは否認する。
被告らは,退職金算定の始期を試用期間終了後としているが,「入社日」という規程の文言や試用期間の法的性質からみて,労働契約の始期を起算日とすべきである。
被告Y1の退職金規程の変更は,労働基準法上の手続が履践されておらず,周知手続も行われていないのであり,内容的にも,不合理で不利益が大きく,無効である。

⑶ 抗弁⑶は否認する。
原告は,偽造ハイウエーカードであると知らずに譲り受け,転売したにすぎず,被告Y2にも顛末書を提出している。
餅つき大会の残金を着服した疑いをかけられたことはあるが,収支計算を行うなどして誤解であることが判明している。
また,原告は,A主任に車輌手当全額を渡している。
さらに,被告ら主張の合意は,労働基準法24条1項に違反するものである。

⑷ 抗弁⑷は否認する。

理由

1 請求原因⑴は当事者間に争いがない。

2 請求原因⑵(時間外手当)及び抗弁⑴(管理監督者)について検討する。

⑴ 証拠(甲8,9,10,11の1ないし5,13,14の1及び2,15の1ないし5,16の1ないし9,20,乙1,4の1ないし8,5,7,8の1ないし3,9,11,23の1ないし4,28の1,29の1,30の1及び2,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告は,平成9年2月1日にタクシー乗務員として被告Y1に入社し,平成13年4月1日に営業課主任に,同年7月1日に営業課係長に,平成14年10月1日にバス事業部を兼務する営業部次長に各就任し,平成16年4月1日に被告Y2所長として転籍した。
イ 平成14年10月当時,被告Y1における社員編成(取締役を除く。)は,総務部,営業部,バス事業部,配車センターの各部署に分けられており,営業部には3名の次長のみが配属されて,その下に,200名余のタクシー乗務員が管理されるという体制であった。また,タクシーの乗務員は15班に分けられて,2名の営業部次長がそれぞれ6班ずつを管理し,バス事業部の営業部次長を兼務する営業部次長(原告)が3班を管理していた。
ウ 被告Y1には5名の取締役がいたが,同被告の経営を実質的に掌握していたのは,B専務であった。
B専務は,平素,午前中は主に社内で勤務することが多かったが,午後には被告Y2や株式会社Cへ巡回に行ったり,会議等への出席のためほとんど外出している状況であった。
また,同専務は,営業部次長等に対し,書面でもって指示を行うことがあった(甲11の1ないし5,13,14の1及び2)。
エ 原告は,営業部次長の地位にあって,運行管理者の資格を有していた。
運行管理者は,一般乗用旅客自動車運送事業を営む場合に,事業用自動車5台以上を管理する営業所において,39台までは1名,以後40台毎に1名を選任しなければならないとされており,その一般的な業務として,運行前点呼の実施,乗務割りの作成,乗務記録と運行記録計(タコグラフ)による管理,乗務員教育,運行後の点呼,事故発生時の措置等を行うものとされている。
オ 原告を含めた3名の営業部次長は,乗務員採用について,履歴書の審査や応募者の面接を行っており,採否に当たり,多くは営業部次長の面接の後にB専務の面接も行われていたが,中には,履歴書の審査だけで不採用としたり,営業部次長限りで不採用とする場合もあり,そのような場合でも,B専務に対してその旨の報告が行われていた。
なお,原告が面接を行った応募者で,B専務の面接に進んだ者の中に不採用になった者はいなかった。
また,同営業部次長らは,協議のうえで勤務シフトの作成を行っており,作成後にはB専務の決裁を得ていた。
カ 原告は,上記オのような業務の他に,平素,毎朝6時までには出勤し,午前中に,他の営業部次長らとともに,終業点呼(帰庫した乗務員の日報やタコグラフの回収,入金の確認,前日の業務に対する注意・指導等)や出庫点呼(出社した乗務員の点呼,免許証や乗務員証の有無の確認,飲酒の有無の確認,始業点検等)に当たり,その後は乗務員が出勤に使っている自家用車の整理等を行っていた。なお,終業点呼及び出庫点呼は,営業部次長の重要な業務であり,原告ら営業部次長がシフトを組んでこれに当たるほか,他の従業員が補助的に同業務に当たっていた。
午後からは,巡回指導や得意先への営業活動等々の業務を行っており,外出することも度々あった。
また,原告は,バス事業部の責任者として,行程表の作成,バス前部に取り付けるプラカードの作成,乗務員の配置決め,顧客との打合せ等を行っており,特に,顧客との打合せが夜間になることが多かったため,退勤時間は,午後10時になることも度々あった。
さらに,時々,中洲,天神及び西新での街頭指導(駐車違反をしているタクシーへの指導や乗客を乗車させる場所の指導等~なお,中洲で午後10時以降の深夜の街頭指導に従事するのは,3か月に2回程度の割合であった。この点,被告らは,街頭指導を行うのはこれよりも少ない回数であったとするが,就労状況を把握すべき被告らから確たる反証がされていないことからして,上記回数程度の割合であったと認める。),営業車両のシフトや原告の担当する班の乗務員の割振り等の業務を行っていた。
キ 被告Y1では,毎月1回の割合で,経営者協議会を行っていた。同協議会は,取締役や主要な従業員が出席して,月次の決算報告や経営上の反省点,方針等に関する話合いが行われたり,交通事故やその事後処理等について,タクシー等の稼働率に関する報告が行われていた。原告は,同協議会に出席したことはなかったが,文書により会議内容に関する報告を受けていた。
ク 被告Y1における始業・終業時刻は,事務職員,小型運転者及び中型運転者の職種別に定められている(就業規則(乙11)第37条(25ページ),別表(56,73,86,92ページ))。
ただし,被告Y1では,3名の営業部次長を含め,従業員全般について,タイムカードによる出退勤時間の管理を行っておらず,乗務員については,出勤簿に出勤時間を記入することとされていた。
なお,B専務が原告に対し,同人の出退勤時間について指示等を行ったことはなかった。
ケ 原告は,被告Y2在勤中,通常,27時間勤務の当直勤務に従事し,その翌日が非番となるというサイクルを2回繰り返し,その翌日が休日となるという勤務態勢にあり,この他に,異なったサイクルであったり,日勤の日が月2日程度あった。
原告は,当直日において,午前6時までには出勤し,午前中は終業点呼や出庫点呼に当たり,日中には巡回指導,得意先等への営業活動,日報やタコグラフの点検,配車業務等を行い,被告Y1の事務所に赴いて,B専務に業務全般の報告を行うとともに,指示を受けていた。また,被告Y2の全事務員が帰宅した後には,1人で予約の電話に応対することもあった。仮眠の後,午前2時ころからは,帰庫した営業車両の終業点呼を行い,さらに,朝にかけて出庫点呼を行っていた。
日勤の場合は,当直日の日中の業務とほぼ同じ業務を行っていた。
なお,これらの勤務サイクルは,原告において作成し,B専務の決裁を得た勤務シフトに従って行われていた。
また,被告Y1と同様に,原告は,街頭指導を行っていた。
さらに,原告は,被告Y2を代表して,B専務とともに,あるいは単独で,対外的な会合に出席することがあった。
コ 原告は,被告Y2においても,被告Y1と同様に,乗務員の採用業務に従事し,入社調書(例えば,乙23の1ないし4)の作成を行っており,原告の面接の後にB専務の面接も行われていた。
サ 原告の給与年額は,被告Y1の乗務員であった平成10年には429万5879円,平成11年には451万3431円,平成12年には537万6955円であり,営業課主任ないし同課係長となった平成13年には546万3161円,営業部次長に就任(10月1日)した平成14年には568万2000円,平成15年には600万8000円(基本給,役務給等を含む。),被告Y2の所長に就任(4月1日)した平成16年には,647万6000円(基本給,役務給等を含む。)であった。
なお,被告Y1における女性事務職員の年収額は230万円ないし240万円程度,配車係の年収額は450万円内外,乗務員の年収額は400万円ないし450万円程度であり,原告の平成15年及び平成16年の年収額は,取締役を除く被告Y1の従業員の中でトップクラスにあり,被告Y2では全従業員中最高額であった。

