ドリームエクスチェンジ事件(東京地方裁判所令和元年8月7日判決)

  • 2020年5月15日
  • 2020年7月4日
  • 解雇

内定取消し後のバックペイ請求に関して,労働者が内定取消し後に別会社で勤務している場合,その会社における試用期間満了時点では就労意思は失われているとして,使用期間後のバックペイ請求は認められないとした事例

1 事案の概要

被告は,移動体通信事業,デジタルソリューション事業,旅行業法に基づく旅行業等を行う株式会社であり,原告は被告に中途採用者として採用内定通知を受けた。しかし,内定取消しを受けたため,原告は内定取消しを争い地位確認請求を提起した。なお,原告は内定取消し後に別会社に再就職していた。

【時系列】
2016年12月02日 2017年1月1日付入社の内定通知
2016年12月 前職の勤務状況調査(バックグラウンド調査)
2017年01月4日 バックグラウンド調査終了まで出勤禁止
2017年01月11日 内定取り消し
2017年04月10日 別会社で勤務開始(但し,賃金は被告の8割に満たない)
2017年07月10日 別会社での使用期間満了

2 ドリームエクスチェンジ事件判例のポイント

2.1 結論

⑴ 内定取消しの有効性

本件採用内定を取消すことは解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当として是認することができるものとはいえないから,本件内定取消は無効である。

⑵ バックペイ

原告は,平成29年4月10日には訴外株式会社D(以下「D」という。)での就労を開始し,旅行業務全般に従事して月額26万円の賃金(試用期間は入社後3か月。)を得ており,この試用期間満了後の平成29年7月10日時点では,原告の雇用状況は一応安定していたと認められ,原告の被告における就労意思は失われたと評価するのが相当である。そして,原告は,平成29年4月10日から現在に至るまでDにおいて就労し,同社より賃金の支払を受けていることが認められるから(上記4),同日から同社における試用期間満了時である同年7月9日までの間に得られた賃金は中間収入として控除対象となる。

2.2 理由

「原告は、現在までZ3において就労を継続していることが認められるところ、同社における業務が被告の業務と類似するものである反面、同社の給与水準は、被告の本件採用内定時の条件(月額賃金35万円)の8割にも満たない金額であることからすれば、上記のとおり、同社での就労開始後、直ちに原告が被告における就労意思を喪失したとは認められないものの、同社での原告の就労は、本訴訟の口頭弁論終結時点ですでに2年2か月以上に及んでおり、遅くとも、試用期間満了後の平成29年7月10日時点では原告の雇用状況は一応安定していたと認められ、原告の被告における就労意思は失われたと評価するのが相当である。」として,2017年1月1日から7月9日までのバックペイ(6割相当額)に限り請求出来ると判断した。

3  ドリームエクスチェンジ事件の関連情報

3.1判決情報

裁判官:久屋 愛理

掲載誌:労働経済判例速報2405号13頁

3.2 関連裁判例

 

3.3 参考記事

 

主文

1 本件訴えのうち,原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める訴えに係る部分を却下する。

2 被告は,原告に対し,178万2968円及びうち35万円に対する平成29年2月1日から,うち35万円に対する同年3月1日から,うち35万円に対する同年4月1日から,うち25万2000円に対する同年5月1日から,うち21万円に対する同年6月1日から,うち21万円に対する同年7月1日から,うち6万0968円に対する同年8月1日から,それぞれ支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

第1 請求

1 原告が被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は,原告に対し,平成29年1月末日から本判決確定に至るまで,毎月末日限り月額金35万円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 事案の要旨

本件は,被告の入社試験を受け,採用内定(以下「本件採用内定」という。)を得た原告が,その後,被告から内定を取り消されたが(以下「本件内定取消」という。),本件内定取消は,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないようなものであって,取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当として是認することができない事実に基づきなされたものであるから無効であり,被告との労働契約は成立しているとして,被告に対する労働契約上の地位確認及び賃金の支払を求める事案である。

2 前提事実

(1) 被告は,移動体通信事業,デジタルソリューション事業,旅行業法に基づく旅行業等を行う株式会社である。

(2) 原告は,平成28年12月2日,被告から,正社員として,本件採用内定の通知を受けたが,平成29年1月11日,採用内定を取り消された者である。(甲1)

