えびす自動車事件(東京地方裁判所令和元年7月3日判決)

度重なる交通事故等を理由としたタクシー運転手としての就労拒否につき使用者の帰責性がないとしてバックペイ請求が否定された例

1 事案の概要

被告は,タクシー業を営む株式会社である。原告は,平成24年8月25日,被告と期間の定めのない労働契約を結び,タクシー運転手として勤務を開始したが,交通事故・交通違反を繰り返したため,被告はタクシー運転手としての勤務を拒否し,最終的には原告は退職届を提出した。しかし,原告は,被告に就労拒否されその後違法に解雇されたとして,地位確認及び就労拒否後の賃金の支払を求めた。

【時系列】
2012年8月25日 タクシー運転手として雇用契約
2014年2月~2016年1月 交通事故5件
2013年8月~2016年1月 交通違反,2014年8月に免停30日,2016年3月に120日の免停
2016年4月 事務職への職種変更を提案,以後,出勤せず
2016年9月 被告タクシー会社の商標を勝手に被告名義で商標登録し,被告グループ会社との面会を要求
2017年4月 解雇予告
2017年5月18日 退職届提出

2 えびす自動車事件判例のポイント

2.1 結論

雇用契約上の地位確認は,退職届提出により棄却
バックペイについても,2016年4月から退職までは,労務提供は履行不能な状態となっていたと認定しつつも,民法536条2項の「使用者責めに帰すべき事由」は無いとして棄却

2.2 理由

バックペイ請求に関し,民法536条2項の「使用者責めに帰すべき事由」の有無について,
「度重なる指導にもかかわらず重大な事故を繰り返し発生させ反省する様子を見せない原告を、このままタクシー運転手として勤務させ続けることは危険であるとしてその就労を拒否し、事務職への転換を提案したZ1所長の判断は、安全性を最も重視すべきタクシー会社として合理的理由に基づく相当なものであったというべきであり、本件免許停止処分の期間が満了した後も、原告が事故防止に向けた具体的取組を被告に説明することはおろか、タクシー運転手として勤務を希望する旨を申し出ることすら一度もなかったことをも踏まえると、被告が本件免許停止処分以降、約1年間にわたって原告の就労を拒否し続け、原告が労務を提供することができなかったことについて、被告の責めに帰すべき事由があると認めることはできない。」
と判示して,請求を退けた。

3  えびす自動車事件の関連情報

3.1判決情報

裁判官:奥田 達生

掲載誌:労働経済判例速報2405号22頁

3.2 関連裁判例

 

3.3 参考記事

 

4 主文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第1 請求

1 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は,原告に対し,588万6164円及び平成30年5月25日から判決確定の日まで毎月25日限り26万0673円を支払え。

第2 事案の概要

1 本件は,被告との間で労働契約を締結していた原告が,被告に就労を拒否され,その後,被告から違法に解雇されたと主張して,労働契約に基づき,被告に対し,労働契約上の地位の確認を求めるとともに,就労が拒否された後である平成28年5月29日から平成30年4月15日までの賃金588万61614円及び平成30年5月から本判決確定の日まで毎月25日限り賃金26万0673円の支払を求めた事案である。

2 前提事実

(1)被告は,タクシー業を営む株式会社である。

(2)原告は,平成24年8月25日,被告との間で期限の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結し,被告においてタクシー運転手として勤務を開始した。

(3)原告は,平成28年3月30日,免許停止処分を受けた(以下,「本件免許停止処分」という。)。原告は,同日以降,被告においてタクシー運転手として勤務をしておらず,被告から同日以降の賃金は支払われていない。

(4)被告は,平成29年4月20日付けの書面で,原告に対し,同書面到達後30日の経過をもって原告を解雇する旨(以下「本件解雇」という。)を通知し,同通知は同月21日頃原告に到達した。(甲3)

3 争点及び争点に対する当事者の主張

(1)争点1(平成29年5月18日に原告が被告を退職したか)

