ニチネン事件(東京地方裁判所平成30年2月28日判決)

能力不足を理由に労働者の同意を得て賃金を減額したと認定されたが,その同意は,労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえないとして賃金減額が無効とされた事例

1 事案の概要

原告は、各種燃料、各種コンロ、ボンベの製造、販売等を行う株式会社である被告との間で雇用契約を締結し、平成26年10月14日から就労した。被告は、原告を即戦力として中途採用し、営業職従業員の中で最高額の給与条件で原告を雇用したが、平成27年1月末時点で、入社からの原告の営業成績は6万5000円ほどであり、被告が再三にわたり面談等で原告に指導を行ったが、営業活動の状況等が改善されていなかった。そこで、被告は、平成27年2月2日及び2月3日に原告と面談し、原告の給与を他の営業職従業員に合わせる形で減額すると説明し、原告の同意を得て給与を減額した。この減額により、原告の給与は入社時の半額となった。その後、同年7月20日、原告は被告を退職した。
本件は、賃金減額が退職か給与半減かの二者択一を迫られてやむを得ず同意したもので、自由な意思に基づく同意ではなく、賃金減額は無効であると主張し、原告が被告に対し、未払賃金の支払いを求めるとともに、被告の一連の行為は退職強要であり不法行為であると主張し、損害賠償を求めた事案である。

2 ニチネン事件判例のポイント

2.1 結論

本件の賃金減額は、原告の賃金を額50万円から月額25万円に半減させるもので、原告が受ける不利益は著しく大きい。原告が本件賃金減額を受け入れるまでの被告と原告とのやりとりは、被告が原告をすぐに解雇できるとの不正確な情報を伝え、十分な時間を与えずに退職か賃金減額かの二者択一を迫ったことからすれば、本件賃金減額について、原告の自由な意思に基づく合意があったとは認められず、本件賃金減額は無効として、未払賃金の請求を認めた。
一方で、被告は原告に対し、今後の被告における就労について期待を伝えていたことからすると、本件賃金減額は、原告を実質的に解雇する意図もしくは原告に退職を強要する意図をもって行われたと認めることはできず、退職強要があったとも認められないとして不法行為に基づく損害賠償請求は斥けた

2.2 理由

1 本件賃金減額の有効性

本件賃金減額は、原告が人脈等により新たな顧客を獲得することなどを期待して、被告の営業職員の中でも当時の最高額の給与条件で原告を中途採用したにもかかわらず、営業成績が芳しくなかったため、これまでに中途採用した営業職員の賃金額を踏まえ、同従業員らの賃金水準に合わせる形で行われたものであり、被告は、本件賃金減額に際し、原告にその理由を説明し、本件賃金減額を受け入れる旨の原告の行為があった
しかし、本件賃金減額は、年俸制の原告の賃金を期間中に月額50万円から月額25万円に半減するもので、具体的な減額期間が予め決められていたものでもなく、これにより原告にもたらされる不利益の程度は著しい。
さらに、本件においては、原告の自由な意思に基づく同意を得る以外に本件賃金減額を行うことができる法的根拠はなかったにもかかわらず、被告は、原告に対し、解雇予告手当さえ支払えば原告をすぐに解雇できるとの不正確な情報を伝えた上で、退職か本件賃金減額のいずれを選択するのかを同日中に若しくは遅くとも翌日までに決断するように迫った。原告は、十分な熟慮期間も与えられない中で、B社長からも原告にとって厳しい内容のメールが送信されたことを受け、最終的には、その場での退職を回避し、今後の業績の向上により賃金が増額されることを期待しつつ、やむを得ず本件賃金減額を受け入れる旨の行為をしたものと認められる。
以上の事実関係からすれば、本件賃金減額について、原告の自由な意思に基づく同意があったと認めることはできない
したがって、本件賃金減額は無効であり、被告は原告に対して、平成27年2月給与から同年7月給与まで合計150万円の未払賃金がある。