⑵ ア 上記認定によれば,原告は,被告Y1の営業部次長ないし被告Y2の所長として,終業点呼や出庫点呼等に関する責任者としての地位にあり,これらの業務を通じて,多数の乗務員を直接に指導・監督する立場にあったと認められる。また,乗務員の募集についても,面接に携わってその採否に重要な役割を果たしており,出退勤時間についても,多忙ゆえに自由になる時間がごく少なかったと認められるものの,唯一の上司というべきB専務から何らの指示を受けていないなど,特段の制限を受けていたとは認められない。さらに,他の従業員に比べ,基本給や役務給等を含めて年額600万円ないし650万円の報酬を得ており,被告らの従業員の中ではトップクラスのあったものである。加えて,原告が被告Y1の取締役や主要な従業員の出席する経営協議会について文書で報告を受けたり,被告Y2の代表として会議等へ出席していたことなどの付随的な事情も認められ,これらを総合考慮すれば,原告は,被告Y1の営業部次長及び被告Y2の所長として,いわゆる管理監督者に該当すると認めるのが相当である。
イ この点,原告は,何らの権限を有するものではなく,B専務が実質的な決定権限を持って,平素の業務から乗務員の募集,さらには小口の現金の出納まで業務全般を取り仕切っていたものであり,勤務シフトに拘束されて出退勤時間の自由もなく,待遇面でも十分なものとはいえないし,経営協議会に出席しても報告程度の業務しか行わず,会議等への出席もB専務の指示により出席したまでであって,管理監督者に該当するものではないなどと主張する。
確かに,上記認定によれば,B専務は,複数いる取締役の中にあって被告らの経営を実質的に掌握し,それに伴う大きな権限を有していたものということができ,文書による具体的な指示も行っていたことが認められるところである。
しかし,上記認定に係るB専務の稼働状況等からみて,同専務が業務の子細にわたって具体的な決定を行っていたとは考え難いところである。
また,上記認定事実からすると,B専務から文書等による指示があるとはいえ,具体的には,営業部次長や所長がその判断に基づいて乗務員の労務ないし乗務の管理を行っていたものというべきであり,殊に,タクシー業を営む被告らにおいて,それらの管理が中心的な業務であると認められる(乙5,6,29の1,30の1)ことからすれば,営業部次長ないし所長は,相応の権限を有していたとみるのが相当である。
乗務員の採否についても,営業部次長の段階における履歴書の審査や面接で不採用とする場合があるし,B専務の面接に進んだ者で不採用になった者がいないことからすれば,営業部次長ないし所長の判断が乗務員の採否に重要な役割を果たしていたというべきである。
さらに,出退勤時間については,勤務シフトが作成されていたのは,営業部次長の重要な業務である終業点呼や出庫点呼に支障を来さないためであると認められるのであり,それ自体で出退勤時間の自由がないということはできないし,上記認定のとおり,原告が早朝から深夜まで忙しく業務に従事していたとしても同様というべきである。
加えて,原告は,給与面においても,被告らの従業員の中ではトップクラスの金額を受給しているのであり,経営協議会の内容報告や会議等への出席も,相応の責任ある地位に就いていることの徴表とみることができるところである。
以上からすれば,原告の主張を採用することは困難である。

