秘密保持義務

5分で分かる!秘密保持義務に違反した退職社員へ損害賠償請求する方法(書式あり)

社長
当社の営業部長であったYが、この度退職することになり、当社の競合企業であるZ社にて再就職をしました。ところが、当社の複数の顧客よりYやZ社の営業社員よりダイレクトメール、電話、訪問による営業を受けたとの報告を受けました。どうやらYは当社の顧客リストをZ社に持ち出して顧客に営業をかけているようです。しかし、当社には、就業規則で退職後も秘密保持義務を負うことが定めされています。当社としては、Yに対し、秘密漏洩に対して、損害賠償請求をしたいと考えています。このような場合、損害賠償請求は認められるのでしょうか?
弁護士吉村雄二郎
まずは、不正競争防止法による保護を受けられるかを検討します。同法の保護を受けられる場合は、差止請求(不正行為の停止または予防請求。不正競争3条1項),廃棄除却請求(同3条2項),損害賠償請求(同4条)などの強力な効果を得られることが可能となります。また、第三者であるZ社に対しても差止請求が可能な場合があります。ただし、同法の保護を受けるためには「営業秘密」(同法2条6項)に該当する必要があります。「営業秘密」の要件は厳しくよほど厳密に顧客情報を秘密として管理していない限り認められません。もっとも、不正競争防止法による保護が受けられない場合であっても、労働契約上の秘密保持義務違反を問うことが可能です。労働契約上の秘密保持義務が認められるためには就業規則や誓約書などの明確な根拠が必要です。根拠があり秘密保持義務違反が認められる場合には損害賠償や差止請求が可能です。ただし、損害や因果関係に立証が難しいことが多いので慎重に進める必要があります。
秘密保持義務には、不正競争防止法による保護と労働契約上の保護の2つがある。
不正競争防止法による保護は強力な効果や立証の軽減が認められるが、「営業秘密」に該当しなければならずハードルが高い。
労働契約上の保護は、退職社員との関係では明確な根拠(就業規則や誓約書)が必要である。また、損害と因果関係の立証が難しい。
いずれかの保護を受けられる場合は、まずは退職社員や情報の漏洩先に警告を発して任意の解決を図る。
それに応じない場合は、訴訟・仮処分や刑事告訴も視野に準備を進める。

1 秘密保持義務とは?

秘密保持義務とは,会社の営業上の営業秘密やノウハウなどを承諾なく使用・開示してはならない義務です。

多くの企業では、営業秘密を保護するために、従業員に対し、秘密保持義務を課しています。営業秘密とは、具体的には、技術上の秘密、顧客情報、ノウハウなどを意味します。

退職した従業員が会社の営業秘密を第三者に開示するなどして漏洩した場合、長年かけて作り上げた技術やノウハウの価値が失われ、顧客を奪われ、莫大が損害が発生する可能性が高まります。

そのため営業秘密を守るために秘密保持義務が課され、これに違反した場合は、損害賠償請求や差し止め請求が可能となります。

では、退職した社員との関係で、どのような場合に秘密保持義務が有効となり、その違反に対して損害賠償等ができるのでしょうか?以下説明を進めます。

2 退職後の秘密保持義務の根拠

不正競争防止法と労働契約

退職後の秘密保持義務は、就業規則や守秘義務誓約書による労働契約上の義務として設定されるほか、不正競争防止法の「営業秘密」(2条6項)の保護(不正競争の規律[2条1項7号等])によっても生じます。

まずは、この2つの根拠があることを押さえてください。

不正競争防止法の保護と契約上の保護の違い

そして、企業秘密の保護に関し、不正競争防止法の保護と労働契約上の保護は以下のような違いがあります。

不正競争防止法労働契約
就業規則や誓約書などによる明確な根拠の存在就業規則や誓約書がなくとも可能就業規則や誓約書がなければ原則として認められない
保護の対象不正競争防止法上の「営業秘密」(2条6項)に該当しなければ保護を受けることはできない不正競争防止法の「営業秘密」に該当しない情報であっても,秘密保持義務の対象とすることができる
効果差止請求(不正行為の停止または予防請求。不正競争3条1項),廃棄除却請求(同3条2項),損害賠償請求(同4条)および信用回復請求(同14条)があり,労働者にも通用される。また、契約関係がない第三者に対しても営業秘密の使用や開示等の差止が可能退職した社員に対して損害賠償請求、秘密漏洩行為の差止請求が可能。ただし、退職した社員から秘密を入手した第三者に対しては原則として差止請求できない
立証活動等の難易立証の軽減(法5条の2)、損害賠償額の推定等(法5条)、書類等の提出命令(7条1項)、損害計算のための鑑定(8条)、相当な損害額の認定(9条)、秘密保持命令(10条)、当事者尋問等の公開停止(13条)会社が被った損害を立証する必要があるが,秘密保持義務違反については, その損害の発生や損害額を立証することが困難であることも少なくない。

