退職届 撤回

いつまでなら退職届の撤回はできるのか?

社長
当社の会計課に、経理担当者として勤務している社員Xがいたのですが、不手際が多く、不正の疑いがあることが発覚しました。指導しても改善の見込みがないため、当社としては、Xに対し解雇を行いたいと考えましたが、Xの将来を考え任意退職を行うよう勧奨しました。Xは退職することに応じ、退職届を提出しました。しかし、その後、Xは弁護士を立てて上記退職願いの撤回、職場復帰などを請求してきました。当社はかかるXの要求に応じなければならないのでしょうか?
弁護士吉村雄二郎
退職届が提出された場合は,一般的には合意解約の申込みがあったと解され、貴社が退職を承諾する前であれば,退職を撤回することは可能です。退職届の無責任な撤回を予防するためには、退職届が提出されましたら速やかに承諾をするようにしてください。また、トラブルのある社員を退職させる場合は合意退職書などの文書をもって合意解約をすることをお勧めします。
労働者の提出した退職届は、会社が承諾する前であれば撤回できる可能性が高い。
退職届の撤回を防ぐには、速やかに有効な承諾を行うべし。
トラブルのあった社員を辞めさせる場合は合意退職書の締結も検討すべし。
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退職届を会社の承諾前に撤回する場合 → この記事
退職届を無理矢理提出されたとして無効・取り消しを主張された場合
→「解雇をちらつかせて出させた退職届は無効又は取り消しになるか?」

1 問題の所在

社員が会社を退職する場合は、退職届を提出することが一般的です。転職や家庭の事情など一身上の都合で退職する場合は、特に問題は生じず、法的なトラブルに発展することは殆どありません。

しかしながら、たとえば会社が辞めてほしい社員に対して退職勧奨をするような場面では、会社の勧めに応じて一度は退職の意向を表明したものの、後になって気が変わって退職の意思表示を撤回する場合があります。

ただ、会社としてはひとたび退職届の提出を受けた以上、やすやすと撤回されては迷惑なことも多いです。例えば、退職することを前提に求人を出して採用活動を進めているような場合などです。

そこで、退職届の撤回に会社が応じなければならないのかが問題となります。

退職届の提出によって退職することが確定した場合は、原則的に退職届の撤回に応ずる必要はありません。これに対して、未だ退職が確定していない場合は、退職届の撤回が認められる余地が生じます。そこで、退職届の提出によってどのタイミングで退職が確定するのかが問題となります。

2 退職届の意味及び撤回の可否

退職届や提出には、大きく3パターンの意味がありえます。

  1. 辞職の通知(民法626条,627条)
  2. 合意解約の申込み
  3. 合意解約の申込みに対する承諾

3つのパターンに分けて検討するのは、各パターンで退職の効力の発生時期や撤回できるか否かが異なるからです。

早速、見ていきましょう。

2.1 退職届が①辞職の通知である場合

まず、辞職の通知とは、労働者からする一方的な労働契約解約申し入れの通知(民法626条,627条)です。辞職の通知が使用者のもとに到達すると,到達時に解約申入の意思表示としての効力が生じます。使用者の承諾は必要ありません。また、ひとたび効力が生ずれば、もはや使用者の同意がない限り撤回できません

期間の定めのない労働契約においては辞職の通知が使用者に到達してから2週間の経過によって退職の効果が生じます(民法627条)。

2.2 退職届が②合意解約の申込みである場合

労働契約の合意解約とは,労働者と使用者が労働契約を将来に向けて合意により解約することをいいます。①労働者が合意解約を申し込んで使用者が承諾する場合(依願退職)と,②使用者の申込みに対して労働者が承諾する場合があります。まず、①退職届が合意解約の申込である場合について説明します。

この場合,民法525条の適用はされず,使用者が承諾する前であれば,労働者は申込みの意思表示を自由に撤回できます。雇用契約という,継続的に存続してきた契約を消滅させる合意についての申込みには,新しく契約を締結しようとする申込みの場合に機能する民法の規定はあてはまらないからです。

なお,使用者の承諾は,承諾の権限を有する者によってなされることが必要です。また,使用者の承諾の意思表示があったといえるためには,就業規則等で特別な定めがされていない限り,特別な方式は必要とされていないと解されています。

