O法律事務所(事務員解雇)事件(名古屋地判平成16.6.15,名古屋高判平成17.2.23)

後任の新事務職員の募集等に格別の抗議をせず,退職直前に有給休暇の消化に励んでいたこと,退職金の振込先の銀行口座を記載した書面をファックスし受領したことなどから,地裁判決は合意解約を認定した事例(高裁判決は, 当該労働者が一貫して働き続けたいと述べていたことから,合意解約の成立を否定し,解雇が違法であると判断した事例)

1 事案の概要

被告は,弁護士登録後,勤務弁護士を経験した後,平成4年4月1日に独立して,名古屋市中区〈以下略〉において乙山次郎法律事務所(以下「被告事務所」という。)を開設した。原告は,被告事務所が開設された平成4年4月1日から10年以上,同事務所に勤務した元事務員である。原告は,平成14年11月11日ころ,被告に対し,甲野太郎弁護士と同年12月に結婚する予定であると伝えた。これに対し,被告は,原告の結婚相手が,被告と同じ名古屋弁護士会に所属し,かつ同じ名古屋市内に事務所を置く他の法律事務所の弁護士である以上,被告事務所で取り扱う事件の処理に当たり,秘密保持,依頼者との信頼関係等の観点から問題が多すぎると判断した。そこで,平成14年11月15日ころ,原告に対し,「当事務所を退職していただきたい。その時期としては,年末ということもあるが,それでは突然すぎるし,また,当事務所での後任事務員の引継ぎもしていただきたいので,平成15年3月末をもって退職としてもらえないか。」と提案した。原告は被告から解雇された(以下「本件解雇」という。)と主張して,本件解雇は解雇理由も明示されず,合理的理由もないものであるなど,違法であって不法行為に当たるとして,被告に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,〔1〕逸失利益186万4000円(6か月分賃金相当額139万8000円と賞与相当額46万6000円との合計額)及び〔2〕慰謝料300万円並びにこれに対する不法行為の後の日である平成15年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 O法律事務所(事務員解雇)事件判例のポイント

2.1 結論

一審:雇用契約の合意解約が成立しており,原告の請求棄却

二審:雇用契約の合意解約は存在せず,違法な解雇による損害賠償を認容

2.2 理由

1 解雇行為の有無

一審では,平成14年12月に新事務員の募集等が行われたが,その点について被告に対して格別の抗議をしていないこと,原告は,平成15年1月28日に,退職することについて異議を唱える発言をしているが,最終的には同年3月31日の退職を前提に残りの有給休暇の日数を確認していること,それまで余り有給休暇を取らなかった原告が,自ら平成15年3月の有給休暇の予定表を作成し,同月は5日出勤するだけで残りは有給休暇の消化に励み,同月20日を最後に出勤しなくなったこと,原告は,被告との雇用契約が終了する同月31日に,被告に対し,退職金の振込先の銀行口座を記載した書面をファクシミリにより送信し,同年5月6日,被告が振り込んだ退職金を受け取っていること,原告は,配偶者が弁護士であって被告との交渉等をすることも比較的容易であるにもかかわらず,退職の話が出た平成14年11月以降本件訴訟が提起された平成15年6月に至るまで,被告に対し,明示的に事務員としての地位を保全する行動に出ていないことなどに照らすと,原告は,平成14年11月に被告との間で雇用契約を合意解約し,被告との雇用契約が平成15年3月31日に終了することを前提として行動していたものと認められるとした。

二審では,原告(控訴人)の元同僚で現在も被告(被控訴人)事務所に勤務する証人Tの証言をもって,原告(控訴人)が退職に合意しておらず,違法無効な解雇が行われたものとして,損害賠償を認めた。

控訴人の同僚であった証人Tによれば,同人は,控訴人から被控訴人事務所を辞める旨の発言は一度も聞いたことがなく,かえって同年11月18日の朝,被控訴人から控訴人が翌年3月いっぱいで退職すると聞かされ意外に思い,控訴人に確認したところ,控訴人はこれを否定し,被控訴人に対して事務所を辞める旨の発言はしていないと述べたというのである。同証言は,控訴人が一貫して主張,供述するところと整合するものである上,同証人が現在も被控訴人事務所に勤務していることに鑑みれば,被控訴人に不利益な上記証言の信用性は高いというべきであって,被控訴人主張の事実は認められない。
そうすると,控訴人は一貫して仕事を継続したい旨の意向を表明していたものというべきであり,被控訴人の主張するように控訴人が雇用契約の解約に合意したような事実を認めることはできない。なお,その後において有給休暇を取得したり,退職金を受領したこと等は,上記と矛盾するものではなく,上記判断を左右しない
よって,被控訴人は,遅くとも平成15年1月28日までに同年3月末日をもって控訴人を解雇する旨の意思表示をしたものと認められる。

2 解雇の違法性

被控訴人は,業務上依頼者の秘密に接する機会がある被控訴人事務所の事務員が,被控訴人と同じ名古屋弁護士会に所属し,被控訴人と同じ名古屋市内に事務所を置き,訴訟等の相手方となる可能性の高い他の法律事務所の弁護士と結婚した場合,被控訴人の依頼者の秘密が漏洩するおそれが生じるほか,そのような結婚の事実を知った被控訴人の依頼者が,被控訴人に秘密を述べることに不安を覚えることになるなど,被控訴人と依頼者との信頼関係に支障が生じるおそれがある旨主張する。
確かに,法律事務所の職員の配偶者が,当該事務所と相対立する立場に立つ法律事務所の勤務弁護士である場合,抽象的な可能性の問題として考えれば,情報の漏洩等の危険性を完全に否定することはできないであろう。しかし,法律事務所に勤務する事務員は,依頼者の情報等職務上知り得た事実について,弁護士と同等の法律上特別に定められた秘密保持義務ではないとしても,当然に一定の雇用契約上の秘密保持義務を負っているのであり,通常はこの義務が遵守されることを期待することができるというべきである。また,名古屋市内で業務を行っている弁護士は900名を超えるのであるから,実際にそのような利害対立が生じる場面は決して多くはないものと考えられ,被控訴人の指摘する危険等は,いまだ抽象的なものと言わざるを得ない。また仮にそのような利害対立の場面が実際に生じたとしても,何らかの措置を講じることによって,弊害の生じる危険性を回避し,依頼者に不信感を与えることを防止することは十分に可能であると考えられる。夫婦共働きという在り方が既に一般的なものになっている今日,上記のような抽象的な危険をもって,解雇権行使の正当な理由になるとすることは,社会的に見ても相当性を欠くというべきであり,控訴人の主張する本件解雇の理由は,合理的なものということはできない。

3 損害について

逸失利益として,3ヶ月分の賃金相当額を不法行為たる本件解雇と相当因果関係のある損害,慰謝料30万円,弁護士費用10万円を,被控訴人が控訴人に支払うよう命じた。

3 O法律事務所(事務員解雇)事件の関連情報

3.1判決情報

(一審) 裁判官:上村 考由

(控訴審) 裁判長裁判官:青山 邦夫 裁判官:田邊 浩典 裁判官:手嶋あさみ

掲載誌:(一審)労判909号72頁 (控訴審)労判909号67頁

3.2 関連裁判例

日本システムワープ事件(東京地判平成19.9.10労判886号89頁)

テレマート事件(大阪地方裁判所平成19年4月26日 判決)

3.3 参考記事

 

4 O法律事務所(事務員解雇)事件の判例の具体的内容

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