10分で分かる!週44時間の労働時間制(特例措置対象事業)の活用方法

社長
労働時間について,1週間に40時間の法定労働時間の例外として1週44時間の労働時間制が認められる場合があると聞きました。どのような場合に1週44時間の労働時間制となり,また,具体的にどのように活用することができるのか,教えてください。
弁護士吉村雄二郎
労基法別表第1第8号(商店・理容),10号(映画製作・興行),13号(保健衛生),および14号(旅館・接客娯楽)の事業のうち,常時10人未満の労働者を使用するものについては,法定労働時間が週44時間(1日は8時間)まで労働させることができるとされています(労基法40条)。週44時間の労働時間制が認められる場合は,1週間で4時間,1ヶ月で約16時間の残業について残業代が発生しないで済む場合があります。月給25万円の社員で考えると1ヶ月で約2万8000円,1年で約33万6000円分の残業代が発生しないで済むことになります。これは中小企業にとっては経済的に大きな違いをもたらします。ただ,就業規則・雇用契約書・労使協定などの手続が必要となりますので注意が必要です。
週44時間の適用による残業代削減の効果は大きい
労基法別表第1第8号(商店・理容),10号(映画製作・興行),13号(保健衛生),および14号(旅館・接客娯楽)の事業に該当する必要がある
常時10人未満の労働者を使用する必要があるが,事業所単位でカウントし,パート・契約社員も継続雇用の場合はカウントされる
就業規則や雇用契約書,労使協定の締結などの手続が必要

はじめに

使用者は,労働者を,1週間に40時間を超えて,また,1日に8時間を超えて労働させることは原則として禁止されており(労基法32条1項・2項),例外的にこれを超えて労働させる場合は,いわゆる36協定の締結・届出ほか,いわゆる残業代の支払いが必要となります。

ところが,一定の事業(以下「特例事業」といいます。)を行う零細企業の場合は1週間44時間を超えなければよいとされています(労基則25条の2)。

つまり,1週間で4時間,1ヶ月で約16時間の残業について残業代が発生しないで済む場合があるのです。月給25万円の社員がいたとすると,1ヶ月で約2万8000円,1年で約33万6000円分の残業代が発生しないで済むことになります。

従業員が複数名いる場合などはその倍の経済効果があります。これは中小企業にとっては経済的に大きな違いをもたらします。

そこで,今回は週44時間の労働時間制(特例措置対象事業)の活用方法について,分かりやすく説明させて頂きます。

週44時間の労働時間制が認められるのはどのような場合か?

週44時間の労働時間制が適用されるための要件は以下のとおりとなります(労基則25条の2)。

要 件
特例事業に該当すること

常時10名未満の労働者を使用していること

①特例事業に該当すること

まず,以下の事業を行っていることが要件となります。

業種(別表第1) 具体的内容
8号
(商業・理容業)
動産不動産を問わない卸売業,小売業,倉庫業,駐車場業,不動産管理業,出版業(印刷部門を除く。)その他の一般公衆に対するサービスの提供を中心とした事業,エステティック業,リラクゼーション業,理美容業
10号
(映画・演劇業)
映画製作又は映写,演劇,その他興業の事業
13号
(保健衛生業)
病院,歯科医院,保育園・託児所・保育所型認定こども園(※幼稚園は該当しない),老人ホーム,介護老人保健施設,通所・短期入所介護施設,認知症老人グループホーム,有料老人ホーム,等の社会福祉施設,浴場業(個室付き浴場業を除く。),その他の保健衛生業
14号
(接客娯楽業)
旅館,飲食店,ゴルフ場,ゴルフ練習場,フィットネスクラブ,ビリヤード場,ボーリング場,パチンコホール,カラオケボックス業,結婚式場,保養所,個室付浴場,公園・遊園地,その他の接客娯楽業

※ 労基法別表第1の内容を,総務省が発行している日本標準産業分類を参考に解釈します。

※ 複数の事業が混在している場合,主たる事業(売上比率,従事していた人員割合等により判断)を基準とします。

②常時10名未満の労働者を使用していること

(1) 事業場単位で判断する

例えば,Y株式会社全体では社員は30名いるが,Y株式会社には本店,A店,B店,C店がある場合は,本店,A店,B店,C店という事業場単位で常時10名未満となっているかを判断します。