3 争点

(1) 本件採用内定が被告の錯誤により無効といえるか(争点1)

(2) 本件内定取消の有効性(争点2)

(3) 原告の労働契約上の地位確認請求の可否(就労意思の有無)及び原告の請求が権利濫用に当たるか(争点3)

(4) 中間収入の控除額(争点4)

4 争点に関する当事者の主張

(1) 争点1(本件採用内定が被告の錯誤により無効といえるか)について

(被告の主張)

原告は,被告に対し,以下(2)のとおり,自らの経歴や能力について詐称したため,被告は,これにより錯誤に陥り,原告の月額賃金額を35万円とする雇用条件を含む本件採用内定を出したものであって,本件採用内定の意思表示はそもそも無効である。

(原告の主張)

原告が,被告に対し,自らの経歴や能力について詐称したことはない。仮に錯誤無効が成立するとしても,被告には錯誤に陥ったことについて重過失があるから,被告の主張は失当である。

(2) 争点2(本件内定取消の有効性)について

(被告の主張)

ア 被告は,平成28年10月頃,被告の旅行事業部に勤務していた従業員が退職する予定となり,その欠員を埋める必要があったことに加え,この機会に新たなビジネスの企画・立案・実行をできる幹部候補を採用しようと考え,短期間で効率よく人材を採用するべく,人材紹介会社に依頼した。

イ 被告が求めていたのは,総合旅行業務取扱管理者の資格保有者であることを最低限の条件として,さらに高いコンサルティング能力,企業・学校・個人向けの旅行企画・提案・手配,旅行をキーとした新たなビジネスの企画・立案などの実務を主体的に任せられる高レベルの総合的な業務能力を有する即戦力的人材であり,このことは求人内容にも明記している。
原告に対しても,採用面接において,被告が幹部級の人材を求めていることを説明しており,これに対して,原告は必要な業務能力や経験を有している旨回答した。

(ア) 原告は,職務経歴書やキャリアシートにおいて,①前々職である株式会社A(以下「A」という。)について,「6年連続売上ターゲット達成」「集客強化に貢献」,「過去最高の集客を記録」といった,のちにバックグラウンド調査によって判明する原告の能力評定からすれば明らかに虚偽ないし誇張された実績を記載し,また,②前職である株式会社B(以下「B」という。)について,原告が「セールスマネージャー」として実績を上げたかのような記載をしているが,「セールスマネージャー」とは一般に「部長」や「課長」に相当するものであり,原告の本来の実績,経歴及び能力に照らせば,これらの行為は,経歴詐称や能力詐称に当たる。

(イ) 被告は,人材紹介会社から,原告が被告の採用条件を満たす人材であるとして紹介を受け,原告について,職務経歴書やキャリアシートに記載されたとおりの実績,経歴及び能力があるのであれば,被告にとって即戦力となり得ると考え,原告が送付してきた応募書類の選考を行い,一次面接を実施した。一次面接を通過した原告は,被告代表者らとの二次面接に臨み,同面接において,AやBでの業務内容に関して,職務経歴書やキャリアシートの実績を自分1人の成果であると誇示した。また,Bの退職理由についても,原告は,前職で手配業務については全て学んでやりきったなどと,取って付けたような説明をしたが,同社において,1年契約の契約社員であったことに言及せず,同社から契約更新を拒絶されたという事実を秘匿しており,真の退職理由が人間関係の問題であったことについても言及しなかった。このような原告の行為は,経歴詐称や能力詐称に当たることは明らかである。

ウ そして,原告は,被告が求めている業務能力や経験について全て有していると回答したにもかかわらず,旅行業界における基本的な業務能力であるCRS(コンピュータ・リザベーション・システム。航空座席の手配に関わる様々な業務を電子化処理するコンピュータ予約発券システムを指す。)の操作方法が分からない等と述べているのであり,基本的な業務能力も欠いていた。

エ 以上によれば,原告が,被告に対し,その経歴や能力について詐称したことは明らかであり,これらは,被告において,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であったといえるし,これらの事実に基づき,本件採用内定を取り消すことは客観的に合理的と認められ,社会通念上相当であるから,被告による本件内定取消は有効である。また,原告は,自らバックグラウンド調査について同意しており,調査結果次第では,被告が速やかに内定取消の判断をした後の相当な日に勤務開始日を変更すること,内定取消の場合は,当然に勤務開始自体がなくなることについても了承した。本件内定取消は,原告の同意に基づくものである。