2 原告の退職に関する不法行為の有無

被告は、これまで中途採用した営業職員らの賃金水準に合わせる形で本件賃金減額を行ったものであり、その後、原告の営業先の訪問件数や売上げが顕著に増加することがなかったため、原告の賃金を増額することもなかった一方で、原告に対して退職勧奨等を行うこともなく、むしろ、今後の原告の被告における就労についての期待を伝えていたことからすると、被告において、原告を実質的に解雇する意図若しくは原告に退職を強要する意図をもって本件賃金減額を行うなどしたと認めることはできず、被告による退職強要があったとは認められない。
また、上記の賃金減額の経緯からすれば、被告が同減額後の原告の賃金を同額にとどめたことから直ちに、被告による退職強要があったと認めることも困難である。
これらの事情によれば、被告に退職強要に当たる不法行為があったと認めることはできず、不法行為に基づく損害賠償請求に関する原告の請求を認めることはできない。

3 ニチネン事件の関連情報

3.1判決情報

  • 裁判官:船所寛生
  • 掲載誌:労働経済判例速報2348号12頁

3.2 関連裁判例

  • シンガー・ソーイング・メシーン事件(最二小判昭和48年1月19日 判例タイムズ289号203頁)
  • 日新製鋼事件(最二小判平成2年11月26日 労判584号6頁)
  • 山梨県民信用組合事件(最二小判平成28年2月19日 労判1136号6頁)

3.3 参考記事

能力不足を理由に賃金減額(カット)ができるか?|労働問題.com 

主文

1 被告は、原告に対し、150万円及びうち25万円に対する平成27年3月1日から同年7月20日まで年6分、うち25万円に対する同年4月1日から同年7月20日まで年6分、うち25万円に対する同年5月1日から同年7月20日まで年6分、うち25万円に対する同年6月1日から同年7月20日まで年6分、うち25万円に対する同月1日から同月20日まで年6分、うち125万円に対する同月21日から支払済みまで年14.6パーセント、うち25万円に対する同年8月1日から支払済みまで年14.6パーセントの各割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを2分し、それぞれを各自の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

1 被告は、原告に対し、152万2040円及びうち25万円に対する平成27年3月1日から同年7月20日まで年6分、うち25万円に対する同年4月1日から同年7月20日まで年6分、うち25万円に対する同年5月1日から同年7月20日まで年6分、うち25万円に対する同年6月1日から同年7月20日まで年6分、うち25万円に対する同月1日から同月20日まで年6分、うち125万円に対する同月21日から支払済みまで年14.6パーセント、うち27万2040円に対する同年8月1日から支払済みまで年14.6パーセントの各割合による金員を支払え。

2 被告は、原告に対し、161万2926円及びこれに対する平成28年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は、原告が、被告との間で雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し、被告において就労していたところ、平成27年2月末支給分の給与(以下「平成27年2月給与」といい、他の期間の給与についても同様の呼称を用いる。)から賃金を減額され(以下「本件賃金減額」という。)、同年7月20日に被告を退職したことについて、被告に対し、①原告は被告から退職(解雇)か給与半減かの二者択一を迫られ、本件賃金減額に同意せざるを得なかったものであり、原告の同意はその自由な意思に基づいてされたものでなく、本件賃金減額は無効であるなどと主張して、本件雇用契約に基づき、同年2月給与から同年7月給与までの各給与における未払賃金の合計152万2040円及びこれに対する各支給日の翌日から退職日まで商事法定利率年6分、退職日の翌日(同年7月給与については支給日の翌日)から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律第6条第1項及び賃金の支払の確保等に関する法律施行令第1条所定の年14.6パーセントの各割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、②本件賃金減額及びその後原告の賃金を増額するなどしなかった被告の一連の行為は、退職強要に該当し、原告は、同退職強要がなければ、退職日後も少なくとも同年10月20日まで被告において就労し、その間の給与を得ることができたなどと主張して、不法行為に基づき、上記期間の賃金相当額(逸失利益)と弁護士費用相当額の合計161万2926円及びこれに対する不法行為日の後の日である平成28年7月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実

(1) 当事者

ア 被告は、アルコール類及び脂肪族炭化水素類を主剤とする各種燃料、高圧ガス保安法に基づく各種コンロ、ボンベの製造、販売等を目的とする株式会社である。
イ 原告は、被告との間で本件雇用契約を締結し、平成26年10月14日から被告のX営業所において就労していたが、平成27年7月20日に被告を退職した。