⑶ 以上によれば,原告が管理監督者に該当するということができるから,その請求できる時間外手当は,深夜割増賃金に限られることになる。
そこで,その金額について検討するに,上記認定によれば,被告Y1において中洲の街頭指導に従事するのは,3か月に2回程度(月0.66回)で,1回について1時間30分であると認められる。
他方,証拠(甲12の1ないし11,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告が,被告Y2において,中洲の街頭指導に従事したのは,平成16年5月12日(1時間30分),同年6月7日(1時間30分),同月17日(30分),同年7月13日(1時間),同年8月16日(1時間),同年9月16日(2時間),同年10月14日(1時間30分),同年12月14日(2時間)であると認められ,その合計時間は,11時間となる。
そして,弁論の全趣旨によれば,原告の基準内賃金は月額35万円(基本給32万円及び役務給3万円の合計額。ただし,車輌手当3万円が基準内賃金に含まれると認めるには足りない。)であると認められるから,時間外手当算定の基礎となる原告の1時間当たりの賃金額は,基本給と役務給の合計額である35万円を週40時間の労働時間として算定すると,2014円となる。
以上からすると,原告の平成15年10月から平成16年3月まで6か月間の深夜割増手当は,2990円となる。
計算式:2014円×1.5時間×6か月×0.66×25%=2990円
また,平成16年4月から退職(平成17年3月5日)までの11時間の深夜割増手当は5538円となる。
計算式:2014×11時間×25%=5538

⑷ 原告の付加金請求については,本件の内容等にかんがみ,これを認めないこととする。

3 請求原因⑷(退職金)及び抗弁⑵(退職金規程の変更)について検討する。

⑴ 昭和58年12月1日に実施された管理職退職金規程(乙9)によれば,係長以上の役職者及び配車係員の退職金の支給について,支給方法や支給額等について定められているところ,同規程は,平成16年5月1日付けで就業規則変更届が福岡中央労働基準監督署長に提出されて,同規程の第4条(支給額)に新たな項目が追加されていること,追加された内容は,「基金一時金は,満額本人に渡すものとする。」,「乗務員期間の算定については,現行の乗務員退職金規定に従い算出するものとする。」,「職員期間の算定については,職員採用時を起点として,職員勤続年数を算出するものとし,3年以上を経過している者については,職員2年控除期間分を,乗務員期間に加算するものとする。」,「上記3つを合算して,職員退職金額とする。」,「その他の取り決めについては,「管理職員退職金規定」に準ずるものとする。」という4項目であることが認められる。