(原告の主張)

ア 原告が,被告に対し,自らの経歴や能力について詐称したことはない。

イ 被告代表者からは,面接時に,被告の旅行部門を別会社として独立させる予定があるという話を聞いたが,別会社での業務を中心的に担うことができる幹部候補者や幹部級の人材を求めているという説明は一切受けていない。

(ア) 職務経歴書やキャリアシートに記載したAやBにおける原告の実績に虚偽はなく,Bでの原告の肩書は「セールスマネージャー」であり,現に役職として記載したことが原告の経歴詐称や能力詐称に当たる余地はない。

(イ) Bにおける雇用形態は契約社員(一年毎の契約更新)であったが,同社では全員が契約社員であり,特段珍しいことではなかったし,この点について,被告に意図的に秘匿したこともない。

(ウ) 原告としてはBを退職するつもりであり,平成28年10月頃,同社に対して,すでに退職の意向を伝えていた。契約が更新されなかった理由については,同社からはビジョンに合わないという説明を受けた程度であり,具体的には認識していない。

ウ CRSの操作能力は,旅行業界における基本的な業務能力とは必ずしもいえない。原告は,数種類あるCRSのうち3種類を問題なく操作することができるし,CRSの操作方法が分からないなどと被告に述べたことはなく,前職での勤務中は,CRSを操作する機会がなかったため,トレーニングの機会があればと考えて被告に申し出たにすぎない。被告の前で実際に操作したこともないのであって,原告が旅行業界の基本的な業務能力であるCRSの操作能力を欠いていたという被告の主張には裏付けがない。

エ 原告は,本件採用内定後,被告から求められて,やむなくバックグラウンド調査に同意したが,被告は,その調査結果に基づき,原告の採用を取り消した。本件内定取消に関して,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当として是認することができる事実は全く存在せず,本件内定取消は無効である。

(3) 争点3(原告の労働契約上の地位確認請求の可否(就労意思の有無)及び原告の請求が権利濫用に当たるか)について

(被告の主張)

被告は,原告に対し,本件内定取消を通知するとともに,雇用条件について見直し,賃金を引き下げて就労するよう命じた。原告は,被告の通知に対し,何ら返信することもなく,被告での就労を自ら拒否した上,その3か月後には別会社に就職しており,もはや就労する意思はなかったというべきである。このような状況において,原告が労働契約上の地位確認や賃金を請求することは権利濫用に当たる。

(原告の主張)

ア 原告が被告に対する労務の提供をすることができなかったのは,被告が本件採用内定を取り消したからである。本件内定取消は無効であって,原告の本件請求が権利濫用に当たる余地はない。

イ 原告は,本件内定取消後の平成29年4月10日より別会社に就労して収入を得ているが,原告が就労意思を失ったとしても,その時期は,昇給により同社における雇用が安定した平成30年4月とすべきである(最も早く解したとしても,同社における3か月間の試用期間満了後の平成29年7月10日以降である。)。

(4) 争点4(中間収入の控除額)について

(被告の主張)
原告は,本件内定取消後に他社から収入を得ており,本件内定取消が無効と判断されて賃金(バックペイ)請求が認められるとすれば,原告を不当に利することになるのであり,原告が他社で得られた中間収入については,損益相殺として,全額控除されるべきである。

(原告の主張)

争う。

第3 争点に対する判断

1 認定事実

前記第2の2の前提事実に,後掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。

(1) 被告の人材募集(乙1,被告代表者)

ア 被告は,平成28年10月頃,被告の旅行事業部に勤務していた従業員が近く退職することとなり,人材募集の必要性が生じたため,人材紹介会社に依頼し,新たな人材を募集した。

