センチュリー・オート事件(東京地方裁判所平成19年3月22日判決)

管理監督者性が肯定された例

1 事案の概要

被告は自動車の修理及び整備点検,損害保険代理業等を目的とする有限会社である。
原告は,平成14年11月25日,営業部長として被告に入社し,同16年11月15日に退職した。
本件は,原告が被告に対し,未払の月額賃金及び時間外割増賃金等の支払を求めた事案である。

2 判例のポイント

2.1 結論

原告は管理監督者に該当するとして,時間外割増賃金等の請求を斥けたが,未払の月額賃金については認めた。

2.2 理由

① 勤務内容・責任・権限

原告は営業部長の役職にあり,営業部には原告を含めて9名の社員がいた。営業部に所属する従業員の出欠勤の調整,出勤表の作成,出退勤の管理といった管理業務を原告が担当していた。
経営会議やリーダー会議のメンバーとして出席しており,代表者と各部門責任者(5~6名)のみ構成員であった。
原告は,営業部長という重要な職務と責任を有し,営業部門の労務管理等につき経営者と一体的な立場にあった。
最終的な人事権が原告に委ねられていたとはいえないものの,営業部に関しては部門長の原告の意見が反映され,手続・判断の過程に関与していた。

② 勤務態様

遅刻・早退等を理由として原告の基本給が減額されることはなかった。
タイムカード打刻していたとの事実のみから労働時間が管理されていたとはいえない。

③ 賃金等の待遇

原告の給与の額は,代表者,工場長に次ぐ高い金額であり,その内訳は基本給37万7500円~38万円,役付手当3万円,資格手当3万円であった。
経営幹部として処遇されていた。

3 判決情報

3.1 裁判官

裁判官:篠原淳一

3.2 掲載誌

労働判例938号85頁

4 主文

1 被告は原告に対し,48万8500円及びこれに対する平成16年11月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 この判決は,主文1項に限り,仮に執行することができる。

5 理由

第1 請求

被告は原告に対し,金1882万8628円及び内金950万8564円に対する平成16年11月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員,内金902万0064円に対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員及び内金30万円に対する平成17年6月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,被告の社員であった原告が被告に対し,①原被告間の労働契約(以下「本件契約」という。)に基づく未払の月額賃金及び時間外割増賃金並びに労働基準法(以下「労基法」という。)114条に基づく付加金の各支払を求めるとともに,②原告が被告を退職する前後に,被告が原告に対し違法な営業妨害行為をしたとして,不法行為に基づく損害賠償の支払を求める事案である(なお,いずれの請求も遅延損害金の請求をも含む。)。

1 前提となる事実(後掲の証拠によるもののほかは,当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)

⑴ 被告は自動車の修理及び整備点検,損害保険代理業等を目的とする有限会社である。
⑵ 原告は平成14年11月25日に被告に入社し,同16年11月15日をもって退職した。原告は,被告入社時から退職時までの間,営業部長の職にあった。
⑶ 本件契約における給与に関する定めは下記のとおりであった(甲2の1)。

基本給  ①37万7500円(平成15年3月から同年4月まで)
②38万円(平成15年5月から同16年10月まで)
役付手当   3万円
資格手当   3万円
食事手当   1万円
皆勤手当   1万円
支払条件  毎月15日締めの当月25日払い

2 原告の請求に関する当事者の主張

⑴ 未払賃金請求について

(原告の主張)
被告は原告に対し,平成16年11月分(平成16年10月16日から同年11月15日までの期間を対象とする。)の給与48万8500円を支払っていない。
よって,原告は被告に対し,賃金請求権に基づき金48万8500円及び原告が被告を退職した日後に到来する支払日の翌日である平成16年11月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の主張)
原告主張の給与の未払があることは認める。

