O法律事務所(事務員解雇)事件(名古屋高判平成17.2.23)

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当事者

控訴人(1審原告) 甲野花子
同訴訟代理人弁護士 甲野太郎
同 萱垣建
被控訴人(1審被告) 乙山次郎
同訴訟代理人弁護士 服部一郎

主文

1 原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人は,控訴人に対し,144万2153円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 控訴人のその余の請求(当審で拡張した請求を含む。)を棄却する。

4 訴訟費用は,これを5分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。

5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人

(1)原判決を取り消す。

(2)被控訴人は,控訴人に対し,766万9771円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(4)仮執行宣言

2 被控訴人

(1)本件控訴(当審で拡張した請求を含む。)を棄却する。

(2)控訴費用は控訴人の負担とする。

第2 事案の概要

1 本件は,弁護士である被控訴人が開設する法律事務所(以下「被控訴人事務所」という。)に事務員として雇用されていた控訴人が,被控訴人から解雇された(以下「本件解雇」という。)が,本件解雇は解雇理由も明示されず,合理的理由もないものであるなど違法なものであって,不法行為に該当するとして,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,〔1〕逸失利益186万4000円(6か月分賃金相当額139万8000円及び賞与相当額46万6000円の合計額)及び〔2〕慰謝料300万円並びにこれに対する不法行為の後の日である平成15年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
これに対し、被控訴人は,控訴人と被控訴人間の雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)は,合意解約に基づき終了したなどとして,これを争った。

2 原審は,本件契約は合意解約により終了したもので,控訴人の主張する本件解雇は認められないとして,控訴人の本件請求を棄却した。
そこで,これを不服とする控訴人が本件控訴に及んだ。

3 控訴人は,当審において,次のとおり請求を拡張した。

(1)逸失利益

ア 拡張前 6か月分139万8000円及び賞与相当額(賃金2か月分)
46万6000円
イ 拡張後 平成14年度実額収入に基づき算定される1年分の賃金
396万9771円
(4,168,614×0.9523(1年間のライプニッツ係数))

(2)慰謝料 300万円(拡張の前後で変わらず。)

(3)弁護士費用

ア 拡張前 なし
イ 拡張後 70万円

(4)合計

ア 拡張前 486万4000円
イ 拡張後 766万9771円

4 本件の前提となる事実(争いのない事実等),争点,争点に関する当事者双方の主張は,原判決を以下のとおり付加訂正するほかは,原判決「第2 事案の概要」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決2頁20行目を次のとおり改める。
「被控訴人は,控訴人に対し,遅くとも平成15年1月28日までに,控訴人を同年3月31日付けで解雇する旨(普通解雇)の意思表示をした。」

(2)同2頁25行目冒頭から同3頁1行目末尾までを次のとおり改める。
「被控訴人の主張する本件事務所の秘密保持ないし依頼者の保護といったことは,本件解雇の正当な理由となり得るものではない。被控訴人は,職場環境を調整すべき義務,すなわち,控訴人が他の法律事務所の弁護士と結婚することにより何らかの支障が生じるとすれば,その支障を解消すべき義務を負っているにもかかわらず,それを怠ったものというべきである。」

(3)同3頁7行目冒頭に以下のとおり付加する。
「被控訴人が控訴人を解雇したことは否認する。」

(4)同3頁10行目冒頭から13行目末尾までを次のとおり改める。
「ア 逸失利益
被控訴人が控訴人を解雇したことにより,控訴人は本来勤務を継続して得られたはずの賃金相当額(1年分として平成14年度の実収入416万8614円に1年間のライプニッツ係数0.9523を乗じた金額)396万9771円の損害を受けた。控訴人は結婚直後に解雇されたものであり,結婚直後の女性の再就職は非常に困難であるので,逸失利益の算定期間は1年とするのが相当である。」

(5)同3頁17行目末尾に行を改め,次のとおり付加する。
「ウ 弁護士費用
相当因果関係のある弁護士費用相当額として,70万円の損害を認めるのが相当である。」

(6)同3頁22行目冒頭から25行目末尾までを次のとおり改める。
「(3)解雇の合理的理由
(被控訴人の主張)
仮に,合意解約の事実が認められないとしても,被控訴人は,控訴人に対し,平成14年11月に予告の上で,平成15年3月31日付けで解雇する旨の意思表示をしたものであり,本件解雇には以下のとおり合理的な理由がある。」