(2) 本件雇用契約(書証略)

本件雇用契約の概要は、以下のとおりであった。
ア 勤務地 X営業所
イ 年 俸 600万円(月額50万円の本給を毎月末日に支給する。)
なお、平成27年2月給与から、本給として月額24万円及び営業手当として月額1万円が支給されるようになった(本件賃金減額)。
ウ 交通費 実費支給(自家用車両等使用の場合、月額2万4500円まで)

2 争点及び争点に関する当事者の主張

(1) 本件賃金減額の有効性等(争点1)

(被告の主張)

ア 本件賃金減額は、原告の同意の下でされたものであり、有効である。
原告の同意がその自由な意思に基づいてされたものであることは、以下の客観的な事情からも明らかである。
すなわち、原告は、中途採用により即戦力として、しかも同様に中途採用された被告の営業職の従業員よりも高額の賃金で被告に入社したが、平成27年1月末までの売上げが合計でも6万5000円ほどしかなく、被告から面談等により再三にわたり営業先の訪問件数を増やすように指導されていたにもかかわらず、同件数が伸びることもなく、全く実績を上げることができなかった。なお、原告が被告において通信販売事業を立ち上げようとしていたため、営業先の訪問件数が少なかったということはない。
そこで、被告は、同年2月2日及び同月3日、原告と面談し、上記の実績からすると賃金を減額せざるを得ない旨の減額理由を十分に説明し、これを受け、原告は、上記面談直後に、被告代表者に対し、2度にわたり被告の方針(本件賃金減額)に同意する旨のメールを送信するとともに、同月16日に被告代表者と面談した際にも、被告の方針に従う旨を述べ、その後、本件賃金減額について苦情を述べることもなかった。
また、本件賃金減額後の原告の賃金(月額25万円)は、被告における他の中途採用の営業職の従業員の賃金と同等の水準であり、妥当な金額であった。
イ したがって、被告の原告に対する未払賃金は存在しない。
なお、平成27年7月給与について、営業手当及び通勤費の未払はない。このうち通勤費は前払いであり、同月20日に退職した原告について通勤費が支払われないのは当然である。

(原告の主張)

ア 原告は、平成27年2月2日及び同月3日、被告から、退職(解雇)か給与半減かの二者択一を迫られた。
当時、原告には解雇事由は存在せず、年俸契約を締結していた原告が、年度途中の、しかも50パーセント減もの本件賃金減額に応じなければならない客観的な理由はなかったが、原告には被告の上記申出を拒否するという選択肢は与えられておらず、失職により無給となることへの恐怖やその後給与半減が撤回される可能性への細やかな期待から、本件賃金減額に同意せざるを得なかった。
これらの事情によれば、原告の同意がその自由な意思に基づいてされたものでないことは明らかであり、本件賃金減額は無効である。
イ したがって、被告には、平成27年2月給与から同年6月給与については、125万円(25万円×5か月)、同年7月給与については、営業手当1万円及び通勤費1万2040円の支払もされていないため、27万2040円(25万円+1万円+1万2040円)の合計152万2040円の未払賃金がある。

(2) 原告の退職に関する被告の不法行為の有無及びこれによる原告の損害の有無等(争点2)

(原告の主張)

ア 被告の不法行為
上記⑴の原告の主張のとおりの本件賃金減額に至る経緯によれば、被告には原告を解雇する意図があり、社会通念上著しく不相当な減額であるといえるから、本件賃金減額及びその後原告の賃金を増額するなどしなかった被告の一連の行為は、退職強要に該当し、違法である。
イ 原告の損害等
原告は、従前の賃金額を前提に生活を送っていたところ、本件賃金減額の結果、貯金を毎月15万円ずつ取り崩して生活するようになり、転職してより高い給与を得るために被告を退職せざるを得なくなったことからすると、原告の退職も被告の強制によるものであり、解雇と同視すべきである。なお、原告がコンビニエンスストアの開店を決めたのは、退職届を提出した後の平成27年6月22日であり、退職後に研修を受けるなどの開店準備を行った。
そして、原告は、被告の不法行為(退職強要)がなければ、当初の雇用(年俸)契約のとおり、退職日後も少なくとも同年10月20日まで就労し、月額50万円の本給及び月額1万2040円の通勤費を取得することができたのであり、被告の不法行為と相当因果関係のある原告の損害は、以下の合計161万2926円である。
(ア)逸失利益153万6120円(51万2040円×3か月)
(イ)弁護士費用相当額 7万6806円(上記(ア)の損害額の5パーセント)

