サイバーエージェントの初任給42万・固定残業代(月80時間)は違法・ブラックか?

サイバーエージェントの新卒社員の募集要項において月給46万円80時間固定残業代制が採用されていることが公表されています。しかし、固定残業代制は「残業代を払う気がない」「残業代までサブスクかよ」などといった批判も多いところです。そこで、労働問題専門の弁護士がサイバーエージェントの固定残業代制が適法かについてわかりやすく説明します。

固定残業代制とは

固定残業代制とは、労基法37条に定める計算方法による割増賃金を支払う代わりに,固定の定額の残業代を支払う制度のことをいいます。

本来、残業代は、毎月残業時間を把握した上で、残業時間分を計算して支払うのが原則です(労基法37条1項)。通常は、毎月の業務状況によって残業時間も異なるので、残業代の金額も一定にはなりません。

労働基準法 第37条1項
使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

しかし、毎月の残業時間にかかわらず、一定金額を固定で支払うというのが固定残業代制です。

このように法律が想定している残業代の支払い方と異なってよいのか?と疑問に思うかもしれません。

もっとも、実は法律が使用者に命じているのは、労基法の基準を満たす一定額以上の割増賃金を支払うことに過ぎません。つまり、労基法37条1項が定める一定基準を上回っていれば、労基法所定の計算方法をそのまま用いなくてもよいのです。

固定残業代制であっても労基法37条1項が定める基準以上に残業代を支払いさえしていれば適法なのです。まずはこの点を押さえてください。

ただ、固定残業代制には上記労基法37条1項のほかにも、裁判例からはもう少し細かい有効要件がありますので、それを見ていきましょう。

固定残業代制の有効要件

固定残業代制の有効要件は次の4つです。

固定残業代制の有効要件
① 固定残業代制が契約内容になっており公序良俗に違反しないこと
② 固定残業代額が基本給と明確に区分されていること
③ 割増賃金の対価という趣旨で支払われていること(対価要件)

④ 固定残業代が本来の残業代より不足する場合は差額を支払うこと

① 固定残業代制が契約内容になっており公序良俗に違反しないこと

雇用契約書・就業規則での規定

まずは、固定残業代制が雇用契約の内容になっている必要があります。労働者の知らないところで勝手に固定残業代制を実施することはできません。

具体的には、就業規則・賃金規程という会社のルールブックに規定し、会社と労働者との間の雇用契約書に記載します。これによって、雇用契約の内容となります。

公序良俗に反しないこと

契約は当事者が合意さえすれば何でも有効という訳ではなく、社会の秩序・道徳に反する場合は合意は無効になります。この社会の秩序・道徳を公序良俗(こうじょりょうぞく)と言います。

そして、固定残業代制については、健康上の問題から長時間労働を強いるような内容のものについては公序良俗に反して無効になるという考え方があります。

裁判例においても月80時間の固定残業代制を導入していた企業の残業代請求事件において、裁判所はいわゆる過労死基準を引用した上で、「1か月当たり80時間程度の時間外労働が継続することは,脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる恐れがあるものというべきであり,このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して」固定残業代制を導入することは「労働者の健康を損なう危険のあるものであって,大きな問題があるといわざるを得ない」として、「一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは,公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である」と判断しました(イクヌーザ事件 控訴審・東京高等裁判所平成30年10月4日判決)

イクヌーザ事件の詳細は

② 固定残業代額が基本給と明確に区分されていること

固定残業代の定め方として、基本給と固定残業代がごっちゃ混ぜにされて、一体いくらが基本給でいくらが固定残業代か分からない状態ではいけません。ごちゃ混ぜの状態では、正しく残業代が払われているかの検証もできず、労基法上の残業代を支払っているのかも分からなくなるからです。

そこで、固定残業代制の有効要件として、固定残業代額が基本給と明確に区分されていることが必要となります。

③ 時間外労働の対価という趣旨で支払われていること(対価要件)