このように不正競争防止法の保護は、労働契約上の保護に比べて、法律上認められる強力な効果が保障されています。そのため、まずは不正競争防止法による保護の検討を行い、その後に労働契約による保護を検討するのが一般です。

フローチャート_秘密保持

 

不正競争防止法による保護の検討

「営業秘密」のハードルが高い

不正競争防止法による保護を受けるためには、退職社員が持ち出して漏洩した情報が同法2条6項に定める「営業秘密」に該当する必要があります。実務的には、この「営業秘密」のハードルが非常に高くなっており、この検討がまず先に必要となります。

「営業秘密」の3要件

「営業秘密」とされるには、以下の3要件を満たすことが必要となります。

秘密管理性(秘密として管理されていること)
・情報にアクセスできる者を制限すること(アクセス制限)
・情報にアクセスした者にそれが秘密であると認識できること(客観的認識可能性)
有用性(有用な営業上または技術上の情報であること)
・当該情報自体が客観的に事業活動に活用されていたり、利用されることによって、経費の節約、経営効率の改善等に役立つものであること。現実に使用されていなくてもいい。
非公知性(公然と知られていないこと)
・保有者の管理下以外では一般に入手できないこと。
弁護士吉村雄二郎

実務的には「秘密として管理」されているという要件を満たしていないと判断されるケースが多いのが実情です。「秘密として管理」されているとは、秘密の保有者が主観的に秘密であると思っているだけでは足りず、客観的に秘密として管理されていると認識できる状態にあることが必要とされています。具体的には、情報へのアクセスに制限がかけられているとか、情報の記録媒体に秘密情報である旨が明示されているといった状態にあることが必要とされています。実際にはここまで管理していないケースが多いのです。

労働契約上の保護の検討

就業規則や誓約書による明確な根拠が必要

不正競争防止法の保護を受けられないとしても、労働契約の内容として、退職後の秘密保持義務が認められるならば、それに基づく請求が可能となります。

まず、従業員が会社を退職後に秘密保持義務を課すためには、就業規則や誓約書に定めるなど明確な根拠が必要です

労働者が会社に在職中は,明示の特約がなくても,雇用契約の付随義務として秘密保持義務を負うと解されています。秘密保持義務を定める就業規則に違反したとして,懲戒処分や損害賠償請求がなされることもあります。

しかし,契約上の義務は原則として契約の終了によりなくなります。秘密保持義務も特約がない限り、退職と同時になくなるのが原則です。

そのため、退職後にも競業避止義務を課すためには、就業規則の定め秘密保持の誓約書,合意書など明示的な根拠が必要となるのです。

契約上の秘密保持義務の内容

契約上の守秘義務の要件は,不正競争防止法上の「営業秘密」より広く保護され,「営業秘密」の要件を満たさない秘密・ノウハウについて保護の対象としてて設定可能です。

秘密保持 範囲

また,秘密保持義務違反の要件としても,不正競争防止法の場合は、「図利加害目的」という故意より加重された主観的要件が求められます。これに対し、契約上の秘密保持義務の場合は、故意・過失によって秘密・情報を使用・開示することをもって守秘義務違反とすることができます。

従って、契約上の秘密保持義務は、不正競争防止法に基づく保護より広い保護を設定することが出来ます。

もっとも,契約上の秘密保持義務が無制限に認められるわけではありません。退職した労働者は職業選択の自由(憲法22条1項)を保障されていることから,限界があるのです。

すなわち,守秘義務は,対象とする秘密・情報の特定性・範囲,秘密として保護する価値の有無・程度,退職労働者の地位・職務等を総合考慮し,その制限が必要かつ合理的範囲を超える場合は,公序違反として無効となる場合があります(マツイ事件 大阪地判平成25・9・27)。

具体的には,労働者が業務を通して取得した一般的知識・技能や,もともと秘密性を欠く事項は守秘義務の対象とはなりません(モリクロ事件・大阪地判平成23・3・4)。

秘密性が認められる場合も,秘密としての特定を欠き,無限定な範囲に及ぶ場合は,守秘義務は公序違反として無効となる場合があります。

また,労働者の地位・職務が守秘義務を課すのに相応しいものか否かも問題となります。

他方で,守秘義務は,営業秘密その他の秘密・情報の漏洩のみを規制する義務であり,競業避止義務よりは退職労働者の職業選択の自由への影響は弱いといえます。そのため、競業避止義務はど厳格な要件は課されません。