⑵ 時間外割増賃金及び労基法114条所定の付加金の請求について

(原告の主張)
ア 原告は,平成15年2月16日から同16年11月15日までの間,別表記載の各月に対応する「法定外残業時間」欄記載のとおりの時間外労働をした。この時間外労働に対応する時間外割増賃金の額の合計は902万0064円となる。
よって,原告は上記金額の時間外割増賃金及びこれに対する平成16年11月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金並びに労基法114条所定の付加金及び本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被告は,原告が労基法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という。)に該当すると主張するが,原告は,形式的には部門責任者という立場にあったものの,タイムカードで労働時間を管理される中,担当部署に関する事務を機械的に処理していたにすぎない。また,原告が被告在籍中に支給されていた給与は他の従業員と比較して格別高額であったわけではない。よって,原告は管理監督者には該当しない。

(被告の主張)
否認ないし争う。
ア 原告は労基法41条2号の管理監督者に該当するから,そもそも,労働時間に関する労基法の規定は適用されない。すなわち,原告は入社当初から退職するまで営業部長の職にあり,被告代表者や部門責任者が列席する諸会議に出席し,被告の経営戦略の企画・立案に関与していた。また,営業部門の統括者として事業計画の企画,立案,営業部門の従業員の労務管理(ローテーションの決定,出勤表の作成,出退勤の管理,人事評定,採用時の面接など)をも行っていた。さらに,原告については労働時間の管理はされておらず,欠勤・遅刻・早退をした場合にも給与は減額されていなかった。加えて,原告は部門責任者として,時間外,休日及び深夜労働を行うことが想定されたため,その代償の趣旨から,従業員の中でも特に高額の給与が支給されていた。
よって,原告は管理監督者に該当する。
イ 平成15年3月分及び4月分の時間外割増賃金については,その支払日(平成15年3月25日,同年4月25日)から2年が経過した。よって,被告は消滅時効を援用する。

⑶ 業務妨害を理由とする損害賠償請求

(原告の主張)
ア 原告は,被告へ入社する際,当時原告が保有していた損害保険関係の顧客をそのまま被告の顧客として引き継がせた。そして,原告が被告を退職するに当たり,原告及び被告は,原告退職後は,原告が入社当初に保有していた上記顧客を原告が管理し,被告はその管理に関与・干渉しない旨を合意した。しかし,被告は,原告の退職前後にかけて,原告の管理下にあるはずの顧客に対し執拗に損害保険契約の更新の営業活動をし始めた。これは上記の合意に反する違法行為である。
イ 以上の違法行為により原告の業務は妨害され,原告は顧客の対応に苦慮し,また,顧客を喪失した。これにより原告が被った損害は金30万円とみるのが相当である。
よって,不法行為に基づく損害賠償として30万円及び本訴状の送達の日の翌日である平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)
否認ないし争う。

第3 当裁判所の判断

1 未払賃金請求について

被告が原告の平成16年11月分の給与を支払っていないこと及び同月分の給与の額が48万8500円であることは当事者間に争いがない。してみれば,原告の被告に対する未払賃金請求は理由がある。
また,原告が被告を退職したのは平成16年11月15日であり(前提となる事実⑵),かつ,平成16年11月分の給与の支払日が平成16年11月25日であることは前提となる事実⑶(支払条件)から明らかである。よって,被告は原告に対し,上記未払賃金につき平成16年11月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務がある(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項)。