2.3 退職届が合意解約の承諾である場合

前記②の使用者が合意解約の申込みをし,これに対して労働者が退職届を提出することにより承諾の意思表示をした場合は,合意解約が成立します。合意が成立し退職が確定していますので、もはや使用者の同意がない限り,退職届の撤回はできません

【辞職と合意解約の違い】

辞職合意退職
退職の効果の
発生時期
使用者に辞職の意思表示が到達した時点で解約申入の意思表示の効力が生ずる。期間の定めがない雇用契約については,原則として辞職の意思表示が使用者に到達してから2週間を経過すれば退職の効果が生ずる(民627条1項)。(1)合意解約の申込の意思表示にあたる場合
労働者の辞職の申出に対し,使用者の承諾の意思表示がなされた時点で退職の効果が生ずる。
(2)合意解約の承諾の意思表示にあたる場合
労働者の辞職申出がなされた時点で合意解約が成立し,退職の効果が生ずる。
退職申出の
撤回の可否
使用者に到達すると,到達時に解約の意思表示の効力が生ずるので,使用者の同意がない限り,撤回できない。(1)合意解約の申込の意思表示にあたる場合
使用者が承諾する前であれば,合意解約の申込の意思表示を撤回することができる。
(2)合意解約の承諾の意思表示にあたる場合
使用者の同意がない限り,退職届の撤回はできない。
退職申出の
性質
労働者による一方的解約の意思表示合意解約の(1)申込の意思表示又は(2)承諾の意思表示

4 退職届の提出は、辞職の意思表示か?それとも合意解約か?

退職届の提出が、辞職か合意退職かによって撤回の可否が決まります。では、退職届を提出した場合、辞職の意思表示と捉えるべきでしょうか、それとも合意解約の申込ととらえるべきでしょうか?

通説・判例は、労働者から退職の申出がなされた場合,使用者の態度いかんにかかわらず確定的に雇用契約を終了させる意思が客観的に明らかな場合(例えば,労働者が「慰留されても絶対に辞めます」などと表明している場合など)に限り辞職の意思表示と解され,そうでない場合は合意解約の申込と解するとしています。

よって,実務的には,原則として合意解約の申入がなされたことを前提に,承諾の意思表示を行うべきです

一般に「退職届と書かれた場合は届出であり,それによって終了するため,辞職の意思表示である。退職願と書かれた場合はお願いであり,相手の承諾を前提としているので,合意退職の申込みである」と説明されることがあります。しかし,このような形式面だけで事実認定がなされる訳ではありません。よって,「退職届」「退職願」の形式面にかかわらず合意解約の申入がなされたことを前提に対応をするべきです。つまり、基本的に退職届や退職願が提出された場合は、会社は承諾の意思表示を行うべきです。
株式会社 ○○
代表取締役 ○○ ○○ 様

退 職 届

令和○年○月○日
住所 東京都○○区○○○○○○○○
氏名 甲野 太郎 印

私はこの度、一身上の都合により、令和○年○月○日をもって退職いたしたく届出します。

【退職手続に関する以下の□へチェック・記入をしてください】

退職後の連絡先:
☑ 変更なし(上記記載のとおり)
□ 変更予定(住所                     電話          )
離職票: ☑ 必要 □ 不要
退職後の健康保険: □任意継続 ☑転職先保険または国民健康保険

【以下の書類等については退職日までに返還してください】

健康保険証、社員証、制服、定期乗車券、その他(              )

以上

5 退職の承諾のやり方

退職届や退職願の提出については、承諾の意思表示を行うべきであるとして、具体的にはどのように承諾をすればよいのでしょうか?ポイントを説明します。

承諾権限がある人が行う

代表取締役や人事部長等の承諾権限を有する者によってなされることが必要です。中小企業は代表取締役名義で受理及び承諾を行うのが通常です。

社内規程で定められた手続を履践する

大企業の場合によくありますが、社内規程で、退職届の受理だけではなく,さらに内部的決済手続を要する場合は,その手続が行われ,本人に通知されることが必要です。

就業規則等に承諾の意思表示をするには辞令の交付等が必要である旨規定されている場合は,その交付等が必要となります。

承諾について証拠を残す

承諾については、社内規程で特別の定めがない限り、文書によるだけでなく、口頭によっても行えます。しかし、口頭ですと、あとあとになって「承諾された事実はない」などと労働者が主張するリスクがあります。その場合、承諾した事実を証明できない会社が負けることになります。そこで、無用なトラブルを回避するためにも、承諾をした事実を証明できる形をとるべきです。