ただし,事業場単位が基準となる為には,ある程度の独立性が必要となります。裁判例では,①場所的な独立性,②営業面での独立性(例:店長が置かれ,当該店舗の営業方針や仕入発注等の日常業務は店長の裁量により決められている等),③一定程度の人事労務権限があること(例:店長が採用時の人選に関わる,シフト表を作成している,タイムカードの打刻も店舗で行われている等)が基準として判断がなされています(鳥伸事件 大阪高判H29.3.3 労判1155P5)。

(2) パート・契約社員も継続的に勤務する場合はカウントする

常時10名未満の労働者を使用しているか否かは,正社員とパート・契約社員との区別は無く,継続的に当該事業場で勤務するか労働者数でカウントされます。例えば,週2回勤務のパート社員であっても継続的に勤務をしている場合はカウントされます。

週44時間をどのように活用するのか?

週44時間をどのように活用するのかは自由です。例えば、以下のようなパターンが考えられます。

週6日勤務・土曜日だけ半日勤務(4時間)とする

この場合、次のような就業規則の定め方になります。

就業規則の規程例
第●条 (所定労働時間)

1 所定労働時間は、土曜日を除き1日8時間とし、土曜日は、1日4時間とする。
2 各日の始業・終業の時刻および休憩時間は次のとおりとする。
 月曜日~金曜日
  始業時刻 午前8時30分
  終業時刻 午後5時15分
  休憩時間 正午から午後12時45分まで
 土曜日
  始業時刻 午前8時30分
  終業時刻 午後12時30分
第●条 (休日)
休日は、次のとおりとする。
 日曜日
 夏季休業(8月13日~15日)
 年末年始(12月31日~1月3日)

週6日勤務・1日7時間20分均等とする

この場合、次のような就業規則の定め方になります。

就業規則の規定例
第●条 (所定労働時間)

1 所定労働時間は、1日7時間20分、1週44時間とする。
2 各日の始業・終業の時刻および休憩時間は次のとおりとする。
 始業時刻 午前9時
 終業時刻 午後5時20分
 休憩時間 正午から午後1時まで
第●条 (休日)
休日は、次のとおりとする。
 日曜日
 夏季休業(8月13日~15日)
 年末年始(12月31日~1月3日)

週5日勤務・1日の労働時間を長くする

この場合、次のような就業規則の定め方になります。

就業規則の規定例
第●条 (所定労働時間)
1 所定労働時間は、1週44時間とし、○年○月○日を起算日とする1週間単位の変形労働時間制によるものとする。
2 1日の労働時間は、
 月曜日から金曜日(水曜日を除く) 9時間
 水曜日 8時間
3 始業・終業時刻および休憩時間は、次のとおりとする。
 月曜日から金曜日(水曜日を除く)
  始業時刻 9時
  終業時刻 19時
  休憩時間 正午から1時間
 水曜日
  始業時刻 9時
  終業時刻 18時
  休憩時間 正午から1時間
第●条 (休日)
休日は、次のとおりとする。
 土曜日
 日曜日
 夏季休業(8月13日~15日)
 年末年始(12月31日~1月3日)

※1日の労働時間を8時間を超える時間を設定する場合は、1ヶ月単位変形労働時間制(労基法32条の2)を使います。「1ヶ月単位変形労働時間制」と呼ばれていますが、1ヶ月以内であれば同条の適用は可能です。それゆえ、上記のように1週間単位や、それ以外にも2週間単位、15日単位の変形労働時間制を採用することが出来ます。
※1年単位の変形労働時間制(労基法32条の4,32条の4の2)と1週間単位の非定型的変形労働時間制(労基法32条の5)を採用する場合は,週44時間の特例を使うことは出来ません。

繁閑状況に応じて毎月設定する場合

例:2021年8月に1日8時間、日曜日を固定の休日、隔週土曜日に休みを設定する場合

この場合、次のような就業規則の定め方になります。

就業規則の規定例
第○条(所定労働時間)