2 時間外割増賃金及び付加金請求について

⑴ まず,原告が労基法42条2号の管理監督者に当たるか否かにつき判断する。
ア 入社当時から退職するまでの間,原告が営業部長の職にあったことは前提となる事実⑵のとおりであり,また,遅刻・早退等を理由として原告の基本給が減額されることはなかったことは当事者間に争いがない。
また,証拠(甲5,乙5,7,11,証人A,原告)によれば,①原告は営業部長として,営業部に所属する従業員の出欠勤の調整,出勤表の作成,出退勤の管理といった管理業務を担当していたこと(なお,平成15年6月当時でみると,営業部には原告を含めて9名の社員が所属していた。),②原告は,経営会議やリーダー会議のメンバーとしてこれらの会議に出席していたが,これらは被告代表者及び各部門責任者のみをその構成員とする会議であったこと,③平成15年3月から同16年9月までの間に原告に支給された給与の額は,被告代表者,工場長であるAそしてB(被告の創業当初からの社員であり,本事件の共同原告の一人であった者である。)に次ぐ,高い金額であったことが認められる。
これらの事実によれば,被告において,原告は営業部長という重要な職務と責任を有し,営業部門の労務管理等につき経営者と一体的な立場にあったと評するのが相当である。
イ 以上に対し,原告は,①出退勤の際タイムカードを打刻することが求められていた,②経営会議やリーダー会議なども,形式的に出席していただけで経営方針や事業計画などにつき意見を述べたりしたことはなかった,③新規採用者の決定権限や人事評価の決定権限は付与されていなかったなどとして,管理監督者該当性を争う。しかし,原告の上記主張は次のとおり採用できない。
(ア)まず,労働時間の管理面(上記①)については,確かに,証拠(乙1の1~17)によれば,原告は出退勤の際,タイムカードを打刻していたことが認められる。しかしながら,前記アのとおり,遅刻・早退等を理由として原告の基本給が減額されることはなかったというのであるから,原告が出退勤の際にタイムカードを打刻していたとの事実のみから,直ちに,原告の労働時間が管理されていたと評することはできない。
(イ)次に,経営会議やリーダー会議の関与面(上記②)につきみると,そもそも,管理監督者該当性は,当該労働者が,経営幹部としての待遇や役割を期待されている状況にあったかどうかとの観点から考察されるべきものと解されるところ,前記ア,③のように原告が高い給与の支給を受けていたことや,前記ア,②のとおり,原告は,被告代表者と部門責任者のみから構成される経営会議やリーダー会議(しかも,乙5,6によれば,部門責任者は5~6名程度の少数の社員であったと認められる。)のメンバーであったことを勘案すると,被告において,原告が経営幹部として待遇され,また,その役割を果たすことを期待されていたことは否定し難い。してみれば,経営会議やリーダー会議で意見を発したか,または,意見を発した場合の影響力の有無などといった事情は,管理監督者該当性を判断する上で,さほど重視すべきものとはいえない。
(ウ)最後に,人事に関する決定権限(上記③)については,原告も担当部署の従業員につき勤務評定表に記入をしたことがあることは自認している(甲5)。また,証拠(甲5,証人A,原告)によれば,原告が被告代表者に営業部の保険業務につき人員の補充を求めたところ,被告代表者が新規従業員を募集・採用した例があったこと,また,この際,被告代表者がした採用面接の場に原告が立ち会い,同面接後には被告代表者から意見を求められたことが認められる。これらによれば,最終的な人事権が原告に委ねられていたとはいえないものの,営業部に関しては,被告代表者の人事権行使に当たり,部門長であった原告の意向が反映され,また,その手続・判断の過程に原告の関与が求められていたとみるのが相当である。してみれば,原告指摘の点は前記の判断を左右するには足りない。

⑵ 以上によれば,原告は労基法41条2号の管理監督者に該当すると認められる。また,原告は被告への入社当時から退職までの間,営業部長の職にあったことは前提となる事実⑵のとおりである。したがって,原告が時間外割増賃金を請求する期間(平成15年2月16日から同16年11月15日まで)を通じて,同人は管理監督者たる地位にあり,それゆえ,労基法37条1項の適用は除外されることになる。
よって,その余を判断するまでもなく,原告の時間外割増賃金及び付加金の請求は理由がない。

3 損害賠償請求について

証拠(甲5,原告・9~11,24頁)によっても,被告が原告主張のような違法な行為をしたことはもとより,これにより原告にその主張のような損害が発生したかも不明といわざるを得ない。よって,原告の損害賠償請求は理由がないというほかない。

第4 結論

以上によれば,原告の請求は,未払賃金及びその遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求はいずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。

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