(被告の主張)

原告は,平成29年5月18日,被告に対し,退職届を提出したことから,本件解雇による解雇日以前である平成29年5月18日に原告は被告を退職した。

(原告の主張)

否認する。

(2)争点2(本件解雇の有効性)

(被告の主張)

仮に平成29年5月18日における原告の退職が認められないとしても,以下のとおり,本件労働契約は有効な本件解雇により終了している。
原告は,被告における勤務中,数多くの交通違反や,人身事故,物損事故を繰り返していた。平成26年2月にはスピードの出しすぎによる人の轢過事故を起こし,同年8月には免許停止処分を受けたにもかかわらず,その後も交通法規違反を繰り返し,平成27年1月には全治4か月を負わせる人身事故を発生させ,さらに平成28年1月27日に中央分離帯に接触する物損事故,翌日である同月28日には被害者に全治10日間の傷害を負わせる人身事故を立て続けに発生させ,同年3月30日に2度目の免許停止処分(本件免許停止処分)を受けた。
以上のような経過を踏まえ,被告の所長であるA(以下「A所長」という。)が,原告に対し,本件免許停止処分直後である同年4月初旬頃,「会社としては,あなたにハンドルを握らせるのは怖い。最低賃金は保障するから,事務職として働いてみてはどうか。」と事務職への転換を提案したが,原告はこれを拒否し,以後会社に無断で欠勤を続けた。
原告は,無断欠勤を続ける中,被告のタクシーに貼りつけてあるステッカーのロゴマークを会社に無断で自己の名で商標登録し,商標登録証を被告に郵送の上,被告グループ代表者との面会を求め,面会の場で商標登録証を提示しながら,同商標権を譲渡する対価として2000万円もの金銭を被告に要求してきた。
以上のとおり,原告は,タクシー運転手としての資質を欠くほか,長期にわたり無断欠勤し,さらには業務に関して不正な金品を会社に要求したものであるから,本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であるといえ有効である。

(原告の主張)

タクシー運転手は運転時間が長いことから,一般人よりも免許停止になることが多く,免許停止処分となっても運転手を続けることが多い。原告は,2度にわたり免許停止処分を受けているが,重大事故を起こしたことはなく,基本的に軽微な交通違反の積み重ねによって免許停止処分に至ったものであり,原告がタクシー運転手としての資質に欠けることはない。平成27年1月の人身事故は,原告が後進し後続車のタクシーに触れただけであり,このような接触事故で被害者が全治4か月もの怪我を負うことはあり得ない。
原告は,本件免許停止処分の2日後頃,被告から電話で呼び出しを受け,会社に出社したところ,A所長は,原告に対し,今後はタクシーに乗車させないこと,および,事務仕事に最低賃金で従事するのであれば勤務が可能であることを告げた。しかし,原告はタクシー運転手として勤務を継続したかったことから配置転換に同意せず,A所長の提案を断った。本件労働契約において,職種はタクシー運転手に限定されており,最低賃金での事務職への配置転換命令は原告に著しい不利益を負わせるものであり,無効である。原告は,平成28年5月25日頃,数日後に本件免許停止処分の期間が満了することから,いつからタクシー運転手として勤務できるか被告に尋ねに行ったところ,A所長の部下であるB課長から「タクシーには乗せない」と言われた。以上のとおり,被告は,原告がタクシー運転手として勤務することを明確に拒否しており,原告が無断欠勤をしたのではない。
原告は,被告と紛争状態になったことを契機として被告に無断で被告のロゴマークを商標登録したが,これは適法行為である。原告が被告に対して2000万円という金額の話をしたことはあるが,これはあくまでも共同で事業を行うための出資の話をしたものであり,本件とは無関係である。
以上のとおり,本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当として是認することができないことから,権利の濫用として無効である。

(3)争点3(原告は,平成28年5月29日から平成29年5月までの間,被告の責めに帰すべき事由によって労務を提供することができなくなったか)

(原告の主張)