固定残業代のネーミングが「営業手当」とか「職務手当」というように定められている場合、それが残業代として支払われているか分かりません。「営業手当」だったら営業職をすることの対価として支払われていると思うでしょうし、「職務手当」の場合は何らかの職務を行うことの対価と考えるのが普通だからです。残業代とは思いません。

そこで、固定残業代が時間外労働の対価として支払われていることが明確になっている必要があります。

④ 固定残業代が本来の残業代より不足する場合は差額を支払うこと

固定残業代を毎月一定額を支払っていても、それが法律上の計算式で算出される残業代額を下回っている場合は、差額を支払わなければならないことは当然です。固定残業代制は前記のとおり労基法上の計算式で出される残業代額を上回るものであることが前提となるのです。

そこで、固定残業代が本来の残業代に不足する場合は差額を支払うことが要件となります。

サイバーエージェントの固定残業代制

では、サイバーエージェントが設定している固定残業代制は有効なのでしょうか?具体的に見ていきましょう。

サイバーエージェントの新卒社員募集要項の概要

まず、前提として問題となっているサイバーエージェントの新卒社員の募集要項を確認しましょう。

給与 給与額 42万円(年俸制504万円)+家賃補助
固定残業代の相当時間 時間外80.0時間/月、深夜46.0時間/月
残業手当 有、固定残業代制超過分別途支給
勤務時間 始業・就業時間 10時~19時(職種によっては裁量労働制適用)
所定労働時間 08時間00分 休憩60分(残業:有)
平均残業時間 31時間/月
休日・休暇 休日 完全週休2日制(土曜・日曜)、国民の祝日、夏期休暇(毎年3日間)・年末年始休暇(12月29日~1月3日)
休暇 年次有給休暇(初年度10日間)・慶弔休暇・産前産後休暇・育児休暇・リフレッシュ休暇 休んでファイブ(勤続2年間で毎年5日間)

2022年8月9日現在 「ビジネスコース」の求人内容

これを前提に先程の有効要件にあてはめて確認しましょう。

固定残業代制の有効性判定

① 固定残業代制が契約内容になっており公序良俗に違反しないこと

就業規則や雇用契約書の内容は確認できませんが、就業規則や雇用契約書に固定残業代制を明記していれば問題ありません(求人に記載するくらいですので規定していると推測されます。)。

問題は、固定残業代の相当額が「時間外80.0時間/月、深夜46.0時間/月」となっていることです。

WEBメディアでは「月80時間の残業は過労死ライン!」「過去の裁判例(イクヌーザ事件控訴審)でも80時間分の固定残業代制を無効としている!」との意見もあります。※ただし、Webメディアの論調は違法であると明確に述べているものはありません。

しかし、「月80時間相当の固定残業代」が必ずしも直ちに無効となる訳ではありません

そもそも法律上の禁止はありませんし、確定した最高裁判所裁判例もありません。

また、裁判例(イクヌーザ事件控訴審)もありますが、この事案は基本給に固定残業代を組み込んでいた事案で、かつ、残業実態も80時間超の残業が恒常的に行われていた事案でした。サイバーエージェントが基本給に固定残業代制を組み込んでいるのか否かは不明ですが、公表されている「平均残業時間:31時間/月」ということですので、月80時間に近い又はそれを超える長時間労働が恒常的に命じられているとは限りません。イクヌーザ事件についても第一審の東京地方裁判所労働専門部の裁判官は月80時間の固定残業代制を有効と判断しています。つまり、イクヌーザ事件ですら、裁判官によっては判断が分かれているのです。