すなわち,守秘義務については,その固有の要件である秘密・情報の特定性は厳格に解釈されますが、競業避止義務の有効要件のように義務期間の限定や代償を要件と解する必要はありません。

裁判例

ダイオーズサービシーズ事件(東京地判平成14・8・3)
製品の製造過程や顧客名簿に関して,誓約書により期間の定めのない守秘義務を定めたケースにつき,秘密・情報の性質・範囲,価値,労働者の退職前の地位に照らして合理性が認められるときは公序違反とならないと解した上,秘密の重要性や退職従業員の地位の高さに照らして有効と判断した例
アイメックス事件(東京地判平成17・9・27)
商品取引所の上場商品の売買等を営む会社の従業員が同業他社への移籍に際して顧客情報を無断で持ち出したことにつき,就業規則および同内容の守秘契約が守秘義務の内容を明確に列挙していることから有効と判断した例
上記マツイ事件 、ダンス・ミュージック・レコード事件(東京地判平成20・11・2)
他方,守秘義務の対象として主張される秘密が「業務上知り得た会社及び取引先の情報」「顧客情報」等と漠然不明確な内容にとどまり,秘密情報の例示もないなどおよそ特定不可能な場合は,秘密の特定性を欠くものとして無効と評価され,または守秘義務の存在自体が否定された例。

秘密保持義務の規定の書式例

退職した社員に対して労働契約上の秘密保持義務を設定するためには、以下のような就業規則上の規定や誓約書の取得が必要です。

就業規則

第●条(秘密保持義務)
1 従業員は在職中および退職後においても,業務上知り得た会社の営業秘密事項および会社の不利益となる事項を他に開示したり、使用してはならない。
2 従業員は,会社より前項に定める秘密保持義務に関する誓約書の提出を求められた場合,それを提出しなければならない。
3 前項の誓約書の効力は, 第1項の規定の効力に優先するものとする。

誓約書(退職時)

株式会社●●
代表取締役 ●●● 様

退職後の秘密保持に関する誓約書

私は   年  月  日付にて貴社を退職いたしますが、貴社の秘密情報等に関して、次の事項を遵守することを誓約いたします。

第1条(秘密保持の確認)
私は貴社を退職するにあたり、以下に示される貴社の営業上又は技術上の情報(以下「秘密情報」)について、原本はもちろん、そのコピー、電磁的記録及び関係資料等を、貴社に返還し、自ら保有しないことを確認いたします。
(1) 業務上で取り扱う貴社の保有する個人情報又は営業機密(取引先の情報を含む)
(2) 貴社の財務,人事,組織等に関する情報
(3) 貴社と他社との業務提携及び取引に関する情報
(4) 貴社の役員、従業員等(正社員のみならず、パート・アルバイト、契約社員及び派遣社員を含む。)、採用応募者等,退職者及び顧客の個人情報(個人番号を含む。)
(5) 営業秘密等管理責任者により秘密情報として指定された情報
(6) 前各号のほか、貴社が秘密保持対象として指定した情報一切

第2条(秘密情報の帰属)
秘密情報については、私がその秘密の形成、創出に関わった場合であっても、貴社の業務上作成したものであることを確認し、当該秘密の帰属が貴社にあることを確認いたします。この場合において、当該秘密情報について私に帰属する一切の権利を貴社に譲渡し、その権利が私に帰属する旨の主張をいたしません。

第3条(退職後の秘密保持の誓約)
第1条各号の秘密情報は、退職後においても、開示,漏洩又は使用しないことを約束いたします。

第4条(損害賠償)
本誓約書の各条項に違反して、貴社の秘密情報を開示、漏えい又は使用した場合、法的な責任(民事及び刑事問わない)を負担するものであることを確認し、これにより貴社が被った一切の損害(社会的な信用失墜を含みます。)を賠償することを約束いたします。

年  月  日
住所:○○県○○市○○町○丁目○番○号
署名:               ㊞

3 秘密保持義務違反による損害賠償請求・差止請求など

秘密保持義務違反が発覚した場合、まずは退職した社員や開示先に対して損害賠償や差止などを請求することが可能です。以下、労働契約上の秘密保持義務に違反した場合と不正競争防止法上の営業秘密侵害を理由とする場合に分けて説明します。

労働契約上の秘密保持義務違反の場合

損害賠償請求

従業員が秘密保持義務に違反したことにより企業に損害が生じた場合には, 当該秘密保持義務違反と相当因果関係がある範囲の損害について賠償を請求することができます。

ただし,秘密保持義務違反による損害の立証責任は会社側にあり、当該損害及び因果関係の立証は困雌な場合が多いのが実情です。

差止請求

従業員が秘密保持義務に違反しているときは, 秘密保持義務の履行請求として当該違反行為の差止めを請求することができます。

不正競争防止法の営業秘密侵害を理由とする請求

差止請求

営業秘密侵害行為(不正競争防止法2条1項4号から10号)によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者は,その営業上の利益を「侵害する者又は侵害するおそれがある者」に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができます(不正競争防止法3条1項)。