イ 求人広告の内容等

(ア) 求人概要

募集部門 旅行事務部
求人   旅行企画事務【急募】
年齢   不問

(イ) 職務内容

「高いコンサルティング能力で多くのリピートをいただいている被告の旅行事業にて,企業・学校・個人向けの旅行企画・提案・手配を行っていただくとともに,旅行をキーとした新たなビジネスの企画・立案」である旨記載されている。また,必要な業務経験として,「総合旅行業務取扱管理者の資格を有する者であること」が必須条件とされるとともに,「旅行業務経験があること」が明記されている。
具体的な業務内容として,①旅行手配業務(旅行手配の際のコンサル業務:個人・法人・学校などの旅行の航空券・ホテル・ランドの予約手配業務,受注型手配旅行の企画・立案・見積り,自社サイトのページ構築の際のコンテンツ作成)(※基本的には電話にてお客様対応を行っていただきます。場合によってはお客様の元へ訪問し,提案活動を行います。),②「旅行業界」における新たなビジネスの企画・立案・実行等が挙げられている。
(被告での)魅力について,「チャレンジ精神旺盛な企業風土」「IT事業を軸足に置きながらも,旅行やスイーツなどの事業を立ち上げ,業界関係なく新しいことにチャレンジしていこうとする風土」「現在の旅行事業を継続・維持しつつ,さらに新たなビジネス展開・拡大を考えています」等と説明されている。

(ウ) 職務環境

勤務地  被告本店所在地
就業時間 9時~18時(所定労働時間8時間)
休憩時間  60分
時間外労働 有
予定年収 300万円~490万円
月給   23万円~35万円,賞与あり(業績変動)
残業代別途
雇用形態 無期正社員

(2) 原告の職務経歴等(甲5,乙2~4)

ア 原告は,平成8年3月にC大学経済学部経済学科を卒業した後,同年4月にAに入社し,平成26年8月まで同社において以下の業務等に従事した。

(ア) ハワイ・アメリカ予約課(代理店予約オペレーター)
主な実績 新潟発商品の新規立ち上げメンバーに加わる。

(イ) 仕入運行部エアー手配課(ハワイ航空座席仕入,手配)
主な実績 航空会社担当との関係強化に努め,ピーク時の仕入れ強化に貢献。仕入販売数のバランスを計ることで6年連続売上ターゲット達成。

(ウ) 本社営業部営業四課(ハワイ・アメリカ方面手配・営業)
主な実績 月間10本以上の団体手配を担当し,現地法人を持つ強みを生かした手配で集客強化に貢献した。

(エ) 営業部商品企画課(ハワイ商品企画)
主な実績 造成商品の1本がそのシリーズとして過去最高の集客を記録。

(オ) 営業部ランド仕入課(ハワイ仕入業務)
マネージメント人数:3人

イ また,原告は,Aを退職後,平成26年9月から平成28年12月31日まで,Bに勤務した。同社における雇用形態は契約社員(一年毎の契約更新)であり,「セールスマネージャー」として,ハワイ渡航促進業務等に従事していた。
主な実績 今年度旅行会社向け妖怪ウォッチキャンペーン参画人数が5万5000名を突破。

ウ 原告は,総合旅行業務取扱主任者の資格を有している。

(3) 本件採用内定に至る経緯等

ア 原告は,被告の求人内容(上記(1)イ)を見て,平成28年11月14日,被告に対して必要な応募書類を送付した。

イ 原告は,被告の書類選考を通過し,同月22日,被告の一次面接を受けた。面接の結果,原告は,二次面接に進むことになった。

ウ 同月24日,原告は,被告の二次面接を受けた。同面接において,原告は,被告代表者から旅行事業部を独立させたいという説明を受けた。
同面接において,被告代表者は,原告に対し,前職であるBでの雇用形態について尋ねることはなく,原告からも契約社員であったことについて言及することはなかった。
また,A及びハワイ観光局の退職理由について,原告は,被告代表者らに対し,職場環境の面で完全には満足できなかった等と説明した。(甲6,乙7,原告本人,被告代表者)

(4) 本件採用内定の通知

被告は,原告に対する面接の結果等を踏まえて,原告を採用することを決定し,平成28年12月2日,原告に対し,以下のとおり,平成29年1月1日付けで採用する旨の内定通知書を送付した(本件採用内定通知)。(甲1)

ア 入社日   平成29年1月1日
イ 雇用期間  定めなし
ウ 試用期間  入社日より3か月
エ 職務内容  旅行業務
オ 就業時間  午前9時から午後6時(休憩1時間)
カ 休日    土曜日,日曜日,祝日,年次有給休暇
キ 賃金    月給35万円
ク 賃金支払日 毎月末日