第3 当裁判所の判断

1 理由

当裁判所は,主文記載の限度で,控訴人の請求を認容すべきものと判断するが,その理由は以下のとおりである。

(1)争いのない事実及び証拠(〈証拠略〉,原審控訴人本人,原審被控訴人本人,当審証人T)並びに弁論の全趣旨により認められる事実は,以下のとおり付加訂正するほか,原判決「第3 当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決5頁21行目及び22行目を次のとおり改める。
「控訴人は,被控訴人に対し,その際,結婚後も仕事は続けていきたい旨の意向を伝えた。」

イ 同6頁5行目冒頭から7行目末尾までを次のとおり改める。
「控訴人は,結婚後も仕事を継続したい旨の希望を繰り返して述べたが,被控訴人がこれを受入れる気配はなかった。」

(2)争点(1)(解雇行為の有無及びその違法性)及び争点(3)(解雇の合理的理由)について

ア 前記(引用に係る原判決)認定事実について,被控訴人は,〔1〕平成14年11月11日ころ,控訴人から結婚予定の報告を受けた際に,控訴人が「私としては,結婚後も勤務を続けてもかまいませんし,あるいは退職することになるのか,どちらでもかまいません。」と述べた旨,及び〔2〕同月15日ころ,被控訴人が翌年3月末をもっての退職を勧奨した際に,控訴人が「分かりました。ちょうど破産管財事件もおおむね目処がついてきましたから。」と述べた旨主張し,原審被控訴人本人尋問にはこれに沿う部分がある。
しかしながら,上記認定のとおりのその後の控訴人の態度に照らし,上記時点において,退職に異存がない旨の発言がなされていたとは考えがたいと言わざるを得ない。そして,控訴人の同僚であった当審証人Tによれば,同人は,控訴人から被控訴人事務所を辞める旨の発言は一度も聞いたことがなく,かえって同年11月18日(上記〔2〕から週末をはさんだ月曜日)の朝,被控訴人から控訴人が翌年3月いっぱいで退職すると聞かされ意外に思い,控訴人に確認したところ,控訴人はこれを否定し,被控訴人に対して事務所を辞める旨の発言はしていないと述べたというのである。同証言は,控訴人が一貫して主張,供述するところと整合するものである上,同証人が現在も被控訴人事務所に勤務していることに鑑みれば,被控訴人に不利益な上記証言の信用性は高いというべきであって,被控訴人主張の事実は認められない。
そうすると,控訴人は一貫して仕事を継続したい旨の意向を表明していたものというべきであり,被控訴人の主張するように控訴人が雇用契約の解約に合意したような事実を認めることはできない。なお,その後において有給休暇を取得したり,退職金を受領したこと等は,上記と矛盾するものではなく,上記判断を左右しない。

イ 前記認定事実によれば,被控訴人は,遅くとも平成15年1月28日までに同年3月末日をもって控訴人を解雇する旨の意思表示をしたものと認められる。
そこで,上記解雇の意思表示が不法行為に該当する違法なものであるか否かについて,以下判断する。

ウ(ア)控訴人は,本件解雇は,実質的には,結婚を理由とする解雇,若しくは既婚者を排除する意図による解雇であり,男女雇用機会均等法に違反するか,解雇権の濫用に当たるものである旨主張する。
しかし,本件全証拠に照らしても,本件解雇が,単に結婚を理由とするもの,若しくは既婚者を排除する意思でなされたものと認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,この点に係る控訴人の主張は失当である。

(イ)職場環境を調整すべき義務等として控訴人が主張するところは,必ずしもその位置づけ等が明瞭でない部分があるが,要するに,被控訴人事務所の職員と他の法律事務所の弁護士との婚姻によって何らかの危険や弊害が生じ得るのであれば,被控訴人はそれを回避するために職場環境等を調整すべき義務を有するのであり,同義務を尽くすことなく漫然と行った本件解雇には合理的な理由がなく,解雇権の濫用として,不法行為が成立する旨主張するものと解される。
そこで,被控訴人の主張する理由(本件事務所の秘密保持ないし依頼者の保護)が,本件解雇の合理的な理由となり得るか否かを検討する。

