ご相談のケースでは,残業規制は既に実施されていましたが,一時帰休,賃金の切り下げ,配置転換などの解雇回避のための他に取り得る手段の検討は一切なされていないとのことですので,解雇回避努力義務が尽くされたとは言えない可能性が高いと言えます。よって,整理解雇も無効となる可能性が高いと言えます。
希望退職者の募集,労働時間の短縮,一時帰休,配転等なしうる解雇回避努力の検討が一般的に必要とされるが、具体的事情によっては、必ずしも上記措置を実施せずとも、整理解雇が有効となる場合もある。
1 解雇回避努力義務について
整理解雇は,業績不振・業務縮小など経営者側の事情に基づく事由によるものであり,労働者に責任のない事由により労働者を失職させることになりますので,出来うる限り整理解雇は避けるようにすべきと言えます。
従って,整理解雇に際し,希望退職者の募集,労働時間の短縮,一時帰休,配転等なしうる解雇回避努力の検討を行っていないような場合には,裁判例では,解雇回避義務が尽くされたとは認められない傾向にあります。
九州日誠電気事件 熊本地決平成14.8.30 労判840.92
八潮工業事件 松山地裁西条支判平成14.1.25 労判823.82
乙山鉄工事件 前橋地判平成14.3.15 労判842.83
日欧産業センター事件 東京地判平成15.10.31 労経速 1866.3
2 希望退職者の募集,労働時間の短縮,一時帰休,配転等は絶対必要か?
ただ,解雇回避努力義務は,当該具体的事情のもとにおいて,状況に応じて解雇回避の努力をなす義務ですので,企業の経営状況,企業規模,従業員構成などを踏まえて個別具体的に判断されます。上記のような一般的な解雇回避策といわれるものが採られていなくとも,整理解雇が必ずしも無効となるものではありません。
例えば,タクシーの無線部門の廃止に伴う人員整理に関して,「原告は,運転免許証がないから他の職員のように乗務員として配置転換することはできないし,被告ないしその組合員であるタクシー会社の事務員の勤務内容や勤務状況に照らせば,原告を配置転換すべき事務職を見出すことはできず,原告の家庭状況も考慮した上,原告を解雇するとした被告の判断が不当・不合理であるとは言い難い(被告の経営状況は,原告の雇用を継続するだけの余裕がある(原告を解雇しなければ被告の倒産が必至であるものではない)とは認められるが,だからと言って,配置転換(ないし出向)すべき適当な職種がないにもかかわらず,余剰になった人員の雇用をなお継続することを法的に強制・要求することはできない,また,無線センター部門の6名の人員整理であるから,一時帰休や希望退職の募集の手段をとらなかったことをもって,解雇回避の努力を尽くしてないと評価することもできない)。」とされた(北海道交運事業協同組合事件 札幌地判平成12.4.25 労判805.123)。
また,長年にわたり生麺の製造業務に従事してきた従業員に対し,工場閉鎖に伴い,配転や出向,転籍を提案することなく整理解雇した事案において,「債権者らの通勤の負担が少ないと考えられる職場としては,債務者の本社,品川区,大田区所在の冷蔵庫,川崎近郊の関係会社が考えられるが,債権者の本社や冷蔵庫において受入れ可能な業務は,研究開発業務とパソコンの入力作業を要する事務職のみであった」「長年にわたり生麺等の製造業務のみに従事してきた債権者らの経験,能力等に照らすと,債務者が,債権者らに対し,このような業務を前提とする本社,冷蔵庫への転勤を提案することは著しく困難であったといわざるを得ない」「仮に本件解雇に先立ち出向を検討したとしても,川崎近郊の関係会社内に債権者らの受入先はなかったであろうことが強く推認される」「債務者が,債権者らに対し,相模工場以外への転勤,関係会社への出向,転籍を提案する現実的な可能性はなかったものというべきであるから,上記のような債務者の対応が,解雇回避の努力を欠き,不当とまでいうことはできない。」とした(東洋水産川崎工場事件 横浜地裁川崎支判平成14.12.27 労判847.58)。
解雇回避努力義務と希望退職者の募集
そこで,希望退職者の募集にあたり,会社の承諾した者しか希望退職を認めないという承諾条件を付けることで,再建に不可欠な人材が退職により流出することを防ぐという方法が広く行われていますので,この方法をとるのがよいでしょう。
参考裁判例
ホクエツ福井事件
名古屋高等裁判所金沢支部判決 平成18年5月31日 労働判例920号33頁
土木工事用コンクリート二次製品を製造・販売する会社Yが,経営不振による余剰人員削減を目的として,当時,組合の執行委員長であったXを整理解雇した。約60名の従業員に対し,2週間の希望退職募集を行った後,予定した人員削減数8名に僅か2名足りず,X対し整理解雇を通告した。労働組合は会社に対し,人員削減の根拠となる経営状態を明らかにするよう求め団体交渉をし,さらに団体交渉を継続することを約束したにもかかわらず、翌日Xに対し整理解雇を通告した。整理解雇が僅か2名であったこと,更に1名は元組合員,もう1名は組合委員長であったということから,不当労働行為としての解雇が疑われ,労働契約上の地位の確認、賃金の支払い及び損害賠償を請求した事案である。
本件解雇において,解雇対象者の人選として過去の昇給査定ランク・規律違反率を基準としたことには合理性が認められたが,人員削減の必要性の有無,解雇回避措置として行った希望退職者募集の有効性,においては認められず,加えて,X及びXが属する労働組合との協議に誠実だったとはいえない。以上のことから,本件解雇は解雇権の濫用として解雇無効となった。
横浜商銀信用組合事件
横浜地方裁判所判決 平成19年5月17日 労働判例945号59頁
信用組合Yは経経営不振を理由に,副支店長の地位にあった職員2名Xらに整理解雇を通告した。Xらは労働組合を通し団体交渉を申し入れたが,信用組合Yがこれを拒否した。このことが不当労働行為に当たるとして申立て,整理解雇を無効として地位確認及び解雇後の未払賃金等の支払を求めた事案である。
本件解雇において,新規採用の抑制や希望退職の募集,整理解雇を回避するための降格の打診をしないなど解雇回避措置が十分ではなかった。加えて,人選の合理性についても,年齢・職位・考課という要素を考慮するという人選基準がどのように適用されたかが明らかでなく,解雇直前に従業員に対し抽象的な説明を行うなど,解雇手続の妥当性を欠いていた。これらのことから、本件解雇は解雇権の濫用として解雇無効を認めた(ただし、判決が確定した後に弁済期が到来する賃金等の支払は、訴えの利益を欠くとして却下)。