(5) 本件採用内定通知後の事情等(バックグラウンド調査の実施等)

ア 平成28年12月14日,被告は,原告の入社に当たり,懇親会を開催した。被告としては,原告の採用・面接に当たっては,すでに人材紹介会社がバックグラウンド調査を実施しているものと考えていたが,この頃,原告の業務能力等について疑問が生じたため,バックグラウンド調査の実施の有無について,同月21日,人材紹介会社に問い合わせたところ,そのような調査は実施されていないことが判明した。

イ 原告は,同月下旬,CRSの操作方法について,被告に対して,トレーニングを受けさせてほしい旨要望した。(乙7,原告本人,被告代表者38頁)

ウ 同月27日,被告は,原告に対して,①被告が原告の新規採用前に係る経歴・性格素行・健康・勤怠・能力・退職理由等のチェックをすること,②調査の結果によっては内定取消に応じることを内容とするバックグラウンド調査を実施することについて,同意するよう求めたところ,原告はこれに応じた。原告についてのバックグラウンド調査結果は,平成29年1月10日付けで,以下のとおり,被告に報告された。(乙5,6)

(ア) Aでの勤務状況に関する調査結果

同社における出勤状況は「良好」,執務態度は「良好」,職務能力は評価なし(回答なし),人間関係は「普通」との各評価がされており(評価の指標は「良好」「やや良好」「普通」「やや悪い」「悪い」の5段階。以下同じ。),また,記述式の勤務評価欄には同社の人事担当者が「アピールしている実績の事実関係を含めて,職務能力については個人情報につき回答しない」「18年以上も勤務しながら役職に就くことなく一般社員に終始したとの経歴から,どの程度のスキルであるかは加味していただきたい」とコメントした旨記載されている。
また,同社の退職理由については,一身上の都合で原告が依願退職したこと,同社から退職勧告をした事実はない旨記載されている。

(イ) Bでの勤務状況に関する調査結果

同社における出勤状況は「良好」,執務態度は「良好」,職務能力は「やや悪い」,人間関係は「普通」との各評価がされており,また,記述式の勤務評価欄には,同社の人事担当者が「雇用形態は1年更新の契約社員」「業界のキャリアは長いがスキル不足である」「結論として当社が求めるレベルではなく戦力外と判断し,平成28年12月31日をもって契約を打ち切った」旨記載されている。
また,同社の退職理由については,上記のとおり,戦力外と判断し,2度目の契約満了日をもって契約を打ち切った旨記載されている。

(6) 本件内定取消等

ア 平成29年1月4日,被告は,原告に対し,バックグラウンド調査の結果が出るまでは出勤する必要がない旨を告げた。

イ 同月11日,被告は,原告に対し,バックグラウンド調査の結果等(上記(5)イウ)に基づき,本件採用内定を取り消した。

ウ 同月12日,被告は,原告に対し,賃金等の雇用条件を見直した上,以下のとおり,新たな条件通知書を送付した。同通知書の内容は,本件採用内定通知で示された原告の入社日を変更し,月額賃金額を35万円から9万2000円減額するものであった。(甲2)

(ア) 入社日   平成29年1月16日
(イ) 雇用期間  定めなし
(ウ) 試用期間  入社日より3か月
(エ) 職務内容  旅行業務
(オ) 就業時間  午前9時から午後6時(休憩1時間)
(カ) 休日    土曜日,日曜日,祝日,年次有給休暇
(キ) 賃金    月給25万8000円
(ク) 賃金支払日 毎月末日

エ 原告は,被告からの上記通知書(上記ウ)に関して,何ら連絡をしなかったものの,本件内定取消は違法であると考え,原告代理人らに対し,本件内定取消に関する被告との交渉等を委任した。
原告は,代理人を通じて,被告に対し,平成29年2月24日付けの通知書をもって,本件内定取消が違法であり,原告が本件採用内定通知に記載されたとおりの労働契約上の地位にあることの確認及び未払賃金の支払を求めたが,被告は,原告に対し,同年3月24日付けの回答書をもって,原告の上記要求を拒否した上,上記通知書(上記ウ)についても,正式に内定を取り消す旨の通知をした。(甲3,甲4,原告本人)