(被告の主張)

ア 原告は、本件賃金減額に同意した後、被告に対して不満を述べることはなく、被告から退職勧奨を受けることもなかったが、相変わらず原告の営業先の訪問件数は伸びず、売上げも上がらず、平成27年6月20日、自ら退職届を提出し、同年8月28日にコンビニエンスストアを開店した。
このように、原告は、自らが経営するコンビニエンスストアの開店のため被告を退職したのであり、被告は、原告に対して退職を強要しておらず、被告には不法行為は存在しない。
イ また、仮に被告に違法な退職勧奨があったとしても、雇用契約の終了に伴う逸失利益が同退職勧奨と相当因果関係のある損害ということはできない。

第3 争点に対する判断

1 事実認定

前提事実(第2の1)に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告入社までの経緯

ア 原告は、被告に勤務する前は、家庭雑貨を扱う商社である株式会社甲に勤務していたところ(系列会社である乙株式会社に出向していた。)、同社の取引先の中に被告があったことから、被告の代表取締役であるB(以下「B社長」という。)と面識があり、被告の商品についてB社長と直接やりとりを行うこともあった。
原告とB社長との間では、遅くとも平成26年8月頃には、原告の被告への転職について話がされ、原告は、B社長に対し、自身と繋がりのある通信販売業者を紹介するなどしていた。

イ 被告は、同月21日、B社長らによる原告の面接を行い、被告の営業職の従業員として原告を採用することを正式に決定し、同月22月、原告に対し、前提事実⑵のとおりの本件雇用契約の内容と同条件で採用することを通知する旨の採用通知書を送付した。
なお、被告が原告の年俸額を600万円(本給月額50万円)とする条件を提示したのは、原告から株式会社甲において同程度の収入を得ていた旨を伝えられていたためであり、原告の同本給月額は、同年11月時点の被告の営業職の従業員23名の本給月額中、最高額であった(同額の従業員がもう1名いたはか、上記23名の本給月額の平均額は約29万円であった。)。
また、被告は、それまでも営業職経験者を本給月額25万円から30万円で中途採用したことがあったが、原告については、これまで築いてきた人脈等により新たな顧客を獲得することなどを期待して上記条件で採用したものであり、B社長は、原告に対し、新規顧客を開拓してほしい旨や、将来、被告のX営業所の所長とする可能性もある旨を伝えていた。(証拠略)
ウ その後、原告は、株式会社甲に対し、退職届を提出し、同年10月10日頃に同社を退職した後、同月14日から被告における就労を開始した。