侵害組成物等の廃棄請求

営業秘密侵害行為によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者は,上記差止請求に際し,侵害の行為を組成した物の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することができます(不正競争3条項)。

損害賠償請求

営業秘密侵害行為によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者は,侵害者に故意又は過失がある場合には,侵害者に対し,損害賠償請求することができます(不正競争4条)。不正競争防止法は,営業秘密侵害について,次のような立証活動等に関する特別な定めを設け、労働契約上の秘密保持義務違反の場合に比べて、会社側の立証の便宜を図っています。

①損害賠償額の推定等(5条)
②被告による営業秘密の使用の推定(5条の2)
③書類等の提出命令(7条1項)
④損害計算のための鑑定(8条)
⑤裁判所による相当な損害額の認定(9条)
⑥秘密保持命令(10条)
⑦当事者尋問等の公開停止(13条)

4 秘密保持義務違反が発覚した場合の具体的対応

事実及び証拠の確認

営業秘密の漏洩又は漏洩が疑われる事実が発覚した場合には、早期にその事実関係及び裏付け証拠を確認する必要があります。

客観的証拠の確保が重要

PCの利用状況の記録、通信記録,監視カメラの映像、電子メールなど客観的な証拠の収集を行う必要があります。

特に,漏洩者に貸与していたパソコン等に証拠となるデータが残っている場合には,漏洩者が当該データを破壊・消去してしまう可能性が高いです。

悪質の漏洩者の場合は、データを完全に消去するために特殊なソフトを利用する者もいます。従って、貸与パソコン等については, できる限り早期に回収のうえ,そのデータを保存しておく必要があります。

パソコンから営業秘密の漏洩の証拠となるデータやファイルを抽出したり,サーバへの通信記録から不正なアクセスの記録を割り出したり,破壊・消去されたデータを復元したり,あるいはそれらのデータを分析したりするためには専門的な技術や知識が必要となります。デジタルフォレンジック業者などの専門業者を活用することも検討することも一案です。

「不正競争」といえる開示・使用行為があったか

不正競争防止法の保護を受けるためには、「不正競争」といえる「営業秘密」の開示または使用の事実が必要となります。

しかし、情報の開示先や退職者の共犯者的立場の者が、会社側に味方して情報提供するような場合でない限り、その立証は容易ではありません。

例えば、退職した社員が、会社の顧客に営業がなされているとしても、会社とは関係のない人脈からもたらされた情報を基に行われているかもし
れませんし、営業を掛ける中で、たまたま会社の顧客が混じっていたのかもしれません。自社の顧客のどの範囲に営業が掛けられているのか、自社の顧客名簿を使用した痕跡がないかについて、協力してくれる顧客から事情を聴くなどして、証拠を集めることになります。退職した社員が秘密を持ち出した(可能性が高い)ことを前提に顧客に協力を求めることになるので、これはかなり難しい作業といえます。

また、社内の秘密情報へのアクセス履歴、ダウンロード履歴、印刷履歴が管理されている場合、退職社員が退職前にまとめて顧客情報などの秘密情報をまとめて印刷・ダウンロードしている履歴が残っていることがあります。また、サーバーで社内メールのローデータを保存・管理している場合、退職社員が自分の私用メールにデータを添付して転送しPC上は削除している場合もあります。サーバーに残されたメールデータを確認すると、PC上は削除されたメールが出てくることがあります。

弁護士吉村雄二郎
社内の顧客情報を使用したことを立証することはかなりの困難を伴います。例えば、自社の顧客名簿を利用した痕跡として、顧客名簿の「誤記」などがそのまま記載されたダイレクトメールが顧客に元に届いている(同じ誤記をすることは考えられないので顧客名簿を利用したことが推測される)、顧客の退職した担当者宛に営業をかけている(退職した前担当者に営業をかけることは顧客名簿を知らない限り考えられない)、といった事象が考えられます。これらの事象を顧客からの情報提供によって集める必要があるのです。このような事実及び証拠集めは非常に根気がいる作業となります。また、信頼できる顧客の協力も必須となります。結果的に、数社分の痕跡しか見つからなかったということもよくあります。