1 所定労働時間は、毎月1日を起算日とする1カ月単位の変形労働時間制をとることとし、1カ月を平均して1週間当たり44時間を超えないものとする。
2 1日の労働時間は8時間とし、始業・終業の時刻及び休憩時間は、次のとおりとする。
 始業時刻 午前9:00
 終業時刻 午後6:00
 休憩時間 正午から1時間

第○条(休日)
休日は、次のとおりとする。
 日曜日
 夏季休業(8月13日~15日)
 年末年始(12月31日~1月3日)
 その他、会社が毎月勤務表により指定する日とし、各月が始まる1週間前までに従業員に通知する。
※ 毎月シフト表や勤務表を作成して、日曜日以外の休日を指定します。その際、1カ月を平均して1週間当たり44時間を超えないように、1ヶ月の法定労働時間の総枠を超えないように、休日数を設定する必要があります。
※ 法定労働時間の総枠(1週の法定労働時間44時間の場合)
1箇月の歴日数 労働時間の総枠
31日 194.8
30日 188.5
29日 182.2
28日 176

必要な手続

労働契約書・就業規則の規定

週44時間の労働時間制を採用する場合は,雇用契約書や就業規則において所定労働時間が週44時間となることを明記する必要があります。

週44時間の労働時間制が使える場合であっても,雇用契約書や就業規則で週40時間を所定労働時間と定めてしまっている場合週40時間を超え44時間までの部分はいわゆる「法内残業」として「1.0」の法内残業代が発生します(就業規則で週40時間を超える場合は1.25の計算で残業代を支払う旨の記載がある場合は「1.25」の残業代の支払いが必要となります。)。世間に出回っている就業規則は週40時間の労働時間制を前提としているものが多く,これをそのまま使っていると上記のような事態となりますので注意が必要です

1ヶ月単位の変形労働時間制を採用する場合

1ヶ月単位変形労働時間制を採用する場合は,労使協定または就業規則その他これに準ずるもので次の事項を定める必要があります。

① 1ヶ月以内の一定の期間(変形期間)
② 変形期間を平均し1週間あたりの労働時間が法定労働時間を超えないこと
③ 変形期間の起算日
④ 変形期間の各日および各週の労働時間
⑤ (労使協定による場合)労使協定の有効期間

また,各日及び各週の労働時間を毎月のシフトによって特定する場合は、1ヶ月のシフト表(始業時間・終業時間,1日の労働時間,1週の労働時間,休日を明記する)を遅くとも前月末までに作成して労働者に提示することが必要となります。

対応方法

事実関係及び証拠の確認

まずは,以下の事実及び証拠を確認する必要があります。

事業所の事業内容

【証拠】
□ 会社の資格証明書
□ 事業所のパンフレット
□ 事業所の決算資料

事業所の人員数

【証拠】
□ 労働者名簿
□ シフト表

事業所の独立性

【証拠】
□ 事業所単位の損益計算書
□ 会社の組織図
□ タイムカード・シフト表

労働時間の定め

【証拠】
□ 就業規則,雇用契約書

1ヶ月単位変形労働時間制の適用

【証拠】
□ 就業規則
□ 労使協定

労働時間制度については労務専門の弁護士へご相談を

弁護士に事前に相談することの重要性

労働時間制度や賃金制度については、労働者保護の観点から法律による厳しい規制がなされています。

判断を誤った場合や手続にミスがあった場合などは、事後的に社員(労働者)より未払賃金請求等の訴訟を起こされるリスクがあります。会社に不備があった場合、過去に遡って賃金の支払いや慰謝料の支払いを余儀なくされる場合があります。

また、労働時間制度や賃金制度の改定をきっかけに労働組合に加入をして団体交渉を求められる場合があります。

このようなリスクを回避するために、当サイトでは実践的なコンテンツを提供しています。

しかし、実際には、教科書どおりに解決できる例は希であり、ケースバイケースで法的リスクを把握・判断・対応する必要があります。法的リスクの正確な見立ては専門的経験及び知識が必要であり、企業の自己判断には高いリスク(代償)がつきまといます。また、誤った懲戒処分を行った後では、弁護士に相談しても過去に遡って適正化できないことも多くあります。

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