サイバーエージェントの場合、月31時間が平均残業時間であるとすれば、公序良俗に反するとして無効とされるリスクは一層低いといえるでしょう。

従って、サイバーエージェントの場合、月31時間が平均残業時間であることが正しければ、無効とはならないでしょう。

② 固定残業代額が基本給と明確に区分されていること

就業規則や雇用契約書の内容は確認できませんが、就業規則や雇用契約書で基本給と明確に区分して固定残業代制を明記していれば問題ありません。固定残業代制を導入する場合基本給と明確に区分されていなければならないことは通常の人事部であれば周知の事実ですので、ちゃんと対応していると推測されます。

③ 割増賃金の対価という趣旨で支払われていること(対価要件)

サイバーエージェントの場合、固定残業代というネーミングを付けているようですので、問題ないといえるでしょう。

④ 固定残業代が本来の残業代より不足する場合は差額を支払うこと

サイバーエージェントの求人では「固定残業代制超過分別途支給」と明記されているので問題ないでしょう。

結論

サイバーエージェントの場合、就業規則や雇用契約書で基本給と固定残業代が明確に区分して定められており、残業の実態も恒常的に80時間近く又はそれを超えるような状況ではないのであれば、法的に有効の可能性が高いでしょう。

サイバーエージェントは新卒条件はブラック条件なのか?

42万円でも基本給部分は24万7000円(推定)

サイバーエージェントの場合、新卒の初任給が月42万円と公表されています。もっとも、固定残業代80時間、深夜手当46時間分が含まれた金額とされています。

では、残業代・深夜手当抜きの金額はいくらなのでしょうか?

公表されている求人情報から推定計算 1すると、次のようになります。

  • 基本給部分 247,000円
  • 固定残業代(80時間) 155,021円
  • 固定深夜手当(46時間) 17,979円

つまり、残業代抜きの賃金は247,000円(推定)となります。

厚生労働省の賃金データ(令和3年賃金構造基本統計調査)によれば、大卒の初任給は平均で229,400円となっていますので、サイバーエージェントはこれを2万円上回ります

また、民間企業によるデータ(JOB総研「2022年初任給実態調査」)によれば、2022年4月入社の新入社員の初任給は平均で236,000円となっており、サイバーエージェントの場合はこれを1万円程度上回ります

大手IT企業であるソフトバンク2023年度入社の大卒総合職の求人情報では、247,000円~とされており、ソフトバンクの初任給とほぼ同じです。

同じく大手IT企業である楽天の場合は、ビジネス総合職で、大卒:300,000円(月給)月40時間分の固定残業代を含む(内訳:基本給 227,849円+40時間分の固定残業代72,151円)とされており、楽天よりは約2万円ほどサイバーエージェントの方が上回っています

以上から、サイバーエージェントの場合、基本給部分は42万円からは大幅に目減りした247,000円となるものの、企業平均よりは1~2万円上回り、ソフトバンクの新卒初任給とほぼ同じ水準といえ、決して悪くはないといえるのではないでしょうか。

固定残業代は固定収入

固定残業代は、毎月一定額を想定された労働時間見あいの残業代として支払われます。

しかし、実際の残業時間が、想定された労働時間(サイバーエージェントは80時間)を下回った場合であっても固定額が支払われます

例えば、毎月31時間の残業があることを前提とした場合、固定残業代制のないソフトバンクの新卒社員は月に残業代込みで307,000円(推定計算)しか貰えませんが、サイバーエージェントの場合は42万円確実に貰えます

残業時間が短くても固定収入が保証される訳であり、社員からするとメリットに感じられるともいえます。

また、特段の指示命令がない限りは想定された労働時間(サイバーエージェントは80時間)を必ず勤務しなければならない訳ではありません。

サイバーエージェントの場合は、公表ベースですが月の平均残業時間は31時間とのことですし、長時間労働防止のための対策も取られているようです(健康的な働き方のための施策 リモートワークの促進、労働時間可視化、労働時間モニタリング、残業が多い社員に対するアラート等)。

このような観点からすると、業務生産性を向上させることで残業時間を抑制し、想定残業時間より短い残業で済ませることにより、その差分のメリットを享受できるともいえます。また、そのメリットのために社員側に生産性向上のためのインセンティブが生まれるともいえます。