(2) 被告入社後、退職に至るまでの経過

ア 被告の営業統括室の室長であるC氏(以下「C室長」という。)は、平成26年11月14日、原告が入社して1か月が経過したものの、原告の業績が上がっておらず、営業先の訪問件数も少なかったため、X営業所において原告と面談を行い、同年末までの営業活動計画を書面にまとめるように指示するなどした。さらに、C室長は、その後、原告から提出された書面が被告が期待していたものとは異なる内容であったため、同月19日、被告のX営業所の所長であるD氏(以下「D所長」という。)を交えて原告と面談を行い、原告に対し、営業先の訪問件数を増やすといった営業活動の改善を求めた。
しかし、原告が被告における就労を開始した同年10月14日から平成27年1月31日までの原告の商品(ガスヒーター、ボンベ等)の売上額は、平成26年12月17日の6000円、同月18日の1万8000円及び同月26日の4万0740円の合計6万4740円にとどまった。
なお、原告は、C室長や被告の管理部の部長であるE氏(以下「E部長」という。)から1日5件の営業先を訪問するように指示されていたが、パソコン上で、通信販売業務のための市場調査を行ったり、被告の商品と他社の商品の比較資料を作成したりすることに時間を割いていたこともあり、訪問件数が1、2件にとどまる日が少なくなく、1件もない日もあった。
また、被告においては、長年にわたり取引があった大口の取引先である問屋会社に納品すべき商品について欠品による納品遅れが生じ、同年末に、同社の担当者と面識があった原告がC室長及びD所長とともに同社に謝罪に行ったことがあった。(証拠略。これに対し、原告は、平成27年2月2日まで被告から営業活動に関して指導を受けたことはない旨を供述するが、他方で、取引先に営業に回ってほしいとの話はあった旨を供述しており、当時の原告の業績等からすれば、C室長が具体的に証言するように、同日までも原告とC室長らとの間で上記のとおりのやりとりがされたものと認めるのが相当である。また、上記の取引先への納品遅れについても、その後の同取引先との取引が中止されるほどのものであったり、原告が同取引先の担当者と面識があったことからその後も同取引先との取引が継続されたりしたなどと認めることはできず、この点をもって原告に顕著な業績があったということもできない。)
イ C室長は、平成27年2月1日、被告の役員会議において、これまでの原告の営業活動の状況からすると現在の雇用条件を維持することが難しい旨を報告し、賃金減額について原告の意向を確認する場を設けることの了解を得た。そこで、C室長は、同日、被告の本社に原告を呼び出し、2時間半程度にわたり原告と面談を行った。
C室長は、上記面談の中で、原告に対し、原告の業績が全く上がっておらず、このままでは雇用を継続することができないため、退職してもらうか、現在の業績に見合った給与として現在の半額の給与とするかという対応をとらざるを得ない旨を伝え、給与を減額してでも被告において就労を続ける意思があるのかを尋ねるなどしたところ、原告から明日までに結論を出す旨の発言があったことから、翌日も被告の本社に出頭することを求めた。
ウ 原告は、C室長との上記面談を踏まえ、B社長がどこまで事情を認識しているのかを確認するため、同月3日午後0時29分、B社長に対し、折り入って相談したいことがあり、近々話をする機会を頂きたい旨を記載したメールを送信した。
これに対し、B社長は、同日午後4時55分、原告に対し、「A様はご緑が有り即戦力と見込み弊社にお越し頂きましたが、今迄残念ながら全く成果を頂いてないのが現状です。一番残念なのが、会社と仕事に対してのネガティブな発言が多すぎる事です。せめて実績が出来るまで貢献出来るまで、謙虚に前向きに仕事をして頂くのが筋ではないでしょうか?弊社にとって誹謗中傷を繰り返す評論家は不要です。本当に頑張っている者が報われる会社でありたいです。残念ですが、会社との方針とスタイルが合わないのでしたら、ご縁がなかったと思います。」等と記載したメールを送信した。
なお、原告が同メールを確認したのは、下記エのC室長らとの面談後のことであった。(証拠略)
エ C室長及びE部長は、同日午後5時頃から、被告の本社において、2時間程度にわたり原告と面談を行った。
C室長は、上記面談の中で、原告に対し、①入社後すぐに売上げが上がるという前提で原告の報酬を用意したが、報酬額に見合う働きができてない、②「今日から頑張る。」等というが、それは今までやってこなかったことを認めるということか、働いていないならば今までの給与を返してもらうところだ、③昨日、「明日までに結論を出す。」と言った以上、今日結論を出してもらわないとならず、今、仕事の話をされても、この先辞めるかもしれない者と仕事の話はできない、④給与半減に応じるのか早く結論を出してくれなどと述べた。