損害の立証

退職後の秘密保持義務違反であることを裏付ける根拠がそろったとしても、損害賠償請求が認容されるためには、当該秘密保持義務違反行為と会社が受けた損害との間に因果関係が認められなければなりません。不正競争防止法に基づく損害賠償請求の場合には、この点の立証は緩和されていますが、それでも立証には困難がつきまといます。

例えば、退職者が顧客情報を利用して営業をした場合に、会社の利益が減少しているとしても、その「減少した利益」は、「本当にすべて退職者の秘密保持義務違反行為によってもたらされたものなのか」「会社側の営業努力の不足が原因で利益が減少したのではないか」「退職者による秘密保持義務違反行為も介在しているかもしれないが、正当な自由競争の結果、顧客が選んだ結果ではないのか」といった反論がなされ、結局、退職者の行為と相当因果関係に会社の「損害」が認められないというケースも珍しくありません。

秘密漏洩に対する警告書の送付

早急にその被害拡大の防止を図る必要があります。

具体的には,営業秘密の漏洩先である第三者(企業)を調査・特定します。

その上で、秘密を漏洩している元社員や、元社員が秘密を漏洩している先の企業に対し,警告書等を送付して,営業秘密の削除・廃棄、当該営業秘密の開示、私用の中止を要求するなどの対応をとります。

弁護士吉村雄二郎

漏洩先企業は退職社員といわば共犯の場合もあります。確信犯的な共犯に対して警告しても意味がないとも思えます。しかし、漏洩先企業が,その社員が不正に営業秘密を取得して開示していることを知らないで収得している場合もあります。警告書によってその事実を知りながら,取得した営業秘密を使用すると営業秘密侵害となる場合があります(不正競争防止法2条1項6号・9号)。それゆえ、漏洩先企業に対し,警告書で不正な営業秘密の取得行為や開示行為があったことを知らせておく意味があります。

 

元社員に対する警告書

情報漏洩の中止の警告を行い、将来の損害の発生を防ぎます。

具体的な情報漏洩が確認出来ない段階であっても、下記のような警告書を送付して牽制を行うことも一案です。

○年○月○日

東京都○○区○○○○○○
○○ ○○ 殿

東京都千代田区神田・・・・・・
株式会社○○○○
代表取締役○○○○ ㊞

情報漏洩行為に対する禁止警告書

前略

貴殿は,○年○月○日,当社を退職されましたところ、当社就業規則では退職後も業務上知り得た営業秘密を開示、漏洩又は使用することを禁止しており、同内容について貴殿も誓約書において約束しております。

今般、貴殿は当社と競合する事業を行う□□株式会社へ転職なされたことを耳にしましたが、同社との関係において上記秘密保持義務の遵守について十分にご注意ください。万一,当社の機密情報の漏洩があれば直ちに中止し,かつ同社に交付済みの情報があれば返却を受けた上,当社あて返却してください。また,同情報の使用,さらには受領自体が違法となる旨,□□株式会社に告知してください。

以上の点につき遵守頂けない場合は,貴殿及び□□株式会社を相手として、やむを得ず法的手続による差止めおよび責任追及をすることになりますので,その旨警告いたします。

貴殿の今後のご対応については、本書を受領後14日以内に当社法務担当〇〇〇〇(03-○○○○-○○○○内線○○)まで文書でご回答願います。

草々

情報漏洩先企業に対する警告書

元社員の転職先の同業他社などに対して情報漏洩の中止の警告を行い、将来の損害の発生を防ぎます。

具体的な情報漏洩が確認出来ない段階であっても、下記のような警告書を送付して牽制を行うことも一案です。

○年○月○日

東京都○○区○○○○○○
□□株式会社
代表取締役 □□太郎 様

東京都千代田区神田・・・・・・
株式会社○○○○
代表取締役○○○○ ㊞

弊社元社員○○氏の件

前略 貴社ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

突然のご連絡失礼いたします。当社元社員である○○氏の件についてご連絡させて頂きます。

○○氏は、○年○月○日に当社を退職しましたところ、当社就業規則では退職後も業務上知り得た営業秘密を開示、漏洩又は使用することを禁止しており、同内容について○○氏も退職時に誓約書を提出して約束しております。

今般、○○氏は当社と競合する事業を行う貴社へ転職したことを耳にしましたが、上記のとおり○○氏は当社に対して退職後も秘密保持義務を遵守するべき立場にあることを念のため情報提供させて頂きます。貴社におかれましても十分ご配慮のほどよろしくお願い申し上げます。

貴社にて○○氏から当社機密情報の開示を受けること,また受けた機密情報を使用することは,不正競争防止法等の違反となり,使用差止め,損害賠償等の問題の生じることとなりますので,くれぐれもご注意いただきますようお願い致します。

