業務災害の休業中の賞与

業務災害による休業者への賞与を支払う必要があるか?

社長
当社では,来月の15日に賞与を支給しますが,労働災害のため算定期間のほとんどを休業している従業員がいます。労働災害とはいえ,勤務していない期間については支給対象から除外してもよいのでしょうか。それとも,労基法法定の平均賃金の60%の休業補償支給と同様,賞与についても得られたであろう額の60%相当額を支給しなければならないのでしょうか。
弁護士吉村雄二郎
業務上災害により休業している者に対して賞与支給義務があるか否かは,貴社の就業規則等でどのように規定しているかによります。貴社の終業規則上,賞与の査定において,業務上の災害による休職期間を「欠勤」として扱うと定められているのであれば,「欠勤」として扱うことで問題はありません。
また,労基法は,会社は平均賃金の60%を支給しなければならないとして休業補償を義務づけています(労基法76条)が,休業しなければ得られたであろう賞与の60%までをも支給しなければならない法律上の義務はありません。
業務上災害により休業している者に対して賞与支給義務があるか否かは,就業規則等でどのように規定しているかによる。
賞与の査定において,業務上の災害による休職期間を「欠勤」同様に扱うことも可能

1 賞与支給義務の根拠

賞与は,労基法上「この法律で賃金とは,賃金,給料,手当,賞与その他名称の如何を問わず,労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」(同法11条)とされているとおり,賞与も賃金の一種とされています。
しかしながら,毎月支払われる賃金とは異なり,法律上支給が義務づけられているものでありません。賞与を支給するか否か,また,支給条件としてどのような条件を付するか,算定根拠はどのようにするか等は,就業規則等,当事者間の約定により定まります。
そのため,賞与の算定対象期間中に,欠勤した者等,労務の提供をしていない者につき,欠勤と同様に控除を行うか否か,およびこれを行う場合にどのような評価を行うか等も,賞与の支給条件の決め方次第となり,法律上の権利行使を理由とする不利益取扱いに該当するような,特に不合理な支給条件でないかぎりは許されることになります。

2 業務上の災害による休業期間を「欠勤」として扱うことの可否

労基法は39条7項で,労働者が業務上負傷し,または疾病にかかり療養のために休業した期間および育児休業,介護休業等をした期間並びに産前産後休業の期間は,年次有給休暇の出勤率の算定においては,これを出勤したものとみなすと規定し,労災による休業をしたこと等により,年次有給休暇の発生に関して,労働者に不利益が生じることのないように規定しています。
そのため,賞与の算定にあたっても,業務上の災害により休業をしたことによって不利益が生じることのないように,これを出勤したものとみなし,「欠勤」として扱うべきではないとも考えられます。
しかしながら,労基法上,業務上の災害により休業をした場合に,これを出勤したものとして扱うこととしているのは,年次有給休暇の出勤率の算定においてのみであって,賞与の算定にあたって,同様の取扱いをすることまでは求めていません。
したがって,業務上の災害により休業した期間を,賞与の算定にあたり「欠勤」と同様に扱い,一定額を控除することにしたとしても,直ちに違法となり無効になることはないものと考えます。
裁判例でも,あるタクシー会社が,賞与計算に関して,組合との協定書に記載された日数割の基礎となる「乗務日数」に労働災害による休業日数の取得日数を算入しないことが,労基法違反であるとして,労災休業日数を「乗務日数」に入れて算定した賞与額と実支払額との差額の支払いを求めた事案があります。
これについて裁判所は,「労基法によれば,労働者が業務上の災害に羅災した場合に,使用者が療養補償,休業補償及び障害補償の義務を負う旨規定され,また,同法37条5項は,年次有給休暇算定の基礎となる期間に右休業期間を算入しなければならない旨規定して,その保障を図っているのではあるが,少なくとも,法律上使用者に課せられた義務は,右の限度にとどまるというべきである。さらに,右休業期間中の賃金保障のような規定をおいていないことをも考え併せれば,休業している労働者を賞与の計算上,実際に労働したものとして取り扱わなければならないものとすることはできない。」(錦タクシー事件・大阪地裁平8.9.27判決,労働判例717号95頁)と判示して,労災による休業も,欠勤同様に扱うことを認めています。

3 業務上の災害の場合の休業補償と賞与支給の関係

ところで,業務上の災害の場合に,労基法は,会社は平均賃金の60%を支給しなければならないとして休業補償を義務づけています(労基法76条。もっとも,この場合の休業補償給付については,労災保険法により,休業の4日目より,休業補償給付として平均賃金の60%が労災保険から支給されますから.使用者としては,実際には最初の3日間についてのみ休業補償をする必要があることになります)。
そこで,このように業務上の災害により休業した場合には,労働者が,平均賃金の60%の支給を受けていることからすれば,使用者は,賞与についても,休業期間分の60%相当額を支給しなければならないのかが問題となります。
賞与は,賃金の後払い的性格を有すると解されていることからすれば,業務上の災害の場合に平均賃金の60%が休業補償として支給される以上,賞与についても同様に,その60%は,業務上の災害により就労できなかったことに対する補償として支給すべきであるとも考えられます。
しかしながら,労基法は,使用者に,業務上の災害により休業している者に対して,休業期間中の休業補償として「平均賃金の60%」の支給を義務づけているのみであり,また,平均賃金の算定にあたっては,賞与を含まないで計算するとされています(労基法12条4項)。
このような規定からすれば,法律上は,業務上の災害により休業している者に対する休業補償としては,平均賃金の60%を支給するのみで足り,休業しなければ得られたであろう賞与の60%までをも支給しなければならない法律上の義務はないものと考えます。
このことは,そもそも賞与の制度を設けるか否か自体が,会社の裁量に委ねられていることからも,ある意味では当然のことともいえるでしょう。

4 一般的な取扱い

上述のように,法律上は,業務上の災害により休業した者に対して,賞与の補償をする,あるいは,休業期間を「出勤」したものとして扱う等をすることまでは求めていません。
しかしながら,本来,賞与が会社への貢献度にかんがみ支給される性格を有することからすれば,業務に起因して傷病を負ったものとなる欠勤や私傷病休職をしている者を同様に扱ったのでは,業務上災害にあった者にとっては,いささか酷な結果になる場合も少なくないでしょう。
そこで,業務上災害の場合には,完全に不支給とするのではなく,一定程度賞与を支給する等の対応をしている企業も少なくありません。
もっとも,最終的には,各企業の実情によりますので,不支給としても問題ありません。

対応方法

1 事実確認

以下の事実を確認する必要があります。

□ 就業規則の賞与に関する定め,業務災害時の賞与支給に関する定め
□ 貴社の過去における運用
□ 欠勤日数 □ 復職の見込み

2 証拠の収集

以下の証拠を収集する必要があります。

□ 就業規則,賃金規定
□ 過去の運用例の規則
□ 出勤簿
□ 診断書,労災関係書類

3 賞与の決定・支給

就業規則の規定に基づいて賞与の決定を行い,支給を実施します。

 

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