オ 原告は,同年7月13日,本件訴えを提起した。

2 争点2(本件内定取消の有効性)について

本件の事案に鑑み,まず,争点2について判断する。

(1) 採用内定期間中の解約権留保の行使は,試用期間における解約権留保と同様,労働契約の締結に際し,企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮し,採用決定の当初にはその者の資質・性格,能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものという解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものであり,採用内定の取消事由は,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である(最判昭和54年7月20日民集33巻5号582頁,最判昭和55年5月30日民集34巻3号464頁参照)。

(2) そこで,このような解約権留保の趣旨に照らし,本件内定取消には,客観的に合理的と認められ,社会通念上相当として是認できる事由が存在するか否かが問題となるところ,被告は,原告が経歴詐称や能力詐称に当たる行為をした旨主張するので,検討する。

ア まず,前提として,被告は,被告代表者が原告に対する二次面接において,被告の旅行事業部を独立させ,分社のトップを任せることができるような幹部級の人材を求めている旨説明したこと,原告がこれに対し,そのために必要な業務能力を有していると答えた旨主張する。原告は,被告代表者から旅行事業部を独立させたいという話はあったが,それ以上の説明は一切受けていないとして争っているところ,被告の求人内容(乙1)を見ても,幹部候補者や役職付きの人材を募集している旨は明記されておらず,具体的な業務内容等に関する記述(『旅行業界』における新たなビジネスの企画・立案・実行等)や,月額給与35万円という待遇の点等(上記1(1))を考慮しても,被告の主張を裏付けるような事情は見い出し難い。そして,被告代表者の供述(被告代表者21~26頁)を含む本件全証拠に照らしても,被告が,原告に対し,上記説明をしたという的確な証拠はないから,被告の主張は採用できない。

イ 被告は,原告がAにおける実績について,明らかに虚偽ないし誇張された内容を職務経歴書(乙2)に記載したと主張し,これが経歴詐称や能力詐称に当たると主張する。
しかしながら,同社における勤務状況に関するバックグラウンド調査を見ても,職務能力については個人情報につき回答しないとされ,職務能力の5段階評価において「悪い」「やや悪い」など,特段の消極的な評価をされた事実はなく,その能力については「役職に就くことはなく一般社員に終始した経歴から,どの程度のスキルであるか加味して頂きたい」と記載されているのみであって(上記1(5)ウ(ア)),原告の業務実績自体を何ら否定するものではない。以上に加え,原告の供述を踏まえると(原告本人5~7頁),原告の業務実績に関する被告への説明内容が明らかな虚偽であるとか,誇張された内容であることを認めるに足りる証拠はない。

ウ 被告は,原告のBでの肩書を「セールスマネージャー」と記載したこと等が経歴詐称に当たると主張する。しかしながら,同社における原告の肩書は「セールスマネージャー」(甲5)であり,その点に虚偽は認められないから,これをもって経歴詐称などということはできない。
また,同社での雇用形態が契約社員(一年毎の契約更新)であったことについても,原告は,被告代表者から二次面接において尋ねられたこともなく(上記1(3)ウ),一般に,採用試験や面接において,当該事項について,労働者に告知すべき信義則上の義務があるとも言い難いから,これを被告に伝えなかった原告の行為が,黙示の欺罔行為に当たるということもできない。そして,結果的に,被告代表者が,原告は「セールスマネージャー」の肩書を持つ「正社員」であると誤信したことについて,原告に非難すべき点があるとも言えない。
加えて,Bの退職理由について,同社の認識として,原告について戦力外と判断し,二度目の契約満了日をもって契約を打ち切ったという経緯があることは一応うかがわれるものの(上記1(5)ウ(イ)),原告としては,すでに同社を退職することを決意し,平成28年10月下旬,その意思を同社に伝えていたところに,同年11月に入ってから,同社より契約の更新がない旨を告げられた,その理由としては「ビジョンに合わない」という程度の説明を受けた,退職の理由は人間関係の問題にあったというのであって(原告本人38頁),このような原告の認識に照らし,原告が前職の退職理由について被告に説明したことが,故意に事実を隠蔽したとか事実を虚構したなどということはできない。