なお、以上の点についてご不明な点等がございましたら、当社法務担当〇〇〇〇(03-○○○○-○○○○内線○○)までご連絡をお願いします。

草々

警察との連携・協力

秘密漏洩行為が悪質な場合、刑事訴追を視野に入れて検討する場合もあります。その場合、警察等の捜査機関との連携や協力関係が重要となります。

企業が民事の範囲内で独力で事実の確認や証拠の収集を図っても前記のとおり困難が伴うことが通常です。これに対し、警察には強制的に証拠を収集する捜査権限が与えられており、捜索・差押えや逮捕・拘留といった強制的な手段によって決定的な証拠を収集できる権限を有しています。

また、営業秘密侵害の被害者であれば,刑事裁判が終結する前であっても,刑事裁判の記録を閲覧・謄写することができますので(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律3条), 刑事裁判の証拠は,民事裁判でも役に立ちます。

それゆえ,営業秘密の漏洩が発覚した場合には,できる限り早期の段階で,警察等の捜査機関の協力を仰ぐことを検討します。

もっとも,具体的な事実関係や証拠も不十分な状態で,漠然と捜査機関に告訴や被害届の相談をしたところで,捜査機関は対応してくれません。

警察が告訴や被害届を受理してくれる程度の事実関係の確認や証拠収集を前提として行う必要があります。その上で、最寄りの警察署に相談を行うことも一案です。

民事訴訟や仮処分などの法的手続

事態が解決しない場合は、裁判所へ訴訟や仮処分手続を提起することになります。

参考裁判例

退職後の秘密保持義務に関する事例

ダイオーズサービシーズ事件

東京地判平成14.8.30労働判例838-32

(事案の概要)
Xは,清掃用品,清掃用具,衛生タオル等のレンタル及び販売等を目的とする株式会社である。Yは,平成2年10月1日にA社に入社したが,同12年1月1日に,A社は事業部門をXに営業譲渡したため,A社の事業部門に属していたYを含む従業員がXに移籍した。Yは,同7年6月当時,A社の求めに応じ,「就業期間中は勿論のこと,事情があって貴社を退職した後にも貴社の業務に関わる重要な機密事項,特に『顧客の名簿及び取引内容に関わる重要な事項』,『製品の製造過程,価格等に関わる事項』について一切他に漏らさないこと,事情があって会社を退職した後,理由のいかんにかかわらず2年間は,在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地域(都道府県)内の同業他社(支店,営業所を含む)に就職をして,あるいは同地域にて同業の事業を起こして,会社の顧客に対して営業活動を行ったり,代替したりしない。」旨の誓約書(以下,「本件誓約書」という。)に署名押印して提出した。
なお,Xは,同13年6月15日付でYを懲戒解雇したが,Yは解雇後,C社とフランチャイズ契約を締結し,同社の支店で営業活動をしている。そこで,Xは,Yが秘密保持義務又は競業避止義務に違反し,Xの顧客を奪ったとして,Yに対し,債務不履行又は不法行為による損害賠償を請求した。

(裁判所の判断)
裁判所は,「・・このような退職後の秘密保持義務を広く容認するときは,労働者の職業選択又は営業の自由を不当に制限することになるけれども,使用者にとって営業秘密が重要な価値を有し,労働契約終了後も一定の範囲で営業秘密保持義務を存続させることが,労働契約関係を成立,維持させる上で不可欠の前提でもあるから,労働契約関係にある当事者において,労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は,その秘密の性質・範囲,価値,当事者(労働者)の退職前の地位に照らし,合理性が認められるときは,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。本件誓約書の秘密保持義務は,「秘密」とされているのが,原告(筆者注:X)の業務に関わる「重要な機密」事項であるが,企業が広範な分野で活動を展開し,これに関する営業秘密も多種多様であること,「特に『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程,価格等に関わる事項』」という例示をしており,これに類する程度の重要性を要求しているものと容易に解釈できることからすると,本件誓約書の記載でも「秘密」の範囲が無限定であるとはいえない。また,原告の「『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程,価格等に関わる事項』」は,マット・モップ等の個別レンタル契約を経営基盤の一つにおいている原告にとっては,経営の根幹に関わる重要な情報であり,これを自由に開示・使用されれば,容易に競業他社の利益又は原告の不利益を生じさせ,原告の存立にも関わりかねないことになる点では特許権等に劣らない価値を有するものといえる。一方,被告(筆者注:Y)は,原告の役員ではなかったけれども,埼玉ルートセンター所属の「ルートマン」として,埼玉県内のレンタル商品の配達,回収等の営業の最前線にいたのであり,「『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程,価格等に関わる事項』」の(埼玉県の顧客に関する)内容を熟知し,その利用方法・重要性を十分認識している者として,秘密保持を義務付けられてもやむを得ない地位にあったといえる。このような事情を総合するときは,本件誓約書の定める秘密保持義務は,合理性を有するものと認められ,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」として,Xの請求を認めた。