また、E部長は、上記面談の中で、原告に対し、①「給与半減は飲めない」と断言するのではなく、「何とかなりませんか」とお願いすべき話ではないか、②「今日は話をしたくない」等と言うが、そうであれば今日は何をするために来たのか、③今までの分は不問にするから、今後はいくらの給与で働くという原告の意思を示してみろ、④被告は解雇予告手当さえ支払えば原告をすぐに解雇できるのであり、原告が辞めるか25万円の賃金減額に応じるかの二択しかない、⑤原告の頑張り次第で一月で元の50万円の給与に戻ることもできるから、25万円の賃金減額に応じろなどと述べた。
これに対し、原告は、①賃金20パーセント減ならまだ考えることができるが、生活のこともあるため半減は飲めない、②そもそも、「入社当初から営業の成果をすぐに出すように」とは言われておらず、「まずは商品を覚えるように」、「Fのフォローをしてくれ」としか言われておらず、営業成績が上がっていないのは仕方ない面がある、③どうしてもと言うのならば、今日の話を踏まえ、二沢で考えるようにするが、今日は回答を出せないなどと述べた。(証拠略。なお、被告も上記のとおりの原告が主張する同日の面談内容を認めている。)
オ 原告は、C室長らとの上記面談後にB社長からの上記ウのメールを確認し、同日午後11時21分、B社長に対し、「お忙しいところ有難う御座いました。会社に対して誹謗中傷を発したつもりは無く会社の発展のためには、何か出来ないかを模索しました。もしそのように捉えられてしまったら今後そのような発言は、言及いたします。B社長の下ニチネンの売り上げと発展に少しでも寄与出来るように本日より襟を正して精進し、頑張るように決意を新たにいたします。」等と記載したメールを送信した。
さらに、原告は、同月4日午前0時59分、B社長に対し、「先ほどは言葉足らずの内容のメールをお送りして大変失礼いたしました。昨日・本日と本社にて、E部長・C室長・D所長とお話しをさせて頂き、その内容を受けて昨日・本日と妻と話しをいたしました。昨日は、急なお話で私も気が動転しており、また妻も同窓会があり時間がなくきちんと話し合えず、本日E部長・C室長より頂いた内容を妻に伝えたところ妻から、「貴方は人の気持ちにずかずかと土足で踏み入り、それは普通の事と思うことがある。部長さんや室長さんのお話しに対して自分の都合を優先してへんなプライドを持ちなぜせっかく貴方のことを思って貴重なお時間を割いてお話しされていることを真撃に受け止め、それを糧にしないの?まじめなだけでは、駄目でしょ、せっかく会社から期待をして頂いていてもう一度チャンスを頂いているのなら、今までの分を含めてきちんと会社にお返しして、Aさんに来て頂いて良かったと会社に言わせたくないの?」と、激しい口調で叱咤激励されました。妻からもそのように見られていた自分が、非常に恥ずかしく悔しく思いましたが、私の味方のはずの妻の言葉、うれしく思いそこから冷静に考えることが出来ました。B社長様からお声掛け頂き、ご期待いただいていることは充分に判っていたつもりでしたが、慢心があり、今までの自分に変なプライドがあり、それをぬぐえませんでした。本日からは、会社の方針に従い、プライドを捨てて言葉だけでは無く、行動を伴うように切磋琢磨して原点回帰をして精進していきますので、何卒宜しくお願いいたします。また、C室長・D所長とも報・連・相をし、わからない点はわかった振りをせずに、きちんと教えて頂く所存です。」等と記載したメールを送信した。(証拠略)
カ 原告は、同月5日頃、E部長に対し、給与半減に応じる旨を伝えた。
さらに、原告は、同月16日、被告の本社においてB社長と面談を行い、B社長に対し、上記オの各メールの内容と同様に、被告においてもう一度頑張りたい旨を伝えた。また、B社長は、同面談の中で、原告に対し、原告に能力があるのは分かっており、また実績を上げて賃金額を元に戻したり、X営業所の所長になったりして頑張ってほしい旨を伝えた。
しかし、その後も、原告の営業先の訪問件数や売上げが顕著に増加することはなく、原告の賃金が増額されることもなかった。(証拠略。なお、原告は、得意としていた通信販売業務について、同年5月ないしは同年6月以降、売上額が顕著に増加すると見込んでいた旨を供述するが、その後の具体的な売上げを供述するものではなく、上記見込みどおりであれば売上額が顕著に増加しているはずの同年7月20日に被告を退職していることからしても、上記のとおり、原告の売上げが顕著に増加したと認めることはできない。)
キ 原告は、同年6月20日、被告に対し、一身上の都合により同年7月20日をもって被告を退職したい旨の退職届を提出し、同日、被告を退職した。(書証略)