具体例

退職届受理承諾書を内容証明郵便(配達証明付き)で労働者の自宅へ送付する(最も確実)

退職届受理承諾書を労働者に交付すると同時に、受領書にサインをもらう(退職届受理承諾書の控えの末尾に「○年○月○日 受領しました。」と付記し、署名捺印をさせる(確実)

退職届を受理・承諾したことを、本人個人へメールやSNSで送信する(これでもOK)

 ○○ ○○ 殿 
退職届受理承諾書

貴殿から提出された退職日を○年○月○日とする退職届(作成日○年○月○日付)につき、当社は○年○月○日付で受理し承諾いたしました。なお、退職に係る手続きにつきましては、総務部人事課より追ってご連絡いたします。

以 上

 ○年○月○日

株式会社 ○○
 代表取締役 ○○ ○○ 印

承諾と矛盾する言動はしない

合意解約の申込みに対する会社の承諾があったとしても、それと矛盾する(つまり、合意された内容での労働者の退職と矛盾する)行動を会社が取った場合、会社の承諾に基づく合意解約の成立が否定されるリスクがあります。

特に、労働者が就業規則違反行為を行い、会社が懲戒処分を進めている途中に労働者から退職願が提出されたようなケースにおいて、労働者の退職を確実にしたいと思い慌てて承諾通知を出したにもかかわらず、従前進めていた懲戒処分をそのまま実施してしまうことで、会社の行動に矛盾が生ずる場合があります。

退職願や退職届が提出された場合は、退職までのタイムラインを意識し、会社の取るべき対応を丁寧に検討してください。

参考裁判例(札幌地判令5・4・7)
令和2年1月14日付で労働者から会社に、同年3月31日をもって退職する旨が記載された退職願と題する書面が提出され、同月22日、会社が労働者に「退職願は正式に受理されました」とメッセージを送信した。しかしその後、2月27日付で労働者が会社に「退職する旨の意向を示しておりましたがこれも撤回します」などと記載した弁明書を提出したため、3月22日付で会社が労働者を諭旨解雇処分とし、4月28日付で懲戒解雇した。裁判所は、「会社は、上記のメッセージが送信された後も、労働者に対し諭旨解雇処分として再度の退職願の提出を勧告している上に、本件退職願に明記された退職日より後の同年4月28日をもって懲戒解雇を通知するなど、本件退職願の承諾による雇用契約の合意解約とは矛盾する行動をとっているものと言わざるを得ない」として、雇用契約の合意解約の申込みに対する会社の承諾を否定した。

6 撤回要求への対応方法

1 事実関係の確認

以下の事実及び証拠を確認します。

 退職届・退職願の提出の有無

証拠
□ 退職届・退職願
□ 退職の意思表示が示されたメール、SNS
□ 口頭で退職の意思が表明された場合は、それを聞いた者の報告書

退職に至る経緯、理由の確認

証拠
□ 上司・同僚の報告書

退職の承諾の有無

証拠
□ 退職届・退職願の受領・承諾に関する書面
□ 退職届・退職願の受領・承諾に関するメール、SNS
□ 口頭での承諾を行った者の報告書

退職届・退職願撤回の有無

証拠
□ 退職届・退職願の撤回を求める文書(代理人弁護士作成の通知書)
□ 退職届・退職願の撤回を求めるメール・SNS
□ 口頭で退職届・退職願の撤回を聞いた者の報告書

2 退職届・退職願の撤回に対する回答

撤回を認める場合

復職後の雇用条件、業務、配属先について協議する。場合により配置転換や雇用条件の変更を行う。

撤回を拒否する場合

撤回を拒否する旨の回答を行う。

参考裁判例

辞職の意思表示ではなく,雇用契約の合意解約の申込みであるとされた事例

株式会社大通事件

大阪地判平成10.7.17労働判例750-79

(事案の概要)
Xは,主に自動車貨物運送業を営む株式会社であるYに,平成7年2月に雇用され,主として線状鋼材を運搬,荷積,荷降する業務に従事していた。 しかし,同8年8月26日,Yの常務取締役であるAが,Xに対し,Xの同月23日の言動は,得意先の従業員に暴言を吐き,手洗い場の流し台を破損させるなど,著しく不穏当なものであったとして,1週間の休職処分を申し渡したところ,Xは,「不公平だ。一方的に俺だけが処分されるくらいなら,会社を辞めたるわ。」と言って,Yの事務所を出て行き,その翌日は出社しなかった。