前記のとおり,被告は,原告がタクシー運転手として勤務することを理由なく拒否した。そこで,原告は,平成28年5月26日頃,B課長に本件労働契約を解除する旨の書面の作成を要請したところ,B課長からそのような書面は作成できない旨伝えられた。
このように被告は,原告の就労を理由なく拒否し,加えて労働契約解除の書面の作成も拒否し,労働契約について何ら手続を取らないまま時間が経過することとなったのであって,原告は,本件免許停止処分の期間が満了した後である平成28年5月29日以降,被告の責めに帰すべき事由によって労務を提供することができなくなったといえる。

(被告の主張)

A所長は,平成28年4月初旬頃,原告に対し「会社としては,あなたにハンドルを握らせるのは怖い。最低賃金は保障するから,事務職として働いてみてはどうか。」と事務職への転換を提案したに過ぎず,原告によるタクシー運転手としての労務提供を確定的に拒絶したわけではない。A所長としては,事務職としての勤務を希望すればこれを認める予定であったし,また,今後の事故防止策を自ら考え提案するなど,A所長の不安を払しょくさせるような真摯な申出があれば,タクシー運転手としての勤務であったとしても認める予定であった。B課長は,同年5月25日頃,本件労働契約を解除する旨の書面の作成を断ったが,これは,当時被告が解雇事由が存する原告に対して,解雇回避努力義務を尽くす観点から事務職への配置転換の提案をしていたからである。
また,前記のとおり,原告は勤務中,2度にわたり免許停止処分となっており,かつ同処分の対象となった事故以外にも,複数の重大な事故や交通違反を起こし,その総数は,判明しているものだけでも,わずか2年半の間で11件にも及び,うち3件は人身事故であった。仮に,被告が原告の労務提供を拒否していたと評価されるとしても,安全性を何よりも重んじるタクシー運送業を営む被告には,当該拒否につき帰責事由があるとはいえない。

(4)争点4(不就労期間の賃金額)

(原告の主張)

本件労働契約における賃金は原告の売上に比例するところ,原告の平成27年における1か月の平均賃金は26万0673円であった。したがって,平成28年5月29日から平成30年4月15日までの就労に対応する賃金として588万6164円が,その後同年5月以降毎月25日限り26万0673円がそれぞれ支払われるべきである。

(被告の主張)

否認する。

第3 争点に対する判断

1 認定事実

前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実を認めることができる。

(1)原告の経歴

原告は,昭和19年○月○○日生まれの男性であり,大学を卒業後,カメラマンとして10年程度働いた後,断続的にタクシー運転手として被告以外のタクシー会社で勤務をしてきた(甲6,乙1)。

(2)本件労働契約

原告は,平成24年8月25日,被告との間で次の内容の労働契約を締結し,被告においてタクシー運転手として勤務を開始した。
期限の定め なし
業務内容  タクシー運転手としての職務及びこれに付帯する業務に限定
賃金    原告の売上の6割相当額
賃金支払日 毎月15日締め,当月25日払
平成27年中の原告の賃金は,合計312万8076円であり,平成28年1月から3月支払分の賃金の平均は月額22万6396円であった。(甲1,4,5,原告本人)

(3)就業規則

ア 被告の就業規則には普通解雇事由として要旨,以下の定めがある(乙11)。

(ア)勤務成績又は業務能率が著しく不良で従業員としてふさわしくないと認められたとき(18条1項1号)
(イ)遵守事項にしばしば違反し,就業に適さないと認められたとき(同項2号)
(ウ)懲戒解雇事由に該当すると認められたとき(同項6号)

イ 被告の就業規則には懲戒解雇事由として要旨,以下の定めがある(乙11)。

(ア)正当な理由なく無断欠勤が14日以上に及び,出勤を督促しても応じないとき(66条2項1号)
(イ)本人の故意又は重大な過失により交通事故を起こし,会社に重大な損害を与えたとき(同項6号)
(ウ)業務に関して不正な金品などを強要し,又はこれを受けたとき(同項8号)
(エ)業務上の地位を利用して自己の利益を図ったとき(同項10号)