(3) 退職後の経過

原告は、株式会社丙とフランチャイズ契約を締結していたところ、平成27年8月28日、同契約に基づき、自身が経営するコンビニエンスストアを開店した。なお、株式会社丙のフランチャイズ契約においては、一般的に、最初の説明会から店舗の開店まで3か月から6か月以上の期間を要するものとされている。
個人事業主である原告の同年分所得税申告決算書上の同日から同年12月31日までの上記店舗の売上金額は、6224万7371円であり、売上原価及び経費を控除した後の原告の所得(専従者給与を含む。)は、137万8923円であった。(書証略)

2 争点1(本件賃金減額の有効性等)について

(1) 被告は、本件賃金減額について、原告の自由な意思に基づく同意の下でされたものであり、有効であると主張する。

(2) この点、前記1⑴及び⑵のとおり、本件賃金減額は、被告において、原告がこれまで築いてきた人脈等により新たな顧客を獲得することなどを期待して、被告の営業職の従業員の中でも当時の最高額の給与条件で原告を中途採用したにもかかわらず、原告が入社後約3か月半で合計6万4740円の売上げしか上げられず、また、被告の指示にもかかわらず、営業先の訪問件数も少なかったため、これまでに中途採用した営業職の従業員らの賃金額を踏まえ、同従業員らの賃金水準に合わせる形で行われたものであり、被告は、本件賃金減額に際し、原告に対して、上記のとおりのその理由を説明していたものである。そして、前記1⑵オ及びカのとおり、原告は、平成27年2月4日、B社長に対し、被告の方針(同方針には本件賃金減額も含まれるものと解される。)に従う旨を記載したメールを送信するとともに、同月5日頃、E部長に対し、給与半減に応じる旨を伝え、さらに、同月16日のB社長との面談の際にも、本件賃金減額に異議を述べるなどしておらず、本件賃金減額を受け入れる旨の原告の行為があったものと認められる
しかし、前記1⑵のとおり、本件賃金減額は、年俸制がとられていた原告の賃金を期間中に月額50万円から月額25万円に半減するというものであり、具体的な減額期間が予め決められていたものでもなく、これにより原告にもたらされる不利益の程度は著しいものである。
さらに、使用者は従業員の業績が上がらないことなどから当然に同従業員を解雇したり、その賃金を減額したりできるわけではなく、本件においては、原告の自由な意思に基づく同意を得る以外に本件賃金減額を行うことができる法的根拠はなかった(仮に被告の就業規則(書証略)に基づき懲戒処分として減給を行う場合であっても、労働基準法第91条に従い、一賃金支払期における賃金総額の10分の1の減給が限度とされていた。)にもかかわらず、被告は、同月2日及び同月3日の各2時間程の面談の中で、原告に対して、解雇予告手当さえ支払えば原告をすぐに解雇できるとの不正確な情報を伝えた上で、退職か本件賃金減額のいずれを選択するのかを同日中に若しくは遅くとも翌日までに決断するように迫ったものである。そして、原告は、同人が供述するとおり、十分な熟慮期間も与えられない中で、B社長からも原告にとって厳しい内容のメールが送信されたことを受け、最終的には、その場での退職を回避し、今後の業績の向上により賃金が増額されることを期待しつつ、やむを得ず本件賃金減額を受け入れる旨の上記行為をしたものと認められる。
以上のとおりの本件賃金減額により原告にもたらされる不利益の程度の著しさや、原告が本件賃金減額を受け入れる旨の行為をするまでの原告と被告との間の具体的なやり取り(とりわけ、被告において、すぐに原告を解雇できるとの不正確な情報を伝え、十分な熟慮期間も与えずに退職か本件賃金減額かの二者択一を迫ったことを受けて、原告が本件賃金減額を受け入れる行為をしたこと)等からすれば、本件賃金減額を受け入れる旨の原告の行為が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、被告が種々指摘する点を考慮しても、本件賃金減額について、原告の自由な意思に基づく同意があったと認めることはできない(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁、最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁、最高裁平成25年(受)第2595号同28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁等参照)。
したがって、本件賃金減額は無効である。