(裁判所の判断)
裁判所は,「原告(筆者注:X)が平成8年8月26日にしたA常務に対する言動を見るに,原告は,「会社を辞めたる。」旨発言し,A常務の制止も聞かず部屋を退出していることから,右原告の言動は,被告(筆者注:Y)に対し,確定的に辞職の意思表示をしたと見る余地がないではない。しかしながら,原告の「会社を辞めたる。」旨の発言は,A常務から休職処分を言い渡されたことに反発してされたもので,仮に被告が右処分を撤回するなどして原告を慰留した場合にまで退職の意思を貫く趣旨であるとは考えられず,A常務も,飛び出して行った原告を引き止めようとしたほか,翌8月27日にもその意思を確認する旨の電話をするなど,原告の右発言を,必ずしも確定的な辞職の意思表示とは受け取っていなかったことが窺われる。したがって,これらの事情を考慮すると,原告の右「会社を辞めたる。」旨の発言は,使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかなものではあるとは言い難く,右原告の発言は,辞職の意思表示ではなく,雇用契約の合意解約の申込みであると解すべきである。したがって,右原告の発言が辞職の意思表示であることを前提とする被告の主張は理由がない(なお,念のために付言すると,本件においては,原告は,被告が合意解約の申込みに対する承諾の意思表示をするまでに,右申込みを撤回したというべきであるから,合意解約も成立していないと解される)。」とした。

原告が提出した退職願について,教職員の任免権者である理事長による承諾の意思表示が原告に到達する前であれば,原告は当該退職の意思表示を有効に撤回することができるとされた事例

学校法人白頭学院事件

大阪地判平成10.7.17労働判例750-79

(事案の概要)
Xは,Yの設置する中学校及び高校において,体育教員として勤務していた。
しかし,Xは,平成7年12月20日午後1時ころ,Yの校長(以下,「校長」という。)に対し,退職願を提出したが,同日午後3時過ぎころ,校長に対し,電話で右退職願を撤回する旨の意思表示をした。

(裁判所の判断)
裁判所は,「原告(筆者注:X)は,平成7年12月20日,校長に対して退職願を提出しており,原告は,被告(筆者注:Y)に対しこれにより雇用契約の合意解約の申込をしたものと認めることができる。これに対し,原告は,校長に退職願を預けただけであり,合意解約の申込に該当しない旨主張するが,原告本人によれば,原告は,真に退職する意思を有していたことが認められ,原告の右主張は採用できない。労働者による雇用契約の合意解約の申込は,これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し,雇用契約終了の効果が発生するまでは,使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り,労働者においてこれを撤回することができると解するのが相当である。・・・原告は,合意解約の申込から約2時間後にこれを撤回したものであって,被告に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情が存在することは窺われず,原告は,理事長による承諾の意思表示が原告に到達する前に,合意解約の申込を有効に撤回したものと認められるので,被告の合意解約が成立した旨の主張は,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。」とした。

人事部長による退職届の受領をもって,雇用契約の解約申込みに対する即時承諾の意思表示がなされたと解すべきものとされた事例

大隈鉄工所事件

最判昭和62.9.18労働判例504-6

(裁判所の判断)
裁判所は,「A人事部長に被上告人の退職願に対する退職承認の決定権があるならば,原審の確定した前記事実関係のもとにおいては,A人事部長が被上告人の退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対する上告人の即時承諾の意思表示がされたものというべく,これによって本件雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である。以上と異なる前提のもとに,A人事部長による被上告人の退職願の受理は解約申込の意思表示を受領したことを意味するにとどまるとした原審の判断は,到底是認し難いものといわなければならない。」とした。