(ウ)被控訴人は,業務上依頼者の秘密に接する機会がある被控訴人事務所の事務員が,被控訴人と同じ名古屋弁護士会に所属し,被控訴人と同じ名古屋市内に事務所を置き,訴訟等の相手方となる可能性の高い他の法律事務所の弁護士と結婚した場合,被控訴人の依頼者の秘密が漏洩するおそれが生じるほか,そのような結婚の事実を知った被控訴人の依頼者が,被控訴人に秘密を述べることに不安を覚えることになるなど,被控訴人と依頼者との信頼関係に支障が生じるおそれがある旨主張する。
確かに,法律事務所の職員の配偶者が,当該事務所と相対立する立場に立つ法律事務所の勤務弁護士である場合,抽象的な可能性の問題として考えれば,情報の漏洩等の危険性を完全に否定することはできないであろう。しかし,法律事務所に勤務する事務員は,依頼者の情報等職務上知り得た事実について,弁護士と同等の法律上特別に定められた秘密保持義務ではないとしても,当然に一定の雇用契約上の秘密保持義務を負っているのであり,通常はこの義務が遵守されることを期待することができるというべきである。また,名古屋市内で業務を行っている弁護士は900名を超えるのであるから(〈証拠略〉),実際にそのような利害対立が生じる場面は決して多くはないものと考えられ,被控訴人の指摘する危険等は,いまだ抽象的なものと言わざるを得ない。また仮にそのような利害対立の場面が実際に生じたとしても,何らかの措置を講じることによって,弊害の生じる危険性を回避し,依頼者に不信感を与えることを防止することは十分に可能であると考えられる。夫婦共働きという在り方が既に一般的なものになっている今日,上記のような抽象的な危険をもって,解雇権行使の正当な理由になるとすることは,社会的に見ても相当性を欠くというべきである。
以上のとおり,控訴人の主張する本件解雇の理由は,合理的なものということはできず,したがって,これを合理的なものと誤信し,漫然と本件解雇を行った被控訴人の行為は,不法行為に該当するというべきである。

(3)争点(2)(損害)について

ア 逸失利益

 本件解雇により失職したことによって,控訴人は,合理的に再就職が可能と考えられる時期までの間,本来勤務を継続していれば得られたはずの賃金相当額の損害を受けたものということができる。本件においては,平成14年11月15日頃(契約終了時期の4か月半前)には既に実質的な解雇予告ともいうべきものがなされていたこと,控訴人は37歳の健康な女子であって,純粋に経済的損失という意味で考えれば,再就職が特別に困難な事情は認められないこと,失業給付を受給しているものと推認されること(〈証拠略〉)等諸般の事情を総合考慮すると,本件解雇後3か月の範囲に限り,不法行為たる本件解雇と相当因果関係のある損害と認めることができ,その額は,平成14年分の給与総額416万8614円(〈証拠略〉)を12分し3を乗じた金額である104万2153円をもって相当というべきである
なお,控訴人は,同人が結婚直後の女子であることから再就職が困難である事情を考慮すべきである旨主張する。しかし,上記のとおり夫婦共働きが社会に定着しつつあることを考えれば,結婚直後であることが再就職について特別に大きな制約になると考えることはできない。

イ 慰謝料

控訴人は,本件解雇によって自らの意思に反してその職を奪われ,精神的な損害を被ったものと認められ,これを慰謝するには30万円をもって相当と認める。

ウ 弁護士費用

上記損害額を勘案の上,10万円をもって相当と認める。

エ 合計 144万2153円

2 結論

以上のとおりであるから,控訴人の本訴請求は,上記144万2153円及びこれに対する本件解雇の翌日である平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきであり,その余の請求(当審で拡張した請求を含む。)は,理由がないから棄却を免れない。
よって,これと結論を異にする原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。

名古屋高等裁判所

裁判長裁判官 青山 邦夫

裁判官 田邊 浩典

裁判官 手嶋あさみ