(4)勤務中の交通事故及び交通違反等

ア 交通事故

原告は,被告での勤務中に以下のとおり5件の交通事故を発生させた。

(ア)平成26年2月14日
原告が,制限速度時速80キロメートルの高速道路を時速約100キロメートルで走行中,別件の交通事故により道路上で横臥していた被害者を轢過した(乙2ないし4)。

(イ)平成27年1月29日
原告が,赤信号において,交差点の停止線を超えて停止し,後方を十分に確認することなく後進したことから後方のタクシーに衝突し,同タクシーの運転手に,少なくとも全治約4か月の傷害を負わせた(乙5ないし7。原告は,同運転手の傷害の程度を争うが,乙第6及び7号証によれば,同運転手は少なくとも全治約4か月の傷害を負ったことが認められる。)。

(ウ)平成27年10月7日
原告が,交差点において他社のタクシーと接触した(乙8)。

(エ)平成28年1月27日
原告が,見通しの良い直線の首都高速道路を走行中,気の緩みからハンドル操作を誤り,車体が右方向に寄りすぎ,車両右側を中央分離帯に接触させた(乙9)。

(オ)平成28年1月28日
原告が,停車中に車内で物を拾おうとしたところ,足がアクセルに触れ,前方に停車していた車両に追突し,同車運転手に全治10日間の頸椎捻挫の傷害を負わせた(甲6)。

イ 交通違反

原告は,前記交通事故のほか,被告での勤務中に以下のとおり6件の交通違反を発生させた(甲2,乙1)。

(ア)平成25年8月10日 放置駐車違反
(イ)平成25年9月10日 通行禁止違反
(ウ)平成26年2月22日 指定場所一時不停止等
(エ)平成26年8月28日 放置駐車違反
(オ)平成27年5月14日 進路変更禁止違反
(カ)平成28年1月14日 放置駐車違反

ウ 被告による注意及び指導

A所長は,原告が交通事故を起こすたびに,原告に対し,反省を促すとともに,事故報告書を提出させ,事故を起こした原因をよく振り返るよう指示していた。
A所長は,平成28年1月27日の物損事故について原告から報告があった際,事故の態様を踏まえ原告を厳しく指導したが,原告がその翌日である同月28日にも人身事故を発生させ,事情を聴取した際に被害者の怪我の程度は大したことないといった発言をしたことから,原告を厳しく指導した。(乙4,5,8,9,12,証人A所長)。

エ 免許停止処分

原告は,平成26年8月29日,交通違反を理由として免許停止30日の行政処分を受けた。
原告は,平成28年3月30日,前記ア(オ)の交通事故並びに前記イ(オ)及び(カ)の交通違反を理由として免許停止120日の行政処分(本件免許停止処分)を受けた。その後,講習の受講により本件免許停止処分の期間は同年5月28日まで短縮された。     (甲2,6,乙1,原告本人)

(5)本件免許停止処分直後の当事者間のやり取り

本件免許停止処分直後である,平成28年4月初旬頃,原告は被告会社においてA所長と面談した。A所長は,原告が前記のとおり交通事故を繰り返す中,同年1月27日には物損事故を起こし,その翌日には再び人身事故を起こし2度目の免許停止処分を受けたことから,原告をタクシー運転手として勤務させることは危険であると考え,原告に対し,免許停止処分の期間が満了した後であっても原告をタクシー運転手として勤務させることは困難である旨伝え,事務職として勤務することを提案した。これに対し,原告は,事務職での勤務を拒否し翌日以降出社してこなくなったが,A所長は原告がその後も事務職としての勤務を検討しているものと考えていた。
原告は,本件免許停止処分の期間が満了する直前である,同年5月25日頃,被告会社を訪れ,A所長の部下であるB課長に対し,タクシー運転手として勤務が可能となる時期を聞いたところ,B課長からタクシー運転手として勤務させることは困難である旨の発言があった。原告は,B課長に対し本件労働契約を解除する旨の書面の作成を要求したところ,B課長は同書面の作成を断った。(甲6,乙12,原告本人,証人A所長)