(コメント)
一審は,本件退職の意思表示は動機の錯誤により無効であるとし,二審は,右意思表示は真意によるものとしたが,人事部長による本件退職届の受理は右意思表示の受諾にすぎず,上告人会社による承諾は未だなされてはおらず,右承諾(雇用契約の合意解約の成立)以前に右意思表示が有効に撤回されており,雇用契約関係はなお存続しているものと判断しました。これに対し,本判決は,人事部長による退職届の受理によって,雇用契約の解約申込に対する上告人の即時承諾の意思表示がなされたとして,二審判決を破棄したうえ,事件を差し戻しました。

工場長には,当該工場勤務の労働者からの退職願を受理・承認して労働契約合意解約の申込みに対する承諾の意思表示をする権限があると認められた事例

ネスレ事件

東京高判平成13.9.12労働判例817-46

(事案の概要)
Yの従業員としてYの霞ケ浦工場で稼働していたXは,平成12年5月17日に同工場長A宛に「この度,一身上の都合により平成12年5月17日付で退職致したくお願いします。」と記載した退職願(本件退職願)を提出して,労働契約の合意解約の申込みの意思表示をし,Aは,Xに対し,本件退職願を受理・承認したので,Aは同日付けをもって退職となる旨記載した通知書を交付して,退職を承諾する旨の意思表示をした。

(裁判所の判断)
同事件の一審判決は,Yの各工場長には,当該工場勤務の労働者からの退職願を受理・承認して労働契約合意解約の申込みに対する承諾の意思表示をする権限があると認められ,特段の事情のない限り,XとYの労働契約は,XがYに対して退職願を提出して合意解約申込みの意思表示をし,同日工場長が退職通知書をXに交付してこれを承諾する意思表示をした時点で,合意解約により終了したとした。本判決(二審)は,一審判決を相当として控訴を棄却した。

常務取締役観光部長には,単独で退職承認をなす権限は存しなかったとされた事例

岡山電気軌道事件

岡山地判平成3.11.19労働判例613-70

(事案の概要)
Yは,定期路線バス,観光バス,電気軌道,ロープウェイ等の旅客運送営業をなす株式会社であり,Xは,昭和54年2月16日,Yと雇用契約を結んでYに自動車運転手として雇用された。
しかし,Xは,昭和62年12月2日,Yに対し,退職願(以下,「本件退職願」という。)を提出し,XY間の雇用契約関係終了のための合意解約の申し込みをした。

(裁判所の判断)
裁判所は,「A常務は常務取締役観光部長として,営業部,観光部,整備部の主任以下の従業員について退職承認を含む人事権を与えられており,同月2日,本件退職願を受理したとき,ただちに承諾の意思表示をした旨主張し,・・には,右主張に添う「A常務は包括的人事権を与えられていた」又は「原告(筆者注:X)が退職願いを提出したとき,同常務は,『わかりました,認めて処理します』と述ベ退職を承認した」旨の記載部分がある。そこで,A常務には被告(筆者注:Y)が主張するような人事権を付与されていたかどうかについて検討してみる。・・・原告が昭和62年12月2日作成した本件退職願は,常務宛でなく社長宛となっていること,被告には会社組織上労務部が置かれており,その「業務分掌規程」には明文をもって,従業員の求人,採用,任免等に関する事項は労務部の分掌とされていること,労務部にはB部長以下の職員が配置されており,その統括役員はA常務ではなくC常務取締役であること,右分掌規程には,分掌の運用に当たってはその限界を厳格に維持し,業務の重複および間隙又は越権を生ぜしめてはならない旨規定していること(第3条),被告は業務分掌規程と職務権限規程とは別個であると主張しながら,職務権限規程について明文で定めたものは存在しないこと,また,権限委譲についても明文で定めたものはないこと,通常の退職願承認の手続は,社長宛の退職届が所属長に提出され,所属の部長,担当常務に渡され,営業所長が退職届を受理すると判断のうえ,営業課の稟議簿に記録し,営業課長,営業所長,自動車部担当常務と順次閲覧の後,本社分務部にまわされ担当の常務取締役,専務取締役によって決済され承認していたことが認められ,これによると結局,A常務には同人が統括する観光部,営業部,整備部に所属する従業員の任免に関する人事権が分掌されていたとは解されない。しかも,原告が本件退職願を提出するに至った経過に照らしてみれば,A常務が専務取締役Dとの協議を経ることなく単独で即時退職承認の可否を決し,その意思表示をなしえたということはできない。なお,A常務が本件退職願を原告から受け取ったとき,ただちに退職承認の意思表示をした旨の主張については,・・採用することはできず,他にこの点に関して被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。」とした。