在職中の秘密保持義務に関する事例

メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件

東京地判平成15.9.17労働判例858-57

(事案の概要)
Yは,機関投資家に対する資産運用及び投資信託の設定・運用などを主たる業務とし,米国を本拠地とする金融グループである「メリルリンチ・グループ」に属するメリルリンチ投信投資顧間株式会社(以下「旧メリルリンチ」という。)が,平成10年7月1日,マーキュリー投資顧問株式会社及びマーキュリー投信株式会社の2社(以下,両社を併せて「旧マーキュリー」という。)を吸収合併してメリルリンチ・マーキュリー投信投資顧問株式会社の商号で発足した株式会社であるところ,Xは,平成5年10月に旧メリルリンチの従業員として採用された。
しかし,Xは,Yの機密書類をYの承認なしに第三者に対して開示したこと等を理由として,平成12年10月24日,Yより懲戒解雇された。

(裁判所の判断)
裁判所は,Xが,Yにおいて,Xに対するいじめ・差別的な処遇があるとして,その担当弁護士に,人事情報や顧客情報などを手渡したこと等を認定した上,「本件各書類は,原告(筆者注:X)が自己の救済のために必要な書類であると考えた書類であって,その交付先が秘密保持義務を有する弁護士であること,原告は,F弁護士から原告の同意なしに第三者に開示しないとの確約書を得ていること,自己に対する職場差別について,被告(筆者注:Y)社内の救済手続を利用したのに,それに対して何らの救済措置が執られるような状況にはないばかりか,被告代表者から秘密保持義務違反を問われ,また退職を勧奨されていたという当時の原告が置かれていた立場からすれば,自己の身を守るため,防御に必要な資料を手元に保管しておきたいと考えるのも無理からぬことであることからすれば,本件就業規則が原告に対し効力を有するとして,原告が本件各書類を被告に返還しなかったことは,本件就業規則の守秘義務規定に違反するとしても,その違反の程度は軽微というべきである。」,「被告が本件各書類をF弁護士に開示,交付した目的,態様,本件各書類の返還に応じなかった当時の事情からすれば,本件懲戒解雇は,懲戒解雇事由を欠くか,または軽微な懲戒解雇事由に基づいてされたものであるから,懲戒解雇権の濫用として無効であり,これを普通解雇とみても,同様に解雇権の濫用として無効であるというべきである。」と判示した。

(コメント)
本判決では,顧客リスト,社内の人事情報に関するやり取りの記載された書類などが,外部に開示されることが予定されていない企業機密であると認定されています。そのうえで,さらに,就業規則に守秘義務規定のある本件において,労働契約上の義務として,業務上知り得た企業の機密をみだりに開示しない義務を負担していると解するのが相当であるとしています。特に,本件では,入社時においてYの企業秘密を漏洩しない旨の誓約書を差し入れ,また,秘密保持をうたった「職務遂行ガイドライン」を遵守することを約しているのであるから,Xが秘密保持義務を負うことは明らかであるとし,Xが投資顧問部の公的資金顧客,企業年金の既存顧客担当の責任者として,その企業秘密に関する情報管理を厳格にすべき職責にあった者であると認定しました。
しかし,判決は,自らの受けた嫌がらせに対する救済のためYの社内手続を利用することとし,Xの主張をまとめた面談書類および,その裏づけ資料である本件書類を担当弁護士に交付したものと認定しています。つまり,Xの権利救済のために必要な書類を担当弁護士に交付したということです。また,判決は,弁護士は弁護士法上守秘義務を負っていることから(弁護士法23条),自己の相談について必要と考える情報については,企業の許可がなくてもこれを弁護士に開示することは許される,と解されるとしました。
これらの理由から,Xの解雇が懲戒解雇権の濫用として無効であり,普通解雇としても解雇権の濫用として無効であると判断したのです。

日産センチュリー証券事件

東京地判平成19.3.9労働判例938-14

(事案の概要)
Yは,有価証券の自己売買,顧客からの売買注文の受託業務,有価証券の引受,売出業務,有価証券の募集,取扱業務など証券業務全般及びその他の附帯業務を行う証券会社であるところ,Xは,昭和60年4月にYに入社し,以後専ら本店で営業社員として稼働してきた。
しかし,Yは,平成17年12月5日,Xに対し,Xが上司の許可なくY所有のコピー機で営業日誌の写しを取り,これを自宅に持ち帰り,他支店への異動後も引き続き保管を続けたことが就業規則87条1号等に違反するとして,退職願の提出期限を平成17年12月8日正午までとして諭旨退職処分(就業規則85条8号により「退職願を提出させて解雇する。但し,提出しないときは懲戒解雇する。」とされているもの)とする旨を通知したが,Xが提出期限までに退職願を提出しなかったため,同月12日,Xに対し,懲戒解雇とする旨を通知した(以下,「本件解雇」という。)。