エ さらに,被告は,原告が旅行業界における基本的な業務能力であるCRSの操作方法が分からないため,トレーニングに行かせてほしいと要望したことなどから,基本的な業務能力を欠いていたと主張する。しかしながら,原告が端末を使ってみせたことを裏付ける証拠はなく(被告代表者39頁),トレーニングに行かせてほしいと原告が述べたとの点についても,そもそもCRSには多くの種類があり,主要なものだけでも世界に9社のCRSが存在することに加え(乙8),原告は,これら複数あるCRSのうち,Aにおいて「アクセス」「インフィニ」「アポロ」などのCRSを使用した経験があり,これらの操作については熟知しているが,前職で2年以上旅行業界から離れていたこともあり,機会があればトレーニングに行かせて欲しいと希望した旨述べていることに照らせば(原告本人19~22頁),原告が,旅行業界における基本的な業務能力であるCRSの操作能力を欠く状態にあったとは認められない。

オ 以上のとおり,本件全証拠に照らしても,原告が,被告に対し,経歴詐称や能力詐称に当たる行為をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
そして,被告は,原告の採用に当たり,人材紹介会社においてすでにバックグラウンド調査が実施されたものと考えていたところ,原告に対する本件採用内定通知を発した後に,原告の業務能力や採用の当否について疑問が生じたことから,AやBにおける原告の勤務状況についてのバックグラウンド調査を実施し,その結果,後日判明した事情を本件内定取消の主たる理由として主張しているのであって,そもそも,本件採用内定通知を行う前に同調査を実施していれば容易に判明し得た事情に基づき本件内定取消を行ったものと評価されてもやむを得ないところである(被告が,バックグラウンド調査については,人材紹介会社においてすでに実施されたものと誤信したことや,原告が被告の求めに応じてバックグラウンド調査に同意したことなどの事情は,上記認定を左右するものとはいえない。)。
そうすると,被告が主張する上記事情は,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当として是認することができるものとはいえないから,本件内定取消は無効である。

3 争点1(本件採用内定が被告の錯誤により無効といえるか)について

被告は,原告が自らの経歴や能力について詐称し,被告はこれにより錯誤に陥ったものであり,本件採用内定の意思表示はそもそも無効であるとも主張する。しかしながら,争点2について認定判示したとおり(上記2),本件全証拠に照らしても,原告が被告に対し,その経歴や能力を詐称したこと(原告による欺罔行為)を認定することはできない。また,被告において,これらの事情が本件採用内定の判断の基礎とした事情となったことや,これらの事情に関する認識が真実に反すること等についての主張及び的確な立証はなされていないから,いずれにせよ,被告の上記主張を採用することはできない。

4 争点3(原告の労働契約上の地位確認請求の可否(就労意思の有無)及び原告の請求が権利濫用に当たるか)について

(1) 被告は,原告が,雇用条件に関する被告からの再度の通知に対して連絡することもなく,被告での就労を自ら拒否した,原告は本件内定取消の3か月後には別会社に就職しており,もはや被告において就労する意思はない,原告が本訴訟において賃金等を請求することは権利濫用に当たる等と主張する。
しかしながら,原告本人尋問の結果によれば,原告は,現時点では被告において就労する意思がないことが認められるものの,原告代理人の本件の受任通知(甲3)の時点(平成29年2月24日頃)において,被告から当初の月額賃金35万円の条件で迎え入れると言われたとしたら入社するつもりであったかとの被告代理人からの質問に対しては,「取り消された会社に入りたいとは思わない」「そのときになってみないと分からないので何ともいえないです」「内定取消を軽く思ってほしくないっていうのが一番の理由です」などと供述したのみであり(原告本人34,35頁),原告が,本件内定取消後,比較的早期に就職活動を再開し,原告代理人に対し,本件内定取消に関する被告との交渉等を委任したこと(上記1(6)エ)や同年4月10日には訴外株式会社D(以下「D」という。)での就労を開始し,旅行業務全般に従事して月額26万円の賃金(平成30年4月より月額27万5000円に昇給。試用期間は入社後3か月。)を得ていること(甲7,弁論の全趣旨)を考慮しても,これらの事情から,この頃,原告が被告における就労意思を喪失したとまで認めることはできない
したがって,原告が被告への復職や就労の意思を全く有していないにもかかわらず,労働契約上の地位確認請求や本件内定取消後の賃金請求をしたと認めるに足りる証拠はない上,本件全証拠に照らしても,原告の請求自体が権利濫用に当たると評価すべき事情があるとはいえない。