(コメント)
本件は,常務取締役観光部長に対する退職届の提出の翌日(正式の撤回届は1週間後),右退職の意思表示を撤回した観光バスの運転手が,従業員たる地位の確認等を求めたものですが,判決は右請求を認容しました。

退職願が承認前に撤回されたものと認められた事例

東邦大学事件

東京地決昭和44.11.11労働判例91-35

(事案の概要)
Xは,昭和39年3月21日,Y大学の助教授に採用され,理学部に勤務し,教育および高分子物理化学関係の研究に従事していた。

(裁判所の判断)
裁判所は,「申請人(筆者注:X)は,昭和44年4月23日被申請人(筆者注:Y)に対し,就業規則の規定に従い,退職願の提出をもって被申請人との間の雇傭契約を合意解約したい旨の承諾期間の定めのない申込の意思表示をなしたが,その後約1ヶ月半を経過した同年6月9日にいたって右申込の意思表示を撤回し(上記就業規則の退職条項は,その文言および強行規定である民法627条の法意に鑑みると,雇傭契約の解約申入(告知)に関して規定したものと解することは相当でなく,申請人の本件退職願の提出も,これを一方的な解約申入の意思表示とみることはできない。),被申請人は,右撤回の後である同月11日に人事異動通知書をもって承諾の意思表示を発したものといわざるを得ず,申請人が退職願を提出するにいたった経緯に照らせば,申請人の右退職願撤回の意思表示は,申請人が被申請人から承諾の通知を受けるに相当な期間を経過した後になされた有効なものと認めるのを相当とするから,申請人と被申請人間において雇傭契約解約の合意は成立せず,両者間の雇傭契約関係は依然として存続しているものといわなければならない。」とした。

退職者募集に応じて退職申出書を提出したが,「合意書」を作成する前に退職申出を撤回しているとして合意解約の成立が否定された事例

ピー・アンド・ジー明石工場事件

大阪高決平成16.3.30労働判例872-24

(裁判所の判断)
裁判所は,「抗告人は,平成14年11月8日,本件退職申出書をCマネージャーに提出し,同日,Cマネージャーが所属長承認欄に署名し,さらに,工場長であるFが工場長承認欄に記名押印したことが認められるが,他方,抗告人が本件退職申出書を提出する契機となった「特別優遇措置による退職者募集受付について」と題する書面(甲2)には,募集受付方法の欄に「・退職応募者は「特別優遇措置による退職申出書」に①必要事項を記入し,②希望する再就職支援制度の丸印をし,捺印をした後に,その申出書を所属長に提出する。・会社が退職を受理した者に対しては,所属長と業務引継ぎ等を考慮して①最終就業日,②退職日の確定を行った後に「合意書」を作成して受付完了とする。」旨記載されていること,また,本件退職申出書(甲8)には,「退職日・最終就業日に関しては,所属長と業務引継ぎ等の話し合いを行った上で,最終決定する事を了解します。」と記載されていることがそれぞれ認められ,これらの記載に照らすと,「合意書」が作成されるまでは,退職の受付は完了せず,抗告人と相手方との間の退職の合意は,成立しないものと解するのが相当である。そうすると,上記のとおり,抗告人は,「合意書」を作成する前に,本件退職申出を撤回しているから,抗告人と相手方との間の退職の合意(労働契約解約の合意)は成立していないと一応認めることができる。」とした。

塩野義製薬事件

大阪地決昭和63.9.6労働経済判例速報1337-11

従業員が退職届を提出したことから、会社が退職を承認する旨の内部決定をした上で、これを従業員に告知したという事案につき、合意解約の成立を認めた。

穂積運輸倉庫事件

大阪地決平成8.8.28労働経済判例速報1609-3

従業員が辞職届を上司に提出したところ、それが会社代表者に手渡され、一方で会社所定の退職届が同従業員らに手渡されたという事案につき、会社の承諾の意思表示を認めた。

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