メンタルヘルス休職

賞与支給日に休業(休職)している者へ賞与を払わなくてもよいか

社長
今期の賞与支給日には,(賞与の算定期間中の全部を勤務した)出産休業者,(ほぼ半分を勤務した)育児休業者,(全く勤務していない)私傷病による休職者が各1人います。これらの者の賞与を,在籍していない者と同様に扱い,不支給としたいのですがいかがでしょうか。それとも,退職したわけではないので,計算期間の勤務日数に応じた額または在籍していて欠勤した社員と同一の算式で計算した金額を支給するのでしょうか。
弁護士吉村雄二郎
産前産後休業,育児・介護休業等の法律上認められた休業取得者につき,休業取得を理由に賞与を不支給とすることは認められませんが、欠勤同様の扱いは許されます。私傷病体職者については,賞与支給条件の定め方次第です。

問題の所在

賞与は,法律上,その支払いが義務づけられているものではありません。従って、就業規則や賃金規程で賞与の発生条件を自由に設定できるとも思えます。

もっとも、産前産後休業者,育児休業者,私傷病による休職者について,全員,賞与支給日に休業中であることを理由に,賞与を不支給とすることも認められるのでしょうか。これらの休業を保障した法律の趣旨との関係で問題となります。

産前産後休業と賞与

労基法は,65条で,使用者は,産前6週間以内に(多胎妊娠の場合にあっては14週間)出産する予定の女性が休業を請求した場合には,その者を就業させてはならず,また,産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない(ただし,産後6週間を経過した女性が就業を請求した場合は,その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは差し支えありません)としています。

これは,母体の負担が大きい時期に一定期間の休養がとれるようにして女性労働者の母性保護を図ることを目的に規定されている制度です。この実効性を確保するために,この規定には罰則がついています(労基法119条1号 6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金)。

では,産前産後休業を取得した場合に,賞与を不支給とすることも,許されるのでしょうか。

この点は,産前産後休業を取得したことによって賞与が不支給となれば,勤務を継続しながら出産し,産前産後休業を取得することを差し控えるようになり,事実上産前産後休業を取得する権利行使を抑制されることになりかねません。そこで,産前産後休業を取得したことのみを理由に賞与を不支給とすることは労基法65条の趣旨に反し認められず,無効になると解されます。

裁判例でも、賞与の支給条件として出勤率が90%であることを定め、かつ、産前産後休業や育児休業は欠勤日数とするとしていたケースにおいて、裁判所は、従業員が産前産後休業を取得し,または勤務時間短縮措置を受けた場合には,それだけで同条項に該当し,賞与不支給になる可能性が高いこと等から,産前産後休業等の「権利行使に対する事実上の抑止力は相当強く、権利の行使を抑制し,労基法等が権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから,公序に反し無効と判断しました(東朋学園事件・最高裁第1小法廷平15.12.4判決,労働判例862号14頁)。

もっとも、産前産後休業の日数を欠勤として扱って,賞与から減額することについては,上記裁判例でも,賞与の額を一定の範囲内で減額するにとどまること,また,産前産後休業を取得した者に対しては,法律上,不就労期間に対応する賃金請求権を有していないこと等からすれば,権利の趣旨を実質的に失わせるとまでは認められないとして,直ちに無効にはならないと判示しています。

設問ケースでは,産前産後休業を取得している者は,賞与算定期間の全部を勤務したとのことで不就労期間がなかったと解されますので減額の対象にもならず,会社としては定められた額を支給しなければならないものと考えられます。

育児休業と賞与算定

育児休業も,育児介護休業法5条により,労働者は,その養育する1歳に満たない子について育児休業をすることが認められています。

そのため,育児休業の取得を理由に,賞与を不支給とすることは,育児介護休業法が休業取得を権利として認めた趣旨を失わせることになりますから,認められないものと解されます。

これに対して,育児休業期間中の賃金については無給とされ,賃金請求権を有していないことからしても,育児休業により,実際の不就労期間を欠勤同様に扱って賞与を減額することは認められるものと考えます。

したがって,ご質問のケースでは,育児休業取得者は,賞与算定対象期間中のほぼ半分を勤務したとのことですから,不就労期間に相当する半分の期間については,欠勤者と同様に,不就労期間日数分を控除することも認められるものと考えます。

私傷病休職と賞与

私傷病による休職制度は,法律上定められた制度ではありません。私傷病休職制度は,私傷病により長期間労務の
提供が見込めない場合に,一定期間就労義務を免除して私傷病からの回復を待っ解雇を猶予するための恩典的制度です。使用者が休職の定めを置かなくとも何ら法律違反にはなりません。

そのため,賞与の支給条件において,賞与算定期間中のほとんどを私傷病により休職した場合には,賞与を不支給とするとしたとしても,他の法律上認めた権利の趣旨を失わせることにもならず,有効であると解されます。

裁判例でも,賞与の会社査定部分において,私傷病による遅刻・早退・欠勤を減額査定の対象とする取扱いの効力が認められています(鹿川書店事件・東京地裁平18.4.28判決,労働判例917号30頁)。

ご質問のケースでも,賞与対象期間のほとんどが,私傷病休職であったことに照らせば,賞与対象期間のほとんどを休職した者には賞与を支給しないという取扱いをすることも許されるものと考えます。

参考裁判例

東朋学園事件

最高裁第1小法廷平15.12.4判決,労働判例862号14頁

裁判例には,給与規程で,賞与の支給条件として出勤率が90%であることを必要とする旨定め(90%条項),「回覧文書」で,産前産後休業等の特別休業および育児時間を欠勤日数に加算する旨の除外規定を定めていた学園で,ある従業員が,産後8週間休業し,引き続き,育児休業法に基づき,子が1歳になるまで1日1時間15分の勤務時間短縮措置を受けたところ,90%条項により賞与が不支給とされたことから,このような取扱いは無効であるとして賞与の支払いを求めた事案があります。
これにつき最高裁は,①本件90%条項は,単に労務の提供がなされなかった期間に対応する賞与の減額を行うにとどまらず,産前産後休業期間等を欠勤日数に含めて算定した出勤率が90%未満の場合には一切賞与が支給されないという不利益を被らせるものであり,②年間総収入額に占める賞与の比重は相当大きく,賞与の不支給の経済的不利益は大きいこと,③90%という出勤率の数値からみて,従業員が産前産後休業を取得し,または勤務時間短縮措置を受けた場合には,それだけで同条項に該当し,賞与不支給になる可能性が高いこと等から,産前産後休業等の「権利行使に対する事実上の抑止力は相当強い」ものとしたうえ
で,本件90%条項のうち,産前産後休業の日数を出勤すべき日に加えて出勤した日に加えないことは,権利の行使を抑制し,労基法等が権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから,公序に反し無効であると判示しています。

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