(6)本件解雇に至るまでの経過

原告は,その後,本件解雇の通知がされるまで何度か被告会社を訪れたが,これら訪問はタクシー運転手としての勤務再開を目的とするものではなく,A所長及びB課長と会話をすることはなく,両名を含む被告事務職員に対して,事故防止に向けた具体的取組を説明したり,タクシー運転手として勤務を希望する旨を申し出たりすることは一度もなかった(原告本人,証人A所長)。
原告は,平成28年9月27日,被告会社が従前よりタクシーに表示するなどして使用していた商標を,役務を「タクシーによる輸送」として被告に無断で原告名義で出願し,同商標は平成29年3月17日に登録された。原告は,同年4月上旬,同商標の登録証写しを被告に送付した上で,被告のグループ会社の代表者との面会を要求した。(甲6,乙10の1・2,原告本人)

(7)本件解雇及び退職届の提出

被告は,平成29年4月20日付けの書面で,原告に対し,度重なる交通事故や交通違反により免許停止処分となったこと,無断欠勤が10か月以上に及んでいること,商標を無断で登録し被告に対し不当な金銭要求をしたこと等が就業規則が定める解雇事由に該当するとして,同書面到達後30日の経過をもって原告を解雇する旨通知し,同通知は同月21日頃原告に到達した(甲3)。
原告は,同通知到達後30日が経過する前である同年5月18日,被告に対し退職届を提出した(甲5,原告本人)。

2 争点1(平成29年5月18日に原告が被告を退職したか)

前記認定のとおり,原告は,平成29年5月18日,被告に対し退職届を提出しており,これにより辞職の意思表示をしたといえることから,原告は,同日,被告を退職したと認められる。
したがって,争点2について判断するまでもなく,本件請求のうち,労働契約上の地位の確認を求める部分及び平成29年5月18日以降本判決確定の日までの賃金の支払を求める部分は理由がない。

3 争点3(原告は,平成28年5月29日から平成29年5月までの間,被告の責めに帰すべき事由によって労務を提供することができなくなったか)

(1)使用者の責めに帰すべき事由によって,労働者が労務を提供すべき債務を履行することができなくなったときは,労働者は,現実には労務を提供していないとしても,賃金の支払を請求することができる(民法536条2項)。

(2)前記認定のとおり,A所長は,平成28年4月初旬頃,原告に対し,本件免許停止処分の期間が満了した後であっても原告をタクシー運転手として勤務させることは困難である旨伝え,B課長も同年5月25日頃同様の認識を原告に対して伝えた。これらを踏まえると,被告は,本件免許停止処分以降,原告のタクシー運転手としての就労を拒否し続けており,労務を提供すべき債務は履行不能の状態にあったというべきである。
被告は,A所長は,事務職への転換を提案したに過ぎず,原告が今後の事故防止策を自ら考え提案するなど,A所長の不安を払しょくさせるような真摯な申出があれば,タクシー運転手としての勤務を認める考えであったことから,被告は原告の労務提供を確定的に拒否していたわけではない旨主張する。しかし,A所長は,同人の上記認識を原告に伝えることはなかった旨証言しているところ,仮にA所長が上記認識を有していたとしても明示的にこれを原告に伝えておらず,原告においてA所長の上記認識を了知していたとの事情もうかがわれない以上,労務を提供すべき債務が履行不能の状態にあったという前記判断は左右されない。被告の主張は採用できない。