(裁判所の判断)
裁判所は,「(営業日誌の)個々の顧客を特定しうる可能性のある記載は,訪問場所と顧客名の記載であるが,これだけで特定しうるとはいえないものの,特定を容易ならしめる記載であることは間違いなく,少なくともこれを社外に持ち出すことは全く予定されていない情報ということができるから,被告(筆者注:Y)が就業規則で「洩らし」又は「洩らそうと」することを禁止している「取引先の機密」(87条3号,36条),従業員服務規程で「洩らし」又は「漏洩」することを禁止している「職務上知り得た秘密」(6条,23条1項16号)には当たると認めるのが相当である。」としながら,「被告は,物理的に被告の管理する施設外に持ち出しており,それだけで「洩らし」又は「洩らそうとし」たといえると主張するが,「洩らし」又は「洩らそうとし」たといえるためには,第三者に対して開示する意思で,第三者に対して開示したのと同等の危険にさらすか又はさらそうとしなければならないと解されるところ,原告(筆者注:X)本人尋問の結果によれば,原告は,本店営業部第3課に異動したことにより担当する顧客数が大幅に増えたため,帰宅後,自宅で訪問計画を立てるために利用する目的で,営業日誌の写しを取ったことが認められ,原告には,第三者に対して開示する意思があったものとは認め難いばかりか,写しを取って自宅に持ち帰ることにより,外部に流出する危険が増したとはいえ,第三者に開示したと同等の危険にさらしたとまでは認められないから,未だ「洩らし」たとまでは認めることはできないといわざるを得ない。」,「弁護士にファックス送信した行為であるが,これは,証拠,原告本人尋問の結果によれば,B証言を弾劾するため,内示当日の営業日誌を弁護士に示すためにファックス送信したものであることが認められ,都労委において本件配転の効力を争っている原告にとってその目的が一応正当性を有していること,弁護士は弁護士法上守秘義務を負っており(23条),弁護士を介して外部に流出する可能性は極めて低いことを考慮すると,これをもって漏えいに当たるとすることはできないというべきである。」,「次に,これを都労委の審問期日に提出した行為であるが,本件写しの証拠提出が撤回されたことは上記のとおり争いがなく,証拠によれば,その行為態様は,原告の代理人弁護士が本件写しを甲34号証として提出しようとして,これを都労委の担当者に手渡し,収受印が押されたが,その副本を受領した被告の代理人弁護士から指摘されて結局これを撤回したため,証拠としては提出されない扱いとなり,甲34号証は欠番とされ,原告代理人が回収した同号証は被告代理人に交付されたことが認められる。このように,都労委に対しては最終的に証拠提出されなかったのであるから,漏えい行為自体が存在しないというほかない。なお,被告は,本件写しが提出された審問期日には多くの傍聴人が存在し,本件写しの内容は,特定の第三者ではなく,不特定多数の者に対して知れ渡る可能性があったから,都労委の審問期日において顕出されていると主張する。確かに,手続としては提出されない扱いだったとしても,本件写しが都労委の担当者に手渡されてから回収されるまでの間に,事実上都労委委員,被告の担当者及び傍聴人の目に触れた可能性は否定できない。しかし,まず,都労委委員は労働組合法上守秘義務を負っており(23条),同委員が事実上本件写しの内容を見たとしても,それが外部に流出する危険はないといえるし,傍聴席あるいは当事者席にいた被告の担当者は,本件写しの記載内容の本来の保管者である被告の担当者であるから,そのいずれに対しても漏えいということは考えられない。そして,それ以外の者,すなわち原告を支援する目的で傍聴に来ていた者については,守秘義務は存在せず,これらの者に本件写しの内容が知れたとすれば,それは漏えいに当たると評価せざるを得ない。そして,上記認定事実を総合すれば,少なくとも紙としての本件写しが,原告ないし原告代理人から都労委委員及び被告代理人に手渡され,都労委委員に渡された分が最終的に被告によって回収されたことは傍聴人にも見えていた可能性が高いといわざるを得ない。しかし,その記載内容までが傍聴人の目に触れるような形でやり取りが行われたとまではこれを認めるに足りる証拠はないから,そのような傍聴人に対する漏えい行為があったということもできない。」と判示して,懲戒解雇を無効と判断した。

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