(2) 原告は,現在までDにおいて就労を継続していることが認められるところ,同社における業務が被告の業務と類似するものである反面,同社の給与水準は,被告の本件採用内定時の条件(月額賃金35万円)の8割にも満たない金額であることからすれば,上記のとおり,同社での就労開始後,直ちに原告が被告における就労意思を喪失したとは認められないものの(上記(1)),同社での原告の就労は,本訴訟の口頭弁論終結時点ですでに2年2か月以上に及んでおり,遅くとも,試用期間満了後の平成29年7月10日時点では,原告の雇用状況は一応安定していたと認められ,原告の被告における就労意思は失われたと評価するのが相当である

(3) そうすると,本件訴えのうち,原告の被告に対する労働契約上の地位確認を求める部分(請求1)については,もはや訴えの利益がなく,却下を免れないが,本件採用内定通知(甲1)に定められた労働契約の始期(平成29年1月1日)から同年7月9日までの賃金(バックペイ)請求については,使用者たる被告の責めに帰すべき事由により,原告が労務の提供ができなかった期間に当たり,原告はその間の賃金請求権を失わないから(民法536条2項),その限度において理由があるというべきである。

5 争点4(中間収入の控除額)について

(1) 被告は,原告が本件内定取消後に他社から収入を得ており,本件内定取消が無効と判断されてバックペイが認められるのであれば,原告を不当に利することになるから,損益相殺として,原告が他者で得られた中間収入を全額控除すべきである旨主張する。
しかしながら,労働基準法26条が「使用者の責めに帰すべき事由」による休業の場合に,使用者に対して平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し,その履行を強制する手段として付加金や罰金の制度がある(労働基準法114条,120条1号)のは,労働者の労務給付が使用者の責めに帰すべき事由によって不能となった場合に使用者の負担において労働者の最低生活を前記の限度で保障しようとする趣旨であり,決済手続を簡便なものとするため,償還利益の額を予め賃金額から控除し得ることを前提に,その控除の限度を特約のない限り平均賃金の4割まではすることができるが,それ以上は許されないと解するのが相当である(最判昭和37年7月20日民集16巻8号1656頁以下参照)。
そうすると,使用者は,平均賃金の6割相当額は負担すべきであって,最低限これを免れることは許されないと解すべきであるところ,本件内定取消が違法であり,原告が当初の雇用条件(月額賃金35万円)で就労できなかったのは被告の責めに帰すべき事由によるものであることは,すでに認定判示(上記4(3))したとおりである(原告が,本件内定取消後,被告からの雇用条件の再提示に対して特段連絡をしなかったこと等の事情は,上記認定を左右するものとはいえない)。

(2) そして,原告は,平成29年4月10日から現在に至るまでDにおいて就労し,同社より賃金の支払を受けていることが認められるから(上記4),同日から同社における試用期間満了時である同年7月9日までの間に得られた賃金は中間収入として控除対象となる。

原告の平均賃金は35万円であるから,その4割は14万円であるところ,原告が,上記期間において,同社から得ている収入は月額26万円であり,14万円を上回る賃金を得ていることになるから,原告は,被告に対し,平均賃金額35万円から4割に当たる14万円を控除した残額である月額21万円(6割相当額)を請求できると解すべきである。

(3) そうすると,被告の原告に対する未払賃金額は以下のとおりであり,原告の請求は,これらに対する各支払日の翌日から商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

ア 平成29年1月1日から同年3月31日まで
毎月末日限り 35万円
イ 同年4月1日から9日まで
同月末日限り 10万5000円(月額35万円の日割計算)
(1円未満四捨五入)
ウ 同月10日から30日まで
同月末日限り 14万7000円(月額21万円の日割計算)
エ 同年5月1日から6月30日まで
毎月末日限り 21万円
オ 同年7月1日から同月9日まで
同月末日限り 6万0968円(月額21万円の日割計算)
(1円未満四捨五入)

第4 結論

以上によれば,原告の請求は,主文第2項の限度で理由があるからその限りにおいてこれを認容し,請求1についてはこれを却下し,その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

裁判官 久屋 愛理