(3) 以上によれば、被告には、原告について、平成27年2月給与から同年7月給与まで合計150万円(25万円×6か月)の未払賃金がある(書証略)。
なお、原告は、上記の未払賃金に加え、同年7月給与について、営業手当1万円及び通勤費1万2040円の未払賃金があると主張する。しかし、証拠(書証略)によれば、被告は、原告に対し、同月給与として、営業手当1万円を支払っていたものと認められる。また、証拠(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対し、同年6月給与として、同月18日から同年7月17日までの通勤費(定期券代)1万2040円を支払っていたものと認められ、その他、未払の通勤費の存在及びその額を認めるに足りる証拠はないことからすると、原告の上記主張を採用することはできない。

3 争点2(原告の退職に関する被告の不法行為の有無及びこれによる原告の損害の有無等)について

(1) 原告は、原告を解雇する意図をもって行われた本件賃金減額及びその後原告の賃金を増額するなどしなかった被告の一連の行為が退職強要に該当し、退職日後平成27年10月20日までの賃金相当額(逸失利益)等が被告の不法行為(退職強要)と相当因果関係のある損害であると主張する。

(2) ア しかし、被告は、前記2⑵のとおりの理由により、これまで中途採用した営業職の従業員らの賃金額を踏まえ、同従業員らの賃金水準に合わせる形で本件賃金減額を行ったものであり、前記1⑵カのとおり、その後、原告の営業先の訪問件数や売上げが顕著に増加することがなかったため、原告の賃金を増額することもなかった一方で、原告に対して退職勧奨等を行うこともなく、むしろ、今後の原告の被告における就労についての期待を伝えていたことからすると、被告において、原告を実質的に解雇する意図若しくは原告に退職を強要する意図をもって本件賃金減額を行うなどしたと認めることはできず、被告による退職強要があったとは認められない。
この点に関し、前記1⑵イ及びエのとおり、C室長及びE部長は、原告との面談の中で、原告の退職や解雇にも言及していたものであるが、上記のとおりの本件賃金減額の理由やその後の原告と被告との間のやり取り等からすれば、被告の目的は、原告の解雇や退職ではなく、原告に本件賃金減額を受け入れさせることにあり、原告の退職や解雇への言及もそのためにされたものと認めるのが相当であるし(なお、被告がそのような方法により原告に本件賃金減額を受け入れさせたため、同減額について原告の自由な意思に基づく同意の存在を認めることができないことは、前記2⑵において判示したとおりである。)、下記イのとおり、そもそも、原告は同言及がされたことから被告を退職したものでもない。
さらに、本件賃金減額は、従前の原告の賃金を半減するものであったものの、上記のとおり、同減額後の原告の賃金額は、被告が中途採用した営業職の従業員らの実際の賃金水準に合わせたものであったことや、具体的な減額期間が予め決められていたわけではないものの、原告の業績が上がれば増額があり得るとされていたことからすると、被告が同減額後の原告の賃金を同額にとどめたことから直ちに、被告による退職強要があったと認めることも困難である。
これらの事情によれば、被告に退職強要に当たる不法行為があったと認めることはできない。
イ なお、仮に被告が本件賃金減額を行ったこと自体が不法行為に当たるとしても、前記1⑵カ、キ及び⑶の事実経過によれば、原告は、今後も自身の業績が上がり賃金が増額される見通しもない中で、コンビニエンスストアを経営することを計画し、同経営のために被告を退職すべく、平成27年6月20日に自らの意思により退職届を提出したものと認められ(同月22日に株式会社丙から具体的な物件紹介があった旨の原告の供述を前提としても、具体的な物件紹介に至るまでには説明会への参加や面接を経る必要があり(書証略)、原告は、同月20日の退職届の提出前にコンビニエンスストアの経営を計画し、同計画を実際に進めていたものと認められる。)、上記アのとおり被告による退職強要があったとは認められない本件において、退職によって喪失した賃金相当額(逸失利益)やこれに応じた弁護士費用相当額が被告の上記不法行為と相当因果関係のある損害であると認めることもできない。

(3) したがって、不法行為に基づく損害賠償請求に関する原告の請求を認めることはできない。

第4 結論

以上によれば、原告の請求は、主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

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