サイバーエージェントが生産性向上及び長時間労働抑制といった取り組みを行い、実際にも想定された残業時間を下回るような状態となる成果が出ていることが前提にはなりますが、固定残業代は固定収入としてメリットになるともいえます。

長時間労働抑制・健康管理は当然に重要

固定残業代制というとブラック企業の代名詞のように捉えられる傾向があります。

平成10年代後半では,特にIT企業で働く若者の長時間労働,パワーハラスメント及び残業代未払いを原因とする精神障害の発症,自殺が社会問題となりました。そして,若者を追い込んだ手法として,固定の定額の残業代と時間外労働分との差額は未払いにしてコストを削減するために,固定残業代制が採用されたという経緯がありました。このような、IT企業における長時間に及ぶ過重労働による若者の使い捨ては,平成24年以降,「ブラック企業」であるとして,大々的なバッシングを浴びるようになりました。

その流れを受けて、テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日判決労判1060-5)を始めとする固定残業代制に関する厳しい裁判例が続いて出されるようになり、固定残業代制の有効性についても実務で見直しがなされました。

その結果、現時点では、過去の裁判例を踏まえて固定残業代制の有効要件を踏まえた活用(ないし廃止)が進みつつあります。

固定残業代制を導入した場合であっても、差額の支払いが必要であることが周知されるようになり、固定残業代制=未払い賃金の発生という図式が必ずしも妥当する訳ではありません。

また、恒常的な長時間労働による健康悪化は避けなければならないことは当然のことです。もっとも、それは固定残業代制とはむしろ切り分けて、企業による労働者に対する安全(健康)配慮義務の履行として明確に措置を講ずるべきといえます。

結論

従って、サイバーエージェントの初任給42万円(80時間分固定残業代込み)という募集条件は、基本給部分の条件は企業平均以上でソフトバンクの新卒社員と同レベルで決して悪くはなくサイバーエージェントが長時間労働抑制といった取り組みを行い、実際にも想定された残業時間を下回るような状態となる成果が出ていることを前提にすれば、固定残業代は固定収入としてメリットがあるといえるでしょう。

まとめ

以上お分かりいただけましたでしょうか。

巷で話題になっているサイバーエージェントの初任給を題材に固定残業代制について改めて説明させて頂きました。

ポイントとしては、

  • サイバーエージェントの月80時間の固定残業代制は、就業規則や雇用契約書で基本給と固定残業代が明確に区分して定められており、残業の実態も恒常的に80時間近く又はそれを超えるような状況ではないのであれば、法的に有効の可能性が高い
  • サイバーエージェントの初任給42万円(80時間分固定残業代込み)という募集条件は、基本給部分(推定24万7000円)の条件は企業平均以上でソフトバンクの新卒社員と同レベルで決して悪くはなく(ブラックではなく)サイバーエージェントが長時間労働抑制といった取り組みを行い、実際にも想定された残業時間を下回るような状態となる成果が出ていることを前提にすれば、固定残業代は固定収入としてメリットがある

ということになります。

サイバーエージェントへの就職を検討されている学生さんは、サイバーエージェントにおける実際の残業の実態の情報を収集して確認し、平均31時間の残業時間(または月平均45時間以内)であれば、決して悪い条件ではないのではないでしょうか。

また、サイバーエージェント側も平均31時間の残業時間ということを公表していますが、学生に対してはより具体的に残業の実態について説明すると、募集条項のメリットがより学生に伝わると思います。

以上、ご参考になれば幸いです。

  1. 土日祝日休み+年末年始+夏季休業から月平均所定労働時間159.33時間と試算。基本給をXとして、X +( X ÷ 159.33 ✕ 1.25 ✕ 80)+( X ÷ 159.33 ✕ 0.25 ✕ 46)= 420,000  →  X ≒ 247,000 円

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