⑵ ア 上記改正規程によれば,原告の退職金額は,基本給と役務給の合計額である35万円に60パーセントを乗じて基礎金額21万円を算出し,これに,原告が勤続年数8年1月であることから管理職員退職金支給率表(乙9)に基づいて支給率である6.08を乗じ,さらに自己都合退社であることから60パーセントを乗ずると,76万6080円となる。
なお,勤続年数の算出は,「入社日より退社の日まで」とされており(第8条),同条に試用期間に関する文言が存しないことからして,上記のとおり平成9年2月1日から平成17年3月5日までの8年1月と認める。なお,「入社日」という文言からして,これを管理職に採用された日と解釈することは困難である。
ただし,原告は,被告Y2から,乗務員の起こした死亡事故の責任をとる形で辞めて欲しいと求められたことに応じて退職したものであり,会社都合による退職と同視し得ると主張するが,それ自体会社都合によるものとは認め難く,採用できない。
イ 他方,新規程によれば,原告の退職金額は,28万8160円となる(上記指摘の計算の誤りを考慮すると,被告らが主張する金額よりも840円多くなる)。

⑶ 以上からすると,被告Y1による退職金規程の変更は,著しい退職金額の差異を生ずるものであり,複数ある規程を合理的に整理したという域を超えるものといわなければならず,変更前と同様の算定方法による退職金が支払われている事例が存すること(乙29の1),従前には乗務員及び一般職員退職金規程(乙25)との整合を図る規程が存在しなかったこと,何ら代償措置がとられていないことなどを併せ考慮すると,上記変更は,著しく不合理であるといわなければならず,原告の退職金額は,改正規程に従い,76万6080円と認めるのが相当である。
そして,被告Y2は,原告に対し,退職金として28万7320円を支払ったから,同被告が支払うべき退職金残額は,47万8760円となる。

4 抗弁⑶(請求放棄の合意)について検討する。

証拠を精査するも,原告と被告らが,原告の被告らに対する未払の賃金や退職金の各請求権を放棄する旨合意した事実を認めるに足りる根拠は見出せない。
したがって,抗弁⑶は理由がない。

5 抗弁⑷(権利濫用)について検討する。

被告らは,原告には,①偽造ハイウエーカードを社内で転売していた,②被告Y2の小口現金を私的に流用していた,③平成16年12月に行われた社内餅つき大会の際,出席者等から徴収した資金の残金を着服した,④社内乗務員の家族の葬儀に出席した際,被告Y1所有のジャンボタクシーを出車させ,社内同行者から徴収する必要のない運賃を徴収した,⑤他の社員と飲食した際,各負担金を徴収したが,飲食店に支払をせず着服した,⑥被告Y2の部下であるA主任の車輌手当を本人に渡さず,着服したなどの懲戒解雇に相当する事実が存する旨主張する。
まず,被告らが偽造ハイウエーカードに関して提出する証拠(乙5,12ないし14)は,いずれも陳述書であってその陳述内容を裏付けるような客観的な根拠に乏しく,原告が警察の取調べを受けながら何らの刑事処分を受けていないことや,原告が偽造ハイウエーカードであると知っていたことを否定していることに照らすならば,上記証拠によって,原告が偽造ハイウエーカードであると知りながらこれを販売したという事実を認めることはできない。
次に,被告Y2の小口現金を私的に流用していたこと,平成16年12月に行われた社内餅つき大会の際,出席者から徴収した資金の残金を着服したこと,社内乗務員の家族の葬儀に出席した際,被告Y1所有のジャンボタクシーを出車させ,社内同行者から徴収する必要のない運賃を徴収したことについては,上記と同様に陳述書(乙5,14,15,16の1,19,20)以外に確たる証拠は存しないのであり,これらの事実を認めるには足りないといわなければならない。
さらに,他の社員と飲食した際,各負担金を徴収したが,飲食店に支払をせず着服したというのは,従業員間の個人的な問題とみることもできるのであり,原告と被告らとの間で問題とすべき事柄であるかについて疑問なしとしないし,これを裏付ける確たる根拠にも乏しく,被告Y2の部下であるA主任に車輌手当を渡さなかったというのも,原告の供述によれば,A本人が原告に対して,車輌手当の交付の有無について曖昧な話をしているというのであり,Aの陳述書(乙22)のみによって車輌手当を渡さなかったという事実を認定することは困難である。
そして,他に原告の上記各非違行為を認めるに足りる根拠は見出せない。
以上からすれば,原告に懲戒解雇に相当する事実が存するということはできず,原告が未払の賃金や退職金を請求することが権利濫用に該当するということはできない。
したがって,抗弁⑷は理由がない。

6 なお,被告らが連帯して上記未払賃金や未払退職金の各債務を負うべき根拠は見出せない。

7 よって,原告の本訴請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条を,仮執行の宣言について同法259条1項を,仮執行免脱の宣言について同条3項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

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