(3)次に,履行不能が被告の責めに帰すべき事由によるものか否かを検討する。

ア 前記認定のとおり,原告は,被告での勤務を開始して以降約3年半の間に,少なくとも人身事故2件を含む交通事故を5件発生させたほか,6件の交通違反で検挙され,免許停止処分を2度にわたって受けるなど,交通事故及び交通違反を繰り返していたといえる。前記認定のとおり,交通事故の過失態様は,交差点において後方を十分に確認することなく後進し後方の車両に衝突する(平成27年1月29日),見通しの良い直線の首都高速道路で気の緩みからハンドル操作を誤り中央分離帯に接触する(平成28年1月27日),停車中に車内で物を拾おうとした際に足がアクセルに触れ前方に停車していた車両に追突する(同月28日)といった重大なものであり,人身事故における傷害結果も全治4か月の傷害や,全治10日間の頸椎捻挫と軽くはない。前記認定のとおり,A所長は,交通事故のたびに原告に反省を促すとともに,事故報告書を提出させ,事故を起こした原因をよく振り返るよう指示していたが,そのような中で,原告は平成28年1月27日に上記物損事故を起こし,同事故について厳しく指導を受けたにもかかわらず,その翌日である同月28日にも再び上記人身事故を起こし,しかも同事故について被害者の怪我の程度は大したことないといった発言をするなど,事故の重大性を理解しない態度を示していた。上記事故を受けて本件免許停止処分が出されるに至り,A所長は,原告をタクシー運転手として勤務させることは危険であると判断し,就労拒否の判断を下したものである。その後,本件免許停止処分の期間は満了したが,前記認定のとおり,原告は度々被告会社を訪れるものの,その目的はタクシー運転手としての勤務再開に向けられたものではなく,事故防止に向けた具体的取組を被告に説明したり,タクシー運転手として勤務を希望する旨を申し出たりすることはなかった。
以上の経緯を総合すると,度重なる指導にもかかわらず重大な事故を繰り返し発生させ反省する様子を見せない原告を,このままタクシー運転手として勤務させ続けることは危険であるとしてその就労を拒否し,事務職への転換を提案したA所長の判断は,安全性を最も重視すべきタクシー会社として合理的理由に基づく相当なものであったというべきであり,本件免許停止処分の期間が満了した後も,原告が事故防止に向けた具体的取組を被告に説明することはおろか,タクシー運転手として勤務を希望する旨を申し出ることすら一度もなかったことをも踏まえると,被告が本件免許停止処分以降,約1年間にわたって原告の就労を拒否し続け,原告が労務を提供することができなかったことについて,被告の責めに帰すべき事由があると認めることはできない。

イ 原告は,重大事故を起こしたことはなく,基本的に軽微な交通違反の積み重ねによって免許停止処分に至ったものであり,原告がタクシー運転手としての資質に欠けることはない旨主張する。しかし,原告が発生させた交通事故の過失態様が重大であり,傷害結果も軽くはないことは前記説示のとおりであり,重大事故を起こしたことはなく,軽微な交通違反の積み重ねによって免許停止処分に至ったとは評価し難い。原告をタクシー運転手として勤務させ続けることが危険であると被告が判断し就労を拒否したことが,合理的理由に基づく相当なものであったことは前記説示のとおりである。原告の主張は採用できない。
また,原告は,B課長が,平成28年5月25日頃,原告からの要請にかかわらず,本件労働契約を解除する旨の書面の作成を拒否したことを指摘するが,前記認定によれば,被告は,同日頃,原告に対して解雇を回避するために事務職としての勤務を提案している状況にあったと認められ,そのような状況下において,被告が原告の求めに応じて本件労働契約を解除する旨の書面を作成しなかったことをもって,直ちに履行不能に関する被告の帰責性が基礎付けられるものではない。

(4)以上より,原告は,平成28年5月29日から被告を退職する平成29年5月18日までの間,被告の責めに帰すべき事由によって労務を提供することができなかったということはできない。
したがって,争点4について判断するまでもなく,本件請求のうち,平成28年5月29日から平成29年5月18日までの賃金の支払を求める部分は理由がない。

第4 結論

以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

裁判官 奥田 達生

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